植物園の攻防
袋を待っている間、2人は呑気に植物園の温室を散策している。
2人は、そぞろ歩く男女そのもの。赤毛の大女『鉄壁の魔女』ジンニーナの守りの魔法がかけられているのだ。急に魔獣が襲ってきても安心である。
城塞都市自体が、さほど広くは無いので、植物園の敷地も程々だ。園長が戻って来ても、すぐに合流出来るだろう。
暑い土地から輸入した原色の花々が、2人の眼を楽しませる。針金より丈夫でしなやかな蔓植物が、可愛らしいうす緑の実をつけている。
体格の良い2人の遥か頭上に、細く尖った葉が、巨大な傘のように広がる。その大木が落とす影が、午後も遅くなった事を告げていた。
ジンニーナが足を止め、寄り添うジルベルトに何事か囁く。かつて旅した土地の何処かで、見かけた草花が、あったのかもしれない。
かさっ、と音がする。万力蛇である。枯れ枝のようなか細い姿で、しゅるりと視界を横切って行く。
植物を傷つけない、と言う約束なので、ジルベルトには手出しが出来ない。彼の得物は、植物に何かしらの損傷を与えるであろう。
ジンニーナの反応は早かった。さすが、世界にその名を轟かす『鉄壁の魔女』である。万力蛇の回りに守りの壁を張り巡らせる。
「囲んで閉じ込めたけど」
2人は、動けなくなった万力蛇を、じっと見下ろす。枯れ落ちた小枝にしか見えない。この蛇には眼が無かった。
「外に出すか」
ジルベルトは、徐に、守りの壁へと手を伸ばす。万力蛇の薄い筋肉が、緊張するのが解る。守りの壁に阻まれて、蛇は体を曲げることが出来ない。
万力蛇は、それほど長くも無かった。ジルベルト・タンツ隊長は、万力蛇を掴んだまま、温室の外へと向かう。
ジンニーナも後に従う。
作業道具の土や植物の汁等を洗い流す、水場を見つけた。近くで作業していた職員に許可を得ると、蛇を地面に下ろす。
銀鬼タンツは、溶解魔剣メルトをすらりと引き抜く。片手で軽々と構えた長剣は、陽炎の如き揺らめきをみせる。深い眼窩の底で、薄紫の酷薄な瞳が一瞬光る。
ジンニーナの『壁』が、すっと解かれた。
辺りの空気が変わる。
「ふっ」
息を吐くと、ジルベルトの鋭い剣先が、過たず魔獣の首を切り離す。空五倍子色 の作業場の土に、薄気味悪い紫の血が染みをつくる。
そのままメルトで焼き付くす。ジルベルトは、万力蛇を焼いた灰に、軽く土を被せて水をかけ、温室に戻ろうとする。
「ああっ、中和剤撒いて下さいよ」
水場に居た職員が、悲鳴のような声を上げる。
「ごめんなさい、持ってないわ」
「専門家にお任せ致します」
2人は、丁寧にお辞儀する。
「費用は、実費でお支払致しますので、騎士団宛に請求書をご郵送下さい」
ジルベルトが説明すれば、職員は、渋々承諾する。
空五倍子色 (うつぶしいろ) ――赤みがかった灰色。特殊な虫のつくるコブを煮出して染めた色。
イメージをカラーチャートで調べたら、この名前がついていた。色の由来も面白かった。ドンピシャこの色のイメージだったので、ちょっと笑えた。
次回、血染めの土嚢
よろしくお願い致します




