第33話 赤く熱い鼓動
こんなトコで終わる僕じゃないってことを伝えたい。
そんな33話。
シーズン2や第2部といえば、お約束なのが前メインメンバーの再登場ですよね!今回はそういう話です。
物語の時系列で言えば20話から数日〜数週間後くらいの話になりますが、小説的には実に13話ぶりに登場した『現在の彼ら』の活躍を、どうぞお楽しみください。
いつもたくさんの閲覧や拡散、ありがとうございます。最近では感想も頂ける機会が増えてとても嬉しく思います。
これからも彼らの旅にどうぞお付き合いください。
それではまた次の話でお会いできますよう。
ーーー俺は、死んだのか?
気がつくと俺は、暗闇が果てなく広がる何処とも知れぬ空間に立ち尽くしていた。
何があったのかは鮮明に覚えている。宇宙牢獄での制圧任務の最中に突如として現れたあの男ーーー"宇宙史上最悪の犯罪者"の前に俺は手も足も出ず、かつてない程の惨敗を喫したのだ。
その割に身体には不自然な程に痛みを感じていなかったが、それでもあの時覚えた屈辱だけは消えることなく爪痕のように心に刻み込まれていた。
ーーーこんなところで大人しく死んでられるか。とっとと目ぇ覚まして、今度こそあいつをぶっ飛ばしてやる……!!
沸き上がる怒りに突き動かされるように、辺りを見回し、うろうろ動き、なんとかして目を覚まそうと走り出したりしてみたものの、俺を囲む空間は一向に晴れはしなかった。何処まで行っても続く暗闇の中でひとり途方に暮れてしまう。
ーーーおいおい、嘘だろ。俺…まさか本当にここで終わりか……!?
「お困りのようじゃのう、ユミト・エスペラント」
不意に名前を呼ばれ、慌てて振り向き戦闘態勢を取る。
そんな馬鹿な。特殊な訓練を受けてきたはずの俺が、 背後を取られたーーー!?
焦りと動揺を隠しきれない俺の前に、おおよそ人とは思えない風貌の老人が穏やかな微笑みをたたえて悠々と佇んでいた。
「おぉ、驚かせてしまったようじゃのう。申し訳ない」
老人は骨と皮しかないような痩せ細った身体に、ボロボロの赤と金のローブを羽織っている。くすんだ汚らしい鈍色の全身の中で唯一、星を宿したような瞳だけが異様な煌めきを放っていた。
その姿は先日の本部襲撃事件の記録映像で呆れるほど見たあの高エネルギー生命体に酷似していてーーー。
「おっと、先に言うておくが、わしはお主の敵ではないぞ。じゃからそう警戒しなさるな。えぇと、まずはそうじゃのうーーーはじめまして、かの?」
俺の心を見透かしたように、目の前の老人は朗らかにそう言って笑う。
「いまのお主が痛みを感じないのは当然じゃ。ここは君の精神世界で、わしは宇宙の外からお主の心に干渉しておるに過ぎないのじゃからな。つまりこれはお主の見ている夢ということじゃーーー尤も、だからと言ってこれが現実でないなどとは誰にも断言できぬことじゃが」
ーーーこのジジィは何を言っているんだ。
心の声がそのまま口をついて出てきていた。
「はぁ?訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ。つーか、そもそもお前は誰だ?本部で暴れたあの高エネルギー生命体とかいう奴の仲間か!?」
「おぉ、自己紹介がまだじゃったのう。わしの名はデナリ。ただの風来坊じゃ」
仲間といえばまぁそうかもしれんの、などとはぐらかして呑気に笑う老人ーーーデナリに腹ただしさを覚えながらも、俺はあくまで冷静に睨めつけ、問いただす。
「真面目に答えやがれ。俺に何の用だ」
「なに、お主にひとつ忠告があっての。それを伝えにきたのじゃ」
デナリは口調を乱すことも、穏やかな微笑みを絶やすこともなくあっけらかんとそう告げた。一見して物腰柔らかな好々爺ーーーしかし痩せこけた表情のその奥で、星を宿した瞳が鋭い眼光を放っていたのを俺は見逃しはしなかった。
「遠くない未来、お主は大きな決断を迫られるじゃろう。そしてその選択がいずれどこかの場所で、この宇宙の命運を分けることになるのじゃ」
瞬間、奴から発せられた異様な雰囲気ーーー威厳、とでもいうのだろうかーーーを直感的に察知し、俺は思わず身震いした。不覚にもその場に留められたかのように身じろぎひとつできないまま、視覚や聴覚といった感覚の全てを目の前の老人に集中させる。
ーーーこいつ、只者じゃねぇ……!
