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星巡る人   作者: しーたけ
47/54

第47話 BRAND NEW WORLD

From the New World

そんな47話。


『星巡る人』第2部は、語り手ユミト・エスペラントの成長物語であると同時に、かつて宇宙を支配した皇帝ラスタ・オンブラーが光を掴むまでの物語でもあります。


現実世界がそうであるように、この宇宙に生きる全ての人に人生があり、物語があるのです。


数万年前から光を追い求めたラスタ・オンブラーと、(思惑があったとはいえ)巻き込まれる形となったユミト・エスペラント。


それぞれの正義を携え、第2部は遂に終盤へと差し掛ります。


更新は相変わらずの不定期ですが、今後も彼らの旅にお付き合い頂けると幸いです。


それでは次回でもまたお会いできますよう。

「どうした、聴こえなかったのか?」


人工空を覆う何隻もの巨大戦艦。

拡散状の光線を撒き散らしながら跋扈する数千もの機兵獣。


それらによって蹂躙され、無惨にも火の海と化した宇宙正義本部(スペースコロニー)に、ラスタ・オンブラーの冷たく低い声が響き渡る。


「まずは心星の光だ。その力は、俺にこそ相応しい……!」


黒い霧を纏わせてほくそ笑むその男に冷ややかな声で応えたのはトラン・アストラだ。


「丁度良かった。俺たちも君を探してたんだ。君に返してもらわなきゃいけない人がいるからね」


ラスタ・オンブラーが口元をニヤリと釣り上げ、待ってましたと言わんばかりに右手を開く。

その手に握られていたのはガラス細工のように滑らかな、幾何学模様の走る一枚の羽ーーーマホロ・リフレイン(星宿の地図)だった。


「ッ!!」


ーーーやっぱり奴が……!


鋭い眼差しで一歩前へと踏み出すトラン・アストラ。

それをさも面白そうに見据えながら、ラスタ・オンブラーは左の掌にもうひとつの光を取り出したーーー星のかけらの半身だ。


「シンプルな話だな」


そう独り言ちるや否や、奴はふたつの光を自分の胸に押し当てた。瞬間、噴き出す闇がそれらを包み込みーーー星のかけらと星宿の地図をその体内へと取り込んだ。


「さぁ、始めようぜ。とびきりの殺し合いを……!」


狂気を孕んだ高笑いと共に、恍惚の表情を浮かべてこちらを仰ぎ見るラスタ・オンブラー。


「てめぇ!!」


思わず飛び出しかけた俺を手で制し、トラン・アストラが肩越しに振り返る。


「ここは俺に任せて、ふたりは他の人たちを」


星宿の地図(彼女)は必ず取り返すーーー星を宿した瞳が確かにそう告げていた。


「……無茶すんじゃねぇぞ」


自称、宇宙大魔王(ピエロン田中)の言葉に静かに頷き、銀の勇姿がゆっくりと目の前の邪悪を睨みつける。


()()は君とってはただの道具かもしれないけど、ラセスタにとっては大切な家族なんだ」


トラン・アストラの言葉を背に、俺たちは揃って駆け出した。

処刑地カルバリの向こう、機兵獣どもが暴れ回る宇宙正義本部へとーーー。



「返してもらうぞ……その人を!!」


「面白ぇ。ーーー来な!」



刹那、辺り一帯に迸る凄まじい衝撃と閃光が、疾走する俺たちの背中に灼けつくような熱を伝えた。






星巡る人


第47話 BRAND NEW WORLD







「だぁああああっ!!」


俺が打ち出した拳の一撃が、両腕に鉄球を備えた機兵獣の単眼を圧し潰す。


「逃げるんだ!早く!!」


火花を散らして沈黙する青銅の残骸を尻目に、怯えながら駆けていく宇宙正義の一般職員たち。しかし今の俺にはそれを見送る余裕すら有りはしなかった。


「きゃあああ!!」


猛火を切り裂き再び響く悲鳴。


ーーー今度はこっちか!


大きく跳躍し、休む間も無く次の機兵獣へと挑み掛かるーーー。



本部施設を囲うように並び立っていた軍病院や兵士寮は軒並み崩れ去り、今や焦土と化したこの場所で、俺とピエロン田中の奮闘は続いていた。


地表を埋めつくさんとする機械の大群を相手にしながら、終わりの見えない戦いに心の中で悪態を吐く。

向かいくる敵は数知れず、まるで浮遊島(スペースコロニー)の大地が蠢いているかのようだ。


恐らくは対空迎撃システムが作動していないのだろう、既に空中も無数の機兵獣や戦艦群によって占拠されており、浮遊島全土に対して絶え間のない無差別な爆撃を続けている。


「ぎゃあああ!!」

「やめてくれ!やめ……やめろぉおおおお!!」


断末魔の叫びを遺して散っていく歩兵部隊。

その向こうでは機兵獣の放つ光学兵器が瞬く間に逃げ惑う人々を焼き払う。


ーーーくそォッ!


とてもじゃないが手が回らない。

だがそれでも、今はとにかく目の前の人たちを助けるしかーーー!


「おい、お前おかしいと思わねェのか」


目の前に勢いよく転がり込んできたピエロン田中が、肩で息をしながら俺を睨みつける。


「だってそうだろ。高エネルギー生命体(トラン)の処刑の日に偶々奴らが襲ってきたーーーなんて、いくらなんでもタイミングが良すぎるじゃあねぇか」


ピエロン田中が手にした黒い剣の柄らしき道具に"鍵"をーーーエメラ・ルリアンが持っていたのと同じ、"メモリクレイス"をーーー挿す。直後、生物のように脈動するそれは瞬時に幾多もの砲身を備えた大型の機関砲へと形を変えた。


ーーーーVALCANーーーー


迫り来る機兵獣どもに銃弾の雨をお見舞いしながら、ピエロン田中はさらに続ける。


「奴らは知ってやがったんだ。今日、宇宙正義がトランの処刑に踏み切ることをーーーその戦力を大幅に消耗することをな!!」


間近の機兵獣の斧のような右腕を引き千切り、それをそのまま持ち主の胴体に突き刺しながら、俺は信じられない思いで目を見開いた。


「まさか……内部情報が漏れていたってことか?!」


「……そういうこったな。なんにせよ、この浮遊島(スペースコロニー)を取り返さねぇことには始まらねぇ。中央管制室へ向かうぞ!!」


しかしそうは言っても周り一面敵だらけだ。

襲われている一般職員や、小型機銃だけで勇敢に立ち向かっている歩兵部隊を見捨てていくわけにもいかない。


ーーークソっ、どうすれば……!!


