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終わって始まるならそれはもう恋だよね

──この世の全てが地獄だったらいい。

誰もが怯えて、誰もが救われない、地獄なら、きっと私は救われた。

『ああこれが普通なんだ』と受け入れられた。でも、でもでもでも

残念ながら世界は美しい。私がいくら這いずり回り、自らの吐いた怨嗟にまみれ腐り嘆こうと。

一方でお前らは救いや妥協を享受して、私に哀れみと嘲りをぶつける。

『これが普通なのに』


『か わ い そ う に ね』


と、地獄に生きる私に天国を、普通を見せつけてくる。

ああ、気が、狂いそうだった。

ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。

そう、叫びたかった。掴みかかり、忌まわしい言葉を吐くその喉を絞め潰してやりたかった。

胸を焼き、掻き毟るこの憎悪を、私一人で抱え込みたくなかった。

お前らに憧憬を抱いてしまう賤しい私ごとぐちゃぐちゃにしてしまいたかった。


だが現実はどうだ。叫ぼうにも、呼吸器が曇るだけ。管に繋がれた手足は痩せ細り、立ち上がることさえできやしない。怒りに奮い起とうと、産まれ持った虚弱な肉体は軋むだけ。

ああこれが私。弱者として産まれ弱者として扱われ弱者として生き悶える私はなるほど、哀れみ、嘲りの対象になるだろうと。

私がそういう存在だと自覚したのは、物心がついて直ぐのことだった。病院のベッドから起き上がることもままならない私を哀れみ、両親は様々なほどこしを与えた。

映画を見せた。漫画やアニメを見せた。外の話を聞かせた。音楽を聴かせた。世界の美しさを教えた。

それがどれだけ残酷なことか知りもせずに。

『世界はこんなにも美しい』

それを知った時、先ずは愕然としたものだ。そう、ただただ、驚いた。私にとって世界は管に繋がれた体と、清潔で狭い病室だけだったから。

そして、次に心を支配したのは身を捻切る程の『嫉妬』だった。その次は手が届かない幸せを見せつけてきた両親への『憎悪』だった。

初めての激情は容易く私を焼いた。あれほど愛しかった両親が怨敵にしか見えなくなった。

それでも、ベッドから一歩も動けない私の人生の娯楽は、その両親が用意した『ほどこし』しかなかった。

作品の中の自由で美しい世界を認識する度に、私は激情で内側から焼かれる。しかし、それでも摂取しなければ、私はただ惰眠を貪るだけの屍になる。

──いつ、いつこの地獄は終わる。死ねば救われる、そう考えるには私には未練がありすぎた。世界は美しいと知ってしまっていた。世界に焦がれすぎていた。だから、せめて納得できる地獄の終わりのカタチを求めていた。


しかし、結局私は。四津辻 夢歩は、死を迎えることでこの地獄に終止符を打つことになる。


⚜️


ああ死ぬなあこれは。

それは予感というより半ば確信だった。むしろ15年、よく持ったものだ。よく自ら『殺してくれ』と喚かなかったものだ。

そう夢想する程に、これまでの人生は煉獄で、死は必然だった。

冷たい夜。気配がない。静謐の闇に支配された病室。なのに意識だけが嫌に明瞭だ。

その意識が、徐々に薄れていくのを感じていた。死んだことはないが、理解はできた。

このまま意識が完全に消えた時、もう自分は二度と目を覚まさないだろうと確信していた。理解した瞬間、塗り固めてきた達観も諦観も砕け、幼い本心が、無防備な精神が暗闇に晒け出された。


──イヤだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、まだ、まだ。

私は救われていない!この美しい世界を憎み眺めることしかしていない!私だってこの世界を堪能したい!まだ美しいことしか知らない!友達だって欲しかった!なんで私だけ触れもできない!?みんな、みんなが世界を楽しんでいるのに!ただ見せつける為に、私に光を与えたワケか!?なんで奪う!なんで私ばかりから!元からこの心臓ぐらいしか持ってなかったのに!なんで私には与えてくれない!


走馬灯を埋め尽くす焦燥。助かりたい、そんな脳とは裏腹に体はどうやら既に『死んで』いるようだった。指一本動かない。ナースコールも押せない。温度すら、もう感じない。心臓も多分ダメだ。

視界から色が消えてイく、闇がニジミ初めル、シガ ニジリヨッテクル。








学説によると、人が死ぬ時に最期まで残っている感覚は『聴覚』らしい。いや、らしいではない。聴覚は最期の最期まで残っている。断言する。


「あはは、もーにん、メアちゃん。よつつじめあちゃん。律儀だねぇ、死にかけているんだねぇ」

深淵の闇の中で、柔く、ふざけた、砕けた、少女の声を聴いたから。

───!!!?

