第49話 皇帝の掴んだもの
宇宙一諦めの悪い男たちによるチキンレース
そんな49話。
第29話『輝きを掴んだ男』の結末となる今回のお話。
"彼"は何を掴み、何を失ったのか。
"彼"が本当に求めたものとは。
どうか見届けていただけると幸いです。
次回、第二部最終回。
長々と続いてきたユミト・エスペラントの物語も、ついに着地点まで辿り着くことができました。
相も変わらぬ不定期更新ですが、お時間ありましたら是非。
それではまたお会いできますよう
無限の輝きの中、目を開く。
ーーーここは……?
渦を巻き、果てしなく広がる極彩色の光に包まれ、俺はぼんやりとした頭で辺りを見回した。
ーーー俺は……一体……?
それは余りにも不思議な感覚だった。
俺という存在が独立した意識として別の誰かの身体にーーー例えるなら"操縦席にいる"とでも言うべきだろうかーーー宿っているかのようだ。
ーーーそうだ。俺はトラン・アストラを取り戻す為に……!
はっとして内部空間から視線を巡らせた前方、集束する黒い霧が、急速にヒトの形を成していく様子が映る。
色褪せた長いブロンドの髪、痩せ細った端正な顔、炭化したかのように燻った灰色の皮膚細胞……それは先程までの悍ましく変貌したトラン・アストラの姿ではなく、元のラスタ・オンブラーの姿だった。
そのまま自分の身体に目を落としーーー銀色の滑らかな体表、全身を駆け巡る赤や青の幾何学模様の上から、紫電の光粒子が帯のように巻き付いているーーーふと、思い至る。
ーーーまさか……!!
コスモやリヒト、ムルカ・ボロス、アモル・フィーリア、そしてニビル……きっとこれまでの旅の中で出会ってきた彼らも同じだったのだろう。
あの時あの瞬間、皆、ここに来ていたのだ。
「ーーーありがとう、ユミト」
光の中に、声が響く。
暖かく柔らかな、太陽のような声。
「君たちの思いが、俺を呼び戻してくれたんだ」
懐かしささえ覚えるトラン・アストラの声に思わず笑みを浮かべーーーあぁ、待ってたぜ。
前方、憎々しげな目でこちらを睨みつけながら、ラスタ・オンブラーが立ち上がるのを見遣り、トラン・アストラは静かに切り出した。
「……この戦いを終わらせよう。準備はいいかい」
その言葉に頷きを返し、俺は親指で唇をそっと撫ぜた。
ーーーさぁ、行こうぜ!!
星巡る人
第49話 皇帝の掴んだもの
「馬鹿な……光に選ばれたと言うのか……!?貴様如きが……認めん、認めんぞ!!」
トラン・アストラをーーーその奥にいる俺をーーー睨みつけ、激昂するラスタ・オンブラー。
だが彼は首を横に振り、静かに言い放った。
「君は強いよ。確かに強い。でも……きっとそれだけじゃあ駄目なんだ」
「ほざけッ!!」
砲身へと変化させた両腕から放たれる無数の光。
それらは瞬時にトラン・アストラの身体の上で弾け、全身を灼き尽くす。
「深い闇の底で、俺は君の心を見たよ」
光弾の嵐は止まる事なく吹き荒び、断続的な爆発と黒煙が轟音と共に銀の姿を覆い隠した。
「君はただ、君にとって大切な人たちを守りたかっただけだったんだ。だけどーーー」
全身を舐める業火などまるで意に介さない様子で、トラン・アストラが言葉を続ける。
「君は彼らを守れなかったことを悔やんでいる……守れなかった自分が許せないんだ。だから力を求めた。誰にも負けない力をーーー違うかい」
「分かったような口を利くな!!」
吼えるや否や右腕を大剣へと変化させ、ラスタ・オンブラーが駆け出した。
