第43話 君にできるなにか
振り返るなら いつでもできる
だから真っ直ぐに 心のまま 走り出そう
そんな43話。
どんな途方もない困難を前にした時でも、自分にできることは必ずあるものです。
迫り来る機械の軍勢を相手にユミトたちはどう立ち向かうのか。惑星U7を舞台に繰り広げられる『夢まで走ろう』編、どうか最後までお付き合い頂けると幸いです。
思えば遠くに来たもので、小説も予定話数の半分をとうに過ぎ、全体の物語としてもそろそろ後半戦に差しかかろうとしています。
今回の前後篇にて再登場したマガサス・メンラー(5.6話)や機兵獣(22〜26.29話)のように、この先の『星巡る人』には過去話の要素が今まで以上に色濃く出てくることとなりますので、最新話と併せて何度も読み返して頂けたらと思います。
いつも沢山の閲覧、ありがとうございます。
相変わらずの不定期更新ですが、今後とも彼らの旅路にどうかお付き合いください。
それでは次回でまたお会いできますよう。
ミヅキ・リコを抱えて飛び立った先、惑星U7の中央国家であるその街は、大小様々な機兵獣の跋扈する地獄と化していた。
さらにはるか前方には高層ビル群をなぎ倒しながら進撃する超巨大な機人の姿もある。
ーーークソっ、しつこい奴だな……!
あの巨大機人に乗り込んでいるのは恐らくマガサス・メンラーだろう。しかし俺の知る限り、重装殲滅巨艦アルゴスに人型ロボットへの変形機能などなかったはずだ。
大破した戦艦に修復、改造を施したのか、それとも新たに変形機能を搭載した艦を用意したのかは分からないが、まさかこんなに早く再来するとは思いもよらなかったというのが本音だーーーしかも山ほど機兵獣をつけて、である。
エメラ・ルリアンの飛行船とトラン・アストラが、破壊を続ける機人を止めるべくその周囲を飛び回っているのがチラリと見えたーーーひとまずアレはあいつらに任せるとしよう。
「しっかり掴まってろ!!」
ミヅキ・リコの返事を待たず、叫ぶや否や一気に急降下、そのまま眼下に蠢く青銅の塊目掛けて奇襲を仕掛ける。
徐々に鮮明となる輪郭ーーー爛々と赤く光る単眼、頑強そうな装甲と両腕の巨大な鋏が、俺の接近を察知、即座に迎撃するべく振り上げられた。
瞬間、光が迸る。
「ーーーっ!!?」
ミヅキ・リコが声にならない悲鳴をあげた時、既に俺は滑り込むようにして地面に降り立っていた。
ーーー同じ手を二度も食うかよ。
機兵獣が動くよりも速く、急降下の勢いのままに青銅の頭部を蹴り砕いたのだ。
背後で火花を散らして崩折れる巨体を他所に、何かに気づいたらしいミヅキ・リコが瓦礫の山へと駆け出す。
「大丈夫ですかっ!!」
そこにいたのは鉄骨に足を挟まれたと思しき女性だった。さらにその奥、瓦礫の積み重なった隙間には数人の子供の姿も見える。
すぐさま俺が瓦礫を持ち上げ、ミヅキ・リコが女性と泣き叫ぶ子供たちを助け出した。幸いなことに誰ひとりとしてーーー女性は右脚を打撲していたもののーーー命に関わるような大怪我はしていない。しかしそのことに安堵する時間さえ、この場では許されてはいなかった。
「伏せろッ!!」
瞬間、屈んだ俺たちの頭上を掠めて飛んでいく三日月状のカッター。それを射出したのは全身が鋭利な刃物で構成されたような歪な形をした新たな機兵獣だった。更にその奥には両腕にシャベルを備えた重機のような別の機兵獣の姿もある
。
どちらも先ほどまでの奴とは異なり人間大ではあるものの、それでも十分に厄介なことに変わりはない。
刹那、甲高い"鳴き声"と共に猛スピードで迫り来る二体の機兵獣。
右手の親指で唇をそっと撫ぜ、敵を迎え撃つべく俺もまた地面を蹴って駆け出した。
「行くぜッ!!」
星巡る人
第43話 君にできるなにか
続々と迫る機兵獣を俺が引き受け、その間にミヅキ・リコが逃げ遅れた民間人たちの避難誘導を務める。
もう随分と長いこと戦っているが、機兵獣どもの進行は止まる気配もない。その証拠に其処彼処に転がる残骸を蹴散らし、またしても新たな機兵獣が顔を出す。
ーーーキリがねぇ……!
