第26話 OMNIBUS STAR〜ある兵士の独白
今回のお話は、『宇宙大魔王ができるまで』編、特に22話とほぼ同時期のお話です。
つまり第一部の数万年前、銀河帝国と宇宙正義がぶつかっていた時代が舞台となります。
前回までは、語り部であるピエロンたちが活躍して戦争を終わらせるという物語でした。
ですが本来、戦争とは特定の勇者が終わらせるものではなく、不特定多数の人間たちの戦いと葛藤と犠牲の泥沼の末に終わるものであると僕は考えています。
今回のお話は、そんな不特定多数の中のひとりだったとある兵士の物語です。
彼がなにを思い、なにを迷い、この戦争という時代を生きたのか。
彼の人生を辿る旅にお付き合いいただけると幸いです。
今回も読んで下さりありがとうございました。
更新は相変わらず不定期ですが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。
それでは次回でまたお会いできますよう。
ーーーそれは、突然やってきた。
「銀河帝国軍だ!!逃げろォ!!」
「走って!走るのよ!!」
「そっちに行くんじゃない!機兵獣が降りてくるぞ!」
「やめろ……やめてくれええぇぇ!!」
真っ赤に染まった夜空の下、崩れ落ちていく日常の中を、兄に手を引かれて必死に走る。
周りには自分たちと同じように恐怖にかられ、我先にと全速力で道を駆ける大勢の人々。その悲鳴と足音が止むことなく反響し、地面がぐらぐらと振動する。
見慣れた街を蹂躙する大小様々ないくつもの黒い影が、逃げ惑う人々を簡単に踏み潰し焼き払っていく様子が視界の端にはっきりと映った。
迫り来る死の恐怖に足がすくむ。そんな俺を励ますように、兄が息を切らしながらも叫んだ。
「脱出ポッドまでもう少しだ!がんばれ!!」
しかし幼い俺たちにとって、津波のように押し寄せる人々の流れの中を逃げ続けるのは困難なことであった。
不意に突き飛ばされ、視点が暗転する。
ーーー転んだのだと理解したときにはもう、兄はそばにはいなかった。
とっさに顔を上げると人混みの中に兄の姿がちらりと見えた。流されまいと必死で抵抗し、人の波を掻き分けてこちらへ向かって来ようともがいている。
兄の元へと駆け寄るべく立ち上がりかけたそのとき、後ろから迫った人々が俺を再度突き飛ばした。
「どけクソガキ!!邪魔だろうがッ!!」
歩道に倒れ、立ち上がれないまま身体を丸めた俺の上を容赦無く踏みつけ通り過ぎて行く幾本もの足。絶え間のない衝撃に息ができなくなり、涙が滲む。
ーーーこのまま死ぬんだ。
と、そう思ったそのとき、すぐ後ろに迫った機兵獣が突然空へと飛び上がった。同時に眩い閃光が走り、あちこちで炎が噴き上がる。
爆炎に巻き込まれて宙へと舞い上がる人たち。その中にはつい先ほど、俺を突き飛ばして走り去って行った一団も含まれていた。
迸る光と凄まじい熱に呑まれていく人波に、一瞬、兄の姿が見えたーーーような気がした。
「兄さぁああああん!!!!」
幼い俺の叫びは、無情にも轟音に掻き消された。
嘘だ。
兄さんは生きている。
兄さんが死ぬはずがないんだ。
だって兄さんはーーー俺の兄さんはーーー!!
