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星巡る人   作者: しーたけ
29/54

第29話 OMNIBUS STAR〜輝きを掴んだ男

『星巡る人』はこの宇宙に住む全員が主人公であり、どんなキャラにもそれぞれの人生、各々の物語があるというコンセプトのもとに、一部の例外を除いてその殆ど全ての話が一人称で構成されています。

広い宇宙の中で彼らの物語が交錯していく今後の展開を、どうぞ楽しんで頂けたら幸いです。


長く続いたこの1.5部も次回で最終回です。

更新は不定期ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。


それでは次の話でまたお会いできますよう。

遠い昔、まだこの宇宙が絶えることのない戦乱の炎に包まれていた頃。


宇宙統一を目的とした数多の星々による遊星間侵略戦争が同時多発的に勃発し、宇宙全土を群雄が割拠、正に"戦国時代"と言うべき混乱の渦中にあった銀河を、その当時、俺はある男と共に駆け巡っていた。


コンビとして互いに背中を預け合うその男を、考え方は違えど同じ目的を持った同志だと、俺は本気でそう信じていた。


今にして思えばなんと皮肉なことかーーー奴こそが、やがて俺の前に立ちふさがる最大の障害になるとも知らずに。



その男の名は、デナリ。

"光に選ばれし者"だ。







星巡る人


第29話 OMNIBUS STAR〜輝きを掴んだ男







「うがァッ!」

悲鳴をあげて足元に崩れ落ちるどこぞの星の兵士を尻目に、俺は物陰に隠れていた子供達に近づいた。

「大丈夫か?」

その言葉を受けて、怯えながらもゆっくり頷く子供達。手を差し伸べると、恐る恐る物陰から顔をだす。

「安心しろ、俺たちは味方だ」


四人の子供達を救出した俺の元に、空から光が舞い降り、ヒトの形を成して行く。

「オンブラー、大丈夫か?」

銀色の体表に幾何学模様が走るその男ーーーデナリが、星を宿した瞳で尋ねた。

「あぁ、なんとか。そっちは?」

「結構な数だったが、この一帯に来てた軍は全部追い払った。いまがチャンスだ」


俺は頷き、精神を統一するべく目を閉じた。

瞬間、身体から光の粒子が溢れ出し、円を描くようにして四人の子供達を包む。


ーーーこれが俺の種族の持つ少し特殊な能力だ。

アンドロメダ星系XQ星人である俺は、自らの感情エネルギーを霧状の光粒子へと変化させ、俺の頭に浮かぶイメージのままに自由自在に操ることができる。例えば腕に纏って武器を形成することも、このように対象(子供達)を覆う球状のバリアとすることも可能であり、そのバリエーションは無限と言っても過言ではないーーー尤もXQ星は既に滅んでいるため、この能力を使えるのは現状唯一の生き残りである俺だけとのことらしいのだが。


「いまから君たちを安全な場所に連れて行くから、安心してくれ。そこには君たちと同じ境遇の子たちが大勢居るんだ」

デナリが四人を覆う球状のバリアを抱えて宇宙へと飛び立つ。それに続くように俺もまた、自らの身体に宇宙服を模した光の粒子を纏わせ、地面を蹴って高く舞い上がった。





ーーーデナリは、高エネルギー生命体という宇宙でも指折りの強力な種族の若き長だ。

人数こそ少ないものの、純粋な力、高度なサイキック能力、変幻自在の形態変化に加えて不死身に近い命を有する化け物揃いの種族であり、デナリはその中でも特に飛び抜けた最強の戦士として名を馳せていた。


彼らがひとたびその凄まじい力を解放すれば、今この宇宙を覆う全ての戦乱に一瞬で片がつくだろうと容易に想像できるのだがーーー残念なことにデナリは俺のその提案を断固として受け入れはしなかった。


この宇宙で最も大切なものは力ではなく愛であり、超常に等しい自分たちが力で惑星間の戦争に介入することは、銀河に禍根を残しさらなる争いを招くだけなのだと彼は言う。


宇宙の平和に直接手を加えるわけではなく、ただ危機に瀕した人間に助けを差し伸べるだけというのが彼らのスタンスであり、力で制圧することこそが平和への道だと信じている俺は、そうしたデナリの考え方にもどかしい思いを抱きつつも、それが高エネルギー生命体という種族の考え方なのだと受け入れざるを得なかった。



