白い翼を朱に染めて
R15、血糊注意
切り立った岩壁を見下ろし、ジルベルト隊長が低い声で問う。
「ヴォルフィ、偵察に降りられそうか?」
「ある程度減らさないと、無理ですね」
鷗の魔獣は、まだ5人に気付いていない。だが、巣のありそうな崖に取り付けば、一斉に襲ってくるだろう。
「ゲルト、どうかな?」
「こっちも、減らした方が安全っす」
背負子にしていた飛空籠を降ろしながら、ゲルハルト・コールが告げる。空からの攻撃や偵察も、ある程度の討伐後でないと、危険だった。
少し下がった所から、遠隔攻撃するしかなさそうだ。空がほとんど見えない程に、堅塩鷗の群れが飛び交っている。鳴き交わす声も、かなり煩い。
「ヴィル、殿につけ」
ヴィルヘルムの武器は、仕込み小手である。仕込んだ針や礫は、奇襲か突破口を開くときに使う。よって、通常は、単なる籠手だ。遠距離かつ大群への攻撃には向かない。
「俺が先陣切る」
現在崖上に居る5人の場合だと、先ずはジルベルトの双剣が繰り出す魔法。『銀鬼3本目の腕』と揶揄される、庶民派武器鎖分銅は、戻って来ないので却下だ。
風裂魔剣カットで、鎖を巻き付けた鷗の魔獣を、引き寄せられる可能性はある。しかし、大量の堅塩鷗が、風を遮るかも知れない。
それよりは、焼き尽くす熱波や引き裂く風を、直接空に放つ方が、効率がよい。風の刃が、白い鷗に無数の朱色の筋を描いて行く。
「ヴォルフィ、横から頼む」
ヴォルフガング・シューマンのブーメランは、3本とも魔法を乗せられるタイプとは違う。しかし、強度は恐ろしく高い。オリハルコンと呼ばれる遠国の稀少金属なのだそうだ。
一番小さいものは、棒状なのだが、道具自体に掛けられた帰巣魔法で、手元に戻る。他の2本は、各々に異なったカーブを描き、群れを切り裂いて戻って来る。
飛び散る真っ赤な飛沫は、周囲の鷗を狂暴にする。
「ゲルトは、遊撃だな」
ゲルハルト・コールの礫は、その辺で拾える。肝心なのは、あらゆるタイプの魔法を乗せられる技術。菫色の瞳を楽しそうに光らせて、ひょいひょいと地面の小石を放る。
小石が尽きれば、土塊でも、小枝でも、枯葉でもよい。キノコでも苔でも、構わないのだ。
いくらでもあるので、戻って来る必要はない。気軽に投げる。ゲルハルトの礫も、堅塩鷗が打ち付けてくる塩の霰も、次々に降り注ぐ血を垂らしながら、遥か崖下の海へ落ちて行く。
「ティル、前衛を抜けてくる奴は、頼む」
ティル・シュトラウスの鞭は、短く痺れさせる鞭と、細かい刺がある普通の長さの物、そして、伸縮自在の魔法の鞭だ。
ジルベルト同様、ティルも、魔法武器の使い手である。武器そのものに魔法が施されているのではなく、特殊な素材て作られた武器に、自らの魔力を流して発動するスタイルである。
隊長、ブーメラン、魔法の礫に怒った鷗魔獣が、山の林に突っ込んでくる。それを狙うのが鞭。鞭で引き落とされた所を、ヴィルヘルムの籠手が、確実に仕留めてゆく。
実際には、山に近寄る遥か向こうで、ジルベルトの魔剣が焼き付くしてしまうのだが。
「はー、隊長が前衛だと、プレッシャーすげえ」
ヴィルヘルムがぼやく。殿がジルベルトの場合には、すり抜けてきた魔獣を、打ち漏らした記憶が無い。
「殲滅は必要はないから、気にするな」
既に全身を堅塩鷗の返り血で飾った銀鬼が、振り向きもせずに、ヴィルヘルム副隊長に、声をかける。
空の鷗は、減る気配もなく、白かった筈の視界が、真っ赤な血襖を作っていた。
次回、巣を確認
ブーメラン:戦闘用は戻らないのが通説。しかし、古代の戻る木製投擲武器の記述は、ブーメランの源流とも言われる。
ファンタジー武器としては、様々な素材の手元に戻る戦闘用ブーメランが、しばしば登場する。鞭と同じく、範囲攻撃武器として設定されていることが多い。
特撮にドリル、ファンタジーにブーメラン。ロマン武器なの。リアルとか、気にしないで。