込み上げる畏怖の念に、俺の頬を冷たい汗が伝う。
「そしてその選択の権利はすべてお主にあるのじゃ。誰に強いられる訳でもなく、さりとて他の誰が選ぶでもない。良いか、忘れるでないぞ。答えはその時、既にお主の中にあるのじゃ」
言い終えたデナリの背後から眩い光が溢れる。目を射抜くようなその暖かい輝きの中に視界に映る一切が呑み込まれていきーーーやがて真っ白になった世界から、静かな声が響いた。
「では、また会おうぞ。正義を志ざす者よ」
星巡る人
第33話 赤く熱い鼓動
「……うぅ」
冷たい地面の上で目覚めた俺が最初に見たのは、紅蓮に染まった空だった。
さっきの夢はーーーいや、今はそれどころじゃねぇか。
エリア3の方角から猛烈な勢いで噴き上がる火柱が、監獄惑星を覆う黒雲を鮮やかな緋色に照らしている。あの男ーーー"宇宙史上最悪の犯罪者"がそちらへ向かったのであろうことは想像に難くなかった。
先刻の戦闘で体力を著しく消耗している現状では思念体通信は使用できない。何処へと吹き飛ばされちまったエルピスの安否も気になるが、とにかくいまは特務隊の仲間と合流することが先決だろう。
呻きながら痛みを堪えて立ち上がり、ふらつく足取りでエリア3へ向けて歩き始める。
激痛の走る腹部をちらりと見遣ると、奴に空けられた風穴は既に塞がりはじめていた。完治まであと十数分と言ったところだろうかーーーそれを確認して俺は僅かに安堵する。
俺たち特務隊はその任務の過酷さ故に六人全員が肉体の治癒、再生能力を底上げする人体改造手術を施されている。これによって俺たちは"即死でない限り"例え致命傷であっても再起することができるのだーーー尤も、完全に元どおりになるまでにはそれなりの時間を要するのだが。
ーーーくそっ、忌々しい。
あちこちに瓦礫と炎が散乱した道無き道をひた歩きながら、痛みから思い通りに動かない身体に苛ついて心の中で大きな舌打ちをする。
この痛みは己の無力さ故の痛みだ。俺はひたすら自分にそう言い聞かせた。
俺の攻撃は奴には一切通じていなかった。それどころか俺は奴に翻弄されて手も足も出ないまま、あまりにも一方的にノックアウトさせられてしまったのだ。
ーーーくそっ。
もう一度心の中で呟き、拳を強く握りしめて唇を噛み締める。
敗北したという事実以上に、phase3のーーー正義の味方である自分の力が全く通用しなかったことがなによりも悔しかった。
と、そのとき。
「おーい!」
上空ににわかに光が迸り、同時に俺の歩く荒野に声が響いた。
「おーい!君、大丈夫かい?」
赤く照らされた黒雲を潜り抜けて現れたヒトの形を成した光。それは宙を滑るように飛行しながら真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
赤や青のラインが走る銀色の身体。星を宿したかのような煌めく瞳。夢の中で出会った老人とは明らかに異なる、目映く光り輝くあの姿ーーー間違いない、あいつは……!!
