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星巡る人   作者: しーたけ
53/54

第53話 OMNIBUS STAR〜透明だった世界②君だけを守りたい

誰よりもなによりも

いつまでもどこまでも


そんな53話。


もしも、あの日あの時に戻れるとしたら……誰しもが一度は考えるであろう夢、時間遡行。

前回から続く『透明だった世界』編の第二話は、語り手が大切な人を救う為に時の旅を繰り返すお話となっています。

所謂タイムトラベル(タイムリープではない)なのですが……彼がいかにして狂い、堕ちてしまうのか、どうかお楽しみいただけると幸いです。


それでは次回でもまたお会いできますよう。

「アンタ、どうしてアタシの名前を……どこかで会ったことあったっけ?」


目の前に立つ黒髪の少女ーーーイドラが訝しむ。


しまった、と思ったがもう遅い。

もう二度と会えない筈だったその声、その姿に、ついうっかり舞い上がってしまったようだ。


ーーーもし本当に時間が遡行したのならーーーそんなことがあり得るのならーーー現在の彼女がボクの事を知っている筈がないと言うのに……。



「……まぁいいわ。アタシは銀河刑事警察機構のイドラ・イドル。今ちょっと星間指名手配犯を追っててねーーー」


幸いにも彼女はボクの言葉を然程怪しむこともなく、そのまま用件をーーーあの時と一言一句違わぬ言葉でーーーボクに伝えた。


「アストロベム……これまでに5つの星を滅ぼした凶悪犯なのーーー」


ボクはそうした彼女の話を殆ど聞いてはいなかった。ただただ、この宇宙に彼女が生きているーーーその事実が何よりも嬉しかった。


それはつまり、もう一度やり直せるということに他ならないだろう。

あの悪夢のような結末を書き換えることができるーーー彼女をあの惨たらしい死の運命から救うことができるのだ。


ボクの命は、その為だけにある。


……勿論、これが死にかけたボクの見た幸せな幻でなければ、の話だが。


「ねぇ、アンタちゃんと聞いてる?」


不機嫌そうなイドラの声。

ボクは慌てて頷き、真剣に話を聞いていたそぶりを見せる。


「アンタ、高エネルギー生命体の人よね。こんなところにいるんだから、アンタもコイツを追ってきたんでしょ?」


真っ直ぐ彼女を見据え、ボクは迷うことなく嘘をついた。


「もちろんそうだよ。あいつはじきに現れる……ほら、あそこだ」


そう言って彼方を指差すーーー過たずして光が迸り、巨大なゴミの怪物(アストロベム)が姿を表した。


「嘘……アンタ一体……や、話は後ね。今はとにかく急がなくちゃ!」


「ーーー行こう!」


間髪入れず飛び立った彼女の後を追って、ボクもまた空へと繰り出す。



ーーー大丈夫、今のボクには……この"力"がある。



ボクは蒼く輝く灯火を、胸の奥に確かに感じていた。






星巡る人


第53話 OMNIBUS STAR〜透明だった世界②君だけを守りたい






「ヤァアアアッ!」


疾風怒濤、急降下の勢いのままに放たれたイドラの蹴りがアストロベムに炸裂し、ガラクタの巨体が大きく仰け反る。


「さぁ、早く逃げて!」


鮮やかに反転して地面に降り立ったイドラが、逃げ惑う人々に声をかけるーーーここまではかつて見た通りだ。


「ようやく会えたわね。アンタのこと、探してたのよ」


唯一、あの時と異なるのはーーー


「そういえば、名前は?」


「……オルト」


「ふぅん。期待してるわ。よろしくね、オルト」


ーーー今回は最初からボクもいる……!


「来るよッ!」


しなやかな尻尾の一撃を跳躍して躱し、イドラがホルスターから銃を引き抜く。


刹那、降り注ぎ、巨躯を穿つプラズマの弾丸。 苛立ちも露わにゴミの化け物がイドラを仰ぎ見るーーー今だっ!!


