第37話 コスモスアドベンチャー
手を繋ぐように、心繋いで。
そんな37話。
今回のお話に登場する輸送船のクルーたちは、むかし書いていた小説『コスモスアドベンチャー』の登場人物たちです。
彼らには彼らの目的があり、旅路があり、人生があります。全員がここに至るまでに様々な災難を乗り越えてきた主人公たちなのです。
広い宇宙で交錯した二つの物語がどのように絡み合って着地点へと向かうのか、今回、次回と2話に渡ってお送りいたします『コスモスアドベンチャー編』をどうかお楽しみ頂けると幸いです。
いつもたくさんの閲覧、ありがとうございます。
それでは次回でもまたお会いできますよう。
その微弱な救難信号が届いたのは、宇宙共通時間にしてつい数時間前のことだった。
エメラ・ルリアン、トラン・アストラ、そして"ラセスタ"の三人はその発信源を特定するや否やすぐさま救助に行くことで論結し、そうした経緯で俺を乗せたこの船は今、急遽航路を変更して50光年先にある惑星CNへと向かっている。
ーーー救助活動、ねぇ……。
尤も、そうした事の顛末は俺にとって然程関係のない話であった。監視任務中の俺としては、こいつらがどこに向かおうとその後ろに付いていければそれだけで充分に役目を果たせるからだ。
「もうすぐ目的の宙域ね。迷わずに行けると良いんだけど」
「エメラならきっと大丈夫だよ」
「そうそう、運転上手だもんね!たまにちょっと荒いときもあるけどさ!」
三人が和気藹々と交わす何気ない会話を、その後ろから冷ややかな視線で眺める。
ーーーまったく、能天気な連中だ。
惑星CNは遠い昔に廃星認定された死の星のはずだ。それはつまり、その星が生命体の生存が許されない程過酷な環境下にあるということを意味している。
宇宙政府最高決定機関宇宙機密保持審議会実動部隊隊長セルタス・アドフロントの調査報告書によれば、この三人はかつて廃星認定されたR星に訪れ、その消滅の瞬間に居合わせていたのだという。
それならば"廃星"がどんな状態の惑星であるかは充分に知っているはずだ。
だというのにーーー…。
俺は軽くため息を吐き、呆れたように窓の外に目を逸らした。
ーーーお人好しな上にお節介焼きとは、馬鹿の極みだな。
俺に言わせればこういうことは大人しく星間特別救助隊に任せておくべきだ。下手に素人がしゃしゃり出てもしものことがあっては元も子もないーーーこの世の中、全ての美徳が幸せをもたらすとは限らないのだ。
「エメラ!ほら、見えてきたよ!惑星CNだ!」
"ラセスタ"が指差す先に見えるのは、薄く平たい巨大な環に囲われた乳白色に輝く惑星だった。
俺たちを乗せた飛行船は速度を増して環を構成する大小様々な無数の氷片らしきものの隙間を縫うように飛び、その中央に位置する惑星を目指す。
「うん、発信源はあそこで間違いないみたいだ。無事だと良いんだけど……」
迫り来る惑星CNを前にぽつりと不安げに言葉を零す"ラセスタ"。エメラ・ルリアンはそれを聞き流すことなく努めて明るい声でーーーまるで自分に言い聞かせるようにしてーーー言うのだった。
「とにかく行ってみなきゃ始まんないでしょ。さぁ、行くわよ!」
星巡る人
第37話 コスモスアドベンチャー
大気圏を抜けて惑星内に突入した俺たちを迎えたのは、どこまでも果てしなく広がる荒野だった。
草木一本ない見渡す限りの土漠の中、その彼方此方に朽ち果てたかつての文明の残骸が覗く。
「R星を思い出すわね……」
頬を伝う汗を拭ってそう呟くエメラ・ルリアンの表情は、心なしか普段より強張っているように見えた。
その肩にそっと手を置き、トラン・アストラが静かに微笑む。
「エメラ、俺ちょっとこの星を調べて来るよ。あとで必ず合流するから、先に行ってて」
「……うん、気をつけて」
「何かあったらすぐ連絡してね?メモリカプセル持ち歩いてるからさ」
心配そうなエメラ・ルリアンと"ラセスタ"に大丈夫だと朗らかに返し、奴は笑顔のまま俺に視線を移す。
「ユミト、ふたりのこと、頼んだよ」
そう言うや否や、奴は自らの身体を光の粒子へと変化させ、瞬時に壁をすり抜けて飛行船より飛び立っていった。
ーーーあいつ、正気か?
