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星巡る人   作者: しーたけ
40/54

第40話 超絶怒涛のピコピコ野郎

君が望むのならきっと

ほら絶望さえもBefore



そんな40話。

『星巡る人』は戦闘描写は多いですが、決してバトルをメインとした小説ではありません。

全編通して骨子となるのはあくまで人と人との繋がりであり、そこから生まれる関係性の物語なのです。

今回はその色が強く現れたお話となります。


物語は短編『ココロカケル極星』の主人公、ござる口調の騎士ことムルカ・ボロスを交えて織りなされていきます。

『心駆ける』であり『心×(かける)』でありそして『心架ける』でもある、そんな一風変わった第40話、どうか楽しんで頂けたら幸いです。



いつもたくさんの閲覧、拡散ありがとうございます。

果てしなく続いていく彼らの旅路に、今後もどうぞお付き合い下さい。


それではまた次回でもお会いできますよう。

俺の両親は、俺がまだ幼かった頃に突如として消息を絶った。


それが何故かは知らないし、知ろうとも思わない。

知ったところでなんの意味もないだろう。

俺が両親に置いていかれたのに変わりはないのだから。


その為だろうか、俺はそんな両親の存在を朧気にしか覚えていなかった。顔も、性格も、何をしていた人達だったかすら定かじゃない。


曖昧な記憶の中に唯一浮かぶのは、泣き叫びながら闇夜を駆け回る幼少期の自分の姿だけ……まあ、そんなことはどうでもいいことだ。

思い出したところで、失われた時間は今更返ってこない。


俺はずっとひとりだった。

誰といても、どこにいても、何をしていてもーーー乾ききった心の奥底は満たされないままでいた。


俺はいつも独りなのだ。

孤児院でも、宇宙正義でも、特務隊でも。


ーーーそして、今も。






星巡る人


第40話 超絶怒涛のピコピコ野郎







立ち込める霧の中、神経を研ぎ澄ませて近づいてくる"影"の気配を探す。


ーーーどこだ。どこから来る……!?


上下左右の感覚すら曖昧になりそうな濃霧。静寂に包まれたその奥で、自分の鼓動だけがやたら大きく響いているように聞こえる。


ーーー落ち着け。


早鐘を打つ心臓を宥め、平静を装う。

ムルカ・ボロスの言葉が正しいとするなら、"影"にとって今の俺は格好の餌食らしいがーーー俺は首を振ってその考えを否定した。


ーーー冗談じゃない。俺の心に闇などありはしない。怖がることなどないのだ……全部ただの幻なのだから。


しかしそう言い聞かせれば言い聞かせるほど、なぜか無性に不安を掻き立てられる。

まるで心の奥底から、何か恐ろしいものが蠢き這い上がって来るようにーーー。


と、そのとき。


ーーー来やがったな。


前方より覚束ない足取りで迫る人影。

幼い頃の俺の姿をしたそいつを警戒するように腰を落とし、戦闘態勢をとる。


「さっきはよくもやってくれたな。お礼はキッチリさせてもらうぜ」


「助けてお父さん行かないでお母さん……どこ……どこなの……」


相変わらず壊れたように同じことを繰り返す"影"。

俺は右手の親指で唇を撫で、一息に駆け出した。


「情けねぇツラしやがって……くどいんだよォッ!!」


振り上げた拳をその顔面めがけて思い切り叩きつける。手応えはない。ただ勢いづいた身体ごと"影"をすり抜けただけだった。

しかし俺は攻撃をやめず、背後の敵に立て続けて体重を乗せた回し蹴りを繰り出す。


蜃気楼のように僅かに揺らぐ幼少期の俺。その悲しみに満ちた顔が、俺の怒りをさらに煽り立てた。


ーーーこいつが俺の心の闇だと?ふざけんじゃねぇ!!


幾度となく拳を振るい、蹴りを放つ。


ーーー消えろ……!