蒼く沸るエネルギーを右腕に集め、一息に解き放つ。撃ち出された一筋の光は過たず(アストロベム)を貫くーーー筈だった。


「ッ!?」


確かに集束させたエネルギーが、指先で霧散してしまう。


そんな、どうしてーーー理由を考えている暇などなかった。


「危ないっ!」


悲鳴にも似たイドラの声が届いた時、アストロベムの腕は既にボクの鼻先に迫っていた。


「ーーーッ!」


咄嗟に手を突き出しーーー身体を僅かに逸らして攻撃を往なし、同時に振り下ろされた腕に触れることで勢いを殺すことなくその力の方向だけを変えるーーー刹那、紙屑のように宙へと舞い上がり、地響きを立てて転がるゴミの巨体。


「嘘……なんでアンタが羅睺流を……!?」


「前に教えてもらったんだよ、キミ(達人)にね」


目をぱちくりさせるイドラにそう告げるーーー嘘は言っていないーーー尤も、それは今目の前にいる彼女ではないのだがーーー。


「そんなことより、よく聞いて。あいつの弱点はーーー」


赤黒い光学兵器(レーザー)をひらりと躱し、彼女に怪物の弱点を告げる。

程なくしてーーー前回と寸分違わぬ光景の後ーーーゴミの怪物はイドラによって撃ち抜かれ、アメーバ状の不定形生命体へと戻ったところを敢えなく捕獲された。


「よし……、と。手間かけさせてくれたわね」


電磁牢網の中で弱々しく蠢くアストロベム。それを見た瞬間、ボクは自分の心の中に禍々しい感情が湧き上がるのを感じた。


ーーーこいつは今から銀河刑事警察機構(GCPO)の本部へと連行され、製造元を調べる為の監査を受ける。そしてその後ーーー。


脳裏にフラッシュバックするあの日の記憶。

破壊される輸送船、暴れ回るゴミの怪物、目の前で無惨にも轢き潰されるイドラの姿ーーー。



こいつは……こいつはーーーッ!!



刹那、全身を駆け巡り右腕に収束する青い光。

ボクは心を支配する殺意のままにその漲る力をアストロベム目掛け叩きつけた。


「ーーーッ!!」


イドラが止めるより早く、アメーバ状の生体兵器は輝きの中で瞬く間に塵と化し、電磁牢網もろとも粉々に四散した。


「ちょっと!アンタなにすんのよ!!コイツは本部にーーー!!」


「これは宇宙の悪魔だ。生かしておく必要なんてないよ」


激昂するイドラを他所に、かつてアストロベムだった残滓に目を落としたまま冷ややかにそう告げる。


「……アンタ、なんか普通の高エネルギー生命体の人っぽくないわね……」


少し怯えた様子のイドラに慌てて笑顔を取り繕いーーー「それがボクの任務なんだ」。


勿論真っ赤な嘘であったが、どうにか誤魔化すことはできたらしい。彼女はなにか品定めをするかのようにボクを見遣り、不敵に口角を吊り上げた。


「ふぅん。じゃあアンタに怒られてもらおうかしら」


「……誰に?」


「決まってるでしょ、アタシの上司によ。だってこれでアタシが怒られるなんて理不尽すぎるじゃないの」


予期せぬ言葉に目を丸くしたボクに、イドラは満面の笑みで告げた。


「ということでオルト、命を助けてもらった所悪いんだけどーーー御同行を、お願いするわ」




クリスタル状の建造物が立ち並ぶ、半透明のドームに覆われた浮遊島(スペースコロニー)ーーーこれまでに幾度となく訪れたーーーこれから訪れることとなるーーー銀河刑事警察機構(GCPO)の本部へと、ボクは足を踏み入れた。


生まれも育ちも異なる星の様々な種族の者たちが集い、各々の仕事をこなすべく忙しなく駆け回っているーーー初めて見る光景ではないが、何度来てもやはり緊張するものだ。


そんなことを思うボクの心中などお構いなしで、イドラは一方的に話しかけてくる。


「ね、アンタどうして羅睺流を習ったの?師匠は誰?ほら、この流派って一人の師匠に対して弟子も一人だけじゃない?アタシ、同門とかそういうのに憧れててーーー」


前と全く変わらないその様子、その笑顔。

ふと、そんな彼女を愛おしいとさえ思っている自分に気づく。


これはボクに与えられたチャンスに違いないーーー今度こそ、彼女を守ってみせる……この力で……ボクがーーー!!


