第46話 俺の選ぶ正義
迷い立ち止まった自分自身を 信じてたいな
そんな第46話。
長く続いたこの第2部もいよいよ佳境、残すところあと4話となりました。
ついに動き出した宇宙正義。
トラン、エメラ、ラセスタの三人の運命は。
語り手、ユミト・エスペラントの選ぶ正義とは。
これまでも、そしてこれからも続いていく物語の重要な通過点となる今回の話を、どうかお楽しみ頂けると幸いです。
それでは次の更新でまたお会いできますよう。
「ご苦労であった、我らが勇者よ」
黄金色の光が渦巻く中に、荘厳な声音が響く。
ーーー"光の神殿"と呼ばれるこの場所は、主に政府上役と軍上層部の人間が緊急の星間会議を行う為のある種の仮想空間を内包した施設であり、宇宙正義本部をはじめとした幾つかの政府主要浮遊島に設置された『宇宙統治における最も重要な建造物』のひとつだ。
「我々は君の献身的な働きに感謝しているよ」
声の主は宇宙政府現首相ムルシリ・ラバルナーーー尤も目の前に立つその人は光の中に浮かび上がった立体投影通信に過ぎないがーーーだ。
長い髭を蓄えた威厳溢れる佇まいの老人が、思念体通信でこの空間に意識を接続している俺を見下ろし、厳かに頷く。
と、立て続けに空間に浮かび上がった立体映像たちが俺の意識に向けて口々に告げた。
「君が彼奴等を監視してくれていなければ今作戦の実行はなかっただろう」
「軍は君の現在地から標的の進路予想を割り出し、あらゆる可能性を想定した上で作戦を練り上げた」
「間も無くの宇宙正義艦隊が君の乗る敵機に接触することになる」
「迅速に作戦を遂行してくれ給え」
視線の先、神殿内にずらりと並ぶのは宇宙正義軍総監イリアス・バビロン、参謀テリピヌ・アルワムナ、機密保持審議会最高司令官テナクスを始めとした政府高官たちだ。その中には実働部隊隊長セルタス・アドフロントや特務隊隊長のスタラ・レールタの姿も見える。
両腕がーーー当然のことではあるのだがーーー元に戻った上司の姿に少し安堵しつつ、それを顔に出さないよう表情を引き締める。
「しかし……これでようやくあの忌まわしき高エネルギー生命体とその一味を淘汰できる」
「この宇宙にとって、これほど喜ばしいことはない」
「全ては君のおかげだ。特務隊No.006、ユミト・エスペラントよ」
降り注ぐ賛辞の言葉。
しかしそのどれもが俺には何故か苦いものに感じられた。
ーーー本当に……本当にこれでいいのか?
このまま作戦を実行し、トラン・アストラたちを殲滅するーーー俺はその監視役であり、それを完遂することこそが当初の目的、言うならば宇宙正義の悲願であったはずだ。
だが今となってはーーー。
「……どうした、我らが勇者よ」
低く響くその声にハッと我に帰る。
ーーーしまった。
咄嗟に表情を取り繕うとしたがもう遅い。
幾多もの目に見下ろされながら、俺は意を決して口を開いた。
「……その作戦、すこし待ってはもらえないでしょうか」
水を打ったように静まり返る神殿に、俺の声だけが反響する。
「奴の持つ力は確かに強大です。我々宇宙正義の測り知れない程に……ですが、もしその力を我らが得ることができたとしたらーーー奴と協力することで、宇宙正義の戦力を確固たるものにーーー!」
「もうよい」
思わず熱が入った俺の口調とは裏腹に、吐き捨てられたその言葉は冷ややかなものだった。
「……いつから作戦に口を出す立場となったのかね?」
「馬鹿げたことを。今作戦は既に政府決定事項だと言うのに」
「君は兵士だろう。自分の任務を全うし給え」
「まったく。破天荒とは聞いていたが、ここまでとは……スタラ・レールタもとんでもない奴を抜擢したもんだ」
呆れ、失望、嘲笑ーーー俺を囲む上層部の目は今やそうした色を隠さない。
「静粛に」
元首ムルシリ・ラバルナがひと声が、立ち所に場のざわめきを納める。
「君のこれまでの活躍と功績に免じ、今の言葉は不問としよう」
瞬間、急速に遠のいていく光の神殿ーーー思念体通信の打ち切りの合図だ。
弾き出された意識は幾千の銀河を抜け、瞬く間に有るべき肉体へと戻るーーーーしかしその直前に言い放たれた元首の言葉は、数百光年の距離を経ても尚、確かな重みを持って俺の心に突き刺さっていた。
「今後の君の活躍に、我々は多大なる期待を寄せているーーー我らが勇者、ユミト・エスペラントよ」