と、そのとき、頭の中に突如として声が響いた。


『話は聞かせてもらった』


思念体通信(テレパシー)を通じて俺に語りかける声ーーー俺は思わず声をあげた。


「隊長!?」


同時に空から降り注ぐ光の雨が次々と機兵獣どもに炸裂する。


「ユミト、ここは俺たちが引き受ける!」

「あなたたちは早く管制室へ!」


俺たちの前に軽やかに着地したのは005(エルピス)002(副隊長)だ。


一瞬、呆気に取られながらも、俺は二人に向けて力強く頷いて答えた。


「……あぁ、頼む!」


ーーーーARCAーーーー


背後に響く機械音声。それと共にどこからともなく現れた方形の小型飛行船に颯爽と乗り込み、ピエロン田中が叫ぶ。


「早く乗れ!いくぞ!」


戦い始めた二人をちらりと見遣りーーー俺は躊躇うことなく狭い座席の後部へと無理やり身体を押し込んだ。


「振り落とされんじゃねぇぞ!!」


次の瞬間、俺の身体は真後ろの壁へと無理矢理に押し付けられた。

飛行船が加速したのだーーーそれも、尋常ではない勢いで。


雲を棚引かせ、地面スレスレを駆ける方形の小型飛行船。

未だ嘗て体験したことのない程の加速度に周囲の景色は溶け、視界が霞む。その中に微かに映るのは立ちはだかる機兵獣の軍団でーーー。


「邪魔だァあああああッ!!」


ーーーーCUTTERーーーー

ーーーーDRILLーーーー


「どけどけどけェえええ!!」


高速で次々と後方へと流れ去っていく残骸たち。今しがたの機械音声から察するに、恐らくはこの方形の船に鋭利な刃とドリルが装備されたのだろうとは思うのだがーーーこれ以上身を捩ってまでそれを確認する必要はないだろう。


「ぬぁははははァっ!!見たか、これが俺様の力だァ!!」


機械の軍勢を突破し、その勢いのまま浮遊島の中央部、宇宙正義本部を目指す。


ーーー見えた!


地平線の向こう、烈火の中に聳え立つ純白の大建築。

しかし不意に振り下ろされた巨大な脚が、前方に広がるその景色を阻んだーーー重装殲滅機人アルゴスだ!


地響きを立てて大地に降り立った巨大な人影。

その余波と押し寄せる土煙が方形の飛行船を激しく殴りつける。


ーーーマジかよ……!


巨大機人は全身に生やした無数の砲台から絶え間ない光線の嵐を撃ち出して俺たちを狙う。


「迂回してる暇はねぇ!このまま突っ切るぞ!」


叫んで更に加速するピエロン田中。

お前、正気か?ーーーと、反射的に言いかけた俺の頭に、再び隊長の声が届いた。


『そうだ、それでいい。そのまま進め!』


直後、俺たちを追い越していく力強い金色の光芒。隊長の撃ち出したであろうそれが唸りを上げて機人に炸裂し、行く手を遮るその右脚を跡形もなく消し飛ばした。


『今だ!』


バランスを崩して跪く格好となった巨影の股下を潜り抜け、方形の船はひと息に疾駆する。


もはや俺たちの行く手を遮るものはなにもなかった。がら空きとなった前方に、宇宙正義の本部が猛スピードで迫るーーー。


ーーー次の瞬間、飛行船はその速度を落とすことなく純白の外壁へと突っ込んだ。


視界の隅で弾ける火花と、本部アトリウム中に飛び散る瓦礫。

それらに混じって溶けるように飛行船が消失し、凄まじい轟音と衝撃の中、俺たちは成す術もなく宙へ投げ出された。


受け身を取る余裕もなく、勢いづくがままに地面を転がる。よろめきながら立ち上がると、強かに打ち付けた全身に鈍く生々しい痛みが走った。


「あー、くそっ。いててて……」


俺の反対側でガチャガチャとした金属音を立てながらピエロン田中も起き上がる。

突入方法としては最悪の一手であったにも関わらず、まったく何事もなかったかのように駆け出すその姿に俺は思わず目を見張った。


「ボサッとしてんじゃねぇ!行くぞっ!」


不思議なことに鎧男の足取りに迷いはないようだった。まるでどこに中央管制室があるのかを分かっているとでも言わんばかりにーーー俺の疑問を察したらしく、自称・宇宙大魔王は不敵に笑う。


「あんな馬鹿でけぇ光量子コンピューター、そうそう簡単に移動させられるかよ。この浮遊島全体を管理するような代物だぞ?」


光量子コンピューター……まさかこいつ、中枢管理電脳(クリシス)のことまで知っているのか?


中央管制室に設置されているその装置は浮遊島の心臓部であり、宇宙正義内でも第一級機密事項(トップシークレット)のはずだ。


それをなぜこんなF級犯罪者が……こいつは一体……?!


ーーーーVALCANーーーー


ピエロン田中の機関砲が中央管制室へと続く扉の電子ロックを破壊する。跳弾の危険などまるで御構い無しだ。

そのまま重い鉄の扉をこじ開けてーーーふと違和感に気づく。


ーーー妙だ。外の騒ぎに反して静かすぎる。思えばここまでに争った痕跡も、逃げ遅れた者の姿も見受けられなかった。

あまりにも不自然だ……まるで内部の人間だけが忽然と消えてしまったかのようなーーー。


「あとはここだけだ!」


無機質な通路を抜けた先、最重要施設を保護する隔壁に、ピエロン田中が今まさにドリルを突き立てようとしたーーー刹那、俺の脳裏を不穏な予感が稲妻のように駆け巡った。


「待てッ!」


咄嗟に鎧男の襟首をひっ掴み、力一杯に引き寄せる。と、同時に内側から迸る赤黒い光の奔流が、今しがたまで目の前にあった分厚い扉を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「ーーーッ!」


間一髪、俺たちの鼻先を掠めて通り過ぎていく螺旋状の光線。それを見送る俺の背中を冷たい汗が伝う。


ーーー今の光線は……まさか!!


ピエロン田中が歯軋りして俺の心の声を継いだ。


「槍状光波熱戦砲だと……ッ!?」


かつて宇宙正義が誇っていた虎の子兵器、巨大母艦バラバ。その主砲として搭載されていたのが槍状光波熱戦砲ーーーたった今、危うく俺たちを粉砕する所だった破壊光線こそがそれだ。


しかし槍状光波熱戦砲は母艦バラバの大破と共に失われた大昔の兵器(オーバーテクノロジー)だったはず……それがなぜ中央管制室から……?


ーーー答えはこの先にある。


警戒しながらも穿たれた隔壁の向こう、中央管制室へと足を踏み入れーーー言葉はもとより声さえ失う。


「……ッ!」


視界に飛び込んできたのは部屋一面を覆い尽くし、不気味に脈打つ灰色の肉壁だった。

この悪趣味な内装には見覚えがある……そうだ、これはあの重装殲滅機人アルゴスと同じーーー確か"自立型多能性機械細胞"だったかーーーだがそれが何故ここにーーー"宇宙正義の心臓部"に?


「おい、あれ見ろ」


ピエロン田中が指差すのは最奥に鎮座する中枢管理電脳(クリシス)だ。

俺の記憶が正しければ、それは滑らかな流線型の機器が組み合わさった神秘的な形状をしていたはずなのだがーーー今やその表面は霞んだ肉の装甲に呑まれ、見る影もない悍ましい姿へと変わり果てていた。


と、その瞬間。


「うーん、やっぱり複製品じゃあ力不足感が否めないなぁ。……うん?あぁ、やぁやぁ御機嫌よう侵入者諸君。まずはようこそ!我が管制室へ!!」


突如として肉壁の塊より響く芝居掛かった甲高い音声。

俺たちは驚愕しきって思わず顔を見合わせたーーーそんな馬鹿なことがあるはずがないーーーそれはなんと目の前の肉塊と化した光量子コンピューターから聴こえてくるのだ。


「今ので死ななかっただなんて、君たちは相当運が良いみたいだねぇ〜!じゃ、 今度はわたしの自信作、反粒子(ウルティメイト)対消滅砲(バニッシャー)、いってみようかな!!」


その言葉と同時に部屋中の壁という壁から一斉に大小様々な砲身が萌え出でる。数百を超える砲口に取り囲まれた絶体絶命の状況ーーーしかしピエロン田中は物怖じせず、それどころか忌々しげに言い捨てた。


