第50話 夢のヒーロー
誰もが皆、ヒーローになれるよ
そんな50話。
DREAM FIGHTERから始まった第二部も、とうとう最終話。
ずいぶんと時間がかかってしまいましたが、どうにか当初予定したプロットの通りここまで辿り着くことができました。
長らく語り手を務めてくれたユミト・エスペラントの物語も、ここで一先ず区切りとなります。
構成の都合上、深く掘り下げることができなかった彼の仲間たちや、彼らの昔の話、そしてこれからの物語は、またいつか別の機会に書けたらなと思います。
『星巡る人』もようやく全体の三分の二に差し掛かりました。
相変わらずの不定期更新ですが、次回から始まる第2.5部からもお楽しみいただけると幸いです。
それではまたお会いできますよう。
「さて、と。あとはキミたちだ。まったく、今日はやることが多いね」
とぼけた様子で足元に転がる二つの光をーーー星宿の地図と星のかけらをーーー拾い上げ、黒フードの男がこちらへ向き直る。
「待つんだ」
先手を打つように、冷ややかな声を投げ掛けたのはトラン・アストラだ。
「君の持ってるそれはラセスタの大切な家族なんだ。……返してもらえないかな」
微かに怒気を孕んだ、凍てつくようなその言葉ーーーしかしオルトはまるで動じることなく、それどころか乾いた笑い声で返した。
「"家族"か。うん、そうだね。キミたちの家族ごっこはボクにとっても大切なんだけど、だからこそこれを今、キミたちに渡すわけにはいかないんだよ」
この意味が分かるかな、などと奴がほざくより速く、トラン・アストラは駆け出していた。
さながら光の如く、その掌にある二つの光へと腕を伸ばすーーーしかし俺たちの手は虚しく空を切り、奴は布切れだけを残して後方へと逃れていた。
ーーー!?
「乱暴だなぁ……せっかく顔を隠してるのに」
銀に燻んだ体表、全身を駆ける色褪せた幾何学模様、昏く淀んだ右目と、大きく抉れた虚空が覗く左目ーーー限りなくモノクロームでありながら、それでもその姿はーーー。
「高エネルギー生命体……!?」
トラン・アストラが信じられないといった様子で言葉を零す。
「ちょっとあんた、そんなのどうでもいいから早くマホロさんをーーー!」
右肩を押さえながらも強気で前に出るエメラ・ルリアン。しかしオルトはそれを一瞥しーーー瞬間。
ーーー危ねぇッ!!
「エメラッ!」
咄嗟に庇ったトラン・アストラの背中に凄まじい衝撃が走る。
迸る火花と飛び散る光粒子の中、俺の意識は極彩色の光から引き剥がされ、再びユミト・エスペラントの形を為して地面を転がった。
「ぐぅう……っ!」
「エメラ、大丈夫?」
「うん、なんとか…」
真横に倒れ込んだ二人を見て僅かに安堵し、痛みを堪えて再度立ち上がる。
「やぁ。久しぶりだね、エメラ」
「オルト……あんた、なんなのよ。前はトランを助けるの手伝ってくれたじゃない!」
「うん?その時に言った筈だよ。『まだ旅を続けてもらわないと困る』って。ただそれだけのことさ」
飄々と言ってのけるとおもむろに手を翳し、瓦礫の中から何かを引き寄せるーーーそれは真っ二つに折れた歓びの剣の残骸だった。
「これは本当に凄い剣だよ。ラスタ・オンブラーを拒絶して自壊した後も、こうしてちゃんと力を保ってる。人と人とを繋ぐ繋がりの剣、あらゆる奇跡を起こす切り札……でも、それもここまでだね」
目の前に浮かぶそれを見て、軽く微笑む。
直後、どこからともなく湧き出したドス黒い闇に蝕まれ、錆まみれの剣は細やかな砂となって崩れ去ってしまった。
「ここから先には、これがあると邪魔なんだ」
驚き慄く俺たちを見渡し、奴はただ笑う。
「これで二つ目。あとはーーー」
そう言って再び手を翳す。
大広間に墜落した飛行船の中より宙を舞って引き寄せられたのは、未だ気絶したままの“ラセスタ"だった。
「あぁ……これだよ、これこれ」
有無を言わさずその首に掛かった星のかけらの半身を奪い取ると、"ラセスタ"の身体を無造作に投げ捨てた。
「ッ!!」
間一髪、光の如く駆け出してそれを受け止めるトラン・アストラ。
倒れ込んだ身体を起こしたその時、既にオルトは彼の鼻先にまで近づいていた。