履帯を唸らせ接近するそいつの両腕と腹部で高速回転する大型のドリルが、ひと目で正面からぶつかるのは悪手だろうと教えてくれていた。
突き出されるドリルの一閃を躱して大きく跳躍し、空中で素早く身を翻す。刹那、俺を追って宙を仰いだその単眼目掛けて垂直落下からの強烈な踵落としを見舞った。
軋んだ金属音を響かせ、潰れた頭部から火花を噴き出して崩折れる機兵獣を余所に、俺は荒い息で立ち上がる。
ふと顔を上げて周囲を見遣ると、ミヅキ・リコも同じように息を切らしてこちらへと駆け寄ってきていた。どうやらこの辺りの避難は完了したらしいーーーしかし次の瞬間。
「危ねぇ!」
咄嗟に飛び出して彼女を庇うと同時に稲妻状の光線が俺の肩口を穿つ。
「ぐぅう……!」
「ユミトさん!!だ、大丈夫ですか?」
焼け焦げた左肩を抑えながら立ち上がると、そこにいたのは三本首の龍を思わせる機兵獣だった。それも一体ではないーーー三体だ。
正面の二体と翼を広げて低空飛行する一体、合わせて九つの赤く無機質な単眼が、其々に俺を見据えて不気味に光を放つ。
ーーーやるしかねぇ!
全身に駆け巡るエネルギーを右腕に集中させ、今まさに攻撃に転じようとしたその時、唐突に横から割り入った極彩色の奔流が三ツ首の一体を粉々に吹き飛ばした。
「まーったく、性懲りも無く好き勝手やってくれてんじゃないの」
上ずった声でミヅキ・リコが呟く。
「社長……!」
ハットを模した頭部とそこから続く髑髏顔、漆黒の全身を覆う唐紅の外装ーーーアモル・フィーリアが、相変わらずの軽い調子で彼女の元へと歩み寄る。
ーーー今だッ!
勝機とばかりに跳び上がり、空中を舞う機兵獣の真ん中の首にしがみつく。そのまま身体を捻ると同時に勢いをつけ、背負い投げの要領で三ツ首の機兵獣を地面に叩きつけた。
「おっ、ナイスパァス!」
間髪入れずアモル・フィーリアが投げ付けた指輪が光刃へと姿を変え、まるでブーメランのような軌跡を描いて地面で藻搔く三ツ首を真一文字に斬り裂く。
「もういっちょ!」
刃へと姿を変えた王の証が爆炎を突き抜けて縦横無尽に飛び回り、瞬く間にもう一体の機兵獣を討ち止めた。
両翼と三ツ首の全てを斬り落とされ、無惨な姿で倒れ伏す青銅の残骸を尻目に、アモル・フィーリアがミヅキ・リコの方へと向きなおる。
「よぉっ、大丈夫か?」
ミヅキ・リコはその問いを無視して立ち上がると、真摯な眼差しでアモル・フィーリアを真っ直ぐに見据えた。
「社長……私、自分に何ができるかなんて分からないですけど、それでも私は、いま私にできることをしたいんです!この星に生きる人間として……会社員として!」
震える声で、それでもはっきりと告げられたその言葉。
一瞬の沈黙の後、アモル・フィーリアは口角をにっと吊り上げた。
「……どうやら、答えは見つかったらしいな」
そう言って髑髏姿が差し出したのは一枚のカード。
震える手でそれを受け取ったミヅキ・リコが、信じられないとばかりに目を見開いたーーー『株式会社 ポップ☆スター 企業戦士 ミヅキ・リコ』。
「これってーーー!?」
「ミヅキ・リコ、昇進おめでとさん。今日からお前はウチの正社員だ」
呆気にとられたようなその表情がみるみるうちにクシャクシャに歪みーーーやがて大粒の涙が零れ落ちる。
「私……私……っ!!」
と、彼女が手にした社員証が不意に光を放ち、瞬く間に指輪の形を成して左手の人差し指へと収まった。
「決意の証ーーーそいつを使うのに説明書はいらない。必要なのは気合の入った掛け声と、自前の想像力だけだ。そうすりゃそいつはお前の思い描く通りにカタチを変える」
アモル・フィーリアが自分のこめかみの辺りを軽く叩いて微笑む。
「準備はいいな?」
「ーーーはい!」
涙を拭って左手を頭上に翳し、ミヅキ・リコが叫んだ。
「就着!!」
瞬間、指輪が光の帯となり、彼女の身体を包み込んでいくーーー純白の全身とその各部を覆う桃色と黄色の装甲、ポニーテールを模した頭部から続く彫刻のように滑らかな顔には、一目でミヅキ・リコのものと分かる黄金色の優しげな瞳が煌めいていた。
「宇宙正義のあんた、ウチの新人が世話になった!ありがとな!!」
アモル・フィーリアの言葉に軽く手を振って返し、俺もまた二人に続いて戦闘態勢をとる。