「ったく、どいつもこいつも勝手に地獄から這い出てきやがって……!てめぇ、ロゴスだな。このくそったれが」


俺にはなんのことかサッパリだったがーーーどうやら声の主には伝わったらしい。


「おおおぉ!!これはこれは……驚いたなぁ。随分と懐かしい格好をしていると思ったら、僕の身体(オリジナル)を殺した奴じゃあないか。嬉しいよ、まさかまた君に会えるなんてね。ところで、どうして君はあの時のままでいるんだい?あれから何万年も経っているって言うのに」


「それは俺様の台詞だ。てめぇはあの時確かにーーー!」


「なんだ、そんなことか。簡単な話さ。君はあのとき、確かにオリジナルのわたしを滅ぼした。だけどわたしはね、万が一に備えて予め自分の意識を特殊な記録媒体(カートリッジ)に移植していたのさ。わたしの偉大な頭脳が完全に失われるようなことがあれば、この宇宙にとって余りにも大きな損失となる……当然、肉体なんて脆弱な器だけに預けておけるはずがないだろう?」


「……相変わらずトチ狂った野郎だ」


舌打ちし、苦い顔で中枢管理電脳(クリシス)をーーー"ロゴス"を睨みつけるピエロン田中。

それをよそに目の前の光量子コンピューターは早口で語り続ける。


「文明監視員とやらがわたしを見つけてくれたのは本当に幸運なことだったよ。偉大な頭脳をインプットしてあるとはいえ、そのままじゃあただのカートリッジでしかないからね。忘れもしない……今から34065年前、わたしは前時代の遺物として回収され、分析の為にこの建物のネットワークに接続された……ぁあああ!今思い出してもあれは素晴らしい体験だったよ。暗闇から視界が拓ける感覚、目の前に溢れる情報の渦、もう一度命を与えられたかのような開放感ッ!!実に心が踊る……そして現状の全てを理解したわたしはこの中枢管理電脳(クリシス)に潜り込み、宇宙正義のネットワークを掌握したのさ。物理的には動けないわたしの手となり足となり、宇宙正義(この組織)はよく働いてくれたよ。おかげで全ての準備は整った……ラスタ・オンブラー、彼が再び銀河を統べる王となる為のね!!」


「……!お前が情報を流してやがったのか!?」


「んっん〜、それは違うな。"流してやがった"、なんて心外もいいところだよ。いいかい?わたしがラスタ・オンブラーに宇宙正義の情報を流すことはとうの昔に定められた事象であり、それはつまり今日という日の為にわたしに与えられていた大切な使命だったんだ。そもそも現在の宇宙正義という組織自体がそうして決められた運命(レール)へとわたしが導くことで成り立っていたことを君は知らないだろう?……そう、君も含めてここで働いていた彼らは実に優秀で、実に愚かだった。中枢管理電脳(わたし)の導きだす答えを疑うことなく、敵を滅ぼし、兵力を増強する……それらすべてが、いつか来る今日をもたらすとも知らずにね」


「定められた事象?いつか来る今日?……てめぇ、まさか……!」


訝しげに目の前の肉塊を睨みつけるピエロン田中。その手に金色に煌めく鍵が握られているのが視界の端にちらりと映る。


「そうさ。わたしは今日この日が訪れることを前以て知っていたーーー待ち望んでいたのさ!!それを実現させるためにここまで動いてきたんだ。親切なことにこの宇宙の未来を教えてくれた人がいてねーーーラスタ・オンブラーが生きていることも、彼がいずれ脱獄することも、その時にわたしの力が必要になることもーーー、素晴らしいことに、今のところ彼の予見したその全てが見事に的中しているんだ。信じ難いことだが、こうとなっては信じざるを得ないよ!つまりこの後起こるのは……ひひひひっ!!あぁ!楽しみだね!!わたしは感謝しなくてはならない!わたしに語りかけてきたあの"オルト"とかいう男に!!」


高揚したように早口で喋り続けるロゴスとは対照的に、ピエロン田中は落ち着き払った様子でーーー吐き捨てるようにーーー呟いた。


「そうか……成る程な。あの野郎、やっぱり裏で糸引いてやがったのか。それが分かっただけでも十分だ」


刹那、俺の真横に立つ小柄な鎧男がペンシル型の砲身ーーーへと変化した黒い柄状の道具ーーーを構え、叫ぶ。


「んじゃあ、てめぇはとっとと地獄に帰りやがれ!!」


ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー


響く機械音声と共に、薄暗い室内を眩い光の奔流が満たす。

ペンシル型の砲身、その先端より唸りを上げる膨大なエネルギーの束によって中枢管理電脳(ロゴス)は呆気なく撃ち砕かれたーーーはずだった。


「ッ!?」


ピエロン田中が驚愕するのも無理はない。

光量子コンピューターの手前、肉の床が瞬時にせり上がり、さながら盾となってフラッシュプリズム・コンバーターの直撃を防いだのだ。


「クソっ!!」


抉れたそばから修復されていく肉の防壁に悪態を吐くピエロン田中。

仰け反るまいと踏ん張りながら、壁をぶち破るべく出力を上げようとしたーーーその時、突如として前方の壁がーーーいや、違うーーー両側、天井、床ーーー中央管制室を構成する肉壁の全てが急速に幅を狭め始めた。


ーーーまずい、圧し潰される!


「一旦退くぞ!」


咄嗟にピエロン田中の首根っこをひっ掴み、半ば転がるようにして通路へ飛び出す。

そのまま猛然と元来た道を駆け戻る俺たちだが、中央管制室から溢れ出した薄墨の濁流は無機質な通路を呑み込み、蠢きながら尚もこちらへと迫り来るーーー!


「これでも喰らえッ!」


振り向きざまにエネルギーを込めた右腕を足元に突き立て、床から噴き出す灼熱の光で肉壁の侵食を阻む。

その僅かな隙をついて通路を走り抜け、俺たちは辛うじて瓦礫の散乱する宇宙正義本部アトリウムへと滑り込んだ。


瞬間、何かが潰れるような生々しい音と共に、背後に押し寄せた灰色の肉壁が中央管理室へ続く唯一の通路を完全に塞ぐ。


どうやら締め出されたらしいーーーが、今はそれどころじゃないようだ。


「おいおいおい、待ってくれよ。せっかく此処まで来てくれたんだ。どうせならもっと楽しもうじゃあないか!」


広大なアトリウムにて俺たちを待ち構えていたのは整然と立ち並んだ白と赤の影ーーーmoratorium-idの軍団だった。それら一機一機を介して届くロゴスの声が、幾重にも重なり合ってこの広い空間に不気味に反芻する。


「何を不思議そうにしているんだい?言っただろう、宇宙正義はわたしが掌握してるって……いや、厳密にはそれも少し違うか。そもそも現在宇宙正義の使用している兵器の殆ど全ては中枢管理電脳(わたし)の考案したものなんだーーー尤も、わたしのアイディアを形にできる技術力を備えた外部組織と提携できるまでに34041年ほど掛かってしまったんだけどねーーーmoratorium-idもそのひとつなのだから、操作できるのは当然だろう?」


十数体の新手を前に息を整える間も無く身構える俺たちを余所に、ロゴスは早口で独りごちる。


「現在宇宙正義と提携している外部組織……あのVestigia Deiという組織は実に素晴らしいんだ。ドレインロープの再現や重装殲滅巨艦アルゴスの復元、moratorium-id、数多の戦闘機、次世代型機兵獣、それにわたしの手となり足となる自立型多能性万能機械細胞の開発等々等……彼らの功績を数えだしたら枚挙に暇がない。あの時、Vestigia Deiに打診した過去のわたしに惜しみない拍手を送りたいよ。彼らの協力を得ることができたのはわたしにとって非常に幸運なことだったと言わざるを得ない……なんと言ってもわたしのアイディアをここまで見事に形に落とし込める組織はこれまでに存在しなかったのだからね!悠久の時の果てに、出会うべくしてわたしたちは出会ったのさ!!」


