モーカル港の噂
ジンニーナが熊シチューを注文すると、モーカル魔法守備隊員が思い出したように口を開いた。
「そういえば、光線眼熊は、いませんでしたね」
「そうだな」
「刃角鹿や多手猿は、山の魔獣なのに、何が違うんだろう」
商人の疑問には、ジンニーナが答える。
「光線眼熊は、山奥の魔獣だけど、鹿や猿の魔獣は、森にもいるわよ」
「えっ、森は加護で魔獣が出ないんじゃ」
「森に行ったこと、無い?」
「はい、無いです」
森でも、山の付近は加護が弱くて魔獣が出るのだ。
「加護の強い場所から森が広がるのよ」
つまり、周辺部に行くに従って、加護は消えて行く。そこで増えた魔獣が移動する場合、加護の強い方へは、当然行かない。必然的に山に入り込んで来るのだ。
「それにしたって、増えすぎですよね」
山中の出来事を改めて思い出したのか、魔法守備隊員がぶるっと震える。商人の顔も暗くなる。
「港の噂じゃ、海の魔獣が凶暴化してるとも聞きました」
守備隊員が付け加えると、ジルベルトが頷く。
「デ・シーカ隊長の手紙にもあったようだ」
「増えてはいないの?」
「確かなことは解りませんが、今まで見なかった種類の魔獣が、混ざってるみたいです」
「海域調査は、していないんですか?」
銀紐隊長ジルベルトが、疑問を呈する。
「ようやく、報告が上がってきたところですから」
「漁師の連中も、ここ数日、変な魔獣を見たって話してる程度で」
「海にも変化が現れたのね」
「遠洋に出てる漁船からも、最近になって、魔獣との遭遇頻度が上がった、という連絡が来てます」
「ドラゴンは?」
ジンニーナが、ふと思い付いて聞く。
「特に聞きませんねえ」
商人の噂にはなっていないようだ。
「先日の大討伐以外、報告は無いです」
モーカル魔法守備隊でも、情報は無い。
「ロベルトからも聞いてないな」
諸外国に於いても、目撃証言が出ていないらしい。
「考えてみると、おかしいのよね」
ジンニーナは、世界を旅した大魔法使いだ。その発言に、テーブルに着く3人が注目する。
「一匹だから、はぐれか、偵察だろうと思ったんだけど」
ドラゴンは、コロニーを作り、群れで行動する生物だ。
「こんな人里まで来るなんて、あんまりないと思う」
歴史上、街の付近で目撃された記録は、数える程なのだ。
「大討伐の流れで、つい、気にしてなかったんだけど」
「そうだな」
「言われてみれば」
「そうなんですか」
4人のテーブルに、冷たい空気が流れる。
赤毛の魔女は、眉を寄せた。銀髪の大男が、口を真一文字に引き結ぶ。細身の魔法使いの顔には、陰が落ちる。平凡な商人は、不安そうに3人を見る。
「団長に相談するか」
「そうね」
「私も、守備隊に持ち帰ります」
「頼みます」
専門家の連携を見て、商人の男は、表情を引き締める。
「商人仲間に、聞いてみます」
「ありがとう」
商人の噂が流れるのは、速い。魔獣対策では、初動の迅速性が問われるのだ。商人ネットワークから協力を得れば、心強い。
「何か解ったら、ナーゲヤリにも知らせます」
「助かります」
次回、海上調査隊
よろしくお願いします




