魔獣の角
R15 後半に微かな血糊。閲覧注意
モーカル人の2人連れが人心地付く頃には、もう刃角鹿が追い付いてきた。特徴的な角が、ドラゴンの羽ばたきに耐えた僅かな木々を切り裂いて行く。
鹿の魔獣が通った後は、切り払われた枝が敷き詰められていた。ちょうど角の高さにある大枝小枝が、切り口も新しく山道に落とされる。
太い幹も、深く傷をつけられる。だが、スッパリと切り倒す程ではない。刃角鹿の角は、どちらかというと、削ぎ落とす刃だ。普通の鹿と違って、丸みは無く、研ぎ澄まされた剣身が、そのまま角となっている。
体は大きく、一般的な鹿の倍はある。色は普通の鹿毛だ。脚は体に対して、鹿としてはかなり太い。関節がくっきりと飛び出している。後足の蹴りは、関節と蹴爪の二段構えだ。
刃角鹿は、目の前にある障害物を角で切り飛ばし、後ろに迫る敵は蹴散らかして進む。
眼は真っ赤だ。白いところは少しもない。鹿や馬にみられる円らな瞳を、そのまま赤くしたような眼をしている。
魔獣の血は、種類によって色や毒性が違う。赤、紫、緑、黄色、黒等。多くの魔獣は、赤である。しかし、普通の生物と異なり、血の色と見た目に於ける生物学上の分類には、規則性が皆無だ。
血に強い毒があるものも、あまり無いものもいる。毒が弱い魔獣も、食べることは出来ない。
魔獣の魔力は、人間や野山に生きる一般生物とは異なる。血肉と共に取り込んでしまえば、魔獣の魔力が人や獣の魔力を凌駕してしまう。
獣は、それに耐えられず、死ぬ。人は、耐えきる者も居る。体が耐えても、精神が崩壊して、ただ暴れまわり死に至る場合もある。
理性を残す者も居る。そうした者達は、姿が変わる。髪の色であったり、目の色であったり、変化の種類は様々だ。
力も変わる。魔法も変わる。そして、人の心を失う。
だから、魔獣を食べることは出来ない。多少傷に付着したり、口に入ったりしても、大事はないのだが。もっとも、耐性が低い人は、それだけでも具合を悪くするだろう。
魔法使いには、大抵耐性がある。ナーゲヤリ城塞騎士団は、魔力が無い団員でも、魔獣が持つ毒への耐性が高い。
ジンニーナとジルベルトは、特別にその耐性が高い。だから、臆すること無く魔獣の群れに突っ込んで行く。
今も、2人のモーカル人を後ろに庇って、刃角鹿に対峙する。
魔法守備隊員のほうは、耐性がそこそこある。だが、1人で巨大な魔獣を相手取る技量は、持ち合わせていなかったのだ。彼は、護衛対象の非力な商人を連れて、一目散に逃げるのが正解だ。
真っ赤な眼を更に赤く光らせて、魔獣の鹿は、獲物を見据える。脚は止めずに、枝を切り落としながら、真っ直ぐに向かってくる。
「ジン!」
ジルベルトは、第二、第三の刃角鹿が、此方に近づくのを感じた。それだけではない。毒牙兎、鋼棘鼠、氷尾長、万力蛇もいる。四対の手を持つ多手猿まで、やって来る。
ジンニーナが、守りの壁を展開する。
魔法守備隊員が、モーカル側へ降りようと動く。
「動かないほうがいい。間に合わないわよ」
赤毛の魔女が指摘すると、守備隊員は、足を止める。
モーカル人2人を追いかけてきた鹿の魔獣は、彼らを庇う大男と大女に角を当てようとする。鹿が頭を振る度に、木漏れ日が反射してギラギラと目を刺す。
守りの壁を、刃角鹿の角がガリガリと削る。ジルベルトの風裂魔剣カットが、刃の角を襲う。カットの起こす幾多の風が、魔獣の角を切り刻む。細切れの角にも刃が立っている。刻まれた欠片が、木々の間に飛び散った。そこは、風で包んで周囲を守る。
ジルベルトは、風を操り、刃角鹿の体に鹿自身の砕けた角を突き立てる。鹿の魔獣の巨大な体は、細かい刃で歪な毬栗のようになった。刃の根本からは、細い血の流れが出来ている。流れ出した魔獣の血は、鹿毛に不規則な縞模様を描いてゆく。
「俺たちは、ナーゲヤリに抜ける」
短長の魔剣に魔力を漲らせ、銀鬼ジルベルト・タンツは、包囲を始めた魔獣に備える。
次回、血路
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