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星巡る人   作者: しーたけ
25/54

第25話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで④この宇宙に正義の花束を

彼もまた、星巡る人。


宇宙大魔王ができるまで編、これにて完結。

全4話という長尺の物語となってしまいましたが、当初の構成通り書ききることができて嬉しいです。



さて、この物語には所謂チートというものが存在せず、全てのものに長所と短所があるように構築されています。


エメラやラセスタやピエロンはもちろん、トランやデナリ、オルトにウルマ・アストラでさえも、強いけれども、決して無敵ではないのです。


なぜか。


それはこの世に完璧なものなど存在し得ないからです。


だからこそ手を繋ぎ、支え合って前に進む。『星巡る人』は、そういう人たちの物語なのです。


これからもそんな彼らの旅路をどうか見守っててやってください。



いつもたくさんの閲覧ありがとうございます。

更新は不定期ですが、未完結で放り出す事はしませんので気長にお待ちください。


それでは次回でまたお会いできますよう。

「太陽の……戦士……?」


眩い光の中から現れた高エネルギー生命体ーーーウルマ・アストラが、その星を宿す瞳に"道標(サイモン)"を映したまま、臨戦態勢をとるようにゆっくりと身構える。


「キミは……へぇ、なるほどね。正の意思に呼ばれたってところかな。別の宇宙から遥々ご苦労様。でも残念なことに、この宇宙にはもう君の同族ともだちはひとりも残っちゃいないよ?」



どこからか響く嘲るようなオルトの声にも動じることなく、彼は静かに答えた。


「確かに俺はこの宇宙の仲間たちを助けることはできなかった。だが、それでもここにはまだ救うことのできる多くの生命ともだちがいる」


「面白いね〜、キミ。たかだか高エネルギー生命体風情が、ボクを止められると思っているのかい?」


その言葉を受けて初めて、ウルマ・アストラの顔に不敵な笑みが浮かんだ。


「やればわかるさ」


「あっそ。じゃ、お望みどおりにしてあげるよ」


言うや否や"道標(サイモン)"から放たれるどす黒い光。瞬時にこちらへ押し寄せるその波がウルマ・アストラをひと息に呑み込もうとしたーーーその時、目も眩むような光が迸り、目前まで迫っていた黒い波が掻き消されるように弾け飛んだ。


「なに……?」


その瞬間、オレは彼のその大きな背中に、銀色に輝く光の翼を見たーーーような気がした。しかしそれはまるで幻であったかのように、 瞬きの間に消えてしまっていた。


「……ふぅん、楽しくなってきた」


オルトが低い声で呟くと同時に"道標(サイモン)"の触手が唸り、その赤い瞳がウルマ・アストラを捉えた。


「ーーー行くぞ!」


飛び上がるウルマ・アストラ。"道標(サイモン)"の撃ち出す無数の紫の閃光を掻い潜り、驚異的な速度で一気に距離を詰める。


「はぁあああッ!!」


両手をスパークさせ、次々と光の束を"道標(サイモン)"に対して放つ。それらが全て触手に弾かれたと見るや、数百の光弾を絶え間無く叩き込む戦法へと変えて対抗する。


空中で繰り広げられる一進一退の攻防。まさに死闘と呼ぶに相応しいそれを、オレはただ眺めていることしかできなかった。


ちくしょう……オレにはなにもできないのか……!



「……ん?」


ウルマ・アストラの放った光弾の幾つかが触手を潜り抜けて"道標(サイモン)"を追う。しかしそのすべてを、さも当然のように球状のバリアが受け止める。瞬間、攻撃を受けたバリアが水面のように揺らぎ、その表面に大きな波紋が広がるーーー。



「ーーーッ!?」


そのときオレは確かに見た。そして気づいたのだ。


そうかーーーあのバリアはーーー!!



その時、上空で激しい戦いを繰り広げていたウルマ・アストラの身体から不意に光が抜け落ちた。彼の掌に創り出された光球が霧散し、粒子となって空気に溶ける。


「!?」


ウルマ・アストラの顔に一瞬浮かぶ動揺。その僅かな隙を突いて振り下ろされた触手の重い一撃が、彼の身体を眼下の地面へと叩きつけた。


「ぐうぅッ!」


濛々と立ち込める土煙。オレは転がるようにして丘を駆け下りると、彼の倒れるその場へと急いだ。


「おい、あんた大丈夫か!?」


クレーターのように窪んだ地面の中央で、ウルマ・アストラはその上体を起こして自分の拳を見つめていた。


「時間切れ、か」

「え?」


駆け寄ったオレの顔を見て、静かに口を開く。


「いまの俺はこの宇宙にとって異物……この宇宙自身によって排除されるべき存在ということらしい。エネルギーの消耗が激しいこの環境で俺が全力を出せるのは残り僅かな時間だけだろう。俺の力が尽きる前に、なんとかあのバリアを破らなければ」


そう言って立ち上がろうとした彼に、オレはニヤリと笑ってみせた。


「方法ならあるぜ。ただし、保証はねぇがな」


それに応えるかのように、彼の顔にも笑みがよぎる。


「聞かせてくれ」


オレは早鐘を打つ心臓を抑え、つい今この目で確かめたことを伝えるべく大きく息を吸った。


「いいか、"道標やつ"のバリアは無敵じゃない。あんたがさっき撃ち込んだ光弾が触手を掻い潜って連続で直撃した時、一瞬だけバリアが消失するのをオレは確かに見た。おそらくあのバリアに大した耐久性はねぇ…だからあの八本の触手でその欠点を補ってやがるんだ」


上空に佇む"道標(サイモン)"が、勝ち誇ったかのように鐘の音を響かせる。それはまるでオルトの高笑いのようだった。


「バリアの消失から復元までの時間は約3秒。奴の意識とあの厄介な触手が防御の一点に集中するその隙に、ガラ空きになった傍を狙えば、勝機はある」


「……なるほど。やってみる価値はありそうだ」


こんな状況だというのにも関わらず、まったく悩むそぶりも見せずに即答した彼のその言葉に思わず笑ってしまう。


「いいのか、そんなあっさり信じたりして。もし失敗したら、その時はあんたもオレと一緒に死ぬんだぜ?」


オレの笑みにつられるように、彼もまたこの状況に似つかわしくない穏やかな微笑みを浮かべる。


「確かにそうだな。君の言う通り、保証もなにもない。これは君が見た光景とそれに基づく仮説だけが頼りの、無謀極まりない作戦だ。……だが、それでも俺は、この作戦に自分の命を懸ける価値があると思っているよ」


