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星巡る人   作者: しーたけ
28/54

第28話 OMNIBUS STAR〜誓いを君に

今回のお話は10話『追憶の空』11話『私の居場所』にて登場したある人物の物語です。


エメラの回想の中では詳細に語られることのなかった彼の過去と戦いを、10話、11話と併せてお楽しみいただけると幸いです。


長く続きました1.5部OMNIBUS STARはあと二話で終了し、31話から星巡る人は第2部として再スタート致します。

更新は相変わらず不定期となりますが、これならもどうぞよろしくお願いします。


それでは次回でもお会いできますよう。

ーーー先日、宇宙正義本部コロニーを襲撃したとされる宇宙大魔王を自称する人物の行方は依然として分かっておらず、宇宙正義は今後も銀河警察と共同で捜査に当たる方針をーーー



メモリカプセルから流れてくるニュースをBGMに、俺は今日も果てしない宇宙を旅していた。


窓の外に煌めく星々を眺めながら、自動操縦に切り替えた飛行船のコックピット内で大きく欠伸をする。


いままでに経てきた数多の死線も、これから起こるであろう波乱も、なにもかも自分とは遠く感じるような、穏やかな時間。


こうした何気ない瞬間に、俺はいつもふたりの大切な家族のことを思い出す。


ひとりは同じ星出身のトビビタ。

彼との付き合いは古く、幼い頃から夜空を見上げてはいつか宇宙を股にかけるような旅をするのだと何度も語り合った親友だった。


昔から心配性なやつで、宇宙政府に所属してから暫くのち、俺が環境整備庁危機管理委員会へ移籍が決まった際には別部署だったにも関わらずその補佐として異動を申し出たくらいだ。


その時のことを思い出すと思わず笑ってしまうが、正直、有り難かった。

危機管理委員会の仕事は侵略を企てる星や組織への潜入、そして証拠となり得る品の押収だ。当然、常に死の危険が伴う。

ひとりで不安に押しつぶされそうになっていた当時の俺にとって、あいつの存在は救いだったのだ。


そうして晴れて危機管理委員会調査班、いわゆる文明監視員となった俺たちは、探査船に乗り込んで宇宙を駆け巡った。

違法な危険兵器を摘発し、他星への侵略を未然に防ぎ、ある時は阻止するべく『処置』を施した。


それはさながら幼い頃の夢をそのまま再現しているような、素晴らしい時間だった。


楽しかった。

大切な家族とともに宇宙を駆けるその日々を、俺は幸せに思っていた。


だがーーー。


"アレ"を見つけたことがすべての始まりだった。

人間を悍ましい怪物に変える実験を行っているという組織の存在を知り、調査するべく独断で侵入したその星で、俺たちが見つけたある道具。

銀色のペンにも似たそれこそが、その実験に必要不可欠な『人を怪物に変える兵器』であることを知り、俺たちはそれをひとつ回収していくつかの情報と共にすぐに宇宙政府へと報告した。


ある星の星王が危険な兵器の開発、売買を目的とする組織を率いていること。

奴らの無差別な人体実験によって多くの命が失われていること。

そして他の星々でも同じような実験が行われようとしていること。


通常であればその情報はすぐに政府から宇宙正義へと伝わる。危機管理委員会(俺たち)だけでは対応しきれない案件であり、敵組織の計画の規模からしてもそれは間違いないーーーはずだった。

しかし宇宙正義は動かなかった。それどころかこの件から手を引くよう強く進言してきたのだ。


釈然としないまま、それでも決定事項には逆らえずに次の任務へと向かった俺たちだったが、辿り着いた星で待ち構えていたのは例の組織の卑劣な罠だった。


必死の抵抗も虚しく捕えられ、もはや死を待つばかりとなったその時、俺は自分の懐に敵の強奪を免れたひとり用のテレポートバッヂがひとつ残っていることに気づいた。

俺はすぐさまトビビタにそれを渡し、宇宙政府へと戻って援軍を呼んできてほしいと頼んだ。

あいつは頑なにそれを拒んだが、俺も譲らなかった。

もともと俺に着いてきてくれただけの親友をこんなところで死なせるわけにはいかなかったからだ。


しかし使用直前になって俺たちの悪あがきは奴らに気づかれた。 テレポートバッヂが起動するまでの時間を稼ぐため、囮となるべく飛び出そうとした俺を力強く押しのけたのは、他でもないトビビタだった。