そう確信した瞬間、反射的に身体が動いていた。
『wake up,006 phase3』
噴き出す蒸気の中で地を蹴り、その姿を異形へと変貌させながら空中へと飛び上がる。
「うらアアアッ!!」
そのまま一直線に宙を舞う奴の元へと駆け上り、躊躇うことなく固く握り締めた拳を振るった。
「わぁっ!?」
奴はひらりと身体を翻してその一撃を敢え無く躱す。
「いきなりなにをするんだ!?」
空中で素早く体勢を立て直して向き直った俺は、そこで初めて奴と対峙した。
政府のお偉いさん曰く"存在そのものが宇宙の正義を乱す悪魔"であり、先日の本部襲撃事件にて宇宙正義に大打撃を与えた実行犯でもある目の前の"S級危険分子"は、その顔に困惑の色をありありと浮かばせながら俺を警戒するように宙に静止している。
俺は唇を親指で軽く撫で、怒気を隠すことなく奴に話しかけた。
「…よぉ。会いたかったぜ、高エネルギー生命体。この前は俺たちの本部で随分と好き勝手してくれたらしいじゃねぇか。今度はこっちの番だ」
「君は一体…?」
「俺はユミト…ユミト・エスペラント。宇宙正義の名において、これよりお前に正義を執行するッ!!」
言うや否や奴の眼前に迫り拳を突き出す。すんでのところで躱されてしまうものの、俺は怯むことなく次々と技を繰り出して奴を攻め立てていく。
奴はそれをひたすらに躱し続けーーーと、不意に動きを止めて右手を翳した。その瞬間、俺の撃ち出した拳は奴の手の先に展開された見えない壁によって防がれてしまう。そのバリアは余りにも強固で、俺がいくら殴りつけてもびくともしない。
「やめるんだ。俺には君と戦う理由はない!」
静かにそう言って俺を見据える高エネルギー生命体。その澄ましきったツラが、俺の神経を更に逆撫でする。
「てめぇになかろうと、俺にはあるんだよ!」
俺の怒りに呼応するかのように全身を駆け巡り、瞬時に右腕に集束していくエネルギー。白熱化したその拳を振り上げ、湧き上がる感情のまま目の前を遮るバリアへと力任せに叩きつけた。
「このッ……悪党がぁ!!!」
唸りを上げる灼熱の白い焔が炸裂し、奴の身体はバリアもろとも猛烈な勢いで地面へと落下していく。
空中で反転し、地面すれすれで辛うじて体勢を立て直した奴に向け、俺は隕石の如く急降下して更に激しく追撃を仕掛ける。
しかし奴はあくまで戦うつもりはないらしく、紙一重でその攻撃を全て捌き切ると、地面を蹴って素早く俺との距離を離し、叫んだ。
「もうやめるんだ!自分の身体の限界が分からないのかい!?今の君は、戦える状態じゃないはずだ!!」
「な……!?」
ーーー何を言っているんだ、という言葉の代わりに口から溢れ出したのは、大量の黒い体液。
恐る恐る自分の身体を見やると、腹部の傷痕から再び吹き出した夥しい量の体液が、足元に滴ってドス黒い血溜まりを生み出しているところだった。
いや、腹部だけじゃないーーー身体中の大小様々な傷口が開き、其処彼処に黒い体液を滲ませているではないか。
「ぐぅうッ!?」
それを認識した瞬間、耐え難い痛みの波が全身を貫いた。そのあまりの苦痛に思わず膝をついてしまう。
ーーーちくしょう、気がつかなかった…痛みをまるで感じなかったから……!!
「どういう技術なのか俺にはよく分からないけど…その力は、普通の人間には過ぎた代物だと思うよ」
毅然とした態度でゆっくりと俺に近づいてくる奴に対し、俺は声を絞り出して応える。
「…うるせぇよ」
俺は歯を食いしばり、蹌踉めきながらもなんとか立ち上がった。煮え滾る怒りがエネルギーとなって全身に満ちていくのがはっきりと感じ取れる。白熱化していく身体からは止め処なく蒸気が噴出し、その熱量に身体各部の球状器官が弾け飛ぶ。血管のような光粒子の帯は出力を増して溢れ、融解しつつある銀色の表皮を包み込んで四肢に棘のような装甲を形成していく。
しかし俺にとってそんなことはどうでも良いことだった。
いますべきことは唯一つ。
宇宙正義として、目の前のこいつを倒すんだ。例えどれだけ自分が傷つこうと関係ない。とにかくこいつを……この悪党を、殴りとばして、ぶちのめして、グチャグチャに……殺してやる……!!!
「エネルギーに身体を侵食されてる!それ以上はーーー!!」
「それが…どうしたァアアア!!!」
身体を覆い尽くす蒸気の中で、俺は自分の身体が更に未知なる存在へと変化していることなど構いもせず、混濁する意識と感情の赴くままに奴めがけて疾駆した。
とにかく今は奴を殺したかった。それしか考えられなかった。心の中の猛獣が鎌首をもたげ、奴をできる限り残虐に、凄惨な残骸とすることを求めていた。爪を突き立て、牙を埋め、奴を引き裂けと叫んでいた。
生体鎧を突き破って飛び出した怪物は、猛々しく吼えながら奴の喉元へと手をーーーエネルギーで錬成された鋭利な爪を伸ばす。
奴は恐怖からか俺を見据えたまま微動だにしない。
俺の本能がひときわ激しく告げていたーーー今だ、殺せ!