そもそも当初、高エネルギー生命体は種族として戦争には参加せず、代わりに宇宙各地を飛び回って人命を救助することに重点を置いていた。


とある惑星で難民救助を行なっていたその頃の俺は、偶然そこに飛来したデナリと出会い、互いに共振する個性を感じとったのだ。


俺ひとりの力では戦争に巻き込まれた難民や子供達全員を助けることはできず、またデナリだけでは救出した者たちを安全に連れ出すことができない。


目的や考え方こそ違えど、利害は一致する。

俺たちがコンビを組むのはごく自然なことだった。



その一方で俺は、かつて故郷に伝わっていた宇宙の伝説"大いなる光の予言"を追うようになっていった。

天と地ほども力の差があるデナリの足手まといにならないようにと日々鍛錬を積みつつも、 少しでも彼に並び立つにふさわしい力を得るべく"心星の光"と呼ばれるそれを探し求めていたのだ。


『天より降り注ぐ光を掴みし選ばれし者が、歓びの剣を手に宇宙を覆う大いなる闇を切り払うであろう』


ーーーしかし結果的にその光を手にしたのは、デナリであった。


夜空の彼方から真っ直ぐにこちらへ迫り来る心星の光。その眩い輝きへと向けて俺は確信と共に手を伸ばすーーーだがそれは俺の手をすり抜け、そのまま背後にいたデナリの胸の中へと溶けた。

失意の中、茫然自失になりながらも俺はなんとか言葉を絞り出したのだった。

「……俺じゃない。選ばれたのは、お前だ」




星心の光を得てさらに強力な存在となったデナリであったが、やはり考え方は変わらず、その力を無闇に使うようなこともなかった。


俺はデナリと共に救助活動に徹しながらも、もしあの輝きを手にしたのが俺だったらと思わずにはいられなかった。幾多の争いをくぐり抜け、弱い者ばかりが犠牲になっていく現実を目の当たりにしていく中で、やりきれぬ思いを抱えた俺の心には少しずつ闇が募っていった。


ーーーそんな折、決別の日は唐突に訪れた。


俺はデナリと出会う前から廃星Cの一部を開拓し、そこを拠点として活動をしていた。救出した子供達の中には、幼き頃の俺のように親を失い行く宛のない者たちも多くいた。俺はそんな彼らをそこに保護し住まわせていたのだ。


それを知ったデナリはいたく感服し、廃星Cに強力なバリアを張り巡らせることで強固な守りを築いた。デナリの庇護下となったそこは、恐らくこの宇宙で最も安全な場所であったのだろう。