俺は思わず耳を疑った。
ーーー本気で言ったのだとするならば、呆れるほど馬鹿な奴だ。
もしかすると俺のことを信じるに足る味方だとでも思っているのではないだろうか。
だとするなら勘違いもいいところだ。俺には奴からの信頼に応える義理などない。
なぜなら俺は悪党の仲間ではなく、宇宙正義の一員なのだから。
今が監視任務中でさえなければこんな好機を逃す手はなかっただろう。今すぐにでも二人を拘束し、操縦桿を奪って宇宙正義へと引き渡していたに違いない。更にそれを盾にすればトラン・アストラを再度捕らえることも不可能ではなかったはずだ。
そんなことは誰にでもーーーあの"S級危険分子"ならば尚更ーーー容易く予想できることではないか。
だからこそ俺は今、奴の突拍子もない行動に困惑し、何か裏があるのではないかと勘ぐっているのだ。
ーーーくそっ、忌々しい。
それ自体が奴の掌で踊らされているようで心に苛立ちが募る。
「ナメやがって……」
舌打ちと共に目一杯の侮蔑を込めて、小さく呟いた。
「あ!!あれじゃない!?ほら、そこ!!」
"ラセスタ"が突然興奮した様子で声をあげる。その視線の先には砂の大地に埋もれるようにして墜落している大型の戦艦らしき機体が確認できた。
「……発信源はあれで間違いなさそうね。行くわよ」
エメラ・ルリアンが勢いよく舵を切ると同時に、俺を乗せた飛行船は緩やかに速度を落としながら荒廃した惑星へと着陸を果たした。
防護ジャケットを羽織ったエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が躊躇うことなく扉を開いて外へと降り立つ。
ーーーよくもまあ碌に調べもせずに行くもんだな。馬鹿と言うか、命知らずもここまでくるといっそ清々しいくらいだ。
なにせ空気が存在すること以外何ひとつとして分からない廃星なのだ。現在の気象や環境、陥没に砂嵐などのありとあらゆる可能性を想定し、慎重に行動する必要がある……のだが。
墜落している機体へ向けて悠々と歩いて行くふたりの背中に、思わずため息をつく。
ーーー仕方ねぇ。
髪を軽く掻き上げ、俺もまた飛行船の外へと踏み出した。
地面に横たわる青と白を基調とした大型戦艦の前で、俺は二人に追いついた。
間近でみるそのボディには幾千もの細やかな傷が走っており、これまでに経てきた過酷な旅を伺わせる。
ーーー随分と旧式の戦艦だな。
リペイントや改造を施されていると思われるが、その外観からするに100年以上前に出回ったもののように見える。骨董品というほどではないものの、それでも戦艦として使うには些か厳しいのではないだろうか。
「すみせーん、誰かいませんかー?」
墜落した機体にエメラ・ルリアンが呼びかける。
返事はない。やはり間に合わなかったのかーーー。
「ぼっ、ボボボボボス!!人です!!人がいます!!救助が来たんですよぉ!!」
信じられない、と言わんばかりのその声が上がったのは機体の影からだ。大慌てで裏へと走り去って行く声の主を追って俺たちも足早に歩き出す。
「あの〜……」
恐る恐る機体の裏側へと回り込んだ俺たちを迎え入れたのは、先ほどとは異なる野太く力強い声だった。
「我々の救難信号をキャッチしてくれたのは君たちか!よく来てくれたな……本当にありがとう!!」
そう言いながら俺たちの元へと歩み寄るのは、がっしりとした大柄な中年男性だった。戦艦と揃いの青いジャケットは筋肉ではち切れんばかりであり、髭を生やした色黒の顔には微笑みを浮かべている。余裕さえ感じられるその表情から、恐らくはこれまでにも数多の危機を乗り越えて来たのだろうと察せられるーーーたぶん、"宇宙の男"とはこういうタフガイのことを言うのだ。
「我々は惑星GH宇宙開拓組織"DORN"第25班、輸送船アドベンチャー号のーーー」
瞬間、突然の轟音と地鳴りが男の声を搔き消した。
何事かと見回すと、遥か彼方の山の向こうから天を衝く勢いの火柱が立ち昇っているではないか。
「またかっ!」
髭の男は俺たちの方に向き直って声を張り上げた。
「細かい話は後だ!早速ですまないが、我々に力を貸してほしい。この輸送船の修理を手助けしてはくれないか。あの火柱の元で戦い続けてる仲間を助ける為に、我々は急がねばならないんだ。頼む!」
頭を下げて頼み込む男の姿に、"ラセスタ"が弾かれたように立ち上がる。
「そういうことなら任せて!いま道具取ってくるよ!」
そう言って踵を返し、"ラセスタ"が走り出そうとしたその時、不意に火柱から飛び出した幾多もの火球が凄まじい速度でこちらへと迫るーーー!
『wake up,006 phase3』
俺は素早くウェイクアップペンシルを起動し、ギアブレスレットへと突き刺すと同時に高く跳び上がった。
ーーーったく、世話の焼ける奴らだぜ。
蒸気の中、流れるように戦闘用のそれへと変化した身体で、迫り来る火球を次々に叩き落とす。
「君は……その姿は……!?」
髭の男の言葉には答えず、俺は火柱からエメラ・ルリアンの方へと視線を移して軽く息を吐いた。
「先に行くぞ」
言うや否や宙を蹴り、一気に加速してその場から飛び去った。途中、何度も火柱から飛び出す火球を叩き落としながら、速度を増してひたすらに山の向こうを目指す。
大きく隆起した荒地も、広がる砂の平原も、瞬きの間に眼下を流れ去っていく。
目標地点に辿り着くまで時間はそうかからなかった。
ーーーそろそろだな。
一気に高度を上げて聳え立つ山々を越え、上空から火柱の噴き出すその場所を覗き込むようにして見下ろすーーー瞬間、俺は絶句した。
山の向こう、土漠に蠢いていたのは、節足動物を思わせる巨大な異形の怪物だった。
毒々しい危険色の全身に表情をまるで感じさせない無機質な顔面をしたそいつは、唸るように吠えながら胴体から生える極大の鋭利な鎌をデタラメに振り回している。
背面にある開かれた甲羅の奥からは絶え間なく紅蓮の炎を噴き上げており、つまりはあの醜悪な化け物こそが俺の目指していた火柱の出所そのものであるという何よりの証拠を示していた。
ーーー気色悪りぃバケモンだな……ん?