力の限り叫びながら爆発の跡へと駆け寄る。
しかしそこには山と積まれた瓦礫と、消し炭となった人の残骸が残るばかりだった。
呆然と立ち尽くした俺の目の前を、帝国軍の巨大な影が悠然と通過する。まるで俺など眼中にもないとでも言うように。
ーーーその日、俺は確かに地獄にいた。
ありったけの憎悪を込めて、歩き去っていく機兵獣の背中を睨みつける。
ーーーそして誓ったのだ。必ず兄の仇を討つと。
星巡る人
第26話 OMNIBUS STAR〜ある兵士の独白
その後のことは、正直よく覚えていない。
おそらく誰か親切な人が助けてくれたのだろう、気がつくと俺は脱出ポッドの中で、生き延びた僅かな人たちとともに惑星を脱出したところだった。
周りの大人たちの会話から、これが脱出ポッドの二号機であることと、一号機は発車直後に機兵獣によって撃墜されたことなどの断片的な情報を得ることができたが、そんなことはどうでもよかった。
いまはただ憎かった。
両親を、星を、そして兄をーーー俺から全てを奪い去った帝国軍が憎くて憎くて仕方がなかった。
そうしてあてのない航海へと旅立った脱出ポッドだったが、その旅は決して快適とは言えなかった。
恐怖、不安、焦燥……そうした不和が蔓延し、限りある食糧や水を巡って争いが頻発するようになった。
最初は小競り合いのようなものであったそれは日を追うごとに大きなものとなっていき、やがて船内を二分するほどの抗争へと発展した。
そのままいけば多分、俺たちは狭い脱出ポッドの中で自滅していたのであろうが、結果的にそうはならなかった。
俺たちは救われたのだ。高エネルギー生命体と、彼らの所属する宇宙正義という組織によって。
超常的な力を持つ種族である彼らの話は聞いたことがあった。宇宙全土を襲う殺戮と略奪を見かねた高エネルギー生命体の一族が帝国に反旗を翻し、平和の為に戦っていることは、帝国軍に怯えて暮らしていた星々にとって希望だったのだ。
尤も、俺たちの星を助けてはもらえなかったがーーーなどと皮肉めいたことをを言っても仕方ない。宇宙正義は高エネルギー生命体を中心に、彼らに賛同する星々や俺たちのような難民を寄せ集めて構成されている出来立ての組織なのだ。全宇宙が混乱している中、全ての星にまで救いが及ばないのは当然のことといえた。
俺たちが誘導されてきた先ーーー難民キャンプとなっ ているNM78星雲の浮遊島には、先にやってきた大勢の難民たちが出身も種族も関係なく肩を寄せ合って生きていた。 しかしよく見ればそこにいるのは老人や女性、けが人ばかりである。
どうやら若い男たちの殆どは宇宙正義軍へと志願していってしまったらしい。
やはり自らの手で仲間の仇を討ちたいと思う者は多いのだろうーーーその気持ちは痛いほどよく分かった。
しかしまだ幼く、軍へ入隊できる年齢ではなかった当時の俺は、今すぐ兄の仇を討ちたいという願いも虚しく戦争孤児として宇宙正義本部コロニーにある施設へと送られてしまった。
そこには同じ境遇の者たちが集まっていたらしいのだがーーー俺にはとてもそんな風には見えなかった。
どいつもこいつも無邪気に笑い、遊び転げている。中には施設を抜け出して、本部に秘密基地を作ろうとしている連中までいる始末だ。
あまりにも能天気だ、くだらないーーーこいつらも親兄弟を失い、星を滅ぼされたてここに辿り着いたのではないのか。どうしてそんな風に笑えるんだ。どうしてそんなに楽しそうにできるんだ。
俺はそんな奴らと一緒に過ごしたりはしなかった。同じ施設にいるにも関わらず、生きている世界が違うとさえ思っていた。
