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星巡る人   作者: しーたけ
48/54

第48話 TRUE FIGHTER

DREAM FIGHTER→TRUE FIGHTER


そんな48話。


今回の話は31話から続いてきた第二部の集大成となります。

語り手ユミト・エスペラントによって紡がれてきた物語、その全てが今話の為にあったと言っても過言ではないでしょう。

4話分のボリュームでお届けする彼の物語のクライマックスを、どうか楽しんで頂けると嬉しいです。


それでは次回でまたお会いできますよう。

あれから二ヶ月。

ーーー宇宙は、大きく変わってしまった。



「矛盾に満ちた正義は死に絶え、今ここに、帝王ラスタ・オンブラー様の統べる銀河帝国の時代が始まるのです!」


"旧宇宙政府"首相ムルシリ・ラバルナのこの言葉が各星中央政府を介して宇宙全土に拡散されたのは、()()()すぐのことだった。


「銀河帝国万歳!帝王ラスタ・オンブラー様万歳!!」


あまりにも唐突に、かつての権威の象徴より告げられた事実上の敗北宣言。それは確かな衝撃と恐怖を民衆に伝え、宇宙中を瞬く間に混乱の渦へと巻き込んだ。


旧政府を掌握し、その頂点に君臨する新たなる支配者の存在を知らしめた銀河帝国(新体制)は、手始めに全ての法を撤廃し、代わりにたった一条しかない銀河帝国憲法を定めた。



"帝王こそが絶対の正義である"



更にそれに則って宇宙牢獄は閉鎖、収容されていた数万の囚人たちは後にホシクイ、moratorium-id、機兵獣と共に帝国軍兵士の一員として全宇宙に解き放たれた。目的は無論、反乱分子の監視、制圧の為である。


ーーーこれらの政策によって築き上げられてきた秩序は完全に崩壊、宇宙は悪党どもの支配する荒野と成り果てた。


幾千の星々が白旗を振って帝国へと加わる一方で、それらを良しとしなかった数多の星々は反逆者の烙印を押されーーー抗戦、降伏、その全てがまるで意味を成さずーーー圧倒的な力を誇る帝国軍によって惑星諸共跡形もなく滅ぼされた。


そうした情勢の中において、"帝国憲法"をはじめとした勅命は専ら傀儡と化したムルシリ・ラバルナたち旧政府の人間によって行われており、肝心のラスタ・オンブラーは唯の一度として表舞台に姿を表すことがないままだった。


理由は不明だが、察しはつくーーー姿なき独裁者ほど人々にとって恐ろしいものはなく、またそうして盲目的に怯える者たちほど隷従させることは容易いからだ。


殺戮と破壊、敵意や不信、それらの恐怖によって築き上げられた仮初めの平和ーーー。




ーーーそんな宇宙で俺は、何もすることのできないまま、ただ無様に生き延びていた。







星巡る人


第48話 TRUE FIGHTER






ーーー次のニュースです。本日、サダルスウド区の惑星N4と惑星M5が帝国軍により制圧されました。これにより300年に渡る両惑星間の紛争は事実上の終結を迎えーーー



降りしきる雨の音と、どこからか流れてくるニュースの掠れた声が、荒廃した街に木霊する。


黒雲の下、寂れた道を行き交う人々は誰もが身に纏ったボロ切れで顔を隠し、伏し目がちにそそくさと、まるで何かに怯えるようにして足を早めるーーーそれも当然だ。廃墟も同然のこのスラム街にひしめきあって暮らす彼らは皆、帝国憲法違反によって故郷を滅ぼされ、反逆者として追われる身となった様々な星の難民たちなのだから。


ーーーここはブラキウム区L8星。

かつては平和な片田舎の惑星だったこの星だが、今やその面影は微塵も見受けられない。

人々は僅かな食料や薬を巡って日夜激しい争奪戦を繰り広げ、時には殺し、時には盗み……誰もが生きる為に必死で足掻いていた。


尤もそれはこの星に限ったことではなく、もはや宇宙全土どこにおいてもーーーひと握りの星々を除いてーーー同じことではあるのだが。


「テメェふざけんじゃねぇぞ!この盗っ人がッ!!」


不意に耳に届く怒鳴り声と鈍い打撃音に、反射的にそちらへと目を向ける。

そこには大柄な男と地面を転がるまだ年端もいかない少年の姿があった。


「お願い、そのパンを僕に……このままじゃお母さんが死んじゃう……!」


恐らくは目の前の大柄な男に殴られたのであろう、這い蹲ったままの少年が息も絶え絶えにそう叫ぶ。

しかしーーー。


「それがどうした。テメェの親のことなんぞ知るか!」


男は青筋を立て、怒りのままに激しく少年を蹴りつけた。

何度も、何度も、何度もーーー。


「このっクソガキがーーー死ね!死ね!ーーー死んじまえ!!」


「ううっ……ごめ……なさい!ごめんなさい……!!許して……誰か……だれか、たすけ……っ!!」


容赦のない蹴りが蹲った少年を執拗に襲う。

助けを求めるそのか細い声が辺りに虚しく響くがーーー通りがかる人々は皆、気の毒そうなそぶりを見せつつも、ちらりと見遣るだけで足早に立ち去っていく。


だがーーーそれは仕方のないことなのだ。

ここで辛うじて日々を繋いでいる彼らに、他人を助ける余裕などある筈もない。

このスラム街ではこうした血生臭い小競り合いはもはや日常茶飯事であり、それにーーー仮に助けに入ったとしてーーーもしも大騒動にでもなったとしたら、血に飢えた帝国軍尖兵隊が駆けつけるのは時間の問題となる。


そうなればここはおしまいだ。憲法違反者の巣窟であるこのスラム街は、難民諸共瞬く間に更地となることだろう。


見ない、聞かない、関わらないーーーこの宇宙で平穏無事に毎日を生きる為には、こうする他ないのだ。


そしてそれは俺も同じだ。

今、ここで騒ぎに首を突っ込むのは得策ではないことは重々承知している。

宇宙正義は崩壊し、ギアブレスレットも失ったーーー俺はもう、正義の味方などではないのだ。


半ば無理やり目を逸らした俺の背に、少年の痛々しい悲鳴が突き刺さる。


「……ッ!!」


瞬間、心とは裏腹に俺の身体は動き出していた。

踵を返すと同時に地面を蹴りつけ、加速。風を切って猛烈に疾駆するその勢いのまま、少年を抱えて空高くへと跳び上がる。


遠く、はるか眼下の地面で、大柄な男が呆気にとられたようにしきりに辺りを見回しているのがちらりと映るーーー俺は僅かに口元を緩めたーーーあの男には足元の少年が急に姿を消したようにしか見えなかったはずだ。


やせ細った少年が驚きに声を上げるより早く、俺は緩やかな軌道を描いて人目のつかない路地裏へと着地した。

ーーー騒動の場所から5ブロックほど離れた場所だ。ここならまず大丈夫だろう。


少年を下ろし、雨に濡れた顔を腕でぐいと拭うと、俺は懐から一切れのパンとハムを取り出して目の前の骨と皮ばかりの腕に押し付けた。


「持っていけ。これっぽっちで悪いがな」


「……!!」


信じられないと言わんばかりに目を見開き、絞り出すような声で礼を言う少年。脇腹の辺りを抑えながら、鼻血を垂らした青あざまみれのその顔にぎこちないーーー精一杯のーーー笑顔を浮かべ、何度も頭を下げる。


「ありがとう……ありがとう……!!」


と、不意に少年の懐からひらりと落ちる一枚の紙切れ。雨に打たれるそれを拾い上げ、反射的に視線を移してーーー絶句する。


それは手配書だった。


「さっき拾ったんだよ。お兄さん、この人たち知ってる?もし捕まえられたら、お金がたくさんもらえるんだって。そしたら、また前みたいにご飯食べられるようになるのかな……」


はっと我に帰り、慌てて表情を取り繕う。


「……バカなことを言うな。ほら、早く行け」


少年が路地裏から立ち去るのを見届けてから、俺は再度手配書に目を落とし、思わず呟いた。


「……そろそろ来るだろうとは思っていたが」


『QQ星元第二王女、エメラ・ルリアン』

『出身地不明、xx星不法滞在者"ラセスタ"』


両者共に生け捕りのみ、懸賞金は制限なしーーー『このふたりを捕らえた者に望むものを全て与える』と、その手配書には記されていた。


写真は恐らく滞在したどこかの星の監視カメラに映ったものをそのまま使ったのだろう、粗く不鮮明ではあったが、栗色の髪や蒼く煌めく瞳はそれだけでもふたりを特定するのに充分すぎるほど特徴的であると言えた。


「……ッ」


軽く舌打ちし、雨に濡れる手配書を握り潰すと、周囲に注意を払いつつ路地裏のさらに奥へと歩を進める。


ーーー誰も……いないな。


路地裏の突き当たり、今にも崩れそうな廃屋の中へと足を踏み入れ、ポケットから取り出したカードをおもむろに宙に翳すーーー刹那、瞬きの間に俺の視界が暗転し、黴臭い穴だらけの廊下は薄暗く無機質な通路へと切り替わった。


ーーー毎度のことだが、科学もここまでくるともはや魔法だな……。


ここは自称・宇宙大魔王ピエロン田中の"魔王城L8星第二支部"であり、なにやら位相なる別空間に存在しているのだという。


空間を地層に置き換えた場合、上から見ると同じ場所にいるのに横から見ると断層が違うが為に互いを把握することができない。つまりはそれこそが位相であるーーーらしいのだが、俺にはさっぱり分からない。

空間そのものに作用するシステムは現在の科学力では不可能である、というのが宇宙正義におけるこれまでの常識だったからだ。

とりあえず入り口となっているあの廃屋と、この魔王城が同じ座標に位置していることだけはなんとか理解したのだが……。


「……おかえり、ユミト」


通路の角から姿を現したのはエメラ・ルリアンだ。

艶を失いボサボサの髪、色濃い隈が目立つ青白い顔で、彼女はなんとか笑顔を作ろうと懸命に顔を痙攣らせる。


「……あぁ」


「外で何か変わったこと、あった?」


エメラ・ルリアンの後ろからやって来た"ラセスタ"が、努めて明るく振舞おうとするかのように俺に訊ねた。


「そうだな、強いて言うならこんなものが出回ってたくらいか」


少し躊躇いつつも握り潰していた手配書を見せると、意外なことにふたりは苦笑にも似た表情を浮かべた。


「私たち、これで本当にお尋ね者ね」

「でも……ほら、僕たち元々追われてたようなものだから」


それが自虐的なものであることは充分に分かりつつも、その様子に少しばかり安堵する。

俺は知っていたーーーこいつらがこの二ヶ月間、毎日のように泣いて過ごしていることを。

腫れぼったい瞼や充血した目、少しばかり枯れた声……憔悴しきったふたりの様子から、恐らく殆どろくに睡眠もとってはいないであろうことは容易に伺えた。


ーーー家族を失う辛さは、俺もよく知っている……知っていたはずだ。


だからこそ、その理由の一端を担ってしまったことに対して後ろめたさを感じずにはいられない。


ましてやそれが間違った正義の為だったとあればーーー。


「……あぁ、そうだ。食料のことなんだが……」


気不味く思いながらもそう切り出した俺に、エメラ・ルリアンが黒いノート型の機器を取り出して答える。


「あげちゃったんでしょ。知ってるわよ、メモリバードで見てたから」


「……悪い」


しかしーーー思わず目を逸らした俺を揶揄うようにーーーエメラ・ルリアンは微笑んだ。


「もしあの子を見殺しにしてたら私、あんたを軽蔑してたわ」


「ご飯は大丈夫だよ。まだユミトのくれたこれがあるんだし」


そう言って"ラセスタ"が簡易栄養錠剤の入った小さな缶を振る。しかしそこから響く軽い音は、残りの中身が少ないことを如実に表していた。


「さ、今日は二階の掃除でもしようかな」

「じゃあ僕は廊下を磨くよ」


ーーーこの城にはもう、掃除が必要な箇所など何処にもない。広大な空間であるにも関わらず、このふたりが毎日のように掃除をしている為だ。


気を紛らわせようとしているのだろうと分かってはいても、日に日に消耗していくかのようなふたりの様子に居た堪れない気持ちになる。


ーーー参ったな……。


二ヶ月前、宇宙正義本部ーーー()()()()()()()()浮遊島(場所)ーーーから命からがら逃げ延びた俺たちは、ピエロン田中に連れられてこの城へとやって来た。

「俺様が戻ってくるまでここを使え。ただし、エメラとラセスタは一歩も外に出るんじゃねぇぞ。絶対にだからな!」

自称、宇宙大魔王はそう言って何処かへと行ってしまい、それ以降音沙汰なしだ。

城内にあった食料の備蓄は一ヶ月を少し過ぎた頃に尽き、飲料水の方もあと僅かのところまで迫っている。


精神的にも、物資的にもーーー限界が近いのは目に見えて明らかだった。



俺は誰もいない居間の硬い椅子にゆっくりと腰を下ろした。



現在、俺以外の特務隊の面々は宇宙正義軍残党をーーーその中でもまだ戦う意志を持ち続けていた僅かな者たちをーーー引き連れ、銀河特定保護惑星を守るために奔走しているのだという。

だが広大な宇宙で帝国軍の圧倒的物量差を相手にその全てを守りきれるはずもなく、既に幾千もの特定保護惑星が植民地として征服されてしまっていることは、日々流れてくるニュースで誰もが知るところとなっていた。


ーーー俺にもっと力があれば……いや、よそう。


例えどんなに強い力があったところで、俺にできることなどなにもない。


現にあの時がそうだったじゃないか。

俺は負けたのだ。なにひとつ為すことのできないまま、完膚なきまでに。


ーーー俺は正義の味方(ヒーロー)なんかじゃあない。ただの人間だ。ずっと、そうだったのだ。


脳裏に蘇るラスタ・オンブラーのーーートラン・アストラの姿が、口元を邪悪に歪ませて俺の心に囁きかける。


『お前には何も守れない……誰も救えない』


俺は自嘲気味に笑みを浮かべた。



今の俺にできることは精々食料を調達して来ることだけーーーまぁ、それすら満足にできてないのだが……。


止め処なく湧きあがり、胸の内に蔓延する失意と諦観。

重いため息と共にふと天井を見上げーーーその瞬間、横殴りの衝撃が俺を襲った。


「ッ!?」


咄嗟に椅子から滑り降り、体勢を低くして身構える。


ーーーなんだ!?一体なにが……?


