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星巡る人   作者: しーたけ
27/54

第27話 OMNIBUS STAR〜Only Lonely Glory

今回の話は、第18話『遠き呼び声の彼方に』のその後の物語となります。


トランが本編舞台となるエメラたちのいる宇宙へと旅立った後、彼が元いた宇宙で、任務を受けて惑星Ω-1へと降り立ったとある調査員の話。


これは本来、トランが主役の『OMNIBUS STAR〜A journey to the stars』という物語のエピローグになるはずでした。

紆余曲折あってそれは18話に纏められるという形で日の目を見たのですが、このエピローグ自体は『星巡る人』本編とは全く関係ない内容のため、一旦お蔵入りとなっていました。

しかしトランの物語のひと区切りとしてこの話はなくてはならないものだと判断し、この度OMNIBUS STARの一編として組み込むことにした次第です。


大銀河連合のその後や、財団ファルマコの暗躍などが今後このシリーズで描かれることはありませんが、それもいつか別作品として掘り下げられたらなと思います。


いつも読んでくださり本当にありがとうございます。

今後も不定期更新となりますが、どうぞよろしくお願いします。


それではまた次回でお会いできますよう。

惑星Ω-1。

かつて宇宙の宝石とよばれたこの星は、あの事件を経た今でも尚、変わらぬ美しさを留めていた。


尤もそれは宇宙から見た話であり、実際に戦場となったこの星の地上には未だ生々しい争いの爪痕が残されている。


"ベイトレヘム"と名付けられた惑星Ω-1唯一の国家にして、先日のパライソ・ベルト事件ーーー便宜上、そう呼称されているーーーの現場でもあるこの地に、わたしは今日、大銀河連合の一員として降り立った。



あの日、この星で何があったのか。

"光の姫"は誰に、どのようにしてその命を奪われたのか。

そして大銀河連合の戦士、トラン・アストラはどこへ消えたのか。



ーーーわたしの役目は、謎に包まれたその事件の手掛かりを掴む事にある。






星巡る人


第27話 OMNIBUS STAR〜Only Lonely Glory






全ては数千年前、ある星の幼子に光が宿ったことから始まる。


宇宙の外から来たと思われるその光は、使い方次第では星を滅ぼすことも容易い程の強大な力をその少女に与えてしまったのだ。


光の姫と呼ばれた少女の存在がーーー彼女の中にある力が宇宙のバランスを著しく乱し、やがて崩壊させる要因となると懸念した当時の大銀河連合は、彼女を人工惑星Ω-1へと匿い、更に護衛用に数万体のロボット兵士と強力なバリアを張る"防人ボウジン"の一族の者を配置することで彼女を外敵から庇護しようと考えた。

しかしその力の大きさは計り知れず、また宇宙全土に対して容易に隠し通せるようなものでもなかった。


この星の周辺で現在に至るまでの数千年の間に争いは幾度となく勃発し、その度に大銀河連合は多大な犠牲を払いつつも辛うじてこの星をーーー光の姫を守り抜いて来た(余談だが現在これらの戦争はすべて『美しき惑星Ω-1』そのものを狙ったものであったと公表されており、光を持つ少女の存在やこの星の内部情報の一切は宇宙最高機密として扱われているため、大銀河連合上層部しか知り得ない情報であるとされている)。


ところが数年前、この星のバリアが突如として急激に効力を失うという過去にも例のない不測の事態が起こり、更にそれを好機と言わんばかりに何者かによって惑星内に定期的に侵略生体兵器が送り込まれてくるようになった。


もはやロボット兵士とバリアだけでは姫を守りきれないと判断した大銀河連合は、惑星Ω-1を防衛するべく一人の戦士を派遣した。


それが大銀河連合の誇る高エネルギー生命体の部隊『銀河勇士令部』の一員、トラン・アストラだ。

極秘任務の為単独での駐屯となったが、それを補って余りあるほどの類稀なる力を持つ極めて優秀な戦士であり、かつて惑星Ω-1を巡る争いで名を馳せた"太陽の戦士"ウルマ・アストラの息子でもある彼が任に着いたことにより、この星にも暫しの安泰が訪れたかに思われた。


