第42話 (株)ポップ☆スター
今回の話は、僕がむかし書いた小説『夢まで走ろう』の第0話に当たるお話です。
辺境の惑星で日々行われる不可思議な行事と、それに関わり暮らす人達の物語。
『夢まで走ろう』と『星巡る人』が交錯するこの前後篇を、どうかお楽しみいただけると幸いです。
いつもたくさんの閲覧、拡散本当にありがとうございます。
時代が変わっても続いていく彼らの旅路に、今後とも末長くお付き合いください。
それではまた次回でお会いできますよう。
歓びの剣から延びる一筋の青い光。
宇宙のどこかに逃げ延びた"星の地図"の行方を指し示すとされるその光に導かれ、俺たちはポルックス区とカストル区の中間に位置する惑星U7へと辿り着いた。
「じゃあちょっと行ってくるわね!」
飛行船を所定の場所へと停泊させ、入星手続きを済ませるべく滑走路の端を駆けていくエメラ・ルリアンの背中をぼんやりと見送る。
ーーー暇だな……。
周囲を見回せばトラン・アストラは窓辺でうたた寝の最中であり、"ラセスタ"は鼻歌を歌いながら食器を片付けている。呑気なもんだーーーこいつらは俺が宇宙正義の一員だということをもう完全に忘れてしまったのだろうか。
ーーーま、らしいっちゃらしいが。
そんなことを考えて、慌てて頭の中でそれを否定する。どうやら知らず知らずのうちに俺までこの緩い雰囲気に呑まれかけていたようだ。
冗談じゃないぞと突発的に立ち上がって飛行船を出る。腰に錆まみれの剣を差したままなことに気づいたが、まあ多少悪目立ちするだけで歩く分には支障はないだろう。
とは言え入星手続きが済むまではこのエアポートから出るわけにもいかない。俺の脚は自然とエメラ・ルリアンの後を追って入星管理室へと向かっていた。
「あれ、着いてきてたの?」
不思議そうに目を見開く栗色の髪の少女に適当な相槌を返しつつ、彼女の前に連なる長蛇の列を見遣る。
ーーー辺境の惑星の割に、案外混雑してるもんだな。
なにか穴場の観光名所があるのかもしれない、などとくだらないことを考えているうちに、予想外に早くエメラ・ルリアンの順番がやって来た。
「ちょっとユミト、なに立ち止まってんのよ!」
少々面食らいながらもカウンターに進み出ると、銀縁眼鏡の初老の男性が和かな笑顔で俺たちを出迎えた。
「こんにちは。旅の人だね?ここはいい星だよ。きっと君達にも気に入ってもらえると思う。ぜひ楽しんでいってね」
そう言って手際よく書類の束に判子を押していく。どの星でもそうだが、入星審査の手続きとは得てして時間のかかるものだ。俺たちは暫しの間、男性の作業風景をじっと見守っていたーーーと、その時。
「ッ!?」
「え、なになに?」
突如としてサイレンにも似た低い音が響き渡り、辺りの空気をビリビリと震わせる。その爆音に戸惑う俺たちを余所に、目の前の男性は極めて冷静にーーーむしろ嬉しそうにーーー銀縁眼鏡の端をくいっと持ち上げて微笑んだ。
「ああ、今日も始まったか。若いってのは良いもんだねぇ」
「始まった?」
「この星の恒例行事みたいなものだよ。今のはその始まりの合図ーーー陣触れの音さ」
男性は眼鏡の上から俺たちを覗き込みながら、書類の最後の一枚にバンと『入星許可』の判を押した。
「この先の広場でやってると思うから、もし良かったら君達も見てくるといい。じゃ、よい旅をね」
星巡る人
第42話 (株)ポップ☆スター
「ねぇエメラ、この先になにがあるの?」
「詳しくは知らないけど、なんていうか……恒例行事らしいわよ?」
トラン・アストラと"ラセスタ"を引き連れて、俺たちは陣触れの音が響く場所へと向かっていた。
「あ、あれじゃない?」
エメラ・ルリアンの指差す先を見やると、なるほど確かに、前方に人だかりが出来ているのが見える。
足早に駆け寄り、首を目一杯に伸ばして観衆の頭の上からその奥を覗き込むと、広場の中央には対峙するふたつの集団が確認できた。
誰も彼もが黒いスーツに身を包んでいる中で、一際目立つのは双方の先頭に立つ二人の男たちだ。互いに赤、青の陣羽織を着ており、今にも飛びかからんばかりの殺気立った様子で睨み合っている。
赤い陣羽織の男は赤い腕章をつけた黒スーツたちを、青い陣羽織の男は青い腕章をつけた黒スーツたちをそれぞれ従えていることから、どうやら彼らが敵対している関係であるらしいことだけが辛うじて伺えた。
観衆たちはそんな彼らのことを固唾を飲んで見守っているが、その中に混じる俺たちはそもそもこの現状を全く把握できていない。
ーーーなにが始まるんだ……?
