いざ山道へ
今回も1話です
歩き始めたのは、朝まだ薄暗いうちであった。空気は冷たく、山鳩の声がしている。
ジルベルトとジンニーナが住む場所から、山の麓までは、1時間程度である。その中間地点に、銀紐隊詰所が建っていた。
銀紐の修練場から、野太い声が上がっている。走り込みをしているのだろう。
「顔出してくか」
「そうね」
まる2日も隊を空けるのは、ジルベルトが隊長職に着いてから、初めての出来事である。
出発前に、少し顔を出して行くほうが安心だ。
「おはようっす隊長」
修練場に入ると、14人の銀紐隊員が、元気に挨拶してきた。
「行ってらっしゃい」
「気をつけて」
「留守は任せて下さい」
口々に見送りの言葉を叫びながら、走る足を止めない。
「はあ、朝から元気ね」
ジンニーナは、見ているだけで疲れたようだ。
登山口には、ハズレと呼ばれる宿屋がある。1階は居酒屋だ。山がまだ、立ち入り禁止なので、宿の部分は休業中だ。今回の調査が終われば、また、モーカルから商人が来てくれるようになるだろう。
居酒屋部分は、昼から営業だ。もう仕込みをしているのか、美味しそうな匂いが、鼻をくすぐる。
「帰りに寄るか」
「それもいいわね」
山に入ると、思ったよりも倒木は無かった。
「青紐の連中が、頑張ってたからな」
山は、市街地と違って、騎士団の管轄だ。そこで、魔法特化の青紐隊が、素早い対応をしたのだ。
銀紐副隊長ヴィルヘルムの妻マリーナ・フッサール達、土木魔法の使い手が、地均しや瓦礫撤去で活躍した。
風や火の魔法使いは、折れかけた大枝や、纏められた倒木等を切り刻んだり焼いたりした。水魔法では、消火や散水をした。
中央広場の復興を担当した、環境局造園技術課との最大の違いは、やはり魔法を使用した事である。人力では実現出来ない、広範囲の同時作業が、効果を発揮した。
原状復帰とまではいかないが、ちらほら新しい芽も出ている。
だが、回復したのは、環境だけではなかった。
「戻って来てるな」
2人目掛けて錐揉みで突っ込んで来た、氷尾長を、ジルベルトは危なげなく切り捨てる。
放っておいても、ジンニーナが張った守りの壁に激突したのだが。事実、ジンニーナの歩いた後には、潰れた毒牙兎や鋼棘鼠が、転々と落ちている。
「死の平原に降りてた分が、山に入って来るのね」
「空からも来るしな」
麓の林や、その先にある死の平原とは、共同討伐以前から魔獣の往来があった。これは、ジルベルト達ナーゲヤリ城塞騎士団でも、対応しきれない問題なのだ。
まして、空を渡ってくる鳥魔獣どもは、防ぎようもなかった。
次回、モーカル魔法守備隊に挨拶
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