だがそれでも、あの忌まわしい事件は起きたのだ。


事件当日、トラン・アストラからの緊急救援要請を受け、宇宙の要石を守るべく直ぐに大銀河連合の援軍は出撃した。

しかし惑星Ω-1への唯一の航路は正体不明の大艦隊によって既に封鎖されてしまっており、連合は止むを得ず艦隊群との戦闘に突入することになる。


報告によれば、援軍がそれを退け目的地へと辿り着いた時には、既に全てが終わってしまったあとだったという。

惑星Ω-1は数万のロボット兵やバリアなどの防衛機能を失い壊滅。防人ボウジンはベイトレヘム城内にて生命活動の停止が確認され、爆心地らしき森の中には光の姫と思しき残骸が多数散乱していたという。


そしてこの星に駐屯していた戦士トラン・アストラは、忽然とその姿を消したーーー。




ーーー以上がこの星の成り立ちと、『パライソ・ベルト事件』の概要だ。


連合を震撼させたこの事件の首謀者は依然として判明しておらず、航路の封鎖を行なった大艦隊ともなんらかの繋がりがあったと思われることから計画的犯行であるとの見方が強いものの、その全ては推察の域を出ないままである。


当然ながら幾度となく調査が行われたが、姫に宿っていた光の行方もトラン・アストラの生死も依然として分からぬままであり、更に敵勢力が施していたらしい何らかの機密保持システムによって戦場に遺された兵器の残骸や死体などの証拠となり得る全てが消滅してしまっていたため、大銀河連合はこの事件に関して何の手がかりも得られないでいた。



だからこそ、わたしがこの事件を担当することとなったのだ。



部下に手渡された白いヘッドフォンに似た装置を頭に装着し、深く息を吸って心を落ち着ける。


装置から伸びる幾本もの長いコードが部下たちの覗き込むモニターに接続されていることを確認してから、右手に嵌めた黒い革手袋を外してクレーターのようにへこんだ足元の大地にそっと触れた。


瞬間、頭の中に色褪せたイメージが浮かび上がる。

スノーノイズまみれのそれが徐々に鮮明な映像となっていくーーー。






『白いワンピース姿の少女が、息を荒げて森の中を駆ける。栗色の長い髪がよく似合う端正な顔立ちに玉のような汗を浮かばせて、すぐ背後に迫る黒い影から必死に逃げている。


黒い獣はその巨大な体躯からは想像もつかないほどの素早い身のこなしで目の前の標的を追い、口から生えるニ対の鋭い牙を少女の背中に突き刺さんとばかりに飛びかかった。


咄嗟に振り向いてそれを見た少女が悲鳴をあげたその時、空から光の塊がさながら隕石のように降り注ぎ、下敷きにされた獣は木っ端微塵に吹き飛んだ。


硝煙の中、大穴の空いた大地に立つ人の形を成した光。銀色の体表に幾何学模様のラインが走るその神々しい姿が、少女の方へと振り向き、優しく微笑んだ。』






ーーーわたしは地面からそっと手を離し、革手袋を嵌め直してから頭の装置を外した。


いまのは『トラン・アストラが惑星Ω-1に赴任した日』の"この場所の記憶"だ。


わたしは素手で触れたものの記憶を『視る』ことができる(尤も、わたしの生まれ星の人間は皆一様にこの能力を持っている。ただし膨大な星の記憶から『日時』を指定し『対象にまつわるキーワード』を絞り出して『視る』ことができる人間はひと握りであり、つまりはそれこそがわたしが大銀河連合の情報特務調査員という立場でいられる理由でもある)。


このヘッドフォンに似た装置を介してわたしの『視た』映像を部下たちの覗き込む媒体モニターに映し記録することで、あの日この星で何が起きたのかを正しく解明するーーーそれが今回、わたし達に与えられた任務だ。


ゆっくり立ち上がり、いま『視た』記憶を吟味する。


事件の約二年前、いまわたしの立つこの場所で、トラン・アストラと光の姫はファーストコンタクトを果たした。


森の中、襲われる姫、宇宙狂犬獣 vargrワーグと思しき黒い獣の存在……すべてが当時のトラン・アストラの定期報告と一致する。


なぜ光の姫が城から離れたこんな場所にいたのか、護衛についていたはずのロボット兵はどうしたのか、生体兵器であるvargrワーグを送り込んだのは何者なのかーーー考え始めると疑問は尽きないが、どうやらこれ以上この場所には彼らに関する記憶は存在しないようであった。


