第45話 いつか世界が輝きだしたら
なにが正義で なにが悪かと
分からない時 瞳を閉じろ
そんな45話。
これは僕の持論ですが、誰かと一緒に食べる食事は美味しいものだと思っています。
家族、友達、恋人……それがどんな関係であれ、気のおけない相手との食事にこそ掛け替えのない価値があり、その瞬間目の前の食卓には当人たちの世界の全てが広がっているのです。
今回はこれまで要所要所に散見されたそんな要素の集大成であり、同時に語り手ユミト・エスペラントの葛藤のお話となります。
31話より始まった彼の成長の物語であるこの第2部もそろそろ終盤に差し掛かってきました。
次回より急展開を迎えます『星巡る人』、どうか今後ともお付き合い頂けると幸いです。
それではまたお会いできますよう。
カストル区を抜けた先、かつて星だったものが無数に散らばる小惑星帯『ノーウェア・ホライズン』。
近年宇宙各地で頻発している"歪み"の影響で生まれたとされるこの宙域は、一帯に揺らぐ幻想的な星間ガスと朧々とした塵の芸術によって見事なまでの美しさを誇り、それ故に事故を起こす船が後を絶たないのだそうだ。
熟練のパイロットでさえ思わず見惚れてしまうほどの絶景ーーーそれがどんなものであるのか、全く期待していなかったと言えば嘘になるがーーー今の俺たちに、その光景をぼんやり眺めるような余裕などありはしなかった。
「おい!もう燃料が殆ど残ってねぇぞ!」
「うっさい!そんなの分かってるわよ!!」
色鮮やかな小惑星群を掻い潜って翔ける飛行船の中に、俺とエメラ・ルリアンの怒声が飛び交う。
背後に迫るのは幾千もの青銅の軍勢ーーー大小様々な姿形をした機兵獣どもであり、それらを統率していると思しき大型戦艦からは先程からずっと煽るような不快な通信が届いていた。
「弱いよォ?弱すぎるよォ!!諦めてとっとと楽になりなよォ!」
「もっと本気で逃げないとお前ら、死ぬよォ?死んじゃうよォ!!」
どうやら二人組のようだがーーーいや、そんなことはどうでもいい。機兵獣を従えているのだから、どうせラスタ・オンブラーの一派だろう。
重要なのは俺たちがいま、追われているという事実だけだ。
尤もカストル区を抜けてすぐ奇襲をかけてきたこの敵勢に対し、俺たちは当初優勢であった。
トラン・アストラの繰り出す光のショーと、エメラ・ルリアンの持つ"鍵"ーーーメモリクレイスとかいうヤツだーーーによって青銅の怪物どもは次々と無惨なスクラップと化し、奴らに反撃の余地など有りはしなかった。
だがいくら殲滅しても大型戦艦より送り込まれてくる機兵獣の前に俺達は徐々に徐々にと押されていき……遂には逃亡せざるを得なくなった、というわけだ。
ーーーさすがのこいつらも、圧倒的な物量差には勝てないのか……。
などと呑気に考えていられたのも束の間、飛行船の燃料が間もなく底を尽きるとあってはとてもじゃないが冷静ではいられない。
こんな所で宇宙の塵になるのは御免だ。
「もう一度俺がーーー!」
「ダメよ!そんな状態で行かせられない!」
その額に玉粒のような汗を滲ませながら立ち上がったトラン・アストラを、エメラ・ルリアンが声を荒げて制する。
その時、動力室から"ラセスタ"の通信が響いた。
「大変だ、エメラ!前見て!前!!」
咄嗟に前を向いた俺たち三人は、揃って言葉を失う。
ーーーおいおい、嘘だろ……!?
小惑星を取り込み渦を巻く強烈な磁場と重力の乱れーーー俺たちの行く手に待ち受けていたもの、それは星嵐だった。
ーーー万事休すか……こいつはヤバイぞ。
前方には星嵐、後方には機兵獣軍団、周囲には無数の小惑星……宇宙一のパイロットでもなければこの絶体絶命の状況を切り抜けられないだろう。
背中を伝う冷たい汗。
だが長時間の宇宙戦闘に適していない俺には、精々飛行船の操縦をサポートすることくらいしかできない。
とは言えこのままではーーー。
暗闇を切り裂く無数の光線が、飛行船を紙一重で掠めて追い越していく。
それを見てトラン・アストラが静かに口を開いた。
「エメラ、やっぱり俺が」
「待ってトラン。……私に考えがあるの」
言うや否やエメラ・ルリアンは操縦桿を引き、ひと息に加速した。それも何を考えているのか、星嵐目掛けて一直線に、である。
「ちょっとエメラ!?」
「いいから!私に任せて、ね?」
そのまま有無を言わさずーーーまるで躊躇うことなくーーー電光石火の勢いのまま星嵐に突っ込んだ。
「みんな!しっかりつかまってて!!」
刹那、機体を襲う強烈な衝撃。
巨大な重力と磁場の渦の中を転げ回り、小さな飛行船が悲鳴をあげるかのように激しく軋む。
明滅する照明と船内に弾けて降り注ぐ火花の雨が、揺れる視界の端に残光を曵いた。
ーーーあまりにも無謀で命知らずだ。こいつ……やっぱりバカなのか?
「ユミトうるさい!舌噛むわよ、口閉じてなさい!!」
どうやら無意識のうちに口から叫びが漏れていたらしい。勢いに任せて歳下の少女に叱られてしまった。
「よし!いいとこ入った!!」
エメラ・ルリアンのその言葉の意味はまるで分からなかったがーーーこの瞬間、彼女の顔に勝負師としての一面がちらりと覗いたような気がした。
「メモリクレイス、セット!!」
間髪入れずに操縦席に"鍵"を挿し込むエメラ・ルリアン。
ーーーーMAXIMUM OVER DRIVEーーーー
「いっけぇえええ!!!」
ーーーーLIGHTENING PLASMAーーーー
淡々とした機械音声が耳に届いた時、すでに俺の視界は眩い光に包まれていた。
星巡る人
第45話 いつか世界が輝きだしたら
「エメラぁ……幾ら何でも無茶しすぎだよ……」
抜けるような青空と湧き上がる入道雲の下に"ラセスタ"の嘆きが響く。
「あはは……ごめんね、身体が咄嗟に動いちゃって」
バツが悪そうに明後日の方向へと目を泳がせるエメラ・ルリアン。
「まあまあ、みんな無事だったんだし、エメラの機転のおかげで助かったんだからーーー」
仲裁するトラン・アストラだが、その顔は若干引きつっているように見える。
三人が動揺しているのも無理はない。
俺たちの目の前に広がるのは透き通った海と白い砂浜、そして半壊した無惨な姿を晒す小型の飛行船だったのだから。
ーーー星嵐の内部でエメラ・ルリアンの撃ち出した"鍵"の力は凄まじく、莫大なエネルギー同士の激突は瞬く間に追っ手もろとも周囲の小惑星帯を吹き飛ばした。
おかげで荒れ狂う磁場の渦は消滅したものの、爆心地にいた俺たちが無事で済むはずもなくーーーこの有様だ。
突き上げるような衝撃に殴打され、錐揉みしながら大気圏内に突入した為に機体は凹凸だらけの丸焦げとなり、木々をなぎ倒しながら墜落した際に両翼は真っ二つにへし折れた。オマケにエンジンは焼き切れて使い物にならないときている。
俺は眼前の現実から目を背けるように視線を逸らした。
水平線の彼方まで続く深い紺碧の水面が、燦々と降り注ぐ陽の光を浴びて煌めいている。
純白の砂地に寄せては返す波、俺たちの背後に鬱蒼と生い茂る巨大な木々、そのどれもが思わず見惚れるほどに美しい。
と、そこで我に返って首を振る。
ーーーいや、そんなことを考えている場合ではないな……そもそもここはどこだ?