小高い丘ほどもある怪物の周りを飛び回る二つの閃光が不意に目に留まる。ひとつはもはや見慣れた銀色の姿ーーートラン・アストラ。そしてもうひとつは見覚えのない紫と白の混じり合った装甲服姿の人物だった。
二人は怪物の側面から伸びる無数の触手を躱しつつも、どうやら攻めあぐねているようであり、どういうわけか宙を飛び回るばかりで攻撃しようともしていないーーーそれも見れば分かる場所に弱点があるというのに、である。
ーーーなに手間取ってんだか。
化け物の巨体を支える幾本もの細かい脚の隙間から、その腹部で脈打つ心臓らしき器官がはっきりと見えている。奴がそれを庇うように蠢いていることからもそこが急所であることは明白だった。
ーーー俺がとっとと終わらせてやんよッ!
右腕にエネルギーを込めて、速度を上げながら一気に急降下する。
「うおおおおおぉッ!!」
俺の存在に気づいたらしい化け物がこちらに向けて触手を伸ばす。しかし俺は先端に鉤爪のついたそれを難なく掻い潜り、一直線に奴の腹部へ目掛けて突っ込んだーーー!
「待つんだユミトッ!!」
刹那、叫びながら突如として目の前に飛び込んで来るトラン・アストラ。
「ーーーッ!?」
俺と化け物の間に割り込む形で立ちふさがる奴を前に、一瞬、躊躇する。
今ならまだ間に合う……止まることも、軌道を逸らすこともーーーいや、よく考えろ……トラン・アストラは宇宙正義の敵だ。そんなことを気にする必要などありはしない。
ーーー丁度いい。化け物諸共ぶっ飛ばしてやる!
俺は更に加速を増し、前方で俺を見据えるトラン・アストラの顔面へ向けて全力で拳を振り下ろすーーーその瞬間。
「疾れ稲妻ァ!!」
突然死角から俺の脇腹を撃つ緑の閃光。
「ぐぁあッ!!」
その凄まじい衝撃に仰け反って吹き飛ぶ刹那、俺は見た。化け物の巨大な鎌によって不意を突かれ、背後から右肩を切り裂かれるトラン・アストラの姿を。
「くッ!」
しかしトラン・アストラは反転し、素早く体勢を立て直して空高く舞い上がる。そしてそのまま負傷した右肩を庇いながらも眼下の化け物に向けて両手を翳し、目映い光の波動を撃ち出した。
「……ッ!!」
光は半球状となって怪物の巨体を徐々にその内部へと押し込めていく。
苦しげな咆哮を轟かせる怪物。触手を伸ばし、火柱を噴き上げて必死に藻搔くも、トラン・アストラの力の前にはその抵抗も虚しくやがて完全に光の結界への中と封じられてしまった。
そっと地面に降り立ち、荒い息で右肩を押さえて膝をつくトラン・アストラ。
滞空しつつその様子を伺っていた俺の背中に、怒りをむき出しにした声が投げかけられた。
「てめぇなに考えてやがる。ふざけてんのか?」
振り向くとそこには先程の紫と白の入り混じった装甲服の姿があった。そいつは烈火のごとく俺を睨みつけながら、その両手に緑の電撃を迸らせている。
ーーーなるほどな、さっきのはこいつの仕業か。
「お前こそ、いきなり攻撃してくるとはどういうつもりだ。事と次第によっちゃ、タダじゃおかねぇぞ」
男がその眉間に深いシワを刻む。
「はっ、よく言うぜ。てめぇ、さっきオレが止めなきゃあのままアイツごと攻撃するつもりだったろ。なんの躊躇いもなく仲間を巻き込もうとするなんて、頭イかれちまってんじゃねぇのか」
どうやら目の前の男は俺がトラン・アストラを攻撃しようとしたことに対して激昂しているらしいーーー仲間だと?勘違いもいいところだ。
「はァ?冗談はよせ。あいつは仲間なんかじゃねぇよ」
男は俺の返答に深い溜息を吐き、心底呆れたといった様子で俺を見据えた。
「……どうやらてめぇは、臭うほど腐りきってるらしいな。その性根、このオレが叩き直してやるぜ」
頭部から伸びる鋭角的で雄々しい二対の角を撫で上げ、男が滞空するままに戦闘態勢をとる。
ーーー俺にはこいつと戦う理由はない。
だが突然攻撃された上に好き勝手言われて、それでハイそうですかと大人しく引きさがれるほどデキた人間ではないのもまた事実だ。
「言ってくれるじゃねぇか。……上等だ。行くぜッ!」
売り言葉に買い言葉、俺は叫ぶや否や宙を蹴り、紫と白の男めがけて飛びかかった。
直後、白い焔と緑の閃光が激突し、辺り一帯に激しい衝撃が走った。
続けさまに俺が放つ白熱化した拳と、奴の繰り出す雷撃を纏った拳とが幾度となくぶつかっては拮抗し、眼下の大地に黄金色の火花を雨霰と散らしていく。
ーーーラチがあかねぇな。
俺は一気に加速を増して奴の懐へと潜り込み、そのまま空中で組みあいながらもつれるようにして地面へと転がり落ちた。
「疾れ稲妻ァ!!」
奴が俺より一瞬早く体勢を立て直し、その腕から緑の雷撃を放つ。唸りを上げて迫り来るそれを薙ぎ払い、俺はひとっ飛びで距離を詰めて奴の胴体へと拳を叩き込んだ。
「ッ!?」
しかしその拳は奴が前方に展開した雷の防壁によって呆気なく弾かれてしまう。
ーーークソッ!