低く舌打ちして、視界の端ではしゃいでいる連中から目をそらす。
所詮こいつらは本当の地獄を知らないのだ。
目の前で大切な人が死ぬ、あの絶望を。
それからの10年、俺は毎日のように鍛錬を積み、戦略を学び、ひたすらにひたむきに努力を重ねた。
全ては宇宙正義軍へ従軍するため、そして兄の仇を討つためだった。
青春らしい青春なんてものはなかった。心の奥にある黒くどろりとした感情が、そうした一切のものを拒んでいた。
その甲斐あって俺はいま、幼い頃からの望み通り宇宙正義軍の兵士としてこの場所にいる。
宇宙正義軍3番格納庫ーーー位相、と呼ばれる特殊な空間にあるというこの場所には、何機もの爆撃機が整備を終えて出撃の時を待っていた。
今から俺は、これに乗って戦場へと向かう。
目の前には出撃を前に隊員たちに檄を飛ばす隊長。そして横には第一部隊の仲間たちが並び立っている。
俺が配属された第一部隊が経歴や戦績に関わらず隊長の目利きによって選ばれることは宇宙正義内では有名な話であり、五人のメンバーがそれぞれ歴戦の猛者から俺のような新人まで揃っているのはどうやらそういうわけらしい。
どうして俺が選ばれたのかは分からないが、そんなことはどうでも良かった。帝国に少しでも打撃を与えられるなら、それだけで充分だ。
初任務にも関わらず、不思議と緊張はなかった。
あるのは胸の内で燃え上がる復讐心と、必ず任務を成功させるという固い決意だけだった。
「…以上だ。各員、配置につけ」
隊長の言葉を受けて、俺もまた仲間たちと同じように
自分の爆撃機へと乗り込む。
心臓が早鐘を打ち、手が震えるーーー怖いんじゃない。これは武者震いだ。
「第一部隊、出撃ッ!!」
目の前の空間が歪み、少し大きめの小型亜空間道が現れる。
初めに隊長機が、続けて仲間たちの機体が次々にその中へと飛び立っていく。
「了解、出撃します」
俺の乗る機体もまた、速度を上げてその歪みの中へーーーその向こうの光の中へと突入する。
俺は喜びを隠しきれないでいた。
…ようやくこの日が来たのだ。
待ってやがれ。あの日の絶望のほんの一端を、今から帝国に返してやる。
光の速度を超え、俺たちは星々の瞬く宇宙空間を飛び続けた。
目指すK56星は、もうすぐそこまで迫っている。
そこにある帝国の軍事工場の爆撃することが、今回の第一部隊に与えられた任務だ。
「時間だ。…行くぞ」
監視衛星の目を掻い潜り、俺たちは惑星の夜の側からK56星へと静かに侵入を果たした。夜の闇に紛れ、編隊を組んだ五機の爆撃機は低空で飛び続ける。
砂漠に低く響くエンジンの音。俺たちの存在を知るのは、頭上に淡く輝く丸い月だけだ。
…見えた。
砂の海に浮かぶ城塞のような影が朧に揺らぐ。
レーダーに示された名も読めない土地。そこにそびえ立つあれが、帝国の軍事工場だ。
「3…2…1……」
隊長の乗る先導機から爆弾が投下されると同時に、間髪入れず俺たち後続機も爆撃を開始した。
空一面に撒き散らされた幾多もの弾薬が眼下の景色へと吸い込まれ、瞬時に爆発を巻き起こす。
紅蓮の炎に包まれる工場一帯。
機兵獣どもをはじめとする強力な帝国の迎撃システムも、突然の爆撃を浴びて成すすべもなく業火の中へと呑まれていく。
作戦成功、大勝利だ。
「全機、速やかに帰投せよ」
「了解」
弾薬庫の蓋を閉じ、先を行く4機に倣って旋回したその時、俺は見た。
眼下に流れる火の海の中を逃げ惑う子供達の姿を。
思わず目を疑った。そんな、どうしてここに子供がいるんだ。ここにいるのは帝国軍兵士だけだったはずではないのか。どうしてーーー?