「ユミト!大変!!」


そこへ慌てて駆け込んで来たエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が、困惑しきる俺に手にした黒いノート型の機械を開いて見せた。


浮かび上がる立体映像。そこに映っていたのは見覚えのある巨大な戦艦のーーー重装殲滅巨艦アルゴスの機影だった。


帝国軍(奴ら)だ……!」


多数の機兵獣を次々に投下しながら、映像の中の巨艦は瞬時に巨大な機人へと変形し、スラム街を踏み抜いて大地に降り立つ。


「この星に生きる哀れな民たちよ、ご機嫌よう。私は帝国軍尖兵部隊12番隊長モルド・J・ギナ。今日は諸君らに残念な報せがある」


突然のことに逃げ惑う人々の頭上に、ぞっとするような猫撫で声が響く。


「ブラキウム区L8星……ラスタ・オンブラー様の支配するこの地に、恥知らずなことに帝国に仇なす者たちの残党が住み着いているとの情報を得た。これは明らかに入星システムの欠陥であり、帝国に対する重大な謀叛だ。その責任の全てはL8星の中央国家にある……よってこれより我々12番隊は、帝国憲法に則りこの星の全生命に対しーーー正義を執行する」


刹那、一斉に進撃を開始する機兵獣たち。

更に重装殲滅機人アルゴスの全身の砲門が火を噴き、立体映像を紅蓮の炎に染め上げた。


同時に俺たちを再度強烈な衝撃が襲い、その余りの激しさに空間がぐにゃりと歪む。


『警告。緊急事態発生、位相間ネットワーク損傷。直ちに脱出してください。繰り返します。直ちに脱出してください』


「大変だ、逃げなくちゃ!!」


全ての照明が赤く明滅し、鳴り響く警告音。

床を転がりながら切羽詰まったように"ラセスタ"が叫ぶ。


「逃げるって、外に!?」


エメラ・ルリアンの戸惑う声を遮って更に"ラセスタ"が続ける。


「外しかないよ!ピエロンさんが言ってたじゃないか!位相間ネットワークが途切れたら、僕たちはこの空間に取り残されちゃうんだ!」


しまったーーーそれをすっかり忘れていた。


ーーーグズグズしてらんねぇ!


俺は素早く二人を助け起こし、ポケットからカードキーを取り出した。


「行くぞ!」




外は地獄の有様だった。黒煙に支配された視界の其処彼処に火柱が上がり、大小様々な機兵獣どもが我が物顔でのし歩いている。

遥か彼方でアルゴスが街ひとつを消し飛ばしている様子が朧げに見えるがーーーそれに気を取られたのが致命的だった。


「ユミトッ!!!」


エメラ・ルリアンの声が聞こえた時にはもう遅かった。背後から強烈な一撃を食らい、気づくと俺は廃墟の壁に叩きつけられていた。


「がぁ……ッ!」


その勢いのままに廃墟内部へと転がり込み、降り注ぐ白煙と瓦礫の中に埋もれる。


ーーー油断した……!


血反吐を吐きつつなんとか這い出した俺の視界に飛び込んで来たのは、エメラ・ルリアンと"ラセスタ"へと迫る機兵獣の姿だった。

爛々と輝く単眼が二人を真っ直ぐに捉え、逃げる二人を淡々と追い詰めて行く。


ーーーくそっ!


なんとか立ち上がろうと藻搔く俺など歯牙にもかけず、機兵獣は無情にもハンマーのような両腕を標的目掛けて振り下ろすーーーその瞬間。


ーーーーBARRIERーーーー


響く機械音声と、聞き覚えのある濁声ーーー「ったく、なに呑気に寝てやがんだ。だらしねぇな!」


間一髪のところで割り込んで機兵獣の腕を受け止めたのは、自称宇宙大魔王ピエロン田中だった。

その手に握った黒い柄らしき機器から光の盾を発生させ、大したことじゃないと言わんばかりに不敵に笑う。


「待たせて悪かったな。ようやく準備ができたぜ」


そう言いつつ"鍵"を更に挿し込むーーー直後、光の盾がドリルのように渦を巻き、その鋭利な先端で機兵獣の胴体を貫いた。


ーーーーDRILLーーーー


中枢部を穿たれ、機能を停止して崩れ落ちる青銅の残骸。それを一瞥してピエロン田中が豪快に笑う。


「だぁーはははは!!見たか!これが宇宙大魔王様の力だあっ!!」


「あ、あんた、今までどこでなにして……準備ってなんのよ?!」


「あぁ?そんなの決まってんだろーーー反撃(リベンジ)だ」


自称、宇宙大魔王はニヤリと口角を吊り上げ、ようやく立ち上がった俺に何かを投げてよこした。


「ほれ、こいつはお前のだ」


「これは……!」


思わず目を見開く。

受け取ったそれは、どこかギアブレスレットに似た金属製の手甲だった。


「どーだっ、驚いたか。俺様の自信作、ギアドライバー"日ノ本さん"だ!」


ーーーヒノモトサン…?


言葉の意味を理解できない俺になどお構いなしで、ピエロン田中は得意げに続ける。


「いいか、そもそも高エネルギー生命体の馬鹿でけぇ力を制御しようってのが間違ってんだ。あれはある種の毒みてぇなモンなんだよ。いくら肉体を強化したところで、到底使いこなせるような代物じゃあねぇ。ま、人間を辞めるんなら話は別だがな」


脳裏に蘇るphaseEND(仲間たち)の姿に、思わず歯を食いしばる。


「お前らの使ってるギアブレスレット(フィルター)を使えばある程度は安定した運用ができるが、それじゃせいぜい七割程度の力しか発揮出来ねぇ。かと言って直接の使用は肉体を蝕むーーーその上、感情の増減によっちゃ暴走のリスクもあるときてる。ハッキリ言って欠陥品なんだよ、ウェイクアップシステムってヤツはな」


と、そこまで語ったピエロン田中の鎧兜、そのゴーグルの奥で、突如としてギラつく瞳が光を放った。


「だがしかぁし!!この天才ピエロン田中様に不可能はなぁい!本来の性能を抑え、替わりに補助としてメモリクレイスのシステムを組み込むことで、この力を普通の人間にでも使えるようにしてやったのだ!!」


そう言って勝ち誇るように高笑いする小太りの鎧男。

だが俺はーーー。


「……ユミト?」


"ラセスタ"が訝しむのも無理はない。

内ポケットからウェイクアップペンシルを取り出した俺は、しかしそこではたと手が止まってしまったのだ。


ーーー俺にできるのか……?


闇に呑まれるトラン・アストの姿、怪物へと変わり果てた仲間たちの姿、そして昏く嘲笑うラスタ・オンブラーの姿ーーー矢継ぎ早に蘇る光景たちが胸の内を圧迫し、ドス黒く染め上げていく。


『お前には何も守れない……誰も救えない』


ーーー俺に……俺には……もう……。


「けっ、なに怖気付いてやがんだ」


はっと顔をあげると、ピエロン田中が真っ直ぐに俺を見据えていた。


「聞いたぜ、お前、ヒーローになりたかったんだってな」


ーーーヒーロー。

淡く重い響きを持ったその言葉が、一条の光となって澱んだ俺の心の底を僅かに照らす。


「助けを求める奴らがいて、それを為せる力があるんだ。なにも難しく考えることはねぇだろ。違うか?」


黒煙と炎の中を逃げ惑う人々の姿。

低く轟く駆動音と、助けを求める悲鳴の輪唱。

瓦礫を山を跋扈する形を持った悪意。


ーーー俺のなりたかったヒーローは、決して諦めなかった。何度倒れても必ず立ち上がり、目の前の邪悪に立ち向かっていくーーーそれが俺の憧れた"夢のヒーロー"だったはずじゃないか。



深く息を吸い込み、決然と立ち上がる。



ーーーそうだーーー迷う必要などないーーー最初から、ありはしなかったのだ。



そんな俺を見てピエロン田中がフンと鼻を鳴らした。


「そいつは試作品だが、臨床試験は完璧に済ませてある。あのエルピスって奴に感謝するんだな」


俺は短く頷くと、ギアドライバーを右腕に装着し、ウェイクアップペンシルを固く握り直した。


ーーーヒーローになるんだ。

今度こそーーーいま、ここから!


起動したその先端を、手甲の中央にある接続コネクタへと突き立てる。

瞬間、眩い光が迸った。


『wake up,006、wake up 00、wake up 0、wake up、wake、wake、wake wake wake……』


全身を駆け巡る赤く熱い鼓動。

その凄まじいエネルギーが血脈のように俺を満たしてーーー。


『ーーーA wakeningーーー』


流動金属のような滑らかな生体鎧のその上から、四肢に、胴体に、そして頭部に纏われる無骨な装甲(アーマー)。白銀に煌めく表面には紫電の光粒子(エネルギー)が帯となって幾何学模様を描くーーー噴き出す蒸気の中、俺は再び戦う為の姿へと変身を果たした。


『ーーーphase UNLIMITED』


恐らく先程の機体と情報を共有していたのであろう、いつの間にか周囲に続々と青銅の影が集まってきていることに気付く。


ーーー試運転には丁度良さそうだ。


腰を落として低く身構え、一瞬の後に地面を蹴る。

刹那、俺は自分が光になったと錯覚した。


まるでスローモーションであるかのように振り下ろされた機械の腕を掻い潜り、接敵するや否や腹部に猛烈な拳の嵐を見舞う。百発……二百発……殴打するたびに溢れ出す灼熱のエネルギーがさながら小型爆弾の如く青銅の機体に炸裂し、僅か数秒と経たないうちに機兵獣は火花を散らしてその場に崩折れた。


ーーー身体が……身体が軽い!!


これまでは常に強大なエネルギーが胸の奥に渦巻き、抑えきれないそれに突き動かされるようにして動いていた。でも今は違うーーー頭頂部から爪先に至るまで満遍なくエネルギーが循環し、馴染んでいるという確かな実感がある。


ーーーなるほどな。コイツは使えるぜ。


「はぁああああッ!!」


続け様に繰り出した回し蹴りの軌跡が、鋭い刃となって真後ろの機兵獣の首を刎ね飛ばし、更に間髪入れず左右の敵に対しそれぞれ掌底と肘打ちを見舞う。


火花を散らして蹌踉めくその二体を尻目に、俺は親指の腹でそっと唇を撫ぜた。


ーーー食らえ!


右腕に力を集中させ、振りかぶって力強く足元に突き立てる。瞬間、拳から放たれた膨大なエネルギーは地面を伝い、凄まじい熱量と共に勢いよく地表へと噴き出した。その輝きの奔流へと呑み込まれ、次々と機兵獣どもが溶解していく。


しかしその時。


「ッ!?」


背後から不意に首を締め上げる鎖。

体勢を崩した俺の視界の端に、それを打ち出した機兵獣の姿がちらりと映る。


ーーークソッ……ん?