宇宙は日々拡がり続けており、当然ながらその中には宇宙政府ーーー正確には宇宙政府星間交通省ーーーの把握しきれていない新しい宙域や惑星も数多く存在している。
飛行船のレーダーにこの星の情報は記されていなかった。恐らく俺たちは星嵐の爆発によってNM78星雲から弾き出され、この何処とも知れぬ未確認原生惑星に墜ちてしまったのだろう。
「とにかく修理しなきゃ。でも何処から手をつけたらいいんだろう……?」
"ラセスタ"が汗を拭って一歩踏み出そうとしたその時、俺の耳が不審な音を捉えた。
「!何か来る……!」
どうやらトラン・アストラもそれに気づいたらしく、俺たちは殆ど同時に背後の森へと目を向ける。
ーーー動物か?それとも……!?
高まる緊張。神経を研ぎ澄ませて注視した木々の狭間から聞こえてーーー近づいてーーーくるのは、枝を掻き分ける小気味の良い音と、張り詰めたこの空気に似つかわしくない陽気なメロディだった。
『おお坊や
心配いらない
きっと大丈夫さ
きっとうまくいく……』
ーーー宇宙共通語じゃないな。これは確か……前に任務で立ち寄ったプレアデス区惑星D32の言語だったか。
と、そこで不意に歌が宇宙共通語に変わる。
「まったく、随分と乱暴なご挨拶だね。もう少し静かに着陸できないのかい?」
挑発的な言葉とともに茂みの奥から姿を現したのは年配の女性だった。すらりとしたレザースーツを着こなし、口元には不敵な笑みを浮かべている。老婆と呼ぶには溌剌としているが、腰まで伸びる白髪と顔に刻まれた深い皺が彼女がこれまでに重ねてきた人生を物語っていた。
「アタシの星を荒らすなんて、いい度胸してるじゃないのさ。えぇ?きっちりケジメはつけてくれるんだろうね?」
見た目に似つかわしくない軽快さでこちらへと歩み寄ってくる老婆。そのサングラスの奥に覗く眼光は鋭い刃物のようだ。
ーーーん?こいつ、どこかで……。
「まずはこの辺りの片付けからーーー」
と、そこで老婆は言葉を切り、俺たちを順に見回して口を開く。
「ちょっと待ちな。この飛行船、誰のだい?」
「わ、私……ですけど……」
突然現れたこの老婆の迫力に萎縮しながらも、エメラ・ルリアンがおそるおそる手を挙げた。
「……ふぅん、アンタが」
老婆はエメラ・ルリアンに近づくと、ふぅん、へぇ、ほぉ、などと声を漏らしながら値踏みをするようにじろじろと栗色の髪の少女を見つめる。
「な、なに?なに?」
直後、俺たちが止めるより早く、老婆はエメラ・ルリアンの顎を指先で押し上げた。
「……トラベ・ラベルトは元気にしてたかい?」
そう言って口元を吊り上げる老婆に、エメラ・ルリアンは驚きを隠しきれないように目を見開く。
「ラ、ラベルトを知ってるの?」
「あぁ知ってるとも。随分前だが、この星に来た事がある。アンタらの乗ってきたその飛行船、ファンタジア号はあいつのお気に入りだったのさ」
老婆は数歩下がり、サングラスを外して改めてまじまじとエメラ・ルリアンを見回した。
「あいつは船に拘りを持ってる奴だった。簡単に手放すような男じゃあない。どんな事情があったにせよ、それをアンタが持ってるってことは、アンタがちゃんとあいつに認められた奴ってことさね」
そして唐突にパン、と手を打ち鳴らし、白い歯を覗かせた。
「よぉし、だったら話は別さね。あいつの知り合いならアタシにとっても大切なお客さんだ。どれ、お茶でもご馳走しよう。その後であの飛行船の修理も手伝うとしようかね」
「え!いいの?」
「でも見ず知らずの私たちにどうして……?」
「ラベルトにはちょっとした借りがあるさね。『人に助けられたら必ず恩を返しなさい。それがどんなに小さなことでも、助けてくれた人の力になりなさい』ーーー違うかい?」
エメラ・ルリアンをちらりを見ながら老婆が答える。どうやら二人には共通の知り合いがいるらしい。
「ま、とにかく家に案内するよ。今の時期、この星の昼間は特に暑いさね。水分を摂って、それから工具箱をーーー」
「待て」
背を向けた老婆に向けて言葉を放つ。
この老婆、どこかで見た覚えがあると思っていた。記憶の糸を手繰り寄せ、今ようやく思い出したのだ。容姿こそ随分と変わっているが、こいつはーーー。
「お前、お尋ね者だろ」
ぴたりと足を止め、振り向くことなく老婆が溜息を吐く。
「なんだい。アンタ、やっぱり宇宙正義だったんだね」
ウェイクアップペンシルを取り出し、臨戦態勢をとる俺に向き直り、老婆は口角を吊り上げた。
「如何にも。宇宙海賊スカイコア副船長、ヌブラード・クラウディとはアタシのことさね」
老婆ーーーヌブラード・クラウディはまるで俺を挑発するかのように訊ねる。
「それで?アンタはどうするつもりだい?」
「お前を取っ捕まえて宇宙牢獄にぶち込む。それ以外にあるか」
俺の答えに老婆は高笑いし、再び俺に背を向けた。
「アンタにゃ無理だね」
「なんだと?」
「目を見りゃ分かる。アンタは他の宇宙正義どもとは違うってことさね」
ーーーこいつは何を言っているんだ……?
