空とハエ
マフィアなハエが空へぐーんと飛び立った。
遠くのほうで工事の音が鳴っている。
心地よい風が吹き、それでいて僕は愚かだった。
座り込んで空を見上げる。
かすかにカラスの声が聞こえた。
そのままコンクリの上にごろんと横になる。
隙間から生えている雑草を抜きその匂いを嗅いだ。
ちょうど、今日生きる意味を決めかねていたので、今日はこの雑草の匂いを嗅ぐために生きることにした。
「何してるの」
女の子が僕は眺めてた。
無視をして雑草を鼻にあてる。
雑草の匂いがした。
他に言いようがない。
「何してるの」
「僕はこのために生きているんだ。邪魔しないでくれないか」
「草を嗅ぐために生きてるの?」
「うん」
さっき、そう決めた。
「楽しい?」
「いや、あまり」
「だったらなんで草なんか嗅いでるの?」
「じゃあ、君はなんのために生きているわけ?」
女の子は耳たぶを掻いた。
「考えたこともないな」
うーんうーんと女の子は考え込んだ。
風で彼女の髪が揺れた。
僕はさらに深く雑草の匂いを吸い込んだ。
しばらく悩んでいた彼女が顔を上げた。
「ねえ、生きる目的なんて要る?」
「さあ」
目を閉じる。
「あったほうがいいんじゃないかな」
青空が暗闇になった代わりに風と音と匂いがいっそう深くなった。
「私のお母さんはさ、耳たぶを触るのが癖なの。気づいたらいつも耳たぶを撫でてる」
「君もね」
さっき、掻いてた。
「ねぇ、耳たぶを触ることに目的なんてあると思う?」
「君にとって生きるのと耳たぶを触るのとはおんなじことだって?」
女の子は親指で顎をなぞり、うーんと悩んだ。
また、しばらく間があった。
「そうね」
彼女は静かに頷く。
「そうよ。私にとっては同じことなの」
僕はしばらく彼女を無視して香りと音に集中することにした。
遠くで何かを叩く音がした。
コンクリートの少し冷えたところが気持ちいい。
雑草が鼻息で揺れてくすぐったくなる。
静々な風が僕の肌に遠いところの存在を教えてくれる。