第54話 OMNIBUS STAR〜透明だった世界③永遠を見つけた
永遠は君の中にある
そんな54話。
私生活で心が折れるという非常に貴重な経験をしました。
無気力で自堕落で、心にストレスを溜め込みながらただ同じ仕事をこなすだけの毎日は地獄のようでしたが、これも人生の糧として何かに活かしていけたらなと思います。
そんなわけで随分とお久しぶりの更新となりました"透明だった世界"最終回。
ここまでに出てきた多くの人たちの物語の裏側で、彼が何を思い動いていたのか、前のお話と併せてお楽しみ頂けたら幸いです。
それでは次回でまたお会いできますよう。
眩い光の膜を突き抜け、その向こうに広がる星屑の虚空へと身を投げ出す。
超空間の海に浮かぶ無数の中のひとつ、その泡宇宙は、異物であるボクを拒絶することなくすんなりと受け入れた。
ーーーさて、まず向かうべきは……。
忙しなく瞬く銀河の光たちに一瞥もくれることなく、迷いなく宙を蹴り付ける。
向かうべき道のりは明白だ。ボクは自分の視た未来を辿るようにして星々の狭間を駆け抜けた。
ーーーこの宇宙にはまだ、イドラ・イドルはいない。
彼女が生まれるのは40年後……勿論、そんな事は承知の上だ。
やがて前方の暗闇に浮かび上がる乳白色の惑星を見下ろし、堪え切れずに笑みを浮かべた。
ーーー廃星C……ボクの視た"未来"は、ここから始まるんだ。
星巡る人
第54話 OMNIBUS STAR〜透明だった世界③永遠を見つけた
近い将来、この宇宙は二つの勢力に分かれて争いを繰り広げることになる。
ひとつは殺戮による支配を目的とした"銀河皇帝"率いる銀河帝国。
そしてもうひとつは高エネルギー生命体を中心とする反乱軍ーーーのちにイドラが所属するーーー宇宙正義。
ありとあらゆる銀河を巻き込み、宇宙全土を戦地へと変える事となるこの戦争だが、その開戦の切っ掛けは実に単純明快でくだらない。
眼下の廃星へと視線を移したボクの瞳が、赤茶けた大地で鍛錬に励むひとりの男を捉えた。
ラスタ・オンブラー。
心を光に灼かれた哀れな奴ーーーそれがいつぞや銀河の王として君臨するこの男を指すのに一番相応しい言葉だろう。
理想の世界は遥か彼方の夢物語。探し求めた力に選ばれることもなく、同じ志を抱いた者は常に先を往く。
強さへの渇望と、並び立つ善なる者に対する妬心、劣等感に苛まれ続け、やがて己が無力さ故に全てを失う……それこそが悲劇への引鉄であり、待ち受ける戦乱の未来は、全てこの男の脆弱な心から引き起こされると言っても良い。
ーーーと、ボクの千里眼が視たのはとりあえずここまで。でも、それで充分だろう。
見通したその未来へと繋げる為にボクのすべきことはもう決まっている。
誰よりも純粋で、それ故に己の理想に呪縛されることとなる愚かなこの男を、地獄の底へと叩き堕とす手助けをしてやるのだ。
さてーーーまず手始めに、彼を孤立させてやろう。
亡星の難民ラスタ・オンブラーとゲニウス族のデナリ・ブノワーーー対立する二つの勢力、その各々の長がかつては仲間として共に銀河を駆け巡っていた事を知る者は決して多くはない。
意見の相違はあれども、目指す未来は同じものーーーふたりはそう信じてこの廃星Cの一角に居住区を設え、そこで保護した難民たちを住まわせることで自分たちの青臭い理想を叶えようとしていたーーーそれが根本的な解決に至らない、虚しい自己満足だとラスタ・オンブラーは気づいていたのだろうが、それでも彼らの笑顔を心の拠り所にしているであろうことは明らかでーーーだからこそ、ボクにとってもあの居住区には価値があるのだ。
ボクが行動を起こしたその日、件の二人は廃星Cを留守にしていた。
なんのことはない、今日も今日とて別の惑星へのお節介のためだーーー銀河をふたつ跨ぐ地点ともなれば、さしものゲニウス族もすぐには戻って来れないーーーつまりボクにとってはまたとない好機と言えた。
全身を駆け巡る負の力を右手に凝縮させ、蒼白く輝く手毬のようなそれを眼下の惑星向けて放り投げる。
たったそれだけで、廃星Cを覆っていたゲニウス族のバリアはシャボンの如く弾け飛んだ。
これくらいは造作もない。正の意思と負の意思は相反し合う存在であるが故に、互いにとって唯一の弱点となり得るからだ。ボクの力が彼の力を呆気なく打ち消したのも当然の道理だろう。