「さぁ、行こうぜ!!」
言うや否や揃って駆け出す。前方、瓦礫を蹴散らし街を蹂躙する機兵獣の群れ目掛け、三色の弾丸が怒涛の如く突っ込んだ。
先陣を切るのはミヅキ・リコだ。左手の指輪を輝かせながら迷うことなく機兵獣へと飛びかかる。
「やぁあああああッ!!」
振り上げられた指輪が光を放ちながら形を変え、彼女の左腕に小手となって装着されるーーーいや、果たしてそれを本当に"小手"と呼んで良いのだろうか。プレス機を思わせる巨大なロボットアームを中心に、ニ対のチェーンソーやネイルガン、ピストン運動を繰り返す小型円柱など数多の武装が搭載された禍々しい形状のそれは、表面をファンシーな桃色と白のリボンによって彩られることで異様な存在感を示していた。
ーーーマジかよ……。
刹那、殺意の塊のような一撃の下に、甲高い金属音を響かせて無残に砕け散る機兵獣。
「ヒュ〜!お見事!」
アモル・フィーリアが嬉しそうにその上空を追い越していく。右手に煌めく光輪を携え、勢いづくままに立ちふさがる巨大な機兵獣の首を易々と刎ね飛ばした。
ーーー俺も、遅れを取るわけにはいかねぇな。
眼前に迫った鉄球のような機兵獣の腕を掻い潜り、懐へと飛び込むや否やその足元に拳を突き立てる。
如何に強固な外装を誇ろうと、剥き出しの関節部は無防備そのものだーーー地面より噴き出したエネルギーの柱は瞬く間に機兵獣をかち上げ、灼熱の光で機械の骨節を焼き尽くした。
「あんたも中々やるなぁ!」
「さあ、次いきましょう!」
番目を失いバラバラと崩れ落ちる青銅のボディを尻目に、俺たちは畳み掛けるように次なる機兵獣へと立ち向かうーーー瞬間。
「野郎共、かかれェ!!」
響き渡る野太い声を合図に、突如として雄叫びをあげながら機兵獣を取り囲む幾多もの影。全員が真紅に煌めく揃いのアーマーを身に纏い、各々に三叉戟や大剣、水平二連銃などを構えて即座に戦闘を開始する。
「どうやら間に合ったみてぇだな。助太刀するぜ」
困惑する俺たちの背中に投げかけられる野太い声に振り向くと、そこには見覚えのある髭面の男が仁王立ちしていたーーー尤も今は青い陣羽織ではなく、他の連中同様に真紅のアーマーを着込んではいたが。
「君たち、勘違いしないでくれ給え。この星はいずれ我らジャスティスカンパニーが統治する星。それをあんな輩に壊されるわけにはいかないんでね」
そう言って髭面の男に立ち並ぶ銀髪の男が、その背後に赤い腕章の何百という軍勢を従えて俺たちをーーーいや、アモル・フィーリアをまっすぐに見据え、声を張り上げた。
「社員諸君!今こそ我が社の真価が問われる時である!!これよりジャスティスカンパニーは総力を挙げてあの機械どもを殲滅する!いざ、出陣ッ!!」
銀髪と髭面の二人を先頭に一斉に駆け出した黒スーツたちが、赤い腕章を輝かせて装甲を身に纏う。さらにーーー。
「俺たちも戦うぞ!」
「他社に遅れをとるなァ!!」
「王位継承戦を台無しにされてたまるかよ!」
空を、地面を塗りつぶしながら集結する色とりどりの勇士達ーーージャスティスカンパニー以外の会社の企業戦士達だ。どうやら彼らも力を貸してくれるらしい。ビークルを駆り空を往く者、武器や罠を駆使して戦う者、正面からぶつかり合う者……視界を埋め尽くすその数は千人以上だろうか。今やこの街の至る所で激戦が繰り広げられている。
「なんでもいいさ、感謝するよ!」
そう呟いて突撃していくアモル・フィーリアと、猛然とそれに続くミヅキ・リコ。
二人の進む先では異なる会社の技術が合わさり、高らかな陣触れの音とともに次々と機兵獣が撃破されていく。
と、そのとき、不意に辺り一帯を恒星と見紛う程の眩い輝きが満たした。
「ーーーッ!?」
まるで夜明けのように暖かく、柔らかな光ーーーその光源は遥か上空に佇むトラン・アストラであった。背中に銀の翼を広げ、弓形と化した左腕に添えた右腕を凛と引き絞る。
「ハァアアアアアアッ!!」
気迫と共に空を裂く超弓。唸りを上げるそれは一瞬の後に機人の腹部を射抜いた。
凄まじい衝撃が迸り、其処彼処に光が弾ける。
その光景に俺は勝利を確信したーーーしかし巨大機人は直ぐさま何事もなかったかのように動き始め、剰え頭部から怪光線を放ってトラン・アストラを狙い撃つ。
ーーーなんだと……!?