と、そこで初めて自分が地面を穿つほどの凄まじい光を噴き出していることに気づく。

鎖に引っ張られ右腕が浮いた為だーーーそう理解するや否や、反射的に俺は動いていた。


足元を蹴って後方へと跳躍し、鎖に引かれるより疾く機兵獣に体当たりする。それと同時に右腕を胴体に突きつけ、地面に向けて放つ要領で灼熱のエネルギーを青銅の機体へと叩き込んだ。


「シャオラァああッ!!」


金属の表皮が瞬時に沸き立ち、煮え滾り、膨張するーーー直後、木っ端微塵に砕け散る機兵獣。


黒煙の中、残骸を踏みつけて立ち上がると、肩越しに振り向いてエメラ・ルリアンと"ラセスタ"に頷いてみせ、それから二人を庇うように構えたままのピエロン田中に視線を移した。


「二人を頼んだ」


そのまま即座に紅蓮の照り返しを受けた灰色の空へと飛び立つ。

目指すは遥か先、焦土の中で進撃を続ける巨大な機人ーーー重装殲滅機人アルゴスだ。

燃え上がる街の炎によってシルエットと化したその巨大な姿目掛け、ひと息に加速する。


「だぁあああッ!!」


降りしきる雨に顔を叩かれながらも急上昇し、エネルギーを集束させた拳で勢いのままに機人の胸部を殴りつけた。


大きく仰け反り蹌踉めく機人ーーーしかし。


「随分とイキのいい虫ケラが潜んでいたようだな……大人しく隠れていれば、あと少しは長生きできたものを」


すぐに体勢を立て直し、全身から砲身を生やして俺に標準を合わせる巨大兵器。

放たれた無数の光線をひらりと躱して更に上空高く飛び上がる。


ーーーくそっ、もう修復され始めてやがる……やっぱり厄介だな。


見下ろした機人の胸部、今し方大きく抉った筈のそこがまるで生き物であるかのように蠢き、瞬く間に元通りとなるのを見て心の中で毒づく。


俺の身体を突き刺さんと迫るドレインロープを紙一重で潜り抜け、再度殴り掛かろうとしたその時、耳元に濁声が響いた。


「ユミト!おいユミト聞こえるか?!」


声の主は自称、宇宙大魔王ピエロン田中だ。

どうやら頭部の装甲には通信機が仕込まれていたらしい。


「ラチのあかねぇことしてんじゃねぇ!いいか、自立型多能性万能機械細胞はな、再生力を上回る火力で焼き払うか、中枢に当たる部分を引き剥がすかするしかねぇんだ。つまりーーー」


「ーーーコックピットを狙えってことか」


「そーゆーこった。ただし、当然だが操縦席(弱点)周りは特別頑丈にしてやがるだろうよ……一筋縄じゃいかねぇぞ」


「分かってる。……まぁなんとかするさ」


言うや否や、加速度を増して機人へと突撃する。

コックピットの場所は分かっているーーー前に入ったことがあるからなーーー頭部だ。


眼前を包む怪光線を押し返しながら、その勢いのまま機人の頭部に拳をめり込ませ、そしてーーー。


「ダラァあああッ!!」


気迫と共に機人内部へと唸りを上げて注がれる灼熱の奔流。脈動する灰色の金属は赤く膨れ上がり、溶解と修復を絶え間なく繰り返す。


ーーーもっとだ……!


有りっ丈のエネルギーを一点に集束させ、ただひたすらにこの肉壁の奥にあるコックピットを狙う。


ーーーもっと、もっとだーーーこのエネルギーを塊としてーーー前へーーー!!


「デェヤァアアアアア!!」


白熱化した腕から迸る光芒が青白く変化しーーー瞬間、その炎は巨大な拳の形を成して重装殲滅機人アルゴスの頭部を突き破った。


「そんな、そんな馬鹿な!!虫ケラ如きが……ああああァアアアアッ!!!」


機能を停止し、直立したままその場で沈黙した機人を余所に、コックピットを内包した脱出ポッドが錐揉みしながら吹き飛んでいく。


ーーー残るは機兵獣どもだ……いくぜ。


俺は肩で荒く息をしながらも、躊躇うことなく眼下の惨状目掛けて宙を駆け降りた。





いつの間にか雨は止み、分厚い雲の切れ間からエメラルドの星々が覗く。

崩壊したスラム街に夜の帳が降りる頃、俺はようやく辺り一帯に跋扈していた機兵獣を殲滅し終えた。


ーーーこれで全部か……。


目の前には山となって積まれた残骸たち。一体どれだけの機械をスクラップにしたのか、途中からはもう考えることもやめてしまった。


「これでよし……っと」


墜落した機人の脱出ポッドから触覚と複眼が特徴的な女ーーーミラ区のF9星人だ。恐らくこいつがモルド・J・ギナだろうーーーを引き摺り出してガッチリと拘束し、ピエロン田中がフンと鼻を鳴らす。


「さ、とっととズラかるぞ」


「ちょっと、どこに連れて行くつもり?」


「お前らの首を狙う奴らがいねぇところだよ」


怪訝そうに訊ねるエメラ・ルリアンにぶっきらぼうにそう返すと、ピエロン田中が銀色のバッジのようなモノを取り出して言葉を続けた。


「二ヶ月かけて準備したんだ、まぁ安心して俺様に着いてこいっての」


手にしたバッジを起動すると、足元から虹色に輝く光の円柱が立ち昇り俺たちを包む。


ーーーなんだこれは……?


困惑しきる俺とは対照的に、目の前の三人はさも当然のことであるかのように平然としているーーー前にも使ったことがあるのだろうか?


「これはね、テレポートバッヂって言うんだ。昔の道具……らしいよ?」


ーーー空間転移(テレポート)だと……?あんな小さな装置で……?


"昔の道具"とやらにそんな高度な技術が……いや、よそう。俺の知っていたーーー()()()()()歴史が正しいものであるとは限らないことは、ここ最近で嫌と言うほど思い知らされた筈だ。


と、その時。


「あ、あの!!」


不意に背後から掛けられた声に反射的に振り向くと、

そこにはボロ切れを身に纏った一人の少年の姿があった。

身体は傷まみれ、右の肋骨を押さえ蹌踉めきながらも、それでも俺を見るその瞳はキラキラとした光に溢れていた。


「助けてくれて……ありがとうございました!その……カッコ良かったです……!!」


感謝、敬慕、羨望……そうした純粋な輝きに満ちた視線を送る少年に、どこかかつての自分がーーー幼き頃の自分がーーー重なる。


ふっと表情を緩め、俺は少年に向けて強く頷いてみせた。

瞬間、迫り上がる七色の光が視界の全てを遮ってーーー。






「ここはどこだ……?」


光を越えて辿り着いた先、照りつける太陽を見上げて思わず呟く。


ーーーまさか本当に空間転移(テレポート)ができるとはな……。


熱帯地方なのだろうか、周囲に漂う空気は蒸し暑く、鼻腔を湿った甘い香りがくすぐる。

生い茂った木々の奥に垣間見える蔦で覆われた文明の痕跡から、ここがどうやらL8星とは異なる惑星であるらしいことが察せられた。


「廃星……いや、開拓惑星NJだ。ここなら帝国軍に見つかる心配もねぇ。現在(いま)の航路図からは消されてる星だからな」


先陣を切って歩くピエロン田中によれば、この惑星は現在、銀河を跨いで連なる『星の揺り籠』ーーー帯状に広がる星間雲のことだーーーの中心部に位置しており、特定の航路からでなければまず辿り着くことさえできないのだという。


「お、来たな」


そう言って見遣った先に仁王立ちする大柄な影ーーー黄金色の体毛に頭部から生えた二本の角、特徴から察するに怪獣族かーーー咄嗟に身構えた俺を余所に、エメラ・ルリアンと"ラセスタ"が勢いよく駆け出した。


「イオリーーーっ!!!」


「エメラ!ラセスタ!ふたりとも、無事だっただにね!!また会えて嬉しいだによ〜!」


黄金色の毛玉に満面の笑顔で抱きつく二人に呆気にとられる。近くで笑みを浮かべるピエロン田中も含め、彼らはどうやら知り合いであったらしい。


「話は聞いてるだに。みんなで力を合わせて、必ずトランを取り戻すだによ」


柔らかな表情でそう告げる怪獣族ーーーイオリのひどく訛った言葉に、二人が目を見開く。


「え!?」

「それってどういう……?」


「あれ?ピエロン、まだ話してないんだにか?」


「あぁ、運の悪ィことに帝国の襲撃に出くわしてな。まだ話せてねぇんだ」


ピエロン田中が頭を掻きながら言うと、イオリは納得したように頷いて二人の肩を叩いた。


「そうだっただにか。まぁいいだに。詳しい話はおらたちの村に向かいながらにするだによ」




「ね、ねぇ!ちょっとどう言うことなのよ!早く私たちにも説明をーーー!」

「トランは?トランは無事なの!?」


草に覆われた道なき道を歩きながら、鼻息荒くピエロン田中に詰め寄るエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。


「落ち着け。いいか、まだなにもかも仮定の話だってのを忘れんなよ」


ふたりのあまりの剣幕にそう前置きして、自称宇宙大魔王は咳払いをする。


「前に話した通り、正の意思の分身ってのは三つ集まれば宇宙を創り替えるだけの力を持っている。そして今、そのほとんど全てがラスタ・オンブラーの手にあるんだ。なのにヤツは未だに地道な帝国ゴッコをしてやがる。不思議な話じゃねぇか。確かに星のかけらの片割れこそないが、それでも持ち主が望むのなら、それ相応の力は手に入る筈だってのによ」


そこまでひと息に言って、ピエロン田中が鼻を鳴らした。


「はっ、答えは簡単だーーーラスタ・オンブラーは心星の光に選ばれてねぇからだよ。ヤツはあくまでトランの身体を乗っ取ったに過ぎねぇってこった」


「選ばれる?」


「そうだ。正の意思の分身ってのはな、奪い取るようなもんじゃねぇんだよ。それら自身が持ち主を選び、そうして人から人に受け継がれていくもんなんだ」


なぜか自慢げにそう話す鎧男に対して、エメラ・ルリアンが不安そうに訊ねる。


「でも、それだけじゃトランが生きてるかどうかなんて……」


ーーー確かにその通りだ。正の意思とやらが持ち主を選ぼうが選ぶまいが、それがトラン・アストラの生存を示す証拠になるわけではない。

しかしピエロン田中は皆まで言うなと手で制し、食い気味に切り出した。


「考えられる可能性は二つーーー光が既に次の持ち主を探して旅立っちまったか、それともラスタ・オンブラーの侵食に抗いながら未だにトランの心を守り続けているか、だ。……俺様は後者に賭けてみることにした」


「どうして?」


至極真っ当な"ラセスタ"のその問いに、ピエロン田中が突然挙動不審になる。


「ふんっ、俺様はただ、少しでも勝てる可能性の高い方をだなーーー」


目に見えて動揺し、狼狽る自称宇宙大魔王に追い討ちをかけたのはイオリだった。


「ピエロン、相変わらず素直じゃないだにねぇ。『どうせやるなら友達を助けられる方を選びたい』って言ってたじゃないだにか」


「だぁああ!イオリ、そういうことは言わなくていいんだよっ!」


そのやり取りに僅かに場の空気が緩むがーーーエメラ・ルリアンは俯いたまま、心許なげな様子でーーー。


「……もし、もしトランがまだアイツの中で生きてるとして、どうやって引き離すの?」


「ふっふっふ……その為の切り札はな、もうお前たちに渡してあるんだよ!悪しき繋がりを断ち、人と人とを結ぶ為のーーー歓びの剣をな!!」


満面の笑みで、待ってましたと言わんばかりに言い放つピエロン田中。その視線がーーー続けてその場の全員の視線がーーー俺に移る。


高まる期待。

が、当然俺がそれに応えられる筈もなくーーー間が悪いような心持ちで、恐る恐る、歓びの剣の在り処を白状した。


「ーーー……!?」


一瞬の沈黙の後、ピエロン田中の素っ頓狂な絶叫が木々を揺らして響き渡る。


「ーーーな!な、な、なななななァ!?なにぃいいいい!!?歓びの剣を置いてきただとぉおおおお!?」


驚きに目を見張り、真底から呆れたように口を半ば開いたまま、自称宇宙大魔王は身体をわなわなと震わせて詰め寄った。


「お前!お前……あれがどんだけ大切なもんだと……それもよりによってヤツらの本拠地に……!?」


「で、でもあの時は仕方なかったっていうか、ユミトにも色々あって……」


「うるせぇ!そんなことはどーでもいいんだよ!俺様の立てた計画が台無しになりかけてんだぞ!」


一応のフォローを入れる"ラセスタ"に八つ当たりし、ピエロン田中が鎧頭を抱える。


「ぐぬぬぬ……!!仕方ねぇ、なんとかして計画を練り直すか……イオリ、あと頼むぞ!」


そう言うや否や、ピエロン田中は木々をかき分け道無き道へと走り去っていった。


「さ、さぁ、目的地はもうすぐだに。みんな行くだによ」


一気に静まり返った場の空気をなんとか取り繕い、残された俺たちを先導するイオリ。

その背中の向かう先、やがて鬱蒼とした木々の向こうに広大な空間が拓けた。


「ようこそ、おらたちの星へ!」


それは余りにも異様な光景だった。

まるで隕石でも落ちたかのように地面を抉る超巨大なクレーターと、すり鉢状のその底に連なる幾棟ものバラック小屋。そしてそこにずらりと配置された百を超える戦艦や戦闘機の数々ーーーかつて宇宙正義が使用していたものだーーー、しかし俺はそうした眼下の景色そのものよりも、むしろその彼方此方に紛れた見覚えのある人たちの姿に驚きを隠せずにいた。


本部コロニーや各支部で幾度となく見た彼らの背中。くたびれた作業着で兵器類の間を小忙しく駆け巡り、あの頃と同じように整備に勤しんでいるーーー。


ーーーあれは……宇宙正義の整備士たちだ……!生き残っていたのか……!!


