銀鬼ジルベルト・タンツ
城塞都市国家ナーゲヤリ側の魔獣討伐隊は、国民全体から選ばれた精鋭部隊である。山中で最後尾につく15人は、ナーゲヤリ城塞騎士団の同じ隊で苦楽を共にする仲間達だ。
この小集団の更に殿を勤めるのは、紫がかった伸びかけの銀髪を汗で湿らせた、武骨な男である。
城塞騎士団は、制服に提げる胸紐の色で、所属する隊を区別する。彼は今、制服を着ていないが、『雑用隊』と揶揄される『銀紐隊』の隊長であった。
動きやすさ重視で、あまり頑丈な防具は着けていない。狩人が着るような、革と部厚い麻布中心の出で立ちだ。
腕も足も、かっちり巻いた麻紐に、無造作に巻き付けた鞣し革の手甲・脚絆。頭には金属製の鎖で編んだ頭巾を被っているだけである。
彼は、がっしりとした体躯からは想像もつかない身軽さを見せる。5つの集団総てから逃れて走る、俊敏な魔獣を冷静に迎え撃つ。奥まった薄紫の瞳は、見るものに残忍な印象を与える。
その男は、誉れある城塞騎士団の双剣使い、ジルベルト・タンツ。鎖分銅の遣い手でもある。
鎖分銅は、庶民の魔獣対策道具だ。エリート達には、馬鹿にされている。彼の渾名に因んで、『銀鬼三本目の腕』と蔑称される程に。
その外見から『銀鬼』と畏怖されるが、今魔獣を討つ姿は、舞うように繊細で美しい。正確で迷いのない太刀筋だった。
右手の長剣は、溶解魔剣メルト。重量級の鉄爪猪が、呆気なく2つに割れる。割れて暫く半分ずつで走る程、すっぱり綺麗に切り分けられた。
右手の短剣は、風裂魔剣カット。風を纏う神速の刃が、毒牙兎を切り裂く。返す剣先で、死して尚猛毒を持つ牙を抉り取る。
牙は細かくカットで砕き、魔剣メルトで灰にする。毒の含まれた危険な灰は、長剣メルトの剣先で抉った穴に埋めてしまう。穴にはたっぷり、解毒剤も振りかけた。
間髪を入れず、懐から拘束鎖分銅バインドを投げる。拘束魔法を乗せた鎖で、見事に絡め取られた氷尾長が落ちてくる。
落ちながらも、大枝小枝を尾で叩いて凍らせて、氷で無数の刃と化した木片を降らす。
落ちた先には、ジルベルト・タンツの魔剣メルトが待ち受ける。
ジルベルトは、左手の風裂魔剣カットを巧みに操り、総ての凍った木片を粉微塵に砕いてしまう。無害な氷雨が、木漏れ日を受けてキラキラと輝く。
降り注ぐ光の反射する中で、ジルベルトは過たず、溶解魔剣メルトで氷尾長を串刺しにする。絶命の絶叫がギギーヤーヤと耳障りに上がる。
ジルベルトは、魔剣メルトをひと振りして、氷尾長を山中に投げ捨てる。それから目線を前に戻し、左右の剣を血振りした。
鎖分銅バインドを回収し、懐にしまうと、無言で山道を走り出す。前を行く14人も、言葉を発すること無く、再び山頂に向かうのだった。
手甲――肘から手の甲まで覆う主に布製の服飾小物。旅人等が使用。現代日本では、お遍路さんが使う。籠手ではない。
脚絆――膝下から足首までを覆う主に布製の服飾小物。旅人等が使用。現代日本では、お遍路さんが使う。脛当ではない。
用例「手甲脚絆の旅支度」
血振り――血振るいとも。日本刀で人などを切ったあと、血を払う動作。血糊は拭かないと錆びるため、追い討ちや連戦を予見させる動作との説もあり。
次回、ヒロイン参戦