ヌブラード・クラウディの言葉に面食らいながらも、俺は警戒を解くことなく声を張り上げる。
「指定宇宙海賊団スカイコアは五人組だった筈だ。答えろ、他の構成員はどうした!」
「みんな死んだよ。とっくの昔にね」
暫しの間、俺は奴を睨みつけた。
いくらならず者とは言え、相手は老婆である。捕らえることなど容易いはずだーーーだが、俺はなぜかその場から動くことができなかった。
「さ、着いて来な。お茶にしよう」
老婆は軽く微笑むと、エメラ・ルリアンたちを引き連れて森の奥へと進んでいく。
焼け付くような炎天下の浜辺に取り残された俺は、自分自身への苛立ちと戸惑いから思わず低く舌打ちした。
ーーーなんなんだよ、クソっ。
とにかくこのままにしておく訳にはいかない。
俺は少し躊躇いながらも早足で奴らの背を追いかけた。
「トラベ・ラベルト……あいつがこの星に来たのは三年前のことさ。その年はちょうど不作不漁の年でね。あいつがたまたまこの星に立ち寄らなかったら、今頃アタシは餓死してただろうね」
森の中、草木の茂る獣道を俺たち五人はひたすら歩く。高い木々の梢によって生まれた日陰の道は先程までの浜辺に比べて随分快適であり、涼しいとさえ思えるほどだ。
「あの、ラベルトはどうしてこの星に?」
「ハッ。野暮な事を聞くもんじゃないよ。旅をするのが旅人ってモンだろう?」
やがて俺たちは拓けた空間へと辿り着いた。
そこは森の奥のちょっとした広場であり、丸太を水平方向に重ねて積み組まれた二階建てのログハウスや小さな畑がひと目で見渡せる。
老婆の後に着いて小屋の中へと入ると、そこには五人がけのテーブルや大きなソファなど、凡そひとりで使うには持て余しそうな家具たちがひしめいていた。
「散らかってて悪いけど、まあ好きに掛ければいいさね」
老婆はそう言ってキッチンの方へと向かう。
俺以外の三人は遠慮がちにテーブルに腰かけたが、俺は座ることなく部屋の中央にある暖炉の方へと歩を進めた。
ーーーこれは……。
使われていない石造りの暖炉の上に飾られていた写真を手に取り、まじまじと見つめる。
このログハウスの前で撮られたと思しき色褪せたそれには、若い五人組が笑顔で肩を組んでいる瞬間が切り取られていた。
ーーー指定宇宙海賊団スカイコア、か。
男四人と女一人の五人で構成されたこの一味は、長年宇宙正義が追い続けている犯罪グループのひとつだ。特務隊ではなく実働部隊の担当であるためその詳しい犯罪歴までは知らないが、未だに宇宙正義本部の廊下には若かりし日のーーー丁度この写真と同じくらいのーーー彼らの手配書が貼り付けてあることから、相当な重罪犯であろうことだけは俺も知っていた。
ーーーそれがまさかこんな辺境の星に隠れていたとはな……。
「ちょっとユミト!人の家よ!」
「勝手に触らないほうがいいって!」
エメラ・ルリアンと"ラセスタ"が小声で俺を咎める。俺は渋々写真を元の位置に戻し、他に何があるのかと視線を巡らせた。
古めかしいライターや紙飛行機らしきガジェット、黒いノートのような立体映像タブレットなど、今では骨董品として扱われているような代物が埃を被った状態で彼方此方に無造作に置かれている。
「そんなところに面白いもんなんかありゃしないよ」
キッチンから戻って来たヌブラード・クラウディだ。手にした盆に乗ったグラスを順に配りーーーはたと、俺の前で手を止める。
「おっと、あんたはいらないね?」
挑発的にそう言うと、老婆は手にしたグラスをぐいと傾け、中に満ちた小麦色の液体を飲み干した。
「『飲食とは最も隙が生まれる瞬間のことである』ーーー宇宙正義軍訓練生の鉄則だ。違うかい?」
それ以前に敵からの施しなんて受けないか、などと言って笑う老婆を余所に、俺は驚きのあまり思わず目を見開いたーーーどうしてそれを知っているんだ?
「なに、大したことじゃあない。アタシも昔は宇宙正義の一員だったってだけのことさね」
まるで俺の心を見透かしたかのように、ヌブラード・クラウディがさらりと告げる。
それから興味津々といった様子のエメラ・ルリアンたちに気づくと、軽く鼻を鳴らして訊ねた。
「なんだい。あんたたち、こんな話が気になるのかい?」
俺以外の三人がーーー特にエメラ・ルリアンがーーー目を輝かせて頷く。
興味津々なその様子からするに、恐らくは宇宙海賊という存在そのものを知らないのだろう。ましてやそれが目の前にいるとなれば尚更だ。
ーーーまぁそれもそうか。いくら指名手配犯と言えども数十年以上前のことだ。一介の旅人が知らないのも無理はない。
……かく言う俺もさほど詳しいわけではないが。
「しょうがないねぇ。長くてつまらない話になるだろうが、まぁ覚悟するさね」
そう言いながらもどこか楽しげに、老婆が椅子に腰掛けて足を組んだ。
「うん?飲まないのかい?」
「あっ、いただきます」
三人が其々に感謝の言葉を呟いてグラスを傾ける。
その光景を見渡しながら、ヌブラード・クラウディは当時を回想するようにゆっくりと語り始めた。
「……これはアタシがまだうら若き乙女だった頃の話さね。当時、宇宙正義こそが自由と平和の象徴であり、絶対的な存在だと信じていたアタシは、宇宙政府最高決定機関機密保持審議会実働部隊の一員として、日々幼稚で薄っぺらな善悪二元論を振りかざしていた。自分で言うのもなんだが、叩き上げのエリートってことになる。まあ下っ端もいいとこだったがね」
自嘲気味に笑いながら俺に向けて「テナクスの野郎とは同期だったのさ。二人してよくドロススの爺さんにシゴかれてたよ」と付け加える。
テナクス司令がまだ下っ端で、あの老将ドロススが実働部隊を率いていた頃と言えば四十年以上も前のことだ。
「随分と色々なことをしてきたよ。自由と平和の為って大義名分と正義を盾に……罪悪感なんてこれっぽっちもなかった。自分たちは正しい行いをしていると心から思っていたんだ。あの日が来るまではね」
「あの日?」
トラン・アストラの漏らす言葉に重く頷き、老婆は遠くを見据える。
「そう……あの日、アタシたちはある任務を受けてオリオン区の遊星B29に向かっていた。なんでもその星の王が宇宙政府に対する反逆を企てているとかなんとかでーーーまぁよくある話さねーーー武力制圧ののち星王及び関係者の逮捕って手筈となっていたのさ。ところが、惑星を包囲し降伏を迫った段階で上層部は命令を変更した」
ヌブラード・クラウディの瞳にふっと影が差す。
「『遊星B29は宇宙政府に関する極めて重要な情報を所有している。宇宙機密保持法に則り、直ちに遊星全土に対して正義を執行せよ』ーーーそこからは容赦なかったよ。反撃も降伏もなんの意味も成さなかった。無差別な絨毯爆撃は陸地という陸地を焼き払い、中央国家だけでなくありとあらゆる都市が焦土と化した。巨大母艦バラバまで持ち出した挙句、終いにゃ惑星貫通弾だ……遊星B29は宇宙の塵となり、銀河航路図から完全に消し去られたよ」