しかしある日、あまりにも唐突にそのバリアは打ち砕かれた。

突如飛来した青い光に触れた途端、溶けるようにして消えてしまったのだと聞くが、その時俺たちは別の惑星にいたがために詳細はわからない。


連絡を受けた俺が廃星Cへと急行した時、そこには既に多くの兵士たちが押し寄せていた。

近くの星で戦争をしていた兵士が、バリアが消えた隙をついて食糧を奪うために攻め入ってきたというところだろう。

あちこちに倒れた難民たちの姿。それを踏みつけて子供達の暮らす家へと近づいていく兵士たちーーー。


「やめろおおおおォッ!!」


急降下して兵士たちの前へと立ち塞がると同時に、両腕に霧状の光粒子を纏わせてパンチンググローブに似た形を創り出す。


この武器は殺傷能力は低いが攻防一体であり、一対一から集団戦まで様々な局面に応じて使用することのできる便利なものであった。

事実、その戦いも途中までは有利に進めることができていた。だがーーー。


「動くな。ガキどもがどうなってもいいのか」


弾かれたように振り向くと、いつの間に忍び込んだのだろう、背後の小屋から数人の兵士たちが子供達を乱雑に引きずるようにして出てくるところであった。

「貴様らっ!!」

「動くな、と言ったはずだ。さぁ、早く武装を解除しろ」


下衆な集団は人質をとられて抵抗できない俺を取り囲み、お返しとばかりに袋叩きにした。

顔がひしゃげ、骨はあちこちが砕け、血ヘドを吐いて転がった俺を放置して、やがて兵士たちは火を起こし食糧を貪り始めた。


「俺たちは最高に運がいい。偶然だかなんだかしらねぇが、バリアが破れたのがあの高エネルギー生命体がいない時でよかったぜ」

「あいつらはいけすかねぇ……いつも正義の味方ズラしやがって。この時代、こちとら生きるだけで精一杯だってのによぉ」


やがて兵士たちは余興とばかりに子供を使った"鬼ごっこ"を始めた。


恐怖に泣き叫び、助けを求めて逃げ惑う子供達を追い回し、ひとり、またひとりと捕らえては残虐極まりない手段を用いて殺していく。

目を覆いたくなるようなあまりにも凄惨なその光景を、俺はただ見ていることしかできなかった。


「ほぉら、残念だったな?恨むなら弱い自分を恨め」


噴き出す鮮血が頭上に降り注ぎ、目の前に命の抜け落ちた残骸が打ち捨てられて無惨に転がる。


その瞬間、俺の中で何かが崩れる音がした。

沸き上がるドス黒い感情が光粒子となって右腕に纏われ、瞬く間に鋭い刃へと形を変える。


ーーー殺してやる。


「なッーーー!?」


目の前の敵兵が振り向いたとき、その首はすでに音を立てて地面に落ちていた。

血飛沫を撒き散らしながら倒れた兵士を踏みつけ、俺はよろめきながらも前進する。


「貴様よくも!」

「こいつを殺せ!!」


武器を構えて迫り来る兵士たちを、右腕の剣を振るって次々と斬り捨てていく。


敵の銃弾やレーザー光線が何度も身体を射抜いたが、痛みなどもう感じはしなかった。


ーーー殺してやる。こいつらを、ひとり残らず!


込み上げる怒りや憎しみ、後悔が、己の無力さへの失望と共に心の中でドロドロと渦を巻き、それに共鳴するように俺の纏う光粒子は黒く塗りつぶされた霧状の闇と化してより凶悪な武器へと変質する。


「たっ、頼む!助けてくれ!!命だけは!!」


赦しを乞うその頭頂部に、巨大な鎌となった右腕を振り下ろす。

容赦ないその一撃を受け、最後の兵士は沈黙した。


「……恨むなら、弱い自分たちを恨め」


死屍累々のその場に立ち尽くし、低く囁くようにひとこと、吐き捨てた。


そこへ遅れて光が駆け込むーーーデナリだ。

「オンブラー!これは……いったい……!?」

他の星での救助活動を放棄してここへ駆けつけた俺とは違い、デナリは自分に出来うる限りの努力をしてきたのだろう。奴の銀色の身体に、幾多もの細やかな傷が刻まれているのが見て取れた。


しかし、そんなことは最早なんの意味も為さないことだ。


俺はゆっくり振り向いて奴に向き合った。


「……なぜだ。なぜ、お前が光に選ばれたんだ。

その力があれば、この子たちは死なずに済んだ。

その力があれば、この宇宙を制圧して戦争をなくすことだって出来た!

俺に……俺にその光の力があれば……!!」


憎かった。

争いの絶えないこの宇宙が。

絶大な力を持ちながらも真の平和を求めようとしないデナリが。

そしてなにより、無力な自分が憎くてたまらなかった。


感情をぶつけるように俺は叫ぶ。


「俺は何のために子供達をこの星へ連れてきたんだ。ここをあいつらの墓場にするためか?それとも助けてもらえない絶望を、その恐怖を、死ぬ瞬間まで味わわせるためか?俺たちは……!なぁ……答えろデナリィ!!!」


奴はなにも言わない。ただ唇を噛み締め悔しげに俯いている。

俺はそんな奴に詰め寄り、その胸ぐらを掴んだ。


「愛だの夢だの希望だの……くだらねえ。お前の理想が、お前の正義が、なにを守れた?……はっ、なにも守れてねぇよなぁ!?

所詮そんなものはまやかしだ。青臭い綺麗事にすぎないんだよ。この宇宙でモノを言うのは力だ。他者をねじ伏せ、支配し、己の正義を成し遂げるためのより強大な力なんだよ……!俺はようやくそれに気づいたぜ」