そんな俺たちのことなど気にする由もなく、赤い陣羽織が口を開く。
「ハロー、株式会社ヒーロー興業さん。今日こそ決着をつけさせてもらうよ。君たちの兵器開発技術は、我が社にこそ相応しい……我がジャスティスカンパニーの肥やしとなることを、誇りに思うがいい」
銀の長髪を靡かせて高笑いする赤の陣羽織に、髭面を歪ませて青の陣羽織がすかさず言い返す。
「何度来ても答えは変わらんぞ。創業以来俺たち家族が少しずつ大きくしてきたこの会社を、お前らなんかにホイホイ渡せるかってんだ」
「……ならば仕方あるまい。御社には本日で倒産していただくとしよう」
「望むところだ。早速、名刺交換といこうじゃねぇか」
向かい合う赤の陣羽織と青の陣羽織が其々になにやらカードのようなものを取り出し、殆ど同時に対峙する相手に向けて投げつけた。二枚の名刺は空中で交差し、入れ替わるようにして互いの手元へーーー"交換"される。
「いざ、尋常に勝負ッ!」
重なるふたつの声。刹那、雄叫びと共に一斉に駆け出す黒スーツ達。その腕に付けた赤と青の腕章がそれぞれに目映く輝き、光の中で形を変える。
赤い腕章は全身を覆う真紅の装甲に。
青い腕章は鋭利な槍や剣、大型の砲口を有する銃火器といった兵器類に。
瞬く間に錬成されたそれらを手に、赤と青の影が次々と交錯する。
その乱戦の中、対峙する陣羽織の二人もすでに動いていた。紅蓮の装甲と、青く煌めく三叉戟が幾度となくぶつかり合い、激しく火花を散らす。
「えぇ、なにやってんの、これ」
「さぁ……?」
野次と歓声が飛び交う広場で繰り広げられる死闘に、ただ困惑するばかりの俺たち。
と、不意に背後から声をかけられる。
「もしかして旅の方、ですか?驚かれましたよね。これはこの星の次期星王の座を懸けた企業競争なんです。まぁ今じゃ名物行事みたいになってますけど」
振り向いた俺たちの前にいたのは、黒スーツを身につけた人懐こい笑顔の小柄な女性だった。
「あ、ありがとうございます。あの、あなたは……?」
「ああっ、ごめんなさい!申し遅れました、私こういう者です」
エメラ・ルリアンが遠慮がちに訊ねると、女性は慌てたように胸元のポケットから一枚のカードを引き抜いて両手で恭しく俺たちに差し出した。
「『株式会社 ポップ☆スター 企業戦士見習い ミヅキ・リコ』……あっ、じゃあもしかして君もあの人たちみたいに?」
"ラセスタ"の言葉に黒スーツの女性ーーーミヅキ・リコは照れたように首を振る。
「いえ、私はまだ見習いなので……」
互いに簡単な自己紹介を済ませた後、彼女はコホンと軽く咳払いして、少し畏まった様子で俺たちに目の前の騒ぎについて説明し始めた。
曰く、現在この星には『株式会社』と呼ばれる大小様々な組織が無数に乱立し、各地で日々鎬を削り合っているのだと言う。
王位継承戦と呼ばれるそのシステムは極めて単純で、勝ち残った最後の一社には惑星U7を統治する権利を、その社長には次期星王としての正統な王位を継承されることが約束づけられているそうだ。
ーーー要は後継者争いってことか……随分とブッとんだやり方だが。
「ただしルールがあるんです。民間人を巻き込まないことと、如何なる理由があっても殺生をしないこと。この二つさえ守ればあとは大体なにしても大丈ーーー」
と、そこで不意にミヅキ・リコが言葉を止める。
直後、俄かに沸き立つ観衆たちにつられるようにして再び視線を向けたその先で、稲妻にも似た閃光が迸った。
「ご自慢のアーマーとやらも、この距離なら紙切れみてぇなモンだな!」
青い陣羽織を翻して髭面が得意げに吼える。どうやら右手に装備した水平二連銃を紅蓮の装甲に突き立て、有無を言わさずゼロ距離射撃を行なったらしい。火花と黒煙を上げて装甲姿の赤陣羽織が地面を派手に転がる。
「もらったァ!!」
すかさず三叉戟を振りかざして迫る青陣羽織。その刃が装甲から覗く銀髪目掛けて伸びるーーーしかし赤陣羽織は咄嗟に左腕の装甲でその一撃を防ぎ、大きく薙ぐようにして三叉戟を払い除ける。そして立ち上がり様、踏み出す勢いのままに固く握った拳を突き出した。瞬間、赤い煌めきが空を切り裂きーーーそして。
「勝負あり、かな?」
「ぐぅぬぬぬ……っ!!」
青陣羽織の鼻先に拳をピタリと突き付け、荒い息で囁く赤陣羽織。武器を手放しがくりと膝をつく青陣羽織を見下ろしながら装甲を解くと、銀髪を優雅に掻き上げて懐からなにやら一枚の紙切れを取り出した。
「じゃ、早速これにサインを頼むよ?」
青陣羽織の髭面が震える手でそれに書名するのを満足気な表情で見下ろして、赤陣羽織が一言投げかける。
「契約完了。これからは我が社のために尽力してくれ給え」
瞬間、突如として髭面の羽織った青陣羽織が赤に染まり、続いて部下の黒スーツたちの青腕章も赤色に塗り替わる。
「……精々寝首をかかれないよう気をつけるんだな」
「ご忠告どうも。心得ておくよ」
その様子を見て、周囲の黒スーツたちや観衆たちが盛大に拍手を鳴らすーーーどうやらこれでこの戦いは終わりのようだ。
俺たちの心の中を察したかのようにミヅキ・リコが付け加える。
「あんなふうに、負けた会社はその株主ごと"吸収"されるんです。そうして勝った会社がどんどん大きくなっていく仕組みになってるんですよ」
「でもこの星の王様はどうしてこんなことを……?」
"ラセスタ"が訊ねると、ミヅキ・リコはすこし困ったような表情で声をひそめて答えた。
「それは……えっと、詳しいことは分からないんですけど、二十年くらい前にこの星の王子が宇宙船の事故に遭われたそうで……この王位継承戦が始まったのはそのすぐ後なんです。噂では星王が自暴自棄になったんじゃないかって」
ーーー惑星U7王族船団遭難事件か。
その事故については宇宙正義のアーカイブスにも記されていた覚えがある。大まかな内容はミヅキ・リコの語る通りであるが、俺の記憶が確かならそれは事故ではなく外部の何者かによる襲撃事件として処理されていたはずだ。
傍目にも明らかなテロ行為であるにも関わらず、真相究明に至る事なく捜査が打ち切られた、この宇宙の未解決事件のひとつとして有名であるが……星王の心境を鑑みれば自暴自棄になったというのもあながち間違いじゃないのかもしれない。
「あ、他のところでも始まるみたいですね。皆さんもよかったら楽しんでいってくださいね」
再度鳴り響くサイレンの音にミヅキ・リコが視線を巡らせる。
「ねぇ、もしかして誰か探してるの?」