獣性を剥き出しにして放った一撃。
瞬間、血飛沫のごとく散った光の粒子が頭上に降りかかり、俺は勝利を確信した。
しかしーーー顔を上げた俺は信じられない思いで目を見開いたーーーその切っ先は奴の眼前でギリギリ止められてしまっていた。俺が渾身の力で貫いたのは、爪を受け止めるべく突き出された奴の左掌だったのだ。
「宇宙正義の事情は知らないし、どんな理由があって、どうしてここまでして俺を狙うのかも分からない。だけどーーー」
奴は貫通されて光粒子を噴き出す左手で俺の爪を握り締め、エネルギーで形成されたその刃をへし折ろうとせんばかりに力づくで捻り上げた。
「ーーー俺たちは、こんなところで止まる訳にはいかないんだ!!」
刹那、光の速度で目の前に拳が迫り、それと同時に俺の身体は突如として猛烈な勢いで後方へと吹き飛ばされた。
「な……ッ!?」
何が起きたのか、全く理解ができなかった。
直前の記憶が正しければ、奴はただ俺の鼻先に正拳突きを繰り出しただけであり、その拳は俺には掠りすらしていなかったはずだーーーしかしそれにも関わらず、俺の身体は瞬時に空気を震撼させる衝撃の大津波へと呑み込まれ、まるで紙屑かなにかのように錐揉みしながら為すすべもなく宙を舞った。
固く冷たい大地に叩きつけられる寸前ーーー永遠にも似たその一瞬、俺は自分を取り巻くエネルギーが凄まじい勢いで引き剥がされるようにして失われていくのをまるで他人事のように感じていた。そしてその直後、全身に鈍く激しい痛みが走り、地面を転がる俺の意識は再び呆気なく暗闇の深淵へと沈み込んでいった。
ーーー星を巡る者よ
私は願う
この歌が 光年の距離を経て
いつかあなたに届くことを
それは引き合う絆の石
それはふたつでひとつの鍵
選ばれし者たちが手にしたとき
星宿の地図が 約束の場所へ導く
さあ いこう
手と手を繋ぎ
こころを繋ぎ
まだ見ぬ宇宙の その先へーーー
歌が、聞こえる。
聞き覚えもないはずの言語で紡がれるそのどこか切なげな旋律が、なぜか確かな意味を持って俺の心に染み入ってくる。
「う…」
意識を半ば引き戻されるようにして目覚めると、そこには見知らぬ天井。警戒しながら慎重に上半身を起こして更に驚く。身につけていた隊員服や道具の一式が脱がされ、代わりに身体のあちこちに包帯が固く巻きつけてあったからだ。
手当てのつもりなのだろうか。こんなものがなくともーーーそう思って立ち上がりかけて、あまりの激痛に再度倒れこむ。
ちくしょう…さすがに無茶しすぎたか…。
なんとか身体を起こして自分のいる部屋を見回してみる。所々パイプが剥き出しになった灰色の壁を小さな明かりを灯すランプ、簡素なベッドとその脇に設置された机。いかにも生活感のない殺風景な部屋だ。
ーーーここはいったい…?
と、そのとき、壁の向こうから聞こえていた歌が唐突に止み、横開きに扉が開いた。
「あ、起きたんだね!よかったあ。怪我は大丈夫?」
短く切り揃えられた黒髪に青く澄んだ瞳の少年が、仄かに湯気が立ち昇る料理が乗った盆を手にはにかみながら部屋に入ってきた。そのままベッド脇のテーブルにそれをそっと置いたその少年を、俺は警戒するように睨みつける。
ーーーこいつ……例の不法者か。
廃星認定されていたはずのxx星に数年前に突如として姿を現したこの少年は、その出自の一切が不明という"この宇宙に存在し得ない人物"であり、あのセルタス・アドフロント隊長率いる実働部隊から二度も逃げ延びた『宇宙機密保持法に抵触する凶悪犯』のひとりだ。
「これ、よかったら食べてね。僕が作ったんだけどーーー」
朗らかなその言葉を遮り、俺は低く冷たい声で問いかけた。
「……どういうつもりだ」
「え?」
「なぜ助けた。答えろ、目的はなんだ?」
「そんな、目的なんて僕らは……!」
と、その時、しどろもどろになる少年ーーー確か、J51星やM95星の入星記録には"ラセスタ"と言う名で登録してあったはずーーーの背後の扉が不意に開いた。
「トランがあんたをどうしてもほっとけないって言うからよ」
明らかに不機嫌そうなその声の主は、作業着を纏った栗色の髪の少女だった。冷ややかに俺をにらみつけながら部屋に入ってくる彼女の顔に、俺は見覚えがあった。
「お前、エメラ・ルリアンだな」
