第35話 Lost The Way
行き先は忘れない
僕が夢を見てる場所
そんな35話。
第1部では『エメラから見た宇宙』が描かれましたが、第2部では『ユミトから見たエメラ達』が描かれていくことになります。
第三者からは彼らがどんな風に見えているのか、その部分も注目してもらえたらなと思います。
今回で序盤の展開も終わり、次回よりいよいよ第2部の本番が始まります。
まだまだ続く彼らの旅に、これからもお付き合い頂けると幸いです。
今回も読んでくださりありがとうございます。
次のお話でもまたお会いできますよう。
「お前……どうして……ッ!?」
「人が人を助けるのに、理由がいるかい?」
まるでそれが当たり前であるかのようにそう言ってのけるS級危険分子ーーートラン・アストラ。
困惑を隠せないでいる俺をよそに、セクションXの罪人もまた口を開く。
「そうか、お前、心星の光の継承者だな?丁度いい……その光、俺によこせ」
「君には聞きたいことがたくさんあるんだけど……どうやら素直に話してはくれなさそうだね」
「おしゃべりは面倒くせぇ。ーーー来い」
瞬間、相対する二人が同時に動いた。
尾を引く銀と黒の光が激しく激突し、鍔迫り合いながら螺旋を描くようにして空高くへと昇っていく。
両者は空中を猛スピードで飛び廻り、幾度となくぶつかり合った。その凄まじい衝撃に空気が荒れ狂ったように震撼し、彼方此方に雨の如く光が弾けて降り注ぐ。
セクションXの罪人の放つ幾千もの黒い光球を見えない壁で容易く防ぎ、流れるように稲妻を撃ち出すトラン・アストラ。しかし奴は空を裂きながら迫るその光線を右腕に纏った黒い刃で斬り払い、素早く接近してトラン・アストラの首を狙う。
繰り広げられる一進一退の攻防を、俺は地面に這い蹲ってただ眺めていることしかできないでいた。
ーーー次元が違う……。
己の無力さ、非力さに打ち拉がれるような余地さえなかった。いや、そう思わざるを得ないほど、目の前の戦いは全てを超越していた。
セクションXの罪人が両腕を大口径砲へと変化させて撃ち込んだ黒い波動を、トラン・アストラが右腕を振るって掻き消す。しかしその瞬間、奴はさらに高く飛び上がっていた。トラン・アストラの不意をつき、その脳天目掛けて巨大な斧と化した右腕を振り下ろすーーー!
「ーーーッ!?」
刹那、巨大な斧は虚しく宙を切り、奴の目が驚きに見開かれる。それも当然だろうーーートラン・アストラは、その時既に奴の眼前へと躍り出ていたのだから。
「ッハァアアアア!!」
打ち出された強烈な拳の一撃は、セクションXの罪人が咄嗟に創り出した黒い霧のバリアを易々と突き抜け、奴の胴体に炸裂した。
「ぐ……ッ!!」
あまりに重いその拳を受け、隕石さながらに地面に叩きつけられるセクションXの罪人。
その後を追うようにして、勝負あったと言わんばかりにトラン・アストラがそっと大地に降り立つ。
「さぁ、教えてもらおうか。その石ーーー星のかけらを、君がどうやって手に入れたのかを」
窪んだ地面から這い出すように、ゆっくり立ち上がるセクションXの罪人。不自然に折れ曲がった腕や首など意にも解さない様子で、その狂気を宿した目をトラン・アストラに向けている。
「それの本来の持ち主は女の子だったはずだ。その子をどうしたのか、正直に答えてくれると嬉しいんだけど」