「えぇ……私、社長を探してるんです。ウチは社長と私しか社員のいない超零細企業なんですけど、社長はなぜか他の会社と戦いたがらなくて……それが仕事なのに。私なんて、なぜかいつもこの辺をパトロールしていてくれなんて言われちゃうんですよ。でもいつまでもそんなんじゃダメですし、今日こそ私も仕事をさせてもらいたくて!」
やる気に満ち満ちた瞳で息巻く彼女の肩に、不意にぽんと手が置かれる。
「よおっ。今日も元気だな〜、ミヅキ」
ミヅキ・リコが弾かれたように振り向くと、そこには派手めなシャツに皮のロングコート姿の、つばの大きな黒いハットを目深に被った軟派な男が間の抜けた笑顔で突っ立っていた。すぐ隣にはすらっとした白いスーツの艶やかな女性を連れている。
「社長!!」
驚きながらも俺たちの方へと向き直り、彼女が二人を紹介する。
「あっ、紹介しますね。この人がウチの会社のアモル・フィーリア社長。隣が株主のエリマリーさんです」
俺たちが名前を告げると、社長ーーーアモル・フィーリアなる男は気さくに手を振って返した。
「やあやあ、旅の人たちかい。この星はいい星だよ。いまはちょっと騒がしいケド。ま、楽しんでいってちょーだい」
じゃね、とそのまま立ち去ろうとするアモル・フィーリアを、ミヅキ・リコが慌てた様子で呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ社長!私、今日こそ仕事がしたいんです!この辺りのパトロールとかじゃなくて、ちゃんとした仕事が!お願いです、私に仕事させてくだい!」
懸命に訴える彼女だったが、それに反してアモル・フィーリアの反応は軽いものだった。
「まぁまぁ待て待て。いいか?人生は一度きりなんだ。そんな貴重な時間を仕事なんかに使うんじゃないよ。そんなものは二の次三の次にして、ぱーっと楽しもうぜ?」
呆れ顔のミヅキ・リコなど御構い無しでハットのつばを弄りながら、アモル・フィーリアは更に続ける。
「だいたいな、そんなスーツなんか着なくていいんだよ。前から言ってるだろ?私服でいいんだよ私服で。気楽にいこうぜ、なぁ?」
高笑いしながらくるりと背を向け、話を打ち切るように軽く手を振る。
「悪いが俺は今からデートなんだ。仕事はまあ、またそのうちな」
そう言ってあっという間に人混みに紛れていく黒いハット。それを呆然と見送り、ミヅキ・リコが大きなため息をついた。
「ちょっと社長ぉ……私、どうしたらーーー?」
途方に暮れたように立ち尽くす彼女にふと影が落ちる。何が日光を遮ったのかと真上を見上げると、丁度辺り一帯を呑み込む程の巨大な宇宙船がゆっくりと通過するところだった。
ーーーいや、あれは本当に宇宙船か……?
どこかで見覚えのある形をしたそれの甲板から覗く砲台を見た瞬間、俺はその疑問に確信を得た。
ーーー違う、あれは戦艦だッ!!
「みんな伏せてッ!!」
トラン・アストラが叫ぶのと、上空の戦艦から幾本もの光粒子砲が放たれたのは殆ど同時だった。
俺たちの真上を掠めて通り過ぎる光。刹那、連続的な爆発と共にまるで玩具のようにあっけなく崩れていく街並み。道路が根こそぎ捲れあがり、熱風が吹き荒れ、硝子の破片が雨霰と降り注ぐーーー辺り構わず撃ち出された高出力の光は空気を切り裂き、平和な昼下がりを瞬く間に地獄へと変貌させた。
遠くの高層ビル群が次々と沈んでいく中、突然の出来事に我先にと逃げ惑う人々。その周囲で瓦礫が弾け、津波のような砂煙が押し寄せ、彼方此方で火の手が上がる。
「大丈夫ですかっ!?」
ミヅキ・リコが突然人の流れに逆らって駆け出した。その先には倒れたーーー恐らくは群衆に突き飛ばされたのであろうーーー老婆の姿があった。躊躇いなく老婆の元へと急ぐ彼女だが、その頭上には破壊の限りを尽くすあの戦艦がーーー。
「エメラ、ラセスタ。リコさんとあのお婆さんを連れて安全なところへ!」
トラン・アストラのその言葉に頷いて返し、人の波を掻き分けてミヅキ・リコの後を追う二人。
間髪入れずに俺の方を振り向き、その煌めく瞳に決然とした正義を宿して奴が言った。
「ユミト、行こう!!」
返事を待たずしてトラン・アストラが飛び立つ。
ーーー命令すんなっつの。
そんなことは言われるまでもない。俺はウェイクアップペンシルを起動し、先端に飛び出した針をギアブレスレットへと突き刺した。
『wake up,006 phase3』
噴き出す蒸気を切り払い、銀の生体鎧に身を包んだ姿で俺もまた空高く舞い上がる。
全速力で宙を駆けながら要塞の如きその戦艦を確認するーーーなるほどな、見覚えがあるわけだ。
あれは重装殲滅巨艦アルゴス……かつて宇宙各地で猛威を振るった所謂テロ兵器のひとつであり、現在では生産、運用共に宇宙正義法で固く禁じられている。
前方に微かに見えるのは先を往くトラン・アストラの背中だ。奴は戦艦の放つ光線の全てを右腕の一振りでいとも簡単に搔き消し、冷ややかな声で静かに言い放った。
「なにが目的かは知らないけど……これ以上、君の好きなようにはさせないよ」
俺がようやく奴の背中に追いついたのと、戦艦から狂気を孕んだ高笑いが響いたのは殆ど同じタイミングだった。
「ようやくお出ましか。待ち侘びていたぞ……貴様に会えるこの時をなぁ!!」
大音響で戦艦から発される声に、トラン・アストラが眉を寄せる。
「その声……まさか、メンラー……?」
「メンラー…….マガサス・メンラーか!?」
訝しげに訊ねると、トラン・アストラは少し驚いたような表情で肩越しに短く頷いた。
J51星星王暗殺及び政府転覆を図った一派の統率者であり、一時的にとはいえ星王の座に君臨していた独裁者、それがマガサス・メンラーだ。
奴のことを知らないはずがないーーーそもそもこいつの起こした一連の騒動こそが、宇宙正義がS級危険分子の存在を知るきっかけとなったのだから。
「覚えていてもらえて、光栄だよ」
「俺への復讐ならこの星の外で受けて立つ!だから、これ以上この星の人たちを巻き込むな!!」
「フフ……ハァハハハハ!!!何を勘違いしている?復讐?そんなものに興味はない。私の目的は唯ひとつ……貴様の持つ"光"と、貴様の仲間が持つという"星のかけら"とやらを、我が偉大なるラスタ・オンブラー様に捧げること……それだけだァッ!!」
瞬間、甲板の砲台から無数の赤く輝く光の糸が放たれたーーーそんな馬鹿な。あれはドレインロープだ!!