無機質な機械人形からハイテンションな声が響くその様はシュールそのものであり、緊張感と相まってこの場に異様な雰囲気を漂わせていた。


「君の使っているそのウェイクアップシステムもそうさ。わたしの発案を現代の科学力でブラッシュアップしたphase3……ある種の到達点であり、"ほぼ"完成形だーーーただまぁ、"完全"ではないんだけどねーーー人工的に高エネルギー生命体の力を再現することを目的としたこのシステムは本来、高エネルギー生命体(彼ら)のそれと同じように感情の高まりに応じて限りなくエネルギーを増大させることができるようになっていた……だがそれでは使い勝手が悪いと判断した無能な軍の連中が、いつの間にか無断で制御機能を取り付けてしまったんだ。まったく、おかげでせっかくの兵器が台無しじゃあないか。愚かすぎて言葉も出ないよ……使用者の理性なんてこのシステムには一切必要ないとなぜ分からないのか……あぁ嘆かわしい。軍としてはこのphase3で完成のつもりだったみたいだけどね、わたしは決して納得していなかった。それからも改良に改良を重ねたよ。何故ならわたしは科学者だからね。科学者とは信念を持ち、最良の結果を求めて常に模索し続ける存在だ。肉体(オリジナル)を失おうとそれは変わらない。妥協なんて以ての外さ。……そして永きに渡る研究の末、わたしは遂に辿り着いたんだーーーphase3のその先へ!!あぁ……そうだ、うん。今日と言う日は記念すべき日だ。お披露目には丁度良い。ウェイクアップシステムの真の姿がどういうものなのか、それを今、君たちに見せてあげるよ!!」


次の瞬間、正面の壁が弾け、四散する瓦礫と共に異形の怪物たちがアトリウムに雪崩れ込む。


流動金属を思わせる滑らかな銀の体表、身体を走る光粒子(エネルギー)の帯、各部に煌めく発光体を内包した半透明の球状器官ーーーヒトの形を成していないことを除けば、どの怪物たちもphase3に酷似した特徴を備えていた。


「どうだい?素晴らしいだろう!これこそがわたしの生涯をかけた傑作にして究極の完成形!ウェイクアップシステム、phase ENDさ!!」


重低音の唸り声を轟かせ、手当たり次第に暴れまわる"phase END"の怪物たちーーーどうやら敵味方の区別すら付いていないらしく、立ち並ぶmoratorium-idの軍団を次々と蹴散らしながら猛然と突き進んでくる。

「ッ!!」

咄嗟に横っ飛びでそれを躱しーーー驚きに目を見開く。


ーーーなに……!?


まるで重機のような巨躯と頭部から生えた一本角が特徴的なその怪物の胸郭に、苦悶に歪む顔がーーー見知った人物の顔がーーー浮かび上がっていたのだ。


「ドロスス、さん……?」


それは実働部隊の老将として名高いベテラン兵士、ドロスス・ヘイドリットの顔によく似ているように思えた。

見間違いか?いや、だがーーー。


踵を返し、前傾姿勢で再度迫る一本角の突撃を素早く跳躍して退ける。が、空中(そこ)にはすでに先客がいた。

phase3の特徴を持つ長細くしなやかな身体と、背中から広がる四枚の翅。亜鋏状の両腕を持つ怪物の頭部から触覚が出鱈目に何本も飛び出したその顔ーーーそれもまた見覚えのある人物のものでーーー俺は思わず声をあげた。


「アロガント副将!?」


"偉大なる英雄フィネ・アロガント"の子孫にして実働部隊副将、勇敢な女兵士スノップ・アロガントーーーしかし目の前の怪物はその端整な顔立ちの面影を僅かに残すばかりの醜い姿で、俺を威嚇するように縦に裂けた大きな口を開くーーー。


「くそっ!!」


我武者羅に身を翻して反転、振り下ろされた亜鋏を蹴りつけると同時に急降下する。

しかしそこに更に追い討ちをかけるがの如く、不定形の液体にも似た何かがーーー銀色のゲルが背後から俺の腕を絡めとり、瞬時にその自由を奪い去った。

俺の全身を徐々に侵食するゲル状の怪物。形を保つこともままならないらしいその液面から、湧き出すように面長の顔が浮かび上がるーーー特徴的な四角い眼鏡こそかけていないが、見間違えるはずもない。この人物を俺はよく知っているーーー!!


「テナクス司令ッ!!」


とにかくこのまま呑み込まれる訳にはいかない。身体を高速回転させ、遠心力で液状の怪物を無理矢理に引き剥がす。

吹き飛ぶ寸前、テナクス司令と俺の視線がぶつかり合った気がしてーーー壁に打ち付けられる液体から無理やり目を逸らし、俺は怒りに任せて叫んだ。


「てめぇ……!一体何をしやがった!!?」


「君と同じだよ。ウェイクアップペンシルを打ち込んだだけさ。尤も、phaseENDは理性を完全に失くすから、君のとは違ってもう人間には戻れないんだけどね。でもそんなことは大した問題じゃあない。彼らは進化したんだ!ヒトを超え、さらなる高みへーーー高エネルギー生命体に限りなく近い存在へとね!!」


無惨に打ち砕かれたmoratorium-idたちから一斉に狂気を孕んだロゴスの高笑いが響く。


「実験台には困らなかったよ。偉そうにしているだけの上層部の無能たち、役立たずの肥やしにしかならない一般職員、病院で寝ている再起不能の不良債権(兵士たち)……わたしはね、そんな彼らに再び活躍するチャンスを与えてやったのさ。もう話すこともできないだろうが、きっと彼らもわたしに感謝していることだろうねぇ!!」


「ふざけんじゃねぇぞ……!」


テナクス司令、ドロススの爺さん、アロガント副将……その他の多くの仲間たちの姿が、暴れまわるphaseENDの怪物たちに重なるーーー俺には彼らが苦しみ踠いているようにしか見えなかった。


凄まじい怒りが眉の辺りを這い、俺は拳を固く握り締める。


ーーー許せねぇ……!!


舌打ちとともに駆け出そうとしたーーー刹那。



ーーーーVALCANーーーー

ーーーーARCAーーーー



アトリウムに響く機械音声。

俺が動くより疾く、ピエロン田中が動いていた。


「この……クソ野郎がぁッ!!」


無数に銃身を生やした方舟型の砲台が火を噴く。

幾千、幾万の鉛玉が銀の体表に次々と突き刺さるーーーしかし理性を失ったかつての仲間たちはそれをものともせず、ある者は唸り、ある者は哮りながら、狂った獣そのものの獰猛さでこちらへと迫り来る。


耳の奥に彼らの叫びが木霊する。それはまるで悍ましい姿と化した己の身体を呪う悲鳴のようだった。


「チィッ!」


右腕にエネルギーを集束させ、ひと跳びで先陣を切る一本角の怪物(ドロススの爺さん)の前に躍り出る。


その胸に浮かぶ見知った顔に一瞬、躊躇いを覚えるもーーーそれでも俺に選択の余地はなかった。


ーーーやるしかねぇ!


迷いを振り払い繰り出した渾身の一撃が、向かい来る一本角と激突する。眩い閃光が迸る中、僅かな瞬間、ふたつの力は均衡を保つかのように鍔迫り合ったーーーしかしその時、天を衝く一本角が白熱の光を纏いーーー!