あの一撃を受けて原型を留めているだけでも驚きだというのに、その上でまだ動くことができるとはーーーいや、それだけではない。穿たれた腹部がまるで生物であるかのように不気味に蠢き、みるみるうちに風穴が塞がってーーー"修復"されていくではないか。
「チィッ!!」
瞬間、俺は躊躇うことなく動いていた。
空高く飛び上がり、雲を棚引かせながら機人の腹部目掛けて一直線に突っ込む。
「ユミト!?」
トラン・アストラの声が耳に届いた時、俺は既に塞がりつつあるその創口に手を掛けていた。
「うぉおおおお……!!」
力任せに亀裂をこじ開け、わずかに生まれた隙間に身体を滑り込ませる。直後、機人の損傷は完全に修復され、俺は間一髪で巨躯の内部へと潜入を果たした。
警戒しながら辺りを見回し、慄然とする。
ーーーこいつは一体……?
そこに広がっていたのは機械にあるまじき光景だった。まるで生物の体内であるかのように不気味に震え、脈打つ灰色の通路。それは肉壁としか言いようがなく、とてもではないが重装殲滅巨艦アルゴスと同一のものであるとは思えない。
あまりに異様なその光景に言葉はもとより声さえ失うーーーと、不意に肉の床が俺の足を捉えた。
「ッ!?」
さらに通路の両壁と天井が急速に狭まり、咄嗟のことに反応が遅れた俺の身体を肉壁へと押し込んでいく。
ーーーしまった!
絡みつく肉の壁に四肢を塞がれた状態のまま、俺は為すすべもなく暗闇へと沈み込んだ。
全身を襲う浮遊感から察するに、どうやら壁の中を伝って何処かへと運ばれているらしい。
ーーークソォッ……!
捥がけども頑として外れぬ肉の拘束。
息苦しく不快な数十秒ののち、突然目の前が拓け、俺は灰色の空間へと投げ出された。
「貴様が例の宇宙正義か……話には聞いているぞ。ようこそ、我が要塞へ」
四方を肉壁に囲まれた薄暗い室内に佇むひとりの男が、俺を見下ろしてほくそ笑む。
「わざわざ案内してくれるとは、大した度胸じゃねぇか。覚悟はできてんだろうな……マガサス・メンラー!」
男ーーーマガサス・メンラーが、ボロボロのスーツの襟を正しながら痩せこけた口元を歪ませた。
「面白い冗談だ。まさか本気で私を止められるとでも思っているのか?」
蔑むような口調で奴は続ける。
「残念だが、貴様らには万に一つの勝ち目もない。自立型多能性機械細胞を仕込んだこの重装殲滅機人アルゴスがある限りな」
「これはそういうことかよ……悪趣味な野郎だ」
依然として手足を捕らえて離さない肉壁をチラリと見遣り、ため息まじりに吐き捨てた。
「つまり貴様らがどれだけ足掻こうと、無限の自己修復、生成機能を備えた我が要塞には敵わないということだ。無論、奴も例外ではない」
肉壁に浮かび上がるモニター。そこに映し出されたのは空中を飛び回り奮戦するトラン・アストラの姿だった。
「奴は確かに強大な力を持っている。だがそれも所詮ひと時のもの。要は持久戦だ。私はただ、ここで奴のエネルギーが尽きるのを待っていればいい」
モニターに映るトラン・アストラの攻撃が凄まじい威力で機人の強固な装甲を削るーーーしかしどうやら決定打に欠けるらしく、その端から巨躯は再生を果たしてしまう。
「なに、そう遠くないうちに決着はつくだろう。奴の待つ"光"と、あの小賢しい飛行船の中にいる"星のかけら"とやらを回収し、ラスタ・オンブラー様に捧げる……そして私は晴れてあのお方の右腕となり、やがて来たる新たな時代の権力者としてこの宇宙に君臨するのだ……!」
恍惚とした表情で高笑いするマガサス・メンラー。
「新たな時代だと……?」
「そうだ。嘘と欺瞞で塗り固められた宇宙正義の天下は間も無く終わり、この宇宙は再びあのお方のものとなる。恒久の平和と繁栄を約束された楽園ーーーラスタ・オンブラー様の統治する"銀河帝国"が、宇宙全土を平定するのだ!」
「くだらねぇ。そんなもん、俺が全部ぶっ潰してやるぜッ!!」
叫ぶと同時に四肢にエネルギーを集中させ、手足に纏わりつく肉壁を引き千切る。
どろりと滴れる気色の悪い粘液を振り払って跳躍、ひと息にマガサス・メンラーとの距離を詰めるーーーその瞬間、俺の視界の端に紫電の光が迸った。
「ぐぅうッ!!」