俺とトラン・アストラは横っ飛びでそれを躱し、其々に迎撃のため上空へと加速する。
ーーー考えるのは後だ。
マガサス・メンラーがラスタ・オンブラーの刺客として送り込まれてきたことも、なぜか宇宙正義の兵器であるはずのドレインロープを使用していることも、とりあえず一旦頭の端へと追いやる。
いまはとにかく目の前の強大な兵器の塊をなんとかして止めなければ。
膨大なエネルギーを有するトラン・アストラに対してドレインロープが絶大な効果を発揮することは、皮肉なことに二ヶ月前の宇宙正義が証明している。そしてそれがトラン・アストラと同じエネルギーを組み込んでいるphase3にも適用されることは言うまでもない。
ほんの僅かに掠めるだけでも致命傷となり得るがーーー俺は覚悟を決め、宙を蹴りつけて戦艦の後方へと回り込むと、弾幕を掻い潜って一気に急降下した。
電光石火の勢いでそのまま甲板へと滑り込むように着地し、同時に力を込めた拳を足元へと突き立てる。
瞬間、前方に爆発が連鎖し、ドレインロープを撃ち出していた無数の砲台が次々と吹き飛んでいくーーー俺の拳から放たれたエネルギーが戦艦内を駆け巡り、凄まじい熱量と共に甲板上に噴き出したのだ。
ーーーやったか!?
しかしその油断が仇となった。
生き残った砲台が一斉に火を噴き、甲板に立つ俺を爆撃したのだ。
「ぐあぁッ!」
集中砲火を受け、俺の身体は黒煙と共に堪らず宙を舞う。その背を受け止めたのはトラン・アストラだった。
「大丈夫かい、ユミト」
「……礼は言わねぇぞ」
戦艦から再びマガサス・メンラーの声が響く。
「小賢しい奴らだ……とっておきを使うとしよう」
戦艦から投下されたのは青銅に煌めく塊。それはまるで生き物であるかのように蠢きながら、瞬く間に形を成して眼下の大地に降り立った。
「刮目するがいい。我が偉大なるラスタ・オンブラー様より預かりし超兵器……機兵獣のその姿を!!」
立ち込める白煙の中、ゆっくりと背を伸ばした青銅の塊ーーー機兵獣、と呼ばれたそいつが、金属を擦り合わせたような不快な"鳴き声"を発する。
それは真っ赤な単眼を持つ機械の怪物だった。鈍く煌めく全身の至る所から鋭利な突起を覗かせ、両肩と腹部にはノコギリ状の丸鋸を、両腕には禍々しい形状をした巨大な鉤爪を備えている。
「進撃せよ機兵獣!!星のかけらを探し出せェ!!」
マガサス・メンラーの命を受け前進を始める機兵獣。その爛々と輝く単眼から放つ散弾状の光線が、たちどころに周囲を火の海へと変えていく。
「ーーーッ!?」
と、その時、俺は見た。
建物を蹴散らし瓦礫の山を蹂躙する機兵獣の先、1ブロックも離れていないところを走る四人のーーーエメラ・ルリアン、"ラセスタ"、ミヅキ・リコと、三人に手を引かれる老婆のーーー姿を。
「まずいっ!!」
瞬時に宙を蹴って踵を返すトラン・アストラ。しかし不意にその右肩を赤い光の糸が貫き、足止めを余儀なくされてしまう。
「どこへ行く。貴様の相手は私だ……さあ、貴様の持つ光とやらを渡してもらおう」
「くっ……!!」
そうしている間にも機兵獣は進み続ける。まるで"ラセスタ"の持つ星のかけらを的確に追っているようだーーーもはや一刻の猶予もない。
俺は大きく旋回し、一息に地面目掛けて空を駆け下りた。
両脚にエネルギーを集め、急降下の勢いのまま踏み砕かんと機兵獣に迫る。
ーーースクラップにしてやるぜ!!