星巡る人
第46話 俺の選ぶ正義
「あれ?珍しいじゃない、こんな時間に。どしたの?」
バケツを片手に船内の狭い廊下を歩く俺に、背後から笑いながらエメラ・ルリアンが声をかける。
ーーー作戦開始まで、あと十分。
……だと言うのに俺は、つい先ほどまでなぜかトイレ掃除をしていた。
此の期に及んで俺は一体なにをしているのかーーーだが居候の条件としてエメラ・ルリアンに与えられたこの仕事は、今や当たり前の日課として俺の体に染み付いていた。
「……いや、なんでもない」
言葉少なにそう返し、倉庫にバケツを突っ込む。
「亜高速道に入ったって言っても、まだあと2000光年以上あるんだから、焦らずに休んでたほうが良いわよ」
彼女の言葉を背にそのまま自室へーーーしかし身体は勝手に居住スペースへと向かっていた。
「ユミト、お腹空いたの?もう少し待っててね」
そう話しかけてきたのはキッチンの"ラセスタ"だ。
手際よく動き、いつものように料理の準備をしているーーーこの後に何が起きるのかも知らずに。
「……ああ、分かった」
踏み出す直前、ふと以前"ラセスタ"と交わした会話が頭をよぎる。
いつも明るく振る舞う"ラセスタ"に、星宿の地図のことが心配じゃないのかと訊ねた俺に対し、奴は笑顔で答えたのだーーー「マホロはきっと大丈夫。手は届かなくても心は届くって、僕は信じてるから」……と。
それが彼なりの強がりだったのかどうかは分からないが、何にしても俺にはその言葉の意味を未だに理解できていないままだ。
「ねぇユミト、大丈夫?なんだかすごく顔色悪いけど……」
弾かれたように声の方を振り向くと、星を宿したような瞳が真っ直ぐに俺を覗き込んでいた。
トラン・アストラーーー宇宙の平和を乱す悪魔、"高エネルギー生命体"と呼ばれるこの男を、俺は当初殲滅すべき悪だとしか認識していなかった……宇宙正義に仇なす犯罪者だと、本気で信じていた。
しかし不思議な事に、今ではそんな思いを微塵も抱いていない自分がいる。
ひょんな事から旅を共にし、数多の死線を潜り抜けていく中で、俺はこの三人に対してーーーこんな感情を認めること自体が本来あってはならないのだがーーー奇妙な連帯感すら覚えるようになってしまっていたのだ。
「わ、ほんとだ。あんた顔真っ青じゃない」
「気分悪いの?薬いる?それともなにかあったかいものを……!」
心配する三人に大丈夫だと告げ、背を向ける。
ーーー間も無く作戦開始時刻だ。
もう……避けることは……!
矢継ぎ早に脳裏を駆け巡っていく様々な記憶。
交わした言葉が、些細な出来事の全てが、次々と浮かびあがっては心の奥に積層しーーー気がつくと俺は踵を返していた。
「……悪い、ちょっと話がある」
不思議そうな顔の三人を見据え、早鐘を打つ心臓を抑えるべく大きく息を吸う。
「実はーーー!」
そして今まさに口を開いた、その瞬間。
「うわぁっ!!」
「な、なにっ!?」
不意に横殴りの衝撃が飛行船を襲い、船体が大きく傾く。
ーーー来たか……!
そう確信し、思わず生唾を飲み込んだ俺の耳に、窓の外を覗き見た"ラセスタ"の悲鳴にも似た叫びが届く。
「大変だ、僕たち、囲まれちゃってる!」
ーーー俺の想像が正しければ恐らく今、亜高速道を飛ぶこの飛行船は六隻の無人星間駆逐艦隊に包囲されているはずだ。
そこに通信を介して飛び込んできたのは、聞き覚えのある低く冷たい声。
「久しいな、犯罪者諸君」
機密保持審議会最高司令官テナクスの言葉が、然程広くない船内の隅々にまで響き渡る。
「この声ーーーまさかあの時の……!?」
慄然と呟くトラン・アストラ。
どうやらその先は口にするまでもなかったらしく、目の前の三人は青ざめた顔で互いを見遣る。
「……覚えていてくれて光栄だよ」
直後、テナクス司令の口より淡々と告げられる余りにもーーー当然でーーー無慈悲な宣告。
「これより我々宇宙正義は、宇宙機密保持法に基づいて君たちの身柄を拘束する。君たちに拒否権はない……これは政府の決定事項だ」
驚き慄く三人が振り向くより早く、俺はウェイクアップペンシルを起動した。
『wake up,006 phase3 』
噴き上がる白い蒸気と、その中から生成される生体鎧が、俯いた俺の素顔を瞬く間に覆い隠す。
ーーーもう、後戻りはできない……!