俺は舌打ちとともに後方へと跳んで素早く奴の間合いから離脱した。
双方一定の距離を置いてじりじりと睨み合う。
「さっきまでの威勢はどうした、おぉ?」
「お前こそ、あんな偉そうな口叩いといてこの程度かよ」
張り詰める緊張の中、俺が動くのと殆ど同じタイミングで奴も動いた。
「ダァアッ!!」
突き出した拳の一撃を跳躍で躱し、奴が宙へと舞い上がる。反射的に顔を上げたその瞬間、俺の目の前に迫っていたのは巨大な雷の渦だった。
「雷誅ッ!!」
瞬間、迸る緑の稲妻が俺を呑み込み、全身を駆け巡るその凄まじい熱量と衝撃に思わず膝をつく。
「どうだ。降参するなら今のうちだぜ?」
電撃の向こうに微かに見える勝ち誇ったような奴の顔が、俺の心に激しい怒りを滾らせた。
「しゃらくせぇ!!」
両脚にエネルギーを集中させ、有りっ丈の力を込めて地面を蹴りつける。その爆発的な勢いを利用して飛び上がり、俺はひと息に降り注ぐ雷の渦を突き抜けた。
「なッ!?」
動揺の色を浮かべる男の顔面に拳を叩き込む。紙一重でそれを躱して後方へと跳んだ奴だったが、その顔には先ほどまでの余裕は微塵も見受けられなかった。
「へっ、どうした。もうお手上げか?」
余裕の笑みを浮かべて煽る俺に対し、奴は忌々しげな表情で大きく舌打ちする。
「……遠慮はいらねぇみてぇだな。だったら、こっちも本気でいかせてもらうぜ」
その右手の中で唸りを上げる稲妻が、輝きの中で刀の形を成していく。
「雷轟一閃、コスモスペシャル!!」
妖しげな緑の光を放つ刀を構える装甲服の奴に対し、俺は右手で唇をそっと撫ぜて不敵に微笑んだ。
「望むところだ。返り討ちにしてやるぜ」
白熱化させた拳を構えて俺が駆け出すと共に、奴もまた刀を振りかざして宙を蹴る。
「ダァアアアアッ!!」
「おぉおおおおッ!!」
緑の閃光と白い焔が今まさに空中で激突するーーーその寸前、突如として俺と奴の間に黄金の旋風が吹き荒んだ。
「もうやめるんだ、ふたりとも」
俺たちの戦いをギリギリのところで止めたのはトラン・アストラだった。背中に光の翼を広げた奴は、負傷した右肩を抑えながらそれでも超然とした態度でその場に滞空し、俺たちを窘めるように交互に視線を送っている。
「邪魔すんじゃねぇよ!こっからって時にーーー」
トラン・アストラに食ってかかる紫と白の装甲服が、不意にそこで言葉を切る。そしてその場でパントマイムでもするかのような不自然な動きをし始めた。
「ーーーあぁ?おいっ、コスモ!てめぇも邪魔すんのか!やめろ…やめろっつってんだろうがこの野郎……!!」
逃れようとするかのように伸ばされた右腕をすかさず左手が掴み、そのまま刀の切っ先を下へと向けさせて力づくで抑え込もうとする。かと思えば、今度は右脚と左脚がバラバラな挙動で動き、その場で独楽のようにぐるぐると回り始めるーーーそれはまるで自分の中にもうひとりの誰かがいて、ひとつしかない体の主導権を巡って激しく争っているかのような奇妙な光景だった。
呆気にとられる俺とトラン・アストラなど御構い無しに、奴の独壇場は続く。
「コスモ!てめぇいい加減に……うぉおっ!?」
やがてバランスを崩し、奴は眼下の大地へと真っ逆さまに落ちていってしまった。
驚きながらもその後を追うトラン・アストラ。意表を突かれた俺も数秒遅れて地面へ向かう。
「コスモ……毎度ながらてめぇの頑固さには参るぜ。ったく、仕方ねぇ」
奴は土漠の上で胡座をかき、その膝に肘をついて大きな溜息をついていた。そして地面に降り立った俺に気づくと、まっすぐに睨めつけて憎々しげな低い声で吐き捨てた。
「おい、今回はこれくらいにしといてやる。命拾いしたな」
立ち上がった奴の身体から紫と白の装甲服が粒子となって消失し、その中から燃えるような赤い髪の少女が姿を現した。
ーーー女……!?