彼は立ち上がり、まるでわけがわからないと言った表情を浮かべていたオレの肩を軽く叩いた。


「一緒に戦う友達を、信じなくてどうする」


その言葉に、オレは心が奮い立つのを感じた。

照れ隠しのように笑い、彼に応えるように頷く。


「……あぁ、そうかもな」


言いながらオレは、手にした歓びの剣を彼に差し出した。


「あんたが使ってくれ。たぶん、その剣はあんたを呼んでる」


言葉が自然と口をついて出てくる。しかも、なぜか妙な確信があったーーーもしかしたら歓びの剣自身が彼に渡すようオレに伝えてくれていたのかもしれない。


「……わかった。借りさせてもらう」


微かな光を帯びていたその刀身が、彼が受け取った途端にその手の中で太陽のような輝きを放つ。


「さぁ、いこうぜ」


覚悟を決めてサムタンキューブにメモリクレイスを挿し込むと、すでに限界近いそれが火花を散らしながらも方形の飛行船へと変化する。


勢いよくそれに飛び乗り、今まさに発進しようとした瞬間、彼からオレに予想外の問いが投げかけられた。


「待ってくれ。君の名前を、教えてくれないか」


兜の下で思わずニヤリと笑い、"友達"からのその問いに答えるべく高らかに名乗り上げる。


「ーーー宇宙大魔王、ピエロン田中だ。覚えておけよ、ウルマ・アストラ!」


オレたちの動きを察知したのだろう、"道標(サイモン)"が再び威嚇するように八本の触手を大きく広げる。

赤い瞳がウルマ・アストラを映し、紫の光を放とうとしたーーー寸前、その視界を遮るようにオレは飛行船を加速させて奴の正面へと割り込んだ。


眼下で剣を掲げたウルマ・アストラの身体が光に包まれるのがチラリと見えたーーーおそらくあの一撃に全てを賭けているのだろう。


……ならばオレのすべきことはただ一つだ。


"道標(サイモン)"から放たれた幾千の光線を紙一重で躱しながら急接近し、衝突する直前に顔を掠めるようにして急上昇する。


「分からないなぁ。キミたちはこの状況でどうして諦めないんだい?何をしたって、どうせ死ぬって言うのに……どうかしてるよ」


"道標オルト"の視線がオレを追っているのがわかるーーーよし、作戦通りだ。


「へっ、てめぇにゃ一生分かんねぇだろうよ!」


オレは二枚の簡易生体コネクタを取り出した。すでに限界を迎えている機体サムタンキューブに、これを貼り付けたらどうなるのかなんて考えなくても察しがつく。


それでも、やるしかないのだ。


オレは手にした二枚をコックピットに貼り付けると、空中で反転して急降下し、"道標"へと一直線に突っ込んだ。


チャンスは一度きり。失敗は、許されない。

ーーー頼むぜ。


祈りを込めて、手のひらに転がる二本の鍵を生体コネクタに突き挿す。


「喰らいやがれッ!!」


ーーーーDRILLーーーー

ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー


撃ち出した光の束が、ドリルのように回転しながら唸りを上げる。その一撃を防ぐべく八本の触手が素早く動いた。


「うおおおお!!」


八本の触手と光線が激突し、鍔迫り合って拮抗する。


激しく揺れるコックピット内に、火花が雨のように降り注いだ。


ーーー耐えろ……耐えてくれ……!!


次の瞬間、生々しい音と共に触手が弾けた。粉々になって飛び散る肉片の中、"道標(サイモン)"が悲鳴にも似た音と共に大きく仰け反る。


しかしドリル状の光線もまた"道標(やつ)"に届きはしなかったーーー触手を打ち破ると同時に急速に出力を失い、飛行船もろとも跡形もなく消えてしまったのだった。


サムタンキューブに限界がきたのだーーーそう気付いた時、オレの身体は既に宙に放り出されていた。


「あ……!」


ぐらりと傾く視界。口から漏れるあまりにも間抜けな声。


ーーーしまった……!!



小箱と三本の鍵と共に、為すすべもなくただ地面へと堕ちていく。



すべてがスローモーションのようだ、とぼんやりと思った。


一体これで何回目だろうか。幾度となく"死"が喉元を掠め、その度にしぶとく生き残ってきた。でも、今度ばかりはーーー。


「残念、惜しかったね。それがキミたちの"希望"の限界さ」


小馬鹿にしたようなオルトの声が、耳元に木霊する。


「仲間たちのーーー田中やゼノビアのところに送ってあげるよ。感謝してね?」


閉じた瞼の裏に、二人の顔がはっきりと見えた。


ーーーいや、まだだ。


目を見開き、前方に向けて右手を思い切り伸ばす。その先にあるのは、鈍く光を反射しながら落ちていく一本の鍵。


ーーーオレはまだ、諦めねぇ!!


それを掴み取ると同時に、反対の手で左腰からサムタングリップを抜く。そしてそのまま流れるように柄の先端に鍵を挿し込んだ。


「オレたちには、"道標てめぇ"の道案内なんざ必要ねぇんだよ!」


ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー


ペンシル状に変化したそれから目も絡むような光が放たれ、触手を失った"道標(サイモン)"のバリアに炸裂する。


地面に向けて落下している最中である自分が、このあとどうなるのかーーーそんなことを案じている余裕などなかった。いまはただひたすらにバリアを破ることだけを考え、光を撃ち放つサムタングリップ(ゼノビア)を必死で前方に突き出していた。


「届けぇええええええ!!!」


球状の壁がその威力の前に大きく波立ち、歪み、形を変える。


バリアの中から長く尾を引くような鐘の音が響き渡り、そして次の瞬間、まるでシャボンの泡が弾けるように、呆気なくバリアは消え去った。


「今だぁーっ!!ウルマァアアアアアアッ!!!」


落下しながら叫ぶオレの真横を、暖かい光が通り過ぎた。それはまるで光の矢のように瞬時に空を駆け上り、"道標(サイモン)"へと迫る。


「キミたちは本当におもしろいね。どうしてキミたち如きに"道標"が圧されているのか、全く理解できないよ。この力は……一体なんなんだい?」


「ーーーお前が見下していた力だ!!」


光と化したウルマ・アストラが歓びの剣を掲げ、がら空きとなった"道標(サイモン)"の胴体に一直線に突っ込んだ。


「……へぇ、くだらないなぁ」


オルトの捨て台詞に重なるように響く鐘の音。


衝撃波が空間に迸る。まるでそこに太陽が生まれたかのような光と熱が辺り一帯を包み込み、"道標"が宇宙を震撼させる絶叫とともに消滅していく。


その光の中心部で、肩越しに振り向いたウルマ・アストラが大きく頷いた。

それを見たオレもまた、思わず口元に笑みを浮かべる。



ーーーやったぜ。


オレたちは勝った。

今度こそ、この宇宙に平和が訪れる。


しかしオレがそれを体験することはないのだろう。


何秒後か何十秒後かはわからないが、その時はきっともうそんなに遠くはない。じきに"死"はオレを迎えに来る。


なのに不思議と恐怖心はなかった。


後悔がないと言えば嘘になるがーーーいいさ。それでもオレは、自分にできることをやりきったんだ。




"道標(サイモン)"を呑み込む眩い光が、そのまま拡がってオレの視界を覆い尽くす。




突き抜けるような浮遊感。

どこまでも果てしなく続く白く染められた世界。



懐かしく暖かいその煌めきの中、オレの意識はまるで眠りに落ちるかのように穏やかに遠のいていった。









星巡る人


第25話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで④この宇宙に正義の花束を








ーーーピエロンさん。起きてください。



誰だ……オレを呼んでいるのか?



ーーーあなたに、お願いしたいことがあるのです。



もうやめてくれ、オレはもう死んだんだ……あの高さから落ちて生きているはずがない……生きてるはずが……生きて……る?


「うはぁ!?」


目を開けて上半身を勢いよく起こし、反射的に自分の顔を覆う兜に触れる。強固な鎧の中で、オレの身体は何ひとつの不自由もなく動いた。


オレ……生きてんのか……?


もしかしたら夢なのか、と思った瞬間、立ち上がった身体のあちこちに遅れて激痛が走るーーーどうやらそういうわけでもないらしい。


今度ばかりはもうダメかと思っていた。我ながらしぶといもんだな、などと思いながら周りを見渡し、ようやく今いるこの場所の不可思議さに気づく。


「なんだここ……」


思わず呟く。


そこは極彩色のエネルギーが渦を巻くトンネルのようや奇妙な空間だった。オレの背後からはるか前方へ向けて、まるで水中であるかのように光が流れていく。


足場もないはずのその中で、オレはただ平然と立ち尽くしていた。


乾いた笑みが口から漏れる。

……どうやら死に損なっただけでもないらしい。


帝国軍との戦い、宇宙正義の裏切り、仲間たちの死、オルトに"道標(サイモン)"、そしてウルマ・アストラ……トンデモない出来事ならもうたくさんだ、勘弁してくれーーーそう思わずにはいられない。


おそらくここはオレのいた宇宙から少しズレた次元なのだ。あの爆発のはずみでオレという存在は本来の位相から弾かれ、この空間に紛れ込んでしまったのだろう。


……と、冷静に事態を分析したところでオレにできることなとない。脱出したくともこんな特殊空間に出口があるのかどうかすら怪しい。


冷たい汗が背中を伝ったその時、聞き覚えのある声が空間に響いた。



ーーーここは宇宙が元に戻る過程で発生した時空の狭間。あなたはいま、時間を超える旅をしているのです。



この声は……。

オレの目の前に一枚の羽根が舞い落ちた。そのガラス細工のように滑らかな表面が光を放ち、徐々に人の形を成していく。


「……マホロ・リフレインか」


声の主ーーー人の姿となった星宿の地図が、オレをまっすぐに見つめて頷く。


「あなたたちのおかげで"道標(サイモン)"は消滅し、わたしたちも正の意思の分身としてあるべき姿を取り戻すことができました。この宇宙の危機は、ひとまず去ったのです」