その時、デナリの腕に装着された機器から緊急の連絡が入ったことを知らせる断続的な音が響いた。

俺は舌打ちと共にデナリを突き放し、背を向けて歩き出す。

「行けよ、お前の仲間たちの元へ」

「オンブラー……!」

デナリが俺を追いかけようと踏み出したその瞬間、俺は振り向きざまに右腕に黒い刃を創り出し、鈍く煌めく切っ先を奴の喉元へと突きつけた。


「俺は俺で好きにやる。あばよ、正義の味方」




それから俺はたったひとりで戦乱の銀河を放浪した。

数多くの戦場を通りすがり、その場にいた兵士たちを誰彼構わず皆殺しにする。地上戦力の次は戦車や戦闘機を見境なく破壊し、最後に両陣営の司令塔を塵の如く壊滅させる。

たったそれだけでーーー戦う者がいなくなっただけで、どんな争いも簡単に終結した。


ーーーほらな、デナリ。簡単なもんだろ。


黒い霧状の光粒子は全ての攻撃を弾く壁にも、全てを壊す武器にもなって俺の独壇場を創り出す。

あの一件以降、心の闇に呼応するように爆発的に増大した感情エネルギーを存分に振るい、俺は俺の正義を成し遂げるべく動き続けた。


その矛先が戦争の火種を撒き散らす星々へと向くのは時間の問題であり、また当然の帰結でもあった。


長きに渡る戦争の連続で疲弊しきった星の中央国家を堕とすことなど容易く、そうして次々と数多の星を手中に収めて自らの統治下に置く。そして少しずつ、着実に自分の軍勢を大きくしていった。


滅ぼされたくない思いから恐れをなして従う者。力を渇望して自ら忠誠を誓う者。

様々な星の様々な人間たちが、各々の思惑を抱えて俺の下に集い、気づけば俺の名は、宇宙でも有数の軍事力を保有する一大勢力の中心人物として銀河に広く知れ渡っていた。


ーーー皇帝ラスタ・オンブラー。

それが、広大なる銀河帝国を統べる俺の名だ。


帝国を築き上げたのちも、俺の進撃は留まるところを知らなかった。

廃星Cを丸ごと改造した七階層から構成される三日月型の超巨大帝都要塞『sEvEns-hEavEn』や、多種多様な姿形を誇る怪物兵器『機兵獣』を用いて反抗する星々を片端から制圧していき、その勢力を更に拡大していく。



ーーーデナリと再会を果たしたのは丁度その頃だったか。

宇宙の九割を支配し、銀河の覇者となった俺の前に、奴はのこのこと現れた。


「……よぉ。久しぶりだなァ、デナリ」

「オンブラー、お前は間違っている。お前のやっていることは殺戮による支配に過ぎない。宇宙に恐怖と絶望を撒き散らすことのどこに正義がある?これがお前の望んだ平和なのか?」


それを聞いて俺は思わず吹き出してしまった。


「くだらねぇ。前にも言ったろ、この宇宙では力こそが全てなんだ。強いものが弱いものを捩じ伏せ、支配して管理する。そこになんの間違いがある?」


奴を見据えてせせら笑いながら、俺は続ける。


「いずれ銀河帝国はこの宇宙の全てを支配する。そして俺の統治の下で、争いのない永遠の平和が訪れるんだ。いま起きている混乱は、その過程で生まれる必要な犠牲に過ぎないのさ」


「それはただの独裁だ。そんなものは、本当の平和じゃない!」


「相変わらず甘い奴だ。お前の理想でこの宇宙が救えるとまだ思っているのか?こいつはお笑いだな」


激しい怒りを露わにするデナリに対し、俺は薄ら笑いを浮かべながらからかうように言葉を返す。

しかしそうした態度とは裏腹に、俺の心には絶えず憎しみの業火が燃え上がっていた。


笑みを拭い去り、ゆっくりと立ち上がる。


「……丁度いい。今からお前を倒して証明してやる」


幻想的なオーロラの広がる荒野の惑星。

果てしないその地平に立つのは俺とデナリだけだ。


「ーーー俺の正義の方が正しいことを!」


言うや否や両腕に無数の棘が生えたパンチンググローブを創り出し、デナリに向けて飛びかかる。

咄嗟にその拳の連撃を躱し、幾つもの光の球を放って応戦するデナリ。

小型の太陽の如きその灼熱の光球を右腕に纏う黒い刃ですべて斬り払い、進撃する勢いのまま奴に刃を叩き込む。

しかしそれは奴の前に展開された見えない壁に防がれてしまったーーー予想通りだ。

「ッ!?」

デナリの顔に不意に浮かび上がる焦り。

俺の身体から放たれた黒い光粒子が、気付かれることなく奴の背後に忍び寄り、その身体をきつく縛り上げたのだ。

「もらったァ!!」

すかさず棘の生えたパンチンググローブを奴目掛けて叩き込む。


ーーーまだだ。


何発も何発も、絶え間なく殴打する。


ーーー俺の憎しみは、こんなもんじゃない。


デナリの身体からエネルギーの粒子がまるで血飛沫のように飛び散る。


ーーー思い知れ!


