毒沼の向こう側
ロベルト・ヘンデルが使う短槍や、ゲオルク・カントの大剣等、金属武器をミヒャエル・“解体業者”・ディートリッヒが直してゆく。本職は刀鍛冶であり、遠征時には携帯用の鉄床やふいご、簡易釜等という魔法道具を持ち歩いている。
ミヒャエルは、討伐中に大小5つのハンマーをナイフのように軽々と扱う。メインの大槌で力強い破壊活動をするのが印象的な、ガッチリとしたブリュネットの中年である。
だが、解体業者という2つ名は大槌から来たわけではない。むしろ器用に解体してしまう技術から付いた呼名だ。極小から始まる、大きさや形が異なる5つのハンマーを使い分け、どんなに強固な壁も巨大な岩石も一様に『解体して』しまう。その鮮やかな手並みは、見ている者から溜め息が漏れる程だった。
彼と良く組んでいるのは、火薬の専門家ヘルムート・エアハルトだ。魔法が発達しているとはいえ、魔法使いは多くない。一般人には必要な技術だ。
ヘルムートが魔獣と向き合えば、豪快な遠投で爆弾を投げつけ群れごと大破させる。
折角豊富な火薬知識があるのだから、銃や砲台を使えば良さそうなものである。しかし彼なりの美学でもあるのか、ひたすら人力で投げつける。
ミヒャエルもヴィルヘルムも銃や大砲にあまり興味がないのか、ナーゲヤリに銃器のエキスパートは居ない。
ジンニーナの話では、遠い異国では魔法銃と言うものがあるそうだ。ヴィルヘルム・フッサール作の水空籠には、空気砲その他を発射する装置が搭載されている。それは、魔法銃の類似機巧だ、と赤毛の魔女ジンニーナは思っていたが。
ミヒャエルが金属を叩く軽やかな音が、死の平原で過ごす曇った夜に響く。ヘルムートが鼻唄混じりに爆弾を作っている。ヴィルヘルムは水空籠の調整をし、フリードリヒは薬品の調合と特殊な屋の製作に余念がない。
怪我人とも言えない掠り傷患者は、焚き火や夜営天幕の設置で発生した。魔獣相手の負傷者はいない。ジンニーナの守りの壁があったからである。
掠り傷であっても、放置して膿んではいけない。そう言って、カール・ヘーゲルが治癒魔法を使いながら夜営地を歩き回る。幻惑的な刺突剣が得意な男だが、見た目は武骨で上背もある。ジルベルトやゲオルク程ではないが、銀紐隊の中では大きいほうだ。
そんな夜営初日の毒沼越えから5日後、遠くに砦らしき建造物が見えてきた。モーカルやナーゲヤリ周辺に砦は無い。しかし、銀紐隊の皆も資料では見たことがあった。
「おー、人が居そうだな」
5日も似たような風景で、同じ魔獣の対処を繰り返してきた。いい加減飽きていた所へ、人の気配を得た隊員達は一気に生気が戻った。
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