崩れいく建物が、迫り来る火の手が、次々と彼らの命を奪っていく。
その光景に、かつての兄の姿が重なった。
「応答せよ、なぜ命令に従わない。応答せよ!!」
通信から聞こえてくる声など、耳にも入らなかった。
「…説明をお願いします。なぜ、作戦エリアに非戦闘員がいたのですか」
K56星、帝国軍事工場は俺たち第一部隊によって跡形もなく消しとばされ、焦土と化した。
誰が見ても文句のつけようのない完全勝利ーーーしかし帰投した俺はどうしても納得がいかず、隊長の制止を振り切ってすぐにディレクションルームへと向かい、そこで作戦の推移を見守っていた参謀に対して自分の立場も考えず声を荒げて問い詰めたのだ。
「あの時間帯、工場内にいるのは帝国軍の兵士だけではなかったのですか。……帝国臣民とはいえ何の罪もない者たちをーーーあの星の子供たちを巻き込むことが、我々にとっての正義だと言うのですか!答えてください、参謀!!」
「…あの高度からそれを確認できるとは、君は余程よく目の利く種族の者のようだ」
椅子に深く腰掛けた参謀が俺をまっすぐに見据え、静かに口を開いた。
「K56星の工場内に労働力として子供達が囚われていることは諜報班からの報告で判明していた。しかし今作戦において、私はその事実をあえて君たちに伏せていた。知れば、作戦遂行の妨げになると判断したからだ」
「そんな…!」
抗議しかけた俺を目で黙殺し、参謀は言葉を続ける。
「K56星の軍事工場では機兵獣の核が造られていた。この工場を破壊することが我々にとってどれ程大きな意味を持つことなのかは君にもわかるだろう。戦況を有利に進めるために、あの工場はなんとしてでも破壊しなければならなかったのだ」
「だからと言ってこんなことがーーー!!」
「では君ならどうしたかね」
鋭い氷のような視線が、俺を射抜く。
「知っての通り、K56星は帝国の植民地でなく星王がみずから望んで帝国の軍門に下った星…つまりは宇宙正義の敵だ。敵である以上我々は全力で戦わねばならない。あの工場で働かされていた子供達にとっては不幸なことだが、それも運命だと納得してもらうしかないだろう…。この戦いが宇宙を懸けた戦争である以上、我々に手段を選んでいる余裕などないのだよ」
そこまで一気に淡々と話すと、不意に立ち上がり、俺の肩を掴むようにその大きな手を置いた。
「君の気持ちはわかる。だが帝国を打ち倒し、この宇宙に平和を取り戻すことこそが、"我々にとっての正義"なのだ。我々の勝利が犠牲になった者達への償いになると信じ、我々はこれからも戦わねばならない。そして我々は必ず、この戦争に勝たねばならないのだ。…辛いとは思うが、分かってくれ」
そう言い残してディレクションルームを後にする参謀の背を、俺はしばらくの間、ただ呆然と見送るほかなかった。
それからも俺は幾度となく戦場を飛んだ。
数えきれない程の爆弾を落とし、何万という人々の命もろとも軍事施設を吹き飛ばす。
帝国の勢力であれば兵士も民間人もお構いなしだ。その時その場にいた生きとし生けるものはすべて、眩い閃光と灼熱の炎の前に為すすべもなく焼き払われていった。
その地獄の中で助けを乞う声が、死に抗う絶叫が、届くはずもない俺の耳に木霊する。
ーーーやめろ、やめてくれ。
俺は何も見ていない。何も聞いていない。
奴らは敵だ…敵なんだ。
どれだけ耳を塞いでも止まないその声を、何度頭を振ってもフラッシュバックするその光景を振り払うため、あの日の言葉をひたすら自分に言い聞かせ、今日も俺は敵地へと向かう。
これは"我々の正義"のためだ。
俺は何も見ない。
俺は何も聞かない。
何も、何も、何もーーーー……。