奴の声や仕草、気性の荒さからてっきり男だと思っていた俺は、意表を突かれて思わず動揺する。
先ほど会った髭面の男と同じ青いジャケットを羽織った彼女は、腰の辺りまで伸ばしたボサボサの髪を手櫛でなでつけながらこちらへと歩み寄ってきた。
「リヒトが迷惑かけてごめんね。あいつ、あれでも悪い奴じゃないんだけど」
赤髪の彼女が困ったように微笑んで続ける。その声は可愛らしい少女のそれであり、とてもではないがあの装甲服の奴と同じものとは思えない。
「はじめまして、ぼくはコスモ。輸送船アドベンチャー号のーーー」
「おぉーい!コスモー!大丈夫かぁー!?」
上空より響く野太く大きなその声に言葉を切り、彼女ーーーコスモがその方へと見上げる。その視線の先には、今まさにこちらへと向かい来る青と白を基調にした戦艦とエメラ・ルリアンの飛行船の姿があった。
コスモは戦艦に向けて大きく手を振り返し、それから少し申し訳なさそうに俺たちに笑いかけた。
「ーーー詳しい話は、みんなと合流してからでも良いかな?ぼく、お腹すいちゃって」
「君たちのおかげで、我々は仲間と再び会うことができた。感謝しても仕切れない……本当にありがとう!」
着陸したアドベンチャー号から出て来た三人とコスモがひとしきり再会を喜び合ったあと、髭面の男がそう切り出し、エメラ・ルリアンとトラン・アストラに向けて頭を下げた。
その横に並ぶショートヘアの女性が、こほん、と軽く咳払いをして口を開く。
「改めて自己紹介させていただきますね。私たちは惑星GH宇宙開拓組織"DORN"第25班、輸送船アドベンチャー号の船員。そして私はこの船の副長を務めるサコミズ・アイリと申します」
ショートヘアの女性ーーーサコミズ・アイリが、一歩後ろに立つ気弱そうな男とコスモを指して更に言葉を続ける。
「こっちがこの船のメインパイロットのサコミズ・ムネ。その隣がエンジニアのコスモ」
紹介されたサコミズ・ムネとコスモがぺこりと頭を下げる。
「そしてこの船の艦長のーーー」
サコミズ・アイリがそこで一旦言葉を切り、髭面の男にちらりと視線を送ると、半ば呆れたような表情で軽くため息をついた。
「ーーーボスの」
「ヒュウガ・コニ=タンだ。よろしく頼む」
満足げな顔でサコミズ・アイリの言葉を引き継いだ髭面の男ーーーボスが、エメラ・ルリアン、トラン・アストラ、そして俺の順に力強い握手を交わす。
「我々の任務は宇宙各地に物資を届けることでな、今回もそのための航海をしていたはずだったんだが……ま、ちょっと不慮の事故があってな。この星に墜落してしまったんだ」
互いに簡単な自己紹介を済ませたのち、ボスが豪快に笑いながら話し始めた。
「ただの修理くらいなら俺たちでもできたんだが、これが思ったよりも損傷しててな。コスモがいない状況ではどうにも手が回らなかったんだ。君たちが来てくれなかったら、今頃どうなっていたか」
「あの化け物と、なにか関係があるんですか」
右肩の回復具合を確かめるようにして撫りながら、トラン・アストラがおずおずと訊ねる。
しかしその問いに答えたのは、ボスとはまた違う低い声だった。
「その話はオレからしてやるよ。お前には借りがあるしな」
その声の主はコスモだった。とてもじゃないが少女とは思えないその声と、先程までと打って変わった口調の荒さに俺は思わず目を見開く。
赤髪の奥で口角を釣り上げて不敵に笑うコスモ。まるで別人のようなその顔をよく見ると、瞳の中に紫の光が宿っているのが確認できた。
「おっと、すまない。紹介が遅れたな。彼はリヒト。この船の五人目のクルーだ」
ボスの言葉にコスモーーーいや、リヒトと呼ぶべきだろうかーーーが面倒くさそうに軽く手を振る。
「あれ、コスモ?なんか声が……それに性格も変わってない?え、なんで……?」
「"彼"は訳あって今はコスモの中にいるの。二人はひとつで、簡単に言うと……その……一心同体、って言うのかしら?」
混乱するエメラ・ルリアンに説明するように、サコミズ・アイリが言葉を選びながら答える。
ーーーほぉ、なるほどな。つまりコスモはあのリヒトとか言う奴に寄生されてるって訳か。
ひとつの身体にふたつの魂が同居するーーー広い宇宙において、そうした事例はさほど珍しいことではない。不定形種族や精神生命体が時として憑依という形で宿主の肉体を得ることは宇宙の摂理として大昔より認識されていることであるし、人格の乗っ取りではなく合意の上の共生であるのならば法に触れることもない。
いまいち理解しきれていない様子のエメラ・ルリアンを余所に、コスモはーーーリヒトは話を続ける。
「おい、そこの銀色……トランだっけか?さっきは世話になったな。本当ならあの場で仕留めたかったんだが、それでもあの場に食い止めてくれたことに感謝してるぜ」
そこまで言うとリヒトが俺をジロリと睨んだ。
「それに比べててめぇはなんだ。考えなしに突撃して、止めに入った仲間まで巻き込みかけて……どんだけ迷惑被ったと思ってる。少しは反省してんのか?あぁ?」
