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Lovestory in Railways

ずっと、あなたと。

作者: 秋葉隆介

わたしは今、知らない場所を揺蕩たゆたっている


どこまで行っても真っ白な、それ以外には何も無い場所


だけど… だけど……


どこからか聞こえる、懐かしい響きの声


その声は… わたしを… わたしの名前を呼んでいる




『………… 美咲』


 これは誰の声? どうしてわたしを呼ぶの? 自身に問うてみても、その答えはなかなか見つからない。そのことへのもどかしさを抱えつつ、わたしは、記憶の海の中へと漕ぎ出してみることにした。

 ほとんど起伏の無い、わたしの中の記憶の海。その水面みなもを、わたしは必死に漕ぎ進めていく。すると、突然世界が暗転して、漆黒の闇がわたしを包んだ。


 ピカリ。


 闇の向こうに、まばやく輝く光。それは瞬く間にわたしの元へと近付いて来て、光の帯となって目の前を通過して行った。


 カタンコトン……

 カタンコトン……


 光の帯の通過と共に、わたしの元へと響いてくる規則正しいリズム。


 カタンコトン……

 カタンコトン……


 聞こえてくるリズムに思考を委ねていると、わたしの脳裏に、眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔が浮かんで来た。


 ……… 誰だったかなぁ


 わたしは、記憶の糸を手繰り寄せてみる。不機嫌そうな表情をした「彼」は、そのリズミカルな音に不平を言っている。

『ったく、うるせえよなぁ!』

 不満の色が、ありありと浮かぶその声。それを聞いていたわたしは、思わず苦笑いを浮かべてしまった。そして小さく「彼」に反論してみる。

「そんなことないよ、わたしね、この音好きだなぁ」

「リズムを刻んでるみたいで楽しいじゃない? 何だか元気になれるような気がするんだ」

 そう言ってわたしは、「彼」に微笑みかける。


 あれ? これは? ………


 鮮明に蘇る、記憶。

 漆黒の闇を押し広げるように、かつてのいろどりが戻ってくる。わたしの思考の中心に陣取ったその人は、さっきよりも少し柔らかな表情になって、わたしのことを見つめている。

「美咲には敵わないなぁ」

 そう言って、わたしに微笑みを返してくれる「彼」 

 そしてわたしは、あることに気付く。


 その声は……… !


 わたしの名前を呼んでいる、「あの声」と同じだ!!

 それに気が付いたわたしは、その声の主がとても大切な人のように思えて、目の前の「彼」に、呼びかけてみる。

「あなたは誰ですか?」

 呼びかけても呼びかけても、その問いに「彼」は答えてくれない。そのことに少し苛立ちを覚えたわたしは、「彼」に向かって手を伸ばしてみた。すると…… わたしの伸ばした手は「彼」をすり抜けてしまった。


 どうしてなの?


 わたしの声も、わたしの手も届かない「彼」 

 感じる理不尽さに酷く混乱して、わたしの中に滾る激情を「彼」にぶつけてみる。

「誰なのよっ!」

 わたしの絶叫に近い声にも動じることはなく、「彼」は柔らかく微笑んだまま、わたしを見つめている。ただ、「彼」の周りは靄がかかったようになっていて、顔以外の身体の部分は見えないし、柔らかな表情さえも、いつ儚く消えてしまうのかわからない。

 そのときだった。


『俺、頑張ってみるから』

 

 そうわたしに告げて、表情を引き締める「彼」 その言葉は、わたしの口癖への答えだったことが思い出される。

「もう一度頑張ってみよう」

 何事にも淡白で、すぐに諦めてしまいがちなその人に、わたしがいつもかけていたその言葉。その言葉をかける時のわたしは、いつも笑顔でいられるように心がけていた。それを言う相手の、心の負担を軽くしたいと考えていたから。