ーーー頼んだぞ。


そう言ってあいつは倒れた俺にテレポートバッヂを押しつけ、丸腰のまま武装した敵に向かって駆け出した。


呼び止める時間など、ありはしなかった。

既に起動していたテレポートバッヂは、トビビタを置き去りに俺だけを宇宙政府へと連れ帰った。


俺はすぐさま宇宙政府へと報告し、すぐに援軍を出すよう懇願した。

今ならまだ間に合うかもしれないーーーしかし焦る俺に下されたのは、無慈悲な待機命令だった。


その時俺は悟ったのだ。宇宙政府とあの組織の間にはなんらかの繋がりがあるのだと。

今回の任務は、あのペンシル状の兵器を見つけた俺たちへの口封じーーー仕組まれた罠だったのだ。


それに気づいた瞬間、俺は待機命令を無視して動き出していた。

大型武装母艦に自分の小型飛行船を格納し、文明監視員として得た多くの道具とともに勝手に本部を飛び出す。


宇宙正義からの追撃を振り切ってトビビタがいる惑星へと辿り着いたとき、そこで俺が見たのは変わり果てた友人の姿だった。


恐らくは瀕死になるまで痛めつけられた後に例の兵器の実験台にされたのだろう。彼はもはや人の形を留めてすらいなかった。


俺は泣きながらトビビタにとどめを刺した。弱々しく震える肉塊と成り果てた友人に対する介錯のつもりだったがーーーあいつが本当にそれを望んでいたかどうかは俺には分からない。


その時には既に組織の連中はこの惑星から撤収しており、奴らの足取りを掴むための証拠となり得るものは何一つとして残されてはいなかった。


だが俺は忘れはしない。


アンドロメダ第三惑星、QQ星368代目星王ベリア・ルリアンを首魁とするその組織の名は、Vestigia Dei。


必ず復讐を果たす。

あいつの亡骸にそう誓った。



その後、"トラベ・ラベルト"と名乗りQQ星を目指して再度宇宙へと繰り出した俺は、その道中で様々な災難に見舞われた。

絶えることのない争い、銀河に蔓延る悪意…しかしそれと同じくらい、多くの心温かな人たちとも出逢った。彼らの支えと、文明監視員として回収した"古代文明の遺産"ともいうべき数多のアイテムたちに助けられ、ようやく目的のアンドロメダ第三惑星へと辿り着いた時には、既にあの事件から数年の月日が流れていた。


そして俺は、そこでもうひとりの大切な家族に出逢ったのだ。


彼女の名は、エメラ・ルリアン。

ベリア・ルリアンの実の娘にして、QQ星第二王女だった彼女は、この星の中枢機関において組織に一切関与していない唯一の人物でもあった。

彼女の姉である第一王女シス・ルリアンや、母の女王マリア・ルリアンが組織の幹部として暗躍する中、なぜ彼女だけが組織と関わりなく生きてこられたのか、それは俺には分からない。

