モーカル港の情景
R15 後半血糊あり 閲覧注意
ナーゲヤリ城塞騎士団銀紐隊長ジルベルト・タンツは、3人の部下と可愛い妻を伴って、再び山越えを決行した。
前回程の大群はいなかったが、やはり、ある程度の群には襲われた。
先頭を行くのは、仕込み籠手を身に付けたヴィルヘルム・フッサールだ。2人いる銀紐副隊長の1人、ヴィルヘルムは、咄嗟に針を飛ばす事が出来る。副隊長は、ふいに現れた 毒霧烏にも、素早い対応を見せる。
毒霧烏は、不気味に光る黒い烏だ。翼を広げた時の全長は、熱嘴鷹程もある。普通の烏よりも、遥かに大きい。嘴を開けば、毒の霧を吐く。
この魔獣には、気配がない。自然界では、烏が鷹に負けている。だが、毒霧烏は、熱嘴鷹が繰り出す灼熱の嘴を交わし、すっと気配を消す。そして、一瞬戸惑う鷹の魔獣に、不意打ちで毒霧を浴びせ、逃げ去ってゆく。
毒霧烏から仕掛ける場合には、どんな魔獣でも避けきれないだろう。気配だけでなく、羽音も立てないのだから。
2番手は、体術使いジークフリート・エルンストだ。通信機器のエキスパートである。
彼は、魔獣の毒を防ぐ為に、分厚い革の手袋と、金属の籠手、脛当を装備している。ジークフリートの装具は、ヴィルヘルム副隊長とは違う。針や金属球が仕込まれてはいない。
しかし、強度は銀紐隊一を誇る。棘だらけの鋼棘鼠にも、この男が纏う防具を突き破ることは出来ないのだ。
今回は、2番目を歩き、副隊長ヴィルヘルムの飛び道具や籠手を逃れた、小型の魔獣を迎え撃つ。副隊長が籠手で払った、氷尾長や鋼棘鼠は、確実に仕留める。
3番目に着くのは、ルードヴィッヒ・シュヴァンシュタインである。記録作成が神業的に速い隊員だ。得物は短剣。投げてよし、切ってよし、懐に飛び込んで刺してよし。小型の魔獣だけでなく、光線眼熊のような大型魔獣を相手取っても、確実に息の根を止める技術を持つ。
彼等3人の部下を先に立て、タンツ夫妻は殿を守る。
「幸い、大規模な巣は出来ていないようだな」
ジルベルト・タンツ銀紐隊長は、世界一の魔力感知能力を駆使し、山の現状も把握しつつ移動する。
妻ジンニーナと2人、大柄な体を器用に操り、ナーゲヤリの小隊を急き立てる。そうして、短時間で交易都市国家モーカル側へと抜けてゆく。
一行は、宿を取らずに、真っ直ぐモーカル港まで進む。ここで、モーカル魔法守備隊と合流予定だ。
「騒がしいっすね」
「何かあったんすかね」
潮風に混じって、怒号と特徴的な血の臭いが流れて来た。怒鳴り声だけならば、港で働く男達はそんなものか、と納得もする。だが、魔獣が流す独特の臭気は、誤りようがなかった。
その上、人間のものと解る血生臭さも、運ばれて来る。事は急を要するらしい。
「急ぐぞ」
「はい!」
銀鬼ジルベルトの鋭い一言に、部下達は声を揃えて従う。赤毛の妻は、黙って守りの壁をかけ直す。
走って港にたどり着いた一行の眼に、堅塩鴎で真っ白になった空が飛び込んで来た。
モーカル魔法守備隊の奮闘虚しく、白い鴎の魔獣が羽から繰り出す高速の塩が、港に居合わせた人々に霰となって降り注ぐ。
透明で異常なまでに堅い塩の結晶は、防ぐ手立てが無かった。
血だらけで倒れ伏す人々に、治癒魔法使いが駆け寄る。が、彼等もまた、強化魔法のかかった紺色のマントをボロボロにして、血を流すのだった。
次回、血の弾幕に耐える
よろしくお願い致します