「ひとまず、だと?」


訝しげなオレに彼女は悲しそうな瞳を向ける。


「はい。残念ですが負の意思との戦いはまだ続いているのです。

あのとき……歓びの剣の一撃を受けて"道標(サイモン)"を失った瞬間、同化していた負の意思もまた姿を消しました」


「一緒に倒されたんじゃねぇのか」


「いえ……微かにですが、この宇宙にまだ気配を感じます。正の意思と負の意思は相反するが故に、互いに存在を察知することができるのです。もっとも、正の意思の分身の中でそれに長けているのは星のかけらですが……」


ウルマ・アストラの渾身の一撃を受けてもなお、オルトが生きているーーーその事実に頭を力一杯殴られたような衝撃を受ける。


しかしその事実には疑問点もあった。


「……だとしたらどうして何もしてこない。負の意思は単独でも宇宙を滅ぼすこともできるって前に教えてくれたよな。だったらあの状況からでもーーー」


「だからこそ不思議なのです。あれだけの力を持っていたにも関わらず、あんなにあっさりと……確かに"道標(サイモン)"のように全ての宇宙を創り直すことはできなくとも、負の意思の力ならあの状況からでもひとつの宇宙を滅ぼす程度のことは造作もなかったはずなのに」


その言葉にハッとする。


「つまり、オルト(あいつ)は自分から手を引いた、ってことか…?」


「これはわたしの想像に過ぎないのですが……もしかすると、今回のこの戦いは単なる実験だったのかもしれません。負の意思が、正の意思を利用できると確認するためのーーー」


頭をよぎる"道標(サイモン)"のおぞましい姿。


……その実験は確かに成功してしまった。集められた正の意思の分身はマイナスへと変換され、全ての宇宙を滅ぼす負の化け物を生み出してしまったのだ。


「ーーーそしてもし、確信を得てしまったのだとしたら。奴はおそらくさらに用意周到な計画と、さらに狡猾な手段を用いて、今度こそ全ての宇宙を完全に滅ぼそうとするでしょう」


大勢の仲間たちの死も、オレたちの戦いも、夢も、理想も希望も、この戦争の全てが奴のためだっただと……ふざけんじゃねぇ!!


怒りに拳を固く握り締めるオレに対し、彼女が放つ言葉は無慈悲だった。


「ですが負の意思に対して、わたしたち正の意思は余りにも無力です。

心星の光は新たな宿主を求めて何処へと消え、星のかけらは戦いの中で砕けました。そして力を使い果たしたわたしはもう、動くことも叶いません」


彼女が差し出した手の中で、真っ二つに割れた星のかけらが弱々しい光を放つ。


「再び力が満ちるその時まで、わたしは星のかけらと共に眠りにつきます。しかし次に目覚めた時、わたしはもういまのわたしではいられないのです」


「どういうことだ?」

オレの問いに、彼女は切なげな顔で微笑んだ。


「正の意思の分身であるわたしにとって、エネルギーとは生命そのものなのです。力を使い果たしてしまった現在いまのわたしの人格は消え、永い眠りの中で新たな"マホロ・リフレイン"として生まれ変わります。星宿の地図は、こうしたサイクルの中で人との繋がりを紡いできました」


"死"を前にしているとは思えないほど淡々と、彼女は語る。


「今のわたしの記憶が次の"マホロ・リフレイン"に引き継がれることはありません。今回の出来事を記憶できるのは、星のかけらだけ……つまり、次に正の意思が目覚める時、この宇宙で負の意思の企みを知る人間はーーー」


「ーーーオレだけ……ってことか」


マホロ・リフレインは静かに頷いた。


「そこであなたに、わたしからの最後のお願いがあるのです。


いまからわたしに残された力を使い、この時空の狭間を抜けた先へ、あなたを送ります。そこはあなたの本来いた時間から数万年後の世界……わたしの未来視が正しければ、正の意思の分身たちはその時代に力を取り戻し、使命を果たすために再び巡り会おうとするでしょう。数奇な運命によって選ばれたその時代の人間たちと共に。そしておそらくそれを狙って負の意思もまた動きはじめるはずです。

ピエロンさん、あなたには正の意思に選ばれたその時代の人たちを助けてあげてほしいのです。

負の意思の干渉を防ぎ、心の闇に付け込まれないように……なにより三つの意思と三人の選ばれた人間が、たくさんの繋がりの先で最果ての地に集えるように」


徐々に薄れ、消えていくマホロ・リフレインの姿。

オレは思わず手を伸ばした。


「お、おい!まだ聞きたいことがーーー」


しかしその手は彼女を突き抜け、虚しく空を切る。


「あなたにばかり、こんな重荷を背負わせて本当にごめんなさい。 ……でもあなたにしか頼むことができないことなのです」


「待てよ!どいつもこいつも……なんでオレなんかに……!!」


白く煌めく翼を広げ、切なげに微笑みながら、彼女はオレの問いに応えるように宙を仰いだ。






ーーー星を巡る者よ


私は願う

この歌が 光年の距離を経て

いつかあなたに届くことを



それは引き合う絆の石

それはふたつでひとつの鍵


選ばれた者たちが手にしたとき

星宿の地図が 約束の場所へ導く



さあ いこう

手と手を繋ぎ

こころを繋ぎ


まだ見ぬ宇宙の その先へーーーー







静かな歌声が、渦巻く光の奔流の中に溶け、消える。


旧宇宙共通語で紡がれたその歌が、確かな意味を持ってオレの胸に響いた。


「ピエロンさんーーーいえ、"宇宙大魔王ピエロン田中"さん。この宇宙を、どうかよろしくお願いします」



静かに微笑み、光の粒子となって拡散していくマホロ・リフレイン。

それがオレの見た彼女の最後の姿だった。





視界に映る全てが朧げになっていく。


気がつけばオレを包んでいたはずの光は遥か彼方へと遠のいてしまっていた。


「ぁ……!!」


声にならない声を上げながら、オレの意識は極彩色のトンネルを抜け、深く暗い闇の中へと沈み込んでいった。








「……ん?」

まるで眠りから覚めた時のように、ごく自然にオレは目覚めた。


視界に映ったのは見知らぬ天井と、窓から差し込む暖かな日差し。

身体を起こしてみれば全身には包帯を巻かれ、装着していた鎧や兜は脱がされて枕元に丁寧に揃えられている。どうやら誰かが手当てをしていてくれたらしい。


とても長い間眠っていたようで、そうでもないような……まるで寝坊した朝にも似た、何処と無くけだるい不思議な感覚に囚われる。


「あら〜、目が覚めたんだにね。よかっただに!」


不意にかけられた声に慌てて振り向くと、扉の前にその声の主はいた。額から伸びる大きな一本角、背中から生える小さな翼、黒い体毛に全身を覆われたその姿は、どう見ても普通の人間ではない。