衝撃と爆炎の向こう、反対側の壁にいつの間にか黒光りする火砲が文字通り"生えて"いるのがチラリと見えたーーーしまったと思った時、俺は既に分厚い肉壁を突き破り、撃たれたその勢いのままに機人の外へと投げ出されていた。
目を射抜く青空の中で反転し、素早く体勢を整える。そしてそこで初めて気づいたのだーーー重装殲滅機人アルゴスが地面を離れ、空高く飛び上がっていることに。
「私の邪魔をする愚かな者どもよ、思い知るがいい」
響き渡る声。絶句する俺の見上げる先で機人の胸が開き、奥から巨大な砲身がせり出すようにして姿を現した。
「反粒子対消滅砲……これはあのお方に捧げる祝砲だ」
砲口に集束していく赤黒い光が空気をビリビリと震わせる。それが生きとし生けるもの全てを滅ぼす破滅の光であることは誰の目にも明らかであったーーー恐らくは眼下の全てを焼き尽くすつもりなのだろう。
「消し飛べェ!!」
刹那、射出された禍々しいエネルギーの奔流が、渦を巻きながら瞬く間に俺たちへと迫るーーーその寸前、トラン・アストラとアモル・フィーリアが光の前に敢然と飛び出した。
二人が同時に街を丸ごと覆うほどの半球状のバリアを張り巡らせ、すんでのところで赤黒い光を防ぐ。空中に留まったまま、光線を押し返そうとするように必死に踏ん張る二人だが、余りにも強大な機人の出力の前に徐々に徐々にと後退っていく。
「トランっ!!」
「僕たちも行こう!!」
バリアの内側、トラン・アストラの真横に急上昇するかたちで並んだのはエメラ・ルリアンの飛行船だ。飛来するや否や側面から生やした腕を自在に伸縮させ、バリアを支えるべくその掌状の先端を添える。
「ーーーッ!!」
次の瞬間、俺の身体は思考を追い越していた。突き動かされるように猛然と空中を駆け上る俺の横に、桃色の影ーーーミヅキ・リコもまた並み立ち、俺たちは二人揃ってバリア目掛けて突っ込んだ。
「ユミト!それにミヅキさんも……!!」
「よぉ、お二人さん。いいところに来てくれた」
「お喋りはあとだ!」
「私たちの星を、あんな奴に壊させたりしませんっ!!」
ミヅキ・リコ、アモル・フィーリア、俺、トラン・アストラ、エメラ・ルリアンの飛行船が横一列でバリアを支え、各々が持てる力の限りを尽くして死の光を押し返さんと踏み止まる。
「愚かな奴らだ……今楽にしてやろう」
腕に伝わる重みが増し、俺たちはバリア諸共空中を大きく後退する。
どうやら奴は光線の出力を更に上げたらしい。このままではいずれ押し切られてしまうーーーと、不意に僅かではあるがバリアが軽くなる。
弾かれたように巡らせた視線の先、街全体を覆う広大なバリアの彼方此方に人の姿が見えた。
真紅の装甲を纏いジェット噴射で空中を往く者、飛行用ビークルを駆る者、大掛かりな機械を用いて空へ昇る者ーーー何百人、何千人という企業戦士たちだ。彼らもまたバリアを支えるために"死"の前へと駆けつけてくれたのだ。
「なぜだ……なぜ私に楯突く?なぜ諦めない?この状況が分からないのか?貴様らに勝ち目などありはしないというのに……!!」
焦りと苛立ちを抑えきず吐き捨てるマガサス・メンラーを鼻で笑い飛ばし、アモル・フィーリアが答えた。
「そんなの決まってんでしょ。みんなこの星が好きだからだよ。お前なんかにゃ、指一本触れさせねぇってーの!」
しかし無情にも爆ぜる赤黒い光によってバリアの表面に鋭い亀裂が走る。其処彼処に無数に連鎖するその隙間から灼熱の光波が漏れ出し、眼下の街並みに炎を撒き散らす。
まるで悲鳴をあげるように軋むバリア。最早崩壊寸前であることは火を見るよりも明らかだーーーそれにも関わらず、誰ひとりとして逃げようとする者はいなかった。
空を飛べる者たちは死力を尽くしてバリアを支え、そうでない者たちは逃げ惑う民衆たちを誘導し、救助するべく懸命に駆け回っている。
誰もが護るために戦っていた。
自分たちの愛する街を、星を。
今この時、ここにいるすべての心はひとつだった。
「ッ!?」
不意に俺たちを包む暖かく柔らかな光。眼前に迫った破滅の光とは対極にあるそれは、他でもない俺の腰に差した錆びまみれの刀刃ーーー歓びの剣から、まるで溢れ出すようにして放出されている。
ーーーこれは……!!