あまりに凄惨な話に短く息を飲むエメラ・ルリアン。それをちらりと見遣り、老婆は険しい表情のまま言葉を続けた。
「それはアタシの望んだ自由や平和とは程遠い光景だった。そしてその時初めてアタシは自分の正義に疑問を抱いたのさーーー命を踏みにじってなにが正義なのかってね。
……これはあとで分かったことだが、実は遊星B29は宇宙政府への反逆なんて企んじゃいなかった。ただ怪獣族の一団を匿っていただけだったんだ。なぁあんた、危険生物基本法は知ってるね?」
危険生物基本法は共通語を理解し使用する"ヒトならざる種族"と"ヒト"を明確に区別するための法律だ。極めて凶暴で気性が荒いとされる怪獣族ももちろん対象となっており、発見時には宇宙政府への通報が義務付けられている。また匿った場合はいかなる理由があろうとも厳罰となるーーーとは言え、星ごと消し飛ばされた例など聞いたことがない。
俺が無言で頷くと、ヌブラード・クラウディは鼻を大きく鳴らした。
「じゃあ、どうしてあんなくだらない法律かあると思う?……答えは簡単、怪獣族が宇宙政府にとって最も都合の悪い情報を持っているからさ。温厚で聡明、そしてなにより長命な種族である彼らは知っているんだーーー大昔に宇宙政府がなにをしたのかを。だからこそ上層部は血眼になって怪獣族を滅ぼそうとしてるのさね。遠い昔に隠した真実を、広められないように」
ーーーバカバカしい。そんなのはデタラメだ。
だが俺が口を挟む余地もなく、老婆の話は続く。
「……あいつに出逢ったのはその後すぐのことだった。尊大で高慢、傲岸不遜、自信過剰、自由奔放がまとめて服を着て歩いてるような男ーーーレイニー・レイン。うちの船長さね」
俺は思わず暖炉の上の写真にーーー肩を組む五人組の真ん中、口元に笑みを浮かべた三白眼の黒髪にーーー視線を向けた。例によって手配書で何度も見た顔だ。
「当時あいつは宇宙政府の行政機関をひとりで荒しまわっていたらしいんだが、丁度そのときは銀河警察や宇宙正義軍を相手にドンパチやらかしているところだった。アタシの小隊に応援要請が来たのは偶然か運命か……自分の中の迷いを振り切ろうと必死だったアタシはすぐに現場に向かったよ。どんな奴にせよ所詮は小悪党、大したことないって思ってたのさ。だけどーーー」
ヌブラード・クラウディはそこで一旦言葉を切り、なにかを思い出したかのようにクスリと微笑む。
「ーーーあいつは凄かったよ。華麗に宇宙船を駆り、精鋭パイロットたちを次々とごぼう抜きさ。あの宇宙正義軍が赤子同然に翻弄されて勝手に自滅していったなんて笑っちゃうさね。今でも鮮明に覚えてるよ……あの時、あいつはまさしく宇宙一のパイロットだった」
宇宙正義軍はーーー特務隊のような白兵戦専門の部隊を除いてーーー圧倒的物量による制圧を基本戦術としている。応援要請を送るともなれば尚更だ。それを掻い潜り、剰え自滅にまで追い込むとは……。
この話が真実であるなら、レイニー・レインは確かに宇宙で最も船の操縦に長けていたと言えるだろうーーー俄かには信じられないが。
「でもアタシは諦めなかった。逃げ回る敵機に懸命に食らいつき、たった一人でどこまでも追撃し続けたのさ。……今思えば、あいつを捕らえることで自分の正義を取り戻せると思い込んでいたんだろうね。そして熾烈なデッドヒートの末に、アタシは辺境の小惑星にて遂にあいつを撃墜した。
だけど眉間に銃口を突きつけられても尚、あいつは降伏の意志すら見せなかったのさ。それどころか挑発するようにアタシに言ったんだーーー『上手く俺を追い詰めたと思ってるようだが、違うぜ。俺がお前を追い詰めさせたんだ』、『お前は自分の信じるべきものを見失ってるな。目を見りゃ分かる』ーーーってね」
「目を……」
"ラセスタ"が俺をちらりと盗み見たのが横目に映る。『目を見りゃ分かる』ーーーまるでその言葉に聞き覚えがあるとでも言いたげだったが、俺はそれをあえて無視した。
「そりゃもうボロクソに言われたよ。『誰かの決めた正義に縛られて、望まない任務で手を汚し続けるなんて不自由だとは思わねぇか』とか、『俺だったらそんなくだらねぇ人生は願い下げだ』とかね。そして最後にこう言った……『俺はこの宇宙の真実を探している、誰よりも自由な男だ。お前も付いて来い。自由が欲しけりゃ、この俺がくれてやる!』……アタシは迷わなかったよ。その場で宇宙正義を裏切り、晴れてお尋ね者の仲間入りを果たしたってワケさ」
言葉を区切るとしんとした沈黙が空気に流れる。その場の全員がーーーいつの間にか俺もーーー老婆の話に聴き入ってしまっていた。
「その後、アタシたちは自由を求めて宇宙中を駆け巡った。行く先々で多くの人や事件と出会い、その中で志を同じくする掛け替えのない仲間たちと出逢った。そしていつしかアタシたちは"宇宙海賊"と呼ばれるようになったのさねーーー実際のところそいつは汚名みたいなもんだったが、アタシたちも好んでそう名乗っていたのさ。『宇宙を支配する絶対の正義に反旗を翻した海賊』なんて、最高にイカしてるだろう?」
これまで食い入るように話を聴いていたエメラ・ルリアンが興奮気味に訊ねる。
「ねぇ、ヌブラードさん、あのーーー」
「クラウディでいいよ」
「じゃあ、クラウディ……さん。その、船長さんの探してた宇宙の真実って見つかったの?」
ヌブラード・クラウディは意味深な含み笑いを浮かべて立ち上がった。
「さぁね。ま、その話はあとにするとしよう。ちょっと長く話しすぎた……そろそろあんたらの飛行船の修理に取り掛かろうかね。水分補給も済んだところだし」
そう言って部屋を出て行く老婆の背に向け、俺は心の中でひっそりと毒づいた。
ーーーまぁ、俺は済んでいないけどな。
「へぇ。あんた、なかなかいい腕してるじゃないか。見たところ一般的なやり方じゃあないみたいだけど、独学かい?」
「ちょっと前に怪獣族のイオリさんって人に教えてもらったんだ。まだまだ上手くできないんだけど……ねぇ、クラウディさんこそ、そのエンジンどうやって直したの……?」
陽射し照りつける海岸にて楽しそうに飛行船の修理に勤しむ黒髪の少年と老婆。
流れる汗もなんのその、足早に動き回り、互いに協力しながら手際よく作業を進めていく。
その光景を遠巻きに眺めながら、残された俺たち三人は全く別の方向へと歩を進めていた。
理由は単純だーーー「あんたたちには他の仕事があるさね」と、老婆がエメラ・ルリアンとトラン・アストラに釣竿を、そして俺には背負い籠を寄越したのだ。