「おい、第五部隊のイドラ・イドル隊長の話聞いたか?」
「あぁ…偵察任務の最中に戦死したんだってな。惑星GHの軌道上で見つかったって聞いたぜ。なんでもフィネ副司令が自ら調査に向かったとか」
「イドラはフィネの昔の教え子だったからなあ。きっと自分の目で確かめたかったんだろう」
第一部隊の仲間たちが神妙な顔で話し合っているのを、俺はぼんやりと眺めていた。
行方不明となっていた宇宙正義の女兵士が物言わぬ帰還を果たしたこの事件は、組織内に大きな波紋を呼んだ。
帝国の仕業説、裏切り者説、第三勢力説など根も葉もない噂が組織内を飛び交かったが、その真相は謎のままだった。尤も幹部や隊長以上のランクの者には知らされているのかも知れないが、そうした重大な情報というものは俺たちのような末端の兵士には届きはしないのが常である。今更気にすることではなかった。
これは戦争なのだから、人が死ぬのは当たり前だ。ましてや兵士となればいつ敵に殺されたとしても不思議ではないし、それが任務中なら尚更である。
皆騒ぎすぎではないだろうかーーーそんなことより今は、数時間後に迫った出撃に備えて集中するべきだ。
今回の任務はMO星にあるという帝国軍の兵器格納庫の爆撃だ。ここさえ破壊すれば、一週間後に控えたY5星帝国軍事工場襲撃作戦において帝国の増援が来ることを防ぐことができる。作戦の成功率を倍以上に跳ね上がることができるのだ。
「第一部隊整列ッ!」
隊長の檄が飛ぶ。
さぁ、出撃だ。
準備は万端だった。
間違いなく成功させるはずだった。
なのにーーーなぜ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
それはMO星へと侵入を果たしたその時、不意にやってきた。
レーダーを埋め尽くす無数の点。上下左右から五機の爆撃機を取り囲む数えきれないほどの異形の影。
それはーーー。
「機兵獣だッ!」
「そんなバカな!なぜ我々の作戦がーーー!?」
瞬間、眩い光が暗闇を裂いたーーーそれが機兵獣から放たれた光線だと理解したとき、既に仲間の一機は轟音と共に爆発四散していた。
「総員退避ッ!退避せよッ!!」
あまりの出来事に呆気にとられていた俺は隊長のその言葉に我に返り、操縦桿を握って素早く旋回する。
編隊などとうに崩れ去り、蜘蛛の子を散らすように各々星の外を目指す四機のその行く手を、無数の機兵獣が阻んだ。
第一部隊の搭乗する爆撃機には機関砲などの攻撃兵器は搭載されていない。そうした戦闘は第三部隊の役目であり、俺たちはあくまで爆弾を投下するための部隊に過ぎないからだ。
つまり今の俺たちにできるのは、ただひたすらこの星から逃げることだけだった。
コックピットに設置された緊急用テレポートバッヂにちらりと目をやる。
ーーーせめてこれが使えたら…!
テレポートバッヂは飛行中の爆撃機内では起動させることができないのだ。空間の座標の微調整だとかなんとかが関係しているらしいが俺にはよく分からない。
くそっ、肝心な時に役に立たねぇ道具だ。
低く舌打ちし、飛び交う光線を紙一重で躱したとき、少し離れたところで再び爆発が起きたのが視界の端に映った。
通信機越しに届いた耳をつんざく悲鳴がノイズに変わり、同時に翼竜を思わせるフォルムの機兵獣が黒煙の中から姿を現わす。
さらに上空からは蛇のような機兵獣がその体躯をしならせながら迫ってくる。
ーーーちくしょう。
眼下に広がる地上では二足歩行型の巨大な機兵獣がのし歩いている。
この星のどこにも逃げ場は、ない。
ーーーちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……!!