だが恐らくはエメラも自分の父親の正体に薄々勘付いていたのだろうーーーだからこそ彼女は生まれ星を出て旅をすることに憧れていたのだ。


初めて出会った日、あの丘の大木の下で俺に旅への憧れを語った彼女の瞳には、宇宙の深淵を目指す勇気と探究心が溢れんばかりに宿っていた。

かつての俺やトビビタを思い出すその煌めく眼差しに、俺はひとつの決意を固めたのだ。


エメラが組織と関わりがないなら、そしてなにより彼女自身がそう望むのなら、俺が彼女をこの星からーーーベリア・ルリアンから引き離してやる、と。


そしてそれからの間、俺は"旅人トラベ・ラベルト"として彼女が旅立つ為の手助けをしつつ、秘密裏にこの星や組織の調査を行なった。


旅の楽しい話、厳しい話、道具の使い方や飛行船の操縦方法……彼女と過ごす充実した日々に、俺はトビビタの死後、初めて心の底から楽しいと感じていた。

しかしその都度、胸の奥で尽きることなく燃え上がる復讐心が、浮かれかけた俺の心に釘を刺すのだーーーこの星に来た本来の目的を忘れるな、と。




そんな生活が一年ほど続いたある日、俺は組織がこの星を離脱するという情報を掴んだ。

ルリアン城の一帯を自らの艦隊で吹き飛ばし、混乱の中で姿を眩ますつもりらしいがーーーそんなことを許すわけにはいかない。


これまでの全てが無駄になる前に、俺は行動を起こすことを決意し、その夜、エメラに自分の全てを話した。


理由はどうあれ俺が彼女を騙していたことに変わりはなく、拒絶されることも覚悟の上だったがーーー彼女はこんな俺を受け入れ、あまつさえ俺のために泣いてくれたのだった。


俺は感涙を必死で堪え、敵を討つべく彼女に別れを告げようとしたーーーしかしその時、奴は来たのだ。


夜の丘に現れたベリア・ルリアンは、あの時と同じように残忍な笑みを浮かべていた。そして自分の娘が俺のすぐ側にいたにも関わらず、躊躇いなく引き連れた兵士たちに銃を撃たせたのだ。


瞬間、俺の身体は咄嗟に動いていた。

エメラを射程の外に突き飛ばした俺を貫く無数の光線。壮絶な痛みと衝撃、焼けつくような熱さを感じると殆ど同時に、俺の意識は呆気なく途切れた。


そう、俺はそこで確かに一度死んだのだ。

実際カンオケイラズがなければ、そのまま目覚めることもなかっただろう。


固形型予備生命装置、通称カンオケイラズとは、大昔の星間戦争時代に発案された"固形化された命"のことである。これがもし解明、増産されていたとしたら、今頃この宇宙の死生観は大きく変わっていただろうがーーー残念なことにそんな技術は今日に至るまで確立されておらず、戦時中の試作品が宇宙のどこかに残っているかもしれないと学者たちの間で噂される程度の存在に過ぎなかった。


俺の所持していたそれは、俺たちがある星で文明監視員法に則り回収した道具の中に紛れ込んでいた物であり、本物ではないと思いながらも験担ぎのお守りとして懐に忍ばせていただけだったのだがーーーまさか本当にこれに命を与えられることになるとは。


こうして辛うじて一命を取り留めた俺は、連れ去られたエメラを救うために自分の小型宇宙船"ファンタジア号"でルリアン城へと突っ込み、敵兵たちの隙をついてエメラを船の中へ引っ張り込むと、テレポートバッヂを使って彼女を小型飛行船ごと城の外へと転送することで避難させたのだった。


そして俺は丸腰のまま、敵の本拠地の中でベリア・ルリアンたちと向かい合うこととなったーーー。




ーーー今思い出してもあれは無謀の極みだったと言わざるを得ない。あの後のことを考えたら、いま自分がこうして生きていることが不思議なくらいなのだ。


俺は苦笑しながら、恐らく一生忘れることはないだろうあの戦いの瞬間へと意識を向けるべく目を閉じた。


今日はもう少し、思い出に浸るとしよう。








星巡る人


第28話 OMNIBUS STAR〜誓いを君に








「ーーーだから、まずは俺を信じろ!」


そう彼女に告げると同時に、起動したテレポートバッヂの効果範囲内から脱するべく踵を返す。

間一髪、俺が外へと飛び出した瞬間に彼女を乗せた小型飛行船は別の場所へと転送され、同時に外界と俺たちを隔てていた遮断ボックスも効果を失って消滅した。


「よーお、ベリア・ルリアン」


「…死にに戻ってくるとは、つくづく愚かな男だ」


ベリア・ルリアンが訝しげな顔で俺を睨みつけている。あのままエメラと一緒に逃げると思っていたとでも言いたげなその顔に、俺は口角を上げて答える。


「もう死ぬつもりはねぇって、さっきも言ったろ」


しかし強気な口調に反して、状況は絶体絶命と言わざるを得なかった。目の前にはベリア・ルリアン。その両脇をマリア・ルリアンとシス・ルリアンが固め、周りには武装した兵士たちが俺に向けて銃口を構えている。


頬を冷や汗が伝うーーーそれでも、俺には策があった。


「…貴様の戯言にはもうウンザリだ」


その言葉を合図にするかのように、兵士たちが一斉に引き金を引く。

銃口から放たれた幾筋もの光線を横っ飛びで辛うじて躱しながら、俺は懐から銀光するペンシル状の道具を取り出した。


エメラに教えていない唯一の道具にして、トビビタの遺してくれた切り札でもあるそれのペン尻を親指で強く押し込むと、同時にペン先に当たる反対側から鈍く煌めく針が飛び出す。


どうなるのかは分からない。しかし今はこれに賭けるしかなかった。


ーーー力を貸してくれ、トビビタ!