「怪獣族……?あんたが、オレを助けてくれたのか。ここは……」


彼女ーーーひと目で見分けはつきにくいが、その声や仕草から女性だと分かるーーーが、朗らかに答えた。


「そ、怪獣族。ここはあたしたちの開拓惑星だによ。助けたのはあたしじゃないだにけど……ああ、まだ安静にしてないだダメだによ!あなた身体中に大怪我してるんだにから」


立ち上がろうとしたオレを制し、彼女は何か温かい液体に満たされたマグカップを手渡した。


「それを飲んで、ゆっくり休むだに。あ、そうだ。みんなに教えないと……あなたのこと、ずぅっと心配してたんだにからねーーー」


そういってバタバタと部屋を出ていく怪獣族の女性を見送り、オレは手にした液体を静かに口に運ぶ。


淡く透き通った黄金色のそれはひどく甘く、どこか懐かしい味がした。


「ほらほら、早く来て欲しいだにっ。やっと目が覚めたんだによっ」


扉の向こう側が不意に騒がしくなり、先ほどの怪獣族の女性が誰かを連れて来た。


金色の豊かな体毛に大きな二本の角。見覚えのあるその姿ーーー。


小躍りするような彼女に続いてゆっくりと彼が部屋に入った瞬間、オレは思わず呟いていた。


「イオリ……なのか?」


その言葉を聞いた彼の目が、信じられないとばかりに大きく見開かれる。わなわなと震えるその瞳にみるみるうちに涙が溢れ、零れた。


「あ……あぁ……!勘違いじゃなかったんだに……!あんたは……あんたは本当にホンモノの、あのピエロンなんだにね……!!」


イオリは腕で涙を拭い、しゃくりあげながらも、ぐしゃぐしゃになった顔で精一杯に笑顔を作った。


「ーーーようこそ、怪獣星へ!」







「……なるほど。あのあと、この宇宙にそんなことがあったんだにね」


帝国軍壊滅から宇宙正義の裏切り、"道標"との戦いと太陽の戦士、そしてオレに与えられた使命……オレはイオリにその全てを話した。


この宇宙にオレという存在を知っている人間がいる。それが何よりも心強く、有り難かった。


マホロ・リフレインの話が正しければ、今は元いた時間より何万年も経過した時代ーーーのはずだったが、こうして今、目の前で話を聞くイオリはあの頃から殆ど姿が変わっていないように思えた。どうやら怪獣族というのは途轍もなく長寿な種族らしい。


「今度はイオリたちのことを教えてくれよ。オレたちが出撃したあと、何があったんだ?」


オレの言葉にイオリは深く息を吸い、切なげな表情を浮かべた。


「あの時……おらたちは整備班と一緒に格納庫で、後続部隊の出撃準備をしていたんだに。だけどその時、なんの前触れもなく突然格納庫が爆発して、位相空間そのものが崩れ始めたんだにーーー」


オレは無意識に拳を強く握りしめていた。


ーーーオルトだ。おそらく丁度その頃にあいつが率いる軍勢が宇宙正義の本部コロニーを襲ったのだ。その反動で小型亜空間道と、それを繋ぐ位相が乱れたのだろう。


「位相空間が消滅すれば、取り残された者も一緒に無に帰すだに。だから爆発の中を小型亜空間道ワープゲート目指してみんな必死に走っただによ。整備班のみんなはなんとか逃げられたみたいだったんだにが、おらたちは瓦礫の下敷きになった仲間を見捨てられなかったんだに。空間の崩壊が始まる中、おらたちは仲間を助け出そうとしていたーーーそのとき、なぜかそこに田中が来てくれたんだに」


オレたちの視線が自然と枕元の兜へと移る。


「田中は、ひと目見ただけで分かるくらいの大怪我をしていただに。それなのに仲間を助けるために手伝ってくれて……仲間を助け出したとき、すでに小型亜空間道は閉じようとしてただに。田中はそれを見て、おらにこれを渡したんだに」


そう言ってイオリは懐から取り出した小さな道具ーーーその霞んだ表面が、かつては銀色に光り輝いていたことをオレは知っていた。


「……テレポートバッヂか」


受け取ったその裏面には『惑星NJ』と刻まれている。


「田中はおらたちにテレポートバッヂを渡して、そのまま自分はラボに続く小型亜空間道の中に行ってしまったんだに。"先に避難してて欲しい。おれはまだやらなきゃいけないことがあるから"って……」


ーーーなるほどな。ようやく合点がいったぜ。


おそらくそのあと、あいつは研究室で量産用メモリクレイスの運用を停止させ、さらに位相ネットワークを悪用されないように遮断したのだ。そして力尽きる寸前に歪みの中に取り込まれたーーーだからあのとき、あいつは宇宙墓場あそこに倒れていたのだ。


「田中……!」


あいつの最期の瞬間が頭をよぎり、テレポートバッヂを握りしめる手に力が入る。


しばらくの間、オレたちは無言だった。

イオリは目頭を押さえて宙を仰ぎ、オレは掌のテレポートバッヂと枕元の兜を滲む視界で眺めていた。


「……そのあと、気付いたらおらたちはこの星にいたんだに」


静かに、沈黙を破るイオリの声。


「ここはどうも帝国に滅ぼされた星だったみたいだにがが、幸い物資はまだたくさん残っていただに。おらたちは星中に墜落していたいくつもの小型飛行船を修理して、それぞれの故郷の星に帰るために旅立ったんだに。そこまでは良かったんだにがーーー残念なことに、その頃にはもう、新しい宇宙正義によってこの宇宙は変えられてしまっていたんだによ。"宇宙大革命時代"ーーー今じゃ、その頃のことはそう呼ばれてるんだに」


「革命だと?」


その問いにイオリは頷き、ひと息置いてその恐ろしい時代のことを語り始めた。





まず宇宙正義やつらは宇宙政府を樹立し、戦争で疲弊した宇宙全土の統治を始めた。星間外交正常化への手助けや壊滅した惑星の復興支援、戦争難民の保護……それによって多くの星や人民、生物たちの命が救われたのだという。


しかしそれは、あくまでも"新しい宇宙正義"に属している星や、それを支援している人々に限る話だったのだ。政府は所謂"旧・宇宙正義"を支持していた星々を、帝国軍の残党狩りと称して次々と弾圧していった。


それに反発した星々は打倒宇宙政府を掲げ、反乱軍を結成して政府率いる宇宙正義に果敢に立ち向かった。


宇宙のあちこちで同時多発的に勃発した幾千もの戦いの火種はやがて全土に及び、反乱軍もそれに乗じて規模を大きくしていった。


しかしそれはおそらく奴らの思惑通りだったのだろう。再度宇宙を飲み込んだ戦火により混乱と悲しみが全土に拡大したとき、反乱軍にすでに正義はなかったのだ。


NM78星雲内に点在する浮遊島スペースコロニーのいくつかを占拠するなど抗戦を続けていた反乱軍は、その頃には宇宙を荒らすテロリストだと広く認識されてしまっていた。


一刻も早く平和が訪れることを望む民衆たちの願いを背負い、"より大きな正義"を得た宇宙政府は争いを結させるために全戦力を投入した。


最新兵器を搭載した宇宙正義軍本隊の参戦ーーーその圧倒的な軍事力の前に反乱軍は敢え無く壊滅し、全面降伏を余儀なくされた。



最初から分かっていたのだーーー戦争を終えて消耗しきった星々がいくら集まったところで、宇宙正義が主導権を握る軍事政権"宇宙政府"に勝てるはずがないのだと。


奴らはそれを知った上で、あえて反乱軍を結成させて争いが起こるように誘導したのだろうーーー自分たちに正義を振りかざすための大義名分を与えるために。



ある星は白旗を上げて新・宇宙正義側に着き、またある星は最後まで抵抗を貫いた結果、完膚なきまでに叩き潰されて滅亡した。


こうして宇宙正義軍によって各地で起きた暴動が全て鎮圧されたころには、既にあの戦争から三百年の時が過ぎていたのだという。


「……その頃になると抵抗勢力がいなくなったわけじゃなかっただにが、それでも武力で政府に立ち向かおうだなんて考えは起こらなくなっていったんだに。奴らはきっと、その頃を見計らっていたんだになぁ」


宇宙全土を平定した宇宙政府は、次に秩序を築くことに重点を置いた。宇宙憲法、そして法律である。


「これを見て欲しいだに」


イオリがボロボロの紙切れをベッド脇の戸棚から取り出し、オレに手渡した。掠れて途切れ途切れになった文字ーーー走り書きしたと思われるそれを、目を細めてなんとか読み取る。


「……"宇宙平和維持法"、"宇宙機密保持法"、"危険生物基本法"?これがいまの法律か?」


オレの問いにイオリは顔をしかめ頷いた。


「この三つの法律がーーー特に最後の"危険生物基本法"ってやつが、おらたち怪獣族に深く関わってるんだによ」



危険生物基本法ーーー全部で130条あるらしいそれを要約すると、どうやら『怪獣族をどのように扱おうとも決して罪に問われることはない』という法律のようだった。どういういう意図があったにせよ、それが怪獣族を虐げる目的で作られたであろうことは想像に難くない。