『わかったよ、美咲。俺、頑張ってみるから』

そう答えてくれる人は、少し表情を引き締めていた。それは…… 目の前にいる「彼」と同じ表情をしてる! 刹那、記憶の奔流が流れ込んでくる。

 少し気弱で、諦めが早くて、優柔不断なところもあるけど、本当に優しい「彼」 常にわたしに寄り添って、私の隣で柔らかく笑う「彼」 その人は私の宝物だったはず。

 記憶の海の底から、わたしの身体はどんどん浮上していく。その海には、「彼」の面影が色濃く漂っていた。そのことにわたしは、魂が震えるような喜びを感じている。

 わたしは今、はっきりと思い出せる。「彼」は「あなた」 大切な「あなた」 わたしは「あなた」に誓う。


 ずっと、あなたと一緒にいる。


 これは、譲ることができない「あなた」へのわたしの約束。「あなた」もわたしに誓ってほしい。


 ずっと、わたしのそばにいて。

 ずっと、あなたのそばにいさせて。


 ふわふわと浮かんでいく身体は、もうすぐ「あなた」のところに行くから。そしたら、「あなた」の名前を思い切り呼ぶから。


「……… 泰輔」




 ! 今、美咲が俺を呼んだ?


 美咲の安らかな寝顔に、俺は目をやった。小さく聞こえる呼吸音以外には、何も聞こえては来ない。やはり空耳だったかと、がっかりしながら美咲の顔をもう一度見据える。その時、俺は美咲の変化に気付いた。

 小さく痙攣した瞼が、薄く開いている。その中の黒い瞳は、力強い輝きを湛え、何かを探すように動いていた。

 少し時間が流れ、はっきりと見開かれた目。その瞳には、俺の姿が映っている。俺に向けられた、強くて真っ直ぐな視線。美咲の乾いた唇が開き、信じられない音が俺の聴覚に届く。


「泰輔、泰輔!」


 俺の名前を呼ぶ、美咲の声。掠れてはいるが、俺の記憶の中にはっきりと残っていた、愛しくてたまらない人の声だ。

「美咲っ!」

 俺はあらん限りの声で、愛しい人の名前を呼ぶ。その声に応えるように、右手を伸ばす美咲。俺は急いでその手を取った。

 握り返す手は、弱弱しくまだ心許ないが、見つめ合いながら繋がれた手は、確かに二人の絆を感じられるものだ。

「奇跡が、起きましたね」

 驚きを隠せない表情を浮かべて、伊東医師がつぶやいた。 


 真っ直ぐに俺を見つめる、美咲の瞳。その健気な視線に、俺はこの言葉を贈ろう。


「これからも、ずっと一緒にいるよ」


 その時、輝く涙の雫が一筋、美咲の頬を伝う。

 嬉しそうな、心から嬉しそうな笑顔を見せる美咲。その笑顔は、俺の心に棲みついて離れない。


 この笑顔を絶対に守る。


 俺はこの時、そう誓った。




 幾年かの歳月が流れて………


 カタンコトン……

 カタンコトン……


 高架の上を走る、電車の音が聞こえる。

「でんしゃ、きたー!」

 と、息子の佑哉ゆうやが叫ぶ。

「佑哉は、でんしゃ、すき?」

 と尋ねる美咲は、頭を撫でながら、あの柔らかな微笑みを浮かべている。

「すきー! だって、かけっこしてるみたいなんだもん」

 そう答えた佑哉の身体を、美咲はきゅっと抱きしめた。

「お母さんも、大好き!」

 美咲は佑哉に頬ずりしながら、二人を見つめる泰輔に視線を絡ませる。

 すぐに、ふわり、と浮かべられる、泰輔の柔らかな笑顔。その笑顔は、美咲の宝物。


 カタンコトン……

 カタンコトン……


 電車の刻むリズムは、二人の愛と家族の絆を繋ぐ、幸せの音色。


 カタンコトン……

 カタンコトン……


 そのリズムを、いつまでも一緒に感じていたい。


 ずっと、あなたと。

◎Railwaysシリーズ、第12弾をお贈りします。


間6年開けての前後編小説、3000字足らずを書くのに、大変な苦労をしました。

物語の整合性を取るのに、こんなに大変な思いをするとは知らず、また、前編で感じた自分の体験外でのことを想像しながら書く作業というのは、私にとってはやはり苦手と言わざるを得ません。

それでも、どうにかエンドマークを打つことが出来ましたので、ほっとした思いも多分にあります。

やはり不細工な作品となってしまいましたが、それでもお楽しみいただければ幸いです。

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