間髪入れず兵士たちが再び銃を放つーーー俺は躊躇うことなくその針を、自分の左手首に突き刺した。



瞬間、異変が起こった。

心臓の鼓動が異常なほどに速くなり、熱く煮え滾るような血液が身体中を駆け巡る。

激しい熱波が城の大広間に炸裂し、兵士たちが放つ光線は全て俺に届くことなく蒸発した。


『wake up,000』


噴き出す蒸気の中、俺は自分の身体が異形のものへと姿を変えていくのを感じていた。


「ウゥ……オォアァアアァ!!!」


蒸気を切り払い、咆哮しながら、俺は勢いよく敵の前へと飛び出した。

恐れ慄いたように凍りついていた兵士たちが慌てて引き金を引いたが、そんなものは何の意味も成さなかった。俺は放たれた光線を物ともせずに兵士たちの眼前へと距離を詰め、猛然とその右腕を振るった。


たったそれだけで、何人もの兵士が紙のように舞い上がり、崩れ落ちて動かなくなる。


「化け物がぁああ!!」

「距離を取れ、奴の目を狙うんだ!!」


必死の抵抗も虚しく、俺は兵士たちを次々に薙ぎ倒し、その武器を砕いていった。


「ヴッ…!」

吹き飛んだ兵士が大広間の壁に叩きつけられ、そこに埋め込まれていた鏡を粉々に打ち砕く。弾け飛んだその破片に不意に目を向け、俺は驚愕した。


ーーーこれが、俺…?


そこに映っていたのは、ヒトとはかけ離れた化け物の姿だった。

すらりとした全身を体毛とも装甲ともつかない爪のような鋭い突起が鱗状に覆い尽くし、凶暴な肉食獣を思わせる悍ましい顔には黄色い目玉が爛々と輝いている。

それはさながら半獣人のようでーーー。


「どうした、トラベ・ラベルト。我々の実験を見た貴様が、今更驚くようなことでもあるまい」


ベリア・ルリアンがその顔を歪ませながら俺を見据える。


「ウェイクアップペンシルNo.000…やはり貴様が持っていたか。このコソ泥め」


俺もまた、ベリア・ルリアンを睨みつけていた。

兵士たちは全員倒れ、俺と奴との間を遮るものは何もない。


ーーー今なら、殺せる。



そう確信し、素早く腰を落として跳躍するべく身構えたーーーその時、不意に身体から力が抜け、俺は無様に地面を転がった。同時に激しく咳き込み、口から黒い血のような体液を大量に吐き出す。


「が…ッ!ハッ…はぁ…はぁッ……!」


「苦しいか?トラベ・ラベルト?」


「俺に……なにをした…!?」



荒い呼吸を抑え、立ち上がろうと必死でもがく俺を冷たく見下ろしながら、ベリア・ルリアンが楽しげに言葉を投げかけた。


「ウェイクアップペンシルは、大昔に存在したある高次元生命体と怪獣族の力を人間に付与し、その肉体を強制的に生体兵器へと変貌させるための道具だ。尤も、既に絶滅しているその高次元生命体の代わりに他のエネルギーを使わなざるを得なかったのだがーーーそれでも直に取り込めば使用者の身体に絶大な負担が掛かることは言うまでもない。さしずめ今の貴様は、道具に身体を喰われてる状態という訳だ」