俺は歯を食いしばり、絞り出すように言い放った。
「……聞いた通りだ。従ってもらう」
顔を上げたその一瞬、トラン・アストラの星を宿した眼差しが俺を射抜いてーーーしかしそれを払い除けるように、険しい表情で睨み返す。
「そんな……嘘だよね?嘘だって言ってよ!」
「あんた一体なに考えてんのよ……ねぇ、なんとか言いなさいよユミト!!」
突然の事に戸惑い、怒るふたり。それを制したのは、他ならぬトラン・アストラだった。
「よすんだ、二人とも。分かっていた筈だよ」
それから真っ直ぐに俺を見据えーーー毅然とした態度で、こう告げた。
「……これが、ユミトの仕事なんだ」
亜高速道に空けられた作戦用の横道を抜けた先には、もはや懐かしささえ感じる光景が広がっていた。
透明なドームに覆われた半球状の浮遊島が幾多も点在する宙域ーーーNM78星雲の中心部だ。
その中でもひときわ目立つ宇宙正義本部コロニーへと、六隻の星間駆逐艦隊に牽引されながらエメラ・ルリアンの飛行船が進入する。
恐らく宇宙正義は亜高速道内で一戦交える事も想定していたのだろうがーーー意外にもトラン・アストラたちは一切抵抗することなく、為すがままにここまで連れてこられていた。
ーーー何か策があるのか……?
と、慌ててその考えを否定する。
……これでは一体どちらの味方をしているのか分からないではないか。
自室として使っていた小さな部屋にて、俺は短く息を吐き出した。
ーーーここに戻ることはもうないだろう。
腰に差した歓びの剣を手に取り、ゆっくりと机の上に置く。
ーーー俺にできることも、なにもない。
心の中の感情を振り切るように、俺はそのまま振り向くことなく部屋を後にした。
狭い廊下の終着点、張りつめた沈黙の流れる居住スペース。飛行船の駆動音と時折"ラセスタ"が漏らす小さな嗚咽だけが静かに響き渡るそこに、俺は静かに足を踏み入れた。
誰も、なにも言わない。
ただ俺を伏せ目がちに覗き見てーーーまた直ぐに目を逸らす。
気詰まりな雰囲気の中、やがて飛行船は誘導されるがままに本部コロニーの最端へと辿り着いた。
処刑地カルバリーーー以前の"本部襲撃事件"の際にも舞台となったこの場所には、未だに母艦バラバの槍状光波熱戦によって穿たれた広大なクレーターが横たわっていた。
エメラ・ルリアンが指示に従ってその大穴の底、中央部へと飛行船を着陸させる。
「よろしい。では、全員外に出給え」
通信から届くテナクスの声。
窓の外をちらりと覗き見ると、そこにはいつの間にか六隻の駆逐艦の他にも夥しい数のホシクイやmoratorium-id、最新鋭と思しき戦闘機に実働部隊の小型戦艦等々、宇宙正義のほぼ全戦力に等しい兵器たちが集結し、カルバリの上空を埋め尽くしていた。
「……俺が先に行くよ」
トラン・アストラがそう言って扉に手をかける。
「安心して。ふたりとも、俺が必ず守ってみせる」
肩越しにふたりを見遣りーーー決意を滾らせた表情をふっと緩ませてーーートラン・アストラが外へと向かう。
「僕らも、行こう」
そう言って扉に足を掛けた"ラセスタ"が一瞬、俺を振り仰いでーーー言いかけた言葉を飲み込むように、悲しげな顔で俺に背を向けた。
ふたりに続くエメラ・ルリアンもまた、扉の前で不意に足を止める。
「……あんたはどうだったか知らないけど、私はあんたと旅するの、楽しかったと思ってるから」
ちらりと振り返ってそう告げると、栗色の髪の少女は目元を拭って勢いよく扉の向こうへと走り去っていった。
ーーーッ……!!