しかし奇襲であったにも関わらず、奴はそれに完璧に対応した。振り向きざまに素早く両腕を振り上げ、交差した鉤爪で俺を弾いたのだ。
重い衝撃が迸り、空間が激しく明滅する。
「ッ!?」
咄嗟に反転して駆動音を響かせる化け物から距離をとると、後方で足を竦ませている四人に向け叫ぶ。
「グズグズすんな!とっとと逃げろ!!」
瞬間、視界の端に割り込んでくる影ーーー両腕で辛うじて受け止めたその正体は機兵獣の鉤爪だった。いつの間に間合いを詰められていたのだろう。俺の三倍はあろうかという体躯に似つかわしくない俊敏さだ。その上、馬鹿力ときている。
ーーーこいつは厄介だな……。
上からの凄まじい圧に徐々に押さえ込まれ、鉤爪の先端がじりじりと眼前に迫る。
phase3の力をもってしても耐えきれない。このままでは数秒後には押し潰されてしまうだろう。
遂にはがくりと膝をついた俺の姿が、覗き込む赤い単眼に映し出されるーーー俺は鉤爪を握る手にエネルギーを込め叫んだ。
「しゃらくせぇ!!」
青銅の下腹部を蹴り飛ばし、その勢いを利用して鉤爪を力任せに引き千切る。
右腕の肘から下を失い、火花を散らして後退る機兵獣。しかし奴は怯むことなく、すぐさま体勢を立て直すと同時に両肩と腹部に装備した丸鋸を撃ち出した。
まるでフリスビーのように高速で回転しながら迫る三枚の刃。それらは何度躱しても軌道を修正し、執拗に、そして正確に俺を狙って宙を舞う。
ーーー追尾機能付きかよ……!
それならギリギリまで引きつけて力づくで止めるしかない。俺は空高く飛び上がり、三枚の刃を迎撃するべく身を翻すーーーその時、赤い閃光が俺の視界を埋め尽くした。
「ぐあァアア……ッ!!」
轟音と爆発の中を突き抜けて地面へと落ちる。
迫っていたのは刃だけではなかった。狙い撃たれたのだーーーどうやら奴の方が一枚上手だったらしい。
「くそっ……!」
燻る身体をなんとか起こした俺だったが、間髪入れず背後から強烈な一撃を食らってしまう。
それが瞬時に迫ってきた機兵獣の左腕によるものだと気づいた時、俺は既に建物の中へと叩き込まれていた。
ガラス片と瓦礫に埋もれる俺にはもう目もくれず、機兵獣がゆっくりと姿勢を正す。その赤く輝く単眼にエネルギーが収束していくーーー刹那、俺の直感が危険信号を示した。
ーーーあの方向は……!!
痛みを無視して飛び出し、全速力で機兵獣の前に躍り出るーーー瞬間、俺の身体を赤い光が包み込んだ。
それは散弾状ではなく一本の太い光の束だった。
俺はその熱と爆風に身体を灼かれながらはるか後方へと吹き飛ばされ、街路樹を薙ぎ倒しながら無様に地面を転がった。
「ユミト!!」
少し先で反射的に足を止めて振り返ったのはエメラ・ルリアンだ。その向こうには"ラセスタ"とミヅキ・リコ、老婆の姿も見えるーーーやはり機兵獣は逃げる四人の背中目掛けて光線を放っていたのだ。俺が盾にならなければ、今頃全員跡形もなく蒸発していただろう。
と、不意にエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が動いた。なんと愚かにも躊躇うことなく俺に駆け寄ってくるではないか。
馬鹿、逃げろ!!ーーーそう叫んだつもりの俺の口から、代わりにごぽりと黒い体液が溢れる。
人の姿へと戻った俺を助け起こそうと奮起するふたりだったが、既に機兵獣はすぐ間近にまで迫っていた。左腕に煌めく鉤爪を今まさに俺たち目掛けて振り下ろそうとしている。
ーーークソッ!!
咄嗟にふたりを突き飛ばし、鉤爪を受け止めるべく振り返ったーーー瞬間、俺の視界を埋め尽くす青銅の光芒。
いくら特務隊と言えども生身で食らえばただでは済まないーーー最悪即死も有り得たその一撃。しかし、それが俺に振り下ろされることは終ぞなかった。
「まったく、どうしてこうも騒がしいのかねぇ。これじゃゆっくりデートもできやしない」
俺の前に突然ーーーまるで空間転移して来たかのようにーーー現れたその男が、右腕一本で振り下ろされた鉤爪を易々と受け止めていたのだ。
派手めのシャツ、革のコート、目深に被った黒のハット帽の出で立ちをしたその男の背中に、ミヅキ・リコが信じられないといった様子でぽつりと呟いた。
「社長……!?」
男ーーーアモル・フィーリアは顔色ひとつ変えることなく、飄々とした態度で言葉を続ける。
「きーへじゅーだかなんだか知らないケドね、この際だ……ぶっ潰す!」
そして間髪入れず叫んだーーー「レガリス!」。
瞬間、その右手の人差し指に嵌めた指輪が眩く輝き、しなやかな光の帯へと形を変えて一撃の元に機兵獣を撥ね飛ばした。
地響きを立てて転がる巨躯を余所に、自在に伸縮する光がアモル・フィーリアを包み込むーーーハットを模した形状の頭部、そこから続く髑髏の如き顔、滑らかな漆黒の全身の各部を覆う唐紅の外骨格……"異形"と化したその姿が、悠然と機兵獣に向けて歩を進めていく。
「俺の星で随分と好き勝手してくれたみたいだな。楽しかったか?」
当然ながら機兵獣がそれに答えることはなく、起き上がり様に散弾状の光線を撃ち放つ。しかし不意の一撃であったにも関わらず、アモル・フィーリアは焦ることなく右腕を前方へと突き出したーーーその人差し指に輝く指輪が瞬時にレンズ状のバリアへと変化し、迫り来る全ての光線をまるで鏡面であるかのように反射する。
直後、金属を擦り合わせたかのような音がーーー甲高い悲鳴が轟く。それは撃ち返された自らの光線を浴び、全身から火花を散らして蹌踉めく機兵獣のものだった。
悠々とそれを眺めるアモル・フィーリア。