二ヶ月前のあの事件やそれに連なる帝国の襲撃で整備部隊は全滅してしまったものだと思っていたがーーー無事だった面子もいたのだ。

その様子に安堵の念が湧き上がる。


「ほら、みんな降りるだによ」


クレーターの縁、舗装された階段を先立って降りて行くイオリ。その後ろをエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が続く。


「ねぇ、これってもしかして……」


「そうだに。あの時のーーード・ミナントの跡地だによ!懐かしいだにか?」


クレーターの底に立ち、バラック小屋ーーーよく見ると格納庫の体をなしているーーーへと近づくと、何人もの怪獣族たちがひょっこりと顔を出してこちらに手を振っていた。


「あ、エメラとラセスタだに!」

「ひさしぶりだにー!元気してただにか?」

「そっちの方ははじめましてだにね?」


「あぁ、この人はユミト。私たちの……友達よ」


ーーー友達、ね。


最大限に配慮されたエメラ・ルリアンの言葉に心の中で苦笑いしつつ、彼らをまじまじと観察する。

赤い毛並みの者、一本角が特徴的な者、体つきの逞しい者から女子供まで……誰も彼もが温和な笑みを浮かべ、心から俺たちを歓迎してくれているように見えた。

その表情には一片の悪意も見受けられず、あまつさえ整備士たちと共に汗水流して懸命に兵器類のメンテナンスを手伝っている者も大勢いるーーーやはりこれまで常識とされてきた"危険生物基本法"もまた、宇宙正義にとって都合の良いものでしかなかったのだろうーーー俺はそれを改めて思い知った。


と、いつの間にかすぐ隣でイオリが俺を見下ろしているのに気づく。黄金色の体毛の中に煌めく翡翠色の瞳、その柔らかく温かな眼差しを受けーーー俺は思わず心の声をそのまま口に出していた。


「お前たちは憎くないのか。宇宙正義(俺たち)が」


一瞬、目を閉じて、それから静かに、言葉を選ぶようにしてイオリが答える。


「……そりゃあ、おらたち怪獣族はもう長いこと酷い目に遭わされてきただにからね。許せない気持ちは勿論あるだに」


だったら尚更ーーーと言いかけた俺を遮って、それでも、とイオリが微笑んだ。


「おらたちはただ、自分が正しいと思うことをしていたいだけだによ」


思いがけない言葉に立ち止まり、黄金色の背中を呆然と見つめる。


ーーー自分が正しいと思う事を……。


聞くところによると、この星に暮らす怪獣たちはかつてピエロン田中やトラン・アストラたちに命を助けられたらしい。

しかしーーーいくら恩があるからとは言え数万年にも及ぶ迫害の歴史を棚上げし、剰え加害者である宇宙正義(俺たち)に力を貸すことができるものだろうか。


とてもじゃないが理解し難いーーーいくらなんでもお人好しが過ぎるではないか。


以前であれば間違いなくなにか裏があると疑っていただろう。だが今、なぜかそれを当然のように受け入れ、尚且つ彼らに対して感謝の念すら覚えている自分に気づく。


ーーーエメラ・ルリアンたちと共に過ごすうちに、どうやら俺も随分と丸くなってしまったようだ。


自嘲気味に苦笑いを浮かべるも、不思議と嫌な気分ではない。むしろどこか晴れやかでさえある。

それは丁度、俺の真上で澄み渡るこの惑星の空によく似ていた。


軽く息を吐き出して、イオリの背中からその周囲を見回す。


バラック小屋の周囲にずらりと並ぶ戦艦と、慌ただしく駆け巡る整備士たち。怪獣たちもそのサポートに入り、いつの間にか"ラセスタ"やイオリまでが加わっていた。


ここにいる誰もが帝国を討ち倒す為にーーートラン・アストラを助け出す為に必死で動いている。

その光景に俺は胸の中に微かな希望が芽生えるのを感じていた。


ーーーしかし……。


ふと、前方に並ぶ戦闘機たちをーーー宇宙正義が使っていた最新鋭のものだけでなく、どこぞの惑星産のものやもはや骨董品レベルの旧式まで揃っている辺り、宇宙中から動くものをかき集めてきたのだろうーーー改めて見遣り、黙考する。


ーーー戦いは数だ、などと言うつもりはないが、それにしてもこれだけではーーー。


「『ーーー些か戦力不足ではないか』、なんて考えてるんじゃないだろうね、ユミト」


聴き慣れた声に弾かれたように振り向く。


「俺たちじゃあ、力不足かい?」


「エルピス……!」


俺の背後、七色に立ち昇る光の柱から姿を現すエルピス・ターラー。次いで隊長をはじめとする特務隊の面々も軽やかに大地に降り立った。


「や、久しぶりッスね」

「元気そうで何よりだ」


親しげに笑いかけるコハブ・ホークーとアス=テルを押し除け、口を真一文字に結んだ険しい顔でゆっくりと俺に歩み寄る隊長と副隊長。


「……ユミト」


重苦しい空気が流れるーーー当然だ。銀河帝国の襲来によって一旦は棚上げされていたものの、それでも俺が彼らを裏切ったことは揺るぎない事実なのだから。

一度は決別した相手である以上、ケジメが必要なのだろうーーーだがそんな俺の思惑とは裏腹に、隊長は表情を和らげて荒っぽく、それでも優しく、その大きな両手で俺の肩を叩いた。


「お前とまた共に戦えることを、嬉しく思う」


「頼りにしてるわよ、ユミト」


隣に立つオド・ナジュム副隊長も柔らかな笑顔でそう続ける。

思わぬ言葉に不意を突かれるかたちとなり、緊張の糸と共に涙腺が緩んでーーー万感の思いで俺は深く頭を下げた。


「ピエロン田中から連絡を貰ったんだ。『準備ができた、反撃だ』ってね」


俺の尻を軽く叩いてエルピスが笑う。


「でも肝心なその本人がいないみたいだけど」


周囲を見遣る副隊長。と、少し先から声が届く。


「あら、魔王様をお探しで?」


訛りのない共通語を話す怪獣族のひとりが、朗らかな笑顔で手招きしていた。


「魔王様ならこちらにいらしますわ〜。食事の時間ですの。皆さんもご一緒にいかがです?」


そのあまりにも緊張感のない雰囲気につられ、俺たちも思わず口元を緩ませる。


「腹が減ってはなんとやら、だ。お言葉に甘えさせてもらおう」


女性と思しきその怪獣の待つ暖簾を連れ立ってくぐると、そこにはいくつものテーブルとそれを囲む怪獣や整備士たちの姿があった。

真剣に設計図を見返している者、談笑しながら水を呷る者、夢中で食事をかっ込む者……視界の彼方此方にごく当たり前の幸せが広がっている。


「あらあらこれは特務隊の!ご無事で何よりですわあ!」

「さあさあこっちだによ!」

「お帰りなさいですわー!」

「みんなでごはんだにー!」


入るや否や熱烈な歓迎を受け、あれよあれよと部屋の中央へと誘われる。

すこしばかりの気恥ずかしさを覚えつつも質素な、それでも目一杯に食事が並ぶ卓に案内されーーーと、腹ごしらえをするより早く、俺たちに声が掛けられた。


「役者は揃ったみてぇだな」


ガシャガシャとした鎧の音を響かせながら、小太りの男がーーーピエロン田中がこちらに歩いて来る。

エメラ・ルリアンと"ラセスタ"、イオリもそのすぐ後ろから続き、俺たちと同じテーブルについた。


「さて、と……んじゃあ、作戦の概要を説明するぞ」


俺たち特務隊、イオリ、エメラ・ルリアン、"ラセスタ"の順に視線を向け、ピエロン田中が兜から覗く口元を不敵に吊り上げた。


トラン(あいつ)をーーーこの宇宙を取り戻す為のな」






昏く蒼い空に幾千の星が瞬き、柔らかな風が頬を撫でて通り過ぎていく。


ここは怪獣族の集落から少し離れ、森を抜けた先にあるなだらかな草原。

その夜、俺はそこで明日の正午決行予定の"トラン奪還作戦"について思いを巡らせていた。



『ーーーねぇ、もし私の飛行船が壊されてたらどうするの?』

『……確かに。あれから二ヶ月だ。廃棄されている可能性は充分にある』

『あぁ、そこは大丈夫だ。2日前、本部コロニーに帰投途中の機兵獣どもにこの自立型小型カメラ"野々村さん"を幾つか仕掛けといた。そいつらから送信されてきたこの画像を見るとーーーほれ、端っこにちゃんとエメラの飛行船が映ってんだろ?まぁ飛べる状態じゃあねぇだろうがな』

『だからおらも着いていくんだによ。おらとラセスタがいれば、飛行船を直すのはそんなに難しくないだにからね!』

『じゃあ、もしもその歓びの剣ってのが失くなってたら?』

『その時はーーープランBでいくさ』




……作戦の成功率が極めて低く、その大半を運に頼らざるを得ないのは間違いなく俺のせいだ。


この作戦に宇宙の命運が懸かっていると言うのに、俺はーーー。


「こんなとこでなにしてんの、ユミト」


不意に掛けられた声に振り向くと、そこにはエメラ・ルリアンの姿があった。黄色の膝丈ワンピースの上から淡い緑のカーディガンを羽織ったその姿は、華奢な身体と相まってどこか儚げでーーーしかし口を開けばいつも通りのお転婆な、年相応の少女のままだった。


「まさかとは思うけど、緊張して眠れないとか?」


冗談めいて茶化すエメラ・ルリアンだが、それが彼女なりの精一杯の強がりだと俺にはもう分かっていた。


「……あぁ。まぁそんなとこだ」


ぶっきらぼうを装ってそう告げた俺の横に腰掛け、遠慮がちに笑う。


「私も」


星空の下に流れる水を打ったような沈黙。

いまこの時、宇宙に俺たちは二人きりだった。


「……悪いな、俺のせいで」


「え?」


今更取り返しはつかないことだがーーーそれでも言わずにはいられなかった。エメラ・ルリアンの顔をまともに見られないまま、俺は声を振り絞る。


「俺が歓びの剣を置いてこなければ、作戦はもう少し確実なものになっていたはずだ。いや、そもそも俺がお前たちを本部コロニーへ連行しなけれはーーー」


しかし彼女から返ってきた言葉は意外なものでーーー「なによ、そんなこと」。


思わず目を見開いた俺に、呆れ返った様子でエメラ・ルリアンが笑う。


「さっきもだったけど、あんたって意外に繊細なのね?今更過ぎたこと言ったって仕方ないじゃない。大切なのは、まだトランを助けられるチャンスがあるってことなんだから。私たちはその為に頑張るだけよ」


そこまで言うと少女は栗色の髪を揺らして俺の背中をバシッと叩いた。


「もう、シャンとしなさいよ。あんたがそんなんでどうすんの」


ね?と言って小首を傾げ、純真無垢なその瞳で俺を覗き込む。


「明日、頑張りましょ。みんなで」


「……!」


ーーーその時、あまりにも唐突に、ごく自然にーーーまるでさも当たり前のことであるかのように、俺は気づいたのだ。


彼らの言う"家族"の本当の意味に。


そう、今ならはっきりと言い切れる。

それこそがきっと、この宇宙に燦然と輝く"力よりも大切なもの"なのだとーーー。


「……そうか……そうだな」


隣に座るエメラ・ルリアンの目を見返して、俺はふっと表情を緩めた。


「ありがとな、()()()


思わず零れた俺の心からの言葉に、失礼にも思い切り吹き出す目の前の少女。


「え、な、なによ、どうしたの?やっぱり今日のあんたちょっとおかしいわよ?」


驚きを隠し切れない様子で笑うエメラ・ルリアン。

俺は照れ隠しに星空へと視線を逸らしーーー「あぁ、かもな」と返す。



ーーー明日、トラン・アストラを取り戻す。

宇宙の為でも正義の為でもなく、あいつが命を懸けて守ろうとした大切な"家族"の為に。

この俺が、必ず。



固い決意を胸に、俺たちは暫くの間、ただ静かに夜の静寂を見つめていた。








ーーー翌日、宇宙共通時刻にして正午。



「二ヶ月前、我々は敗けた。我々全員が。

皮肉にも敵は、この宇宙で最も強大にして最も苛烈な、我々自身の正義に他ならなかった。


戦う誇りを打ち砕かれた者もいるだろう。

大切な人を失い、心引き裂かれた者もいるだろう。


だが今日、我々はあの日の屈辱に終止符を打つ。

今こそ反撃の時だ。


今作戦は我々にとって最後にして最大の好機となるだろう。

死力を尽くし、己が任務を全うせよ。


我々は必ず勝たねばならない。

それこそが犠牲者たちに報い、永きに渡り宇宙正義われわれの重ねてきた罪を償う唯一の手段だ。


戦士たちよ、立ち上がれ!そして共に闘おう!!