さぁ、次だーーー守りを失った廃星Cを周辺宙域で戦争中の兵士にでも襲わせよう。
彼らが泥沼化した戦地の兵であること、もう何日も飢えと渇きに苦しんでいることは知っていた。だからテレパシーで彼らに語りかけてやったんだーーー"今なら廃星Cに入れるぞ"ってね。
案の定、野蛮な彼らは廃星Cの集落を襲い、その食糧を残さず貪り尽くした。
ーーー満たされた人間の心には隙と余裕が生まれる。
ボクはそれを待っていた。命の危機を脱した兵士どもの心に付け込んで、そこに蔓延る負の感情を膨らませてやったんだ。
ボクの予想した通り、長引く戦争への鬱憤や常に神経を張り詰めることによる精神的な圧迫、苛立ちから、彼らは極めて残虐で傲慢な行動に移った。
心赴くがままに居住区の難民達を甚振り始めたのだ。
最初は揶揄う程度に、次第に過激さを増してーーーと、その時。
「やめろおおおおォッ!!」
空の彼方から猛々しく迫る影が、地面に降り立つや否や兵士たちに殴り掛かる。
遥か光年の距離を越え、駆けつけたのは果たしてラスタ・オンブラーだけだった。
ーーーそう、ボクは知っていた。例えバリアが破られたと気付いたとしても、模範的ゲニウス族であるデナリ・ブノワが目の前で苦しんでいる大勢を見捨てられる筈がないことを。
そしてこう考えるであろうことをーーー"ラスタ・オンブラーが向かったのだから大丈夫だ"、と。
事実、ボクの見通しは正しかった。
ラスタ・オンブラーは数の有利をものともせずに善戦していたが、難民の子供達を人質に取られたことで形勢は逆転、瀕死の重傷を負わされてしまう。
「ほぉら、残念だったな?恨むなら弱い自分を恨め」
そして兵士たちは湧き上がる負の感情のままに子供達を追い回し、手持ちの武器を用いて惨たらしく殺害していった。
痛めつけられ動くこともままならないラスタ・オンブラーの目の前で、ひとりずつ、様々と……見せつけるようにーーー。
もうすぐだ…… ボクの待ち望んでいた状況、その瞬間は……!!
"ーーー殺してやる。"
……来た!
これを待っていたのだーーーラスタ・オンブラーが己の弱さと不甲斐なさに絶望する、この時を。
ボクはすかさず眼下に手を翳し、自分の中の負の意思、その欠片をラスタ・オンブラー目掛けて投擲した。
ーーーこれはボクからのプレゼントだ……上手く使ってくれよ?
預かり知らぬ内に世にも危険な力を得た彼が、鬼神の如き強さで兵士たちを皆殺しにした頃、ようやくデナリ・ブノワは廃星Cへと帰還した。
だがその時には既に何もかもが手遅れでーーー。
「俺は俺で好きにやる。あばよ、正義の味方」
ーーーこうして2人は袂を分かった。
彼らにとってボクが介入したことなど知る由もなく、控えめに評しても完璧な仕事だったと言って差し支え無いだろう。
だがこれで満足している場合ではないーーーこれはボクの視た未来へと繋げる為の第一歩に過ぎないのだから。
それから先はとんとん拍子に事が進んだ。
ラスタ・オンブラーは各地の戦争へと介入し、得た力を振るって立ちはだかる全てをねじ伏せていった。
やがて彼に心酔する者や恐れをなして下につく者が現れ、程なくして彼を中心とする"銀河帝国"なる一大勢力が興盛、破壊と支配によって戦乱の宇宙を平定せんと動き出した。
それらはいつぞやゲニウス族も無視できない規模となり、彼らもまた滅ぼされた星の難民や抵抗する反体制主義の星々と結託して"宇宙正義"の名を冠する反乱軍を立ち上げることとなるーーーこれにより戦争は宇宙を二分する大戦へと発展、銀河の各地で日夜泥沼の戦闘が繰り広げられる事態と相なったのだ。
そうして地獄の最下層と化した宇宙情勢は、ボクが裏方に徹して動くにはうってつけの隠れ蓑だった。
例えば……そうだな。重要な出来事で言えば、ボクがこの宇宙へと辿り着いた正の意思の分身ーーー"星宿の地図"を捕らえ、ヒトの形をしたそれを痛めつけてその力を大きく消耗させたのなんかがそのひとつだ。