凄まじい速度で迫り来る漆黒の光が、トラン・アストラの首目掛けてその切先を突き出すーーー。
「ーーーッ!?」
稲妻を曳いた奴の一撃は、果たして届きはしなかった。黒く煌めく刀身はトラン・アストラの鼻先を貫く寸前で、彼の左手に呆気なく受け止められたのだ。
「分かるさ。大切な人を守れなかった悲しみも、苦しみも、怒りも、全部ーーー」
左手より血飛沫の如く噴き出す光の粒子。
しかしトラン・アストラはお構いなしに渾身の力を込めーーー瞬刻、手の内の刃を握り砕いた。
「ーーーだからこそ俺が、君を止める!」
迅速果敢、紫電のエネルギーを右拳に集束させ、驚愕するラスタ・オンブラーの胸へと叩きつける。
空気を震わせる衝撃が走り、奴の身体が地面を激しく転がった。
「グゥ……ッ!?」
白煙を切り払い、不自然に折れ曲がった腕や首を元に戻しながら、奴がすぐさま立ち上がる。怒りと憎悪に歪むその顔の中で、狂気を宿した瞳をギラつかせて叫んだ。
「俺を止めるだと?気取りやがって……何様のつもりだッ!!」
黒い霧を纏わせ跳躍したラスタ・オンブラーを追い、トラン・アストラもまた宙へと舞い上がる。
「てめぇらはいつもそうだ。宇宙を変えられるだけの力を持ちながら、愛だ希望だと綺麗事ばかり……そんな理想論で救えるものなど、この宇宙に有りはしねぇッ!!」
こちらへ迫る無数の触腕を手刀で切断し、連続して放たれた光弾や三日月状の光刃を悉くはたき落とす。
「俺の力は、俺だけのものじゃない!!」
勢いづくがままにラスタ・オンブラーへと突撃、その胴体目掛け、エネルギーを込めた両の拳を打ち込んだ。
「チィ……ッ!!戯言を!!」
吹き飛ばされつつもすぐに体勢を立て直した奴が、全身に砲門を生やして応戦する。
一斉砲撃ーーー不意をつく豪雨のような弾幕をまともに受け、トラン・アストラが僅かに後退ったーーー、その瞬間を見逃さず、勝機とばかりに右腕を巨大な斧へと変化させて飛びかかる。
しかしーーー。
「大切な仲間たちが……かけがえのない家族が、俺に力をくれるんだッ!!」
刹那、トラン・アストラは素早く身を翻し、反転、逆上がりの要領で振り下ろされた斧を蹴り上げた。
更に高速で繰り出した旋風脚で左腕の超振動鎖鋸を根本からへし折ると、流れるように腹部へと捻りを加えた強烈な蹴撃を見舞う。
「黙れェッ!!」
苦し紛れに振るった斧が空を切るーーーその時、トラン・アストラは既に奴の頭上を飛び越えていた。
「ハァアアアアッ!!」
一瞬の後、ラスタ・オンブラーの脳天に踵落としが炸裂する。エネルギーを集束させ、前転と共に放たれたそれは、稲妻のような閃光を曳いて奴の身体を地面へと蹴り落とした。
「まだだ……まだ終わらんぞッ!!」
蹌踉めきながらも直ぐ様立ち上がり、ラスタ・オンブラーが自らの胸へと腕を突き刺す。
赤黒い闇が渦巻くその奥、輝きを放つ二つの光をーーー星のかけらと星宿の地図をーーー鷲掴みし、躊躇う事なく体外へと引き抜いた。
「力を……!俺に……力を寄越せ……!!」
ラスタ・オンブラーの握った手の中、二つの光が瞬く間に黒く染め上げられていく。もはや焦点すら合わなくなった目を血走らせ、帝王と呼ばれたその男が絶叫めいた声で吼えた。
「他者を圧し、支配する為の力を……永劫の平和を築く為の力をッ!!」
瞬間、突き出された両腕より撃ち出される漆黒の奔流。悍ましい闇が空を駆け上り、一直線にトラン・アストラを襲う。
「力こそが全てだ!それが俺の正義……この宇宙の真理だァアアアッ!!!」
ーーーいいや違うッ!!