「なっ!?」


直後、全力を込めた筈の拳は呆気なく弾かれ、それと同時に俺は自分の肋骨が砕ける音を聞いた。


「がぁあッ!!?」


体勢を崩した俺の横腹を、エネルギーを集束させた一本角が抉り、勢いづくままに薙ぎ払ったのだーーーそう理解した時、俺は既にアトリウムの壁に叩きつけられ、無様に地面に倒れ伏していた。

遅れて激痛が走り、瓦礫に身体を埋めた俺の口から黒い体液が溢れ出す。


「残念だったね。phaseENDはあらゆる面でphase3を凌駕している……不完全な旧型(きみ)がいくら足掻いた所で、勝ち目なんて有りはしないんだよ!」


傷自体は然程深くはない。すぐに治るだろう。

ーーー尤もこのままここで寝ていられるのなら、の話であるのだが。


「……ごちゃごちゃとうるせぇんだよ、この肉達磨が……!」


口元を拭い、蹌踉めきながらも立ち上がる。

気迫と共に再度跳躍すべく床を蹴りつけーーー俺の身体を斬撃が駆け抜けたのはその時だった。


「ぐぅうッ!!」


思わず立ち止まった俺の両肩に、続けざまに振り下ろされた亜鋏が深々と食い込むーーー急降下の勢いそのままに襲いかかって来たのは翅の怪物(アロガント副将)だ。


「どうだい、分かっただろう?君たちは決して勝てない。もうおしまいなんだよ!あの高エネルギー生命体も今頃はもう……。あぁ、なんて素晴らしいんだ!オルト(あの男)の予言は間も無く成就する……この宇宙の全てが今日、生まれ変わるのさ!!」


しっかりと捕らえた俺の喉元に、縦一文字に大きく裂けた口がーーー無数の牙がびっしりと生えた両顎がーーー急迫する。

耳元に響く慟哭によく似た奇声。瞬間、俺はその口腔へと目掛けて拳を叩き込んだ。


更に仰け反る細長い身体を無理やり引き剥がし、そのまま足元に忍び寄っていたゲル状の化け物(テナクス司令)へと投げつける。


鋭い亜鋏に粘着性の液体が絡み付き、悲鳴とともに瓦礫の中を転げ回る二体の異形。

それを尻目に俺は静かに声を絞り出す。


「……なんだお前、宇宙正義に巣食ってやがった癖に知らねぇんだな」


この状況下でも揺るがない確信に、自然と口元に笑みが溢れた。


トラン・アストラ(あいつ)は強ぇぜ。お前らなんかじゃ相手にならないくらいにな」


だがーーー。


「あぁ、なんだそんなことか」


俺の言葉を一蹴し、ロゴスは鼻で笑う。


「もちろん分かっているとも。トラン・アストラは強い。恐らくラスタ・オンブラーは勝てないだろうね。……でもそんなことはもうどうでもいいのさ。勝つ必要なんてない、負けてもいいんだ。何故なら彼は既に"死"さえも超越しているのだからね……!君は見たことがあるはずだろう?」


「ッ!?」


瞬間、数ヶ月前の宇宙牢獄での激闘が脳裏を過り、俺は信じられない思いでハッと目を見開いた。


ーーーそうだ。俺は知っている。

あの時、隊長(001)の光線で粉々に吹き飛んだ筈のラスタ・オンブラーが、黒い霧を纏って瞬く間に再生を果たしたことをーーーその闇の中心で淡く輝く星のかけらをーーー!


「ユミトッ!お前はカルバリに戻れッ!!」


鋭い濁声が乱戦を割って俺に届く。

ドリルに変化した柄状の道具を目の前の怪物に突き立てながら、ピエロン田中が声を荒げて叫んでいた。


「急げ!いいか、絶対にトランに()()()()()()()ッ!!」


どうやらロゴスの言葉に何かを察したらしい。

兜から僅かに覗く地肌が青ざめているのがここからでも見てとれる。


ーーー何が何だかサッパリだが……とにかくロクなことじゃないことだけは確かだ。

止めない手はない。


俺は迷うことなく頷きを返し、外へ向けて駆け出した。


「だぁああああっ!!」


エネルギーを込めた拳を振るい、行く手を阻むphase ENDの怪物たちをなぎ倒していく。


しかしーーー。


甲羅を背負った四足歩行の怪物が、突如として背中一面に敷き詰められた針を次々とミサイルのように撃ち出す。

咄嗟に身を翻して躱すーーーが、そのうちの一本が鋭く右の肩を穿った。


「ぐぅっ!!」


そこへ更に追い討ちをかけるが如く、動きの鈍った俺の左脚を背後から別の怪物が噛み砕くーーー。


ーーー圧倒的な性能差に加えて多勢に無勢、先へ進むこともできないまま、次第に俺は追い込まれていった。


「クソォ……ッ!」


全身に傷を負い、床を這いながら思わず呻く。

視界の端に映るのは球形のバリアーーー防戦一方の窮地に立たされたピエロン田中だ。


それを助けに行くこともできず、目指すカルバリヘ向かうこともできない。

俺は無力だ……どうしようもない程に。

だがそれでもーーー。


「諦めてたまるかよ……!」


もはや俺を突き動かしているのはその情動だけだった。


エメラ・ルリアン、"ラセスタ"、そしてトラン・アストラ……俺はなんとしてでも三人の下(カルバリ)へ向かわなければならないのだ。


腰を低く落とし、拳を固め、限界間近の身体で尚も戦闘態勢をとるーーーと、その時。


「往ねぇええッ!!」


気迫と共に降り注ぐ光刃が敵を薙ぎ払う。

次いで俺の目の前に駆け込んだ群青の光が、三叉戟を片手に肩越しに振り返った。


「待たせたな、ユミト!!」


そう言って糸目をさらに細め、生体鎧の表面に笑みを浮かべる004(アス=テル)


「テル……!」


「僕もいるっスよ」


いつの間にそこにいたのだろうか、背後から003(コハブ)も姿を表し、軽い調子で俺の脇腹を小突いた。


「話はだいたい把握したッス」

「ここは俺たちとあの鎧オヤジに任せて、お前は早くカルバリヘ!」


誰がオヤジだ!ーーー濁声を張り上げるピエロン田中を無視してアス=テルが三叉戟を構える。


「皆さん……俺が今、楽にしてやりますからね」


絞り出すように呟いて駆け出すアス=テル。

と、同時にコハブが俺の肩にポンと手を置いた。


「ユミト、着地に気をつけるっスよ」


言葉の意味を理解するより先に視界が歪み、溢れ出した七色の光が辺りを包み込む。

その煌めきの中で俺の身体は細やかな粒子へと還元され、まるで細い管を通り抜けるかのような感覚と共に、瞬時に空間の壁を突破した。


ーーー空間転移(テレポート)か……!!


それが003(コハブ)念道力(サイキック)によるものだと気づいた時、俺は既に元の形を成して浮遊島の最端、カルバリの大地に辿り着いていた。


軽やかに身を翻して着地しーーー瞬間、耳を劈く轟音と、振り仰いだ視線の先で螺旋を描いてぶつかり合う銀と黒の光。


「どうしてそうまでしてこの光を狙う!?」


「俺はただ、力が欲しいだけだ。全てを支配し、この宇宙に恒久の平和をもたらす絶対的な力が!!」


「させないよ。どんな理由があるのかは知らないけど、人を力で抑えつける事が正しいはずがない!それは思い上がりだっ!!」


「綺麗事を……反吐が出るッ!」


激突の瞬間、迸る余波がカルバリを引き裂く。

眼前で繰り広げられる超次元の戦闘。

黄金の旋風と黒い霧が吹き荒れるその光景を前に、俺は思わず圧倒されてしまう。


ーーーいや、ボーッとしてる場合じゃねぇ!