「んじゃ、お仕置きの時間だ」
言うや否やバリアをひっ掴み、大きく振りかぶると同時に機兵獣目掛けて投げつける。
回転しながら空を裂いて真っ直ぐに飛ぶレンズ状のそれが、唸りを上げて白熱化、さながら光輪と化して機兵獣の左腕を斬り落とした。
「ハイ命中ゥ〜」
光輪は大きく弧を描いてアモル・フィーリアの手元へと戻り、そのまま流れるように銃砲の形となって右腕に纏われる。
両腕を失い満身創痍の機械の化け物に静かに銃口を向け、髑髏男がひと言、無慈悲に言い放った。
「じゃあな、バイバイっ」
瞬間、迸る極彩色の光。
銃口から解き放たれた膨大なエネルギーの塊は機兵獣を易々と呑み込み、その巨体を跡形もなく消し飛ばした。
「ふぃ〜」
気の抜けた息を吐き、人の姿へと戻るアモル・フィーリア。
と、不意に上空より轟音が鳴り響く。
見上げるとそこには爆発炎上しながら遠ざかっていく戦艦アルゴスと、背中に光の翼を展開してそれを見送るトラン・アストラの姿があった。
超弓へと変化した左腕を真っ直ぐに構えてはいるものの、どうやら追撃はしないようだーーーいや、できないと言った方が正しいだろうか。肩で荒く息をするその姿は、見るからに疲労困憊といった様子だ。
やがて機影が遥かな空に霞む頃、トラン・アストラはゆっくりと降りて来た。疲れ果てたその姿にエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が駆け寄る。
「トラン!!」
「大丈夫!?早く手当を……!!」
心配そうなふたりに、トラン・アストラが弱々しく微笑む。
「うん、俺は大丈夫。みんなも無事でよかったよ。それとユミト、ありがとう」
別に礼を言われることは何もしていないーーー俺はふん、と軽く鼻で返した。
「俺からも君たちにお礼を言わせてもらうよ。ありがとう。それと、来るのが遅くなって悪かったな」
気さくに声を掛けてくるのはアモル・フィーリアだ。その軟派な雰囲気に先程までの髑髏の面影は微塵もない。
「ミヅキ、お前もだ。良くやったな」
「え……?私はなにもーーー?」
しかしその会話の続きは突然割り込んできた声によって遮られてしまう。
「先程の戦い、見せてもらったぞ。……貴様只者ではないな。どこの会社の者だ?」
声の主は銀髪に赤い陣羽織の男ーーー確かあの広場で後継者争いをしていた株式会社ジャスティスカンパニーの奴だったかーーーだった。更にその周囲に続々と他の企業と思しき奇抜な格好の者たちが集まってきており、誰も彼もが警戒心も露わにアモル・フィーリアを睨みつけている。
しかし当の本人は深くため息をつき、そんな緊張感とは無縁の心底どうでもいいといった表情で答えた。
「悪いがその質問はパスだ。腰抜けどもに名乗る名前は持ち合わせてないんでね」
「腰抜けだと……?」
「ああ、お前らのことだよ。違うのか?」
周囲ににわかに殺気が立ち込める。
針の筵のような空気にも御構い無しでアモル・フィーリアは続けざまに言い放った。
「じゃあ聞くが、お前らさっきの騒動の時なにしてたよ。どうせ安全なところで高みの見物と洒落込んでたんだろ?情けない話だよなぁ……他所の星から来た奴らが命賭けて戦ってくれてたってのによ」
無数の視線が自分たちに集まるのを感じる。そのうちの何人かがバツが悪そうに動いているのが僅かに覗き見えた。
「つ、ま、り。自分たちの利益しか考えられない三下どもにわざわざ割いてやる時間はないってことだよ。勿体無いったらありゃしない、是が非でも勘弁願いたいねーーーおっと、話聞いてたか?名刺交換なんて以ての外に決まってんでしょ。なにせ俺は忙しいんだ」
名刺を投げつけようとした奴を手で制し、余裕綽々で背を向けて立ち去ろうとするアモル・フィーリア。その手を掴んで引き止めたのはミヅキ・リコだった。
「ちょっと社長、なんでですか!?仕事しましょうよ!さっきのあの力があれば他の会社なんて簡単に蹴散らせるじゃないですか!」
熱のこもった口調でまくし立てるミヅキ・リコ。そのあまりの剣幕に流石のアモル・フィーリアも少々たじろぐ。
「おいおいミヅキ、まぁちょっと落ち着きなって」
「いいえ、私、今日こそ仕事がしたいんです!ここで勝てばうちの会社の名も上がって、そしたらもっと大きな会社にしたり、社長が星王になることだってーーー!!!」
と、不意にアモル・フィーリアの顔から表情が消えた。深い溜息の後、さっきまでの雰囲気とは打って変わった静かな口調で目の前の黒スーツの女性に言葉を告げる。
「……オーケー分かった。ただし、今から訊く簡単な質問にお前が答えられたらだ」
目深に被り直したハットの下から鋭い眼差しが覗く。言葉こそ柔らかいものの、その視線は氷のように冷たく凍てついていた。
「ミヅキ、お前はなにをしたくてこの仕事をしている。お前が働く理由はなんだ?」
即答できず口籠るミヅキ・リコの胸元から鮮やかに名札を抜き取り、黒いハットが再び背を向ける。
「ーーーその答えが見つかるまでは、これは没収だ」
「え……?ちょっと待ってください!!それって……私、クビってことですか……?」
「……答えを見つけられなかったら、な」
軽い口調で飄々と言い放ち、振り返ることなく歩き去っていくアモル・フィーリア。
後に残されたミヅキ・リコもその他の企業の面々も、ただ呆然と小さくなっていくその背中を見送ることしかできなかった。
数刻後、俺はエメラ・ルリアンたちと別行動をとって街外れの堤防の上へとやってきた。
風に吹かれて揺らぐ水面に、早くも再建築され始めた遠くの街並みが煌めく。