「イドラ、任務ご苦労さん」


不意にかけられた声にイドラが顔を上げる。つられてその方へと視線を向けると、クリスタル状の廊下に規則正しい足音を響かせながら、一人の男がこちらへと近づいてくるところだった。


「あぁ、君が例の高エネルギー生命体か。話は聞いているよ。部下がが世話になったーーーご協力、感謝する」


スキンヘッドにお似合いの強面が目を引く、かっちりとした茶色のコートを身を包んだ大柄な男がボクにそう言って手を差し出す。


「この人がアタシの上司、フィネ・アロガント室長よ」


ーーー!?


動揺しつつも平静さを取り繕い、フィネ・アロガントの握手に応じるーーーボクの頭の中は疑問符で溢れかえっていた。


ーーーこいつは誰だ……?


目の前にいる彼は、ボクの知っているフィネ・アロガントとはかけ離れていた。


時間遡行する前の彼はーーーチラリと見かけた程度の関わりしかないがーーーイドラの上司などではなく、下っ端もいいところだったはずだ。愛嬌に溢れた若者で、なにより髪の毛があった。


困惑するボクに構うことなく、見知らぬ(フィネ)が話を切り出す。


「アストロベムの殲滅が君たち高エネルギー生命体の任務であったことは想像に難くない。私の部下も命を救ってもらった。その点は感謝しているーーーだが、事件を鎮圧するだけの君たちとは違って我々には原因究明と根本的な解決をする責務がある。貴重な研究資料となりえたアストロベムを失った今、君の知り得る情報だけが頼りだ……話してくれるね」


落ち着き払ってはいるが、それでも確かな圧を感じる口調だーーーまあ、正論すぎて返す言葉もないのも事実なのだが。


目の前の巨漢を真っ直ぐに見据え、ボクはアストロベムに関して知っていることを全て話した。

反政府組織"求導隊"に所属するロゴスという科学者が生命を創り出す実験を行なっていること、近々生物兵器の大群を用いた政府施設襲撃を企てていること、アストロベムはその試作型であること……全てこれから起こる出来事である筈だった。だがーーー。


「ぐどうたい……?我々の識る限り、そんな星間横断的犯罪組織の存在は確認できていないが……情報局に調べさせるとしよう。何はともあれ、貴重な情報を感謝する」


そう言って立ち去っていく背中を、ボクは呆然と見送った。


ーーー何かが……何かがおかしい……。



少しずつ、それでいて確かに異なる世界。

この"過去"がボクの生きる"未来"である以上、古典的な御伽噺のように、過去を変えたから未来が変わるなどということはあり得ない。

だとするとーーー果たして本当にボクは時間を遡行したのか……?


しかしそんな疑問も、イドラと共に宇宙全土を駆け巡る内にいつしか頭の片隅へと追いやられていった。

理由は簡単だーーー彼女と共に過ごす日々が楽しすぎたのだ。


ボク達は最高の相棒だった。

もう守られるだけのボクじゃない。ボクは常に彼女の任務達成の為のサポートをし続け、時には力を行使して彼女を危機から救った。


理想通りのーーーいや、それ以上だ。

ボクはずっとこうありたかった。

今ならイドラと対等の存在として接することができる。


あの日、ボクの世界に色をくれた彼女に、ようやく肩を並べることができたとーーーそう思えた。



だがーーー。



様々な星で任務をこなすうち、ボクらはやがて組織の中でも一目置かれる名コンビとして広く知られるようになるーーーボクの疑問に答えが出たのは、丁度その頃だった。


「オルト〜、なんかアンタにお客さん来てるみたいよ」


クリスタルで四方を囲まれた休憩室に入ってきたイドラが物珍しそうな顔でそう告げる。

それもそうだろう。ボクに客人など来たことがないーーー当然ではあるがーーー上に、例のフィネ・アロガントから直々に告げられたというのなら尚のことだ。


「あ、今日の夕飯の当番はアンタだからね!お客さん来たからってサボらないでよ?」


「分かってるよ」


そんな他愛もない話をしてエントランスへと向かいーーーそこでボクは、思いもよらない存在と出くわすこととなる。


「オルトくん。イドラと組んだ君の働きには本当に感謝しているが……私にはどうにも信用ができなくてね。調べさせてもらったよ。さあ、答えてもらおうかーーー君は誰だ?」


そう切り出したフィネ・アロガントの背後、立ち並ぶ六つの影。その中央で超然と佇むのはーーーボクだった。


「……ッ!?」


困惑するボクを見据える六人の高エネルギー生命体たちもまた、動揺の色が隠しきれていない。


「オルト様が2人……!?」

「どういうことだ!?」

「偽物なのか?」


目の前に立つもうひとりのボクーーー全身に力が漲り、まるで別人のように自信に満ちているーーーが、慎重に、何かを問うように切り出した。


「話はフィネ室長から聞いたよ。我々は君のことを知りたいんだ。存在しない犯罪組織や人物の情報……君はもしや、別の宇宙からきた同胞()なんじゃないか」


ーーー!?