自分の攻撃が全てすり抜けていることなど、もはやどうでも良かった。ただ目の前の敵を排除することしか考えられなかった。


ーーー消えろ!消えろ!!消えろッ!!!


「消えろぉおお!!」


心の声をそのまま叫んでいることすら気がつかず、"影"に突っ込んだ勢いのまま無様に地面を転がる。

間髪入れずに飛び起きて体勢を立て直したとき、視界の端に飛び込んできたのは銀光りするペンシル状の道具だった。


ーーーしめたっ!

先ほどの撤退時に取り落としたウェイクアップペンシルだ。あれさえあればーーー!!


己に残された唯一の武器へと駆け出しかけた瞬間、どこからともなく現れた何者かの手が静かにそれを拾い上げた。


「こんなもので本当に強くなれると思ってんのか?」


ウェイクアップペンシルをくるくると器用に指で回し、不敵に笑うそいつは俺だった。ただし背後の奴とは違って現在の俺の姿をしている。

それが"影"だということを理解するのに時間はかからなかった。


「もう一匹来やがったか。その姿、てめぇどういうつもりだ!!」


「はっ、どうもこうもねぇよ。俺はお前だ。お前の心を覗き、その全てを正確に模写した……謂わばお前の心そのものだ」


背後で蠢く幼少期の俺に警戒しつつ、目の前の自分を見据える。

モノトーンである以外は見分けもつかないだろうその姿が、口元を邪悪に歪ませて嗤う。


「あぁ、お前はいつもそうだな。いつだって強がりの仮面を被っている。その下に隠れた脆弱で繊細な自分自身を守る為に」


奴の言葉のひとつひとつが、何故か氷のような鋭さをもって俺の心に突き刺さる。


「昔からだよなぁ?あの日、お前の両親がーーー!」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!!」


一息に跳んだ俺の蹴りは空を切り、悠々と揺らぐ"影"にはなんら影響も見受けられない。

無駄だと分かっていても尚、苛立つ心のままに拳を固めるーーーと、不意に奴が笑った。今までよりも昏く、愉しげなその瞳の奥に、どこか懐かしい光景が浮かんでいるのを、俺は確かに見た。