高笑いする奴の両脇に、マリア・ルリアンとシス・ルリアンが並ぶ。

ベリア・ルリアンは二人を見やるとにやりと口角を上げた。


「マリア、シス。往くぞ」


そう言いながら奴が取り出したのは、ウェイクアップペンシル。


「我が組織に仇成す者には死を」

「残念ねぇ。あんた、良い男なのに…女を見る目がなさ過ぎたせいで」


いや、奴だけじゃない。マリア・ルリアンとシス・ルリアンもまた、同じように銀色に輝くペン状の道具を取り出していた。


「トラベ・ラベルト。よく見るが良い…ウェイクアップペンシルとは、こう使うのだ」


シス・ルリアンは頭に乗せたティアラに。

マリア・ルリアンは首に着けたチョーカーに。

そしてベリア・ルリアンは左手に装着したガントレットに。


三人はそれぞれ起動したウェイクアップペンシルを突き刺した。


『wake up,007 phase2』

『wake up,008 phase2』

『wake up,009 phase2』


起動を示す機械音声と共に勢いよく噴き上がる灼熱の蒸気。やがてその向こうから、悍ましい三つの影が姿を現した。



黒い艶やかな身体に、巨大な翼と化した両腕。どこか猛禽類を思わせるフォルムのシス・ルリアン。


荊棘の蔦が隙間なく絡みついたような全身に、薔薇の蕾にも似た顔面。植物の女王とでもいうべき姿のマリア・ルリアン。


そして漆黒の鎧を身に纏い、背中に赤黒いマントを靡かせたベリア・ルリアン。その頭部は王冠を模したような禍々しい形を成しており、王たる威圧感を醸し出していた。


俺が獣人そのものという姿をしているのに対し、三人はどこか戦闘スーツを装着したような外見をしている。恐らくはそれこそが『phase2』の力なのだろう。


圧倒的な戦力差を前に愕然とする俺を取り囲むように立つ三人。張り詰めた空気を先に破ったのは、奴らの方だった。


「!?」

マリア・ルリアンが右腕を振り上げた瞬間、俺の身体も咄嗟に動いていた。


空気を切る音と共に弾け飛ぶ床。マリア・ルリアンの右腕が伸縮自在の荊棘の鞭へと変化し、つい今しがた俺のいたその場所を抉ったのだ。


辛うじてそれを躱したもののまだ体勢を立て直しきれていない俺に、今度は上空から鋭い鉤爪が迫るーーーシス・ルリアンだ。

俺は弱った身体を奮い立たせ、横っ飛びでそれもなんとか退けたーーーしかし俺を掠めて舞い上がったシス・ルリアンは、空中で反転しつつその両翼を折り畳み、まるでドリルのように猛回転しながら再度俺に向けて突っ込んできたのだ。

「ぐぅうッ!」

躱しきれずそれを真正面から受け止める形となり、俺の腹部を覆う鱗のような表皮は穿たれて無残に砕け散った。

その勢いのまま宙に投げ出され、床を転がる。


黒い体液の溢れ出す傷跡を抑え、よろめきながら立ち上がった俺に更に追い打ちをかけるように、全身を突如として凄まじい衝撃波が襲った。

その抗いようのない力によって真後ろへと吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。


砕けて飛び散る瓦礫と舞い上がる白煙。その奥で激痛にのたうつ俺の身体が"何か"によって掴まれ、高々と宙吊りにされる。


俺を鷲掴みにし、ギリギリと締め上げる腕を思わせる"何か"ーーーそれは眼下でほくそ笑むベリア・ルリアンの翳した右腕から放たれる念動力だった。


「俺に会いたかったんだろう?遠慮することはない。心ゆくまで楽しむがいい」


瞬間、猛烈な重力がのしかかり、なんの抵抗もできないまま俺の身体は床へとめり込んだ。

その激突の衝撃に耐えきれず、口から黒い体液を吹き出した俺を弄ぶかのように、奴は再び右腕を翳した。


「この俺が付き合ってやろう。貴様が死に絶えるまで、な」


ーーーそれは奴の戯れだった。

ひと息に殺しはせず、心も体もじわじわと嬲るように追い詰めていく。


何度も何度も宙を舞い、壁や床や天井に叩きつけられてその度に瓦礫の中に顔を埋める。合間にシス・ルリアンの鉤爪やマリア・ルリアンの荊棘の鞭が容赦無く身体を抉る。

されるがままに痛めつけられ、全身の骨がひしゃげて最早立ち上がることもできない俺にトドメを刺すように、ベリア・ルリアンはひときわ高い場所から勢いよく俺を叩き落とした。


