海上調査隊
交易都市国家モーカル商人が、ナーゲヤリにやって来てからしばらくたったある日のこと。ジルベルトは、団長室に呼び出されて居た。
「今度のお使いは、海だ」
ハインリッヒ・ハインツ城塞騎士団長は、銀紐隊への命令書を手渡しながら言った。
「命令書ですか」
「命令書だ」
普段の『魔法のお使い』は、命令ではなかった。事実上は命令なのだが、形式上は要請書である。
銀紐隊全体でも、多くは要請だ。大抵は、騎士団のどこの隊にも、割り振れないような仕事が、回されてくる。
ロベルトの翻訳や通訳のような特殊案件は、ごく稀に命令だが。
だから、『雑用隊』などと言われるのだ。その中でも、更に便利に使われているのが、隊長ジルベルト・タンツ。最近は、隊員にすら『雑用騎士』だなんて、からかわれている。
「5人くらい連れてけ。出来れば、嫁さんに民間協力要請しろ」
「広域発生の件、何か解ったんですか?」
「いや、各地で調査中だ」
話ながら、ジルベルトは、命令書にざっと眼を通す。
「共同調査隊ですか」
「そうだ」
「デ・シーカ隊長、仕事が速いですね」
「出来る男だな」
「手紙持っていってから、半月経ってませんよ」
「その日のうちに、魔法会話が来た。通話会議後、直ぐにモーカル国家評議会に報告を上げたらしい」
魔法会話とは、『魔法会話装置』を使っての会話だ。先日行われた、200ぶりの共同討伐でも活用された機械である。遠隔会話が可能となる、便利な通話補助道具だ。
「船はモーカルが出してくれるんですよね?」
「ああ。費用は半々だがな。手配は、港湾都市に任せとけば、間違いないだろ」
「ええ、俺達内陸の国じゃ、解りませんからね」
「で、誰を連れてく?」
「副隊長は、ヴィルを連れてきます」
「ん?海ならブレンターノが適任じゃないか?」
2人居る副隊長のうち、フリードリヒ・ブレンターノは、弓遣いである。加えて、特技が薬品マスター。遠隔、広域、移動中、湿気や塩分にも詳しいとなると、フリードリヒが良さそうだが。
「海上兵器や、船の構造を学ばせたいんですよ」
「ああ、そうか。死の平原攻略が進むかも知れないな」
海の技術ではあるが、山と平野に挟まれた、内陸の国には無い知識が得られるチャンスだ。
「ええ、今のままでは、いずれナーゲヤリが死の平原に飲まれちまいます」
「あとは、エルンストか」
ジークフリート・エルンストは、一流の体術遣いだ。そして、通信機器のエキスパートである。
「そうですね。海上からの通信なんて、緑紐でも経験が無いんじゃないですか?」
「戦力としては、あんまり向かなそうだがな」
「はい。そこは問題ありませんよ。そもそも、魔獣に乗り込まれたら、船がヤバイでしょう」
「他は、遠距離と救護で固めたらいいんじゃないか?」
「ジンが行ってくれたら、ほぼ不要なんで、ルードヴイッヒあたり妥当かと」
ルードヴィッヒ・シュヴァンシュタインは、記録作成が神業的に速い隊員である。
「うん。是非連れてけ」
団長も納得の人選だった。
次回、愛妻を説得
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