「思い出せよ。なぁ?お前にとって人生最悪だった、あの日のことを」


瞬間、頭の中をフラッシュバックする数多の光景ーーー背の高い優しそうな男性とポニーテールの女性、棺桶、土砂降り……目紛しいその明滅の先で、俺は追憶の果てを見た。





ーーー俺の父は銀河警察の地方派出所勤務だった。

刑事でもなければ警部でもない、平々凡々な警官であったが、強い正義感と誰隔てなく接する優しさとで近隣住民から慕われる所謂"町のお巡りさん"というやつだった。

そんな父を母は毎日必ず笑顔で送り出し、夕刻になると決まって玄関の前で幼い俺と一緒に帰宅を待っていたものだ。

厳しくも優しく、特別裕福でもなければ貧乏でもない……そんな宇宙中のどこにでもあるありふれた幸せな家庭ーーーでもそれは、ある日突然失われた。


その日、父は行方不明となった。あまりにも唐突に、なんの痕跡も残さず姿を消したのだ。

父の普段の真面目さから勤務中に失踪するとは考えられず、なんらかの事件に巻き込まれたに違いないと銀河警察は判断し、すぐさま大掛かりな捜索が始まった。

俺と母は父の無事を信じ、祈るようにしてひたすら待ち続けた。特に母は、父は必ず帰ってくると泣き腫らした目で何度も繰り返していた。


数日後、父は帰ってきたーーー無惨な遺骸となっての帰還だった。


死因は絞殺。

暫くして逮捕された犯人は父の同僚で、違法な薬の取引現場を父に目撃されたことから口封じのために殺したのだそうだ。

犯人曰く、父は最期まで警察官としての使命と正義感を忘れず、同僚を逮捕しようと足掻いていたのだというがーーーそれが事実だとして何になるのだろう。


棺桶に横たわる変わり果てた父の姿を見て、母の精神は完全に壊れてしまった。

発狂し、土砂降りの雨の中へと消えていった母は翌日、父の後を追って自宅で首を吊っているところを発見されたーーー見つけたのは、俺だった。





「う……うう……うわァアアアアアアアア!!!!!はあっ、……はあっ……あ、あぁあああああ!!!!」


いつの間にか俺は叫んでいた。声の限りに絶叫しながら頭を抱えて髪を掻き毟り、その場に力なく崩れ落ちる。激しい動悸に呼吸が不安定になり、目から大粒の涙が溢れ出す。


なぜ……どうして今まで……俺は……!!


「幼い頃のお前には少し刺激が強すぎたってことさ。父の死と母の死を殆ど同時に目の当たりにしてショック状態に陥ったお前は、自分の記憶に蓋をすることを選んだ。父と母は自分を置いていなくなったーーーそう思い込むことで自分の心を守ったんだ」


耳元で愉しげに囁く"影"。

もはや俺には抵抗する事もままならなかった。


「お前が宇宙正義に固執するのは、失った父親の代わりとなる絶対的な依り代をもとめていたから。だからお前は宇宙正義(じぶん)と異なる正義をーーー"悪"を認められない」


畳み掛けるように、奴の言葉は続く。


「お前が悪人を憎み、自分の手で討つことに執着するのは、お前が無意識下で父を殺した犯人を憎んでいるからだ。記憶の底に収まりきらないほどにな」


嘲笑う"影"に呼応するように幼少期の俺の姿をした"影"が伸び、俺の体にまとわりつく。


「助けてお父さん、行かないでお母さん、どこ……どこにいるの……」


俺はあの日、父と母を探して夜の闇を徘徊したのだ。泣き叫びながら、ただひたすらに。


「お前が仲間だと思ってる特務隊の連中だって、本当はどうだかワカンねぇよなあ?お前は誰からも愛されない。誰からも求められない……なんたってお前は両親に捨てられたような奴なんだからな」


ーーー捨てられた……。


「そうさ、捨てられたんだよ。父からすれば自らの正義感よりも軽く、母からすれば父の存在より軽いーーーそれがお前だ」


暗く深く、沈み込んでいく心。

全身に絡みつく"影"が喜びに打ち震えているのがなんとなく分かったが、今の俺にはどうでも良いことだった。


「お前は独りだ……どうしようもなく独りぼっちなんだよ!今までも、これからもなァ!!」


ーーー俺は、独り……一人……ひとり……。


自分の内側が塗りつぶされるようにじわじわと蝕まれていく。それはやがて俺の視界をも覆い尽くし、すべてを黒く染め上げていくーーー。


「そうだ。それで良い……さぁ、その心を解放しろ」


何もかもがどうでも良くなり、押し寄せる絶望の波へと身を投げ出しかけたーーー刹那、不意に心の中にエメラ・ルリアンの言葉がよぎった。



『怖いことがあった時は、自分が一番大切にしてることを心に思い描くと良いわよ。家族だったり、夢だったり……とにかく自分の根っこになってることをね』



ーーー自分の、根っこ……?


そんなものは考えるまでもない。

俺は正義の味方(ヒーロー)になりたかった。

それが俺のすべてだった。

昔からずっと……俺はーーー!