ーーー逞しいもんだな、この星の人たちは。
そんなことを考えながら目を向けたその先、堤防から続くなだらかな斜面に、俺は探し人の姿を見つけた。
「こんなところでうじうじしてていいのか?」
土手に三角座りをして顔を抑える黒スーツの女性ーーーミヅキ・リコが俺の声に弾かれたように頭を上げる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を慌てて拭うも、真っ赤に泣き腫らした目だけは隠しきれていない。
「ユミトさん……」
ーーーあの後、その場から逃げるようにして立ち去っていった彼女を俺は何故か放っておけなかった。土地勘など全くない星だったが、phase3の力で空から探した甲斐があったというものだ。
「私、社長がなに考えてるのか分からないんです。私はただ、仕事をしたかっただけなのに……」
肩を震わせて涙ぐむミヅキ・リコに、俺はふと思い立って問いかける。
「なぁ、どうしてこの仕事に就いたんだ?いくらイベント扱いされてるとはいえ、穏やかな仕事ってワケじゃあないだろ」
そこまで拘るにはなにが理由があるんだろうと思って出たその言葉に、涙目のまま彼女は少し照れ臭そうな笑みを浮かべて答えた。
「私、この星が好きなんです。
みんな優しくて、温かくて前向きで。街も自然も空も人も、何もかもいいなって」
遥か遠く、再建されゆく街並みを見つめてミヅキ・リコは語る。
「子供の頃からなにをやってもうまくいかなくて、周りの人に助けてもらってばっかりでしたけど、そんな私でもこの星の誰かの役に立てるならその為に働きたいって昔から思ってたんです。それで、この仕事に」
しかし面接時にその志望動機を話すとどの会社の社長もーーーアモル・フィーリア以外はーーー鼻で笑ったのだと、彼女は苦笑する。
「そりゃそうですよね。綺麗事すぎて自分でも笑っちゃいますもん。王位継承戦で支給される技術は、そんな事の為にあるわけじゃないのに……可笑しいですよね」
自嘲気味に空笑いするミヅキ・リコに、俺は思わず口を挟んでしまった。
「そうでもないぜ。良いじゃねぇか、綺麗ごとで」
少なくとも俺は、同じような理由で戦ってる奴らを何人も知ってるーーーそう心の中で付け加え、黒スーツに並ぶようにして土手に腰掛ける。
「だってそれがあの質問の答えなんだろ?」
しかしミヅキ・リコは表情を曇らせ、怯えたように俯いた。
「……でも私、あのとき咄嗟に答えられませんでした。怖かったんです、それが本当に社長の求めてる答えなのかどうか。もし、もし違ってたらと思うと私……!」
どう声をかけるか迷う間もなく、誰かが「おーい」と呼ぶ声が耳に届く。
その方へと顔を向けると、堤防の上を四つの人影が歩いてくるところだった。
「おーい、ユミトぉー!」
"ラセスタ"、エメラ・ルリアン、トラン・アストラの見慣れた三人が、白いスーツ姿の艶やかな女性を連れてこちらへと向かってくる。
「エリマリーさん……?」
ミヅキ・リコが目を大きく見開いて呟くと、エリマリーは返事をするようにひらひらと手を振った。どうやらエメラ・ルリアンたち三人は彼女を探しに行っていたらしい。
ーーー相変わらず、こいつらは底抜けの馬鹿だな。お人好しにも程がある……まぁ、今回ばかりは俺も人のことを言えないが。
「エリマリーさん、どうしてここに……?」
「んー、さすがにリコちゃんが可哀想かなって思ってね。何も知らないのにあんなふうに言われるのはフェアじゃないでしょ?」
肩ほどまである黒髪を揺らし、まるでその光景を見ていたかのようにエリマリーが言う。
端正な顔立ちの中でもひときわ目立つどんぐり眼が、半泣き顔ミヅキ・リコを覗き込んだ。
「だから、少しくらいあの人のこと話しても許されるかなって思ってね。どう、知りたくない?社長のこと」
ミヅキ・リコが恐る恐る頷くと、エリマリーは悪戯っぽく笑いながら「この事は口外厳禁だからね」と俺たちに念を押し、話し始めた。
「あの人の本当の名前はレクス・ハルキゲニアーーー星王グレゴル・ハルキゲニアの嫡男にして、この星の正当な王位継承者よ」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げるミヅキ・リコに微笑みかけ、エリマリーは更に語る。
「今から20年前、あの人はこの星の王子として、責務を果たす為に王位継承の儀を受けたわ。
慣例よりも数年早く執り行われたことには反発もあったみたいだけど、なにより早くに王妃を亡くしてひとりで星を治めていた父親を助けようと彼なりに必死だったの」
ああ見えて根は真面目だからね、と笑うも、その眼差しは真剣そのものだった。
「継承の儀は滞りなく済んで、あの人は晴れて王となる資格を得たんだけどーーーその日の夜、あの人は父親の本当の目的を知ってしまった……」
「本当の目的……?」
「星王グレゴル・ハルキゲニアの目的は、この星諸共心中することーーーそれも、自分が直接手を下すんじゃなくて、新しい『王』に自分を含めたこの星の全てを滅ぼしてもらうことだったのよ」
「そんな……どうして」
「さあ。でもきっと星王は、王妃を亡くしたその時からもう壊れちゃってたんだと思うわ。どうしようもないくらいに心が擦り切れて、未来も見られないほどに、ね」
そこまで話すと、エリマリーは空を仰いだ。
「当然、あの人はそれを断ったわ。尊敬する父の望みとはいえ、そんなこと承諾できるはずがないもの。でもその返事は星王の逆鱗に触れてしまったーーー」