目的は単純明快、星宿の地図が隠し持っていた"もうひとつの光"と共に戦地の惑星へと遺棄し、そこを彷徨っていたロゴス・ヴァーバーが偶然それらを手にするよう仕向けたかったんだーーーこのマッドサイエンティストは直後、ここでラスタ・オンブラーと出会うことなるからねーーー勿論ボクはそれを知っていたし、ロゴスが"正の意思の分身"と卓越した己が技術を餌に自分を売り込み、程なくして帝国の配下となることも分かっていた。
全てがボクの掌の上だーーーさながら創造神にでもなったかのような優越感と全能感に包まれながらーーー定められたゴールを目指し、ひたすらに必要とされる条件を満たしていく…… そう、それはまるでパズルのピースを集めるような、実に愉しい作業だった。
ーーー彼女との再会の日ですら、それは変わらない。
待ち侘びたその時は惑星GHーーーこの宇宙ではそう呼ばれているが、銀経、銀緯からして位相上に存在する惑星RA-8であることは疑いようがないーーーの衛星軌道上で訪れた。
イドラ・イドルを乗せた宇宙正義の偵察艇、そのコックピットに座する彼女を見た時、ボクの心に懐かしい気持ちが込み上げた。
フードを目深に被り、溢れる気持ちのまま船の前方へと躍り出る。
そのまま接近し、あわや激突ーーー瞬間、自らの身体を粒子化させて船内へと潜り込み、驚き慄く彼女の首を、手刀の一太刀で切断した。
ごろん、と転がる彼女の頭部。その目は恐怖に見開かれたまま、もはや何も映してはいない。
「イドラ隊長!」
「貴様っ、帝国のーーー!」
続々と集まってきた雑兵どもを光線のひと凪で焼き払う。
……野暮な奴らだ。大切なボクたちの時間を邪魔しないでくれ。
血の滴る彼女の首を抱え上げ、静かに、優しく抱擁する。
ーーーまだ、仄かに温かかった。
ボクはもぬけの殻となった偵察艇を爆破し、彼女たちがあたかも帝国の攻撃によって死んだかのように見せかけた。
これで宇宙正義から調査隊がやってくるだろうと見越していたし、事実そうなった。
やってきたのは体格の良いスキンヘッドの強面男ーーーまたコイツかーーーフィネ・アロガントだ。
「イドラ……?!」
首のない、焼け焦げた遺骸のドックタグを確認し、呆然と呟く大男。
動揺と混乱が僅かに彼の心を蝕んだその瞬間を見計らい、ボクは自らを光の粒子へと変換、フィネ・アロガントの身体へと憑依した。
ーーーへぇ、コイツが副司令官、ね……。
記憶を読むと同時に宿主の精神を殺して乗っ取ることもできたが、ボクはあえてそれをしなかった。この身体を使って宇宙正義、ひいてはあのデナリ・ブノワの元に潜り込むにはその方が都合が良かったからだ。
そうして無事、宇宙正義の本部浮遊島へと侵入を果たしたボクは、暫くの間フィネ・アロガントの中から組織の内部を観察し続けた。
ーーー間抜けなものだ。上辺だけの薄っぺらい繋がりしかないじゃないか。
愛や信頼、絆といった不確かなものを盲信するゲニウス族は、その善性故に人を疑うということをーーー愚かなことに、どの宇宙であってもそれだけは変わらないようだーーー知らない。
だが、彼らを頼りにしている他の星の者たちはどうだろう。誰もが皆、ゲニウス族のような精神性を確立しているわけではないーーーむしろこの宇宙正義という組織ではそうした者たちが大多数だ。
ーーーこれを瓦解させるのはそう難しいことじゃないな。
組織の中には怨恨や悲嘆、不安に苛立ち、そうした負の感情が鬱々と渦巻いていた。戦争が長引いているのだからそれ自体は別段不思議なことではない……この環境であれば、ボクの目的は実に容易く達成できるだろう。
当面は……そうだなーーー近々"正の意思"の分身に選ばれることを定められた哀れなp-3星人とNJ星人の二人を、影ながら導いてやるとしよう。
活動再開までに然程時間は要さなかった。
必要な情報を整理し終えたボクは、時折ーーー本人的には夢を見ている程度の認識だったろうがーーーフィネ・アロガントの身体を乗っ取って浮遊島を徘徊し、彼方此方て戦争に疲れた者を見つけてはその心の闇につけ入り、傀儡としていった。
確固たる信念を失い、失意と絶望の中に沈み込んだ魂を穢すのはボクにとっては容易いことだ。
なぜならそれこそが負の感情ーーーボクの持つ力そのものだったからだ。ボクはただ、彼らに同調してやるだけでよかった。
そうして密かに反ゲニウス族派とでも呼ぶべき軍勢を揃え、来たるべき時までそれを隠し通しながら、フィネ・アロガントの意識に干渉することで盤面を操作し続けた。