俺に詰め寄り、熱のこもった言葉でまくし立てる。
「ハッ、目先の障害しか見えてねぇとは、流石天下の宇宙正義サマは違うなァ?」
「リヒト、本題に入るんだ」
更に煽ろうとしたらしいリヒトを制したのはボスだった。断固とした口調で命じられ、納得いかない表情で、それでも渋々引き下がる。
「……あの化け物はΧ物ーーーま、いわゆる生物兵器ってヤツだ」
打って変わって少し落ち着いた真剣な表情でリヒトが語り始める。
「オレの故郷の惑星M5とその隣星N4は、もう随分とながいこと戦争をしてる。Χ物はそうした泥沼の戦局に終止符を打つために惑星M5によって開発された虎の子兵器だったってワケだ」
奴のその瞳に宿る紫の光が朧げに揺らいだ。
「ところが、だ。全面戦争の最中その兵器研究所は惑星N4からの破壊工作を受けて敢え無く壊滅……制御を失ったΧ物は脱走、宇宙へ向けて飛び去って行っちまった。オレの使命は、そうして銀河に散った13体のΧ物を全て殲滅することーーーと、まァそんなところだ。分かったか?」
眉間に皺を寄せ、忌々しげに話を続けるリヒト。粗野で乱暴な印象とは裏腹にその説明はなかなかどうして分かりやすい。
「Χ物を倒すのは別に難しいことじゃねぇ。強固な皮膚や全身の武器は確かに厄介だが、弱点があるからな。むき出しになってる心臓がそれだ。同時にそこがあの兵器の最大の武器でもあるんだが」
「弱点なのに?」
「あぁ。奴の心臓の中にはΧニュートリノって細菌兵器が大量に仕込まれてんだ。それも生物の生体組織に致命的なダメージを与えるようなトンデモねぇやつがな。弱点だからって不用意に潰せばそこから一気に飛び散って大惨事だ。トランはそれをいち早く察知してオレと一緒に牽制に回ってくれた……だからこそあの時てめぇを止めに行ったんだよ、分かったか宇宙正義のクソ野郎」
ーーーくそっ、いちいち癪に触る言い方をしやがって……。だがまぁ、これに関しては完全に俺の早計だったということだ。ボロカス言われるのも致し方ない。甘んじて受け入れることにしよう。
俺は苛立ちをぐっと堪え、勤めて真顔を心がけた。
「じゃあどうやってアレを倒すんだい?あのまま放ってはおけないだろう?」
トランの問いにリヒトは口角を釣り上げ、不敵に笑ってみせる。
「そんなのは簡単だ。オレの装備、鬼人装甲雷式と雷轟一閃はそのために用意されたモンだからな。この刀で奴の心臓をぶっ刺す……それだけでいい」
どうやらあの緑の電撃が何かしらの作用をするらしいのだが、その説明は突如として割り込んできた元気な声に掻き消されて最後まで聞くことはできなかった。
「みんなー!ごはんができたよー!」
飛行船の扉が開き、"ラセスタ"がひょっこり姿をあらわす。その両手に持つ皿には、腕によりをかけて作ったと思われる温かな食事がこんもりとよそわれていた。
「あ、ごめんラセスタ!机準備するの忘れてた!」
慌ててエメラ・ルリアンが駆け出し、飛行船の倉庫から引っ張り出した机を並べ始める。
「我々も宜しいんですか?」
「もちろん!みんなで食べた方が美味しいよ!」
ボスの言葉に"ラセスタ"が笑顔で答える。
アドベンチャー号の面々も準備の手伝いに加わり、程なくして数々の豪勢な料理が机の上には並んだ。
「いただきまーす!」
「むむっ!これは……うまい!!」
「美味しいですねぇ!ボスぅ!副長!」
「でしょでしょ!ラセスタはね、すっごく料理が上手いのよ!」
「こんなのどうやって……ねぇ、ラセスタさん。ちょっと作り方おしえてくれない?」
わいわいと賑やかに料理を頬張る面々をぼんやりと見つめる。
あまりにも長閑な光景ーーーとてもじゃないがその中に加わろうとは思えなかった。
その場から離れるようにして背を向けた俺を、"ラセスタ"が目ざとく見つけて呼び止める。
「待ってよユミト。ほら、ユミトの分もあるよ!」
差し出された皿を突っ返し、俺は冷ややかな言葉を返した。
「俺はいらない。いつも言っているだろう。俺はお前らの仲間じゃない。お前らと食事を共にするつもりもない。放っておいてくれ」
「ちょっとあんた!そんな言い方ーーー!」
そのまま立ち去ろうとした俺の背に投げかけられるエメラ・ルリアンの怒声。
不意にそれを遮ったのはリヒトの声であった。
「はっ、可哀想な奴だなァ?仲間と食う飯の旨さを知らねぇなんてよ」
反射的に振り向くと、奴は侮蔑と嘲笑に満ちた顔で俺を見据えていた。
「……お前になにが分かる」
そう吐き捨て、俺は足早に飛行船へと歩を進めた。
これ以上は何を話す気にもなれない。今はとにかく早く自室へーーー。
「何の用だ」
背後に何者かの気配を察知し、ため息まじりに声をかける。それが誰であるかは大体予想がついていた。
「あは、バレちゃってた?」
照れ臭そうに笑う赤髪の少女。深く澄み渡った黒い瞳に紫の光は微塵も伺えない。どうやら今はリヒトではなく、コスモであるらしい。
「あ、安心して。リヒトなら今寝てるから。余程のことがなきゃ起きないよ」
そう言って彼女が自分の胸の辺りを指差す。比喩でもなんでもなくリヒトの意識がそこで休眠しているということなのだろう。