ーーーどうして俺がこんなことを……。
不満はあるがとりあえずは従うしかない。
指示された通りにひたすらに海岸を歩き続け、やがて俺たちは目指していた岩場へとたどり着いた。
浜辺を遮るように積み重なった大きな岩岩と、それにぶつかっては派手に飛沫を上げる白い波が陽を浴びて煌めいている。
老婆曰く、ここが魚釣りの穴場であるとのことだがーーー。
「ねぇ、ユミト。ちょっと聞きたいんだけど、これどうやって使えばいいの……?」
振り向くとエメラ・ルリアンとトラン・アストラが揃って困惑した顔で手にした竿と俺を交互に見比べていた。
「ごめんね、俺も知らなくて……教えてもらってもいいかな」
……どうやら二人とも釣りをしたことがないようだ。いや、この反応から察するにそもそも釣りという行為そのものを理解していないのではないだろうか。
俺も別に経験があるわけではないが、それでも何をどうすればいいのかくらいは分かる。
半ば呆れながらも釣竿を振るうと、先端に疑似餌のついた釣り糸が緩やかな軌道を描いて海の中へと沈む。
間髪入れず確かな手応えと共に緋色の鱗の魚が釣り上がった。どうやらここが穴場というのは間違いではないらしい。
「すごいねユミト!魚が釣れたよ!!」
「つぎ私!私もやってみたい!!」
全くもって大したことではないがーーーこうも無邪気に喜ばれると悪い気はしない。
「ありがとね!ユミト!」
軽やかな足取りで岩場をスキップするエメラ・ルリアンと、「危ないよ!」とまるで保護者のように付き添うトラン・アストラ。
そんな二人を暫しの間見つめた後、無言で背を向けて歩き出す。
ヌブラード・クラウディより課せられた俺の仕事は魚釣りではなく薪拾いだった。
それも飛行船の墜落で薙ぎ倒した木々の片付けも兼ねて、とのことらしい。
ーーー仕方ない……か。
俺は深く溜息を吐いて竹籠を背負い直すと、一直線に森を横切る荒道へと足を踏み入れた。
正直、こうしてひとりで黙々と作業ができるのは有難いことだった。先ほどのヌブラード・クラウディの話が頭から離れないでいたからだ。
ーーー奴の話を鵜呑みにしたわけじゃない。デタラメだ。そうに決まってる。
俺はこれまで宇宙正義こそが自分の正義だと信じて戦ってきた。だから命じられた任務に疑いを持つこともなかったし、迷いを抱くこともなかった。
このS級危険因子監視任務だってそうだ。宇宙の平和を乱す悪魔とその一味を打ち倒すことが最善の道であるという政府の見解に基づき、それを果たす為だけに俺は長々とこの不本意な旅を続けてきた。
そう、全ては宇宙正義の為にーーーだがどれだけ自分に言い聞かせても、どうしても以前のように素直に呑み込めない。
俺は知ってしまったのだ。
あいつらもまた、唯の人間なのだ、と。
トラン・アストラ、エメラ・ルリアン、そして"ラセスタ"……奴らは自分たちの命をも顧みず、例えどんなに危険であっても躊躇うことなく人の為に動くーーー底抜けのお人好しだ。その上お節介で、無謀で、間抜けで……なにより善良な、とんだ大馬鹿野郎どもなのだ。
どんな強大な力を持っていようと、どこの出自であろうと、そんなことは関係ない。時に泣き、笑い、喜び、悲しみ、怒る。あいつらはそんなどこにでもいる有り触れた普通の人間だった。
奴らと共に過ごす中で、俺はそう確信するようになっていた。
情けない話だが、絆されてしまったと言われればその通りなのかもしれない。
この宇宙の総てを知るとされる絶対の正義ーーー俺は今、生まれて初めて自分の信じるそれに疑問を抱いていた。
「俺は一体どうしたいんだ……」
思わず呟いた俺の脳裏を、不意に幼い頃の夢がよぎる。
それは俺の原点。
いつか憧れた正義の味方の姿。
しかし唐突にフラッシュバックしたその記憶の意味を考えるよりも先に、俺の眼が視界の端に煌めく銀の光を捉えた。
ーーー!?
視線の先、荒道からすこし逸れた空間にて、明らかな人工物が降り注ぐ木漏れ日を乱反射している。
俺は竹籠を降ろし、まるで何かに導かれるかのようにその光源へと歩き出した。
ーーーこれは宇宙船だ……それもかなり旧式の……。
鋭い鼻先、鉤状に曲がった翼、猛禽類を思わせる銀の船体が、聳え立つ木々に囲まれてそこに放置されていた。
もう随分と長い間動かしていないのだろう、燻んだ銀の機体は無数の蔦に覆い尽くされており、もはや周囲の自然の一部と化している。
船のすぐ横には四本の十字架が立てられていた。墓標だろうか……だとするならこれはーーー。
「ッ!?」
咄嗟にウェイクアップペンシルを取り出して身構える。目の前の宇宙船の扉が突然開いたのだ。
警戒しつつ覗き込んだ入り口の向こうには誰もいないーーー罠か?
「……」
俺は意を決し、慎重に宇宙海賊の船へと踏み込んだ。
薄暗く狭い通路を抜けた先、居住スペースとフライトデッキに続く階段が視界に映る。
静まり返った船内はひんやりと冷たく、荒れ放題の外観に反して意外な程小綺麗な状態が保たれていた。
その中でもひときわ目を引くのが薄暗い部屋の中央に設置された台座だ。どうやら何かの装置であるらしく、天井に向けて青白く輝く円柱状の光を立ち昇らせている。
恐る恐るそれに向けて近づくーーーと、不意に光の柱が収束し、やがて手のひらサイズの立方体となって音もなく台座の上に転がり落ちた。
水を打ったような静寂と、張り詰める緊張。
変わらず部屋の中央に鎮座する半透明の立方体は、まるで広大な銀河を内包しているかのように美しい蒼に煌めいている。
その小さな宇宙から何故か目を離すことができないまま、全身に感じる冷たい汗も御構い無しで衝動的にそれに手を伸ばすーーー直後、指先が僅かに触れた、その瞬間。
「ッ!!!」
しまった、と思った時には既に遅かった。
俺の意識は俺の身体を離れ、瞬く間に立方体の内部へと吸い込まれていくーーー燦然と輝く幾千もの星々を抜け、果てしない暗闇へと、深く、深くーーー。
ふと気がつくと、俺はどことも知らぬ荒野の惑星に立ち尽くしていた。
辺りを見回せば彼方此方で火の手が上がり、其処彼処に機械の残骸が散乱している。凄惨な戦場の様相を呈したその光景はとてもじゃないが穏やかとは言い難い。
ーーーここは……?
と、困惑する俺の上空を幾多の流星が駆け抜けていく。
俺は思わず驚きの声を上げた。それらはーーー色鮮やかな模様の踊る銀の身体、星を宿したような瞳……トラン・アストラに極めて酷似した外見的特徴ーーーS級危険因子の軍団だったのだ。
ーーーそんな馬鹿な。俺は……夢でも見ているのか?
更に銀の集団が向かう先へと視線を移し、思わず絶句するーーー遥か彼方より迫るのは夥しい数の機械の怪物どもーーー機兵獣の大群だ!