ーーーまぁいい。今日も問題なく『視られる』と確認できただけでも、ひとまずは良しとしよう。


私は深く息を吐いてから、次に向かう場所を部下たちに告げた。








『かつて豪華絢爛を誇ったベイトレヘム城の大広間は、今やその半分が無残に崩壊していた。壁、天井、階段といった至る所に無数のワーグがひしめき合い、空間を黒く埋め尽くすようにしてひとりの男を取り囲んでいる。


しかし大剣を背負ったスキンヘッドの大柄なその男は、自身を囲むワーグの群れを警戒しつつも未だその剣に手をかけてはおらず、何者かと話をしているようであった。


「……ですから、あなた方の頼みの綱である大銀河連合の駐在員は現在、あちらの森で私のペットに可愛がられていると説明したばかりではないですか。彼はあなた方を助けには来られません。我々にとって邪魔なのはもうあなただけなのですよ、387代目の防人(ボウジン)さん」


大柄な男ーーー防人ボウジンと向き合うひとりの影。全身が装甲で覆われたようなその姿に顔らしきものは確認できず、替わりに顔面に当たる部位に明滅を繰り返す発光器官がいくつも揺らめいている。


「抵抗は無駄ですよ。この数を見ればわかるでしょう?あなた方には万に一つも勝ち目はありません。私としても、ここで戦うことは本意ではないのです。なるべくなら光を持つ者の生きたサンプルを手に入れたいですからね。もちろんあなたが了承さえしてくれれば、あなたの命は保証しますよ。断るなら……あの哀れな高エネルギー生命体のように、私のための尊い犠牲となって頂きます。さぁ、如何ですか?」


装甲の男が楽しそうな、それでいて見下したような冷たい声で言うと、防人ボウジンは不意に軽く笑みを浮かべた。


「……答えるまでもない」


瞬間、彼は目にも留まらぬ速さで背中の大剣を引き抜き、真横にいたワーグに振り下ろした。

断末魔の悲鳴をあげて崩れ落ちる黒い獣に一瞥もくれることなく、防人ボウジンが刃を構える。


「では、死になさい」


その声を合図に一斉に飛びかかった黒い群れを、防人ボウジンの大剣がひと凪で切り払う。


「……来いッ!」


大柄な男はワーグの群れに対し圧倒的な強さを見せつけていた。全方位から襲いくる宇宙狂犬獣を前に一歩も退かず、銀色の刃を振るって影を次々と切り捨てていくその姿はまるで鬼神のようであった。


しかしやはり多勢に無勢。その上ワーグたちはどうやら知能も有しているらしく、戦いが長引くにつれてより機敏に、より連携をとって防人ボウジンの攻撃を避け、反撃に転じるようになっていった。


どれだけ倒しても残骸を乗り越えて絶えず襲いくる敵勢を前に、大柄の男も次第に追い詰められていく。


そしてついにーーー。


「大銀河連合も愚かなものですね。機密保持のためとはいえ、たったひとりの高エネルギー生命体を派遣した程度でこの星を守りきれると思っていたとは。……まぁ、私にとっては好都合でしたが」