「よかったら話を聞かせてほしい。僕の名はオルタネイト、この宇宙の高エネルギー生命体の長をしているーーー」


瞬間、ボクの頭の中で何かが弾ける音がした。


「……ボクに」


ーーーこいつはボクとは違う。

立場に見合う力も、信頼も、全てを持っている。

同じ顔を、同じ姿をしているボクが望んでいた、手に入らなかったものを、なにもかもーーー!!


「ボクに、近づくなッ!!」


沸き上がる情動と共に溢れ出した青い光が、クリスタルのエントランスを砕き、吹き飛ばす。


「なッ!?」

「これは……まさか!」

「負の意思か……ッ!!」


青い光の嵐は瞬く間に眼前の七人を包み込んだーーーが、それをもうひとりのボクは右腕の一振りでいとも容易くかき消してしまう。


「やむを得ない……彼を拘束する!」


身構える六つの影。それぞれが歴戦の猛者であろうことは容易に想像できるがーーーだからどうしたーーーボクは既に、自らに宿るこの力を自在に引き出せるようになっているんだーーー!


「ハァアッ!!」


振り下ろされた光の刀を往なし、懐に潜り込むと同時に無数の青白い光弾を撃ち込む。


ーーーこの力はボクの心に呼応している。


間髪入れず背後に迫っていた敵をエントランスの彼方まで蹴り飛ばすや否や、振り向きざまにしなる光の鞭で残りを薙ぎ払った。


ーーー強く願えば願うほど、ボクの望むままに力を与えてくれる。


「これが負の意思の力か……!」

「怯むな!全員で行くぞ!!」


ーーー引鉄(トリガー)は、ボクの殺意だ。


六人全員から揃って撃ち出される破滅の光。それは凄まじい渦を巻き、唸りを上げて一直線にボクへと伸びる。


だがーーーそんなものは無意味だ。


ボクの持つ光は、ゲニウス族の持つそれの対極に位置する力ーーー打ち消すことなど雑作もない。


「そんな馬鹿な!?」

「貴様、一体何者なんだ!」


焦りを滲ませ吠えるゲニウス族の長(もうひとりのボク)に急接近し、勢いづくままにその胸の真ん中に掌底を叩き込んだ。


「ボクは……ボクだッ!!」


吹き飛び転がる自分の姿を見下ろし、トドメを刺すべく青き光の弾丸を放つ。

それを迎え撃つのは苦し紛れに放たれた正の光の奔流だ。


これで終わりだーーーと、その時。


「ちょっと!?ストップストップ!!アンタたち、一体何してーーー!」


光弾飛び交う戦場に駆け込む影。

肩まで伸びた美しい黒髪の、気の強そうな少女の姿。


「イドラ……ッ!!!」


止めることなど、できなかった。

直後、光が弾け、空間が明滅するほどの衝撃が迸りーーーまたしても、あまりにも呆気なくーーーイドラは死んだ。


彼女の肉体はボクの目の前で木っ端微塵に消し飛び、後には塵ひとつ残らなかった。


その命を奪ったのがボクなのか、それともゲニウス族どもだったのかは今となっては分からないし、分かりたくもない。


ただひとつの純然たる事実を前に、ボクは目の前が真っ暗になったーーー瞬間。


胸の奥から青い光が湧き上がり、たちどころに辺りを眩く照らす。


「な、なんだこの光は!?」

「これが……これが、負の……!!」


その悍ましく昏い輝きの中で、全てが鮮明なシルエットとして浮かび上がったーーークリスタル状の建造物も、フィネ・アロガントの姿も、もうひとりのボクと取り巻きのゲニウス族たちもーーー直後、無数の影は細やかな粒子へと還元され、跡形もなく消失した。


ーーーイドラ……!