戦いの火蓋は切って落とされ、空一面で繰り広げられる激闘を俺はただ眺める他なかった。
その余波は凄まじく、爆散した機械の残骸や光の束が雨霰と降り注ぐーーーそれらが俺の身体をただ通り抜けていくことから察するに、どうやらこれはホログラムや幻影の類であるらしいのだが……。
刹那、目の前を横切る黒い霧。
反射的に身構えた俺の目の前で二つの影が激しくぶつかり合う。
ひとりは煌めく大剣を構えた高エネルギー生命体、そしてもうひとりはブロンドの長髪を靡かせた見覚えのある不気味な男ーーー黒い霧を全身に纏い、自由自在に武器へと変化させて戦っているーーー忘れもしないその姿ーーー"宇宙史上最悪の犯罪者"ラスタ・オンブラーだった。
「おいデナリ……自分の組織に付ける名が"宇宙正義"とは、随分と皮肉が効いてるじゃあねぇか。えぇ?」
「銀河帝国皇帝ラスタ・オンブラー!これ以上、この宇宙をお前の好きにはさせない!!」
「ほざけ偽善者が!今ぶっ倒してやるからなァ!」
高エネルギー生命体の振り下ろした虹色の剣と、ラスタ・オンブラーの右腕に創り出されたドス黒い刃とが鍔迫り合い、辺りに眩い光と衝撃が迸るーーー。
咄嗟に目を細めたその時、まるで紙芝居かなにかであるかのように唐突に場面が切り替わった。
打って変わって今度は緑豊かな大地が視界に広がる。
見上げればそこには空を覆い尽くして迫り来る惑星大の要塞と幾千にも及ぶ機兵獣ども。
それを迎え撃つべく飛び立ったのは先ほどと同じ高エネルギー生命体の軍団だ。それに続いて大小様々な艦隊や無数の小型戦闘機が次々と離陸し、更にはーーーつい最近大破した筈のーーー宇宙正義の虎の子兵器、母艦バラバまでもが戦線に加わった。
機兵獣群を従え、止まることなく進撃する"銀河帝国"。
対するは一歩も引くことなく立ち向かう高エネルギー生命体を筆頭とした"宇宙正義"。
両勢力共に一歩も引くことなく、熾烈な戦いは澄み渡る青空を紅蓮の赤に染め上げる。
吹き荒れる熱波、至る所で弾ける光、そして混戦状態極まるその中を往く一筋の彗星ーーー赤と金のローブを纏ったそれは高エネルギー生命体だ。
銀の弾丸と化したそいつは真っ直ぐに空を支配する惑星大の要塞へと突っ込み、直後、要塞の内部から連鎖的な爆発が巻き起こったーーー。
と、なんの前触れもなく三たび場面が変わる。
黄金のオーロラが渦を巻き、彼方此方が不気味に歪んだ空にて、今度は高エネルギー生命体たちと母艦バラバが死闘を繰り広げていた。
取り巻きの戦艦群や小型の戦闘機が次々とドレインロープを放ち、動きを封じられた高エネルギー生命体たちを母艦バラバの槍状光波熱戦が狙い撃つ。
その赤黒い光が視界に飛び込むと同時に視界が入れ替わった。
目の前に広がるのは何処かの惑星にて慎ましく暮らす人々の姿。決して華やかではないが、それでも幸せそうな笑顔で日々を生きる平和な光景ーーーしかしその瞬間、朝日より速く眩しい光が全てを薙ぎ払った。
突如として降り注いだ爆炎は全てを呑み込み、女も子供も老人も御構い無しで焼き尽くしていく。
助けを求める間も無く生き絶える人々。さっきまで命だったものが辺り一面に転がる猛火の中、上空より非道な爆撃を行なう艦隊に怒りの眼差しを向けーーーしかし俺の口から漏れ出したのは、声にもならない掠れ声だけだった。
ーーーあの戦艦は……それにこの光景、視点こそ違うが見覚えがある。幾度となく見返した資料映像……これは宇宙正義本部のアーカイブスに記録されている所謂"宇宙大革命"時のものと瓜二つではないか。
だとするならこれは……まさか!?
頭に浮かぶひとつの答え。
それを振り払おうと思わず後退った俺の周囲で炎が溶け去り、矢継ぎ早に風景が切り替わるーーー惑星J2に潜伏していた無抵抗な怪獣族を皆殺しにしていく特務隊前任者たちの姿、反乱分子に認定された惑星を襲撃する実働部隊と母艦バラバ、戦意を失った悪党たちを容赦無く殺していく人型兵器moratorium-id、惑星Rを侵食するホシクイの黒い影……それらは全て俺の知っている出来事だった。
何もかもが宇宙正義によって執り行われてきたーーー俺が信じて疑わなかった"絶対の正義"の歴史と一致するのだ。
ーーー嘘だ……。
これが宇宙正義の掲げる"より大きな正義"なのか。
共に戦った仲間に裏切られる高エネルギー生命体、業火に呑まれる子供達、無残な姿で地に伏せる怪獣族、抵抗もままならず死んでいく数限りない人々……。
ーーー嘘に決まってる……。
犠牲者たちの悲鳴が、助けを乞う声が、恨みの叫びが頭の中に木霊する。
これが……これが俺の信じたーーー俺の憧れた正義なのか?!
ーーー嘘だ。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ!!
「嘘だァああああッ!!!」
頭を抱え、耳を塞ぎ、俺はなりふり構わず絶叫していた。
直後、凄惨な光景の渦が急速に遠ざかりーーー迸る衝撃と共に、俺の意識は小さな宇宙から弾き出された。
「うわァあああッ!!!」
勢いよく跳ね起きる。
荒い息で辺りを見回すと、そこは元いた薄暗い船内だった。情けないことだが、どうやら俺は叫びながら床を転げ回っていたらしい。
早鐘を打つ心臓を抑えながら、目の前で変わらず輝く立方体を恐る恐る見遣る。
ーーー今のはこいつの仕業か……?これは一体……?!
「それはアカシックキューブ。過去、現在、未来、この宇宙の全てを内包し、手にした者に望む答えを与える宝ーーーつまりは宇宙海賊スカイ・コアの探していた宇宙最大の宝さね」
不意に背後から掛けられたその声に、俺は弾かれたように振り返る。
そこにいたのは飛行船を修理していた筈のヌブラード・クラウディだった。
「お前、いつからそこに……?」
訓練を受けたはずのこの俺が、動揺していたとはいえ全く気配を感じなかっただと……。
俺の反応を楽しむように口元を吊り上げ、老婆が言葉を続ける。
「あんた、迷ってんだろ。自分の信じてきた宇宙正義が本当に正しいのかどうか。アカシックキューブの映した光景……ま、つまりはそれが答えってことさね」
その言葉に俺は舌打ちで返した。
「お前が仕組んだんだな……俺がこれを手にするように。答えろ、何が目的だ!?」
「大層な理由なんかないよ。後輩が迷ってるみたいだったから、ちょっとばかし助けてやろうと思ってね」
そう言って笑うヌブラード・クラウディだが、勿論俺はそんな言葉を信じるつもりはない。
俺はゆっくりと姿勢を低く構え、臨戦態勢をとった。
「さっきも言ったじゃないか。あんたは他の宇宙正義どもとは違う、ってね。疑問を抱いた時点であんたはもう、与えられた正義を盲信するだけの能無しじゃあないんだよ」
「黙れ!誰がお前の話なんか信じるか。どんなカラクリかは知らねぇが、このガラクタも、今見た光景も全部デタラメだ!」
思わず我を忘れて激昂する俺を前にしても尚、老婆は顔色ひとつ変えはしない。それどころかまるで俺を理解しているとでも言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、こちらに歩みを進めてくるではないか。
「信じたくないなら信じなきゃいい。あんたの好きにしな」
老婆は更に言葉を続ける。
