5
ところで、俺の知り合いの中で、俺の家の電話番号を俺から聞き出した人間が、高校の事務と大学の事務以外で一人だけいる。もしかしたら連絡網とかで俺の家の電話番号を知っている奴もいるかもしれないがそういうことではない。大学の事務は知り合いでないとかそういうことでもない。
俺の電話番号を知っているそいつは高校時代のクラスメイトで、名前はK良という。
K良といつ知り合ったかは、はっきり覚えていない。
学校のクラスを見まわしてみると、いつも黙ってじっとしている奴がちらほらいることがわかるだろう。
誰とも喋らないで、一人で弁当を食べていたり、休み時間に机に突っ伏していたり、本を読んでいたりするあれだ。
他人とコミュニケーションを取るのが怖くて、自分の周りに壁を作って、自分は一人でいるのが好ましいんだアピールをしているあいつらだ。
そういう奴らは基本一人でいるしかないのだが、同じクラスに同じ生態の奴が二人以上いると、たまに結託することがある。
要するに傷のなめ合いなわけだが、そんなわけで俺とK良はたまに会話をしていた。
似たような境遇の奴らもいくらかいるだろう。そいつらは自分たちを仲が良いと思っているのかもしれない。陰でクラスの奴らの悪口を二人で言い合って、自分を慰めているのかもしれない。
だがクラスの連中は、負け犬同士仲が良いんだなあと、そいつらを嘲笑っていただろうな。
俺はそれが嫌だったこともあって、なるべく仲が良いとは思わせないようにした。会話はしていたが、友人同士がするようなことはしていない。
会話をするきっかけが無かったら、今も昔もお互いに路傍の石如きの他人であっただろう。ケンカをしたらそのまま険悪になって話をしなくなっていただろう。そいつとは、その程度の関係性だった。
K良は、漫画家を目指していた。これは、クラスの連中も皆知っていたことだ。
なぜなら、あいつは休み時間中ずっと、絵の勉強だと称して、ノートに漫画の絵を描いていたからだ。
最初のころは、クラスの連中も珍しがっていろいろあいつと話していた。
「えー、何描いてるの?」
「漫画家目指してるの? すごーい」
あいつも、まんざらでもないような受け答えをしていた。照れ笑いをしていたような気がする。
俺はそういうのは嫌いだ。小学生のころにも、パラパラ漫画で作者ぶっていた奴がいたが、それ以来の苛立ちを覚えた。身の程をわきまえろ。それをちやほやする奴らも馬鹿馬鹿しい。
しかし、そのうちにK良が絵を描いていても、誰もK良に話しかけなくなった。
K良もコミュニケーション能力を持たない人間だからして、他人が喜ぶような受け答えを出来ない頭の構造をしており、まあなんというか、色々合わないと判断されて、そして飽きられたのだろう。それ以降も、会話が必要な場合に表面上は普通のクラスメートとして話しかけられていて、K良もそれに対して普通に受け答えはしていたのだが。
K良がいない時に、クラスでK良が馬鹿にされているのを何度か聞いた。
「あいつキモくね(笑)」
「ね。ヤバいよね。あいつの絵が視界に映るだけでうわって思うもん(笑)」
俺は何とも気分が悪くなった。
あいつは結局、高校中ずっと休み時間に絵を描いていた。それはもうせっせせっせと描いていた。あいつとは卒業までクラスが同じだったが、まあ見るとよくよくノートに漫画を描いていた。
俺はそれを見る度に嫌な気分になった。何で家でやらないのかとイライラした。
そういえば、家ではあまりK良の趣味について快く思われてないのだと聞いたことがある気がする。漫画家になるとか夢見がちなことを言っているからだろうか。
しかし、それにしても、なぜ教室でやるのだろうか。自分の部屋とか、公共の図書館とか、別の場所があるだろうに。あいつが絵を描いてるのを見る度にそう疑問に思った。
結局のところ、あれは優越感を求めるためのアピールだったのかもしれない。
あいつは本気で漫画家を目指しているようだったが、その奴にとってのアイデンティティ故に、周囲に漫画家アピールをしたかったのだろう。
俺は漫画家になるんだぞ! 君たちとは違うんだぞ! みたいな。これは少し違うだろうか? でも奴はきっと自分をクラスの中でそういう別格のポジションだと思っていたに違いない。
もしくは、最初にちやほやされたのが嬉しかったのかもしれない。それで調子づいて続けるようになったのかもしれない。漫画描いてるよーと周囲にアピールして、ね、凄いでしょ凄いでしょって言外に語っていたのかもしれない。
まるで頭の悪い犬のように。そして、陰で馬鹿にされていることにも気付かずに。哀れな奴だ。
それでもそうした努力は努力そのもので、中身のない行為だったというわけでもなく、画力の方は割と上達していたように思う。
俺はK良とちょくちょく会話をしていて、そのときにK良にノートを見せられて、そのときはそれなりな絵が描かれていた。
そういえば、K良がノートを見せている後ろで、ある連中が互いにコショコショ耳打ちをしながら、ニヤニヤとこちらを窺っていたのを思い出した。
ピンときた。
いじめられっ子がしょぼい低学年の子供と仲良く遊んでいるのを眺めている気持ちなんだろう。
クラスの底辺を見て、自分の優越感をニタニタと満たしていたのだろう。
あのこびり付いたようなにやけた顔で、後ではしゃぎながら仲間内でゴミみたいな会話をするのだろう。
ああ嫌だ。ああ嫌だ嫌だ嫌だ。
もう考えたくない。昔のことはあまり思い出したくない。
俺は寝る前に、大抵ネットをする。むしゃくしゃしていたら、大抵2○○だ。気になる話題があったら、それについていろいろ意見を発信するのだ。
その都度、俺の癪に障る意見を見つけて、また反論する。そしてイライラする。
それでも俺は意見を発信し続ける。
好きなアニメ作品を褒める。貶される。反論する。信者乙とか言われる。イライラする。
気にくわないアニメが絶賛される。反論する。無視される。イライラする。
それで時間をかなり費やすこともあるし、それでイライラし通しで一日が終わることもある。
それでもなぜかやめられない。
そういえば、そんな事をしていたらいつの間にか大学に入ってから三年になっていた。大学にまつわる思い出がほとんどない。しかし、そんなことはどうでもいい。いや本当にどうでもいい。