黄金の輝きはやがて虹色の奔流となり、辺り一帯へと降り注ぐようにして拡がっていくーーー瞬間、バリアが弾けた。
砕け散る破片が粒子と化して蒸発する様子が、まるでスローモーションであるかのように目に映る。
刹那、全てが赤黒い波に呑まれてーーー。
ーーーしかし、寸前まで迫った"死"が俺たちに届くことはなかった。
巨大機人の撃ち出した反粒子対消滅砲はバリアを突き抜けたその先で、七色に揺らぐ光の紗幕によって受け止められていたのだ。
「そんな……そんなバカなッ!?どこまで悪足掻きを……!!」
重なり合う無数の美しい色の層が徐々に人の姿へと集束していく。ハットを模した頭部、漆黒の全身を覆う唐紅の外骨格、右手の人差し指に嵌めた王の証、そして爛々と輝く星を宿した瞳ーーーアモル・フィーリアに酷似したトラン・アストラの姿が、そこにはあった。
「ハァアアッ!!」
気迫と共に突き出した右手の先、赤黒い光の軌道がまるで流動する液体のように唸りを上げて湾曲する。
直後、跳ね返った自らの光線に左肩を穿たれ、黒煙と共にぐらりと傾く機人。
恐らくは奴にとっても予想外の事態だったのだろう、拡声器を介してマガサス・メンラーの悪態が大音量で響き渡る。
ーーーこれは……この力は……!!
俺は確信した。あれはトラン・アストラとアモル・フィーリアが"合体"した姿なのだと。
これで三度目だーーー惑星CN、惑星OX、そして今回。いずれも死闘の最中、危機に瀕した際にのみ発現している。何がきっかけなのか、どういう原理なのかはまるで分からないままだが、先の二例を見るに少なくともトラン・アストラが融合した相手の力を使用できるようになることだけは確かだと断言できた。つまり今回はーーー。
「……なんだか面白いことになってんなぁ」
さすがのアモル・フィーリアも動揺を隠しきれないらしく、右手の人差し指に嵌められた指環から困惑したような呟きが聴こえる。
「すみません、俺にもまだよく分かってなくて」
苦笑しながらそう返すトラン・アストラ。僅かに緩んだ表情をすぐに引き締め、上空で自動修復しつつある機人を睨みつけた。
「でも今は、取り敢えず俺に力を貸してください!」
アモル・フィーリアは軽く笑い、さも面白いことがあるかのような口調で答えた。
「どうせやるなら派手に行こうぜ?どうやらあいつには、ちょっとばかしキツめのお仕置きが必要みたいだからな」
金属が軋む鈍い音と共に機人の全身から萌え出る無数の銃身。誰かが驚きの声を上げるよりも早く、その全てがトラン・アストラ目掛けて一斉に撃ち放たれた。
「レガリス!」
二つの声が重なり、指環が煌めく。次の瞬間、幾千本もの光線や弾丸が唐突にーーーまるで時間が止まったかのようにーーー空中で静止し、そのまま細やかな粒子へと還元されて宙に溶け去る。
「これ以上、なにも壊させはしない!」
「ほざけ!私は……私はあのお方の為に……!!邪魔をするなァあああ!!」
マガサス・メンラーが吠えると同時に機人の両腕が巨大な大砲へと変化する。合わせて三つとなった各銃砲口に、瞬く間に赤黒い破滅の光が充填されていくーーー。
「反粒子対消滅砲第二射用意……今度こそ、消し炭となれェエエエ!!!」
今まさに撃ち出されんとする三つの禍々しい光を前に、トラン・アストラは焦ることなく右手を頭上に高々と翳す。刹那、その背中に光の銀翼が展開し、急速に渦を巻く神々しい輝きが翳した指先に巨大な光輪を生み出した。
「ダァアアアアッ!!!」
トラン・アストラが大きく振りかぶって光輪を投げつける。高速回転しながら光を曳いて空を駆け登る刃。その速度が僅かに機人をーーーマガサス・メンラーを上回り、巨大光輪は機人の両腕を結ぶように真一文字に突き刺さった。それは丁度三本の砲身全てを横断する形であり、発射寸前で打ち止められた膨大なエネルギーは瞬時に暴発、機人は赤黒い煙と爆炎を巻き上げながら空中で不安定に蹌踉めいた。
「今だァ!撃て!撃てェ!!!」
「奴をぶちのめせ!!」
地面より急上昇するミサイル群が、追い討ちをかけるが如く機人の巨体に炸裂するーーー地上の企業戦士たちによる爆撃だ。
それに乗じて間髪入れず動き出すエメラ・ルリアンの飛行船。加速しながら機人の鼻先を掠めて舞い上がり、即座に旋回、そのまま機人の脳天へと一気に突っ込んだ。