「何が正しくて何が間違ってんのかなんて本当はどうでも良いことなのさ。大切なのは誰かに与えられた真実じゃなく、自分の信じる事実だからね。あんたも心の中じゃもうわかってんだろ?」
そのまま俺に反論の余地を与える間もなく、ヌブラード・クラウディは台座の上の立方体を拾い上げた。
瞬間、薄暗い船内は拡がる銀河に塗り潰されーーー。
「こいつは使うのにはちょっとばかしコツがいるんだ。知りたい答えをちゃんと選ばないと、さっきのあんたみたいに脳がパンクしちまうからね」
小さな宇宙を抜けた先、俺たちは見覚えのある二階建てのログハウスの前に立っていた。
ただし先ほど立ち寄った時のものより畑や外観などにまだ未完成な部分が伺え、心なしか小屋自体も新しく見える。
「まったく、全てを知るだなんて不便なもんだよ。いまのアタシにはもう、これさえあれば良いってのにさ」
満天の星空の下、庭先の焚き火を囲む五人の姿。
ーーーあれは……。
『おお坊や
心配いらない
きっと大丈夫さ
きっと上手くいく……』
満面の笑みで肩を組み、大声で歌う在りし日の宇宙海賊たち。
それを静かに見下ろすヌブラード・クラウディの瞳は優しげで、どこか切ない光を帯びていた。
「……これはアタシの故郷の歌なんだ。どうしてかは分かんないけど、こいつをうちの船長がいたく気に入ってね、よく歌ってやったもんさーーーあいつを看取るそのときまでね」
『いつか
世界が輝きだしたら
ぼくらはいっしょにそれを手に入れる
いつか
世界が輝きだしたら
ぼくらはその光のみちを歩く……』
「いいかい。この宇宙で一番不幸なのは、不自由なまま死んでいくことさ。誰かの正義に縛られ、自分自身で判断することも決断することもないーーーそんな人生ほど悲しいことはないだろ?」
『おお坊や
世界はきっと良くなるよ
いろんなものが輝き出すんだ……』
「その点、ウチの仲間たちは幸せだったろうね。みんな満足気な表情で息を引き取っていったよ。欲しいものも、知りたいことも、何もかも手に入れたんだ」
『いつか
世界が輝きだしたら
ぼくらはいっしょにそれを手に入れる
いつか
世界が輝きだしたら
ぼくらはその光のみちを歩く
いつか
いつかきっと……』
海賊たちによる合唱が終わると同時に俺たちは薄暗い船内へと帰ってきた。
老婆は目元を軽く指で撫で、それから立方体を台座に戻すと俺に向き直った。
「アタシらはこの宇宙の誰よりも自由で、誰よりも幸せだった、間違いなくね。
……あんたはどうかね」
挑発的とも思えるその言葉に返事すべく口を開くーーー刹那、轟音と共に激しい衝撃が俺たちを襲った。
「ッ!!」
俺が咄嗟に低く身構えた時、既にヌブラード・クラウディは階段を登り終えていた。
素早く後を追ってフライトデッキへと躍り出てーーー俺は慄然とする。
コックピットのモニター全面に映し出されていたのは無数の機兵獣の姿、そしてつい数時間前に巻いたはずの大型戦艦の機影だったのだ。
「いたよォ!見つけたよォ!!」
「今度こそ殺すよォ?殺しちゃうよォ!!」
大音量で響き渡る声と、降り注ぐ色とりどりの光線の雨。
ーーーしつこい奴らだな、くそッ。
「待ちな!!」
舌打ちと共に外へ飛び出そうとした俺を引き止めたのは、ヌブラード・クラウディの鋭い声だった。
「この星はアタシのシマだ。それを荒らすってことは、つまり宣戦布告ってことになるさね」
そう言いながらコックピットのレバーを押し込み、機体を起動させる。
「宇宙海賊に喧嘩を売るとどうなるか、あの頭のおめでたい連中に思い知らせてやるとしようじゃないのさ」
機体に絡みつく無数の蔦を引き千切り、銀の飛行船が宙に浮かび上がる。
「お、おい、この船動くのか?!」
「ハッ、この船はアタシらにとって命そのものなんだ。当たり前のことを聞くんじゃないよ!」
猛禽類を思わせる宇宙船が勢いよく空へと飛び立つーーーが、不意に何かを思い出したかのように低空飛行で海岸付近へと機体を寄せ、扉を開けて叫んだ。
「あんたらたちも戦うんじゃないよ!あれはアタシの獲物だ。さ、いいから早く乗りな!」
海岸にいたのはトラン・アストラ達三人だった。
今まさに戦いに赴かんとしていた高エネルギー生命体はその言葉に驚きながらも、エメラ・ルリアンと"ラセスタ"を抱えて宇宙船へと乗り込む。
直後、老婆が再びレバーを押し込んだ。
「さぁ、久しぶりにひと暴れといこうじゃないか、ミスター・ブルースカイ!!」
上空へと急発進する宇宙船。
その反動でバランスを崩し、エメラ・ルリアンと"ラセスタ"が素っ頓狂な声をあげて床を転がる。
「ウジャウジャとまぁ鬱陶しい奴らさね」
降り注ぐ破壊の雨を鮮やかに躱し、待ち受ける機兵獣の軍勢へと加速度を増して突っ込んでいく。
「こいつは御礼がわりだよ、受け取りな!!」
ヌブラード・クラウディの撃ち出した光弾は真っ直ぐに空を駆け昇り、眩い閃光と共に遥か先、迫る敵勢の真ん中に炸裂した。直後、爆発を中心に空間が渦を巻いて捻れ始め、突如として発生したその歪みの中へと機兵獣どもが流れるように押し込まれていく。
「圧壊砲ーーーま、ある種のマイクロブラックホールさね」
その光景を唖然として見つめる俺たちに、ヌブラード・クラウディがさらりと告げる。
時空間に干渉する兵器など、現在の宇宙正義ですら実用化に至っていない超技術だ。
一体どこからこんな代物を……?
だがそればかりに驚いてはいられない。
怯むことなく突き進んでくる無数の機兵獣どもを前に、どういうワケか今度は機体を反転させて急降下を始めたからだ。
その後を追って高速で接近する敵の影がちらりとモニターに映る。
「後ろにつかれたぞ!」
「言われるまでもないよ!」
背後から伸びる光の束を紙一重で躱わしながら、それでも老婆が速度を落とすことはない。
振り切るつもりか?いや、このままでは撃墜されなくともいずれ海面にぶち当たって大破してしまうだろうーーーしかし老婆の顔には余裕すら感じさせる笑みが浮かんでいた。
「しっかり掴まってな!!」
激突の寸前、叫ぶと同時に老婆がレバーを引き上げる。
大きく傾く足元、目の前に迫った紺碧の海が瞬時に澄んだ青空へと移りーーー間一髪、俺たちを乗せた宇宙船は機体を翻し、海面スレスレのところで体勢を立て直した。そのまま水面を削りながら飛翔する俺たちの背後で、追ってきていた機兵獣どもが次々と玉突き事故を起こして砕け散る。
「ま、まるでエメラみたいだ……!」
床を転がりながら"ラセスタ"が嘆く。
「ウザいよォ?ウザすぎるよォ!」
「大人しく死になよ!死んじゃいなよォ!!」
大型戦艦から漏れる苛立ちを隠しきれない声と、それに呼応して大量投下される新たな機兵獣どもーーー両腕にガンポッドを装備した空戦特化型だ。次々とこちらへ向かい来る青銅の影がモニター全面に映る。その様子を僅かに覗き見て、ヌブラード・クラウディがぽつりと呟いた。
「ラチがあかないね……仕方ない」
言うや否やコックピットを操作し、大音量で警笛を鳴らす。
高らかに空気を震わすそれは空に、海に、この惑星中に響き渡るようでーーー。
「さぁ、お出ましだよ!」
瞬間、前方に巨大な水柱が噴き上がり、天を衝く水飛沫のその奥から急速に岩礁が迫り上がる。
更に島よりも大きな岩の塊は直立するかのように宙へと浮かび上がりーーーいや、違う。あれはただの岩礁じゃない。あれは……あれは甲羅だ!!