都合で変わる正義の為でなく、この宇宙に生きる力なき全ての人の明日を守る為に!!」



スタラ・レールタ隊長の演説の後、程なくして作戦は決行された。


まず第一部隊である俺たちーーーエメラ・ルリアン、"ラセスタ"、イオリ、ピエロン田中、そして俺たち特務隊ーーーはテレポートバッヂを用い、宇宙正義本部浮遊島(スペースコロニー)の位相空間にあるというかつての研究施設へと足を踏み入れた。


床一面に乱雑に散らばった書類、不規則な明滅を繰り返す機器……薄明かりに照らされたそれらの中を慎重に進んでいく。


まさか本部コロニーにーーー正確には中央管理室であるらしいがーーーこんな位相空間が何万年もの間存在していたとは。

にわかには信じ難い話であり、実際にその場に訪れた今となっても素直に受け入れることができない。


どうやらそれは俺だけではないようで、特務隊の面々も驚きに目を丸くして仕切りに周りを見回していた。


「我々の本部に裏道があったとは……セキュリティの不備だな」

「ま、俺様もまたここに出入りできるようになったのはつい最近のことなんだがな」

「田中に感謝しなくちゃだにね」

「あぁ。あいつがここと惑星NJの座標を繋いでくれたおかげだ」





"本部浮遊島へいかにして侵入するか"ーーーそれが今作戦における最初の関門だった。

浮遊島内部の空間は半球状の人工空を隔てて周囲と断絶されている為、特定の座標へと飛ぶ空間転移(テレポート)の類いでは内部から脱出することはできても外部から侵入することはできない。

しかし出入り口は人工空に設置された"正義の境界"のみであり、正面から襲撃するにはあまりにも分が悪い。

難攻不落の要塞(正義)を前にあわや計画は頓挫するかに思われたが、ピエロン田中はまるで動じることなく、俺たちの疑念を鼻で笑ってのけた。

「あの時と一緒だ。位相を使うんだよ」

告げられたその言葉に身を乗り出すエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。

「ただし、今回は前みたく空間をぶち抜く必要はねぇがな」





ーーーなるほどな。あれはこういうことだったのか。


「ユミト、早く行くよ!」


ようやく納得した俺を余所に、一行は研究施設を通り過ぎてその先の通路へと向かう。


「信じられない……今の技術レベルを遥かに上回ってる……これが本当に大昔に……?」


オド・ナジュム副隊長が感嘆にも似た声を漏らすのも無理はない。

俺たちの眼前、通路の突き当たりに現れたのは淡く輝く青白い光の渦ーーー小型亜空間道(ワープゲート)だった。


かつて宇宙正義がーーーこれも恐らくは俺の知っている宇宙正義ではないのだろうがーーー開発、整備したとされる交通網、亜高速道。

出入り口の座標を結び空間を圧縮することで銀河と銀河を繋ぎ、数百光年の距離を迅速に航行することを可能としているーーーらしいのだが、ピエロン田中曰く、その原理を更に応用したのが今目の前にあるこの亜空間道(ワープゲート)なのだという。


「座標さえ分かれば位相間に穴を通すことはさほど難しくねぇんだ。ま、俺様は昔っから天才だったからな」


尤もそれは昔の話で、今となっちゃ位相間ネットワークもここしか残ってねぇんだがーーーと付け足す自称宇宙大魔王だが、俺にはもちろん全く理解できない話だ。

ただそれがとんでもないことであることだけはわかるーーーなにせ全てが最早再現すら不可能な失われた技術(オーバーテクノロジー)なのだから。


「……行こう。トランを助けに」


そう言って視線を交わし、躊躇うことなく光の渦に飛び込むエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。

二人を追って俺たちもその中へと突入するーーーと、不意に身体がまるで無限の伸縮性を得たかのように引き伸ばされーーー空間転移(テレポート)とはまた異なる不快な感覚に思わず顔を顰めた直後、唐突に地面に足が触れ、同時に俺の身体は元の形を取り戻した。


「……カルバリの地下、だにね」


まるで懐かしい場所に来たかのように、イオリがぽつりと呟く。


俺たちが辿り着いたのは朽ち果てた薄暗い通路だった。無機質な壁や彼方此方に落ちて砕けた照明器具を今し方通ってきた青白い光の渦が淡く照らしている。


「……あぁ。出口は塞がれてるがな」


数秒の後、唯一の光源を背に、ピエロン田中が足を止めて振り向いたーーー「んじゃあ、作戦の最終確認だ」



作戦は極めてシンプルだ。

まず第一部隊ーーーピエロン田中がテレポートバッヂを使って単独で中央管理室を急襲し、中枢管理電脳(クリシス)をーーー正確にはそれを乗っ取っているロゴスとかいう人工知能をーーー破壊する。


「本部コロニーの全システムを遮断、及び上空の"正義の境界"を無効化、半球状の隔たりを消滅させたところで正面から第二部隊が総力戦を仕掛けるって寸法だ。ここまではいいな?」


第二部隊は開拓惑星NJから特大テレポートバッヂを介して出撃する数百の航空部隊ーーーそれらを指揮するのは旧実働部隊隊長、セルタス・アドフロントだ。






「なァ頼む。俺にその部隊の指揮をさせてくれないか」

先の戦いで右眼と左脚を失いつつも、辛うじて脱出していたらしい彼が真剣な眼差しでそう願い出てきたのは昨夜のことだった。


二ヶ月前ーーーあの事件の日、本部に併設されたメディカルセンターにて変わり果てた部下たちに襲われ、這々の体で逃げることしかできなかったと語る彼の表情が、怒りや悔しさ、やりきれない思いで歪む。


「俺の部下たちはみんなバケモノに変えられちまった……でもな、あいつらはまだ生きてるんだ。俺は確かに聞いた。あいつらの声を。助けてくれ、隊長、見捨てないでくれ……って。身体はバケモノになっちまっても、心はまだ生きてんだよ。

なァ頼む。楽にしてやりてぇんだ。あいつらを、俺自身の手で。俺があいつらにしてやれることは、もうそれくらいしかねェんだよ……頼む」






抜群の統率力と臨機応変さを兼ね備えた彼の参戦は非常に心強い。断る理由などありはしなかった。


「……だがここでひとつ問題が生じるだろう。第一部隊(われわれ)の出撃から第二部隊の襲撃までに設けられた時間はきっちり15分。だが我々がここに来てから既に7分も経っている。本当に君一人で大丈夫なのか?」


「けっ、問題ねぇって何回も言ってんだろ。いいか、俺様はあと3分で出撃する。その5分後にさっきの研究室が爆発するよう仕掛けといたーーー同じ座標で繋がってる以上、位相空間を吹っ飛ばせば多少なりとも影響があるからなーーー俺様がどうなろうと、その爆発でこの浮遊島の制御は壊せるハズだ」


ピエロン田中が親指で背後の青白い光の渦を指差し言うーーー「爆発でコイツが消えたら、それが合図だ。渡したテレポートバッヂでこの上に向かえ。エメラの飛行船はすぐ近くにある」。


俺たちは第二部隊と帝国軍の激突の最中にカルバリへ潜入し、迅速にエメラ・ルリアンの飛行船を奪取、歓びの剣を確保する手筈となっていた。


「ラセスタ、お前は囮だ。お前の星のかけらがあれば、ラスタ・オンブラーは勝手に寄ってくるだろうぜ。もし歓びの剣がなかったらーーー」


ピエロン田中はそこで言葉を区切り、イオリに視線を移した。


「ーーーそん時はプランBだ。ラスタ・オンブラーのクソ野郎はあの剣の価値と必要性を十分に理解しているからな。奴の根城のどこかにあるはずだ」


イオリが力強く頷く。

それを見てふっと口元を緩ませ、宇宙大魔王は懐からテレポートバッヂを取り出した。


「……気をつけてね」


立ち昇る七色の光を前に、不意にエメラ・ルリアンが不安げな様子で声をかける。


「ななな、なんだぁ?!気持ち悪りぃ。俺様の心配なんざ、100万年はえぇんだよ」


言葉とは裏腹に照れているのを隠しきれないピエロン田中が、むず痒そうに兜の上から頭を掻いた。


「俺様は死なねぇ。まだこの宇宙を手に入れてねぇからな。……だがまぁ、気持ちは有り難く受け取ってやんよ。お前らこそ死ぬんじゃねぇぞ」


それから俺たちをーーー俺を真っ直ぐに見据え、ただ一言「頼むぜ」、とだけ告げると、ピエロン田中は溶けるように七色の光の中へと消えていった。



それからどれくらいの時間が過ぎただろう。

数分のようにも、永遠のようにも感じる静寂の中、俺たちはテレポートバッヂを手にその時を待ち続けた。


不安と緊張を隠しきれないエメラ・ルリアンや"ラセスタ"。二人を励ますイオリ。

隊長は仁王立ちで目を見開き、副隊長は胸元を右手で軽く押さえつけている。

落ち着かなさげに辺りを見回すコハブと、対照的に座禅を組んで精神統一しているらしいアス=テル。

エルピスはこの後の動きを脳内でシュミレートしているようで、眉間にシワを寄せたまま微動だにしない。


共に戦う仲間たちを見ながらーーー俺の頭の中では昨夜聞いた話が延々と木霊し続けていた。



『ーーー帝国と戦っているのはなにも我々だけじゃない。惑星U7や惑星GHをはじめとした軍事力を有する星々や、宇宙各地で反乱を起こしている虹の騎士団、それと()()()一部の銀河特定保護惑星からも帝国に抗う動きが出てきているーーー不思議なことにな』



ーーーこの宇宙で皆、未来を信じ、希望を求めて戦っている。

今ここにいる俺たちには、その想いに応える義務があるーーー今日、すべてを終わらせるのだ。


そう心に固く誓い、顔を上げたーーーその時、横殴りの衝撃と共にあっけなく静寂は終わりを告げ、代わりに轟々たる地響きと耳を劈く警告音(サイレン)、そして絶え間ない爆発音が輪唱さながらに連鎖する。


「皆、いくぞ!!」


青白い光の渦が途絶えるのを尻目に立ち上がり、隊長がーーー次いで俺たちもーーー手に握ったテレポートバッヂを起動、寸分の迷いもなく虹のゲートへと身を投げた。


ーーー待ってろ……トラン・アストラ!


粒子と化した身体が再び形を取り戻すや否や、俺たちは揃ってカルバリの大地を駆け出した。


ちらりと見上げた目に映るのは彼方から迫り来る艦隊群と、それらを迎え撃つべく飛び立った幾千もの機兵獣共ーーー双方から撃ち出される破滅の光が嵐のように飛び交い、瞬く間に人工空を塗り潰す。


砲弾のように四方八方に飛び散る無数の眩い輝きの欠片。それらは炎を上げながら空を切り裂いて俺たちの頭上に雨霰と降り注いだ。

その中には機兵獣の残骸だけではなく、つい先ほど開拓惑星NJから出撃した俺たちの仲間の機体もーーー俺は歯を食いしばり、ぐっと堪えて目を逸らした。


ーーー俺たちの使命を果たすんだ……!