「フラッシュプリズム・コンバーター!いっけぇえええ!!」
船底に搭載されたペンシル状の筒から放たれた凄まじい光の束が、機人の左肩口を文字通り"消し飛ばす"。
機人の全身から激しく火花が散ったーーーどうやらあまりに激しい損傷に修復が追いつかない様子だ。畳み掛けるなら今しかない。
と、不意にトラン・アストラが王の証をはずし、穏やかな微笑みと共に隣で呆然と立ち尽くしていたミヅキ・リコに手渡した。
「あとは君が」
「え?わ、私……?」
困惑するミヅキ・リコに発破を掛けるように、指環からアモル・フィーリアの声が届く。
「どうした?この星を守るんだろ、ミヅキ」
確信と信頼に満ちたその言葉に、ミヅキ・リコはハッと表情を変える。そして覚悟を決めたように指環を受け取ると、迷うことなく自らの右手の人差し指へと導いた。
それを見届けてから俺に向き直るトラン・アストラ。
「ユミト、俺たちも行こう!!」
俺は右手の親指で唇をそっと撫ぜ、軽い笑みを浮かべて答えた。
「さぁ、お片付けだ……ッ!」
瞬間、同時に宙を蹴って飛び上がる。
雲を棚引かせ、猛然と空を登るふたつの流星。
迫り来る敵を撃ち墜とさんと機人が頭部から怪光線を放つも、悪足掻きに等しいそれはトラン・アストラによって呆気なく切り払われる。
「ハァアアアア!!!」
「シャオラァア!!!」
有りっ丈の力を込めたふたつの拳が命中し、その勢いのままに空高くーーー遥か成層圏までーーーかち上げられる機人。
「いまだ!二人とも!!」
トラン・アストラが叫ぶ。
振り向いた視線の先に、膨大なエネルギーの塊を指環に充填するミヅキ・リコの姿がちらりと映るーーー。
「やぁあああああっ!!!」
エネルギーの塊は、そのまま極彩色の濁流となって瞬く間に上空の巨影を呑み込んだ。
美しささえ覚える灼熱の光芒が、機人を巻き上げながらその装甲を悉く灼き尽くしていく。
「貴様らごときに、またしても……クソォ、クソォおおおお!!」
その巨体が真っ赤に膨れ上がり、そして。
「銀河の覇王に、栄光あれぇえええ!!」
衝撃と轟音が迸り、地上が紅蓮の旭暉に照らされる。空の彼方で重装殲滅機人アルゴスが大爆発したのだ。
直後、地上と空中の双方から歓声が上がる。誰からともなく、一斉に。
ーーー戦いは終わった。
それはどの会社の手柄でもなく、この場にいるすべての人の力が集まった結果だ。
企業戦士たちの勝利の雄叫び。それは夜に沈みゆく街の至る所に、いつまでも木霊し続けた。
ーーー次は惑星U7中央国家襲撃テロに関するニュースです。銀河警察は本日、沖合に撃墜された戦艦の残骸より主犯のマガサス・メンラーを発見し、身柄を拘束したとの発表を行いました。警察の声明によりますと犯人は重症を負っているものの命に別条はないとのことで、宇宙正義へ身柄を引き渡し今後の捜査を一任する方針です。また犯人は先日の宇宙牢獄集団脱走事件との関与も認められておりーーー。
メモリカプセルから流れてくるニュースが辺りを走り回る足音と騒々しい声によって遮られる。
「な、あんたもしかしてイケるクチか?良かったらこの惑星U7特産の地酒をーーー」
「ちょっと社長!そんな高級品どうしたんですか!?」
「今期の活動資金をちょっとばかし拝借したのさ」
「なんてことしてんですか!ただでさえ仕事してないのに……ちょっ、それ早く返品してーーー!」
「ヤメロォ!これは俺の酒だっ。そぉれ、開封ゥ〜!!」
アモル・フィーリアとミヅキ・リコの鬼ごっこをエメラ・ルリアンとトラン・アストラが苦笑いで見送る平和な光景ーーーその夜、俺たちは街はずれの山中にある『株式会社ポップ☆スター』の社屋ーーーとは名ばかりのバラック小屋ーーーに招待されていた。
ーーーったく、騒がしいな……。
少し離れた場所からやれやれと呆れて目の前の祭事を見遣る。
街が一望できる庭に用意された長テーブルには"ラセスタ"とエリマリーが腕によりをかけた豪勢な料理たちがずらりと並び、其処彼処に華やかな飾り付けが踊っているーーー『ミヅキ・リコ 正社員昇進おめでとう!』。
「いやー、めでたいめでたい!カンパイだー!」
立食形式のこのパーティで一際目立つのはアモル・フィーリアだ。酔いどれの赤ら顔で大笑いするその姿ひ昼間の髑髏男の面影は微塵もなく、とてもじゃないが同一人物とは思えない。祝い事なのは結構だが、少々はしゃぎ過ぎではないだろうか。