『共通語を理解し使用するヒトならざる種族のモノの持つ危険性を鑑みた結果』などといういかにも尤もらしい理由づけに虫唾が走り、オレは走り書きされたその紙切れから思わず目を逸らす。


ーーー胸糞悪りぃ。


「この法律のせいでおらたちは虐められても殺されても、誰にも何も文句を言えないんだに。だからおらたちはせっかく戻った故郷を捨てて、また放浪の旅に出たんだに。そして気づいたらこの星に戻ってきていたーーーいまこの星にいるみんなもおんなじだに。

仲間たちと力を合わせて反抗することも考えただにが、もしそんなことをしてたら、きっといまごろ宇宙正義に種族ごと滅ぼされてしまってただろうだにね。まぁそれも狙いのひとつだったのかもしれないだにが……」


「どういうことだ?」


「あいつらにとって、おらたちほど邪魔な存在はいないってことだによ。おらも最初はさっぱりだったんだにが……その法律の施行と並行してあいつらがやり始めた政策を知って、ピンときたんだに」


さっぱり分からないという顔をしていたオレに、イオリは寂しげな顔で答えたーーー歴史改変、だによ。


「最初の数千年は『宇宙を恐怖の元に支配した高エネルギー生命体とそれを討ち倒すべく立ち上がった宇宙正義』という筋書きだっただに。でも時が経つにつれて少しずつ少しずつ変えられていって、ある時を境に高エネルギー生命体に関する全ての情報が宇宙中から消されたんだに。そのせいで、今じゃあの戦いは"星々の争い"みたいなざっくりとした伝えられ方をしてるんだによ」



どうやら宇宙政府はあの戦いをーーーそれどころか高エネルギー生命体という存在そのものすらもーーー"無かったこと"にしたかったらしい。

そのために宇宙中から戦争の痕跡や当時の資料を抹消し、長い時間をかけて偽りの歴史をでっち上げ、世代を経てすべての人々の記憶を徐々に塗り替えていったのだ。


あれから数万年が経過しており、真実を知る者はもう殆ど生きてはいない。例外として一部の星で御伽噺や民間信仰のひとつとして細々と語られているようではあったが、そんなものを心から信じる者などいるはずもなかった。


オレ達からすればくだらないとしか言い様のない真っ赤な嘘が、いまや宇宙全土の人々の中にひろく常識として知られてしまっているのだーーーこの宇宙は宇宙正義の導きのもと、常に正しい道を歩んできたのだと。


「そうか、だから"危険生物基本法"を……!」


イオリがその言葉に相槌を打つ。


「危ないと分かっている種族の話を、わざわざ聞いてみようなんて馬鹿はいないだにからね」


あの戦争の頃から生きており、歴史の真実を知っている長寿な種族など怪獣族以外にはありえない。だからこそ真っ先に法律で彼らの信用を奪い取ったのだ。彼らは危険で、野蛮で、話を聞くに値しない下等な生物なのだと宇宙中に刷り込ませるために。


「きっとあいつらは怖いんだによ。いつか真実が明らかになって、宇宙正義の立場が脅かされる日が来るんじゃないかって。自分たちの首を絞めているのが誰なのかも、気がつかないままね」


全てを嘘で塗り籠め、宇宙正義は今もこの宇宙に君臨している。宇宙政府を影で操り、自分たちに都合のいいようにーーーそう思うだけで、胸の内に激しい炎が燃え上がる。


「くそったれが……!!!」


オレは拳を強く握りしめた。そのあまりの強さに爪が手のひらに食い込み、かすかに血が滲んだ。


激しい怒りに震えながら、オレは食いしばった歯の隙間から言葉を漏らす。


「歴史ってのは人が生きた証だ。例えどんなに愚かなものであったとしても、それはかけがえのない財産なんだよ!今を生きる者にはその時代に生きた者たちの足跡を後世に残し伝えていく義務があるし、誰もにそれを知る権利がある!歴史のない未来なんてありえねぇ。馬鹿げた話もいいところだ……!!」


帝国軍を、高エネルギー生命体を、あの頃の宇宙正義を、その多くの仲間たちの犠牲を……全てを無かったことにしている今のこの宇宙が許せなかった。


「絶対ぇ許さねぇ……いまから宇宙正義に乗り込んでくる。イオリ、世話んなったな」


そう言って立ち上がり、痛む身体を推して鎧に手を伸ばしたオレをイオリは制止した。


「待つだに。そんな身体で、それもひとりで乗り込んだところでどうにもならないだによ」


「でも……!!」


「しっかりするだに!!いまあんたが死んでなにになるんだにか!?田中やゼノビアやマホロが……みんながあんたに託したものを全部無駄にする気だにか!?いいから落ち着くんだに!」


オレの肩を力強く掴む大きな手。オレを覗き込むその真剣な眼差し。正面から捉えたその瞳に、薄っすらと雫が浮かんでいるのが見えたーーー。


その言葉と涙にハッとして、オレは冷静さを取り戻す。


「……すまねぇ」


ついカッとなってしまったことを恥ずかしく思いながらも、深く息を吸って呼吸を整える。


そのとき、不意に扉が開いた。


「あの〜、お話中にごめんなさいだに。イオリさん、広場にまた"アレ"が……」


先ほどまでオレの介抱をしてくれていたあの女性だ。扉の淵から顔を出し、申し訳なさそうにこちらを見つめている。


「わかっただに。いま行くだによ」


何かを察して立ち上がるイオリ。オレも後を追って部屋を出る。


「なにがあったんだ?"アレ"って……」

「最近よくあるんだに。もうすぐ見えるだによ」



向かった先、広場と呼ばれるその場所には何人かの怪獣たちがすでに集まっていた。人だかりの真ん中で何かが燻っており、屈強な男たちが覗き込もうとする女性や子供たちを遮るように仁王立ちしている。


「おぉ、イオリ。見てくれ……またこいつだ」


丸太ほどのもありそうな太い腕をした怪獣が深刻な顔をしてイオリには話しかける。その顔に刻まれた皺や歴戦の傷を隠す立派な髭が目を引く。


「……これで三回目だにね。そろそろ巣がある可能性も考えた方がいいかもしれないだに」


そう言ってイオリと屈強な怪獣が話を始めたが、オレはその話を半分も聞いてはいなかった。目の前で燃やされている"それ"が果たしてなんなのか、オレには全く分からなかったからだ。


爆ぜる炎の中で滑らかに黒光りする体表、昆虫を思わせる節足に鋭い牙、比較的小型なその体躯ーーーこれは一体……?


「あぁ、これはホシクイだによ」


困惑するオレに気づいたイオリが話を中断してこちらを向く。


彼の説明によればホシクイとは、星の中核などにある高純度のエネルギーを主食とする生き物であり、地中に巣を作って星を食い滅ぼす習性からその名をつけられたのだという。


「図鑑にも載ってるくらい有名な有害生物なんだにが……まぁ、それだけじゃないみたいなんだにねぇ」


「どういうことだ?」


「なんて言ったらいいか……ま、平たく言えば宇宙正義の自作自演マッチポンプってとこかな」


イオリたちとは違って言葉に訛りがなく、流暢な宇宙共通語で髭の怪獣が会話に滑り込んできた。


「あ、言葉か?俺は仲間たちと離れている期間が長かったんだ。なんせ何百年も政府に追われて宇宙を逃げ回ってたんでな。この星に戻ってこられたのは本当に運が良かったぜ」


そう言って豪快に笑い、頭部の大きな一本角を自慢げに撫でる。


「ま、その原因ってのがこれなんだけどな。一般には知られてねぇがホシクイ(こいつら)は実は宇宙正義の生体兵器で、俺はその製造をさせられてたんだ」


さらりと言ってのけ、彼はまた笑う。しかしさっきまでホシクイだった燃えカスを見つめるその顔には深い悲しみが刻み込まれているように見えた。



「仲間たちを人質にとられ、逆らうことも許されなかったーーー尤も、用無しになった途端にみんな殺すつもりだったみたいだがな。"宇宙機密保持法に触れたため"だとよ……忌々しい。仲間たちに助けられて、俺だけが生き残った。……いや、生き残っちまったんだ。みんな俺なんかを逃がすために宇宙正義と勇敢に戦って、呆気なく死んでいったよ。俺がやったのは結局、仲間の命を犠牲にして宇宙正義の戦力を増強しただけなのさーーーバカみたいだろ?」