拡散する光は瞬く間にボクの視界の果てまでを塗り潰していく。


ーーーこの力は彼女を守るためにあったのに……ボクは……ボクはまた……ッ!!


「うぁああああああああッ!!!」


慟哭の刹那、空間が脆くも崩れ去りーーー。





ーーー目を開くと、そこにはゴミ屑やガラクタが地平線の彼方まで広がっていた。

見慣れた惑星RA-8の景色を前にしても、ボクが()()のように戸惑うことはもうない。


彼女の為にボクがなにをすべきなのかはもう分かっていた。


ーーーボクの考えが正しいのなら、これは時間遡行なんかじゃあない。


振り向いた視線の先、ゴミ山の上に佇むゲニウス族の背中が、ボクの仮説が正しいことをハッキリと示している。


これはーーー。


「キ、キミは……ボク……!?」


背後の気配を察知したもうひとりのーーーこの宇宙のーーーボクに対し、ボクは無言で手を翳した。


「な、なにを……うわぁあああああッ!!!」


光となって漏れ出した殺意は過たず目の前の哀れなゲニウス族を消滅させ、後には静寂だけが残された。


ーーー前回と違ってこの宇宙のボクが出来損ないでよかった……おかげで探し出す手間が省けた。


あとはーーー。


ボクは消し炭を雑に払い除け、今しがたまでの座っていた場所に腰掛ける。


「ね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


数分後、ボクの予想通りイドラはこの場所に現れた。


「無視しないでよ。アンタよ、アンタ。聞こえてるんでしょ?」



今回の彼女は、腰まで届く金髪を一つに束ねていた。







二回、三回、四回と繰り返すうちに、ボクはこの不可思議な現象のことを少しずつ理解していった。


まず一つ目……これは時間遡行などではない。

根拠なら山ほどあるーーーボクがやり直す度に、世界は少しずつ、少しずつ異なっていっていた。


イドラの髪や宇宙の地理、恒星間の政治的な事情の差異などは可愛いもので、銀河刑事警察機構(GCPO)がただの弱小探偵事務所であったり、イドラやフィネ・アロガントの名前が別人のそれになっていたり、時には性別が逆転していることすらあった。