ーーーそれどころじゃない奴もいるんだがな。
テーブル脇でエメラ・ルリアンと一緒に料理を頬張る"ラセスタ"へと視線を向ける。
心なしか気落ちして見えるのは、恐らくこの星にも星の地図の手掛かりが見つからなかったからだろう。
あの戦いの後、アモル・フィーリアや他の多くの企業戦士たちにも話を聞いて回ったが、誰ひとりとして背中に翼の生えた少女を知る者はいなかったのだ。
歓びの剣が指し示したからとはいえ今もその場所にいるとは限らないーーー思うに星の地図にとってこの星はただの中継点に過ぎなかったのではないか。
ーーー何にせよこの旅はまだまだ続きそうだな……。
「あんたも一杯、どう?」
声の主は酒瓶を持ったアモル・フィーリアだった。どうやら完全に酩酊しているらしく、紅潮した顔と覚束ない足元でこちらへと歩み寄ってくる。
「いや、酒は苦手なんだ」
俺は首を横に振って答えたーーーそれ自体は嘘ではないものの、そもそも例の如く食事を摂らない俺には無縁の話である。
「ふ〜ん。ま、あんたらにも色々あるってこったね」
どこか見透かしたように笑い、手にした酒瓶を豪快に呷るアモル・フィーリア。
俺はその様子を眺めながら、ふと思い立って訊ねた。
「なあ。なんであの力で自分の父親を止めないんだ?」
いかに星王の軍隊が強大であろうとも、あの王の証の力があれば簡単に屈服させられるだろう。それなのに何故わざわざ定められた王位継承戦のルールに則っているのかーーーそんな俺の疑問はアロハシャツの酔っ払いによってあっさりと氷解した。
「……確かにね。力づくで止めることは簡単さ。でもそれじゃあダメなのよ。俺は親父と血みどろの殺し合いをしたい訳じゃあない。俺はただ、親父と一緒に未来に進みたいだけなんだ」
その為に何をすればいいのかも、まだ分かっちゃいないんだけどなーーーそう言って照れ臭そうに頬を掻くアモル・フィーリア。その顔に一瞬、レクス・ハルキゲニアの面影がよぎる。
「ま、人生山あり谷あり五里霧中ってね。これからも俺は俺にできることをするだけさ。結局そうやって我武者羅に突っ走ってくしかないのよ」
口角を吊り上げてニヤリと笑うと、俺の肩を軽く叩いて付け加えた。
「俺だけじゃない。きっと誰だって同じさーーー勿論、あんたもね」
そう言ってアモル・フィーリアがふらつきながら歩き出す。と、不意に肩越しに振り返って微笑んだ。
「幸運を祈ってるよ」
翌日、俺たちはミヅキ・リコとエリマリーに見送られて惑星U7を後にした。
アモル・フィーリアが来なかったことにミヅキ・リコは憤慨していたーーーが、エリマリー曰く、「あの人、ああ見えて案外寂しがりやだから」。
俺たち四人と固く握手を交わした後で、ミヅキ・リコが深々と頭を下げる。
「皆さん、本当にありがとうございました。マホロさんが見つかったら、また是非この星にいらしてください。その時は私が案内します」
「うん!マホロと一緒に、いつか必ず」
そう答える"ラセスタ"の笑顔は一片の曇りもなく、確信に満ちたものでーーー。
程なくして俺たちを乗せた船は飛び立った。加速を増し、みるみるうちに空高くへと上昇していく。
窓際から眼下の世界を眺めていた俺の視界に、不意に弾ける火花が映る。
なんのことはない。あの再建されゆく街の彼方此方で、今日も企業戦士たちが熾烈な戦いを繰り広げているのだろう。
ーーー自分にできることをするだけ、か……。
アモル・フィーリアの言葉が脳裏に浮かび、ふっと笑みを溢す。
ーーーあいつの言う通りだ。きっとこの宇宙に生きる誰もが皆、今の自分にできることをし続けている。
そしてそれは俺も同じだ。
先へ進むのだ。これからも、この船の連中と共に。
今はただ、それだけでいい。
眩い陽を浴びて煌めく街が少しずつ遠ざかっていく。
その光芒の中から、広く深く、澄み渡るようにーーー。
ーーー陣触れの音が、響く。
「今日で貴様らの物語は打ち切りだ」
「このオンボロが……俺に力を貸しやがれ!!」
「そうさ。確かに物語なんて虚構だーーーでも、だから彼らが存在しないなんて、誰が言い切れる?」
次回、星巡る人
第44話 空想の旅人∞It's Only a Paper Moon