口調こそ穏やかだが、トラン・アストラの言葉の裏には冷ややかな怒りが滲んでいた。
答え如何では容赦しないーーーそう言っているようにも思える。
しかし奴はそれをせせら嗤い、ゴキゴキと不気味な音を鳴らしながら関節を元に戻し始めた。
「女…?知らねぇなァ。そんなことよりもっと遊ぼうぜ。こんなもんじゃねぇだろ、星心の光の力は」
トラン・アストラは眉間にしわを寄せ、セクションXの罪人をまっすぐに見据える。
再び対峙する両者。瞬時に張り詰める空気ーーー不意にそれを破ったのは、はるか上空より響き渡るがなり声だった。
「ちょっと待ったぁああああああ!!!」
猛スピードで飛来し、土煙を巻き上げながらトラン・アストラとセクションXの罪人の間に滑り込むようにして着陸したのは、側面部から機械の脚が生えた二足歩行型の奇妙な円盤だった。
「よっ……とぉ!」
そのハッチが勢いよく開き、中から鎧を纏った小太りの男が飛び出す。男は頭部に装着した兜から不敵な笑みを覗かせ、トラン・アストラに背を向ける形でセクションXの罪人と向き合った。
「ったく、地獄の蓋を開けやがったのは何処のどいつだ。俺様はてめぇの顔なんざ、二度と拝みたくなかったってのによぉ!」
その鎧姿には見覚えがあるーーーそうだ、先日の"本部襲撃事件"の記録映像にも映り込んでいた、エメラ・ルリアンたちと行動を共にしていたとされる"F級犯罪者"ーーー。
「随分と懐かしい鎧だな。今度は誰だ?」
鎧の男はそれを鼻で笑い飛ばし、セクションXの罪人に言い放った。
「はっ!覚えておきやがれ。俺様は宇宙で一番の大悪党、宇宙大魔王ピエロン田中様だぁ!!!」
自称・宇宙大魔王ピエロン田中はセクションXの罪人を指差し、更に声を張り上げる。
「ラスタ・オンブラー……悪りぃがこの宇宙は俺様のモンだ。てめぇなんぞにゃ星屑ひとつ渡しゃァしねぇ。分かったらとっとと地獄に帰りやがれ!」
その言葉を受けて、セクションXの罪人ーーーラスタ・オンブラーの表情がより一層邪悪に歪む。
「威勢がいいな。身の程知らずが」
「その言葉、そっくりそのまま返してやんよ!」
言うや否やピエロン田中が腰から黒い柄状の道具を抜き放ち、その先端に鍵らしき機器を突き挿した。
ーーーーCAPTCHA CUBEーーーー
鍵を取り込んだ部分がまるで生物であるかのように蠢きながら黒光りする銃身へと変貌を遂げる。直後、そこから放たれた青白い光がラスタ・オンブラーの周囲に結晶型のバリアを構築し、その半透明の空間へと奴を閉じ込めた。
「ぬ……!?」
しかしラスタ・オンブラーは取り乱すこともなく全身から黒い霧を噴き出し、自らを幽閉する狭いバリア内に闇を充満させる。瞬間、壁面に走る無数の鋭い亀裂。
そこから漏れ出す闇を見遣り、ピエロン田中が低く舌打ちする。
「……やっぱり長くは持たねぇか。おいトラン、ちょっと手ェ貸せ」
ピエロン田中は肩越しに振り向き、苛立ち混じりの声でトラン・アストラに耳打ちした。
「いいか、お前はあいつの気を引け。その隙に俺がーーー」
表情を僅かに和らげて頷くトラン・アストラを見るに、ピエロン田中がなにかしらの策を講じてきたことは明白であった。尤も地面に倒れ伏している俺には、その囁くような言葉までは聞き取れはしなかったのだが。
「話をする余裕があるとは、心外だな」
地の底から響くような声と、視界の端で弾ける光。