装甲の男が楽しげに笑いながら呟く。その嘲るような視線の先に、喉笛を噛み千切られた防人ボウジンが力なく転がっていた。


大剣はとうにその手を離れて地面に転がり、もはや反撃のすべもない大柄の男に群がる黒い影たち。

ワーグによって今まさに全身が無残に噛み砕かれていく防人ボウジンのその姿を一瞥し、装甲の男は勝ち誇ったように悠々と階段を登って上階へと消えていった。


それからどれくらいの時間が経っただろう。

突然、凄惨なその現場に光が駆け込んだかと思うと、未だに男を貪っていた黒い獣たちを瞬時に消し飛ばし、その残骸になど目もくれずに男を抱き起こした。


光ーーートラン・アストラもまた、ここに辿り着くまでに激しい戦いを繰り広げてきたのだろう。右肩をはじめとする身体中に無数の傷跡が伺える。


防人ボウジンがかすかに目を開き、トラン・アストラの右腕を力強く掴んだ。そして絞り出すような掠れた声でなにかを伝えると、それきり動かなくなった。


トラン・アストラは震える手で事切れた大柄の男を床にそっと横たわらせると、よろめきながらも立ち上がり、装甲の男を追うようにして全速力で階段を駆け上がっていった。



その数分後、空間に眩い光が炸裂し、豪華絢爛を誇った大広間は降り注ぐ瓦礫の雨の中に埋め尽くされ、やがてなにも見えなくなった。』





ーーーこの場所で『視られる』あの日の記憶はどうやらここまでのようだ。


わたしは作業を中断するよう部下に指示を出し、装置を頭から取り外した。


わたしたちがまず調査に訪れたのはこの星の中枢機関であったベイトレヘム城だ。この城は先の調査隊の報告通り大広間の一部を残して完全に崩壊し、もはや原型も留めぬ瓦礫の山と成り果てていた。


通常の調査は困難と思われる状況ーーーしかし転がる瓦礫のひとつからですら多くの有益な情報を得ることができるのがわたしたちの強みだ。


例えばつい先ほども、この城の地下にある制御室コントロールルームにて修復不能なまでに破損していた機械の記憶を『視る』ことで、失われていた事件の直前までのバリアの管理にまつわるデータを取得することができた。


そしていま『視た』光景にもまた、驚くほど多くの情報が含まれていた。


あれは事件当日、トラン・アストラが緊急救援要請を大銀河連合に要請したのとほぼ同時刻の『ベイトレヘム城(この場所)の記憶』だ。

事件の首謀者と思われる装甲の男や、地面を埋め尽くすほどのvargrワーグの大群、そして城の崩壊する一部始終など、どれも事件当日にその場にいなければ知り得ない貴重な手がかりである。


しかし喜ばしい一方で、ふとした疑念が胸をよぎるのもまた事実であった。


いま見た光景を基に推察するに、惑星Ω-1を襲ったのはあの装甲の男が率いる生体兵器vargr(ワーグ)の大群であり、そしてその結果、287代目防人ボウジンはこの場所で壮絶な最期を遂げ、トラン・アストラもまた、その猛攻撃の前に追い詰められつつあったようだ。


あの装甲の男は何らかの方法でこの星のバリアを破っただけでなく、物量による長期戦が高エネルギー生命体の弱点であることを把握した上で、計画的に今回の襲撃を企てていたように思える。


考えたくはないが、もしかすると"光"はーーー姫に宿っていた強大な力は、既にこの事件の首謀者の手に渡っているのではないか。



わたしは不意にある一点をじっと見つめた。

そこには崩れ落ち、最早形を留めていない階段がーーー記憶の中であの装甲の男が、そしてトラン・アストラが登っていった階段がーーー無残な姿をさらしていた。


上階に関する記憶を『視る』ことができればと思うが、無数に飛び散った瓦礫の中から果たして目的の記憶を持つものを見つけられるかと問われれば難しいと言わざるを得ない。


やはり何よりも先に、この事件の顛末を明らかにすることを優先するべきだろう。

細やかな調査はそのあとで行えば良い。


そのためにまず調べるべき場所はすでに決まっていたーーー爆心地だ。






爆心地。

それはベイトレヘムの海岸近くにある直径20キロに及ぶ巨大なクレーターのことを指す。

草木一本残さず吹き飛ばされた現場には粒子状となった炭素の塊(のちの検査結果により光の姫の体組織であると判明した。このことより、現状光の姫は死んだと仮定されている)が多数採集されたこと、その中心で超高密度のエネルギー反応が検出されたことなどから、この場所で光の姫またはトラン・アストラが自爆したのではないかと思われている。


もしこの場所でパライソ・ベルト事件が終結したのだとしたら、その記憶を『視る』ことで大半の謎が解けるのではないか。


わたしは高まる期待を抑えつつ、心を鎮めてゆっくりとクレーターの中心に手を置いた。







『静かな森に突如として嵐のような風が吹き荒れる。

夜闇とは明らかに異なる漆黒が、見上げた空を浸食しながら徐々に星全体を覆うように広がっていく。


その闇の中心には、顔があった。


憎悪に歪んだ悍ましいその巨大な顔が、裂けた口を目一杯に開いて夜空に咆哮を轟かせる。


瞬間、一筋の光が地面から大空へと飛び立った。


「俺はここだ!ここにいるぞ!!」


トラン・アストラだ。光を纏った彼は無謀にも、空を覆う闇に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。