結局俺は何も変わっちゃいなかったんだ。
帝国に追われ逃げ惑った幼きあの頃から、なにひとつとして。
「やめろ……やめてくれ!死にたくない!!死にたく……俺は……俺はまだッ!!アァアアアア!!!」
「母さん……ごめんよ!ごめ……!!」
連続する爆発音。
断末魔を残して次々と途絶えていく通信。
どうしようもない無力感に苛まれながら、機兵獣の間を縫うように飛び、死にゆく仲間たちを置き去りに俺はひたすら大気圏を目指す。
なぜ俺がまだ撃墜されずに生きているのかーーー生きていられるのかは分からない。分からないがたぶん、偶然とか運とかいう抗いようのないものの力によるものなのだろう。
ーーーなどと思っていられたのも束の間のことだった。
機兵獣の追撃を振り切ったかに思えたその瞬間、地面から光の柱が立ち上り、俺の爆撃機の翼を撃ち抜いたのだ。
「ッ!?」
それは帝国の虎の子兵器、フラッシュプリズム・コンバーターの光だった。その強烈な悪魔の光がこれまで宇宙正義に与えてきた被害は数知れない。
狙いが外れたのだろうか。仲間たちのように一撃で爆発四散させられなかったのは幸いだった。
尤も、錐揉みしながら地面へと堕ちていく俺にはそれを有り難がる余裕はなかったが。
頭上に降り注ぐ火花、煙と轟音と共に墜落する機体。
その勢いでコックピットのハッチが開き、俺は為すすべもなく宙へと放り出され、一瞬ののちに地面を転がった。
全身を走る衝撃に不意に目の前が暗くなる。 薄れかける意識を辛うじて繋ぎ止め、それでも立ち上がろうともがいたとき、俺はいま自分がいるそこがぬかるみになっていることに気づいた。
顔を上げると少し離れた地面に爆撃機が転がっているのが見えた。片翼を失い無残な姿を晒してはいたが、なんとか原型は止めている。
痛みをこらえて立ち上がり、足を引きずりながら急いでその方向へと向かう。
帝国軍の兵士がここにやってくるのは時間の問題だ。だがその前にコックピット内にあるテレポートバッヂを起動させられればこの星から脱出することもできる。急がなければーーーそんな僅かな希望は、駆け足で近づいてくる足音によってあっけなく踏みにじられた。
咄嗟に茂みの中に飛び込んで身を隠す。と、同時に反対側から敵兵と思われる人物が姿を現した。
頭上で未だ行われている戦闘の爆発音、あるいは機兵獣の歩き回る音やその咆哮にも似た金属音のおかげだろうかーーー敵兵は俺が茂みに隠れた際の音には気がつかなかったらしく、銃を構えたまま慎重に辺りを見回している。
そのまま奴はゆっくりと墜落した俺の爆撃機の方へと近づいていく。
俺は背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
テレポートバッヂはあの中だ。
ーーーどうする。
左腰のホルダーに手を伸ばすと、二丁の銃が指に触れた。
ひとつは銃身に対して広い口径が特徴のスタン・ガン。スタンボールと呼ばれる手のひらサイズの弾を装填することで使用できる特殊銃であり、敵を痺れさせて体の自由を奪うことを目的としているため殺傷能力は低い。主に捕虜の拘束などに使われることが多い。
これを使えばーーーいや、ダメだ。先ほどの落下の衝撃により砲身がへし曲がってしまっている。
弾薬であるスタンボールもそれ単体を相手に投げつければ同じ効果を得られるが、元々そんな使用方法は想定外であるためか投げた本人も数秒間の反動を受けることになるのだという。
今この状況でこれを使うのは命取りになりかねない。
だとすれば残された手段はーーー。
俺は音を立てないよう意識を集中させ、もう一丁の銃をホルダーから引き抜いた。
プラズマ銃ーーー高密度のプラズマを放ち標的を殲滅する宇宙正義の強力な小型銃だ。
命中さえすれば人ひとり殺すことなど訳ないだろう。
手汗が滲み、早鐘を打つ心臓が肋骨を痛いほどに叩く。
訓練は積んできたとはいえ、直接人を撃つのはこれが初めてだった。
しかし躊躇っている暇はない。敵兵が目の前のひとりしか居ない今が最大のチャンスなのだ。
一瞬目を閉じ、ざわつく心を落ち着ける。
奴は帝国の兵士だ。俺の星の、両親の、そして兄の仇だ。俺はそんな帝国に復讐するために今まで生きてきたーーーそうだ、いつも通りじゃないか。
俺は宇宙正義の一員で、目の前のアレはただの敵だ。俺たちの正義を成す為に、殺さなければならない存在なのだ。
ふっと心が軽くなる感覚がして、俺はプラズマ銃のグリップを握る手に力を込めた。
チャンスは一度きり。
失敗は、許されない。
永遠にも似た時間の中、辺りを警戒していた敵兵が爆撃機の中を覗くべく俺に背を向けたーーーその瞬間を俺は見逃さなかった。
ーーー今だッ!!