唸りを上げて押し寄せるそれを交差した腕で受け止め、後退りながらもーーー俺たちは叫んだ。
「君は知らないんだ。力だけじゃない……本当の強さがあることを!!」
ーーーお前の正義の先にあるのは、恐怖と絶望だけだ!!
「どいつもこいつも……ッ!!黙れ!黙れ!!黙れェえええええッ!!!」
出力を増した黒き濁流が、天を衝く極太の光波となって殆ど俺たちを呑み込みかけたーーーその時。
「トランっ!ユミト!!」
轟音を裂いて、声が届く。
聞こえるーーーエメラ・ルリアンの、隊長の、副隊長の、コハブの、アス=テルの、エルピスのーーー俺たちを応援する、仲間達の声が!!
その瞬間、俺たちの背に展開する光の翼。
漲る力が溢れ出し、紫電の光粒子が金色に輝く帯となって全身を駆ける。
「行くよ、ユミト!!」
ーーーさぁ……お片付けだ!!
宙を蹴り付け、加速度を増し、一息に急降下する。
漆黒の光芒を切り裂く黄金の流星が目の前に迫ったその時、ラスタ・オンブラーが呆然と呟いた。
「ーーーデナリ……!!」
ほんの僅かに、視線がぶつかる。
奴の瞳はトラン・アストラではなく、どこか遠く、遥か昔の誰かを見ているかのようでーーー。
「ハァアアアアッ!!!」
直後、光が弾けた。
有りっ丈の力を込めて振り下ろされた拳はラスタ・オンブラーの顔面を砕き、その身体を大広間の反対側へと吹っ飛ばした。
その拍子に奴の手から二つの光が溢れ、音もなく床に転がる。
ーーー終わった……これで、ようやく……。
星のかけらと星宿の地図に向け、ゆっくりと踏み出すーーー寸前、足元に炸裂する黒い光弾。
「ッ!?」
咄嗟に後方へと跳躍し、再度身構える。
「そいつは……俺のものだ……!」
そこには地の底から響く様な唸り声をあげるラスタ・オンブラーの姿があった。
立つことすらままならず、這い蹲ったその状態で尚、奴が光に向けて手を伸ばす。
「俺の……俺の力……!!」
だが奴の手が光に届くことはなかった。
「キミの負けだよ、オンブラー」
突如としてーーーまるで最初からそこにいたかのようにーーーラスタ・オンブラーのすぐ側に現れた黒いフードの何者かが、楽しげに嗤う。
「オルト……!?」
「まだ分からないのかい?今の宇宙で一番強い力を取り返された時点で、キミはもう負けていたんだ。彼らの言う"力よりも大切なもの"ってヤツにね」
全身をすっぽりと覆い、顔すら見えないもののーーーそれでもその男が途轍もない邪気を発していることだけは分かる。
ーーーなんだ……こいつは……!?
困惑する俺たちを余所に、オルトと呼ばれた黒いフードはただラスタ・オンブラーを見下ろし、愉快そうに小首を傾げて言い放った。
「キミの役目は終わった。さ、キミに預けたボクの力を返してもらうよ」
瞬刻、ラスタ・オンブラーの体から止めどなく溢れ出した闇が、全て翳したオルトの手の中へと吸い込まれていく。
「ア……あァ……!!」
色を失い、たちどころに風化していく身体を引き摺りながら、それでもラスタ・オンブラーが必死に手を伸ばすーーー。
「俺は……俺はァアァ……ッ!!!」
気迫と共に目前の光を掴み取ったーーー直後、奴の腕が、次いで頭が、細やかな塵と化して崩れ落ちる。
「お疲れ様、ラスタ・オンブラー」
横たわる灰の上に投げ掛けられる冷たい声。
それが、銀河の王を名乗った男の最期だった。
「ーーーじゃあ、またな」
次回、星巡る人
第50話 夢のヒーロー