粉々に砕けたバリアの青白い破片を撒き散らしながら、瞬時に二人に迫るドス黒く悍ましいヒトの形を成した闇ーーーラスタ・オンブラー。
「ッ!!」
即座に反応したのはトラン・アストラだ。ピエロン田中を押しのけて素早く前に出ると、そのまま組み合うようにしてラスタ・オンブラーの一撃を受け止める。
拮抗しつつも徐々に奴を押し返していくトラン・アストラ。満身の力を込めたその背中から、銀に煌めく光の翼が展開する。
「ようやく本気か。楽しいなァ……デナリを思い出すぜ」
その言葉に応える代わりに、トラン・アストラが前に更に一歩強く踏み出した。瞬間、何処からともなく吹き荒ぶ黄金の旋風ーーーその渦はラスタ・オンブラーを呑み込み、奴の体を抗いようのない力で空高く巻き上げていく。
さらに追撃を仕掛けるように、トラン・アストラが宙に向けて左手をーーー目にも留まらぬ速さで光の弓へと変化させたその左手をーーー翳す。
ラスタ・オンブラーが空中で体勢を立て直したのと、トラン・アストラが右手を弓に添えて引き絞ったのはほとんど同時だった。
その顔から笑みを拭い去り、ラスタ・オンブラーが黒い霧を全身に覆わせる。右腕には超振動する鎖鋸、左腕には禍々しい形状をした大鎌、両肩口からは幾つもの砲口……その他にも至る所に武器を装備したその姿は、まさに生きた兵器庫そのものだ。
「行くぞ……トラン・アストラァアアァ!!!」
宙を蹴り、地面に立つ敵へと一直線に駆け出すラスタ・オンブラー。振りかざした黒い刃が唸りを上げて迫るーーーそのとき、超弓が天を裂いた。
先端に凝縮された膨大なエネルギーは、放たれた瞬間に分裂、拡散し、無数の光の矢となって向かい来る闇を払う。
「ぐぅ……ッ!!」
己の全てを射抜かんとするそれらを、ラスタ・オンブラーが即座に身体を高速回転させて弾き飛ばす。
繰り返される果てなき死闘ーーーしかし俺がその結末を見届けることは叶わなかった。
「おい!てめぇなにしてやがる早く立ちやがれ!」
不意に胴体を鷲掴みにされる感覚とともに、倒れた体勢のまま俺の身体が地面を離れる。
奇妙な形をした円盤の底から伸びる一本の触手が、その先端のアームで俺を乱雑に持ち上げたのだ。そのコックピットの中で、ピエロン田中が切羽詰まったような表情で吠えた。
「とっとと行くぞ!てめぇにゃあこんなところで死なれちゃ困るんだよ!!」
反論の余地も与えず、円盤は俺を捕らえたまま急発進し、速度を増しながら地面スレスレを飛ぶ。
目指す先には銀に煌めく飛行船ーーー見覚えがあるそれは、数刻前に俺を介抱してくれたエメラ・ルリアンのものだーーーが、その入り口を大きく開け放った状態で停泊してあった。
そこからひょいと顔を覗かせるのは"ラセスタ"だ。
「ピエロンさん、早く早く!もうすぐ宇宙正義の援軍が来ちゃうよ!」
「るっせぇ分かってんだよ!」
焦ったような声の"ラセスタ"の通信に怒鳴り返し、ピエロン田中は大きく咳払いした。
「おいお前。動くなよ?」
その言葉の意味を理解した時、俺は宙を飛んでいた。
いや、正確にはピエロン田中によって投げ飛ばされた、というべきか。アームのついた触手が大きくしなると同時に俺は空を舞い、その勢いのまま開け放たれた扉を潜り抜けて飛行船内に転がり込んだのだ。
半ば床に叩きつけられる形となり、その衝撃に思わず情けない息が漏れる。
ーーーくそっ、宇宙大魔王…!!