想定外の外部からのショックに、体につかの間命が戻る。視界に輪郭が再形成される。私の耳元に、誰かいる。囁いている。

「メアちゃんメアちゃん。メアちゃんにはチャンスがあるよ。だあけどぉ、拒否権は別にないんだよねぇ。えへへ」

「女の子だもん。プリンセスに憧れていたよね。王子様みたいな奇跡を待ち望んでいたんだよねぇ?ああでも王子様、来てくれなかったねぇえへへ」

「でもでもでも!私は来たよ!」

「まあ退治される側の怪物なんだけどね!」


──誰?なんでここにいる?


「それより、こう聞くべきじゃあないかなあ?時間ないんだから」


「聞くべきだよ『助けてくれるの?』って」


心臓が脈打つ、血が巡る。どくどくと、心音がけたたましく鼓膜を揺らす。これは、あの感覚に似ている。世界を、普通を妬む直前に覚えたあの感覚。『期待』と『歓喜』という忘れてしまっていた感覚。

なにもわからない、だが、これが逃してはいけないチャンスだということはわかる。

なのに、声が出ない。喉を震わせるだけの呼吸が残っていない、無理矢理燃やした命でも、それすら叶わない。それでも。

そんな限界を裂いて、口をついて出たのは、執念。心臓の鼓動すら棄て、全ての命を乗せた必死の懇願。もはや、質問ですらないそのかすれた悲鳴を、しかし少女は聞き入れた。


───『助けて』


「うん!いいよぉ!!」


快活に答えるや否や、少女は──私の首筋を噛み千切った。




⚜️⚜️⚜️


「簡単に言えばメアちゃんはゾンビになりました」

簡単に言うな。死にかけたら見知らぬ人間にトドメをさされて、その犯人からお前はゾンビになったと告げられる私の境遇を簡単に言うな。

「んふ、見知らぬ人間ってのは違うかなー。私は、死体は、ゾンビは、法的にはモノだからねぇ。見知らぬゾンビに噛まれてゾンビになった、簡単でしょ」

──というかゾンビになったってことは否定しないんだねぇ、と、少女はターンを決める。

病院から拐われた私は少女と夜道を歩いていた。歩けていた。産まれてからベッドの上で過ごしてきた私が、歩けていた。リハビリによる日進月歩ではない、至極当然のように一寸先の闇を踏みしめて歩いていた。

「ゾンビになった時、身体は万全の状態まで修復されてるからねぇ。今のメアちゃんの筋肉量や脂肪量は平均的な女の子だよぉ。もっとも、『こっち』は治ってないけど」

鼻歌混じりに、私の首筋を撫でる。痛々しい歯形のついた、変色した首を。出血していない、痛みも感じない傷を。

「指入れてるけどわかる?ほらほらニチャニチャー」

傷をえぐるな。文字通り傷をえぐるな。こっちは産まれて初めての『歩く』という行為に集中しているんだから。気を紛らわせるな。

「メアちゃんがかわいいのがいけないんだよぉ」

ヌプリ、と音を立てて指が引き抜かれる。…いやだいぶ深く入れてたね?中指と人差し指の根元まで濡れてるね?あ、指二本も入れてたんだ???

なるほど、確かに私の身体は死んでいることに間違いないようだ。痛みを感じない、病院着のままなのに暑くも寒くもない、出血もしない。歩いて喋るという事を除けば死体に相違ない。確かに『ゾンビ』と呼ぶのが相応しいだろう。つまり、それは彼女も。

「ん?どしたの?あ、メアちゃんも指入れたいー?ニチャニチャしたいー?いいよぉ、私の好きなところに穴空けてぇほらほらぁ」

思考し少し歩みが遅れていた私に前を歩いていた少女が振り返り、おどけ、服を捲り上げにへらと笑う。小柄な体躯、白い肌、口元からちらりと覗く鋭く並んだ鮫のような歯、光彩のない眼。言動も相まって風変わりには見えるものの、それでも死体には見えない。しかし