「君と話がしたかったんだ。あのリヒトがこんなに興味を示す相手なんて滅多にいないからね」
「興味だと?」
「うん、あいつは分かりやすいからさ」
コスモが赤髪を揺らして軽く笑う。
「ごめんね、ちょっと思い出しちゃって。さっきのリヒトの言葉……あれね、ボスの受け売りなんだよ」
笑いを押し殺すそぶりも見せず、彼女は話し続ける。
「昔のあいつもさ、みんなとご飯食べるの嫌がってたんだよ。だけどそのせいでぼくが餓死しかけちゃって。そんな時に動けないリヒトにボスが言ったのがさっきの言葉だったの。まさかそれをあのリヒトが言うようになるなんてね、なんだか面白くて」
楽しげなコスモを少し冷めた目で見下ろす。
ーーーどうでもいい話だ。それを聞いたところで俺にはなんの感慨も湧かない。
「君とリヒトは似てるよ。うん、なんかそんな気がする」
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「冗談はよせ。どこも似ちゃいない」
「いいや?似てるんだなこれが。そうだ。ついでだからさ、ちょっと昔話を聞いてくれない?って言ってもそんなに昔ではないんだけどーーー」
そう切り出されて始まったそれは、アドベンチャー号の面々とリヒトが初めて出逢った時の話だった。
ある日惑星E9に現れた巨大なΧ物と、それを追って飛来した二人の装甲服の男。所構わず勃発したその壮絶な戦いの渦中に、たまたま任務で立ち寄っていたアドベンチャー号の面々は巻き込まれてしまったのだという。
「何せ突然のことだったし、市街地のど真ん中だったから避難も何も間に合ってなくて。ぼくたちは手分けして必死で避難誘導をしてたんだ。だけど……」
コスモがそこで一旦言葉を区切る。どう話したものか考えているようであった。
「それを見て装甲服の人のひとりーーーそれがリヒトだったんだけどーーーが焦っちゃったんだ。早く決着つけなきゃって……でもそれが運命の分かれ道だった。あいつの動きはΧ物に読まれてたんだ。たぶん、もう一人の反応があと少し遅かったらリヒトは死んでたと思う」
彼女の黒い瞳はどこか遠くを見据えているようだった。
「もうひとりがギリギリのところで咄嗟にリヒトを庇ったんだ。その人は代わりに串刺しにされて、食べられて……それを見てリヒトは頭に血が昇っちゃったんだろうね、怒りに身を任せて全力でΧ物の心臓に特攻したんだ。その結果、市街地が丸ごと吹き飛ぶくらいの大爆発が起きて、リヒトは自分の肉体を失った」
「まさかその時にお前も……?」
俺の言葉に静かに頷くコスモ。
「住人の避難はなんとか終わってたんだけど、ぼくは瓦礫の下敷きになっちゃって動けなかったんだ。ボスたちが探しに来る間もなかったよ。爆心地にほど近いところで巻き込まれて、ぼくは死んだーーー死んだと思ってた」
彼女が俺へと目線を移し、屈託のない笑顔を向けた。
「ぼくに憑依したことでリヒトは活動するための身体を得たし、ぼくは失くしかけた命を繋ぎ止めることができた。いまのぼくたちは、ふたりでひとり。互いに足りないものを補い合って生きてるんだ」
ーーーふん、くだらねぇ。そんなの都合よく使われてるだけじゃねぇか。
民間人を厄介ごとに巻き込んどいて、その上で更に利用し続けるとは下衆の極みだ……反吐がでるぜ。
口には出さず、頭の中でひっそりと毒づく。
そんな俺の心の声など知る由もない彼女が、俺の目を覗き込んで笑う。
「きっとあいつは、君に昔の自分を重ね合わせてるんだと思うよ」
確信に満ちた口調で俺にそう言うと、コスモは大きく伸びをして付け加えた。
「だから君にあんなに突っかかるんだ」
俺は目の前の少女に悟られないよう心の中で軽くため息をついたーーー冗談じゃない。あんな奴と一緒にされてたまるか。
コスモがどういう意図で俺にあいつの話を聞かせたのかはわからないが、それで奴に対する印象が良くなるかといえばそんなことは全くないーーーむしろ悪化したといっても差し支えないくらいだ。
呑気に欠伸までしているコスモを呆れた目で見下ろしながら、ふと、一つの疑問が頭をよぎる。
ーーーどうしてこいつは素直にリヒトに従っているんだ……?
本来巻き込まれただけの存在にすぎない以上、もう少し抵抗や嫌がる素振りがあって然るべきではないか。だと言うのにコスモは随分と親しげにリヒトのことを話すーーーいや、それどころか俺の目にはこいつは望んでリヒトに力を貸しているようにさえ見受けられる。
俺は頭の疑問をそのまま口に出していた。
「おいコスモ。お前はーーー」
しかしその言葉は突如として訪れた凄まじい地鳴りによって遮られてしまった。
突き上げられるような衝撃にコスモがバランスを崩して膝をつく。俺は倒れないように腰を低く構え、辺りを警戒するように見回した。
ーーーなんだ?
揺れが収まった瞬間に駆け出すコスモ。それを追って飛行船の外へと急いだ俺の視界に、天を衝く紅蓮の火柱が飛び込んできた。
ーーーあれは……!?