残された俺は暫しの間、呆然とその場に立ち尽くしーーーはっと我に返って外へと飛び出す。
「船内に居るのはこの三人だけかね、我らが勇者よ」
空中に浮かぶテナクス司令の立体映像に頷いて返すと、四角いメガネを掛けた冷徹な表情に僅かに喜びの色が浮かんだ。
「さて、犯罪者諸君。早速だが只今よりこの場で君たちの処刑を執り行う。理由は……以前に話した通りだ」
空を埋め尽くすモノクロの軍勢が、艦隊の砲口という砲口が、一斉にトラン・アストラたちへと向く。
「この宇宙の平和のために今度こそ、確実に死んでもらう」
そう言い放つテナクス司令の立体映像の真下、大穴の底を見下ろす形でクレーターの縁に立ち並ぶ見知った五つの人影が、揃って銀光りするペンシル状の道具を取り出した。
『wake up,001 phase3』
『wake up,002 phase3』
『wake up,003 phase3』
『wake up,004 phase3』
『wake up,005 phase3』
起動したウェイクアップペンシルを其々に左腕のギアブレスレットに突き刺した瞬間、噴き上がる白い蒸気の中で異形のものへと変貌を遂げる五つの姿。
スタラ・レールタ。
オド・ナジュム。
コハブ・ホークー。
アス=テル。
エルピス・ターラー。
宇宙政府最高決定機関機密保持審議会特殊任務機動隊ーーー通称"特務隊"ーーー俺の本来の仲間たちだ。
「君たち個人に恨みはないが、宇宙の平和の為に死んでもらう。……S級危険因子トラン・アストラ。なにか言い残すことはあるか」
凛と響くスタラ・レールタ隊長の言葉。
五人を見上げる形となりながら、トラン・アストラが一歩前へと踏み出す。
「俺には君たちと争う理由なんてない。だけど君たちがどうしても邪魔をするのなら、俺は全力で戦う。そして必ず勝ってみせる!大切な人たちの為に、何度でもーーー!!」
そう告げる背中に白銀に煌めく光の翼が展開し、呼応するかの如く幾何学模様の走る身体が輝きを纏う。
大人しく殺される気がないのは誰の目にも明らかだった。
「……悪く思うな」
その静かな呟きが空気に溶けるより早く、001が高らかに言い放つ。
「総員、戦闘用意。これより我々は宇宙正義の名において、S級危険因子及びその一味に対しーーー」
張り詰めた空気が針のように肌を刺す。
クレーターを取り囲む全ての軍勢が、一拍先に控える言葉を待ち望んでいた。
「ーーー正義を、執行するッ!!」
瞬間、雨霰と降り注ぐ砲弾と光線。
実働部隊の小型艦隊が撃ち出すドレインロープが浮遊島の空と地面とを縫い付け、ホシクイが、moratorium-idが、そして特務隊の五人が、全方位より一斉にトラン・アストラに襲いかかる。
「ーーー俺たちは、こんな所で立ち止まるわけにはいかないんだ!」
トラン・アストラが吠えると同時に、奴の身体から眩い光が噴き出した。
凄まじい衝撃を帯びたそれは俺をいとも容易く吹き飛ばし、瞬く間に半球状の膜となって飛行船を中心にエメラ・ルリアンと"ラセスタ"を包み込んだ。
「ーーーッ!!」
バリアから弾き出された俺は、咄嗟に受け身を取るべく身を翻しーーーしかしその勢いのまま無様に地面を転がった。
「な……ッ!?」
カルバリの大地に倒れ伏した俺の視界に、ぼんやりとした人工空が広がる。
ーーー身体の自由が効かない……!?