痛みを堪えて茂みから転がり出ると、同時にプラズマ銃を前に突き出し、間髪入れずにその引き金を引く。
辺りを包む眩い光と、何かが弾ける音と共に、あまりにも呆気なく決着はついた。
振り向いた敵兵は銃を構える間も無く、血しぶきを撒き散らしながら紙くずのように舞い上がり、無様に地面に崩れ落ちて動かなくなった。
荒い呼吸をなんとか整え、ぬかるみの中を足を引きずりながら爆撃機へと急ぐ。
他の敵兵たちが今の光や音に気づいてこちらに来る前に、なんとかテレポートバッヂを起動させなければならない。
「…!?」
爆撃機が目の前に迫った時、おそらく敵兵の懐から滑り落ちたのであろう一枚の紙切れが、ぬかるみの中に落ちているのが目に入った。
「なんで…どうして……」
思わず声が漏れる。
信じられない思いで拾い上げた泥塗れのそれは色褪せた写真だった。
それは幼いころ、俺と父さんと母さん、そして兄さんの四人で撮った唯一の家族写真だった。両親の死後、俺を励ますために兄さんがずっと持っていたーーーあの日あの時、一緒に炎の中へと消えたはずのものだった。
なのになぜ…どうして、それを敵兵であるこの男が持っているんだ。
激しく震えだす手を抑え、俺は痛みも忘れて死体の方へと駆け出した。
足元に転がる敵兵は、まるで胃袋で爆弾が炸裂したかのように腹の部分だけを失っていた。胸の下にぽっかりと空いた空間には、背骨と肋骨と僅かな肉塊しかない。
しかし俺は死体の損傷具合など気にも留めず、ただその顔だけを見下ろしていた。
酷い火傷の跡が目立つ、安らかとは言えない死に顔に、どこか見覚えのある面影が重なる。
「そんな…うそだ…嘘だ……ッ!!」
こいつは……この男はーーーまさかーーー!?
「…兄…さん…!?」
呆然と呟いたその問いに彼が答えることはなく、言葉は虚しく霧散し、宙へ溶けた。
そこからどのようにして帰還を果たしたのか、俺はよく覚えていない。
ただ気づいた時、俺は既にディレクションルームにて参謀たちに報告を行なっているところだった。
いつの間にか脚や腕などの怪我の手当てまでされている。しかし自分がいつ医療班による治療を受けたのか、それすら覚えていない。
ぼんやりと耳に入ってくる幹部たちの話からするに、現状、帰還した第一部隊は俺だけのようだった。
隊長たちは恐らく、もう生きてはいないだろう。
作戦失敗の代償は余りにも大きかったが、今の俺にはそんなことはどうでも良かった。まるで全てが遠い世界での話のように思えていた。
「……今回のことは残念だったが、君だけでも戻って来られたことを私は嬉しく思う。ご苦労だった。隊員たちの弔いの日は追って連絡する。それまで身体を休めていてくれ」
そう言ってくれた参謀に、俺は曖昧な言葉を返してディレクションルームを後にする。背後では幹部たちが一週間後の作戦までに第一部隊をどのように再編成するのかを話し合っているようであったが、俺はそれに全く関心が持てなかった。
ひと気のない廊下をひたすらに歩く。
どこへ向かおうとしているのか自分でもわからないまま、ただただ歩く。
ーーー俺は、何のために戦ってきたのだろう。
帝国への復讐のため?…馬鹿らしい。
俺のしたことと言えば、罪もない人々を殺し、挙句自らの手で兄の命を奪っただけじゃないか。
これのなにが復讐だと言うんだ。
俺は…俺は……!!