「そんなこと言わないで欲しいだに。おらたちは、あんただけでも帰ってこられて良かったと思ってるんだに……」


「気休めは、いい」


そう言って燃えカスを力いっぱいに踏みつける彼は、もう笑ってはいなかった。


オレたちはその背中をただ、黙って見ていた。





「……R星って覚えてるだにか」


集落を離れ、森の奥へと進んでいくイオリが、後ろをついて歩くオレに尋ねた。


「あ、あぁ。帝国軍との戦争の時にエネルギーの補給に尽力してくれたって星だよな。たしか宇宙正義の設立当初からの同盟星って聞いてるけどーーー」


「そうだに。実はR星はあの頃からずぅーーっとその姿勢を崩さなかったんだに。宇宙正義から経済制裁を加えられても、軍事圧力をかけられても……なにをされても揺るがない、反・現宇宙正義派の最後の砦だったんだによ」


その言葉に、どこか引っかかりを覚える。


「だった……?」


イオリは背中を向けたまま、ゆっくりと頷く。


「幸いなことにR星は資源が豊富で、旧・宇宙正義の人間を多く匿っていたこともあって高度な科学力を有していただに。だからこそつい200年くらい前までは耐えることができた……"死の群れ"ーーーホシクイが宇宙の各地に突然現れるまでは」


イオリ曰く、ホシクイの真価は大群でこそ発揮される。豊かな資源は奴らにとって格好の餌にしか過ぎず、高度な科学力を以ってしても殲滅しきることのできないほどの数の暴力の前に、難攻不落のR星はあっという間に巣食われ、滅ぼされてしまったのだという。


「R星が滅びた事をきっかけに宇宙正義はホシクイの危険性を説き始めただに。でも決して殲滅作戦を行おうとはしなかったーーー当たり前だにね。それを生み出したのは、他でもない宇宙正義なんだにから」


つまり奴らは宇宙中に偵察と殺戮のための兵器を解き放ったということだ。

おそらく宇宙正義はホシクイを統率するためのなんらかの手段を得ておりーーーそうでなければ兵器として使用することができないからなーーー必要とあればいつでも自由に使役することができるのだろう。


それは例えばR星のような反乱勢力の粛清のためだったり、危険分子と認定した星の偵察のためだったりするのかもしれない。


いまのこの宇宙で星が滅ぼうと人が殺されようと、それはきっとさほど珍しいことではないのではないだろうか。ホシクイに襲われたとしても側から見れば不運な事故にしか見えないだろうし、多分、そう思わせることこそが宇宙正義の狙いだったのだ。


要するにホシクイとは、宇宙正義やつらが己の手を下すことなく目的を遂行するための、卑劣で、残酷で、悪質極まりない殺戮兵器なのだ。


「……なるほど、自作自演ってそういうことか。胸糞悪りぃ」


吐き捨てるように、呟いた。




しばらくの間、オレたちはただ無言で歩き続けた。

どれくらいの時間が経ったのだろう。イオリに付いて来てほしいと言われこの小道に入ってから、もう随分と経つ。


一体どこへいくのか、なにが目的なのかーーーなにも知らさせないまま薄暗く木々の生い茂る獣道をひたすら歩き続け、若干の不安さえ抱き始めた頃、不意に先を行くイオリが立ち止まった。


「着いただに」


道を抜けた先は広場のような拓けた空間だった。不思議なことにそこは森の中であるというのに草一本生えておらず、周囲の木々もまるでその空間だけを避けるようにして立ち並んでいる。

しかし何より異質なのはその広場の中央に構えられた石造りの建造物だ。入り口と思われる正面の部分に扉はなく、鈍く光を反射する四角錐状のその姿は十数メートルの大きさも相まって周りの自然と調和しているとは言い難かった。


「これは…?」


「祭壇だに。おらたち怪獣族は、ここで死者を弔うんだによ」


ーーーなるほど、つまりこれは怪獣族にとって宗教ののようなものなのだろう。オレが元いた時代の頃からその類のものは星の数ほどあったし、信仰するものがあることは別に何も不思議ではない。


尤も、オレ自身は昔からそういうものはイマイチ理解できないタチではあるのだが。


イオリは棒切れを拾い上げ、口から軽く炎を吹き出してそれに火を灯すと、そのまま躊躇なく建造物の中へと入って行ってしまう。


「お、おい!イオリ!」


微かな明かりと共に暗闇の中へ溶けて行く背中を追いかけ、オレも小走りで後を追った。



暗く狭い通路を抜け、やがてたどり着いたのは何もない無機質な部屋だった。そこは意外と広く、通路では身を屈めていたイオリが背筋を伸ばして立てるほど天井も高い。もしかするとここはこの建造物で唯一の部屋なのかもしれないなどと思わず考えてしまう。


「ピエロン、これを持っておらの手元を照らして欲しいだに」


差し出された松明を受け取り辺りを照らすべく頭上に掲げると、突然、イオリが部屋の中央に立ち、その床に岩のような拳を叩きつけた。それも一度や二度ではない。何度も何度も腕を振り下ろし、石の地面を砕いていく。


「おいイオリ!なにして……床をぶち抜くつもりか!?」


しかしイオリは答えない。ただひたすらに、黙々と破壊を続けている。石造りのはずの建物がぐらぐらと揺れ、天井から細かな破片が降り注ぐ。


なにをしているのかさっぱり分からないまま、オレは彼の手元を照らし続けた。粉々に砕かれた石の床が辺り一面に散らばっているが、イオリはそんなことはお構いなく一心不乱に地面を殴り続けている。


いったいなにがどうしたというのだろう…そんなことを思い始めた頃、イオリがぽつりぽつりと話し始めた。


「あんたたち三人は、おらたち怪獣族にとって命の恩人だに。あんたたちがいなかったら、間違いなくおらたちはあのままY5星で死んでいたと思うんだに」


振り下ろされた渾身の一撃を受け、ついに床に大きな穴が空く。松明で照らされたその穴の奥へ、イオリが腕を伸ばした。


「いつかあんたらにその恩を返したかった。後悔しても仕切れないまま何万年も経って、もうそれはできないだろうと思ってたんだに。でもーーー」


両腕で抱えるようにして穴の中からイオリが取り出したのは、石で造られた箱のようなものだった。彼はそれをオレに手渡した。


「ーーーこれでやっと、すこしだけ返せた気がするだによ」


ずしりと腕に重みを伝えるその箱を開くと、そこには一冊のノートが入っていた。

見覚えのあるその表紙に、心臓が早鐘を打つ。


記憶にあるものより古びてはいたが、それは間違いなくーーー。


「村山さん……!?」


かつて田中がイオリを師事していたときに使用していたそれを、オレは震える手で箱から取り出す。


「なんで……どうして、これが?」


「あのときーーーテレポートバッヂと一緒に、田中がこれをあんたに渡してくれっておらに預けてくれていたんだに。"ピエロンはかならず戻ってくるから"って……」


手にしたノートが不意に滲み、気がつくとオレは嗚咽を漏らして泣いていた。


「田中……ッ!!」


「もうひとつ、あんたに渡すものがあるだに」


松明の灯に照らし出された部屋の隅になにか細長い物が立てかけてあるーーーイオリがそれを手に取り、黙ってオレに差し出した。


「これは……」


輝きを失ってボロボロに錆つき、もはやかつての面影は微塵もなくなっていたが、それは紛れもなく歓びの剣だった。


「おらたちがあんたを集落の端で見つけた時、あんたはこれを握っていたんだに。きっと大切なものだろうってここに保管しておいたんだによ」


オレは錆びたその柄を強く握った。瞬間、手のひらにじんわりと陽だまりのような温かさが広がる。


「……あぁ、大切なものさ。このノートも、剣も、オレを信じてくれた友達から託されたものなんだ」


抱えた剣とノートを交互に見る。

両手に伝わる重さが、増したような気がした。




それからしばらくの間、オレは怪獣たちと共に過ごした。


田中の兜の内部データベースに遺されていた"佐藤さん"や"杉山さん"と名付けられた多くの設計図を基に飛行船を造ったり、腕時計型万能小型コンピューターのデータをこの時代のものに同期したり、食料の調達や道具の修理を行ったり……。


