第7話 サイドチェンジ1 大好きだよ 《姫川彩月》 後編
私が小学生4年の時、飼っていた猫のミーシャが家に帰って来なくなりました。
何日も帰って来ないミーシャを探して私は近所、この町、隣町…色々歩いて探しました。其れでも見つかりませんでした。
そして離れた町。其処は学区外の町で、来たこともない町でした。私は其の町を歩いている内に、道に迷ってしまいました。知らない公園のベンチで泣いていると
「どうしたの?」
と声をかけてくる知らない男の子。私は迷子になって帰れない事、私の猫を探している事を泣きながら伝えました。
「じゃあ、猫を探しながら交番に行って、帰り道を聞いて見ようよ」
と言って手を差し伸べて来ました。
「うん」
私は泣きながら頷くと、男の子の手を取って立ち上がりました。
交番に向かう道中の事でした。ミーシャがいました。道の片隅で、昨夜の雨にうたれ、綺麗だった白い毛は泥で汚れ、四肢を棒のように伸ばし死んでいました。
「………」(そんな…)
ミーシャが死んでる…。私はかけよりミーシャの傍らに座り、口元に両手をあて泣いてしまいました。
……でも死んでいるミーシャを、私は怖くて触れませんでした。
可哀想なミーシャ。大好きだったミーシャ。なのに私は薄汚れて死んでいるミーシャが、怖くて怖くてとても怖くて触れませんでした…。手も足も震えて動けませんでした。
「このままじゃ可哀想だよね。さっきの公園に埋めてあげよう」
男の子が私の傍らに座りスッとミーシャを抱き上げます。私は更に大きく泣きました。
大好きだったミーシャを触れなかった自分に、大好きだったミーシャを優しく抱き上げてくれた男の子に、色々な思いが交わり私の涙は止まりません。
「大丈夫?歩ける?」
男の子の言葉に何とか頷き、私達は公園に向かって歩き出しました。男の子は公園の外れの木の近くに穴を掘り、ミーシャを埋めてくれました。
手やズボンを泥で汚した男の子が手を洗いに行っている間、私は更に更に泣き出しました。声を出して大声で泣きました。とても悲しい事、怖かった事、自分が何も出来なかった事、男の子が何も出来ない私に変わって、ミーシャを抱き上げてくれた事、男の子がとても優しくしてくれた事、色々な思いで私は沢山、沢山、泣きました。
慌てて駆け戻った男の子が、ハンカチを渡してくれました。ハンカチは私の涙で、たちまち濡れてしまいます。男の子はミーシャのお墓に手を合わせ祈ってくれています。私も泣きながら手を合わせました。
程なくして少し泣き止んだ私に、男の子は手を差し伸べてくれました。
「帰り道を聞きに交番に行こっか」
私は小さくコクりと頷き、男の子の手を握ります。暖かい。男の子の手は暖かくて心が少し楽になりました。
交番で男の子は桜井光斗と名乗っていました。
その日の夜、私はベッドの枕に顔を埋め泣いていました。
あの時、光斗君がいなかったら私は何も出来ずにいた。
光斗君がいなかったらミーシャは道端に横たわったままだった。
光斗君がいなかったらお墓も作れなかった。
光斗君がいなかったら私の心は深く深く闇の中に沈んでいた。
光斗君が手を差し伸べてくれなかったら私の心はとてもとても折れていた。
光斗君が救ってくれた。
光斗君が私の心を救ってくれたんだ。
其れから週末になると、あの公園にミーシャのお墓参りに行き光斗君を探しました。何度も足を運んだけれど、光斗君には会えませんでした。あの交番で光斗君の事を聞いてみました。桜井という家はこの町には無いことが分かり私は大声で泣きました。もう光斗君に会えない事が分かったから。
奇跡が起きました。高校1年の入学式。クラスで自己紹介をしている時の事です。
「桜井光斗。兼山市南中から来ました。宜しくお願いします」
「……………」
斜め前の方で自己紹介する男の子。あの頃の面影を残している男の子。
光斗君だ!光斗君だ!光斗君だ!光斗君だ!
目から涙が溢れます。口元を両手で隠し私の頬を流れる涙。
この奇跡に私は神様に感謝しました。
◆
孤児院の外れにある石の上に座っていた私は、また泣いていました。光斗君の子猫探しの話しを聞いて、あの時の感動を思い出し、涙が溢れてきます。光斗君の事を考えると、心がとてもとても暖かくなります。
孤児院の方に戻ると、入り口の前に茜音ちゃんと葵さんが、私を待っていてくれました。
「彩月ちゃん、大丈夫?目が赤いよ?」
茜音ちゃんが心配してくれます。ありがとう茜音ちゃん。
「茜音さん。彩月さんのその笑顔を見れば、心配する事はないと思いますよ」
「アハッ、ホントだ。何その笑顔。光斗君と何か良い事あったな~」
「無い、無い、無い、何も無いよ~」
「い~え、分かります。その笑顔は何か有りましたね」
「え、えーと、実は………」
私も誓います。此の世界で光斗君と一緒に生き抜く事を!
【予告 第8話 黒猫探しミッション 前衛】
ライトが初めて受けたクエストは子猫探しだった。依頼主の女の子の家に行くが…。
「父殿が捨ててしまったのじゃ」
「どうしてですか?」
「祟るそうじゃ。猫は死んだら祟るからダメなそうじゃ」
ルミナ様はお化けだぞ~のポーズで説明してくれた。