闇の裂けた口から射出される数千本もの光の刃を躱しながら、トラン・アストラは空へと向けて飛ぶ。


恐らく闇の中心へと潜り込み、その内部で自らのエネルギーを炸裂させるつもりだったのだろうーーーしかしそれは、あと少しというところで阻まれた。


彼の伸ばした右腕が、躱しきれなかった光の刃によって弾け飛ぶ。更に追い打ちをかけるように、空中で体勢を崩した彼の身体を幾本もの光の刃が貫いた。


傷口から光の粒子を散らしながら、彼は成すすべもなく地面に落ちていく。それはさながら燃え尽きる直前の隕石のようでーーー。


墜落し、その勢いのまま地面を激しく転がったトラン・アストラは、苦しみもがき、よろめきながら、それでも尚、立ち上がった。


そんな彼を嘲笑うように投げかけられる声。


「やれやれ、高エネルギー生命体というのは、本当にしぶといんですねぇ」


あの装甲の男が、無数の兵士を従えてトラン・アストラを見下ろしていた。


「ここまで一人で我々と戦ったことは褒めてあげましょう。正直予想外でしたよ。ですがーーーここまでです」


その声とともに兵士たちの持つ武器が一斉に火を吹いた。

色とりどりの光の線がトラン・アストラの身体を撃ち抜き、彼は力なく地面に倒れた。


「さようなら、トラン・アストラ」


もはやピクリとも動かない彼にトドメを刺すべく、兵士たちが武器を構えたーーーそのとき、森の茂みをかき分けて走ってきた誰かが、武装集団と高エネルギー生命体の間に割って入った。


栗色の淡い髪を靡かせ、白いワンピース姿の少女が両手を突き出した。

その先に創り出された光の壁が、放たれた幾本もの光線を完璧に防ぎ、弾き返す。


「おお、ようこそ"光を持つ者"。自分から来てくれるとは、探す手間が省けましたよ」


少女がーーー光の姫は、装甲の男のその言葉に返事もせず、バリアを張りながらも肩越しにトラン・アストラを見つめていた。

その表示は決意と覚悟に満ちていてーーー。


装甲の男が構わずに続ける。


「おや?そんなに消耗してるなんて、どうやらその力に身体が耐えきれていないようですねぇ。

好都合です。現在この星は闇によって既に光さえ通さない特殊な空間と化しています。つまりあなたを殺しても、あなたの中の光はこの星という檻からは逃げられない。……その光、いまこそ私が頂きますよ!!」