「だったらなによ。また捕まえようってワケ?」
あからさまな敵意をむき出しにしているこの少女は、アンドロメダ区第3惑星QQ星の第二王女ーーーいや、"元"第二王女かーーーだ。以前銀河を騒がせたQQ星陥落事件時に難を逃れた王族の者であり、S級危険分子や"ラセスタ"と行動を共にしていることや件の本部襲撃で主犯格として大暴れしたことから、最警戒人物として宇宙正義にマークされている人物だ。
「まったく、この前の奴らといい宇宙正義にはロクな奴がいないのね?いきなり襲ってきた上に助けてもらって最初に言う言葉がそれだなんて」
見下すように鼻を鳴らすエメラ・ルリアン。
その顔を睨め付けたまま、俺は歯を食いしばって言葉を絞り出した。
「…俺をどうするつもりだ」
しかし返ってきた言葉は、あまりにも予想外のものでーーー。
「はぁ?どうもこうもしないわよ。目が覚めたなら、それ食べて、さっさと出て行けばいいじゃない」
まるでそれが当たり前でもあるかのようにそう言い放つエメラ・ルリアンと、その隣で満面の笑みを浮かべて大きく頷いている"ラセスタ"に、俺は困惑してしまう。
ーーーこいつら、本気か?敵を善意だけで助けるなんてあり得ねぇだろ……。きっと本当の目的があるに違いない。
慌てて視線を巡らせ、手当てされた上半身を見てハッと気がつく。
ーーー俺の隊員服と戦闘用携帯袋がない…!そうか、こいつらの目的は宇宙正義の装備の解析か!!
「おい、俺の所持品をーーー」
「枕元にあるじゃない」
呆れたようにエメラ・ルリアンが言い放つ。首を回して見てみると、確かに丁寧に畳まれた俺の隊員服と所持品がそこにはあった。
「あんたの持ち物なんか興味ないわよ。ほら、いいからさっさとそれ食べちゃって。今日の洗い物当番は私なんだから」
それから軽く俺を睨んで、「せっかくあんたのためにラセスタが作ったんだから、残したら承知しないわよ?」と凄みを効かす。
ーーー信じるべきじゃない。油断させているだけで、食事の中に毒薬を忍ばせていることも十分に考えられる。
暫しの間そんなことを考えて料理に手をつけずにいた俺に痺れを切らしたらしいエメラ・ルリアンが、苛ついたように声を張り上げた。
「あーもうっ、鬱陶しい!毒なんか入ってないわよ!!」
「まあまあ、エメラ。落ち着いて……」
"ラセスタ"に宥められながら、エメラ・ルリアンは大きくため息をついた。
訪れた僅かな沈黙の中、俺は覚悟を決めてゆっくりと料理に手を伸ばすーーーと、そのとき。
「わわわっ、なに?」
「爆発!?」
地面を揺るがす轟音と、空気を震わせる衝撃が、俺たちのいる部屋を激しく打つ。
動揺する二人をよそに、跳ね起きた俺は枕元の所持品を抱え、痛みも忘れて部屋から飛び出した。
上半身の隊員服に慌ただしく袖を通しながら、飛行船と思われるその狭い廊下を走り抜ける。スライド式の扉から外へ飛び出すと、視線の先ーーーエリア3の方向から真紅の火柱が螺旋状に噴き出していた。
なにが起きているのかは正確には分からないが、あの規模の爆発から察するに只事ではないことは確かだ。恐らくは特務隊の仲間たちが激戦を繰り広げているのだろう。
こんなところでボヤボヤしてられねぇーーー突き動かされるようにウェイクアップペンシルを取り出した時、背後に二人の気配を感じた。
俺は大きく息を吸い込み、肩越しに振り向く。
「もうじき宇宙正義の援軍が監獄惑星に来る。巻き込まれたくねぇなら、あの高エネルギー生命体を連れてとっとと逃げることだな」
ひと息にそこまで言うと、口を挟む隙も与えず言葉を続けた。
「…世話になった」
刹那、右手に握った銀色のペン状の道具を起動し、左手首のブレスレットへと突き刺す。
『wake up,006 phase3』
噴き出す蒸気の中、瞬く間に変貌していく身体で、俺はエリア3へと向けて勢いよく宙を駆け上がった。
振り向くことは、もうなかった。
「所詮貴様らは誰かの築き上げた秩序の元で、他人のルールに寄生し正義を振りかざしているに過ぎない」
「力こそが全てだ。俺がこの力で、お前をぶっ倒す!!」
「己の正義も持たない奴らが"宇宙正義"を名乗るとは、世も末だな」
「これより我々特務隊は、総力を決して奴を殲滅する!!」
次回、星巡る人
第34話 正義を御旗に