「行けるよエメラ!」
「オッケー!飛ばすわよ!!」
痛みに呻く俺を無視して、飛行船が急上昇する。
遥か眼下、遠ざかっていく赤茶けた大地に銀と黒の光が交錯するのが一瞬見えたが、激しい飛行船の揺れと共にそれもやがて見えなくなりーーー。
ーーー敵も、仲間も、任務も、信念も。
全てを置き去りにして、俺は監獄惑星を脱出した。
星巡る人
第35話 Lost The Way
「俺をどうするつもりだ」
コックピットを睨みつけながら、そこに座る少女にもう何度目かの同じ質問をぶつける。
「だから私たちにも分かんないんだってば!何回も言わせないでくれる?」
俺に負けず劣らず苛立った様子で、エメラ・ルリアンがコックピットから顔を出す。
火花を散らす俺たちの間を宥めようとウロウロする"ラセスタ"。
俺は舌打ちと共に壁にもたれかかるようにして座り込んだ。
ーーーウェイクアップペンシルもギアブレスレットもある。ここからの脱出は容易だ。尤も、この怪我さえ治ればの話だが……。
忌々しげに右脚を見ると、ラスタ・オンブラーに打ち砕かれた関節部が蒸気を上げながら再生しているところだった。
顔を上げると落ち着きなく動き回り、心配そうに視線を交わす二人の姿が映る。
それがなぜなのかは考えるまでもないーーー奴らはトラン・アストラの安否を気にしているのだ。あの激戦を思えば無事でいられるという保証もないのだから、当然と言えばそうである。
どこを目指して飛んでいるのか、どこかで合流するつもりなのか、俺にはなにひとつとして分からなかったが、今は下手に動かない方が良いだろう。
ーーーとりあえず状況に身を任せるしかねぇか。
やがて飛行船はどことも知れない無人惑星へと降り立った。亜高速道を通っていないことからここがNM78星雲内であることは間違いなかったが、その詳しい所在までを推測することは流石に不可能だと言わざるを得ない。
と、その時、不意に船内に光が溢れ、そこから崩折れるようにしてトラン・アストラが姿を現した。
「トラン!!」
「大丈夫!?ほら、こっち、早く座って!」
エメラ・ルリアンと"ラセスタ"が直ぐさま駆け寄り、両側からトラン・アストラを支える。
「…俺は大丈夫。手強かったけどなんとか撒けたよ。たぶん、ここまでは追ってこれないと思う」
その額に玉粒のような汗を滲ませながら、それでも朗らかに笑ってみせるトラン・アストラ。
「役者が揃ったみたいだな」
見計らったかのようなタイミングで扉を開け、我が物顔で船内に入ってきたのは鎧姿の男ーーー自称、宇宙大魔王のピエロン田中だった。
「アンタ、なに考えてんのか知らないけどどういうつもりなのよ。ここまでしたからにはちゃんと理由があるんでしょうね?」
詰め寄るエメラ・ルリアンを見上げる形で、ピエロン田中が語気を荒げて言い返す。
「それを今から話すんだっつーの!いいか、今から俺様が説明してやるから耳かっぽじってよ〜く聴きやがれ。この宇宙の真実と、お前たちに与えられた役目についてな」
そうして奴が語り始めたのは、荒唐無稽でバカバカしく、とてもじゃないが信じられないような御伽噺だった。
曰く、この宇宙には三つの"正の意思の力"が存在し、各々に選んだ宿主に絶大な力を与えるのだそうだ。そしてそれらをひとつにした時、この宇宙を創り変えることもできる程の途方も無い力が生まれるーーーらしい。
都合の良いことに三つのうちのふたつは今この場にあり、心星の光はトラン・アストラが、星のかけらは"ラセスタ"がそれぞれ所持しているのだと、ピエロン田中は力説する。
「尤も、いまの星のかけらは完全じゃねぇ。片割れはあの男ーーーラスタ・オンブラーが持ってやがるんだ。だろ?トラン」
その言葉に"ラセスタ"が身を乗り出す。
「マホロは!?マホロはそこにいたの!?」
トラン・アストラが俯いて首を横に振る。脱力したように崩れ落ちる"ラセスタ"。
「安心しろ。少なくともまだ……いや、中途半端に濁したって仕方ねぇか。いいか、ラセスタ。お前の探してるマホローーーマホロ・リフレインはな、正の意思の力のひとつ、星宿の地図なんだ」
船内に張りつめたような沈黙が走る。