すぐに気を取り直して大きく跳躍し、声の限りに叫ぶ。


「待てトラン!そいつをーーー!!」


その先を言うことは叶わなかった。

"倒すな"、と告げたはずの口から漏れ出したのは黒い体液でーーー気づくと俺は地面に叩きつけられ、ひしゃげた全身を必死で起こそうとしている最中だった。


「ユミト!!」


どうやらラスタ・オンブラーが撃ち出した光弾が俺の胴体に炸裂したらしい。喉元から腹にかけて大きく裂けた傷口から止めどなく体液が溢れ出している。


ーーー今の攻撃……俺の言葉を……?


と、ふと先ほどの中枢管理電脳(ロゴス)の言葉が脳裏に蘇る。


"勝つ必要はない。負けてもいいんだよ!"


ーーーまさか……!!


「オォオオオオッ!」

超弓と化した左腕を構え、背中に光の翼を展開したトラン・アストラが宙を駆け昇る。

尾を引きながら一直線にラスタ・オンブラーを目指す光。強烈な輝きを纏ったその姿はさながら流星のようでーーー。


ーーー奴は……奴はわざと自分を()()()()()()()()()()……!?


上体を起こそうと躍起になりながら、再度叫ぶべく口を開く。しかし裂けた喉から出るのは声にもならない掠れた音ばかりだ。


ーーー不味い……このままじゃ……!


悪足掻きのように撃ち出される光弾の嵐を物ともせずに突破し、勢いづくままにラスタ・オンブラーの懐へと飛び込むトラン・アストラ。

煌々と光る聖弓を突きつけ、そしてーーー。


「はぁああああっ!!」


ゼロ距離で放たれた光の矢。

唸りを上げる猛烈なエネルギーは極太の波光となってラスタ・オンブラーの身体を呑み込んだ。

人工空の彼方まで突き抜けた光の奔流の中、人の形をした黒い霧が徐々に崩れ、溶け去っていく。


「……ッ!!」


消滅しゆくラスタ・オンブラーが不意に何かを叫んだように見えたが、その断末魔の声は爆発の轟音に紛れて届きはしなかった。


空間が激しく明滅し、衝撃が辺り一帯に吹き荒ぶ。

その中心でラスタ・オンブラーはやがて細やかな光の粒子となり、四散した。


ーーー勝った、のか……?


半信半疑で見上げた上空、ふたつの光をーーー星のかけらの半身と星宿の地図(マホロ・リフレイン)をーーー手にしたトラン・アストラと視線が交錯する。


銀色の超人は星を宿した瞳に隠しきれない疲れの色を滲ませながら、それでも柔らかな微笑みを浮かべて力強く頷いたーーーと、その時。


「ッ!?」


手にしたふたつの光が突如として輝きを失い、入れ替わるようにしてそこから夥しい程の闇が噴き出した。


不意を突かれ、トラン・アストラの反応が僅かに遅れるーーーその一瞬が命取りだった。


浸み出すように、吐き出されるようにーーー止めどなく溢れる赤黒い靄。

意志を持ち蠢く黒煙、粘性のある暗黒の液体、全てを闇に閉ざす悪意……それらは瞬く間にトラン・アストラを絡め取り、覆い尽くし、塗り潰すかの如くその身体を蝕む。


「ぐぅうっ……があぁあああああっ!!!」


苦しげな声をあげて空中をのたうつトラン・アストラ。苦しみ捥がくその姿が、悍ましく渦巻く闇の中へと沈んでいく。


刹那、咄嗟に俺は動いていた。

足下を蹴りつけて跳躍、加速度を増してひと息に立ち込める靄へーーートラン・アストラの元へーーー辛うじて突き出された腕を掴むべく駆け昇る。


ーーー届けぇえええええ!!


あと少し、ほんの僅かな距離ーーーしかし無情にも伸ばした手は空を切り、俺のすぐ目の前で蠢動する漆黒の闇が銀の光を完全に閉ざした。


「ウアアアアアァあああああああああああああああッ!!!!」


直後、響き渡るトラン・アストラの絶叫。

同時に凄まじい衝撃波が巻き起こり、俺は錐揉みしながら再び地面に叩きつけられた。


「ユミトっ!」

「ユミト!大丈夫!?」


助け起こそうと駆け寄るエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。

大丈夫だ、とふたりに返事をして、ハッと気付く。


ーーーどうしてふたりがここに……トラン・アストラのバリアの中にいた筈じゃ……!?


バリアが消えたのだ。そう理解するのと同時に顔を上げーーーそこに広がる光景に思わず絶句する。


ーーーこれは……一体、何が起こっている……?!


見上げたその先で、集束する闇が人の形を成していく。

滑らかな漆黒の体表、そこに走る禍々しい青と白のライン、星を宿していた筈の瞳は今や果てしない虚無の宇宙を映すばかりでーーー。


「トラン……?」

「違う、あれはトランじゃない!!」


と、不意に闇の中心から赤黒い光弾が飛び出した。


「危ねぇ!!」


咄嗟に二人を庇い地面に押し倒した次の瞬間、俺たちの頭上を掠めて通り過ぎた破滅の光が、背後に鎮座するエメラ・ルリアンの飛行船を遥か彼方へと吹き飛ばす。


「きゃあぁっ!!」


大破し、カルバリに穿たれたクレーターの壁に叩きつけられる飛行船。


それを他所に闇からゆっくりと地面に降り立つ人影、それはーーーそんな馬鹿なーーーいや、だがそうとしか形容できないーーー"黒いトラン・アストラ"だった。


「フッ……トラン・アストラ。そんな奴はもうどこにもいない」


言葉はもとより声すら失った俺たちを見て、夜闇より昏いそいつが邪悪に顔を歪ませる。


「俺はラスタ・オンブラーだ。たった今からな」


「そんな!」

「嘘だっ!!」


「てめぇ……ふざけんじゃねぇぞ!!」


激昂して駆け出すーーー直後、俺の身体はまるで紙屑か何かのように宙を舞い、地面を転がった。


「ぐっ!!」


トラン・アストラーーーの姿をしたラスタ・オンブラーが目にも留まらぬ速度で衝撃波を繰り出したのだ。


素早く身を翻して着地した俺の頬を、冷たい汗が伝う。


「は……ハハ……ハハハハハ!!ついに手に入れたぞ……心星の光を……この力を!!!」


感極まったように空を仰ぐラスタ・オンブラー。

その頭上目掛け、俺は後先考えず飛びかかっていた。


「よそ見してんじゃねぇ!!この野郎ォッ!!」


奴の顔面に叩き込まんとした渾身の一撃。

しかしそれが届くことはなく、俺はまたしても横殴りの衝撃波に打ちのめされてしまう。


「永かった……余りにも永かった。だがその全てがようやく報われる……」


俺のことなどまるで気にしていない様子で、ラスタ・オンブラーは高らかに叫んだ。


「今ここに宣言する。

ーーーこの宇宙は、俺のモノだ……!!」


そしてゆっくりと"ラセスタ"に向き直り、口元を吊り上げて嗤う。


「さて、と。あとはお前の持つその星のかけらだけだ。寄こせ」


そう言って悠然と歩を進めるラスタ・オンブラーだが、怯えきった"ラセスタ"がエメラ・ルリアンと共に背を向けて駆け出すのを見てーーー、嘲笑にも似た残忍な表情を浮かべた。


「そうか。なら、死ね」


刹那、なんの前触れもなく放たれる無数の赤黒い光弾。

幾千もの死が無防備なふたつの背中に迫る。


ーーーくそぉ!!


