愛妻を説得
モーカルと共同で、海上調査隊が組まれることになり、鉄壁の魔女ジンニーナ・タンツに協力要請が出された。
「モーカルの仕事は、受けないの」
モーカル魔法守備隊受付で、追い払われた事が、余程腹に据えかねたらしい。宿を追い出されたのも、根に持っている。あの時、2度とモーカルでは魔獣討伐を手伝わない、と決めた。一時の腹立ちでは無かったようだ。
「ナーゲヤリ城塞騎士団からの、正式な要請だよ」
「それでもよ」
ジルベルトが説明しても、完全拒否の体勢である。
「山で一緒になった隊員さんとは、食事までしたじゃないか」
「あれは、騎士団の情報収集に付き合っただけよ」
「ユリウス・デ・シーカ隊長は、出来る魔法使いだろ」
「そりゃそうだけど」
未知の魔獣を相手にするのだ。ジンニーナが展開する『守りの壁』があれば、相当安心出来る。ジルベルトは、妻を海上調査隊に勧誘しようと必死だ。
「隊長さんの顔をたてようぜ?」
「なんでよ。私、関係ないんだけど」
彼が愛する大女のほうは、不機嫌を増してゆく。
「なあ、頼むよ」
「嫌」
「ジンが来てくれると、助かるんだけどな」
「居なくても大丈夫でしょ」
取りつく島もない。
「一緒に居たいんだよ」
ジルベルトは、戦法を変える。公私混同である。銀紐隊長としての職務だと言うのに。
「そりゃあ、あたしだって」
2人は、だいぶ落ち着いたとはいえ、新婚さんなのだ。まだまだ、離れたくない時期だった。
「じゃあ」
ジルベルトは、冷淡に見える薄紫の瞳を、期待に光らせる。
「でも、やだ」
「そんな事言わずに」
「ダメです」
「頼むよ」
夫は、妻の腰を抱き寄せて懇願する。最早、何のお願いなのか解らなくなってきた。
ますます頑なになる愛妻を見て、銀鬼と呼ばれる銀紐隊長は、溜め息を吐く。
「渡り鳥の魔獣だって、居るかもしれない」
「ありうるわね」
「こっちまで来て、大繁殖されたら困る」
「そうね」
魔女は、相槌を打っているが、同意ではない。
「死の平原に居る鳥と変なハイブリッドが出来たら、最悪だ」
「まあね」
「海の事だけじゃないんだよ」
「確かに」
銀鬼の妻は、生返事を始める。
「これ以上忙しくなったら、2人きりの時間が無くなるじゃないか」
ジルベルトは、再び新婚戦法に切り替える。方便でもあるが、本音でもあった。
普段は、騎士団の無茶な要請にも、喜んで応えるジンニーナ。本来お人好しな魔女なのだが。引っ込みがつかなくなったのだろうか。
「ジン」
ジルベルトは、不満そうな妻の赤毛を優しく撫でる。
「死の平原に遠征中は、私語は禁止だ」
「今度は何の話?」
ジンニーナが、反応を見せた。
「海の魔獣が増えて、それを食べる渡り鳥の魔獣も増殖して、死の平原に住み着くかも知れない」
「そしたら、あたしだって討伐に出るわよ」
「そこに来るまでの被害を防ぐ為、騎士団は出ずっぱりだろうな」
ジルベルトは、ナーゲヤリ城塞騎士団精鋭部隊である銀紐隊を束ねる男だ。騎士団が遠征続きになれば、当然家には帰れない。
妻の円くて愛らしい緑色をした瞳を覗き込みながら、隊長は根気よく勧誘する。
「いつまで会えなくなるのか、見当もつかない」
「え」
「ジン、なるべく早く食い止めよう」
ジンニーナの瞳が揺れる。
「お願いだ」
2人の視線が絡む。
「はあ、仕方ないわね」
ついに、ジンニーナが折れる。モーカルとナーゲヤリの、海上調査共同部隊は、めでたく鉄壁の守りを手に入れた。
ジルベルトは、感謝のあまり、無言で最愛の人に口付けるのだった。
次回、モーカル港の情景
よろしくお願い致します
 