「キミの光を貰うのは、今じゃない」
トラン・アストラの顔をまじまじと眺め、笑顔のままーーーしかし極めて冷たい口調でーーー告げる。
「うん、今日はこれで終わりかな。じゃ、準備ができたらまた会おうね。楽しみにしてるよ。バイバイっ」
そう言い残すと、得体の知れないそいつは空気に溶けるようにして消えてしまった。
あとには水を打ったような静けさと、呆然と立ち尽くすばかりの俺たちだけが残された。
星巡る人
第50話 夢のヒーロー
それから、一週間が過ぎた。
ラスタ・オンブラー率いる銀河帝国が滅び、宇宙には再び平和がーーーなどと都合の良い話がある筈もなく、むしろ今、この宇宙はかつてない混乱の時代を迎えようとしていた。
機兵獣、moratorium-id、ホシクイ、そしてそれらを使役する元囚人達ーーー未だ宇宙各地で暴れ回り、多くの星々に絶望と死を振りまく帝国軍残党ども。
奴らが建設した数多の兵器開発工場もその大半が稼働を続けているとされ、殆ど無限に等しい軍事力をもって帝国の再興さえ狙っている奴らもいるという。
政治の中枢を担っていた宇宙正義を失った政府は最早形だけの烏合の衆と化し、二日前にムルシリ・ラバルナ首相を始めとした上層部の連中が一斉に雲隠れしたこともあり今や組織は空中分解状態にあるのだと聞いた。
この宇宙はもう、元の形には戻らないだろう。
これからは取り決められた秩序ではなく、各々の信念に従って生きていくしかないのだ。
そして俺たちはーーー。
今、俺たちは開拓惑星NJにいる。
帝国軍打倒を記念した、ささやかな打ち上げの最中だ。
テーブルの上には"ラセスタ"と怪獣たちが腕によりをかけた質素ながらも工夫を凝らした温かな料理が並び、種族も立場もなく、皆でそれを囲んでいる。
勿論手放しで喜ぶことなどできない。
セルタス・アドフロントを筆頭に大勢の仲間達を失い、今後の先行きさえも見えない状況である上に、なにより最大の功労者である宇宙大魔王ピエロン田中でさえも帰ってきていないのだからーーー尤も、彼に関しては怪獣族もエメラ・ルリアンたちも誰一人として心配していないようだったがーーー曰く、「殺しても死なない」「必ず帰ってくる」とのことだーーー強がりのようにも聞こえたが、なぜか不思議と俺にもそう思えた。
ふと真横に座るエメラ・ルリアン達三人に目を向ける。
それぞれに笑顔を浮かべ、嬉しそうに料理に舌鼓を打ってはいるもののーーー内心では焦りと不安を抱えているであろうことは明白だった。
だからこそ彼らは今日、旅立つのだ。
『私たちは旅を続けるわ。じっとしてても始まらなでしょ?だから、とりあえず先に進もうって』
『それにオルトが光を狙ってるなら、そんなに遠くないうちに会えるはずだって、トランが』
脳裏に数日前のエメラ・ルリアンの言葉が過ぎる。
彼らには彼らの旅があるのだーーー歓びの剣を失った今、俺にはもうそれに着いていく理由がない。
「あれ?ユミト食べないの?」
不意に"ラセスタ”に声をかけられ、ハッと我に帰る。
「あ、あぁ。いただきます」
特務隊の仲間達がこちらへ向かってくるのを見ながら、食事に手をつける。
それは体が芯から温まるような、優しい味でーーー何故か妙に胸が詰まった。
ーーー激戦を終え、この惑星で傷を癒やしていた俺たち特務隊が、突如として全天議事堂の"光の神殿"に招かれたのは四日前のことだった。
思念体通信で光の渦巻く仮想空間に接続した俺たち六人に対し、立体投影映像で浮かび上がる上層部の役人達は焦りを押し殺したような表情で告げた。
「諸君らの尽力に感謝し、勲一等星天大綬章を与える」
他にも長々と話をされたが、要約するとどうやら政府の重役として政治を執り行ってほしい、とのことらしい。
隊長には次期首相の座を、俺たちにもそれぞれ高官としてのポストをーーー示し合わせたかのように全員がそれを辞退した時、俺は思わず笑ってしまった。
「宇宙正義が守ってきた秩序の全てが間違っていたとは思いません。しかし我々は、余りにも永きに渡って一方的な正義を振り翳し、多くの罪なき人々をも苦しめ、虐げてきました。力を持つ者として今為すべきことは政治ではなく、彼らに直接救いの手を差し伸べることだとーーーそれが我々にできる贖罪の道なのだと、私は考えます」