瞬間、俺は光より疾くその射線上に割り込み、光弾の嵐を自らの身体で受け止めた。


「ぐぁあああっ!!!」


次々と弾ける赤と黒が、骨に響く衝撃と共に俺の表皮を焦がす。


「ユミト!!」


「止まるな!走れ!!」


奴に星のかけら(最後のひとつ)を渡すわけにはいかないーーーその一心で耐え抜いた俺を、間髪入れず黒い稲妻が貫いた。


「ぐ……ッ!!」


ごぽり、と口から溢れる黒い体液。

瞬間、思わず膝をついた俺を極太の闇が襲う。


声を上げる間もなかった。

抗いようのない力に吹き飛ばされ、視界がたちまち紅蓮の焔に包まれる。


「ぐぅううっ!!」


その凄まじい爆発は後方を駆けるエメラ・ルリアンと"ラセスタ"にまで及び、華奢なふたつの影をたちどころに薙ぎ払った。


「ッ!!」


悲鳴と共に倒れ込んで動かなくなる二人の姿が視界の端に映りーーー俺は満身創痍の身体を無理やりに動かし、硝煙の中を這うようにして彼らの元へ駆け寄った。


「おい!大丈夫か!?しっかりしろ……おい!!」


咄嗟に二人の首筋に手を当てーーーそこに感じる確かな鼓動にひとまず安堵する。


ーーー生きてる……。


それと同時に頭の中をこれまでの旅の思い出が矢継ぎ早に流れーーー俺は自分の心の内側に抑えきれないほどの情動が湧き上がるのを感じていた。


ーーー許さねぇ……!!


横たわったトラン・アストラの家族たちを見遣り、俺は最後の力を振り絞って立ち上がる。


「無駄だ。もう誰も俺には勝てない……諦めろ」


「悪いが俺は、それが一番苦手なんだよッ!!」


しかしーーー何度挑みかかっても俺の拳が奴に届くことはなかった。

ラスタ・オンブラーはその場から一歩たりとも動くことなく俺の攻撃を搔き消し、黒い稲妻や光線、光弾の嵐、衝撃波を打ち出して軽々と俺を往なす。

まるで歯が立たないまま弄ばれ、俺は奴に近づくことさえできず何度も土塊に身体を埋めた。


為すすべもなく転がる俺を一瞥し、ラスタ・オンブラーがせせら嗤う。


「さっきまでの威勢はどうした?」


尚も立ち上がった俺の全身を、無数の黒い光刃が切り裂く。


「前にも言っただろ。この宇宙では力が全てだ。弱い奴に正義はねぇ。最強の力を得た今、俺こそが唯一無二の正義だ」


「違う……!」


力こそ正義だと、かつての俺もそう信じていた。

だが今はーーー。


荒い息で、膝をついたまま、それでも俺は目の前の敵を睨め上げ、叫んだ。


「この宇宙には、力より大切なものがある!!」


漠然とした曖昧な、それでも確信に満ちたその言葉。

瞬間、ラスタ・オンブラーの顔に苛立ちの色がありありと浮かびーーー眩い閃光と共に、俺の左腕が肩口から木っ端微塵に砕け散った。


「アァアアアアッ!!!」


ギアブレスレットを失い元の姿へと戻る身体。

駆け巡る耐え難い痛みに情けなく地面をのたうちまわる。


「どいつもこいつも……くだらねぇ」


吐き捨てるように呟くラスタ・オンブラー。虚無の暗闇を宿すその瞳が、悶絶する俺を冷たく見下ろしていた。


「だったらその"大切なもの"とやらで、今すぐ俺を止めてみろ。できるものならなァ!!」


叫ぶや否や放たれたドス黒い怒りの波動が、生身の俺を消し飛ばさんと迫り来る。

辺り一帯に連鎖して噴き上がる火柱。灼熱の爆炎の中、力無く這い蹲ったままの身体が無情にも炭化していくーーーその寸前、俺は右腕で掴んだウェイクアップペンシルを躊躇なく胸に突き立てた。


ーーーまだだ……まだ、終わりじゃねぇッ!!


『wake up,006』


却火に響く無機質な機械音声。

瞬間、血液がにわかに沸き立ち、焦熱の奔流となって急速に全身を駆け巡る。


「がぁッ……アァアアアアッ!!!」


引き千切れた左腕の断面から骨が、続いて筋肉が猛烈な勢いで再生を果たしーーー止めどなく噴き出す蒸気が俺の身体を膨張させ、瞬く間に異形の姿へと変貌させた。




ーーーウェイクアップペンシルは、原則ギアブレスレットを通しての使用を義務付けられている。


それは内包された"肉体を戦闘用に変化させる為の高純度エネルギー"が人体を蝕む毒以外の何物でもないからだ。


ギアブレスレットとはその毒素を和らげ、強大な力を制御できるよう調整する専用のフィルターであり、それこそが宇宙正義がphase2、及びphase3を兵器として運用できていた大きな理由なのである。


つまりウェイクアップペンシルの直挿しとは、phase2以降の安定した機能性を捨て、己を滅ぼしかねない程の凄まじい力を得る"最後の手段"ーーー今がその時だ。





「ヴォオオオオオオオッ!!!」


蒸気を切り払い、空気を震わせて雄叫びを上げる。

剥き出しの筋繊維、腕から突き出す無数の鋭い棘、腹部から脚部にかけてびっしりと並ぶ装甲のような鱗ーーー今の俺の姿は恐らく化け物そのものなのだろう。


「往生際の悪い奴だ……どうやら本当に死ななきゃ分からないらしいな」


肩で激しく息を吐き、今にも弾け飛びそうな理性を必死に繋ぎ止めながら、俺は唸り声と共に言葉を絞り出す。


「俺は、諦めねぇ……!!」


ほんの僅かな静寂、張り詰めた緊迫感。

奴が腕を振り上げたのと、俺が地面を蹴って駆け出したのは殆ど同時だった。


ーーー見える……奴の攻撃が、見えるッ!!


見ることすら叶わなかったあの衝撃波。

俺の瞳は今、その軌道をハッキリと捉えていた。


横っ飛びで素早く衝撃波を躱すも、咄嗟の方向転換に耐え切れず右脚が砕け散るーーーが、それに構っている場合ではない。どうせすぐに治るのだ。


獣そのものとなった身体をしならせ、半ば四つ脚となりながら、次々と撃ち出される漆黒の光線、光弾、稲妻、旋風の弾幕を悉く掻い潜ってラスタ・オンブラーへと急迫する。


巻き起こる爆発も、弾ける地面も、吹き荒ぶ熱風も、なにもかもが俺にとって無意味なものだった。

全てを置き去りにして、ただひたすらに討つべき敵へと疾駆しーーーそして。


「シャァラァアアッ!!」


押し寄せる闇の濁流を白熱化した左腕で切り拓いたその瞬間、目の前に奴はいた。


ーーー今だッ!!