当てもなく彷徨い、ふと我に帰ると俺は第三格納庫に立ち尽くしていた。
ここから初めて出撃した時のことを、ついさっきのことのように思い出すーーー尤も、今の俺にとってはそれは忌まわしい思い出に過ぎなかったが。
格納庫に横たわるスクラップ同然の爆撃機におぼつかない足取りで近づくと、テレポートバッヂで一緒に帰ってきた愛機には、あの時の血飛沫が未だに生々しくこびりついていた。
それをゆっくりと指の腹で辿り、僅かに付着した血痕を呆然と眺める。
気が付くと俺は泣いていた。
やりきれない怒り、取り返しのつかない後悔、もはや抑えることもままならない程の深い悲しみーーー心の中に津波のように押し寄せる自責の念が、俺の視界を暗く覆い尽くしていく。
ーーーもう、俺には戦えない。
戦う理由も、そのための意思も、なにもかも、俺にはもうないのだ。
ごめん……ごめんよ……兄さん……!!
俺は腰のホルダーからプラズマ銃を取り出すと、躊躇いなくその銃口を自らのこめかみへと向けた。
痛みはきっと一瞬だ。数秒後にはプラズマの弾が俺の頭蓋骨もろとも心の中の絶望を吹き飛ばしてくれるだろう。
目を固く閉じ、今まさに引き金を引こうとしたその時、誰もいなかったはずの第三格納庫に声が響いた。
「ん〜、なかなかいい感情だ。期待どおりだよ」
弾かれたように振り向くと、そこには軍服を着たスキンヘッドの男が薄笑いを浮かべて俺をじっと見据えていた。
「……フィネ…副司令…?」
なぜ宇宙正義のNo.2がこんなところに……?
戸惑う俺を余所に彼は軽やかな足取りで近づいてくる。
「可哀想に、よほど酷い目に遭ったようだ。いまボクが楽にしてあげるよ」
ーーー違う、彼はフィネ副司令じゃない。
俺の直感がそう告げた時にはもう遅かった。
フィネ副司令の姿をした何者かは俺のすぐ目の前に立ち、狂気に目を躍らせながらその手でそっと俺の額に触れた。
「おつかれさま」
瞬間、俺は自分の心に語りかける声を聞いた。
ーーー自分の感情に素直になりなよ。そうすればキミの心は救われる。
自分の…感情…?
ーーーそうさ。いくら足掻いても報われない、理不尽なキミの運命が憎いんだろう?
……憎い、憎いさ。何もかも…この宇宙の全てが……!!でも、俺にはなにも…。
ーーーだったら目を閉じて、心を感情に委ねるんだ。
たったそれだけで、キミの望むものは全部手に入る。
俺の…望むもの……。
俺はその言葉に抗うことができなかった。
視界が瞼に遮られると同時に、溢れかえった暗闇が心を包む。
その中にどっぷりと沈み込んでいく感覚は、なぜかどうしようもなく心地が良かった。
ーーーおやすみ。
そのまま俺はどこまでも、どこまでも、果てのない深淵へと堕ちていくーーー…。
暗闇に 一条の光が射し込み、俺は思わず目を開けた。
「ここは…?」
思わず辺りを見回すが、光が溢れるばかりでなにもない。
その時、背後から不意に声を掛けられた。
俺の名を呼ぶ、懐かしい声。
振り向くとそこには、死んだはずの兄さんがいた。
兄さんだけじゃない。父さんも、母さんもいる。
みんな俺の記憶の中にある、あの時の姿のままだ。
「ほら、行くぞ。早く来いよ」
優しく温かい兄さんの声に、俺は涙をこらえる事ができなかった。
しあわせな気分で涙を拭い、大きく頷く。
「うん…いま行くよ、兄さん!」
その瞬間ーーー俺の気持ちは少年時代に返り、俺を待つ家族の元へ、笑顔で駆け出した。
Journey gose on…?
「A journey to the stars」
惑星Ω-1。
かつて宇宙の宝石と謳われたこの星で、あの日何が起きたのか。
それを解明するために、私はいま、ここにいる。
次回、星巡る人
第27話 OMNIBUS STAR〜Only Lonely Glory