脳内に浮かび上がるのは幼い頃より見続けるあの夢の光景。暗闇の中、何度倒れても立ち上がる光の戦士ーーーそうだ……両親を失い、絶望の淵にいた俺を救ってくれたのはこの夢だった。俺は彼に憧れてヒーローを目指したんだ。


「……!」


閉じた瞼の裏側に、光が拡がっていく。

静かに澄み渡りながら、世界の果てまで。


「……あぁ、お前の言う通りだ。俺は確かに独りだった。その辛さも悲しさも、嫌になるくらい知ってる」


目を開き、静かに呟く。

光は俺の右手から溢れるようにして洩れ出していた。


「でもだからってそこで立ち止まってる訳にはいかねぇんだ。そんな思いをもう誰にもさせない為に俺は正義の味方になったんだからな」


幾重にも重なる七色の煌めき。その眩い光の奔流に俺を取り巻く"影"が苦しげに身を捩る。


「俺は前に進む。どんな時も、なにがあっても……いつか夢で見た、あのヒーローのように」


すぐ間近で苦悶の表情を浮かべる幼少期の俺を見遣る。その瞳の奥に混沌と渦巻く絶望や恐怖の闇に向け、俺はふっと軽く微笑みかけた。


「ひとついいこと教えてやるよーーー今の俺は、もう独りじゃない!」


叫ぶと同時に光を掴む。

七色の揺らぎの中から現れたのは、そこにあるはずのない錆びまみれの剣ーーー歓びの剣だった。

俺は驚きながらも躊躇うことなく、手の中でその柄をしっかりと握る。


瞬間、頭を駆け巡っていったのは、なぜかあの三人の姿でーーー。


「よく言ったでござるッ!!」


俺の身体から弾かれたように"影"が逃げ出すと同時に、突如として霧の中から飛び出してきた板金鎧(アーマープレート)ーーームルカ・ボロスが、手にしたK.O(ケイオウ)丸を振るって二体の"影"を文字通り"叩き"切った。


ピコン、と気の抜ける笛の音とともに粒子と化して溶けていく二体の"影"を余所に、奴が座り込んだままの俺に手を差し出した。


「よくやったでござるな。ユミト殿、お主は自分の心の闇に打ち克ったのでござる。拙者、感服致したでござるよ」


「はっ、てめぇに褒められたって何にも嬉しかねぇよ」


ぶっきらぼうにそう答えると、ムルカ・ボロスは軽く息を吐き出して苦笑する。


「そうでござるか。まあ、それならそれで良いでござる。さぁ、一緒にトラン殿を助けに行くでござるよ」


俺もつられてふっと笑い、板金鎧の手を掴み返して勢いよく立ち上がった。


遅れて霧の中から姿を現わす流星号と、その背に跨ったエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。


「良かった、無事みたいね」


地面に転がるウェイクアップペンシルを拾い上げ、エメラ・ルリアンの言葉に頷いて返したとき、不意に"ラセスタ"の首にかかった小さな石ーーー星のかけらが碧く光り輝き始めた。


「星のかけらが……?」


いや、それだけじゃない。俺の右手に握られた歓びの剣もまた、いつの間にか白く熱い光を帯びていた。


困惑する俺たちを差し置いて、ふたつの光源からそれぞれに一筋の光が放たれる。それらは空中で交錯し、混じり合ったひとつの光線となって霧の奥、遥か向こうへと真っ直ぐに伸びていく。


「何が起きてるの……?」

「ううむ、こんなの拙者も初めてでござるよ」


目映い輝きを放つ剣を通して、俺の頭にいくつかのイメージが流れ込んでくる。


夜空を蝕む巨大で醜悪なガス状の顔面。

牙を剥き出し襲いくる獰猛な獣の群れ。

無数の兵士を従えた装甲服の怪しげな姿。

いつ果てることない敵の猛攻についに力尽きた自分を庇う白いワンピース姿の少女。

その儚げな姿が業火に呑み込まれていってーーー。


ーーーこれはトラン・アストラの記憶……?