ありったけの力を込めたその一撃を受けて、奴は無様に吹き飛び地面を転がった。



「こんなもんか、お前の力は。お得意の"愛"や"希望"はどうした?……尤もそんなものがあったところで、何の役にも立たないだろうがな」


鼻で笑う俺をよそに、奴は蹌踉めきながらもゆっくりと立ち上がる。


「……確かにお前の言う通りだ。私の掲げる正義は叶わぬ夢物語で、お前の正義こそが正しいものなのかもしれない」


その身体から煙のような光が立ち昇り、幾重にも重なり合う無数の美しいその色の層が、奴の頭上に王冠めいた形を創り出す。


「ーーーだが例えそうであったとしても、私はこの力を支配の為でなく守る為に使う。

お前の正義がこの宇宙に住む命をこれ以上脅かすと言うのなら、私はお前の正義からこの宇宙を守る為に戦う!!それが光を得た私の使命だッ!!」


デナリが右腕を高く突き出して頭上の王冠を掴む。

瞬間、それは眩い煌めきの中で集束し、一本の剣へと形を変えた。


「まさか……それはーーー!」


銀色に淡く輝くその刀身は、いつか見た宇宙の伝説に記されていたそれと寸分違わぬ姿をしていた。


「ーーー歓びの剣……!!」


唖然とする俺の目の前で、背中に光の翼を展開させたデナリが剣を構える。


「いくぞ、ラスタ・オンブラー!!」


銀色の翼を煌めかせ、地面を滑るようにして瞬時に俺に迫るデナリ。振り下ろされたその一撃を、右腕に纏った黒い刃でかろうじて受け止める。


激しく拮抗し、鍔迫り合ったのも束の間、その凄まじい衝撃に弾かれ、お互いに距離を取る形となる。


ーーーデナリ(お前)はいつもそうだ。


銀と黒の光刃が幾度となくぶつかり、火花を散らす。


ーーーいつもいつも、俺の先を往く。


奴の振るう歓びの剣は、俺の纏う黒い光粒子をいとも容易く無力化し、切り払う。


ーーーなぜだ。なぜいつもお前ばかりがッ!!


心の内に激しく燃え滾るその感情を刃に込め、俺が駆け出すのと殆ど同時に、デナリもまた歓びの剣から光を迸らせて地面を蹴る。


「おぉおおおおッ!!」

「ウォアァアアァッ!!」


激突の瞬間、地面が弾け、空が歪んだ。

星々の狭間に渦巻いていたオーロラは俺たちのいた荒野の惑星もろとも跡形もなく吹き飛び、気づけば俺は崩れ去った地平の片隅にひとり立ち尽くしていた。





高エネルギー生命体の一族が、帝国に抵抗する星々を連ねて反乱軍を結成したという話が銀河を駆け巡ったのは、それから少し後のことだった。

デナリを中心としたその組織の名は、"宇宙正義"ーーー最初に聞いたときは思わず笑ってしまったものだ。


此の期に及んで正義だと?

守るだの愛だの言いながら笑わせるぜーーーお前も結局俺と同じだ。どんなに大層な大義名分を掲げようと、最後には他者を抑えつける為の絶対的な力を使うしかねぇんだよ。




それからの戦いは混迷を極めた。

圧倒的軍事力を誇る帝国軍に対し、宇宙正義は高エネルギー生命体一族を中心とした少数精鋭で確実に帝国の拠点を潰していく戦法をとった。

それ自体は帝国にとってさほど痛手にはならなかったものの、徐々に領土を奪われることに全く焦りを感じなかったと言えば嘘になる。


そうした永きに渡る激戦の中で宇宙正義はその勢力を拡大し、宇宙全土を巻き込んだ戦争はやがて帝国軍と宇宙正義による泥沼の消耗戦へと移り変わっていった。

しかし奴らがどれだけ足掻こうとも依然として帝国が宇宙の九割を支配している事実に変わりはなく、全軍を投入すれば宇宙正義などいつでも潰せると俺は踏んでいた。

それがたとえあの高エネルギー生命体の一族であろうとも、である。


俺には勝算があった。

激化する戦争の最中、帝国が匿ってやっていたイカれた科学者が、高エネルギー生命体の秘密を解き明かし、更にその対策用の兵器を造り出したというのだ。

今まで謎に包まれ、殺すことはおろか倒すことすら不可能とされてきた奴らの弱点を知ったことは、俺にとって銀河帝国の勝利を確信するには充分すぎる成果であった。


そしてある時俺は自ら軍を率いて、宇宙正義が拠点としているNM78星雲を支配するべく全戦力での侵攻を開始した。


俺たちはアンドロメダ星系から宇宙正義の本拠地へと向かうその道すがら、奴らの前線基地を完膚なきまでに叩き潰していった。

無数の機兵獣や大小様々な戦艦群、そしてなにより惑星規模の要塞である『sEvEns-hEavEn』の前に奴らの兵器類など無力同然であり、俺たちは予想外に早く宇宙正義の最終防衛ラインとなったM95星へと辿り着いた。