あのバリアの仕業だろうか。まるで何か抗いようのない力で全身を押さえつけられているかの如く、立ち上がることさえままならない。
「くっ……!」
藻搔きながらなんとか無理矢理に見遣った前方、俺の視界に破壊的な光が激しく入り乱れる。
そこに広がるのは、今まさに火蓋を切られた死闘の様子だった。
群がるホシクイの群れを右腕のひと凪で消し飛ばし、目にも留まらぬ速さで駆け出すトラン・アストラ。
moratorium-idの撃ち出す弾幕を掻い潜り、その勢いのまま接敵ーーー瞬間、銀の光が駆け抜けると同時に機能を停止し、白と赤のボディが次々と崩れ落ちていく。
「各機、砲撃開始!」
間髪入れず上空の戦闘機や小型艦が撃ち出した色とりどりの光線が、振り仰いだトラン・アストラの姿を塗り潰した。
浮遊島を震わせるほどの爆炎と、立ち込める黒煙ーーー不意にそれを搔き消したのは、超弓と化した左腕を高々と掲げたトラン・アストラだった。
「ハァアアアッ!!」
気迫とともに放たれた膨大なエネルギーがその瞬間に分裂、拡散し、無数の光の矢となって空中を駆け巡る。
「ッ!!なんだこれは!?」
「ダメだ、避けきれないッ!!」
全てを貫くその圧倒的な力は、まるで意志を持っているかのように人工空を埋め尽くしていた軍団を追尾し、間断なく射抜いていく。
彼方此方で絶え間なく巻き起こる爆発。直後、ホシクイ、moratorium-id、戦闘機、小型艦の残骸が豪雨の如く降り注いだ。
白煙の中、超然と佇むトラン・アストラーーー俺はその光景をただ呆然と眺めていることしかできないでいた。
「次は我々の番だ!!」
突然響く001の声と共に、死角より飛び込んでくる楔形光波熱線と十字型の光の刃ーーー002と005の攻撃だーーー咄嗟に飛び退いてそれらを躱したトラン・アストラだが、その背後には長槍を構えた004が迫っていた。
「その命、もらったァ!」
激しい剣戟を紙一重で退けるトラン・アストラ。しかし004はそれを見計らっていたかのようにエネルギーの槍を刀剣へと変化させ、瞬時に間合いを詰めて攻め立てる。
「くっ!」
繰り出される刺突を鮮やかにいなし、銀の光が素早く反撃に転じるーーー刹那、トラン・アストラの身体に不意に硬直し、その勢いのまま不自然な体勢で地面に倒れこんだ。
「捕まえたっスよ!」
ーーーそれが003の念道力だと気づくのに然程時間は要さなかった。
そしてそれが、特務隊の誇る最強の連携技の合図であることも。
「覚悟せよ!S級危険因子!!」
叫びと共に撃ち出された001の必殺光線が、カルバリの大地に閃光と衝撃を叩きつけた。
空間が明滅し、凄まじい爆炎と轟音が辺りをたちどころに蹂躙する。散乱する正義の残骸を尽く蒸発させる炎の中、なすすべなく宙へ吹き飛んだ俺の身体を受け止めたのは005だった。
「やぁ。久しぶりだね、ユミト。大丈夫かい?」
ちょっと油断しすぎだよ、と言って口角を吊り上げる旧友に曖昧に言葉を返し、俺は眼下に立ち昇る漆黒のキノコ雲を呆然と見つめていた。
ーーー終わったのか?これで、なにもかもが……。
破滅の光が溶けていく爆心地を囲むように、特務隊の各隊員が焦土と化した地面に降り立つ。
舞い上がった土煙によってトラン・アストラの姿は確認できないーーーいや、あれだけの威力の光線を真正面から受けたのだ、跡形もなく消し飛んでいたとしてもおかしくはないだろう。
「よぅし!!」
「これで残るはあのバリアの中のふたりだけーーー」
「待ちなさい!!……まだよ」
言葉を遮って鋭い声を上げた002の視線の先、白煙の中から太陽を思わせる暖かく目映い光が漏れ出していた。
「ーーー俺には、守るべきものがある……!
かけがえのない人たちがーーー何よりも大切な家族が!!」
白煙を切り裂いて光が弾け、小型の太陽が炸裂した地面から次々と紅蓮の火柱が噴き上がる。
「怯むな!迎え撃て!!」
即座に戦闘態勢に移る特務隊の各員。だがーーー。
「ヴッ!!」
直後、低い声と共に吹き飛ぶ003ーーー恐らくは再度トラン・アストラを拘束するべく仕掛けた念道力を跳ね返され、その反動をまともに受けてしまったのだろうーーー勢いよく転がり、鳩尾を抑えてのたうちまわる。
「よくもコハブをッ!!」
激昂した004が光の剣を手に駆け出すーーーしかしトラン・アストラの反応はそれよりもはるかに迅かった。
004が得物を振り上げたその瞬間、銀の光は既にその懐に潜り込んでいたのだ。
「ハァああああッ!!」
強烈な拳が胴体に直撃し、004が黒い体液を吐き散らしてその場に崩れ落ちる。
「エルピス!」
「了解!!」