なんの話かサッパリだが、少なくともいまこの場にいる俺以外の人間が、ピエロン田中の発言に驚いているようであった。
「俺様にもなにがどうなってんのかは分からねぇ。でもな、これだけは確かだ。ラスタ・オンブラーもお前らと同じく、星宿の地図を探してるってこった。三つの力を自分のものにする為にな」
「そんな……だったらなおさら早く探さなくちゃ。マホロをそんな道具みたいに……!!」
「けっ、どうやって探すつもりだ?お前らが頼りにしてるその光の道は、星のかけら同士が引き合ってるだけに過ぎねぇんだぜ」
"ラセスタ"の首に掛けられた石から真っ直ぐに宇宙の虚空へと向けて伸びる光の線。それを見遣り、ピエロン田中は忌々しげに答えた。
「ーーーつまりその先には、ラスタ・オンブラーがいるだけってことだ」
話を全く理解できていない俺にも、船内に重苦しい空気が流れていることくらいは分かる。
「そんな……そんなことって……」
狼狽する"ラセスタ"の目に涙が滲む。
「……ッ!」
「待ちやがれトラン!」
覚悟を決めたような表情で踵を返したトラン・アストラの背中に、ピエロン田中が鋭い声をかける。
「今のてめぇが行ったところで奴には勝てねぇよ。力でいくら優っていても、星のかけらから無限のエネルギーを得られるような奴と戦えば長期戦は免れねぇ。どんだけ強くたってな、なんでも無茶が効くわけじゃあねぇんだよ」
「でも……!!」
反論しかけたトラン・アストラを遮り、不安げな表情でエメラ・ルリアンが問う。
「じゃあ、私たちにはもうどうすることもできないってわけ?」
それを鼻で笑い飛ばし、ピエロン田中が口角を釣り上げて不敵に言い放つ。
「はっ、ンなわけねぇだろ。そうならねぇために、わざわざコイツを連れてきたんだ」
不意にその場の全員の視線が注がれ、俺は思わず目を大きく見開く。
無関係だと思っていた話の中に突然引き摺り込まれて困惑する俺を余所に、ピエロン田中が左腕の小型機器ーーー恐らくは転送装置の類なのだろうーーーを弄り、どこからともなく無残に錆び付いたボロボロの剣を取り出した。
「これは"歓びの剣"。星宿の地図に不測の事態が起きた時、その代わりに三つの力を導き繋ぐ……まぁ所謂、万が一の保険ってヤツだ」
そう軽く言ってのけて、奴はまるでそれが当たり前であるかのようにその赤茶けた剣を俺に差し出した。
「そしてつい最近、この剣が持ち主を選んだんだ。親切にも渡すべき相手まで俺に教えてくれたんだよ。それがお前だ。ほれ。受け取れよ、ユミト・エスペラント」
なぜこのF級犯罪者が俺の名前を知っているのか、そもそも錆びた剣に"選ばれる"とはなんなのかーーー考えるより先に心の声がそのまま口を突いていた。
「バカバカしい。そんなの信じられるか」
そう、こんな子供じみた空想が現実の話であるはずがない。宇宙を創り変える力だと?そんなものがあるなら是非お目にかかりたいもんだぜ。
いや、そもそも今目の前にいるのは全員この宇宙の平和を乱す凶悪な犯罪者どもなのだ。話を聞くにも値しないーーーましてや信じるなど以ての外だ。一瞬でもこんな連中の戯言を真面目に聞いていた自分を心の底から恥じる。
「俺様だって宇宙正義なんぞに頼みたかねぇよ!だがな、選ばれちまったもんはもうどうしようもねぇんだ」
ピエロン田中が低く舌打ちして苛立ち混じりに言い捨てた。
「信じる信じねぇは勝手だがな、てめぇがやらなきゃこの宇宙はあっという間にまたラスタ・オンブラーのもんになっちまうんだよ……あの星間戦争の時みたいにな」
俺を睨む自称、宇宙大魔王を冷ややかな視線で見下ろす。
ーーーこいつの言っていることは大嘘だ。
ラスタ・オンブラーなどという人物がこの宇宙を支配していたなどという歴史は存在しない。奴はセクションXの囚人であり、星間戦争時に君臨した『宇宙史上最悪の犯罪者』ーーーいや、それすら事実かどうかも判然としないのだ。
数万年の時を経ても尚生存し、特務隊を蹴散らすほどの力を持ち合わせていたのは確かに驚くべきことであったが、だからといってピエロン田中の話の裏付けになる訳でもない。
「くだらねぇ……」
そう吐き捨てた俺の正面に歩み出るトラン・アストラ。星を宿したようなその瞳に映る自分の姿を、まっすぐに睨み返す。