"影"は本人が心に抱える恐怖を見せつけるのだとムルカ・ボロスは言った。

だとするならつまりはこの光景こそがトラン・アストラの抱く恐怖(トラウマ)そのものということになる。


怒り、焦り、悲しみ、後悔……今にも張り裂けそうな奴の感情が瞬く間に俺の心を通り過ぎていく。

居ても立っても居られなくなり、俺は思わず霧に向かって叫んでいた。


「目ぇ覚ませ!そんなモンに負けてんじゃねぇよ!!」


そんな俺を見て驚いたように、けれども確信に満ちた顔でエメラ・ルリアンが訊ねる。


「あの中にトランがいるのね」


俺が頷くと、目の前の少女は間髪入れずに大きく息を吸った。


「トラン!!目を覚まして!!」


エメラ・ルリアンが目に涙を滲ませて呼びかける。


「あなたの過去になにがあったとしても、私たちはあなたのそばにいる!だって私たち、家族じゃない!!」


胸に輝く石を握りしめ、その言葉に"ラセスタ"も続く。


「そうだよトラン!またご飯を食べよう?みんなで一緒に!!」


「負けないで……お願い、戻ってきて…….!」


歓びの剣と星のかけらに呼応するかのように、霧の向こうに灯る光。徐々に増していくその輝きが、俺たちを包み込んでいく。

「……ッ!?」

瞬間、俺の意識はその光の中へとトリップしていた。




「聞こえるーーーエメラの、ラセスタの、ユミトの声が……俺を呼ぶ、みんなの声が!!」

霧の中、崩折れたトラン・アストラが蹌踉めきながら立ち上がる。

星を宿した目を見開き、眼前に揺らめく"影"をまっすぐに見据えた。


「どうしてあたしを殺したの……守ってくれるって言ったのに……約束したのに……どうして?どうしてドウシテドウシテドウシテドウシテ……!」


呪詛のようにその言葉を繰り返す"影"の姿は、エメラ・ルリアンによく似ていた。

トラン・アストラは決然とした口調でその少女に語りかける。


「……君の言う通りだよ、エステレラ。君が死んだのは俺のせいだ。あの時俺にもっと力があったら……俺は今でも君を守れなかった自分を許せない。たとえどれだけの時間が経とうと、どんな宇宙へ行こうと、命ある限りこの罪を背負い続ける。俺はそう決めて、これまで生きてきた」


「だったらあたしのために死んでよ。今、ここで」


怨根の滲む少女の言葉に、トラン・アストラは首を縦には振らなかった。


「ダメだよ。それは今じゃない」


悲しみを湛えた瞳のまま、その両腕にエネルギーを凝縮させていく。それはまるで小型の太陽のようだった。


「本物の君に貰ったこの光に誓ったんだ。今度こそ必ず守り抜くって。ーーーだって俺は、正義の味方だから」


トラン・アストラが静かに真上に向かって腕を広げた。手を離れた小型の太陽は瞬く間に霧の中へと昇っていき、その中で眩く弾け飛んだ。


「君が言ってくれたんだよ、エステレラ」


優しく微笑むトラン・アストラの瞳から、ひとひらの涙が零れ落ちる。

その煌めきも、"影"も、何もかもが炸裂した閃光の中に溶けていってーーー。




ーーーその光は俺たちをも巻き込んで拡散した。

柔らかで暖かなその輝きが、冷たい濃霧を切り裂いて次々と打ち消していく。


やがて光が収まった頃、俺たちが目を見開くと、辺りを覆い尽くしていた霧のドームは完全に消滅していた。


「待たせてごめんね、みんな」


俺の隣にいたはずのムルカ・ボロスは姿を消し、代わりにそこには白銀の板金鎧(アーマープレート)を身に纏ったトラン・アストラが超然と佇んでいた。


ーーーあの姿は……!


惑星CNでの激闘が頭をよぎる。

あの時、トラン・アストラは共に戦っていたコスモ、リヒトと"合体"していた。

今回も同様にムルカ・ボロスと合体したというのだろうか。しかし何故?何がきっかけで……?