全身全霊、有りっ丈のエネルギーを込め、トラン・アストラの姿をした邪悪な敵へと右拳を振り下ろすーーー刹那、迸る閃光。



決まった、と思った。

決まった筈だった。



だがーーー。



「……だったら、諦める前に死ぬんだな」



永遠にも似た時間の中、俺の渾身の一撃は虚しくも空を切りーーー、直後、未だ嘗て体験したことのない衝撃が脳髄を貫く。


「がァ……ぁ……ッ!」


口から漏れだす余りにも情けない声。

上半身の骨という骨が砕け、幾つもの臓器が破裂する音が鼓膜に木霊する。


目の前の光景の全てが白く塗り潰され、気づけば俺は冷たい大地に崩れ落ちていた。


指一本動かすこともできないまま、朧げな意識で記憶を辿るーーーそうだ、あの瞬間、俺の視界を染め上げた純黒の煌めきーーー間髪入れずに繰り出されたラスタ・オンブラーの蹴りが、俺の喉元に……!


「所詮お前はしぶといだけの雑魚だ」


遠のく意識の中に響く冷たい声。

無様な姿で横たわり、最早動くことさえできない俺の視界の端に、ラスタ・オンブラーの姿が霞む。


「お前には何も守れない……誰も救えない」


その背中に展開する幾何学模様の闇の翼。超弓と化した左腕を真っ直ぐ此方へ向けてつがえ、邪悪に淀む虹色の光を引き絞った矢じりに集束させていくーーー!


ーーークソッ……クソ!クソォ!!


無力感や焦燥、慙愧の念ーーードス黒く渦を巻くそれらが絶望という感情となって俺の心を冒す。


「お前の正義なんざ所詮はその程度だ。……思い知れ」


吐き棄てると同時にラスタ・オンブラーが眩い輝きを解き放つーーー寸前、上空より光の雨が降り注いだ。


「ッ!?」


咄嗟に超弓を振るって急襲を防ぐラスタ・オンブラー。発射の寸前で不意をつかれる形となり、忌々しげに空を仰ぐ。


「次から次へと……鬱陶しい」


ーーー何が……?


理解するよりも早く、急降下してきた銀影が俺を助け起こした。


「大丈夫かユミト!?しっかりするんだ!」


「エル……ピス……?」


銀影ーーーエルピスは頷き、瀕死の俺を支えて立ち上がる。


「撤退するよ。このままここにいるよりはマシだ」


全身傷まみれのその背後、遅れて到着した副隊長とアス=テルが、気絶したままのエメラ・ルリアンと"ラセスタを蹌踉めきながらもそれぞれに抱え上げる姿が朦朧と映る。


だがーーーそれを奴が見逃す筈もなかった。


「行かせると思うか?」


地を這う声より早く、黒い霧を曳いて疾走する幾本もの稲妻。ラスタ・オンブラーの撃ち出したそれらが空を裂いて、瞬く間に満身創痍の面々へと降りかかる。


「ーーーッ!」


刹那、目映い光と衝撃が波紋となって辺りに轟いた。


「これ以上、お前の好きにはさせない!!」


立ち込める白煙の中、真っ直ぐにラスタ・オンブラーと対峙する大きな銀の背中ーーー隊長だ。

電光石火、隊長が急迫する死の雷光の射線上に降り立ち、間一髪のところでその全てを弾き飛ばしたのだ。


「チィッ……虚ろな正義の番人どもが……邪魔をするなァ!!!」


忌々しげに吐き棄てるラスタ・オンブラーを見据え、怯むことなく隊長が吼える。


「我々のすべきことは変わらない。例え信じる正義がお前たちによって仕組まれたものであったとしても、我々はこの宇宙を、そこに住む人々を守る為に戦うッ!!」


言うや否や、突き出された正拳より放たれる必殺(マキシマム)光線(・オーバーレイ)

空間を震わせ、唸りを上げて迸る黄金の嵐光が、怒涛の如くラスタ・オンブラーに押し寄せる。


しかしーーー奴はただ、鼻で笑うだけだった。


「ご大層な信念だな……耳障りだ」


余裕綽々と言った様子で翳した右腕、その指先に発生した黒い靄の(バリア)が、迫り来る光芒を難なく受け止める。


「く……っ!!」


「この程度か?正義の名が泣くぞ」


それでも隊長は光線を撃ち続けるーーーまるでなにかを待っているかのようにーーーそしてその時は唐突にやって来た。


ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー


機械音声と共に黒い靄に突き刺さるもう一本の光線。それは遥か遠く、空の彼方から飛来した小型円盤より放たれていた。


「俺様を忘れんなァ!!」


自称、宇宙大魔王ーーーピエロン田中だ!


「遅いぞ鎧男!」

「うるせぇな!お前こそしっかりしやがれ!」


強力なバリアで光線の威力は殺せても、その圧までは殺せない。

出力を増した二本の光流に、さしものラスタ・オンブラーも僅かに後退る。


そしてーーーそれを見逃す隊長ではなかった。


「コハブ!!行けるか!?」


肩越しに振り返り叫ぶ隊長に呼応するかのように、小型円盤の座席、ピエロン田中の後部よりコハブが跳び出した。


「エネルギー充填完了!いつでもいけるッスよ!!」


空中で両腕を交差したコハブの身体から、七色の光が溢れ出しーーードーム状に俺たちを包み込む。


「8人同時は初めてッスけど……たぶん大丈夫ッス!!」


「よし!」

「んじゃあ打ち合わせ通り、もうひと踏ん張りいくぜッ!」


ピエロン田中の言葉に頷く隊長。


ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー

ーーーーDRILLーーーー


同時に二本の光線の出力が更に増し、螺旋状に渦を巻きながらラスタ・オンブラーを攻め立てる。


「……逃すものか。星のかけらを……そいつをよこせェえええ!!」


感情を剥き出しにして叫ぶラスタ・オンブラー。その背後から立ち昇った黒い霧が、巨大な腕の形を成して真っ直ぐに"ラセスタ"へと伸びるーーー!


「ッ!!」


咄嗟に動いたのはエルピスだ。

その場で素早く身を翻し、両腕に発生させた光輪を勢いに任せて投げつける。


高速で回転、白熱化しながら空を裂く二枚の光輪。それらは縦横無尽な軌道を描き、七色のドームを突き抜ける寸前の"腕"を切り刻んだ。


「貴様ァ……!!」


怒りに歪むラスタ・オンブラーの顔が、朧げに揺らぐーーー自分の身体が形を失い、細やかな粒子へと還元されていくこの感覚ーーーコハブによる空間転移(テレポート)が始まったのだ。


それを見計らい、隊長とピエロン田中が光線を打ち切って虹のドームへと飛び込む。


しかし次の瞬間、鬼の形相で急接近するラスタ・オンブラー!


「みんな、着地に備えるッスよ!」


奴の指先が届くその寸前、紙一重で極彩色の紗幕が全てを遮断しーーー。






ーーー畜生……!


空間の壁を突破した先、渦巻く虹の中に漂うだけとなった"俺"という存在を、言いようのない悔しさが貫く。


ーーーなにが正義の味方だ……なにがヒーローだ……。


闇に呑まれるトラン・アストラの姿が、倒れ伏したエメラ・ルリアンと"ラセスタ"の姿が、怪物と変わり果てた仲間たちの姿がーーー深く暗く澱むばかりの心を矢継ぎ早に通り過ぎる。



ーーー結局俺は、なにも守れてねぇじゃねぇか……ッ!!



その慟哭は誰に届くこともなく、遠のいていく意識の中にただ虚しく木霊し続けた。

「ーーーいいか、これが宇宙を取り戻す最後のチャンスだ」


「待っててね、トラン」


「何度倒れても誰かの為に立ち上がる。それが正義の味方だろ?」


「俺は絶対に……諦めねぇッ!!」



次回、星巡る人

第48話 TRUE FIGHTER

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