この器に"副司令官“としての立場や信頼があったのはボクにとって実に有用に働いたーーー作戦立案から班員構成に至るまで、フィネ・アロガントの提案に意を唱える者はーーーデナリ・ブノワでさえーーーいなかった。
全てが思いのままだ。
宇宙正義が帝国軍の重要施設であるY5星拠点を襲撃したことも、そこで鹵獲した正の意思の分身"星宿の地図"がデナリ・ブノワに負の意思の存在を仄めかすこともーーー何もかもが。
勿論、強大無比な兵器の設計図と正の意思を強奪された帝国軍が決着を急ぐであろうことも、だ。
帝国の総攻撃はある日、唐突に始まった。
この宇宙を賭けた最後の大一番、永きに渡る戦争の最終局面ーーーそれはつまり、ボクの計画もまた大詰めであることを意味していた。
ボクの"視た"未来の果て、まだ見ぬその先にはきっとーーーきっと呆れるほど幸せな、ボクとイドラだけの世界が拡がっている筈だ。
そうしてボクが期待に胸を弾ませている間に、我らが宇宙正義もまた敵を迎え撃つ準備を整えていた。
最終防衛ラインはM95星。
残存する全ての戦力を集結させ、今まさに迫り来る惑星大の帝国要塞との決戦の火蓋が切って落とされようとしている。
「この戦争の中で、我々は多くの仲間を失った。数え切れないほどの仲間たちが、宇宙正義の勝利を信じて散っていった。我々の戦いは、彼らの死に報いるためのものだ」
デナリ・ブノワの通信が虚しく響く。
ご苦労なことだ……いまこの場に控えているその殆どの者が、既に己の心の闇に屈した"反ゲニウス族派"であるとも知らずに。
「今日、この戦いで、長きに渡ったこの戦争は終わる。帝国軍を打ち倒し、この宇宙に平和をもたらすのだ」
ーーーその通りだ……全ては今日、この場所で終わるーーーいや、始まるのだーーーボクの為に。
赤と金のローブを翻して先陣を切るデナリ・ブノワと、それに追従するゲニウス族たちを見遣りながら、ボクは宿主の中でほくそ笑む。
帝国は要塞からの砲撃と、無限に等しい機械の怪物を投下して宇宙正義の制圧にかかった。
既にデナリ・ブノワは要塞内部へと突入しており、この器率いる第二航空部隊が軽やかに宙を舞って敵軍勢との交戦に入っていた……が、そんなことはどうでもいい。
ーーーそろそろだ。
要塞内部、デナリ・ブノワとラスタ・オンブラーの戦闘が始まったことを千里眼で確認しーーーボクは遂に宿主の心に接触した。
語りかける必要なんてない。ただほんの僅かにこの器の精神とボクの精神を同調させてやるだけでーーー。
「ーーーッ!?」
唐突に湧き上がり、止めどなく渦を巻く感情の激流に脳の処理が追いつかなかったのだろう。フィネ・アロガントが白目を剥いてがくりと項垂れる。
痙攣するその手が操縦桿から滑り落ち、機体が大きく傾くーーー瞬間、紅蓮の爆炎が噴き上がり、彼という存在は跡形もなく消し飛んだ。
ーーーじゃあ、ね。
勿論ボクは無事だ。
戦闘機が機兵獣に撃墜される寸前にフィネ・アロガントから分離し、瞬時に空間の壁を超えて宇宙正義本部浮遊島へと転移を果たしていた。
エネルギーを練り上げて久方ぶりに己の形を取り戻す。と、同時にこめかみに指を当て、傀儡とした連中全員の心の中に呼びかけた。
ーーーさぁ。始めようか。
刹那、帝国を討ち倒して満身創痍のゲニウス族に対し、好機とばかりに反旗を翻すボクの軍勢たちーーーその様子を千里眼で見届け、口元に笑みを浮かべて踵を返す。
フィネ・アロガントの姿へと擬態し、その上から目深にローブを被って向かう先はーーー決まっているーーー星宿の地図の座する、メディカルセンターだ。
「フィネ副司令!?どうしてここにーーー!?」
驚愕しきるNJ星人を一顧だにせず、その胸元に光刃を突き刺して封殺する。
崩折れる鎧姿を尻目に、ベッドの上に無造作に置かれた硝子細工のような一枚の羽根へと手を伸ばすがーーー瞬間、赤い電流がボクの指先で迸った。
……障壁とは、正の意思の分身そのいち風情が生意気なことだ。
だがそんなものじゃボクは阻めない。
全身を巡る負の力を右手に集束させ、すこしばかり勢いをつけて羽根を掴み取る。ただそれだけのことで、星宿の地図を包む障壁は呆気なく消滅した。
ーーーこれでよし。……ん?