「ぬおお!?なんでござるか、これは!拙者は一体……!?」


やはりあの時と同じだ。予想した通り、板金鎧の手にしたK.O(ケイオウ)丸からムルカ・ボロスの声が響く。


「おお、お主がトラン殿でござるな。拙者は虹の騎士団"白の者"、ムルカ・ボロス。以後よろしくお願いするでござる」


トラン・アストラは僅かに微笑んで頷くと、手にした得物に告げた。


「細かい話は後にしましょう。今は、俺に力を貸してください」


「うむ、そうでござるな。一緒にいくでござるよ!」


霧のドームを失い、ただそこに蠢くだけとなった"影"に向かって疾駆する銀の閃光。

「ハァアアアア……!」

"影"の放つ悪足掻きのような触手攻撃を斬り払い、勢いをつけて跳び上がる。


その背に光の翼が展開し、同時に振り上げたK.O(ケイオウ)丸が三倍以上の大きさへと膨張する。


「ダァアアアアアッ!!」


巨大化した赤いハンマー部分が、凄まじい笛の音を響かせて"影"を叩き潰す。

軟質素材の下で踠きながら細やかな粒子となって蒸発していく"影"を見やり、K.O(ケイオウ)丸がーーームルカ・ボロスが言い放った。


「成敗ッ!」







「いやぁ、ラセスタ殿の作る料理は美味しいでござるなあ!拙者、感服致したでござる!」


数刻後、トラン・アストラから分離したムルカ・ボロスを交えて、俺たちは飛行船の外で揃って食事を摂ったーーー尤も俺は毎度の事ながら簡易栄養錠剤を摂取しただけではあったが。


ムルカ・ボロスは板金鎧の口の部分だけを外し、そこから食事を口に運んでいた。曰く、本拠地外では素顔を見せないのが虹の騎士団の規則らしい。


「あぁ、そうでござった。ユミト殿、先ほどの剣を少しばかり拙者に見せてはくれないでござるか」


ムルカ・ボロスが豪快に笑う。


「あんな不思議な体験は初めてでござった。非常に興味深いでござる。なぁに、心配召されるな。拙者、刀の目利きには少々自信があるのでござるよ!」


別に拒否する理由もない。俺は錆びまみれの剣をムルカ・ボロスに差し出した。

俺たち四人が見守る中、ムルカ・ボロスはじっくりと丹念に剣の端から端までを観察し、やがて呟いた。


「つかぬ事をお聞きするでござるが……この剣、もしや"歓びの剣"ではござらんか」


俺たちが頷くと、板金鎧は大きな感嘆の息を吐き出して信じられないとばかりに首を振った。


「やはりそうでござったか。いやはや、まさかこの伝説の剣が実在していたとは……それもよりによって宇宙正義であるお主の手にあるとは」


「歓びの剣のこと、知ってるの?」


ラセスタの問いにムルカ・ボロスは神妙な顔で語り始める。

なんでも件の星間戦争時に"太陽の戦士"がこの剣を用いて戦争を終わらせたのだそうだ。

虹の騎士団にとってはまさに歴史を証明する伝説の聖剣……という認識らしい。


ーーーなんだ、そんなことか。馬鹿馬鹿しい。


俺は緊張の糸が緩むのを感じた。


ーーー大したことはない、ただの妄言だ。


"太陽の戦士"という単語に異様に興味を示したトラン・アストラを余所に、俺は軽く息を吐き出す。

しかしそんな態度の俺とは裏腹にムルカ・ボロスは真剣な目で俺のことを見据えた。


「ユミト殿、お主がこれの持ち主に選ばれたのには、必ずやなにか大きな意味があるはずでござる。先ほどのような不可思議な現象も、きっとこの剣が関わっているに違いないでござろう。良いでござるか?剣の声に耳を傾け、仲間たちと共にこれからも弛まず精進するでござるよ」