怪獣たちはあの頃から生き残っている者もそうでない者も、みんなが一片の疑いもなくオレを受け入れ、まるで当たり前のように多くの作業を手伝ってくれた。


その温かさにともすればオレは何度か旅立つ覚悟が鈍ってしまいそうになったが、それをなんとか心の内に押し込め、ぐっと堪えた。


彼らの優しさに甘えてはいられない。

オレには、やらなければならないことがあるのだ。





怪獣たちの手助けのおかげもあり、旅立ちの日は予想以上に早く訪れた。


みんなで造り上げた宇宙飛行船"佐藤さん1号"の銀色の外装が、満天の星空の光を浴びてきらきらと煌めく。


格納庫から広場へと移したそれを、オレはひとり眺めていた。


ーーーいよいよだ。


待ち望んでいたような、永遠に訪れて欲しくなかったような……なんとも言えない不思議な感情がオレを包む。


一抹の寂しさ、とでも言うのだろうかーーーらしくねぇな。


思わず苦笑したその時、背後に気配を感じた。


「……イオリ」


振り向く前からきっとそうだろうという確信があった。イオリにだけは旅立ちの日を伝えておいてあったのだから、特に驚くこともない。



ーーー見送りはいらねぇ。オレ、こう見えても照れ屋なんだ。


数日前にそう話してあったのだが、どうやらオレの精一杯の強がりは早々に見破られていたらしい。イオリの背後、生い茂る木々の狭間から怪獣たちの姿が垣間見えている。隠れているつもりなのだろうが、なんせ身体の大きい種族である、丸分かりだった。


彼らなりの気遣いをありがたく受け取り、気づかないふりをしてイオリに向き合う。


「悪いな、こんなに世話になっちまったのに何にも返せなくて。でもいつか必ずこの恩は返すぜ。約束する」


「何言ってるんだにか。あんたらがいなかったら、おらたちは生きていなかった。おらたちこそようやくその恩が返せたんだによ」


イオリが照れたように鼻の頭を指で擦る。


「まずはどこに行くか、決めてるんだにか?」


「あぁ。とりあえずY5星に行って、ゼノビアに花を手向けようと思ってんだ。その後のことは、そのあとで考えるさ」


そう言いながらオレは一冊のノートを取り出し、イオリに手渡した。


「これは田中の……!」


「オレはもう、あいつからたくさんのものを貰ってんだ。名前も、兜も、意思も夢も、ぜんぶ。だからそれはこれからもイオリが持っていてほしい。そしていつか、あいつの弟弟子おとうとでしが出来た時に役立ててやってくれ。きっとあいつもそれを望んでると思うんだ」


イオリは震える手で村山さんを受け取り、笑顔で頷く。


「わかっただに。その時までこれはおらが、また大切に持っておくだによ」


おう、頼むぜーーーと、軽く笑ったつもりが、不意に込み上げてくるものを感じて慌てて兜を被る。


兜内部のモニター越しに見えるイオリもまた、涙ぐんでいるように見えた。


「ピエロン、忘れないでほしいだに。この宇宙のどこにいても、なにをしてても、あんたはおらたちの大切な家族だに。この先なにがあったとしても、いつでもおらたちはあんたを歓迎するだによ」


イオリが差し出した右手を、オレの右手が強く握り返す。


「そんな大切なこと、忘れられるかよ」


涙声になりながらも堅い握手を交わし、程なくしてオレは怪獣たちの星を旅立った。



満天の星空へと突き進む途中、ふと地面へと視界を移すと、イオリだけではなく大勢の怪獣たちが茂みの中から出て来てオレを見上げているのがみえた。


手を振る者、笑顔で呼びかける者……みんなが思い思いにオレの飛行船を見送ってくれている。


「……ありがとう」


朧げに滲みながら遠ざかっていくその光景はやがて輝く惑星ほしとなり、星々(ひかり)の瞬く宇宙の闇へと紛れていった。










ーーーおっと、どうやら随分と長いこと思い出に浸っていたらしいな。


俺様としたことが情けねぇ。

いつまでもここでぼけっとしてるわけにゃいかないってのによ。


俺様にはやるべきことがあるのだ。

そのために、ここに来た。


懐から丁寧に四つ折りされた一枚の紙きれを取り出して開く。


ピンクの派手な色彩、ゴテゴテとした装飾の城のような建物の絵の周りに、幼く拙い文字で書かれたそれぞれの夢が踊っている。


いつか描いた俺様たちの"理想の秘密基地"の図ーーー俺様がこれを見つけたのは、イオリから田中のノートを手渡されたその夜のことだった。


田中のノートの中に記されていたのは、飛行船の修理の方法や怪獣族の技術に関することなど、それはそれで興味深いものではあったが、どれも特別重要と言えるような情報ではなかった。

だが田中は、わざわざ俺様に渡るようイオリに託したのだ。ならば必ずそれ相応の理由があるはずだと俺様は確信していた。そして見つけたのだ。ノートの最後のページに、四隅を止められる形で綺麗に貼り付けられていたこの紙切れを。


その絵の中に、ひとつだけ見慣れないものが書き込まれていたことに俺様はすぐに気がついた。

ちょうど城の真下に震える文字で16桁の数字が欄列している。普通ならこんなものは意味のない落書きとしか思われないだろう。それも当然だーーーこれは開発班ラボ研究室へのアクセスコードなのだから。記憶にあるものと数字が僅かに変えられているのは、おそらく田中が力つきる寸前に書き換えたからだろうと推測できた。


一見してこれがアクセスコードだと理解できるのは当時の人間でも限られてくる。つまりこの紙は、ラボへ行けというあいつからの伝言だったのだ。


だがそこへ向かうまでの道のりは困難を極めた。位相へ移るための小型亜空間道は全て田中によって閉じられていたし、経年劣化のために修復もままならない。どうしたもんかと思っていたんだがーーーあいつはちゃんと、この紙にヒントを残しててくれてたんだ。


「……ったく、こんなの普通分かんねぇよな」


気づいたのはつい最近だったが、理解した瞬間は呆れて笑ってしまったものだ。


ーーー俺様たちがまだ子どもだった頃、宇宙正義本部浮遊島の端は未開発地域だった。のちに処刑地カルバリとなるまでその更地は俺様たちの秘密の集合場所であり、大切な秘密基地でもあったのだ。


あいつはそれを覚えていたんだ。だから城の絵(秘密基地)の下にアクセスコードを遺したーーーそこにまだ生きている小型亜空間道があることを示すために。


もちろん最初は信じられなかったし、こうしてここに辿り着くことが出来た今でさえ半信半疑であることに変わりはない。

田中あいつが秘密裏にカルバリの地下に小型亜空間道ワープゲートを造っていたこと、何万年もメンテナンスされていないのにまだそれが生きていること……全てが不思議で仕方がなかったが、いまここに俺様がいることもまた、まぎれもない事実だった。


この先に何があるのか、田中は俺様に何を遺したのかーーーしかしそれよりも先に、俺様にはやるべきことがあった。


左腰からサムタングリップを抜き、同時に取り出したメモリクレイスを挿す。


ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー


機械音と共に蠢きながら変形するペンシル型の砲身を構えてゆっくりと振り向き、虚空に向けて言い放った。


「出てきやがれ。そこにいるんだろ、オルト」


「へぇ、気づいてたんだ。なかなかやるようになったじゃない」


目線の先、誰もいるはずのない入口前に、さも当然のように奴は立っていた。


すっぽりと顔を覆う黒いフードから相も変わらず人を馬鹿にしたような笑みを覗かせ、どこか楽しげに俺様を見据えている。


「よくもぬけぬけと……てめえの目的はなんだ。答えろッ!」


「キミはもう知っているじゃないか。ボクの目的はずーっと変わらない……あの頃からずっとね」


その言葉に思い切り舌打ちで返す。


ーーー忌々しい。

いますぐにでも引き金を引いてしまいたい衝動に駆られるが、まだ聞かねばならないことがあるためそれをなんとか堪えた。


「今日はキミにお礼を言いにきたんだ」


「礼だと?」


「うん、エメラ・ルリアンを導いてトラン・アストラを救う手助けをしてくれただろう?おかげであの高エネルギー生命体の心の底に押し込められていた新星の光を解放させることができた。なにもかもボクの狙い通りだよ。本当にありがとう、ピエロン」


