街の鷗
第三次堅塩鷗調査班が、ナーゲヤリの街へと帰り着いた時、空には星が瞬いていた。いつも通る宿屋兼居酒屋・通称ハズレの前で、ジンニーナが佇んでいる。
緩くうねる赤毛を束ねて、大きな体を心配そうに強ばらせている。愛する夫の魔力に、不審な揺れを感じ取って、街外れまで来たのだ。
「ジル!お帰りなさい。どうかしたの?大丈夫?」
魔女は、大好きな夫に駆け寄ると、魔法で全身を確認してゆく。
「怪我は……無いのね」
外傷が無いと解った。けれども、それだけでは安心出来ない。
「内蔵も……大丈夫そうね」
肉体的な損傷は、ひとつもない。それでも、魔力には乱れが感じられるのだ。ジンニーナの不安は、残ってしまう。
「ジン、大丈夫だ。不安にさせて悪かった」
ジルベルトは、ばつが悪そうに妻の肩を抱いて歩き出す。
「隊長~、解散でいいすかねえ」
後ろから、優男ヴィルヘルムの気が抜けた声が追う。
「ああ。今日は流れ解散だ。明日、報告会をする。以上」
「うっす」
「はい」
「了解~」
むさ苦しい男達は、そのままハズレの酒場に雪崩れ込む。宿屋なので、風呂を借りる事も出来た。
1階の酒場には、遅くまで酒を楽しんでいたナーゲヤリ国民が、なん組かいた。彼らは、がやがやと入ってきた調査隊の騎士達にぎょっとして腰を浮かす。
土と汗と、その上魔獣の血とにまみれた一団である。堅塩鷗との攻防に疲れた顔をしている。加えて、隊長の苛立ちと夫婦問題にげんなりした調査班は、やや殺気立っていた。
いくら魔獣防衛を義務付けられた、城塞都市国家の住民とは言え、精鋭の銀紐隊に所属する騎士達の荒れた雰囲気には恐怖する。
一方、隊長ジルベルト・タンツとその妻ジンニーナは、星空の下を寄り添いながら家に向かう。
夜道を進みながら、ジンニーナは、ちらりちらりと夫の顔を仰ぎ見た。ジルベルトは、口を固く引き結んで、眉間に深い皺を寄せている。
「ジン」
ようやく声を発した夫に、ジンニーナは、真剣な眼差しを送る。
「うん」
ジルベルトが、冷酷とも取られる鋭い視線で妻を捉える。
「街で、堅塩鷗を見たことは?」
「ある。最近、依頼が増えてる」
やっと、夫の魔力が乱れた原因を知ることが出来て、ジンニーナはほっとする。
「魔獣討伐本舗の仕事を、いい加減にしてごめんな」
「えっ?そんなこと無いのに」
銀鬼と恐れられる隊長の謝罪は、子供が見たら怒っているように見えただろう。だが、睨んでいるのではなく、単に真剣なのだ。もちろん、ジンニーナには伝わっている。
「いや、2人の事務所なのに。俺は騎士団ばかりに心を砕いて、ジンの話を上の空で聞いていた」
ジルベルトが妻を抱く腕に力が入る。妻は、嬉しそうに夫の脇腹にくっつく。
「何言ってんの。未曾有の危機かもしれないって時に、本職優先で当たり前でしょう」
赤毛の大女は、女々しい夫を一笑に付す。
「街のことは、任せて」
「ジン」
妻の頼もしさに、ジルベルトは感激して口付けた。
「魔獣が増えそうなら、ちゃんと言えよ?」
「そうする。ありがとう」
緑の愛らしい円目玉が、月明かりに神秘的な輝きを見せる。未だ堅塩鷗の血に濡れた大男は、もう一度愛妻に唇を寄せると、急いで自宅に帰るのだった。
次回、ヴィルヘルム副隊長と山道整備
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