少し離れた地点、先程までの戦いの現場に噴き上がる炎と蠢く無数の触手。節足動物を思わせる巨大な体躯が我が物顔でのし歩いているその光景から察するに、どうやらトラン・アストラの張り巡らせた光の結界はあの醜悪な化け物ーーーΧ物によって突破されてしまったようだ。
「トラン、大丈夫!?しっかりしてトラン!!」
声の方へと顔を向けると、地面に倒れこんだトラン・アストラをエメラ・ルリアンと"ラセスタ"が二人掛かりで支え起こそうとしているところだった。
玉粒の汗を額に滲ませ、荒い息で蹌踉めくトラン・アストラ。おそらくは光の結界の消失により、それを維持するために使用していた膨大なエネルギーが奴自身に跳ね返ってきたのだろう。
ーーーこれは新しい発見だ。さしもの高エネルギー生命体といえども、不意の事態には対応し切れないらしい。
ぐったりと力なく膝をつくトラン・アストラを見下ろし、心の中で嘲る。
ーーーつくづく馬鹿な奴だ。宇宙正義でもないのに無関係な事件に自ら首を突っ込んで、自分の命を削ってまで戦って……到底理解できない。
「ありがとう、トラン。あとはぼくたちがやるよ」
コスモは静かにそう言うと、俺たちに背を向けて真上へと右手を掲げた。
「いくよ、リヒト。羅刹変幻・鬼一口!」
翳した手の先に紫の光粒子が集まり、一ツ目の形を成す。それは瞬時にコスモを呑み込んでその身体に紫と白の装甲服を纏わせた。
「今度こそケリをつけてやるぜ」
変身するや否や頭部の角を自慢気に撫で上げる。荒々しい動きと野太い声からするに、どうやらこの姿の時は主にリヒトの意識が前面に出ているようだ。
不意に奴と俺の視線がぶつかる。紫と白の装甲服の奥には、どこか哀れみにも似た色がちらついていた。
「……ケッ」
リヒトは何を言うでもなく目を逸らし、地面を蹴って舞い上がった。そのまま空を切り裂く緑の光となり、あっという間に火柱の方向へと飛び去っていく。
「俺も……俺も行かなきゃ!」
目を覚ましたらしいトラン・アストラもまた、ふらつきながらもその後を追って飛び立つ。
「俺たちも急ぐぞ!!」
ボスのひと声に導かれ、アドベンチャー号の面々が慌ただしく動く。
ーーーコスモだけじゃなく、こいつらもなのか……?
輸送船へと駆け込もうとするその背中に、俺は思わず問いかけていた。
「どうして戦うんだ、コスモも、お前達も」
その言葉にボスがはたと足を止め、振り返る。
こんなことを聞いている場合ではないと思いながらも、俺は口の突くままに疑問を吐露した。
「お前達はあのM5星人に巻き込まれただけだ。怨みこそすれ、助ける義理はないだろう。それなのにどうしてあいつと共に戦えるんだ?」
ボスは髭を生やした色黒の顔ににやりとした微笑みを浮かべ、恐らくは困惑の色をありありと浮かべていたのであろう俺に向けて力強く言い放った。
「戦う理由なんて決まってるじゃあないか。この宇宙が好きだからだ。他に理由がいるか?」
行くぞ、と部下の二人に声をかけ、足早にアドベンチャー号へと向かう船員たちの背中を呆然と見送る。
ーーーこの宇宙が好きだから?たったそれだけの理由であいつらは自分たちの命を懸けられるのか?
とてもじゃないが信じられなかった。仲間を助ける為と言われた方がまだ納得できたかもしれない。
「私たちも行こう!」
困惑する俺を他所に、片付けを終えたエメラ・ルリアンと"ラセスタ"も慌ただしく飛行船へと向かい始める。
と、不意にエメラ・ルリアンが足を止め、俺をまっすぐに見据えた。
「ユミト、あんたがどう思ってんのかは知らないけど、私たちは別にあんたのこと敵だなんて思ってないから。それだけはちゃんと頭に入れといてよね」
そう言って軽く微笑み、"ラセスタ"と共に飛行船の中へと乗り込むエメラ・ルリアン。
程なくして宙へと浮かび上がる二隻。
ひとり取り残された俺は呆然とその場に立ち竦む。
ーーー俺は今、トラン・アストラ一行の監視任務の最中だ。今回の事件はそれとは何の関係もなく、俺はただ巻き込まれただけ……直接的な任務の障害にもならない以上、俺がわざわざ戦う理由などありはしない。
それは重々承知している。
しているーーーのだが。
『wake up,006 phase3』
噴き上がる蒸気の中、戦闘用のそれへと変化していく俺の身体。
「……クソッ」
低く囁くように呟く。
自分が何をしたいのかも理解できないまま、俺は白く濁った空へと向けてひと息に飛び立った。
「別にお前らを助けにきたわけじゃねぇよ。ただ自分の仕事を果たしに来ただけだ。……俺は、宇宙正義だからな」
「勝ちにいこうぜ。オレたち4人で!!」
「ついに……ついにこの時がきた……!さぁ、恐怖と絶望の前に、ひれ伏せぇええええ!!!」
「なかなか良いモンだぜ、仲間ってのは」
次回、星巡る人
第38話 TWO AS ONE