くそっ、嫌味な野郎だ。


心の中で悪態をつきつつ、あくまで冷静に。

いま最も必要なのは情報なのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。


「やっぱりてめぇが裏で糸引いてやがったんだな」


口振りからするに既にこいつはエメラたちと接触しているのだろう。予測できていたことではあったが、こうしてそれがはっきりした以上、やはりこれからはもっと近くであいつら(エメラたち)を見守る必要がありそうだ。


「てめぇがなにを企んでいようと、俺様が必ず止めてやる。絶対てめぇの思い通りになんかさせねぇーーーこの宇宙は、俺様のもんだ!」


「へぇ。言うようになったじゃない、ピエロン」


甲高い笑い声と共にオルトの身体が黒い粒子となって消え始める。


「ボクはキミや太陽の戦士(ウルマ・アストラ)みたいなイレギュラーが大好きなんだ。次のイベントにも必ず招待するから、楽しみにしててよ」


逃すかーーー奴の胸倉目掛けて素早く手を伸ばしたその瞬間、俺様は信じられないものを目にした。


「ッ!?」


奴の手に握られていた"それ"は、ラセスタが持っていた星のかけらの片割れだった。


「またね、ピエロン」


その言葉を残してオルトは霧散し、俺様の手はただ残された虚空を掴む。


ーーーちくしょう……!!


唇を噛み拳を強く握りしめるが、もはやオルトはそこにはいない。何らかの手段で既に位相空間から脱出したのだろう、奴の気配は完全に消え失せていた。


くそったれが……どうして奴が星のかけらの片割れを持っている。ふたつに割れた星のかけらと共に眠りについたはずの星宿の地図はーーーこの時代のマホロ・リフレインはどうした?


だめだ、なにも分からねえ。ただひとつ言えることは、事態は思った以上に切迫しているらしいということだ。


大きく深呼吸して、焦る心をひとまず落ち着かせる。


思考はまとまらず、なにからすれば良いのかも分からない。ーーーいや、そもそもこの場所からの脱出手段すら思いついていないのだから、とにかく今は目の前の扉の奥に進むしかないのだ。すべてはそのあと考えれば良い。


俺様は意を決して、扉の横の認証システムに16桁のアクセスコードを打ち込んだ。


緊張の一瞬。

もしも俺様の推理が間違っていたとしたらーーーそんな思いがふと頭をよぎるが、その心配はどうやら杞憂にすぎなかったようだ。


認証完了を告げる機械音声と共に、分厚い鉄の扉がゆっくりと開き始める。


あたりを警戒しつつその奥へと進む。一歩一歩、確かめるように、踏みしめるように。


その部屋はあの日、退避した時のそのままの姿を保っているように見えた。床一面に散乱した書類、開発中だった機械やその部品……それらをなるべく踏まないようにしつつ、部屋の中心へと向かう。


倒れた棚を跨ぎ、崩れ落ちたモニターを潜り抜け、俺様はようやく目的の場所ーーーかつて自分が使っていたデスクへとたどり着いた。


「よう、田中」


言葉が、思わず口をついて出てくる。


デスクの上にポツンと置かれていた腕時計型万能小型コンピューターをーーーおそらく田中のものと思われるそれをーーー俺様が手に取ろうとしたその時。


「うおっ!?」


反射的に飛び退いてしまうーーー目の前の機械が突然眩い光を放ったのだから、驚くのは当たり前だ。


「これは……!」


おそらく転送装置が作動したのだろう。一瞬の光の後にどこからともなく現れたコスモノートが、デスクの上に我が物顔で鎮座していた。


俺様は恐る恐るデスクに近づき、まずは腕時計型万能小型コンピューターに触れた。


反応はない。


田中の腕時計型万能小型コンピューターはあの転送を最後に完全に沈黙してしまっていた。たぶん、田中がなにか細工をしたのだろうと思ったが、それを確かめるすべはなかった。


次にコスモノートに手を伸ばすと、こっちはちゃんと作動する。緊張に打ち震えながらもその内容を確認した俺様は、驚愕すると同時に田中の本当の意図を理解した。


ーーーなるほどな、あいつが俺様に遺したのは、これか。


目の前に浮かび上がる画面に文字が踊る。

『CUTTER』『VALKAN』『DRILL』……これらはすべてメモリクレイスの基となる情報因子を構成するためのデータだ。




宇宙正義が俺様たちを裏切ったあのとき、田中は致命傷を負いながらもここで量産型メモリクレイスを使用不能するべく細工を行なったのだという。


だから現在この宇宙で使用できるメモリクレイスは、俺様の持つオリジナルの鍵だけであり、そのうちの4本はトランを助けるためにエメラに預けてやった。


べつにそのことを悔いてはいないが、無ければ無いで不便なのもまた事実だ。


もちろん新しく鍵を造ることは不可能ではなかったが、必要な情報因子の完全なデータがこの時代に存在しないため不安定なものになる可能性があった。


エメラ(あいつ)に奥の手として渡しといた五本目の鍵ーーー『MAXIMUM OVER DRIVE』のメモリクレイスがまさにそれだ。"解放"の鍵であるこれは、四本の鍵の情報因子を少しずつ使用して造り上げた急ごしらえのものであり、未調整であるが故に凄まじい性能を誇っている。その反動として機体にかかる負担も並ではなく、最悪の場合飛行船もろとも空中分解するかもあり得るだろうと予測していた。


ハイリスクハイリターンの虎の子兵器ーーー実際、これを使ったエメラの飛行船は1分足らずで墜落したっけな。


調整を行っていないメモリクレイスとはそれほどまでに危険なシロモノなのだ。だから俺様とはいえ、この時代で容易に造ることはできなかった。


……だがこれがあれば話は別だ。

コスモノート(この中)には俺様たちの研究の結晶であるデータが完全な状態で保存されている。これさえあれば、この時代でも新たにメモリクレイスを造ることができる。



ーーーやってくれるじゃねぇか、田中。



と、手にしたコスモノートの陰から何かが転がり落ちた。


手のひらサイズの銀色のそれは、テレポートバッヂだった。行き先に指定されているのは惑星NJであり、裏面には一枚の紙が貼り付けてある。



『もしもの時に使ってくれ』



ーーーなにもかもお見通しってことかよ、馬鹿野郎。



笑みを浮かべたはずだったのに、どうしてこんなに涙が溢れるのかーーー自分にもその理由は分からなかった。



ーーーくそっ、調子狂うぜ……。



流れる涙をそのままに、自分の腕時計型万能小型コンピューターに触れ、その転送装置を操作する。


取り出したのは色とりどりの花束。


Y5星でそうしたように、俺様はそれをデスクの上にそっと置き、心の中にいる友人に静かに語りかけた。






ーーー何万年も待たせちまって悪いな。


お前から託されたものはたくさんある。名前も、サムタングリップ(ゼノビア)も、この兜も、意思も夢も……お前が遺してくれたもんはなにひとつ無駄にはしねぇ。


オレはこれからも戦い続ける。


宇宙正義もオルトの企みも、片っ端から全部挫いてやるから任せとけ。


この宇宙を取り戻すまで、オレは絶対に諦めたりしねぇからな。



だから安心してくれよ。

な、田中。





滲む視界の奥に、懐かしい友の姿を見たような気がした。







Journey gose on…

ーーーその日、俺はこの世の地獄を見た。


そして誓ったのだ。必ず兄の仇を討つと。




次回、星巡る人

第26話 OMNIBUS STAR〜ある兵士の独白

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