「が……ッ!あァ……!!」


言葉にならない声が体液とともに口から漏れる。

城を揺るがす轟音を響かせ、俺は完全に沈黙した。


地に伏した俺を見下ろし、勝ち誇るように笑う三つの影。


「滑稽だなァ、トラベ・ラベルト。不思議には思わなかったか?貴様らが宇宙正義にこのウェイクアップペンシルを危険兵器だと申告した時、なぜ直ぐさま奴らが動かなかったのか。なぜ手を引くよう指示されたのか。そしてなぜ、口封じめいた罠を仕掛けられたのか。ーーー簡単なことだ。ウェイクアップペンシルを我々に依頼したクライアントは、他ならぬ宇宙正義なのだから」


薄れゆく意識にその言葉が確かな重みを持って響く。


「知りすぎたんだよ、貴様らは。"正義"にとって不都合な真実をな」


半死半生の俺に突きつけられる残酷な事実が、刃のような鋭さを持って心を斬りつける。


宇宙政府とベリア・ルリアンの間になんらかの繋がりがあることは分かっていた。だがまさか、宇宙正義に兵器の開発依頼をされていたなんて…!


愕然とする俺を楽しむかのようにベリア・ルリアンは続ける。


「そもそも文明監視員という役職自体が、政府や宇宙正義が自分たちにとって都合の悪い兵器や情報を回収し隠蔽するためにあるというのに……。

愚かなものだな。一度ならず二度までも助かった命を棄てて、わざわざこうして死にに来たのだから」


ーーーその通りだ。

全てが間違っていたのだ。


かつての旅は、すべてこの宇宙の平和の為だと思っていた。自分たちは宇宙の均衡を守るために動いているのだと信じていたし、ベリア・ルリアンが宇宙政府の上層部と繋がっていると知った後もそれは揺るぎはしなかった。


だがそんなのは誤りに過ぎなかった。

ベリア・ルリアンが己が為に宇宙政府と繋がっていたのではない。宇宙政府が望んでベリア・ルリアンと繋がっていたのだ。


"奴ら"は自分たちのためならどんなに危険な兵器が出回ることも厭わない。それによって例えどれだけの人が死に絶え、数多の星が滅ぼうとも、それは宇宙の正義の前にはほんの些細な犠牲に過ぎず、その目的のためになら目の前にいる悪魔のような人間とも手を組むのだ。


全てに合点がいくと同時に、全身から力が抜け落ちた。


そんな……だとしたら、俺たちのしてきたことは何だったんだ。トビビタは何のために死んだんだ。


俺の討つべき家族の仇は目の前で残虐な笑みを浮かべるこの男だけではなく、この宇宙の正義そのものだったのだ。


打ちのめされた心を諦めにも似た気持ちがじわじわと蝕んでいく。


圧倒的な戦力差を前に為すすべもなく地に伏し、怨敵に一太刀も浴びせることができないまま、今まさに殺されようとしている。


すまない…トビビタ……!!