全ての轟音が圧力となって熱波と共に押し寄せ、猛烈な地響きについ足を取られそうになる。


「止まるな!走り続けろ!!」


彼方此方で弾ける閃光と吹き荒ぶ爆風の中、両手で耳を塞ぎ、頭を下げて我武者羅に走るエメラ・ルリアンと"ラセスタ"に向けて殿を務める隊長が叫ぶ。


「……ッ!」

「おいマジかよ!?」

「隊長、マズいっス!前!前にーーー!」


切羽詰まった声に前方へと目を凝らすと、そこには大破したエメラ・ルリアンの飛行船とーーーそれを取り巻くように屯する無数のphaseEND(怪物たち)のーーーかつての仲間たちの姿がーーー!


「彼らは我々が引き受ける。ユミト、お前はエメラ・ルリアンたちを連れて飛行船へ向かえ!」


俺に命じるや否や、隊長は先頭へと躍り出てウェイクアップペンシルを構える。副隊長、コハブ、アス=テル、エルピスもまたそれに追従し、直後、火の雨が降り頻る戦場に朦々たる蒸気が噴き上がった。


『wake up,001 phase3』

『wake up,002 phase3』

『wake up,003 phase3』

『wake up,004 phase3』

『wake up,005 phase3』


戦闘用のそれへと変化した身体で、遥か先、暴れ回るかつての仲間たちに挑みかかる五つの影。


徒手空拳で複数の怪物を一度に相手取る隊長と、牽制技を駆使してそのサポートに徹する副隊長。

手にした槍のリーチ差を活かして立ち回るアス=テルの周りを、エルピスの撃ち出した切断技が飛び交う。


「道を開けるっスよぉ!!」


疾走する俺たちの前に迫る怪物たちの動きが鈍り、瞬時に硬直するーーーコハブの念動力によって飛行船までの道のりが拓けたーーー今だ!!


俺がエメラ・ルリアンを、イオリが"ラセスタ"を抱え、ひと息に戦場を駆け抜ける。 

やがて目指す飛行船が前方に姿を現しーーー。


「これは……ひどい有様だにね……」


息を切らしながら呟いたイオリのその言葉が全てを物語るーーーエメラ・ルリアンの飛行船は大破していた。


機体はズタズタに引き裂かれ、翼は粉々、挙げ句の果てに真っ二つにへし折られているときている。

ようやく辿り着いたというのにこれでは飛ぶ事もできないだろうーーーしかし。


「大丈夫、動力部がまだ生きてる!」


「復旧はさほど難しくなさそうだによ!」


勢いづくままに飛行船へーーーそのまま動力部へと突入したイオリと"ラセスタ"が嬉しそうに声を上げる。


「でもこんなに壊れちゃってーーー」


「そっちも大丈夫!これがあるからね!」


そう言って"ラセスタ"が物陰から取り出したのはなにやら細いノズルの付いた肩がけ式のタンクらしき機械だった。


「軍事用の形状再現ナノマシン噴霧器だにか!?」


「そんなものいつの間に……?」


「ヌブラードさんに貰ったんだ。壊れてなくてよかった……この船のデータも入れてあるから、これですぐ元通りになるよ!」


自慢げな"ラセスタ"がエメラ・ルリアンに噴霧器を手渡すのを尻目に、俺はひとり飛行船の最奥、少し前に自室として使っていた部屋へとーーー歓びの剣の元へと急ぐ。


疾風怒濤、半壊し、天井から火花を散らす狭い通路を抜けた先に、果たして目的の物はありはしなかった。


ーーー……ッ!!


忸怩たる思いで唇を噛み、通信機を作動させる。


「……歓びの剣は……ない」


「じゃあプランBね」

「動力部の修理、終わっただによ!」

「あと十分くらいで飛べるようになると思う!」


即座に返ってきた彼らの言葉に僅かに救われるような気持ちでーーー俺は踵を返して再び走り出した。


「……分かった。俺は外で時間を稼ぐ!」


飛行船を飛び出すと同時にウェイクアップペンシルを起動し、己の身体に力を纏う。


『A wakeningーーーphase UNLIMITED』


吹き荒ぶ蒸気を切り払って跳躍。紫電の光を曳きながら、そのまま仲間たちの戦う場へと殴り込んだ。


「シャオラァッ!!」


それをいち早く察知して振り仰いだ怪物、その頭部から生える白熱化した一本角と、エネルギーを込めた俺の拳とが激しくぶつかり合う。


「ダァアアラアッ!!!」


迸る衝撃。一瞬の均衡の後、振り抜いた拳が極大の角を木っ端微塵に打ち砕いた。


奇声を上げて仰け反るその巨躯に強烈な蹴りを見舞い、素早く身を翻して乱戦へと加わる。


「ユミト!」


「悪い、プランBに変更だ。……行くぜ!」


唇を親指で撫ぜ、眼前に迫る銀影に素早く接敵、自らに宿した新たな力で殴りかかると同時にその拳に青白いエネルギーを集中させた。


「ハァアアッ!!」


気迫と共に撃ち出した光の塊が握り拳の形を成して銀に煌めく怪物たちを撃ち貫く。


ウェイクアップシステムがいかに強靭な生命力、回復力を有していてもーーー俺たちがそうであるようにーーー決して死なない訳ではない。


phase ENDの怪物たちは俺の放つ莫大なエネルギーに肉体を灼き尽くされ、やがては再生が追いつかなくなり黒い塵と化していった。

耳に木霊する断末魔の叫び。

まだ人の面影を残す苦悶に満ちたその顔が、死の間際、僅かに安らいだーーーように見えたのは、いくらなんでも都合が良すぎるだろうか。


爆風に乗って四散する彼らの亡骸から無理やりに視線を引き剥がし、新たな敵へと挑む。


「ここから先は‥…一歩も通さねぇ!!」




視界の端に薙刀と剣を其々に構えて乱舞するふたりのアス=テルが映るーーーコハブの念動力(サイキック)による分身だ。


その向こうでは副隊長とエルピスが光線技を雨霰と降らして格闘戦を演じる隊長を援護している。


圧倒的戦力差にも関わらず、現状、戦局はこちらに有利に動いていた。


しかしphase ENDの怪物たちを一撃で仕留めることはやはり容易くはなく、彼らは幾度となく立ち上がっては怒り狂ったように吼え猛る。


あと残り数分で修理が済む保証もない中、いかに足止めと言えど、このままの調子で戦い続けるのは不可能であることは火を見るより明らかだった。


放たれた光線を切り払った俺の頬に、ひやりとした焦りが伝うーーーと、その時。


「必殺ッ、パァアアアアンチッ!!!」


不意に危険を感じ飛び退いた瞬間、凄まじい速度で突っ込んできた"何か"が、今し方まで俺のいたその場所に大きな穴を穿つ。


「ーーーッ!?」


「なんだいなんだい、随分と楽しそうじゃあないか!僕も混ぜてくれよォ!!」


空気すら震わす振動と朦々たる土煙の中、狂気に満ちた笑顔を浮かべた筋骨隆々の男ーーーマセラス・K・クレイが高揚し切った様子で叫ぶ。


「……相変わらずうるせぇ野郎だ」


吐き棄てるように呟いたその向こう、仁王立ちする筋肉達磨の背後から迫り来る数百ものーーー恐らくは奴と同じように宇宙牢獄から解き放たれた賊どものーーー姿を見遣り、舌打ちの後、低く身構えて駆け出した。


「さァ祭りだァああああ!!いっくよォおおお!!!」


先陣を切るマセラス・K・クレイが空高く跳び上がる。


「必殺、キィイイーーー!」


しかしそれよりも疾く、俺は奴目掛けて猛烈な勢いで突撃していた。


「お前と遊んでる暇はねぇんだよ!!!」


空中で素早く身を翻し、逆立ちの体勢でーーーまるで足踏みをするかのようにーーー標的の胴体に連続した両脚蹴りを見舞う。


「アバババッ、バァーーーッ!!!」


悲鳴をあげて地面へと堕ちる敵を追って急降下、笑顔を浮かべ尚も立ち上がろうとするマセラス・K・クレイの顔面に、目一杯のエネルギーを込めた拳を叩き込んだ。


荒野を削って吹き飛び動かなくなるマセラス・K・クレイを余所に、俺は鋭い回し蹴りで猛然と背後に迫るphase ENDの怪物を迎え撃つ。


賊どもの参戦により、今やカルバリの地は三つ巴の混戦状態と化していた。


phase ENDの怪物たちは敵と味方の区別すらついていないらしく、猛々しい雄叫びをあげながら手当たり次第に暴れまわる。


ーーーキリがねぇ……!


共食いを始めた怪物たちの首を手刀で刎ね、間断なく武器を構えた賊を殴り飛ばすーーーその時、地獄のような乱戦を潜り抜け、俺たちの通信機に連絡が届いた。


「おまたせしただに!」

「飛行船、修理終わったよ!!」


喜色の表れたその声に思わず口元が緩む。


ーーー大した奴らだな、本当に……!


あとは次から次へと押し寄せるphase ENDの銀影や賊どもの軍勢を捌きつつ飛行船へ向かうだけだーーーそれが容易かどうかは別の話だが。


「やむを得ん……コハブ!」

「エネルギーは温存しときたかったっスけど、やるしかなさそうっスね!」


隊長とコハブが身構えるーーー恐らく念動力でひと纏めにして火力で一掃するつもりなのだろうーーーと、不意に通信に割り込んでくる声に動きが止まる。


「お困りのようだなァ、スタラ。……同期のよしみだ。ここは俺に任せな」


「セルタス……?!」


殆ど同時に空から降り注ぐミサイルーーーこの作戦の為にピエロン田中が開発、各戦闘機に配備した対自立型多能性万能機械細胞用兵器"超振動掘削破砕弾(ヒメヤサン)だーーーが、phase ENDの怪物の身体を次々に穿ち抜いていく。


「俺が合図したら空へ跳べ。いいか、3ーーー」


空の彼方から迫る火の玉。それが墜落しつつあるセルタス・アドフロントの戦闘機であることに気付いた時、俺達は彼の意図と覚悟を悟った。


「お前まさかーーー待てセルタス!」


「2ィーーー!」


カルバリの地が朱く照らされ、熱波が押し寄せる。賊どもが、phase ENDの怪物たちが、突然の襲撃に動きを止めて振り仰いだーーー。


「1ーーーッ!!」


通信機から機械音声と気迫の籠もった叫びが轟く。


ーーーーFLASH PRISM-CONVERTER-LIGHTーーーー


「今だァア行けぇええッ!!!」


「ーーーッ!!総員退避!!」


俺たち六人が咄嗟に上空へと跳んだ瞬間、燃え盛る火球が乱戦の最中に炸裂し、辺り一帯を巻き込んで爆発四散したーーー直後、その熱焔の中から爆炎を切り裂いて拡散する幾本もの光の筋。


長大な射程を誇る殺戮の線流ーーー全機に搭載されたメモリクレイスによる簡易型光線砲"フラッシュプリズム・コンバーター・ライト"を暴発させたのかーーーの乱舞により、爆心地付近の全てが消し炭と化し、業火へと包まれていく。


「セルタス……!」

「スタラ隊長!……今は、先へ進まなければ」


そう強く諭す副隊長の視線の先には、完璧に修復され、吹き荒ぶ光の嵐を掻い潜りながらこちらに向かうエメラ・ルリアンの飛行船がーーーと、不意にその扉が開き、俺たちの通信機に切羽詰まった声が響いた。


「乗って!早く!!」


宙を蹴り付け、俺たちが雪崩れるように乗り込むや否や、全速前進で飛び立つ飛行船。

猛烈な加速に半ば這い蹲る形となる俺たちを余所に、飛行船は戦地の空を巧みに駆け抜ける。


敵味方入り乱れ無秩序に行き交う光線の弾幕も、進路を遮る機兵獣やmoratorium-idも、その進撃の前には全てがまるで意味を成さなかった。電光石火、全てを流れるように抜き去り追い越してーーー刹那、エメラ・ルリアンが鋭く息を呑み、飛行船が突如として大きく傾いた。