002が指先から五本に枝分かれした鎖状光波熱線を、005が両手を広げて横に伸びる光の刃を其々に放つも、それらは全てトラン・アストラに届くこともなく渦巻く黄金の旋風に打ち消されてしまう。
刹那、驚き慄くふたりに凄まじい稲妻と七色の光弾が降り注ぎーーー悲鳴をあげる間も無いまま二つの影が他に伏せる。
「……まだ、続けるかい?」
ゆっくりと振り返り、001を睨みつけるトラン・アストラ。その顔はかつてないほど冷たく、また悲しそうでーーー。
「答えるまでもない」
瞬間、二人は同時に動いた。
カルバリの地に閃光が迸り、遅れて衝撃が響き渡るーーー規格外の強さを誇るトラン・アストラを相手に、果たして001は互角に渡り合っていた。
空間を塗りつぶす程の光の嵐を掻い潜り、トラン・アストラに接近、同時に拳ひとつで猛攻を仕掛ける隊長。間髪入れず打ち出される反撃を素早い身のこなしで鮮やかに躱し、一撃一撃を的確に銀の身体に叩き込む。
呆然と見遣る他ない俺の前で、幾度となく交錯するふたつの拳。
互いに一歩も引かない熾烈な攻防戦が繰り広げられる。
「隊長……!?」
「す、すごいっス……」
目を覚ました特務隊の面々も眼前の光景に感嘆の声を漏らすーーーそれも当然だろう。最大威力の光線のみに特化したはずの001が、あのS級危険因子を相手に近接戦で有利に立ち回っているのだから。
"百戦錬磨の男"スタラ・レールターーー俺は今、その二つ名の意味を初めて目の当たりにしていた。
「オオォオオオ!!」
「ハァアアア……!!」
気を吐き出し、右腕を突き出して必殺光線の構えに入る隊長。
その射線上で超弓と化した左腕を引き絞るトラン・アストラ。
膨大なエネルギーが同時に集束し、互いの指先に眩いスパークが迸るーーー二つの破滅の光が今まさに撃ち放たれんとした、その時。
「今だッ!!!」
突然構えを解いて後ろに跳躍する隊長。
瞬間、地面を突き破って伸び上がる無数の赤い糸が、真下からトラン・アストラの全身を串刺しにした。
「うぁあああッ!!」
絶叫に重なるように、少し離れたバリアの中から響くふたつの悲痛な声。
「ぐぅうう……ッ!!」
さしものトラン・アストラも予想外の急襲には対応しきれず、全身を貫き絡みつく苦痛に顔を歪ませる。
「ーーー貴様の弱点はエネルギー消費の激しさと、その技の隙の大きさだ」
そう言い放つ隊長の両脇に俺を除く特務隊のメンバーが立ち並ぶ。
最早トラン・アストラに勝機はないであろうことは誰の目にも明らかだった。
ーーーこれで本当にいいのか……?
「……悪いが我々には手段を選んでいる余裕などない。この宇宙の平和の為に、何が何でもでも勝たねばならんのだ」
静かに、それでも決意に満ちた言葉を告げて、隊長が突き出した右腕に再度エネルギーが充填されていく。
「ぐっ……ウゥウオオオオァアアアァッ!!!」
不意にトラン・アストラが吼えた。
直後、それに呼応するようにドレインロープの赤い輝きが増しーーー瞬く間に灼き切れてトラン・アストラを解き放つ。
どうやら許容量を超えるエネルギーを送り込むことでドレインロープをショートさせたようだったが、その代償かトラン・アストラもまた蹌踉めきながらがくりと膝をつく。
ーーーいや、何も……何も間違っちゃいない。俺は宇宙正義だ。迷うことなどありはしないーーーあってはならないのだ。
荒い息で、それでも尚前方の五人を睨みつけるトラン・アストラ。
星の宿る瞳に不屈の闘志が燃えるーーーだがその目の前には金色に渦を巻く必殺光線がーーー!
「……終わりだッ!!!」
宣告の後、間髪入れず撃ち出される光の濁流。
避けようのない"死"が、唸りを上げてトラン・アストラに迫るーーー!
ーーー俺は……!
「トラぁあン!!」ーーー"ラセスタ"の叫びが。
ーーー俺は……!!
「トランっ!!!」ーーーエメラ・ルリアンの悲鳴が。
ーーー俺は……ッ!!!
ふたつの声が重なった頭の中に、不意に聞き覚えのある言葉がハッキリと響いたーーー『答えは既に、お主の中にあるのじゃ』。
「ッ!!」
ーーー瞬間、思考するよりも遥かに早く、俺の身体は動いていた。
念道力の拘束を跳ね除け、両脚にエネルギーを込めて地面を蹴りつけると同時に一気に加速する。
空間を切り裂く光芒。
勝ち誇るテナクス司令の立体映像。
勝利を確信し、安堵の表情を浮かべる特務隊の面々。
バリアを叩き、必死で手を伸ばすエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。
そして満身創痍のトラン・アストラ。
全てがスローモーションめいて流れていく景色の中を、さながら超低空飛行で駆け抜ける。
ーーー届け……ッ!!