そこには恐らく宇宙正義の全戦力が揃っていたのだろう。おびただしい数の兵器類がこちらに砲口を向けており、地面からは今まさに高エネルギー生命体たちや数千もの飛行船が飛び立たんとしているのが宇宙からでも確認できる。

そしてその先頭に立つのは、やはりデナリであった。


ひとたび飛び立った奴はその凄まじい力で『sEvEns-hEavEn』の砲台を破壊し尽くし、その内部へと強行突入を果たすと、迷うことなくまっすぐに俺の鎮座する玉座の間へと飛び込んできた。


「来たか、デナリ」


ーーー予想通りだった。

俺はこの瞬間を待ちわびていたのだ。


「……お前とこうして会うのも、これが最後だな」


そうだ。今日、ここで決着をつけるのだ。

ーーー俺が銀河の王として、この宇宙に君臨するために!


瞬間、デナリが動くよりも先に俺は立ち上がり、奴の眼前へと迫る。

咄嗟にバリアを張った奴を、俺は構うことなく右腕に創り出した棘まみれのパンチンググローブで殴り飛ばした。

その威力の前に、デナリはバリアごと背後の壁へと叩きつけられ、轟音を立てながら玉座の間を突き破って通路へと転がり出た。


「おいおいどうした?こんなもんじゃないだろ?」


白煙の中、俺を睨みつける奴に向けてゆっくりと歩を進める。


「がっかりさせないでくれよ……俺はこの日をずっと楽しみにしてたんだぜ。そろそろ白黒つけたかったもんでな」


俺はそんなデナリを見下ろし、口角を上げた。


「さぁ、始めようぜ。宇宙を賭けた一戦を」





突き出されたデナリの拳をひらりと躱し、ガラ空きになった胴体目掛けて黒い光弾を乱射する。

しかし奴は見えない壁でそれらを全て弾き返し、素早く後ろへ跳んで態勢を立て直す。


繰り広げられる一進一退の攻防はまさに死闘と呼ぶに相応しいものであり、俺たちは『sEvEns-hEavEn』の階層を次々にぶち破りながら果てしなく戦い続けた。


デナリは歓びの剣を一向に使うそぶりを見せなかったーーー或いは所持していなかったのかもしれないーーーが、それは俺にとって好都合であった。

俺は感情エネルギーから成る変幻自在の武器を振るい、的確に奴を追い詰めていった。


そしてーーー。


「ーーーッ!?」


デナリがある一点に着地した瞬間、それは起動した。

壁から、床から、天井からーーー何本もの赤く輝く糸が伸び、奴の全身を貫いたのだ。


さすがのデナリと言えどもこれは避けられなかったらしい。全方位から伸びる糸によってまるで標本のようにその場に留められた奴の苦しみもがく声が瓦礫の山に響き渡る。


「どうだ?『ドレインロープ』の味は?」


こいつを開発した科学者曰く、これは対象のエネルギーを吸収するための兵器とのことだ。高エネルギー生命体(デナリ)にとっては効果抜群であることは疑う余地もなく、奴から奪い取ったエネルギーはそのまま『sEvEns-hEavEn』の動力へと変換され、その圧倒的な破壊力にてやがて地上の宇宙正義を打ち滅ぼすだろうと思われた。