「ーーーッ!!」


なにが起きたのかを理解するより早く、再度凄まじい勢いで機体が回転し、殆ど同時に無数の黒い光球が視界を掠めて通り過ぎていく。


「……あいつが……あいつが来る!」


上擦った声でラセスタが叫ぶ。その胸元で激しく明滅する星のかけらを見遣り、俺はようやく気づいたーーーラスタ・オンブラーが俺たちを狙い撃っているのだと。


直接襲いに来ないのは戯れか、それとも余裕の表れか……なににしてもここで止められる訳にはいかない。


「マズいっス!このままじゃあ……!」

「撃ち落とされるッ!!」


焦りを隠しきれない皆の言葉を鼻で笑い飛ばしたのは、他でもないエメラ・ルリアンだった。


「落とせるもんなら……やってみなさいよっ!!」


瞬間、垂直に程近い急上昇でひと息に加速し、その勢いを保ちながら機兵獣の軍勢へと切り込む機体。大小様々な青銅の怪物の間を縫うように飛び回り、ギリギリのところで激突を回避しながら更に速度を増す。


「なんて無茶な運転だにぃいい……!!」


壁に掴まりながらなんとか耐えているイオリと、その巨体にしがみつく"ラセスタ"は顔面蒼白だ。


お構いなしで次々と迫り来る黒い光弾の連射を、機兵獣を盾にすることで難なくやり過ごす。


「しつこいわね……!」


後ろをちらりと確認したエメラ・ルリアンの言葉で、俺はようやく背後より飛行船を猛然と追尾する光弾の存在に気づくーーー「これでもくらえっ!!」


ーーーーARMーーーー


メモリクレイスを挿し込んだことを示す機械音が鳴り響いた直後、爆風が船体を大きく揺らし、窓の外を粉々に砕け散った機械の腕とmoratorium-idの残骸が舞うように流れ過ぎていく。

船体から"生えた"二対の機械の腕(アーム)が前方のmoratorium-idを引っ掴み、振り回すがまま追尾弾にぶつけたのだーーーそう理解できたのは次の障害が目の前に現れてからのことだった。


「くそっ、今度はホシクイの群れかよ!!」

「うっさい!あんなのなんてことないわよ!」


ーーーーCUTTERーーーー


エメラ・ルリアンが勢いよく操縦桿を右へ倒すと、それに伴い飛行船もその方向へと大きく傾きーーーやがてさながらドリルのように高速回転しながら、行く手を阻む漆黒の大群を突破する。


「ーーー見えたっ!!」


切り刻まれたホシクイどもを越え、視界が明瞭となったその瞬間、前方、黒煙と陽炎の彼方に聳え立つ宇宙正義本部に向かってエメラ・ルリアンが叫んだ。


「フラッシュプリズム・コンバーター!いっけぇええええっ!!!」


迸る光が辺り一帯を眩く照らす。

飛行船より撃ち出された凄まじいエネルギーの奔流は射線上の全てを消し飛ばし、一直線に宇宙正義本部へと突き刺さるーーー寸前、突如として湧き出した黒い霧の壁がそれを受け止め、難なく四方へと弾き飛ばした。


「ラスタ・オンブラー……!」

「奴はあそこか」


本部7階辺りの壁面にぽっかり口を開けた大きな孔穴、その奥に仁王立ちする人影を視認し、憎しみを込めて睨みつける。


「上昇しろエメラ!……いいか、俺たちがアイツを引き受ける。お前らはその間に上階から歓びの剣を探すんだ」


「……わかった。気をつけなさいよ」


「あぁ、お前らもな」


視線を向けると隊長が、続いて特務隊の仲間たちも俺に頷きを返す。


ーーー決まりだ。


迫る光弾を躱し、本部を掠めるようにして急上昇する飛行船。その後方の扉が勢いよく開きーーーそこから俺たち6人は躊躇うことなく飛び出した。


飛行船を追って次々と撃ち出される黒い霧の塊を弾きながら降下し、宙を蹴りつけさながら6つの弾丸の如く壁面の穿孔へと突入する。


かつては純白に煌めく大広間であったその場所は、今や見る影もないほどに変わり果てていた。

仰々しい装飾と無数のモニターに彩られた玉座の前ーーーその中央で不適に佇む奴の姿を見たとき、俺は叫ばずにはいられなかった。


「ラスタ・オンブラァアアアッ!!」


電光石火、急襲する流星たち。

しかしラスタ・オンブラーはまるで動じることなく先陣を切った俺とアス=テルを軽く往なし、続くエルピスの光刃や副隊長の楔形光線を片手で易々と受け止めると、背中から黒い霧を自在に伸縮させて隊長とコハブをまとめて薙ぎ払う。


「ぐっ!!」


素早く反転して体勢を立て直し、辛くも着地した俺たち6人に対し、奴が余裕そのものの態度でゆっくりと振り向いた。


「……しつこい奴らだ」


青と白の幾何学模様の走る昏く淀んだ身体、果てしない虚無の拡がる瞳ーーートラン・アストラでありながら全く異なるその姿が、マントのように羽織った無明の闇を翻して憎々しげに吐き棄てる。


「お前らに用はない。俺が求めるのは唯ひとつ……星のかけらだけだ」


「行かせはせん。貴様の相手は我々だ」


奴はちらりと上をーーーエメラ・ルリアンたちがいるであろう方向をーーー見遣った後、一斉に身構えた俺たちへと視線を移して邪悪な笑みを浮かべた。


「ありもしない正義に縋る愚かな雑魚どもが……どうやらどうしても死にたいらしいな。全員まとめて今度こそ地獄に叩き落としてやる」


奴の背後で黒い霧(マント)が逆立ち、無数に分裂、まるで触手のように不気味に蠢く。


星のかけら(最後のピース)を探すのはその後のお楽しみだーーー来な」


直後、まるで意思を持ったかの如く縦横無尽に伸びる黒い霧の"腕"。俺たち6人は間一髪でそれを躱し空中へと跳び上がる。


「総員に告ぐ!!これより我ら特務隊は、各々の信念に基づきーーー」


隊長が言い終えるより速く、俺たちは宙を蹴りつけ駆け出していた。


「ーーートラン・アストラを奪還するッ!!」


「了解ッ!!」


真っ先に突撃し、手にした光剣で触腕を切り払うアス=テル。その周囲を十字に重ねた刃(サーキュラーギロチン)が乱舞して援護する。


「ハァアアッ!」


コハブの念動力(サイキック)で僅かに硬直した"腕"を踏み台に、すかさず隊長と副隊長がラスタ・オンブラーへと飛び掛かった。


「ヤァアアア!!!」


拳に炎を纏わせた副隊長の連撃をいとも容易く往なし、黒い剣と化した右腕を巧みに振るって隊長を牽制するラスタ・オンブラー。その頭上から俺が飛び蹴りを見舞うべく急降下するーーーしかし奴に届く寸前、エネルギーを込めた渾身の一撃は不可視の障壁(バリア)に防がれてしまう。


「ッ!!」


体勢を立て直すべく素早く退がり、隊長が叫ぶ。


「怯むな!同時にいくぞ!」


その言葉を合図に俺たちは一斉に動いたーーー拳型の青白いエネルギー波、縦に伸びる刃(バーチカルギロチン)楔形の光線(ウェッジショット)、投擲された光の槍、必殺(オーバーレイ・)光線(マキシマム)ーーー念動力でひとつに纏められたその破滅の光流は唸りを上げ、空間を歪める程の衝撃と共にラスタ・オンブラーへと突き刺さったーーーかに思われた。


「ッ!?」


俺は目の前の現象に目を疑ったーーーラスタ・オンブラーが静かに、まるで動じることなく翳した手、その指先で、俺たちの合体光線の軌道は流動する液体であるかのように湾曲し、その勢いと破壊力を保ったまま俺たちの視界を眩く染め上げたのだーーー。


「ぐぁあああっ!!」


一瞬の後、撃ち返された膨大なエネルギーを全身で浴び、巻き起こった凄まじい爆炎と衝撃になす術もなく吹き飛ばされる。


「何度挑もうが、俺には絶対に勝てない」


生体鎧をも灼くその熱に藻搔き苦しむ俺たちを見下ろし、ラスタ・オンブラーがほくそ笑む。


トラン・アストラ(この器)を取り返しに来たらしいが、それも無駄に終わる。お前らが探してるのは……これだろ?」


そう言って奴が手にしたものを無造作に放り投げた。銀に煌めくそれが軽い音を立てて目の前に転がるーーー「歓びの……剣……!?」


見間違えようのない錆まみれの刀身。

探し求めていたーーー今回の作戦の要であるそれが今、倒れ伏した俺たちの目の前で真っ二つに折れた無惨な姿を晒していた。


「コイツの力を使えば何とかできるとでも思ったか?残念だったなァ。トラン・アストラは死んだ……この身体は永遠に俺のものだ」


ラスタ・オンブラーの狂気を孕んだ高笑いが崩れかけた大広間に木霊する。

俺は立ち上がりながら頭部装甲内の通信機を起動し、その向こうにいる友人へと冷静さを取り繕って話しかけた。


「……エメラ。歓びの剣を見つけた。ただーーー」


思わず言い淀みつつもなんとか言葉を継ぐ。


「ーーー作戦は失敗だ。お前らは一刻も早くこの浮遊島から離脱するんだ。星のかけらを待って、できるだけ遠くへ逃げろ」


『トランは……もう助からないってことね……』


「かもな。でも俺はまだ、あいつのことを諦めちゃいねぇ」


僅かな沈黙の後、エメラ・ルリアンが振り絞るような声で告げるーーー『……頼んだわよ』。


肩で荒く息をしながらも短く頷き、通信を切る。

ラスタ・オンブラーはもう笑ってはいなかった。

隠しきれない苛立ちをその顔に浮かばせ、忌々しいと言わんばかりに俺を睨め付ける。


「まだ諦めていない、だと?この状況がまだ分かっていないようだな。お前たちの希望は潰えた……最早どう足掻こうが変わりはしない」


冷ややかな視線で吐き棄て、ラスタ・オンブラーは口元を邪悪に歪めた。


「ここで終わるんだよ。お前らも、お前らの扇動したあの有象無象の雑魚どもも。何の意味も尊厳もなく、儚い希望と泡沫の正義の為にーーーつまりはただの無駄死にだ」


「だとしても俺はーーー俺たちは、絶対に退かねぇ!」


叫ぶや否や駆け出し、ラスタ・オンブラーが放つ衝撃波を素早く掻い潜って接敵、同時に拳にエネルギーを込めて殴りかかる。


「オォオオオッ!!」


確かに捉えた筈のその一撃。しかし振り抜いた拳は虚しく空を切った。


ーーーッ!?


瞬間、背後に殺気を感じ振り向いた視界を、赤黒い光が蝕み埋め尽くす。


「グゥウッ!!」


咄嗟に両腕を交差してその光線を防ぐーーーそのあまりの威力に思わず後退りながらも、全身に循環するエネルギーを集束させて紙一重で切り払い、すかさずそのまま拳型の光弾として連続で前方へと撃ち出した。


しかし正拳突きの要領で放ったそれらを、ラスタ・オンブラーは片手の一振りで全て消し飛ばしてしまうーーーそれがどうした……予想通りなんだよ!


勝ち誇るラスタ・オンブラーの上空、光の大剣を天高く翳したアス=テルと、その背後で群青の身体にエネルギーを授けるエルピスの姿を見遣り、俺は心の中で笑みを浮かべた。


ーーーウェイクアップシステムを使用する俺たち特務隊の奥の手、それがこの形質貸与(オーバーラップ)だ。エネルギーの一部を介して互いの特性を掛け合わせ、その能力をより強大なものへと昇華することを可能とするが、反面発動までの隙の大きさや消耗の激しさからそう多用できる戦法ではない。


つまりーーー今ここで、この攻勢に賭ける!!


「イヤァアアアアッ!!」


気迫と共に振り下ろされた巨大な刀身から放たれる凄まじいまでの衝撃波。直後、高速で迸る強烈な剣圧は形を為して無数の光槍と化し、その勢いのままに豪雨の如くラスタ・オンブラーの頭上に降り注いだ。


「ッ!」


ラスタ・オンブラーが素早く展開した黒い霧の盾(バリア)に、エルピスとアス=テルの融合技、天光(インビンシブル)槍戟波(ディゾルバー)が次々と突き刺さる。

並大抵の相手であれば成す術もないであろうこの一撃でさえ、完全に防ぎ切られてしまうがーーーしかしほんの僅かなその瞬間、奴の注意を逸らすことができたーーーそれだけで十分だった。


刹那、見計らったかのように全方位からラスタ・オンブラーに巻き付く幾千もの光の鎖。コハブに副隊長の力を掛け合わせた掌握(シャイニング)光帯(・フェノメノン)だ。

漆黒の腕に、脚に……過たず全身を捕らえたその光を伝い、溢れ出した禍々しい闇がコハブへと吸収されていくーーー奴の自由を奪っただけではないーーーこの技の真価はドレインロープと同じ能力を持っていることにこそあるのだ。


脳裏に昨夜のピエロン田中の言葉が蘇るーーー『奴がトランの身体を得たってことはつまり、高エネルギー生命体の弱点も引き継いでるってことだ。この作戦の勝機はそこにある』。


抽出された奴のドス黒い力はコハブを介して純粋な高エネルギーへと反転変換され、螺旋を描く帯となって隊長に受け渡されていく。


「ユミト!」

「あぁ!」


間髪入れず目の前に降り立った隊長の肩に手を置き、俺もまた、自らの身体に流れる紫電の光粒子を流し込むようにして隊長に形質貸与(オーバーラップ)する。


『"シックス・イン・ワン"……お前らの力を合わせて奴の胸の真ん中を撃ち抜くんだ。俺様の見立てじゃ、正の意思の分身は恐らくそこにある』ーーーこの一撃で、トラン・アストラから奴を引き剥がすのだーーー!