『ゾンビに噛まれたものはゾンビになる』『だから私は、四津辻夢歩はゾンビになった』という公式が成り立つ以上『噛んで私をゾンビに変えた少女もゾンビである』と結論付けるのは容易である。ゾンビという埒外の存在を認める行為よりもはるかに容易である。なにより、先ほどから『私もゾンビだ』と宣っているのだから、否定する方が難しい状況だ。

私の訝しげな視線に気づいたのか、少女は胸元まで捲り上げていた服を下ろし、やれやれ、と言わんばかりに露骨に肩をすくめた。

「やれやれ」

言わんばかりじゃなかった。口に出した。流石にさらけ出されたヘソに指を入れたりはしないまでも、露出した腹を一発殴るくらいしとけばよかったかもしれない。

「ゾンビらしくないって思ってるね?」

──なんで病院に居たのか、なんでメアちゃんを襲ったのかより先に、私の正体を気にするんだぁ?

ゲラゲラ、と声に出して哄笑を表現する。病院からここまでの道中でのやり取りから気づいてはいたが、やはり起因や動機を教える気はない、しかし正体は明かしてくるという映画等でお馴染みの怪物特有の特徴を踏襲した行動。少女が創作を真似ているのか、創作がリアリティに富んでいるのかはわからないが、どちらにせよ話す気がない部分に粘っても不毛なだけということはわかる。それより、起こったことはこの際過去の事と呑み込むとしても『彼女がナニモノなのか』の方は知っておくべきだろう。見過ごすには目に余る要素だ。

「……死んだのに冷静だねぇ、うん?死体だから冷静だというべきなのかな?いやいや、元々の素材なのかな?うゎ可愛くて賢いなんて!これで残酷だったら完璧な美少女だよぅ!」

死体だけどね!と一通りおどけ、ふざけた後に、ようやく語り出す。人のように滔々と、怪物のように意気揚々と、正体を、本性を明かし始める。


⚜️⚜️⚜️

「かつて人は夢を見た。『幻想』に未来を重ねた」

「神話やお伽噺のように、幻想の力を宿したいと考えた」

「狼男、鳥人、妖精、竜…幻想への憧憬は、世代を重ねて変貌していった」

「憧憬は願望に」

「願望は執着に」

「執着は呪いに」

「呪いは長い年月をかけて蓄積していった。ひたぶるに深く、ひたすらに歪み、継承されてきた」

「そして近代。とうとう、呪いは魔へと転じた。呪いが、現実を蝕み、改変し始めた」

「脈々と受け継がれてきた呪いにより、一種のパラダイムシフトが為された」

「私達は幻想へと触れた」

「私の家系、『四乃宮』が憧れ、受け継いできた呪いは『死者』」

「生者を不滅の死者へと変え、死の運命をすり抜けようという願いから転じた『呪い』」

「メアちゃんは私の『呪い』に触れてゾンビになった。呪われてゾンビになった」

「映画みたいに細菌やウィルスでゾンビになったのとはワケが違う」

「途方もなく積み重なった、受け継がれてきた意思がその身体を支えている」

「だから触覚や味覚痛覚は喪失するも、思考能力は失わずに再生能力と身体能力を手に入れた。しかし、あくまでメアちゃんは私からの『派生』」

「例えばメアちゃんは私みたいに誰かをゾンビにしたりできない。いびつで不完全な不死者なんだよ」

「私の粗悪品と言っていいかもしれない」

「さてここからが本題だよ」


「そんな不完全なメアちゃんの寿命は残り一週間です」


「メアちゃんにかけた呪いは、一週間でなくなる。一週間後にはただの死体に戻る」

「意地悪じゃないよ?むしろ今夜死ぬハズだったメアちゃんにチャンスを上げたんだよ」

「15年間、なにも出来ずにただ死ぬしかなかったメアちゃんに、自由に動ける最期の一週間を与えた」

「見せてほしいな。メアちゃんの、最期のキラメキを」


「メアちゃんが憧れ、呪い続けたこの世界でなにを為すのか魅せてほしいな」


「不死の私が未来永劫、退屈しない思い出をちょーだいな」



──ああ、自己紹介してなかったぁ!私の名前。『四乃宮エリカ』、覚えて逝ってね!


ぺろり、と舌を出してはにかむエリカ。とんでもない情報を矢継ぎ早に受けた私が混乱する頭でまず考えた憂い事は、現実逃避となじられても仕方ない内容だった。


──まだ道中なのに、目的地とやらに着いてないのに、本性出しちゃったらこの先の道の会話気マズくない?


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