ーーー俺の勝ちだ、デナリ。


俺はそう確信し、喜びに打ち震えながら奴に近づいていく。


しかし奴はまだ諦めてはいなかった。宙を仰いで吼えると同時に身体を高速回転させ、その全身に刺さる赤い糸を全て切り裂いたのだ。

間一髪で自由を取り戻したデナリであったがーーーその身体がぐらりと揺れ、床に膝をつく。


「よく足掻いたと言いたいところだが、残念だったな。もうエネルギーがないんだろォ?」


足元で跪く形となっているデナリを、高笑いしながら蹴り飛ばす。


「なぁデナリ。守ることがお前の正義であり、つまりはそれこそが愛であるのならば、力で支配し絶対の平和を創り出すという俺の正義もまた愛だよなぁ?」


転がったデナリに立ち上がる隙も与えず、右腕に纏った黒い刃の切っ先を奴の喉元に突きつけた。


「……反吐がでるぜ。都合の良い言葉を並べたところで、所詮この世はエゴなんだよ。お前の正義も、俺の正義も、そこになんの違いもありゃしないのさ」


「それは違う。人と人との繋がり、誰かを思う心……その行き着く先こそが愛なんだ。

お前に与えられ、強要される平和にーーーお前の望む世界に、愛は生まれない!!」


劣勢であるにも関わらず、高らかに反論する奴の瞳には闘志の炎が燃え盛っていた。

俺は心の底から湧き上がる憎しみを抑えることなく、深くため息をついて囁くように言い捨てた。


「デナリ。お前に話すことなどもうなにもない。

お前は余りにも永く、余りにも多くに渡って俺を苛立たせてきた」


黒光りする刃を、弱り果てたデナリ目掛けて全力で振り下ろすーーー。


「これで、終わりだァ!!」


ーーーその時。


「デナリぃいい!!受け取れぇええええ!!!」


背後から俺を掠めるようにして通り抜ける光球。

それは目映い輝きを放ちながら、空を切り裂く流星の如き軌道を描いて、真っ直ぐにデナリの手の中へーーー。


「なに……!?」


デナリが右手で輝きを掴み取った瞬間、その背中に銀色に煌めく光の翼が展開した。それと同時に奴は左腕で振り下ろされた俺の刃を受け止め、雄叫びとともに跳ね除ける。


バランスを崩して大きく仰け反る身体。無防備となったその胴体へと向けて、奴は右手に掴んだ光を振り上げた。


「うぉおおおおおおッ!!」


ーーー光は輝きの中で瞬時に形を変え、真っ直ぐに果てしなく伸びる長剣と化して『sEvEns-hEavEn』ごと俺の身体を斬り裂いた。


「まだだ……まだ、終わらんぞ!」


痛みはなかった。

ただ俺の身体を横切っていった灼熱の光が、なにか抗いようのない力をもって俺自身を分解しつつあることだけを漠然と感じ取っていた。


あちこちで爆発が巻き起こり、瓦礫が降り注ぐ。

噴き出す炎と崩れゆく足場に呑みこまれながら、俺は力の限り叫んだ。


「この宇宙を……手に入れるのだァ!!」


しかし俺の身体は崩壊する要塞の中へと沈んでいきーーーやがて視界が白く染まり、俺の意識は暗闇へと霧散した。


こうして俺は死んだ。

死んだはずだった。





「おい、ここに誰かいるぞ!」

「こいつ……間違いない、ラスタ・オンブラーだ!!まさかあの爆発で生き延びているとは……!」


目を覚ました時、俺は既に宇宙正義によって確保、連行されている最中だった。


致命傷を負い、爆発に巻き込まれて尚、なぜ生きているのかはよく分からないーーー憶測だが、帝国軍のイカれた科学者が高エネルギー生命体を解き明かした際に開発したという"固形化された生命"の試作品が俺の懐で起動したのではないかーーーが、どのみちその時の俺は衰弱しきっていたし、その上更に赤く輝く糸(ドレインロープ)によって身動きも出来ない状態にされてしまった以上、そんなことを深く考えても仕方のないことだった。


切り札として用意していたはずの兵器が、俺の力の源となる感情エネルギーを吸収して拘束具を強化しているとは……なんとも皮肉なものだ。


自嘲気味に笑うことしか出来ないまま、俺は成すすべもなく宇宙牢獄の最深部へと囚われた。

その瞬間、俺の時間は止まったのだ。





それから何千年、何万年が過ぎたともしれないが、俺は底知れぬ暗闇の中で未だに生きている。

どうやら俺には死ぬことさえ許されないらしいーーー悠久の時の中、光さえ通さぬその深淵で、ただひたすらに過去を思い返すことでどうにか己を保ち続けていた。


脱出しようなどという考えはとうの昔に捨て去っていた。強固な拘束具の下で動くことも叶わず、湧き上がる憎悪は忌々しいドレインロープによって尽く吸収されてしまう。


俺にはもう、このまま朽ち果てるのをただひたすら待つことしかーーー。


「助けてあげようか?」


俺は耳を疑ったーーー人の声?そんな馬鹿な。

ついに狂ってしまったのか。

ここに人が来ることなどあり得ない。この固く閉ざされた牢獄の最奥に、人などーーー。


「幻聴なんかじゃないよ。ボクはここにいる。それが全てさ」


「……何者だ」


久しぶりに発したその声は低く嗄れ、まるで自分のものでないかのようであった。

とこしえの闇に潜むそいつはそんなことなどまるで御構い無しで朗らかに答えた。


「ボクはオルト。キミにチャンスをあげにきたんだ」


暗がりの中から仄かな灯りと共に姿を現したその声の主ーーーオルトは、周囲の闇に引けを取らない程の黒いローブを身に纏い、そこから不敵な笑みを浮かべた口元だけを覗かせていた。