「それにしても、あの子も馬鹿ですわねぇ。なにも知らないふりをしていれば幸せに生きられたかもしれないのに」

「ま、仮に組織に入ったとしても精々死ぬまで実験体ってトコだったと思うけどね。あいつじゃ幹部になんてなれっこないって」


マリア・ルリアンとシス・ルリアンの下衆な笑い声が半壊した大広間に響く。


…エメラのことを話しているのだろうか。

彼女とは似ても似つかないその声が、皮肉にも絶望の中に沈む俺の心に僅かな光を灯した。


微かに意識を取り戻した俺を見て、ベリア・ルリアンが嘲るように鼻を鳴らす。


「お前のせいで俺は大切な道具(我が娘)をひとつ逃した。おかげでウチの家族が一人減ってしまったではないか」


エメラの顔が、声が、仕草のひとつひとつがーーー大切な家族との思い出たちが頭の中を目まぐるしくフラッシュバックしていく。


「貴様の命をもって償ってもらおうーーーあぁ、安心しろ。エメラ(バカ娘)にもすぐに後を追わせてやる」


ーーーそんなこと、させてたまるか。


俺の心に激しい怒りの炎が滾り、それと同時に全身の骨という骨が急再生し、みるみるうちに身体に力が漲っていくーーー。


「…笑わせんな」


白熱化する身体で、よろめきながら立ち上がる。


「命の重さも理解できないお前らに、家族を語る資格はねぇんだよ」


ーーーそうだ、迷うことなどありはしない。

本当の敵が何であろうと、いま俺が成すべきことは唯一つ。ベリア・ルリアンを倒して大切な家族を守ること…ただそれだけだ。


「これ以上俺の大切な家族を、お前らの好きにはさせてたまるかァッ!!」


蒸気を噴き上げながら構える俺に、ベリア・ルリアンが憎々しげに低く舌打ちする。


「この死に損ないが!」


間髪入れず敵が動いた時、既に俺は床を蹴って駆け出していた。

マリア・ルリアンから放たれた荊棘の鞭を素早く掻い潜り、瞬きの間に距離を詰める。


「なーーー!?」


奴が声を上げるよりも早く、俺は右腕を振り上げたーーー手首から肘にかけて瞬時に展開したヒレのような表皮が、刃となって薔薇の化け物を斬り裂く。


「ぎゃああああッ!!」


黒い体液を飛び散らせて絶叫するマリア・ルリアンを尻目に、俺は脚に力を込めて高く跳び上がる。


「よくもお母様を!!」


シス・ルリアンが金切り声を上げながら、再び俺を穿つべく両翼を畳むーーーその寸前、俺は奴の眼前へと躍り出た。

「うぉおおッ!」

叫び声と共に有無を言わさず敵の顔面へと左手の鋭い爪を突き立て、勢いに任せて下へ振り下ろす。


「アァアアァアァッ!!!」


顔から胸元にかけてを引き裂かれ、苦悶に満ちた叫び声を上げるシス・ルリアン。

空中でバランスを崩した彼女を蹴りつけ、その反動を利用して急降下する勢いのまま、固く握った拳をベリア・ルリアンに向けて叩きつけるーーーしかし俺の渾身の一撃は奴に届くことなく、不敵に笑うその目の前に展開した見えない壁によって遮られてしまった。


「!?」


危険を察知し、反射的に後ろへと飛び退いて距離を取る。


と、その時、不意に色とりどりの光線が壁を貫き、連鎖してあちこちで爆発が巻き起こった。城全体が大きく揺れ、瓦礫が降り注ぐ。


俺は心の中で舌打ちした。

恐らく、組織の艦隊による攻撃が始まったのだ。


「…少し、遊びすぎたようだ」


ベリア・ルリアンは倒れたマリア・ルリアンや墜落しのたうちまわるシス・ルリアンのことなど気にも留めない様子で、薄笑いを浮かべてただ俺を睨みつけていた。


じりじりとした緊張感が走る。

崩れゆく城の中、奴はゆっくりと両腕を前に伸ばした。


「貴様の死をもって、終わりとしよう」


息を潜めてそう言うや否やその手の先から放たれた莫大なエネルギーの塊が、凄まじい熱量で床を吹き飛ばし白煙を巻き上げながら俺に迫り来る。


ーーー避けきれない…!


それは恐らく奴の最大級の攻撃だったのだろう。その破壊的な波動をまともに受ければどうなるかは考えるまでもなかった。


だがそのとき俺は、それに怯むことなくただ前に向けて進撃していたのだ。


ーーーだったら、突っ込むしかない!!


それが咄嗟の行動だったのか、意図したものだったのかは定かではないが、無謀にも俺はその攻撃を受け止めようとするかのようにーーーあるいは突き破ろうとするかのようにーーー固く握った右拳を迫り来るエネルギーの塊へ向けて突き出した。


「おぉおおおおおッ!!」


激突し、鍔迫り合ったのもつかの間、当然のように俺の拳がーーー続けて腕が、身体が、押し寄せる光の奔流へと呑み込まれる。


溶けるように剥がれていく全身の装甲。

しかしもはや痛みなど感じなかった。


ーーーまだだ。まだ、終わりじゃない!!



俺は光の中を更に一歩、力強く踏み出した。



瞬間、異変が起きた。

光が集束していくように、白熱化した俺の腕にベリア・ルリアンの波動が唸りを上げて纏われる。それはさながら巨大な爪のような形を成してベリア・ルリアンの放つ光を巻き込み、奴自身へと押し返していく。


迸る衝撃の中、俺は吼えた。


全力を込めて拳を振り抜くと同時に、高エネルギーで形成された俺の巨大な爪がベリア・ルリアンの放つ波動を切り払い、不意に視界が拓ける。


「ぐぅあッ!」


跳ね返った自らの攻撃が直撃し、吹き飛ばされて地面を転がるベリア・ルリアン。

左腕を失い、人間の姿に戻ったその顔に初めて動揺の色が浮かび上がっているのを俺は見逃さなかった。


出血する肩口を抑えながら蹌踉めく奴の横に、気絶したシス・ルリアンに肩を貸しながら、マリア・ルリアンが青白い顔で駆け寄る。


「…トラベ・ラベルト。また会おう」


マリア・ルリアンが何かの機械を取り出し、起動したーーーしまった…あれは転送装置だ!!