「受けてみろ!」


両腕を胸の前に水平に構えた隊長の周囲に、かつてないほどの輝きが収束していく。疾風怒濤、渦を巻き、円環を描く光の軌跡がまるで光背の如く浮かび上がった。


「これが……我々の力だッ!!」


眩い赤白色の発光が隊長を包みこみーーー輝きが頂点に達したーーー時が止まったかのような厳かな一瞬の後、静かに突き出された両拳の先より、その力は解き放たれた。


「ーーーッ!!」


直後、大広間の至る所に亀裂が走り、足元が陥没、捲れ上がった床が辺りの瓦礫もろとも高々と舞い上がる。


目も眩むような閃光と耳を聾する爆音の中、発射された究極(オーバーレイ)の一撃(・ウルティマ)は瞬時に収縮、一条の光芒となってラスタ・オンブラーを貫かんと宙を裂く。


奴の胸の真ん中目掛け、一直線にーーー!!




その瞬間、特務隊の誰もが勝利を確信しただろう。




だがーーー俺は確かに見たーーーラスタ・オンブラーは笑っていたーーー切れかけた糸のようにーーーそして吐き棄てたのだ。


「哀れな奴らだな」


瞬刻ーーー突如として奴の周囲に吹き荒ぶ黄金と純黒の旋風。あまりにも呆気なく光の鎖が弾け飛んだその時、奴は既に超弓と化した己が左手を構え、目一杯に引き絞っていた。


「これこそがーーー"力"だ」


放たれた冥府の矢は究極の一撃(俺たちの全力)をまるで微風か何かのように容易く掻き消し、刹那を切り裂く黒い流星となって隊長の胸を射抜いた。


「ッ……!」


言葉の代わりに大量の血反吐を溢し崩れ落ちる隊長。

その光景に慄然とするより早く、俺の視界を烈々とした蒼い焔が覆い隠した。


「ぐぁああッ!!」


まるで見えなかったーーー奴が繰り出した小型の太陽のようなエネルギー球が、俺の眼前で破裂したのだ。


衰えることのない熱波が全身を蝕む。踠き苦しみ、地面をのたうち回りながら俺が見たのは、次々と倒されていく仲間たちの姿だった。


地面から立ち昇る黒い霧の"腕"が、副隊長とコハブを掴み、ひと息に握り潰したーーー聞くに耐えない悍ましい音が鳴り響いた後、二人が力なく地面に転がる。


殆ど同時に奴が剣へと変化させた右腕で宙を撫でるーーー発生した衝撃波は瞬時に光の槍となり、断続的にエルピスとアス=テルを貫き、引き裂いた。


「お前たちの力だと……粗悪な模造品如きが、高エネルギー生命体(オリジナル)を得た俺に勝てるとでも思っていたのか」


天光槍戟波(自分たちの技)を返される形で地に堕ちた二人を一瞥し、ラスタ・オンブラーが嘲笑う。


「その程度の力で、命を賭けることすら馬鹿馬鹿しいーーーそうは思わないか?お前たちに救えるものなど何もありはしない。だと言うのに何故、お前たちはそうもしつこく食い下がる。義務か?正義か?それとも……くだらねぇ愛の為か?」


「お前なんかには、一生分からねぇだろうよ……!」


蹌踉めきながらも立ち上がった俺の胸を、螺旋状の光弾が抉る。爆発と共に飛び散る血飛沫。仰け反って再度地面に横たわるも、それでも再び立ち上がるべく懸命に足掻く。


「我々は……この宇宙の力なき全ての人の為に戦う……!」

「例えこれまでの全てが過ちだったとしても……私たちの意思に嘘はない……!」


辛うじて一命を取り留めていた隊長と副隊長を、地を這う斬撃が襲う。


「お前みたいな奴が正義を語ってるのがムカつくんスよ……!」

「お前の支配する宇宙なんかで生きてたくねぇんだよ、俺たちは。なぁ?」

「ご大層な正義を掲げても、結局お前のやってることは虐殺だよ……つまり、クソ野郎ってことさ」


息も絶え絶えとなりながら、それでも攻撃に転じようとするアス=テルとエルピスへと伸びる黒い稲妻。それはコハブが咄嗟に展開したバリアを易々と突き抜け、三叉に分かれて各々に直撃した。


「なるほどな。もう十分だ……よく分かったぜ。雑魚がどれだけ喚こうと、なんの答えにもならねぇってな」


言い放つや否や左腕を掲げるーーー直後、俺たちを呑み込む極彩色の嵐。

全身を穿つ螺旋状の光弾が、降り注ぐ黒い稲妻が、逆巻く黄金の暴風が、濁流の如く無数に押し寄せる灼熱のエネルギー球が……全方位から、縦横無尽に飛び交うそれらによって地面が弾け、足元に炎が噴き上がる。躱し切ることのできない程の密度で炸裂するその猛攻を前に、俺たちは成すすべもなくただ薙ぎ倒されるばかりだった。



ドス黒く染まった大広間が、照り返しを受けてぬらぬらと光る。

硝煙の中、超然と佇む奴の影が朧げに揺らいだ。




力の差は、やはり歴然。


だがーーー何度倒されても、それでも俺たちは立ち上がる。


その度に打ちのめされ、どれだけ無様に転がろうとも。

肉体の限界が迫り、力尽きる寸前であろうとも。


俺たちは、誰一人として諦めてはいなかった。




ーーーあぁ。そうか、そうだったのか。


幾度、幾十度、幾百度……繰り返すその最中、不意に俺の思考に差し込む光明。

それは澄み渡り、染み渡るようにーーーはっきりとした確信と共に、俺の心を照らす。


ーーー何度倒されても諦めず、再び立ち上がる。例え相手が強大であろうとも、ほんの僅かな勝ち目すらなかったとしてもーーーそれでも誰かの為に命ある限り戦い続けるーーー俺がいつか夢に見たーーー憧れたヒーローはーーー!!




「いい加減にしろ……鬱陶しい」


言葉と共に目の前に迫る拳。

瀕死の俺に、それを躱すだけの余力は残されていなかった。


ラスタ・オンブラーの拳が胸の真ん中を捉える。

全身の骨が砕け、内臓が弾ける音が耳の奥で響いた。


口から、鼻から、目から溢れ出す大量の血液。

衝撃から遅れてやってきた激痛も、もう感じることはできなかった。


ひときわ強烈な一撃を受け、瓦礫を散らしながら吹き飛び、大広間の壁際で大の字に横たわる。


視界が白く濁り、霞む。

全身を覆う装甲も、その下の生体鎧も砕け、脈打つ紫電の光粒子はもはや弱々しい線程の細さを辛うじて保つばかりだ。

全身の再生も既に追い付いてはいないのだろう。自分の身体だ、それくらいは察しがつく。


ーーーだけど、それでも……俺は……!!


途切れかける意識を気力で辛うじて繋ぎ止め、息を切らしながら、その時俺は、心のままに声を張り上げていた。


「懐かしいな……初めて会った時も、お前にこうやって転がされたっけか……」


感覚のない脚で立ち上がろうと捥がき、思わず自虐的に笑う。


「お前は強ぇよ。確かに強ぇ……でも、お前の本当の強さは、力の強さなんかじゃあねぇだろ」


と、不意にドス黒い光弾が俺の右脚を砕いたーーー「何言ってやがる。とうとう気でも狂ったか?」


「うるせぇな……てめぇなんかに……話しかけてねぇんだよ……ッ!!」


左脚を支えにして尚も姿勢を起こし、一歩ずつ、辿々しい足取りで前に進む。


「お前の強さは、大切な人達を守りたいと願う心の強さだ……今なら分かるぜ。俺がお前に敵わなかったワケがな……」


模倣された天光(インビンシブル)槍戟波(ディゾルバー)が左肩や胴体の装甲を引き裂き、吹き荒ぶ光の針が右の眼を抉る。

それでも俺は前に進み続けた。

トラン・アストラだけを目指して、只ひたすらにーーー。


「なんだ……なんなんだ、お前は……!!」


嵐のような弾幕の向こう、ラスタ・オンブラーが苛立ちを隠しきれない様子で吼える。憎しみに満ちたその眼は、どこか遠く、俺ではない誰かを見据えているかのように思えた。


「『俺たちはまだ止まるわけにはいかない』んだろ?だったら、いつまでもそんな奴の好きにさせてんじゃねぇよ。エメラが、ラセスタが……大切な"家族"がお前を待ってんだ。分かってんだろ……聞こえてんだろ!なぁ、トランッ!!!」


「戯言を……!お前の往生際の悪さにはほとほとウンザリだ。己の弱さを嘆きながら、無惨に死ね」


奴が俺の喉元を狙い、超弓と化した左腕を引き絞る。

鏃に集束するエネルギーが、今まさに解き放たれようとしたーーーその時。


「やぁあああああああッ!!!!」


通信機から絶叫にも似た声が響く。

それと同時に目の前の大広間が半分吹き飛んだーーーエメラ・ルリアンの飛行船が外から突っ込んできたのだ。

砕けた硝子片と瓦礫と共に、減速することなくラスタ・オンブラーへと迫る飛行船。そのコックピットには決死の形相のエメラ・ルリアンがーーー。


「チィ……ッ」


ラスタ・オンブラーは舌打ちすると、まるで動じることなく左手を振るう。只それだけであえなく軌道を逸らされた飛行船は、体勢を崩してその勢いのまま大広間へと墜落した。


建物全体を不安定な揺れが襲い、床が、連鎖的に足元が砕け、隆起し、巻き起こった白煙がたちどころに辺りを支配するーーーと、煌めく何かが宙を舞った。

それは銀の光を曳きながら、真っ直ぐに俺の元へと向かい来る。


「ーーー!!」


反射的に手を伸ばし、それをーーー真っ二つに折れた歓びの剣の刀身を握り締めたその瞬間、俺は自分が今、何をすべきなのかをはっきりと理解した。


そして駆け出したのだ。

限界を超えた身体で、もはや歩くことさえままならないはずの脚で、目一杯に床を蹴り付けて。


全てがスローモーションのように流れていく景色の中、奴が俺に再び鏃を向けたーーー"今度こそ終わりだ"、と言わんばかりに邪悪に歪むトラン・アストラ(ラスタ・オンブラー)の顔。


俺は心で叫んだーーーまだ……終わりなんかじゃねぇ!!


刹那、俄に俺の身体に力が漲る。

驚くより早く、心の中に仲間たちの顔が浮かんだ。


ーーー皆……行くぜッ!!


五人分の形質貸与(オーバーラップ)を受け、ひと息に加速する。


音も、光も、全てを置き去りにしてーーー放たれた黒き一閃が頬を掠めて通り過ぎていった時、俺とラスタ・オンブラーの間を遮るものは何もありはしなかった。


目の前にトラン・アストラがいる。

手を伸ばせば届くところに。


「おぉおおおおッ!!」


走り込むままに身を屈め、咄嗟に飛び退こうとする奴の足を踏み付けると、そこへ躊躇うことなく握り締めた刀身の切先を突き立てる。


かつて歓びの剣だった刃が、重なり合った俺の足と奴の足を貫通し、深々と床に突き刺さった。




痛みなど、もうどうでも良かった。

ただ今は、この拳を奴にーーーあいつにーーー!!!




「届けぇえええええッ!!!」




立ち上がり様に、最後の力を振り絞って繰り出した、しかし余りにも弱々しい渾身の一撃。


天を衝く拳がラスタ・オンブラーの胸を叩いたその瞬間ーーー俺の意識は闇を突き抜け、その奥に燦然と輝く懐かしく暖かな光を、確かに掴み取った。

「深い闇の中で、俺は君の心を見たよ」


「分かるさ。大切な人を守れなかった悲しみも、苦しみも、悔しさも、全部ーーー」


「ーーーだからこそ俺が、君を止めるッ!!」



次回、星巡る人

第49話 皇帝の掴んだもの

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