ーーーなんでお前にそんなことを言われなくちゃならねぇんだ。


そう思う気持ちもあったが、なぜか俺は反論することができずに曖昧な返事をするにとどまった。

奴の言葉に、これまでにない妙な説得力があったからだ。


「さて、そろそろ拙者は行かねばならんでござる。まだまだこの宇宙には数えきれないほどの"影"が蔓延っているでござるからな」


流星号に跨り、板金鎧が見下ろす形で俺たちに視線を向ける。


「色々とありがとうございました」


頭を下げるトラン・アストラに、ムルカ・ボロスは笑って言葉を返す。


「何を言うでござるか。こちらこそ、でござるよ。お主と共に戦えて光栄でござった」


それからエメラ・ルリアンと"ラセスタ"の方を見る。


「エメラ殿、お主の勇気と家族を思う心は素晴らしいものでござる。その尊い気持ちをこれからも持ち続けてくだされ。ラセスタ殿、ご馳走になったでござるな。もう随分と長いこと宇宙各地を旅をしているでござるが、これまでに食べたどの料理よりも美味しかったでござるよ」


照れたように笑う二人。

満足げに頷いて、それから奴は俺の方へと向き直った。


「ユミト殿。拙者とお主は所属組織故にあくまで対立関係にあるでござる。次に会うときは恐らくまた敵同士でござろう……。しかしそれでも、今回お主とこういう形で共に戦えたことを誇りに思うでござるよ」


差し出される手。

俺は鼻で笑いながらも、躊躇うことなくその手を握り返して握手を交わした。


「この宇宙のどこかで、いつかまた会えるのを楽しみにしているでござるよ。では、さらばでござる!」


ハイヤー!と勇ましいかけ声と共に、ムルカ・ボロスを乗せた流星号が走り出す。

土煙と共に猛々しく地面を、そしてその勢いのままやがて空を駆け上っていく。


俺たちは銀色の騎影が見えなくなるまで空を見上げていた。


「……行っちゃったね」

「うん。不思議な人だったなあ」

「また会えるわよ。この宇宙のどこかで、きっと」


エメラ・ルリアンがぱんと手を打ち鳴らす。


「さ、私たちも行きましょ!」


和気藹々と飛行船へと戻っていくエメラ・ルリアンと"ラセスタ"。その後に続いて踵を返したトラン・アストラを、俺はなぜか呼び止めていた。


「ユミト?どうしたんだい?」


不思議そうな顔で俺を見返すトラン・アストラ。

そういえば二人きりで話すのは初対面の時以来だと不意に思い出す。


俺は一呼吸おいて、目の前に立つS級危険分子(高エネルギー生命体)に問いかけた。


「……お前にもあるのか。悲しいとか、さみしいとか、そういった感情が」


あの霧の中で奴の心を覗いたとき、真っ先に伝わってきたのは猛烈な後悔と非痛感、そして果てしなく深い孤独だった。

ーーー正直、意外ですらあった。

"宇宙の平和を乱す悪魔(S級危険分子)"にそんな感情があること自体が驚きであると同時に、万物の理をも覆す凄まじい力を持ち、ありとあらゆる面で常人を超越したトラン・アストラからすれば、そうした感情を抱く者が矮小な存在に見えているに違いないと思い込んでいたからだ。


だからこそこんなくだらない疑問がーーー皮肉でも嫌味でもない、純粋な疑問がーーー口をついて出てきてしまったのだが。


トラン・アストラは少しキョトンとしたのち、ふっと微笑んで答えた。


「俺にだって、そういう気持ちはあるよ……ないはずがないさ」


優しくも儚げなその瞳に宿る星々を見た瞬間、右手に握る歓びの剣が、不意に熱を帯びたーーーような気がした。

「馬鹿っ、そこは保護特区惑星だぞ!」


「ね、お兄ちゃんたち宇宙から来たんだよね?良かったら僕らの地下基地を見てってよ!」


「……侵略者風情が、偉ッそうに」


「我々は、この星を愛してしまったのですよ」


次回、星巡る人

第41話 ワンダフルLife

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