大掛かりなお使い
ジルベルトは、団長室に呼ばれていた。大変に嫌な予感がする。『モーカル海域奪還遠征』に銀紐隊が呼ばれなかった時点で、何か大掛かりな仕事が待っているのは明白だ。
そうでなければ、各隊を海、山、街の三班に分けて、協力し会うのが道理である。
ナーゲヤリ城塞騎士団は、それぞれの隊が特化型の集団だ。大規模な作戦ならば、各隊から数名ずつのメンバーが選ばれるのが常である。
それが、モーカル港の再開には、銀紐隊員が1人も選出されなかった。ロベルトの情報によれば、ナーゲヤリに割り振られたのは、モーカル開港と死の平原だ。
モーカルと共同戦線を組む開港に参加しないとなると、ナーゲヤリ単独であたる死の平原を担当するのだろう。
最悪、ナーゲヤリ単独討伐どころか、銀紐隊単独討伐が予想された。
団長室に入ると、ハインリヒ・ハインツ騎士団長が、淡々と書類仕事をしていた。
未曾有の大規模討伐遠征だというのに、落ち着いたものだ。この辺りの肝の座り具合は、流石騎士団長に就任するだけの人物である。
だが、この単調な様子を見るときは、大抵ジルベルト達銀紐隊に何かしらの無理難題が押し付けられるのだ。
ジルベルトは、大いに警戒しながら、団長の言葉を待つ。
「人界の分布を探れ」
「具体的には?」
「まずは、死の平原を取り囲む地域の地図作成を頼む」
「それは」
ジルベルトは、団長のなんでもなさそうな注文に渋面を作る。
「通信可能領域も、人間の活動可能範囲も知りたい」
「本気ですか」
「なに、魔法でなんとかなるだろ?」
「魔法は万能じゃないですよ」
「そんなに大げさじゃない。ちょっとした『魔法のお使い』だ」
死の平原を越えた向こう側、それは未知の領域である。いままでは、人が居るのかどうか、考えたことも無かった。
今回、同時多発的に魔獣が大量発生したことにより、世界規模の連携が必要となった。
そうなると、今までは地域間連携の報告会程度であった世界会議も、本格的に活動せざるを得なくなる。
未知の領域に戦力となる人間が住んでいれば、大変心強いのだ。
それは、ジルベルトにも理解出来る。
理解出来る事と、実現可能性は、全く別問題なのであった。
だいたい、どこまで続くのかも解らない死の平原に、たった15名の銀紐隊員だけで挑むと言うのが、正気の沙汰とは思えない。
「念のためにお伺い致しますが」
ジルベルトは、ダメ元で聞いてみる。
「その調査には、どの隊から何名ずつが参加するか決まっているのでしょうか」
ハインツ団長は、何を言ってるんだ、と言う顔つきで即答する。
「銀紐単独、総員で当たれ」
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