一瞬の沈黙の後、奴はゆっくりと口を開いた。
「ユミト、君が……いや、宇宙正義が俺たちに敵意を抱いていることは知ってる。でもそれを承知でどうしても君に頼みたいことがあるんだ。
俺たちはマホロさんーーー今の話で言うなら星宿の地図って言うのかなーーーを探して旅をしている。もしピエロン田中さんの話が正しいのなら、彼女の居場所を教えてくれるのはその剣で、それを使えるのは君ってことになる。
だからお願いだ。どうか俺たちに力を貸してほしい。
宇宙がどうとかは俺にはよく分からないけど、ラセスタの大切な家族を、あんな恐ろしい奴に渡すわけにはいかないんだ」
一息にそこまで言い終えると、奴は真剣そのものの表情で躊躇いなく頭を下げた。それを見て慌てたように後ろの"ラセスタ"も深々と頭を下げる。
どれくらいの時間そうしていたのだろうーーー数秒か数分か……俺は暫くの間、それを冷めた視線で見下ろしていた。
俺は俺の使命を果たさねばならない。
特務隊としてーーー宇宙正義として。
ならば答えはひとつだ。
「……気が変わった。いいだろう、手伝ってやる」
一歩踏み出してピエロン田中の差し出す錆びたボロ剣を受け取る。その柄を握った瞬間、剣が淡く輝いた。
「なんだ……?」
煌めく刀身から放たれる紺碧の光の線が、真っ直ぐに窓の外へと伸びる。遥か彼方の星空へと消えていくそれは"ラセスタ"の持つ星のかけらとは真逆の方向を指し示していた。
「つまりはその先に、星宿の地図がいるってこった」
手にしたサビまみれの剣が、不意に熱を帯びたーーーような、気がした。
「何もないところで悪いけど、ここ使って」
エメラ・ルリアンに通されたのは飛行船の奥にある空き部屋だった。
壁を伝う剥き出しのパイプ、簡素な机とベッド、部屋を照らす仄かな明かりーーー料理が片付けられていることを除けば、先刻俺が介抱されていた時となんら変わらない。
俺はまず部屋の隅々をーーーベッドの裏側やパイプの隙間、明かりの中に至るまでーーー丹念に調べ上げ、盗聴、盗撮機器がどこにも設置されていないことを確認してから、深々とベッドに腰掛けた。
頭の中に、無邪気に喜ぶ"ラセスタ"やお礼を言うトラン・アストラたちの姿がちらりとよぎる。
ーーーおめでたい奴らだ。敵だと分かっててこうもあっさり信じるなんてな。
人体改造を施されている特務隊は生身の状態でも思念体通信を使用することができる。それをほんの少し応用すれば、先程までの会話の全てを宇宙正義の本部へと中継することだって容易いものだ。
"力を貸して欲しい"とトラン・アストラに頼まれた時、思念体通信を介して宇宙正義の本部が俺に下した命令は極めて単純なものだった。
『協力関係を装って内部へと潜入し、S級危険分子及びその一味を監視せよ』
幸いにも俺の演技は怪しまれることもなく、奴らの懐にこうして潜り込むことができた。まさか個人の部屋まで与えられるとは思っていなかったが、俺にとっては好都合だ。
俺は込み上げる笑みを抑えきることができず、思わず口角を吊り上げた。
ーーーこちら特殊任務機動隊006、ユミト・エスペラント。作戦の第一段階を完了した。これよりS級危険分子及びその一味の監視任務に着く。
『了解。健闘を祈る』
外部に漏洩しないよう幾重にもプロテクトされた思念体通信でのやり取りを終え、俺は大きく息を吐き出す。
この任務が成功すれば、S級危険分子だけに留まらず"ラセスタ"やエメラ・ルリアンといった本部襲撃事件の主犯格を一網打尽にすることができるだろう。こんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
これは俺に与えられたなにがなんでも成功させなければならない任務なのだ。
ーーーいい気になるなよ、悪党どもが。
同じ船内にいる三人の姿を思い浮かべ、俺は心に固く誓う。
ーーー宇宙正義の名にかけて、俺が必ずお前らを潰してやる。
この俺が、必ず。
「はいこれ。今日からよろしくね、ユミト」
「さぁー、はじめようか!フリーオプションフリースタイル!ルール無用!!心躍る殺し合いの始まりだァーッ!!」
「悪りぃな。俺は諦めるってのがどうしても苦手なんだ」
次回、星巡る人
第36話 使命の拳