このことから導き出される結論はひとつーーーボクは時間を遡行しているのではなく、並行して存在する"別の宇宙"へと移動しているのではなかろうか。


次に二つ目……では一体、なにが"それ"を引き起こしているのか。

これは大凡の見当がついている。

ボクの胸に宿る青い灯火、唸りを上げて昂る感情(こころ)に呼応し増大する負の意思(この力)に違いない。


しかしそうだとするのなら、その切っ掛けとなるのはーーーそれが三つ目……イドラの死だ。


限りなく類似した可能性の宇宙(せかい)の旅を幾度となく繰り返そうと、決して変わることないたったひとつの残酷な結末。


何度経験しようと慣れることのない後悔、無力感、そして耐え難い喪失感……瞬間的に膨れ上がったそれらが、ボクを新たな宇宙へと導いてくれている。

その過程で"イドラを失った宇宙"そのものを破壊していることに幾度目かの失敗で気づきはしていたもののーーーそれがどうしたというのか。


だってそうだろう?何千億、何万億の有象無象の生命よりも、イドラひとりの生命の方がボクにとっては価値のある、尊いものなのだから。


どんな犠牲を払おうと、彼女を死の運命から救うことこそがこの力を得たボクの果たすべき使命だ。

その想いに一片の揺らぎもなく、繰り返すたびに決意は固くなっていった。





そうして幾千幾百もの出会いと喪失の後、新たに辿り着いた宇宙にてボクを待ち受けていたのはーーー。


「アンタ、この宇宙の高エネルギー生命体(にんげん)じゃないわね……何者なの?答えなさい!」


ゴミに埋れた大地に銀に煌めく刀身を構え、この宇宙のイドラ・イドルがボクを睨む。


「見た目をどれだけ取り繕ったって誤魔化せないわ。アンタからは隠し切れない"負の意思"の気配がするのよ!!」


一閃、踏み込みと同時にボクの頬を光が掠めた。


「ッ……!!」


ーーーしまった。まさかこんなことが……。


幾度も失敗を重ねる内に、ボクと彼女との間に少しずつ、少しずつ距離が生まれていることに気づいてはいた。


……彼女はもう、あの頃のようにボクの隣にいてはくれない。

どれだけ手を伸ばそうと、どれだけ救おうとしてもーーー必死になればなるほど、心も、体も遠くなっていく。


それでもボクはいつかまた、彼女と分かり合えると思っていた。ボクの世界を鮮やかに彩ってくれた、もはや遠く輝かしい記憶の中の日々のように、再び共に並び立てると。


だがーーーよもや敵対することになるとはーーー夢にもーーー。


「逃げてないで……アタシと戦いなさいッ!」


反撃できず、防戦一方となったボクをイドラが激しく攻め立てる。

ボクは彼女の剣が掠めた傷が、ゲニウス族の治癒力をもってしても回復しないことに気がついていた。


傷口に深く染み渡る光、抗いようのないなにか強い力が、まるでボクの身体を分解しようとしているようなーーー。


「歓びの剣よ、アタシに力をッ!」


頭上に掲げた剣の切先に集束する綺羅星。直後、振り下ろされたそれは七色の波動となってボクに炸裂した。


星虹流星群(プリズムトゥインクル)ッ!!」


ボクの身体はズタズタに引き裂かれ、無様にゴミの大地に転がる。


ーーーこれは……この力はゲニウス族と同じものだーーー僕に宿る負の意思とは真逆のーーー正の意思が……彼女にーーー!?


「どうして反撃してこない!」


「ボクはキミと……戦いたくないんだ……!」


「ッーーー!だとしても……悪いんだけど、負の意思(アンタ)をこのままにはしておけないのよッ!!」


ボクの言葉に一瞬動揺するも、彼女は剣を構えて再び猛攻を仕掛けてくる。胸を突き上げる悲しみに心を締め付けられながらも、その剣戟を必死に躱しーーーふと、諦念にも似た想いが胸をよぎる。


ーーーいっそのこと、このまま殺されてしまえばいいのではないだろうか。


迷いのない太刀筋。その軌跡がボクの腕に、脚に、無数に刻み込まれる。


ーーーこれだけの力を持っていれば、少なくともこのイドラが誰かに殺されることはないだろう。


全身から血飛沫の如く散る光が、降り注ぐ陽射しに乱反射して煌めく。


ーーー彼女を守る必要はもうない。だったらボクの役目は終わりだ……ここが、ボクの旅の終着点ーーー。


剣を振り上げた彼女の背に、幾何学模様の刻まれた銀色の翼が展開する。


「これで終わりよッ!星虹流星群(プリズムトゥインクル)!!」


あぁ、これで最期かーーー全てを受け入れ、瞳を閉じたーーーその瞬間。




ーーー嫌だ。




一拍、大きな心臓の鼓動と共に、頭の中に声が響いた。



ーーーボクが望んだのは彼女の隣でーーー彼女と共に生きられる世界だ。こんな結末……認められない!