「……星獣?」
驚きに目を見開くトラン・アストラの呟きに、ヌブラード・クラウディが得意げに答える。
「いいや違うね。あたしの仲間さ!」
海面から顔を出したそいつは、岩礁を背負ったままゆっくりと巨体を起こし、辺り一帯に轟くような咆哮を上げた。
陽の照り返しを受けて煌めく灰色がかかった深い緑色の体表、節くれ立った胴部は岩礁ーーー背甲と腹甲からなる甲羅によって覆われ、そこから伸びる発達した四肢が直立二足歩行する巨躯を支えている。頭部には鋭い鶏冠、そして海水の滴る下顎の左右両端から大きな牙が一本ずつ、揃って天に向かって生えていた。
「ヒメル!あいつら頼んだよ!!」
老婆の言葉に応えるように、精悍な顔つきの巨大生物が振り仰ぐ。
その鋭い眼光が上空の大型戦艦を捉えた。
刹那、巨体を揺らし、大きく嘶くーーー目一杯に開かれたその口腔から飛び出したのは、海面を荒立てる程の轟音と、灼熱の火球だった。
巨躯の周囲に漂う潮風混じりの大気がひと息に蒸発する。放たれた火の玉は瞬間的に巨大化し、凄まじい速度で回転しながら色濃く一直線な炎の筋を曳いて空を駆け上っていく。
唸りを上げる烈火球は射線上の機兵獣を次々と炭化させ、その勢いのまま大型戦艦にぶち当たるーーー瞬間、迸る衝撃と、紅蓮に染まる空。
乗り込んでいた奴らは恐らく悲鳴をあげる間もなかったのだろう、巻き起こった大爆発は上空に浮かぶ大型戦艦を木っ端微塵に吹き飛ばし、跡形もなく消滅させてしまった。
「宇宙正義の情報網もアテにならないねぇ。宇宙海賊スカイコアが五人組だなんてさ」
唖然とする俺など気にすることなく、ヌブラード・クラウディが鼻で笑ってそう独り言ちる。
援軍を絶たれ、残り僅かとなった機兵獣どもを殲滅するのにさして時間はかからなかった。
「一丁あがりっと」
老婆がコックピットを弄るその奥で、茜色の夕陽に照らされた巨大生物が勝利の雄叫びをあげる。
逆光でシルエットとなったその巨体の中で、翡翠に輝く瞳だけがはっきりと浮かび上がっていてーーー。
「ま、この宇宙にはあんたらの知らないこともまだまだあるってことさね。宇宙正義ごときが全てを知った気でいるなんて、驕りもいいところだよ」
水平線に揺らぐ太陽が、静けさを取り戻した海を穏やかに照らす。
「ひとつのコトに固執してちゃあ、見えない景色もあるってなもんさ。目を開いてよく見てみな。答えはちゃんとすぐそばにあるさね」
コックピットの外、彼方から迫る夜闇と柔らかな光とが混じり合うぼんやりとした黄昏。
ふと船内に視線を巡らせれば、俺のすぐ側に寄り添うようにして立つ三人のーーーエメラ・ルリアン、"ラセスタ"、そしてトラン・アストラのーーー姿。
俺は思わず口元に軽い笑みを浮かべた。
ーーー俺たちは数奇な運命の果てにここにいる。
いまこの場所で、同じ景色を見ている。
その光景が、俺にはやけに輝いて見えてーーー。
「どうだい、美しいだろう」
確信に満ちたヌブラード・クラウディのその言葉に、俺は思わず表情を和らげて答えた。
「……あぁ。かもな」
長い昼が終わり、この惑星に夜がやって来た。
香ばしい匂いが漂うログハウスの一室。
五人がけのテーブルには釣り上げた魚や畑の野菜をふんだんに使った豪勢な料理がひしめいていた。
「あんた、料理の腕もなかなかだね……ウチの船員にほしかったくらいだよ」
ひと仕事を終えた"ラセスタ"とヌブラード・クラウディの談笑が耳に届く。
「わ、美味しそう!」
「ねぇ!これ私が釣った魚じゃない?」
トラン・アストラとエメラ・ルリアンがはしゃぎながら席に着くのを尻目に背を向けてーーーと、不意に俺を呼び止める声。
振り向くとヌブラード・クラウディが柔らかな表情でまっすぐに俺を見据えていた。
「あんたも、食べるんだろう?」
これまでの軌跡、今日の出来事、心に秘めた葛藤ーーーその全てが瞬時に脳内を駆け巡り、洪水のように俺の思考を掻き乱す。
だがその時、心とは裏腹に俺の身体はただ素直に動いていた。
踵を返し、席に着く。
驚くエメラ・ルリアンたちに気恥ずかしさを覚えつつ、俺はなんとか言葉を絞り出した。
「……すまない、俺にも皿を貰えるか」
ーーー久しぶりに口にした食事は身体の芯が緩むような、幸せな心地でーーー何故か妙に胸が詰まった。
翌日、巨大生物の頭に乗ったヌブラード・クラウディに見送られ、修理を終えた飛行船で俺たちは惑星を後にした。
次の行き先は既に決まっている。
ラスタ・オンブラーの根城だ。
ーーー昨夜、老婆の計らいで"ラセスタ"はアカシックキューブに触れた。そして俺たちは立方体の中に星宿の地図の行方を見たのだ。
暗闇の中、何者かと会合するラスタ・オンブラーの姿。と、黒いローブを羽織ったその何者かが懐からガラス細工のように滑らかな一枚の羽ーーーそれこそが星宿の地図の本当の姿なのだと、俺は直感的に理解したーーーを取り出し、不気味に笑ってラスタ・オンブラーに手渡した。
虹色に淡く輝く羽を満足げに見下ろす奴の瞳には、混沌とした狂気が渦巻いていてーーー。
ーーーアカシックキューブの見せたこの光景が過去の話なのか、それともこれから起こる未来の出来事なのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、俺たちに残された時間はもう少ないということだ。事実、俺の持つ歓びの剣と、"ラセスタ"の持つ星のかけらから其々に伸びる二色の光の線は、いつの間にか折り重なって同じ方向を指し示していた。
ーーーこの光の先に、奴がいる。
勝てるかどうかはわからない。
だがそれでも往くしかないのだ。
宇宙の平和の為に、星宿の地図を取り返す為に、そしてなにより、共に旅する呆れるほどのお人好し達の為に。
それが今、俺の為すべき事ーーー。
と、その瞬間、不意に俺の頭が外部からの連絡を受信する。久しぶりのこの感覚ーーー宇宙正義本部からの思念体通信だ。
任務中の為、緊急を要するもの以外は打ち切っていたはずだが……?
脳内の回線を繋ぎ、幾重にもプロテクトされた情報を確認するーーー直後。
「ーーーッ!?」
そこに記されていた余りにも簡潔で、そして余りにも残酷な指令に思わず言葉を失う。
ーーーS級危険因子及びその一味の……殲滅作戦……!?
今の俺にはただ、愕然とそれを反芻することしかできなかった。
「ーーー久しいな、犯罪者諸君」
「そんな……嘘でしょユミト!?」
「我々は宇宙正義ーーー」
「あんた、なんとか言いなさいよ!!」
「これより我々は、貴様らに対しーーー」
「これが、ユミトの仕事なんだ」
「ーーー正義を執行する」
次回 星巡る人
第46話 『俺の選ぶ正義』