ひと息おいて、まるでその時のことを思い出すかのように言葉を続ける。
「王家の軍隊に追われる身となった彼は、婚約者を連れて逃げ出したわ。外交用の宇宙船に乗り込んで、一先ずこの星の外にーーー宇宙政府に助けを求めるつもりだったの。でも、そうはいかなかった。彼と婚約者の乗る宇宙船は、追いかけてきた王家の軍艦によって敢え無く撃沈。木っ端微塵に吹き飛んだわ」
ーーーなるほどな。それがあの惑星U7王族船団遭難事件の真相ってワケか。
「多分、王家が宇宙正義に賄賂を積んで、事の顛末を有耶無耶に処理させたんでしょうね」
俺の心を読んだかのようにエリマリーが付け加える。
「でも、じゃあどうして社長は生きてるんですか……?」
ミヅキ・リコの問いに、エリマリーがふっと口元に笑みを浮かべた。
「まあ、『王の証』がなかったら、ふたりとも間違いなく死んでたでしょうね」
「レガリスリング……?」
「M95星の"タナバタ"の伝説、知ってる?大昔に星の雨が降ったってやつ。その光のひとつがこの星の王家の宝玉に宿ったのが『王の証』だって言われてるの。歴代星王に代々受け継がれてきた神秘の指輪なのよ?」
エメラ・ルリアン、トラン・アストラ、"ラセスタ"が銘々に驚いた様子で顔を見合わせる。そういえばこの三人はM95星に立ち寄ったことがあるんだった。多分、"タナバタ"とかいう伝説についても知っているのだろう。
「星王の最大のミスは、王位継承の儀の後にーーー王の証をあの人に渡してしまった後に殺そうとしたことよ。指輪は既に彼を次期星王として認めていた……だから彼はその力を使って間一髪で難を逃れることができたの」
ふう、と軽く息を吐き出すエリマリー。
なぜそんなに詳しいのかと考えて、俺はそこでようやく彼女が何者なのかを察した。
「そのままどこか遠い星へーーー行けたらよかったんだけど、彼らは直ぐにこの星に戻ってきたわ。理由?大したことじゃないの。ふたりともこの星を愛していたから、ただそれだけのことよ」
軽く言ってのけたその言葉は、穏やかな風に靡かれて空高くへと昇っていく。
「だからこそ、あの人は王位継承戦を放って置けなかったの。あの行事の意図は考えてみればすぐに分かる話よ。星王からしたら、誰に王位を譲ろうが最終的にこの星を滅ぼしてさえくれたらそれでいいんだもの。あの行事は全部建前なのよ」
ーーーつまり星王にとってはあのイベントそのものが自らの破滅願望を満たす為の道具に過ぎないってことか……どうやら自暴自棄になったというのもあながち間違ってはいなかったらしい。
「あの人はね、王位とか身分とか興味がないの。ただこの星の全てを救いたいだけなのよ。人も街も、空も海も自然も全部……そして、いつかは自分の父親もね。そのために会社を立ち上げたの」
ーーーなんだ、簡単な話じゃないか。
俺は心の中で密かに呟いた。
ーーーアモル・フィーリアもミヅキ・リコも、心に抱く願いは同じだったのだ。
その瞬間にあの質問の意味も、答えも、まるで霧が晴れるように全てが明瞭となる。
そしてどうやらミヅキ・リコもそれに気づいたらしい。腕で顔をぐいと拭い、勢いよく立ち上がったその瞳には、確かな光が灯っていた。
「……ありがとうございます、エリマリーさん。私、社長に会ってきます。私の答えを、今度こそきちんと伝える為に」
それから俺たちの方へと向き直る。
「皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」
「俺たちはなにもしてないよ」
「頑張ってね、ミヅキさん!」
顔を上げ、決然とした表情で今まさに歩き出そうと踵を返したーーーその時。
「何あれ……」
愕然とするエメラ・ルリアンたちの視線の先、青空を切り裂く無数の影。大小様々な青銅のそれらが、空中で其々に変形しながら街へと降りていくーーー機兵獣の大群だ!!
刹那、連続する地響きと、迸る閃光。
同時多発的に放たれた幾千の光線によって、建設途中の建物が次々と崩れ落ちていく。
更に畳みかけるように空の彼方より迫る巨大な影ーーー重装殲滅巨艦アルゴス。朧げに霞むその姿が不意に無数のパーツへと分離したかと思うと、空中を縦横無尽に飛び回りながら即座に再構築されていくーーー腕に、脚に、そして遂には巨大な機人となって大地に降り立った。
高層ビルにも引けを取らない巨躯が、その全身の至る所に装備した砲門から一斉に光の束を放ちながら進撃を始める。
「行かなきゃ!」
「待ってトラン!……気をつけてね」
エメラ・ルリアンの言葉に力強く頷き、間髪入れずに飛び立つトラン・アストラ。
「私たちも行こう!」
「うん!」
そしてエメラ・ルリアンもまた、"ラセスタ"と共にエアポートへと走っていく。
俺も後に続くべくウェイクアップペンシルを起動するーーー刹那、それを引き留めたのはミヅキ・リコだった。
「私も連れていってください!」
恐らくは有りっ丈の勇気を振り絞ったのだろう、声を張り上げた彼女の足は僅かに震えていた。
「私も、私にできることをしたいんです!」
恐怖、不安、緊張……それら全てを内包して揺らめく決意の炎ーーー彼女の瞳の奥で燦然と光るその輝きを、俺は確かに見た。
彼女を見据え、短く頷く。
断る理由など、ありはしなかった。
「進撃せよ、重装殲滅機人アルゴス!!」
「それでも私は、私にできることをしたいんです!!」
「貴様らには万に一つも勝ち目はない。潔くこの私にひれ伏すがいい!」
「俺の心はこの星とひとつだ。お前なんかに滅茶苦茶にされてたまるかよ」
次回、星巡る人
第43話 君にできるなにか