隊長のその言葉は俺たちの総意でもあった。
「それに我々は戦闘のプロではありますが、政治に関してはズブの素人ですので」
追い討ちの言葉に居心地悪そうに目線を逸らすムルシリ・ラバルナの顔が妙に印象深い。
兵士に政治を丸投げしようとする魂胆が丸見えだーーー事実、その二日後に上層部の役人たちは一斉に逃げ出した。
「本当に私についてきていいのか。宇宙正義はもう存在しないんたぞ」
席に着いた隊長が俺たちひとりひとりに視線を向け、改めて確認する。
当初、隊長はひとりで帝国残党を殲滅し、困難に陥った人々を救う為の旅に出るつもりであったらしい。
だがそれを聞いて俺たち五人はーーー誰からともなくーーー隊長に賛同し、その旅路に着いていくと決めたのだ。
「もちろん。私たち、他にアテもありませんから」
「置いてくだなんて水臭いっスよ!」
「どこまでもお供します」
「まぁ俺たち、そもそも政治には全く興味ないですしね」
あっけらかんと答える仲間たちを見て、自然と笑みが浮かぶ。
それを隠すべく俺は親指で唇をそっと撫ぜた。
「当たり前じゃないすか、隊長。俺たちは六人で特務隊なんですから」
当分の間、この惑星を拠点とすることをイオリたちは快く許諾してくれた。もう政府所属ではないが、隊の新名称が決まるまでは"特務隊”を名乗ることになるだろう。
あいつらの旅がこれからも続くようにーーー俺たちの旅もまた、ここから新たに続いていくのだ。
食事が終わり、いよいよ別れの時がやってきた。
怪獣たちも総出で見送る中、完璧に修繕された飛行船の前で俺は三人と握手を交わす。
「悪かったな、色々と。……世話になった」
「なに言ってんのよ。私たちも、あんたに助けてもらったじゃない」
「身体に気をつけて。また一緒にご飯食べようね!」
そう言って笑うエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が少し寂しそうに見えた気がしたのは、俺の勝手な思い上がりだろうか。
「ユミト、ありがとう。また会おう」
トラン・アストラの星を宿した瞳を真っ直ぐに見据えーーー「あぁ。必ず」。
それから程なくして彼らは旅立っていった。
真っ青な空に二本の真綿雲を棚曳かせ、銀影が遠ざかっていく。
賑やかに見送っていた怪獣たちもひとり、またひとりと集落へ戻っていきーーーやがて俺とエルピスだけがその場に残された。
「……行っちゃったね」
「あぁ」
「どした?もしかして寂しいのか?」
「馬鹿言え。そんなこと……あるかよ」
空を仰ぎ、目を閉じて、大きく息を吐き出す。
ーーー幼い頃、俺が憧れたヒーローは、決して諦めなかった。
何度傷つき、倒れたとしても。
力尽き果て、心を打ちのめされたとしても。
それでも尚立ち上がり、強大な敵へと挑んでいく。
ーーーそれはいつか未来、ラスタ・オンブラーと戦う自分自身の姿だったのだ。
理屈も分からなければ根拠もない。
誰かに説明することもできない。
でも、なぜか不思議とそう確信していた。
目を開くと広がる果てしない大空。
降り注ぐ暖かな光が、俺たちを照らす。
ーーー俺は"自分の信じる正義"の味方になった。
でもそれは、決して俺だけの力なんかじゃない。
トラン・アストラ。
エメラ・ルリアン。
"ラセスタ"。
特務隊の仲間たち。
そして旅の中で出逢った星々の、たくさんの人たち。
彼らがいなければ、俺は今、ここに辿り着いてはいなかっただろう。
俺たちは皆ーーー皆で、夢のヒーローなのだ。
青い空に向けて手を伸ばし、ふっと微笑む。
ーーーじゃあな。また、会おうぜ。
空の彼方、もう見えなくなった友人達に届くように、俺は晴れやかな気持ちで大きく手を振った。
To be continued…
かつて私は、偉大なる英雄と呼ばれていた
例え何も為せなかったとしても
例え誰も救えなかったとしても
それでも私は戦い続けた
たったひとつの信念を胸に
次回、星巡る人
第51話 OMNIBUS STAR〜もしも宇宙に愛がなければ




