ヴィルヘルムとマリーナ
当分は不定期投稿です
青紐隊が山中整備に派遣された時、鉄爪猪の討伐は、まだ続いていた。
「くそっ、キリがねえ」
長身の優男が、真鍮色の籠手を構えて、魔獣の群れに突っ込んで行く。優男ヴィルヘルムの籠手は、魔法金属で出来ている。ある程度の衝撃耐性と、毒や魔法を防ぐ力があった。
しかし、針が飛び出すからくり細工を施す為には、素人にも扱える素材でなければならなかった。その上、当時のヴィルヘルムは、泣く子も黙る銀紐隊の副隊長ではなく、一介の新人騎士だ。
からくり技能を買われ、銀紐隊に配属されて、まだ一年目の若造だった。高級素材による安心防具など、到底望めない身分である。
当時、ジンニーナはいない。隊員達は、魔獣の毒にやられないよう、さまざまな工夫をしていた。ゴーグルや顔面を覆う兜を身につける者、毒のある血を浴びたあと、すかさず解毒剤を使う者。弱くはあるが、防毒魔法を自らかけている者もいた。
現場に到着した青紐隊土木班も、戦闘技術を身に付けてはいた。曲がりなりにも、魔獣防衛の最前線、ナーゲヤリ城塞騎士団員なのだから。
「整備するって言っても、まだそんな段階じゃないわよね?あの、クソ上司がっ」
現場を一目見るなり、マリーナが悪態をつく。当時の青紐隊長は、現在は引退している短気な老人だった。前倒しで仕事をこなすまでは良いのだが、早すぎて受け入れ体制が整っていない事も、ままあった。
3人の青紐隊員に向かって、鉄爪猪が突進する。三匹ほど来るようだ。マリーナは、咄嗟に土の杭で柵を作り、絡み合った樹の根の間から、土塊を飛ばして魔獣を威嚇する。
「おっ、凄いね!ナイスアシスト」
ヴィルヘルムは、マリーナの土木魔法で暫時怯んだ一匹の魔獣に、籠手を使って止めを刺す。次いで、フリードリヒの矢が、別の一匹を仕留める。ヴィルヘルムが、残る一匹の喉元に、横から滑り込んで針を放つ。
青紐隊の3人は、そのまま土の杭や土塊で援護した。大小の鉄爪猪を、銀紐隊若手の4人組と、少し先輩の3人が迎え撃つ。
四人組は、現在隊長になっているジルベルトと、弟分のヴィルヘルム、フリードリヒ、ゲオルクである。
先輩組も、隙無く動き回っていたが、若手4人は、この頃から凄まじかった。光線眼熊の巣穴撲滅事件が、記憶に新しい時期だ。
既に銀鬼と呼ばれていた、ジルベルト・タンツは、この日も返り血を滴らせながら、枝をすり抜けて双剣を振るっていた。
日の暮れる少し前、漸く新手が来なくなった。
「銀紐は引き上げるか」
鉄爪猪討伐班長が、撤退の合図を出す。
青紐隊3人が、木の根や岩を掘り起こし始めた。辺りには、細切れの魔獣が流す血が、川となって流れていた。
普段なら、魔獣の死骸を焼いて、毒消しを撒き、無毒化後に、埋める。しかし、今回は、土木班が迅速に動き出したので、邪魔にならないように、銀紐隊は、帰還を決めた。
正確には、直ぐに作業を始めたのは、マリーナである。他の2人は、直視しないように離れた木陰から、地面を操っていた。
マリーナだけは、サポートに回っている間も、持参の毒消しを散布しながら、後片付けの準備をしていたのだ。
「はー、すげえな、あのチビッ子」
ヴィルヘルムが、感心する。
マリーナは、ジルベルトの作った血みどろの肉塊に、割けて倒れた木などを被せ、強引に地ならしする。その豪快さに見惚れるヴィルヘルム。
若き日の銀紐副隊長は、帰り際に、小柄な魔女へと急いで近寄り、話し掛けた。
「なんて豪気な女の子なんだ!君の事をもっと知りたい。街に帰ったら、一緒に食事に行ってくれませんか?」
一方マリーナは、仕込み籠手で懐に突っ込んでは、針などの暗器も駆使して闘うスタイルの、柔軟なヴィルヘルムに感心していた。まだ恋ではなかったが、食事に誘われて、悪い気はしなかった。
「いいわよ。いつにする?」
折れた生木を、いっそ痛快に魔法で持ち上げながら、マリーナは、未来の夫に笑顔を向けた。
お読みくださって、ありがとうございます。
完結まで、今しばらくお付き合い頂ければ、嬉しいことです。
当初の下書きから、現在の増加率(笑)を考えると、章をもうひとつ分で、終われる見込みです。
最終話まで、今のところ変更点は無いのに、増えるので、なかなか更新出来ません。




