朝倉大鼓③
タイトル戦の開催場所の明道スタジアムにはもうすでに多くの人で賑わっていた。
チケットは完売。試合がはじまれば明道スタジアムは3万人の戦道ファンで埋め尽くされることになる。
チャンピオンの室戸四星は現在23歳、一見痩せがたな体型に見えるが、無駄な脂肪が一切なく、鍛え抜かれた肉体と、甘いルックスで女性受けもよい。18歳でデビューしてから
チャンピオンになるまで17戦試合をして無敗という成績だ。彼の試合は豪快にして華麗。
戦道に全く興味がない人でも、一度彼の試合をみたらおそらくは試合後には熱狂的なファンの一人に変貌していることだろう。
四星はこのチャンピオンとしての実力と圧倒的なカリスマ性で明道スタジアムを満員のファンで埋め尽くしたのだった。
ー挑戦者控え室ー
大鼓は落ちつかなかった。
試合はあと10分で始まる。
よし!トイレに行くか!!
本日15回目のトイレに大鼓は向かった。
はぁ~・・・
大鼓の所属する水鏡ジム会長の水鏡葵衣はその様子を読んでいた雑誌の脇からチラリと見て、ため息をついた。
大丈夫かな~・・・
葵衣は大鼓と同い年の女性で、会長兼セコンドもしている。
ガチャ
大鼓がトイレから戻ってきた。
「葵衣!あと何分だ!?」
「7分」
葵衣がそっけなく答えた。
ーチャンピオン控え室ー
「今日の相手さ、確かサンドバッグってアダ名のおっさんだったよな!?
」
室戸四星がスマホをいじりながら、会長の曽根田に聞いた。
「そうだ。対戦相手にろくに攻撃も反撃もせずに殴られ蹴られ、あげくのはてに、いつも立ったまま気を失うというまさにサンドバッグのような相手だ。
若い頃はそこそこ強かったみたいだが、今は全然ダメだな。
リングに上がってもただサンドバッグになるだけの喧闘士だ。
それなのに、お前に挑戦状を送り付けてくるとはバカな奴だな。
思う存分サンドバッグを叩いてやれ!
そのためにわざわざ挑戦を受けてやったんだ。」
「ハハハッ!!
わかってるさ会長!!
超ダッセ~おっさんファイターが相手か~
俺相手殺しちゃうかもよ?」
「そうなったらしょうがないな」
ハハハハハハッ!!
部屋に四星と曽根田の笑い声が響いた。
ー観客席ー
「そろそろ試合始まるな。」
「そうね。あと1分よ。」
二人は会場の雰囲気に圧倒されていた。
会場はどこを見渡しても、室戸四星の応援団やファンで溢れかえっていた。
この会場のどこを探してみても挑戦者の朝倉大鼓のファンの姿は見当たらないようだ。
まぁ当然か・・・
親父はB級喧闘士で日本ランキング83位だから本来なら日本チャンピオンに挑戦することすらできないのだ。
しかし、どういうわけか親父を挑戦者として選んだ。
きっと親父は噛ませ犬にされるんだろうな・・・
祭は複雑な気持ちだった。
『ただいまより~
戦道タイトルマッチ
王者室戸四星VSサンドバッグと呼ばれた喧闘士朝倉大鼓の試合を始めます。
選手入~場!! 』
プシューーーーッ!!!
濃い煙が吹き出した。
『赤コーナーからはチャンピオンの室戸四星が華麗なシャドーをしながら登場してきました~!!
会場が一斉に黄色い声援の歓声に包まれましたーー!!
ファンの方々が跳び跳ねているのでしょうか!?
まるで地震でも起きているかのような揺れです!!
』
室戸四星がリングのゲートをくぐり抜けリングに入ってきた。
戦道のリングはとても広く、ボクシングの四角いリングの5~6倍くらいの広さがある。しかもリングの端はロープではなく、網のフェンスになっているので、まるでリングは檻のような存在感がある。そのリングの中央に室戸四星は歩いて行き、両手を挙げながらいつもの四星コールを促した。
四星!! 四星!!!! 四星!!!!!!
『会場が四星コール以外聞こえません!!
挑戦者の朝倉大鼓選手には相当なプレッシャーになることは間違えありません!!』
「さっきから四星!四星うるせ~な~
一気に緊張が吹きとんじまった」
大鼓は耳を塞ぎながら舌を出して中指を立てて笑っていた。
「緊張・・・吹き飛んじゃったみたいね」
葵衣は笑いながら大鼓の背中を叩いた。
「セコンドの仕事は選手を鍛えて、試合に送り出して、試合で危なくなったらタオルを投げる。
けど、私は大鼓君を信じてるわ!!
大鼓君がどんな状態になってもタオルは投げない!!
祭君と奥さんにかっこいいとこ見せるんでしょ!?
私にも見せて!!」
「もちのろんよ!!
任しとけ!!
俺は今日のこの日のためにサンドバッグであり続けたんだ!
祭と優子には俺のせいで辛い思いばかりさせてきたからな・・・
後、お前にもな。
今日で全てを変えてやるからよ!!」
大鼓はそう言って四星コールが響き渡るリングに向けて歩を進めていった。