その姿を一瞥し、俺は奴の正体を見破った。


ーーーこいつ、高エネルギー生命体か。


いや、しかしだとするならば、こいつの発するこの邪悪な気は一体……?


「……目的はなんだ」


オルトが愉快そうに高笑いしながら、俺に歩み寄って来る。


「銀河帝国の再興、かな?」


奴の高エネルギー生命体特有の星を宿したようなその瞳に、どこかデナリが重なる。


「ちょっとした革命だよ。今のこの宇宙は、キミに支配していてもらった方がボクとって都合がいいのさ」


奴が淡く輝く小さな光の塊を取り出した。

その煌めきに牢獄の暗闇が眩く照らし出される。


「もちろんタダでとは言わないよ。これをキミにプレゼントしよう」


俺は見覚えのあるその輝きに、思わず見惚れてしまう。


これはかつて俺が求めた力ーーー俺を選ばなかった、あの光……!?


オルトは小馬鹿にするように軽く鼻で笑い、俺の眼前にそれを突きつけた。


「残念だけどこれは心星の光じゃない。でも、それに限りなく近いものーーー星のかけら、って言うんだ。尤も完全な状態ではないんだけどね。……まぁいいさ。キミの知りたいことは、これが全部教えてくれる」


目も絡むような輝きの奥に、俺は見た。


粒子と化して歪みの中へ消えていくデナリの姿を。

空に浮かぶ異形の影が、高エネルギー生命体の一族を次々に消滅させていく光景を。


「じゃ、期待してるよ。この宇宙をよろしくね?オンブラー」


光を失った星のかけらが音も立てずに地面を転がる。

オルトの姿は、もうどこにもなかった。


「……!?」


そしてその瞬間、暗闇の中で俺は気づいたのだーーー拘束されているはずの自分の身体が動くことに。


信じられない思いはやがて確信へと変わり、俺は喜びに打ち震えながら、雄叫びと共に溜まりに溜まった怨念を全身から放出した。

心の底から沸き上がるのは、暗闇の中で味わされた果てしない絶望と屈辱。混じり合ったそれらはドス黒い霧状のエネルギーとなって周囲に炸裂し、つい今しがたまで俺を捕らえていた拘束具の類を瞬く間に牢獄の最深部もろとも吹き飛ばした。


木っ端微塵に砕け散った瓦礫の山々には目もくれず、立ち込める煙の中を地面を踏みしめるようにしてゆっくりと歩く。


まるで夢でも見ているかのようだった。

まさかこんな日が来るとはな……!!


天井にぶち抜かれた大穴から、緊急を告げているであろうサイレンの音と光の柱が降り注ぐ。


「星のかけら……か」


低く呟いて地面に落ちた星のかけらを拾い上げると、頭の中にいくつかのイメージが矢継ぎ早に駆け巡った。




広大な宇宙を飛ぶ小型の飛行船。

銀の翼を広げ、上空に向かって光の弓を構えるひとりの高エネルギー生命体。

黒髮の子供の首に掛けられた星のかけら。

そしてガラス細工のような滑らかな羽。




ーーーなるほどな。それが俺の成すべき事か。


俺はこみ上げる笑いを抑えきれずに宙を仰ぐ。


ーーー銀河帝国の再興だと?……面白い。オルト(貴様)が何を企んでいるにせよ、俺にとっては願ってもないことだ。


……今度こそ俺がこの宇宙を手に入れてやる。

そして必ず己の望む世界をーーー恒久の平和を創り出すのだ。


ーーー見てろよ、デナリ。


俺は自分の信じる正義を掴むために、降り注ぐ輝きの中へと一歩、踏み出した。







journey goes on…

Addicted by my memory no way


to free this pain inside of me


Addicated to this nightmare this dream


always seems to find me




次回、星巡る人

第30話 OMNIBUS STAR〜another day comes

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