雲を棚引かせてーーーまるで自分が光になったかのようにーーー疾駆し、その勢いのまま、半ば体当たりする形でトラン・アストラを突き飛ばした。
直後、頭上を通り過ぎていく閃光と衝撃。
直撃寸前で標的を失った光線は、俺たちを紙一重で掠めてクレーターの内壁へと炸裂し、そこで空間を歪ませるほどの大爆発を巻き起こした。
押し寄せる黒煙と熱風の中、一緒になって地面を転がる俺を見て、トラン・アストラが信じられないとばかりに目を見開く。
「……ユミト!?どうして……!!」
状況を飲み込めていないらしいその顔に、俺は肩で息をしながらぶっきらぼうに答えた。
「さぁな……俺にも分かんねぇよ……!」
そのまま立ち上がり様にトラン・アストラの腕を掴み、ぐいと引っ張り上げる。
星を宿したその瞳には、不思議なことにどこか満足げな自分の顔が映っていた。
「……ありがとう、ユミト」
鼻を鳴らしてそれに応えた俺に、怒りに打ち震えた声が降り注いだ。
「特務隊No.6、ユミト・エスペラント。貴様、自分が何をしたのか分かっているのか!!」
立体映像のテナクス司令が、眼鏡をかけた面長の顔に青筋を立てて激昂する。
「あと一歩で殺せたというのに……貴様という奴は……!!これは宇宙正義に対する重大な反逆だ!!断じて許すわけにはいかない!!」
困惑する特務隊の面々と対峙するように向かい合い、俺は声を張り上げた。
「俺はこの作戦が正しいとは思わない!!こいつは……こいつらは、ただ自分たちの大切なものを守りたいだけなんだ!」
「そんなものの為に……馬鹿馬鹿しい!敵に絆された愚か者め!!スタラ・レールタ隊長、この責任は君にある。分かっているだろうね?」
その言葉に重々しく頷き、隊長が静かに俺に問いかける。
「……ユミト。お前、本気なのか」
五人の視線が突き刺さるのを感じつつ、俺は親指で唇をそっと撫ぜ、ゆっくりと頷いた。
「あのユミトが……?」
「そんな、あり得ないっス……」
「信じらんねぇ、お前正気かよ!」
副隊長が、コハブが、アス=テルが口々に驚く。
その中でも一際声を荒げて叫んだのはエルピスだった。
「ユミト!冗談だろ?そうだって言えよ!!宇宙正義のーーーお前の信じた正義はどうした!!お前……ヒーローになるんじゃなかったのかよ!!」
同期であり親友の言葉が俺の胸を抉る。
だが、俺の答えはもう決まっていた。
「俺は……俺の信じた正義を信じる!!」
エルピスの顔に浮かぶ絶望の色。
俯いて悔しそうに歯を食いしばりーーー俺を睨め上げた。
「……どうも殴られなきゃ目が覚めないらしいね」
その言葉に他の面々もハッと気を取り直し、戦闘態勢をとる。
「それがお前の答えか……ならば仕方ない」
一歩前に進み出た隊長が、俺を見据えて告げた。
「"元"特務隊006ユミト・エスペラント。お前は宇宙正義法第94条及び機密保持法を破った……裏切り者だ。よって我々は宇宙正義の名の下にお前をーーーいや、貴様を抹殺する!」
電光石火、駆け出す五つの影。
「ぼさっとしてんな!来るぞ!!」
それらを迎え撃つべく俺たちもまた、即座に身構えーーー瞬間、眩い光が迸った。
「ッ!?」
恐らくこの場の誰ひとりとして現状を理解できている者はいなかったのだろう。
俺も、トラン・アストラも、特務隊の皆も、一様に動きを止めてその光源へと目を向けていた。
「あれは……!?」
俺たちの視線の先ーーー浮遊島の遥か彼方、宇宙正義本部の方向に、幾本もの燃え盛る炎の柱が立ち昇っているではないか。
「なんだ……なにが起きている!?」
「管制室!応答せよ、管制室!!」
しかし隊長の通信機から響いたのは、悲鳴にも似た金切り声だった。
「何者かが、浮遊島の中央制御室に……そんな、やめて、やめ……ッ!!イヤァアア!!!」
爆発音とともに通信が途切れる。
ーーーこれは只事じゃない……!