「待……ッ!!」


しかしそれ以上俺の身体は動きはしなかった。まともに駆け出すことも叶わず躓くようにして地面を転がり、俺もまた人間の姿へと戻ってしまう。


ベリア・ルリアンはその顔に再び余裕を浮かばせ、吐き捨てるように囁いた。


「…貴様が生きていればの話だがな」


その言葉を最後に奴らの姿は消え、見計らったように天井が崩れて降り注ぐ。


ーーーここまできて俺は死ぬのか…!?


脳裏をよぎる大切な家族たちの顔。


ーーー冗談じゃない。俺はまだ、なにも果たせていないんだ……!!


柱が倒れ、戦闘で脆くなった壁が次々と砕けて放置された兵士たちの上へと降り注ぐ。

このままでは俺がああなるのも時間の問題だろう。


なんとかしなくちゃーーーなにかーーー!


その時、俺は視界の端に黒い光を捉えた。

「ーーーッ!!」

最後の力を振り絞り、這うようにしてその方向へと急ぐ。


そこに転がっていたのは俺の決死の反撃によって吹き飛んだベリア・ルリアンの左腕だった。

まだ黒い体液を噴き出し続けているそれから剥ぎ取るようにしてガントレットを外すと、躊躇うことなく自分の左腕へと装着する。


ーーー頼むぜ。


同時に右手でウェイクアップペンシルを起動させ、流れるようにしてその籠手へと突き刺す。




『wake up,000 phase2』






こうして俺は、崩れゆくルリアン城から辛くも脱出を果たした。







ーーーこちらが、番組が独占入手した事件当日の現場の映像です。政府関係者によりますとーーー


メモリカプセルに流れる立体映像が、俺の意識を急速に現在へと引き戻す。


どうやら随分と長いこと思い出に浸っていたらしい。

少しぼんやりする頭を軽く横に振り、ちらりと立体映像に目を向けたとき、俺は思わず吹き出してしまった。


その映像に映っていたのは、宇宙正義の本部コロニーだった。画面中央には巨大なクレーター、その周囲には大小様々な無数の残骸が転がり、空中では一機の不思議な形をした小型円盤を宇宙政府の援護艦が取り囲んでいるように見える。

しかし俺はそうしたものには目もくれず、画面の端に僅かに映る七色の光だけを見ていた。


明らかにテレポートバッチだと判別できるその光の中に溶けて消えていく見覚えのある一機の飛行船ーーー間違いない…あれは、ファンタジア号だ。


それを確信した瞬間、俺は自分の顔がほころぶのを抑えきれなかった。


どうやらエメラも、自分のやるべきことをやっているようだ。

ーーー俺も負けてられないな。


勢いよく上体を起こし、メモリカプセルの電源を切って運転を手動に切り替える。


目指す目的地はここから何光年も離れていないところに佇むある天球だ。

俺の得た情報によると、そこは兵器開発から流通までの全てを行うVestigia Deiの本拠地であり、宇宙政府の庇護下となっている鋼鉄の城とのことだ。

そして恐らくはそこにベリア・ルリアンもいる。


潜入は容易ではないのは目に見えて明らかだったが、攻めないという選択肢は、最初からなかった。



ーーー待ってろよ。今度こそ、決着をつけてやる。



トビビタの仇を討つため。

エメラを奴らの呪縛から解放するため。



ーーー俺が、この手で。



大切な家族たちへの思いと誓いを胸に、俺は宇宙の闇の中へと飛行船を更に加速させた。


journey goes on…

底知れぬ暗闇の牢獄の中で、

俺はもう何万年もの間、

ただひたすらに輝きを夢見る。



次回、星巡る人

第29話 OMNIBUS STAR〜輝きを掴んだ男

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