ふと、床に這いつくばっていたはずのNJ星人の姿がないことに気づく。空間転移の痕跡があるが……。
ーーーまぁいいか。あの傷じゃ、どうせ長くは持たないだろうし。
星宿の地図を懐に仕舞い込み、直後の未来に想いを馳せながら、ボクは再度空間の壁を越えてM95星へと降り立つーーー。
「何が起こっている!?前線部隊、応答せよ!!」
ーーー困惑した声で通信機に向け叫ぶデナリ・ブノワの背後へとーーー。
「デナリぃいいいい!!」
側にいたp-3星人が気づいた時、ボクの腕は既にデナリ・ブノワの胸を貫き、その体に宿した心星の光と、帝国軍から奪取したであろう星のかけらとを抉り取っていた。
引き抜いた手中に収まるふたつの輝きに、計画の成功を確信する。そのついでに無謀にも挑みかかってきたp-3星人を殺してやるつもりだったのだが、残念なことにそれは瀕死のデナリ・ブノワによって阻止されてしまったーーーまぁ、歓びの剣を消せただけでも良しとしようか。
「お前だったのか……裏切り者はーーー!」
「なんで……なんでだよぉ!!フィネぇ!!!」
激昂する二人を見ていると、心の奥から妙な高揚感が湧き上がる。
彼らは仲間を愚直なまでに信頼していたーーーそれが仇となるとも知らずーーー互いに思い遣る心、絆、愛……やはりその全ては無意味なのだ。
ボクは心の中でデナリ・ブノワを嘲った。
ーーー惨めだね……自分の信念に裏切られた気分はどうだい?
「ボクはキミたちの良く知る彼じゃないーーーフィネ・アロガントはもうとっくに死んでるんだ。ボクはその身体をほんの少し借りてるってだけさ」
そう言いつつ懐から硝子細工の羽根をーーー星宿の地図を取り出す。
「ボクはオルトーーーキミたちの言う"負の意思を持つ者"ってヤツさ!」
刹那、目にも止まらぬ速さで迫り来るデナリ・ブノワ。
宇宙最強と謳われたその拳がボクの顔に突き刺さるーーーが、力の大半を失った彼の一撃は、ボクを蹌踉めかせることすら叶わなかった。
ーーーサヨナラだ。
ボクが撃ち出した数多の光弾が目の前のゲニウス族を貫き、"偉大なる者"は呆気なくその場に崩折れた。
怒り狂ったp-3星人に適当に返事をしつつ、ボクは擬態を解いて本来の姿にーーー左目を除けばデナリ・ブノワの瓜二つの姿にーーー戻る。
それを見てさらに激昂する目の前の小太りの男を見据え、ふと、感慨に耽る。
ーーーついにこの時が来た。夢にまで見た、この時が。
何をすべきかは分かっていた。己が願いを、イドラへの想いを、心の中ではっきりと思い描く。ただそれだけで良かった。
心星の光、星宿の地図、星のかけらーーー正の意思の分身体が頭上に浮かび上がり、正から負へと反転したそれらが光を曳いて渦を巻く。
迸る七色の光芒。やがて眩いその中から姿を現したのはーーー。
星を宿した赤く輝く瞳、背中に生える翼に似た装飾、全身を覆う何色ともつかない滑らかな体表には幾学模様が走り、各部に発光する器官が見受けられたーーー"道標"……あぁ、なんて美しいんだ。
「さぁ、この宇宙の黄昏を見に行こう」
そこから先はまさに最高のひとときだった。
宇宙と宇宙を分かつ境界線が曖昧となり、全ての可能性宇宙が引き寄せられるようにして重なっていく。空間も、時間も、何もかもをお構いなしでこの一箇所に詰め込んだかのようなーーーそれはまさにボクの望んだ宇宙の墓場と呼ぶにふさわしい光景だった。
ーーーこの瞬間までは。