それを裏付けるかの如く、ドーム状の人工空に幾多もの大穴が開き、そこから続々と何かが投下されているーーー青銅に煌めく大小様々な機械の怪物ーーー機兵獣の軍団だ!
更にその奥には何隻もの重装殲滅巨艦アルゴスや見たこともない無数の小型戦艦がひしめき合い、今まさにこの浮遊島内へと侵攻を開始せんとしていた。
「やめろ!私は……この宇宙の正義の為に……やめろぉおおおおお!!!」
空中に浮かぶテナクス司令の立体映像が叫びと共に掻き消され、代わりに無数の機兵獣が降り注ぐ。
地響きを立てて着地し、それと同時に見た目にそぐわぬ俊敏さで一斉に動き出した。
刹那、動揺し、反応に遅れた特務隊の面々に向けて拡散状の光線が放たれるーーー!
「ッ!?」
しかしそれが標的に届くことはなかった。
光の速さでその間に割って入ったトラン・アストラが、見えない壁で攻撃を防いだのだ。
「お前は……どうして……?」
信じられないと目を見開く隊長に、肩越しに振り返ったトラン・アストラは答えた。
「前にも言った気がするけどーーー人が人を助けるのに、理由がいるかい?」
言うや否や駆け出し、右腕の一振りで目の前の機兵獣を打ち砕く。
「ユミト、いくよ!」
「ああ!!」
俺もまた飛び上がり、急降下の勢いのままに捻りを加えた蹴りを見舞う。
それをまともに受け、両腕が鋏で構成された人型の機兵獣が後方へと吹き飛んだ。
「さぁ、お片付けだ」
手刀にエネルギーを込め、機兵獣が体勢を立て直すより速く懐に潜り込む。
鋏の付け根、脚の関節、頭部と胴体を繋ぐ首のケーブルーーー全身の骨節を素早く斬り裂かれ、呆気なく崩れ落ちる機兵獣。
しかしその残骸を乗り越え、新たな機兵獣が俺に迫るーーー!
「ユミト!!」
光の針が降り注ぎ、目の前の機兵獣が後退る。
「……エルピス!」
そこに追撃をかけるのは光の槍を携えたアス=テルだ。
「話は後だ!」
「たっぷり絞らせてもらうからね!」
少し離れたところでは隊長の指揮の元、副隊長とコハブがトラン・アストラの援護に就いていた。
「遅れをとるな!機械の軍勢を殲滅せよ!!」
雄叫びを上げて敵陣へと突っ込んでいくアス=テル。
俺とエルピスもまた視線を交わし、頷き合ってそのあとを追う。
「機兵獣の弱点は関節だ。そこに攻撃を集中させろ!」
俺たちは連携し、次々に青銅の軍団を打ち倒していった。
だが上空からさらなる機兵獣の投下や艦隊の攻撃が俺たちを襲いーーーと、その中に混じって見覚えのある小型円盤が錐揉みしながら落下してくるのが視界に入った。
「ぬおおおおお!!」
さながら隕石のようにカルバリの大地に墜落したそれから、古い鎧を着込んだ小太りの男が這い出してきた。
「ピエロンさん!!」
トラン・アストラが素早く宙を駆け、自称・宇宙大魔王ピエロン田中を支え起こす。
「げほっげほっ、あー、いてて……クソっ、よりにもよってこのタイミングとはな」
燻った全身を手で払い、ピエロン田中が顔をしかめて立ち上がる。
「俺様は大丈夫だ。それよりお前ら、とっとと逃げろ。ヤツが来るぞ!!」
切羽詰った口調でそう告げるピエロン田中。
"ヤツ"とは誰のことか、俺たちが訊ねようとしたーーーその時。
「長かった……この日をどれだけ待ち侘びたことか」
争乱の最中に響く低く冷たい声。
漆黒のローブを纏い、ブロンドの長髪を靡かせて、ゆっくりとこちらへ歩を進めてくる、その姿。
「お前はーーー!!」
はたと立ち止まり、トラン・アストラを真っ直ぐに見据えながら、そいつは痩せた端正な顔を邪悪に歪ませた。
「ようやく会えたな、トラン・アストラ。
さぁ、心星の光を俺に渡してもらうぞ」
宇宙史上最悪の犯罪者ーーーラスタ・オンブラーが、そこにいた。
「本気で来ねぇと死ぬことになるぜ?」
「勝つ必要なんかない。負けてもいいのさ。彼は既に、"死"さえも超越している……!」
「今ここに宣言する。
ーーーこの宇宙は、俺のものだ!」
次回、星巡る人
第47話 BRAND NEW WORLD