しかしその熱のこもった言葉にも彼女は反応せず、肩越しにトラン・アストラを見つめながら静かに口を開いた。


「ずっと考えてた。この広い宇宙の中で、なんであたしが選ばれたんだろうって。この力の意味はなんなんだろうって。いくら考えても答えなんて出なかった。

……いつだったかボウジンが、この光を受け入れるのも手放すのもあたしの自由なんだって言ってくれた。その『時』はあたしが自分で決めるんだって。

でもこんな強すぎる力とどうやって向き合ったらいいのかなんて分からなくてーーー誰かに答えを教えてもらいたかった」


彼女の目に涙が滲む。


「でもね…あたし、トランに会えて、一緒に過ごせて、なんとなくわかった気がしたんだ。

この光は大切なものを守るための力。

正義の味方のための光ーーーだからね、あたしはあんたにこの光を受け取って欲しい。

だってトランは、あたしにとって正義の味方だから」


更に激しさを増す攻撃に、彼女のバリアも徐々に押されているようだった。

光の姫の額に大粒の汗が浮かび、膝が震え始める。


それでも彼女は避けようとはしなかった。


「あたしは逃げない。最後までこの光を、大切な人を守るために使いたいから!」


しかし強固なバリアについにヒビが入りーーー。



「家族って言ってくれてありがとう。あたし、トランに会えて幸せだった」


トラン・アストラの悲痛な叫びは、彼女には届かなかった。


「さようなら……いつか、またね」


ーーー瞬間、バリアが弾けた。


眩い光の中に彼女の姿は溶け、殆ど同時に激しい爆発が巻き起こった。


衝撃が走り、爆発が辺りを吹き飛ばす。

立ち込める黒煙が晴れたとき、そこには"さっきまで光の姫だったもの"を両手で握りしめているトラン・アストラの姿があった。


「あ……!ああ……!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


慟哭の叫びをあげる彼の身体が、不意に眩い光に包まれた。


「あの高エネルギー生命体、まさか……!!」


光は輝きを増しながら拡大し、辺り一帯を薙ぎ払いながら黒い獣たちを次々に焼き尽くしていく。


その眩い光の中、鬼の形相をしたトラン・アストラの顔が一瞬、見えたような気がしてーーー。』






ーーーその瞬間、身体に電流が走り、わたしの意識は唐突に星の記憶から弾き出された。


あまりに突然のことに多少困惑してしまう。

これまでに数多くの現場を『視て』きたが、こんなことは初めてだ。


わたしは頭を軽く振り、深く息を吸って混乱する頭を落ち着けた。


今しがた『視た』光景は、間違いなくこの事件の根幹に関わる記憶だ。


光の姫の最期の瞬間、眩い光を放ちながら立ち上がったトラン・アストラ、装甲の男たち武装集団や空に浮かぶあの"顔"……この事件の真相が目の前に迫っていると思えた。この機を逃す手はない。


わたしたちはその先を知らなければならない。

多少の無理をしても『視る』価値がある。


わたしは安全の為に装置を停止させようとする部下たちを手で制止し、再度『視る』べく地面に触れた。



閉じた瞼の裏に明滅する激しい光とスノーノイズ。


その中に一瞬、眩い光を纏ったトラン・アストラが空高く、闇へと向けて飛び立つ瞬間がフラッシュバックするーーー。



ーーーそこで記憶は切り替わった。

事件の約1ヶ月前の、この場所の記憶に。







『その日、森の中は平和そのものだった。

風に揺れる木々の梢も、色とりどりに咲く花々も、すべてが降り注ぐ太陽の光を浴びて煌いている、穏やかな昼下がり。


その中を栗色の髪が特徴的な白いワンピース姿の少女が、くるくると踊るように回る。


光の姫は、自らの負う宿命の重さなど微塵も感じさせない無邪気な笑顔で、楽しそうに戯れていた。


そんな彼女を少し離れた木陰で見守っているのは、トラン・アストラと防人ボウジンだ。


ふたりはお互いに顔を見合わせることもなく、ただ優しげな眼差しを姫に向けながら言葉を交わしていた。


「トラン・アストラ、あなたには感謝しています。あなたは姫を守るだけではなく、姫の心も救ってくれた。きっとあなたがいなければ、姫があんなに楽しそうな表情をすることもなかったでしょう。私には、到底成し得なかったことです」


それから一瞬、スキンヘッドの男が姫から目を離してトラン・アストラを見た。


「あなたにはこの星の内情も、姫のことも、何ひとつ詳しくは話せていませんね。なのにこうして姫のために任務を果たしてくれている。それが私にとっては本当に有難いことなのです」


「俺はそんな事、気にしてないですよ。任務だからじゃなくて、大切な人だから……彼女の笑顔を、俺が守りたいんです」


トラン・アストラのその言葉に、防人ボウジンは軽い微笑みを浮かべた。


「……この星に来てくれたのが君で良かった。姫のことを、この先もよろしく頼みます。トラン・アストラ」


「そーだよっ!」


頷くトラン・アストラの背後から、光の姫がひょっこり顔を出す。


「あたしも、来てくれたのがトランで良かったって思ってるからねっ!!」


それから思い出したかのように防人ボウジンの方へと歩み寄り、笑顔で彼の顔を見上げた。


「あ、そうだ!ボウジン、あたしね、いつかこの宇宙のいろんな景色を見てみたいの。でもその前にまず、この森の向こうにある、海って所に行ってみたいんだ。誰の力でもない、自分の足で。駄目……かな?」


防人ボウジンは軽くため息をつき、窘めるように言葉を返した。


「以前から勝手に城を出ようとしていたのはそういうことでしたか……もちろん、駄目です。姫さまをひとりで我々の目の届かないところに行かせるわけにはいきません。姫さまの身にもしもの事があったらどうするのですか」


そこまで言うと、防人ボウジンは軽く咳払いをした。


「ですがーーー」


穏やかな口調で、彼が続ける。


「ーーートラン・アストラと一緒だと言うのなら、話は別です。何と言っても彼は、姫さまを守護するためにここにいるのですから」


しょげ返っていた光の姫の顔が、その言葉を聞いた途端にぱあっと明るくなる。


「ほんとに!?ありがとうボウジン!