……そう、その時確かに、あとほんの少しで夢見た世界に手が届く筈だった。あれさえ……あの忌々しい剣さえなければ……。
「ーーー光は遍くを照らす。光はどこにでもある」
デナリ・ブノワの遺した歓びの剣が、奴を呼び込んだのだ。
「俺は"太陽の戦士"、ウルマ・アストラ」
全ての希望が潰えた筈の今、この場に。
「ーーー友達を、助けに来た」
‥‥結論から言えば、完璧にほど近かったボクの計画は目的を果たすその寸前で、このたった一人の招かれざる客によってものの見事に打ち砕かれた。
彼の捨て身の一撃によって"道標"は完全に崩壊し、重なり合っていた可能性宇宙は散り散りとなって各々元の正常さを取り戻した。
同時に"道標"を構成していた正の意思の分身体もまた、各々に飛び散り行方をくらましたようだ。
残念ながらボクは計画を諦めざるを得なくなってしまったーーーまぁ、あくまで今は、だけど。
せっかくゲニウス族を滅ぼして負の感情が蔓延し易い環境へと変えた宇宙だ。ここをそのまま使わない手はない。
この時すでにボクの目には未来の光景がーーー再び正の意思の分身体がひとつに集うその時の光景がーーー"視えて"いた。
ならばボクのすべきことは変わらない。その未来に向けてお膳立てをしてやるだけだ。
まずは……そうだな。新しく樹立された政府の裏に潜り込んで、都合の良いように操ってやるとしよう。
そしてそのあとはーーー。
はやる気持ちを抑えきれず、ボクは宇宙を仰いで哄笑した。
ーーーなんのことはない。たったの69257年じゃないか。
ああ、楽しみだ。
きっと、うまくいくさ。
きっと、ね。
……ふと、目の前を横切る黒い灰の一欠片に我に帰る。
やれやれ。ボクとしたことが、どうやら随分と長いこと思い出に浸っていたらしい。
まあそれも仕方のないことだ。なにせたった今、ボクの計画を再始動するための最後のピースを手に入れたのだから。
足元に横たわる"デナリ・ブノワだった灰の山"を踏み締めながら、ボクは手にした硝子細工のような羽根をーーー星宿の地図を見遣る。
予想通り、先の戦いで砕けた星のかけらの半身も"彼女"の中にあった。
ーーーこれで全ての分身体が揃ったも同然だ。
残りの居場所は、ボクがちゃんと把握している。
『キミの役目は終わった。さ、キミに預けたボクの力を返してもらうよ』
超空間の裂け目から少し先の未来のボクが覗く。
あの定められた未来へと繋げる為に、今のボクがまずすべきことはーーー閉じた瞳の裏、暗闇に閉ざされた牢獄と、与えられた負の意思の力で老いることなく恒久の時を生き永らえている哀れな男が"視え"たーーーただひとつだ。
宇宙牢獄、その最奥部のセクションXへと空間転移する最中、ボクは湧き上がる喜びのままに思わず口角を吊り上げた。
ーーーさぁ、お楽しみはここからだ。
頭の中に、幸せだったあの日の彼女の顔が浮かぶ。
ーーーすべてはボクたちの宇宙の為にーーー。
不思議なことに、ただそれだけで心に温かい灯火が溢れた。
ーーー待っていてね、イドラ。
Journey gose on…
ーーーわたしは不世出の天才だ。
今後何千年、何万年の時を経ようとも、ひとりとしてわたしの頭脳に敵う者など現れはしないだろう。
だからこそ、わたしには死を克服する義務がある。
ーーーわたしという存在を、この宇宙から失わせない為に。
次回、星巡る人
第55話 OMNIBUS STAR〜トロイメライ