「ッ!?」


目の前のイドラが鋭く息を呑む。当然だろう。今しがた彼女の撃ち出した光の濁流を真正面から受けて尚、ボクが平然とそこに立っているのだから。


「アタシの攻撃が……!?」


動揺し、じりじりと後退りする彼女を、ゴミの大地を踏みしめながら、覚束ない足取りで追う。


ーーーイドラ……。


艶やかな黒髪と翡翠色のどんぐり眼、恐怖に歪むその顔に、愛おしいあの日の笑顔が重なる。


「だったらもう一度!星虹(プリズム)ーーー!」


叫ぶ彼女が空を斬りつけるより疾く、ボクの手はそれを容易く払い除けていた。二度、三度と攻撃を捌く度に、彼女の顔に焦燥と絶望の色が浮かぶ。


「なによ…….なんなのよアンタ!」


苛立った様子の彼女に、ボクは不意に笑みを浮かべた。


「この化け物ッ!!」


一閃、我武者羅に突き出された歓びの剣がボクの左目を抉る。

だがーーー。


「ヒィッ!」


それはボクの情動を増大させただけに過ぎなかった。

灼けるような痛みも、怒りも、悲しみも、後悔でさえも…… 全てが愛おしく思えてーーーボクは心の奥底に渦巻く混沌のままに、彼女を抱きしめた。


「あ……あァ……!!」


永遠のような一瞬の後、生命の抜け落ちた華奢な身体が塵芥と化していく。

その様子をボクは穏やかな気持ちで見送った。



ーーーキミは、ボクにとっての全てだ。

これまでも、これからも……。



刹那、足元から一筋の光が天高く立ち昇る。

それが正の意思の分体、三つに分けられたその内のひとつである事を、ボクは既に知っていた。




あの瞬間ーーー死を受け入れたボクの心は空間を超越し、宇宙の外側に存在する大いなる"負の意思"の本体と繋がった。そして知ったのだ。ボクが本当にすべきだった事を。




無造作に打ち捨てられた歓びの剣が蜃気楼のように揺らぎ、消える。

それを冷ややかな目で見遣りーーー無意識のうちに、ボクは笑っていた。





ーーーそう……ボクは今までずっと勘違いをしていたんだ。


何度繰り返してもイドラが死ぬのは、ボクの力が及ばないからだと、ずっとそう思ってきた。

無限に等しい可能性の宇宙を巡り、彼女を救う為にありとあらゆる手段を用いても……それでも尚、失敗するのはボクのせいだ、と。


だけど違った。

間違っていたのはボクじゃない。


イドラの生命を拒む全ての宇宙こそが、根本から狂っているんだ。


彼女とボクが共に生きられない世界なんて必要ない。

それが運命だと言うのなら、そんなものは覆してやる。


ーーーその為の力が、ボクにはあるのだから。



止めどなく哄笑しながら、ボクは溢れ出す感情に任せて真上に向けて光を放つ。蒼く煌めくそれは虚空に鋭く突き刺さるや否や、まるで薄氷のように空間に罅を入れた。


ーーーそうと決まれば、この宇宙にもう用はない。


亀裂に指を滑り込ませ、引き裂くかの如くこじ開ける。

大した力を込めた訳でもない。それでもたったそれだけのことで、周囲の景色がーーー星が、銀河が、程なくしてこの宇宙そのものでさえもーーー細やかな欠片となって呆気なく崩れ落ちていく。



ーーーあぁ、楽しい。なんて……なんて素晴らしい気分なんだろう!



キラキラと乱反射しながら、砕けた世界の破片が頭上に降り注ぐーーー雨霰と、ボクをその場に残したまま、過ぎ去るようにーーーそしてその先には、無限の超空間が拡がっていた。



淡く煌めく光の海と、そこに無数に連なる大小様々な泡粒たちーーー瞬間、ボクは理解した。

ここが宇宙の外側であることを。そしてあの無数の泡粒のひとつひとつに其々の世界(可能性の宇宙)が内包されていることを。


ボクはそれらを俯瞰しーーー大いなる負の意思と繋がったことで自らに宿る力の使い方、その全てを知ったボクは、ある程度先までの未来を『視る』ことができるようになっていたーーーそのうちのひとつに目をつけた。




その宇宙では間も無く銀河を二分する大きな戦いが巻き起ころうとしていた。

後悔と歪んだ正義感に支配された皇帝の率いる"銀河帝国"と、それに対抗すべく結成された反乱軍(レジスタンス)"宇宙正義"ーーーその中心人物であるデナリ・ブノワは、この宇宙におけるボクだった。


この男はボクとは違い、生まれながらにして全てを持っている。立場も、人望も、それに見合うだけの力も、そして未来もーーーだからこそボクはこの宇宙を選んだのだ。



ボクは超空間を仰ぎ、思わず涙が出るほど笑ってしまった。

だって仕方ないじゃないかーーーこれから先のことを考えると、楽しみで堪らないのだから。



ボクの選んだこの宇宙には、やがて正の意思の分身たちが全て集うだろう。三つの力はデナリ・ブノワの手に渡り、永劫の輝きを得るーーー当面の間、ボクの目的は影ながらその()()()()()()()()()()だ。





全てはイドラ(キミ)だけを守る為にーーーキミと共に生きる宇宙(せかい)の為にーーー。




ボクは口元に笑みを湛えたまま、前方に漂う巨大な泡粒へと、躊躇うことなく飛び込んだ。

「ボクの目的は変わらない……あの頃からずっとね」


「キミたちのこと、ずっと見てたよ。全部知ってる」




「ーーーさぁ、この宇宙の黄昏を観に行こう」





次回、星巡る人

第54話 OMNIBUS STAR〜透明だった世界③永遠を見つけた

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