ね、トラン!いいよね?あたしと一緒に、来てくれるよね?」


トラン・アストラは、はしゃぐ光の姫の顔をまっすぐに見つめ、穏やかな微笑みで答えた。


「もちろんだよ。一緒に行こう、エステレラ」


やったあ!と歓声をあげて、姫が嬉しそうに飛び跳ねる。


「ありがとう、二人ともっ。約束だからね!」


そう言うと光の姫はふたりの手を取って陽だまりへと連れ出した。


そのまま戸惑うふたりを巻き込んで、彼女はまたくるくると踊り始める。



柔らかな風が吹く、穏やかな昼下がり。


すべてが、平和だった。』





ーーー星の記憶はそこで途切れた。


傾き始めた太陽の照らす地面から手を離し、わたしは大きく息を吐き出す。


どういうわけかは分からないが、あの続きの光景を『視る』ことは叶わなかった。


恐らくはあの瞬間、トラン・アストラを中心に膨大なエネルギーが集中し弾けた事により、この場の時空が僅かに歪んでしまったのだろう。

それによってあの事件の結末に関するこの場所の記憶は破損し、失われてしまったのだ。わたしが『視る』こともできないほどにーーー。


ふと、わたしは自分の鼻から血が垂れている事に気づいた。


しまった。どうやら無理をしすぎてしまったらしい。

『視る』ことは心身に大きな負担を与える。一度に集中しすぎると、このように目に見える異常が出ることもあるのだ。

こうなることはなるべく避けたいところだったのだがーーーまあ、今回は仕方がないだろう。


落胆する気持ちもあるが、それでも何も得られなかったということはない。むしろ最後の記憶は興味深いものですらあった。


海に行きたいーーー彼女は確かにそう言っていた。明日以降は海岸沿いを『視て』みるのも良いだろう。どこにどんな手掛かりがあるとも限らない。調べてみる価値は十分にあるはずだ。

あの装甲の男や空に浮かぶ顔に関する情報を得られる場所もここだけということはあるまい。もしかすると他の場所からここで起きた出来事が『視える』可能性もある。

星の記憶がある限り、わたしたちの調査するべき場所は無数に存在するのだ。


わたしは鼻血を拭って勢いよく立ち上がり、慌ただしく撤収準備をしている部下たちを見やった。


今日わたしが『視た』記憶映像は、部下たちによってそれぞれナンバリングされた上でひとつのファイルにまとめられ、分析担当へと回される。

#The Outcasts of Heaven Belt。もちろん今後は複製厳禁だ。



それにしても、トラン・アストラはあの後どうなったのだろうか。


時空が歪むほどの衝撃であったことを思えば、彼が生きている可能性は限りなくゼロだ。


だがもし、姫が最期に言っていたように彼が光を受け継いだのだとしたらーーーそんなことが可能であるなら、の話だがーーー彼は時空を超えたその先で、今も生きているのではないだろうか。


そしてひょっとするとそこは、我々の宇宙とは異なるまた別の宇宙なのではないかーーー。




ーーーふとそんなことが頭をよぎったが、すぐに思い直す。事件に遭遇した当事者にいちいち個人的関心を抱いていてはキリがない。なにしろわたしの仕事はこの事件の調査だけではないのだから。


それに、確かな情報もないことを憶測だけで推察することはわたしのポリシーに反する。


原因究明は他の部署の仕事であり、わたしはあくまでそのための手がかりを探しに来たに過ぎないのだ。


大丈夫、焦ることはない。今日という日は調査のために与えられた期間の、まだほんの一日めに過ぎないのだから。



わたしは大きく息を吸い込んで、暫くの間、暮れ行くこの星の空をただじっと見つめていた。







Journey gose on…

この日が来ることをずっと待っていた。

親友の死を目の当たりにした、あの時からずっと。


でもいまは復讐のためじゃない。

俺は、あの子を助けるためにここに来たんだ。


だからーーー。



力を貸してくれ、トビビタ。



次回、星巡る人

第28話 OMNIBUS STAR〜誓いを君に

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