第24話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで③太陽の戦士
この無情な世界は守りきれなかったモノばかりだ。
そんな24話。
信じていた組織に裏切られ、仲間や家族を失ってもなお、その胸に不屈の闘志がある限り彼は立ち上がります。
そして今回ひょっこり顔を出したあの男は、18話アバン、幼トランの回想で光に消えた直後の彼となります。
これはつまりトランの本来住んでいた宇宙と、ピエロンのいる宇宙(後にエメラたちが旅をする本編の宇宙)では時間の流れが違うという設定だったりするのですが、それはいずれ、また別の機会に本編で詳しく説明されるでしょう。
半年近く展開してます過去話もいよいよクライマックスです。
次回『宇宙大魔王ができるまで』編、最終回。
辛く苦しい展開が続く彼の物語ですが、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。
いつもたくさんの閲覧、拡散ありがとうございます。
つまりはこれからも、どうぞよろしくお願いします。
それでは次回でまたお会いできますように。
ーーー正義ってなんなんだ。
本拠地の跡地の辺りでは高エネルギー生命体と宇宙正義軍の戦いが続き、目の前には心から信頼していた男が邪悪な笑みを浮かべて立っている。
オレの信じていた正義が仲間たちを殺しているーーーその状況を、オレはまだうまく飲み込めずにいた。
ただひとつ言えること、それは目の前のスキンヘッドの男がーーー宇宙正義副司令官フィネが、オレたちを裏切った張本人であるということだけだ。
「今までずっと、オレたちを騙してたんだな。てめぇ……絶対許さねぇ!!」
「待てピエロン!」
デナリの制止も聞かず、オレはサムタングリップを構えて飛び出した。
「うおああああ!!」
思い切り振り下ろした刃。手ごたえは確かにあった。
しかし、フィネはまるで何もなかったかのように平然としている。
何度斬りつけても全く動じないーーーオレの心に焦りが滲む。
「くそぉおおお!」
渾身のその一撃を、フィネはかざした手先で受け止めた。
「ッ!?」
次の瞬間、左の拳が鳩尾に叩き込まれ、オレは成すすべもなく宙を舞って地面へと転がった。
「ひとつだけ訂正しておこうか。ボクはキミたちの良く知る彼じゃないーーーフィネ・アロガントはもうとっくに死んでるんだ。ボクはその身体をほんの少し借りてるってだけさ」
「そんな、いつから……」
オレのその問いに答えたのはデナリだった。
「……惑星GH、イドラ・イドルの遺体回収時だ。フィネはその時の部隊指揮を担当していた。イドラ・イドルを殺したのもお前だ。違うか?」
その言葉に、オレはあることを思い出す。
イドラ・イドルの記憶映像にあった黒いフードの男ーーー目の前にいるコイツが、その正体だというのか。
だとすればこいつは高エネルギー生命体……!?
フィネがーーーいや、フィネの姿をした男がそれを聞いてまるで面白い話を聞いたかのように大笑いする。
「おお、大正解さ!そこでこの身体の持ち主を乗っ取らせてもらったってわけ。その方が、ボクの計画がうまく進むかなって思ってね」
そいつが懐から何かを取り出した。それはガラス細工のように滑らかな、一枚の羽ーーー星宿の地図だった。
「てめぇ……!」
頭を殴られたような衝撃が、オレを襲う。
そんな……どうしてあれを持っているんだ。だってあれは……あれは……!!
それがそのまま口を突いて言葉となる。
「田中は!田中はどうした!!答えやがれ!!!」
返された言葉は、あまりにも非情だった。
「ーーー死んだよ。ボクが殺した。キミたちが帝国軍本拠地に突入したあと、ボクは本部に戻ってたのさ。要はそれが仲間内での裏切りの合図だったってワケ」
「……お前が手引きしたのか」
「ん〜。まあ、そんなとこかな。ボクはね、人の心の闇につけ込むことができるんだ。人の抱える不満や不安、恐怖、憎しみ、絶望……そうしたものを増大させて、心を満たしてあげる。それだけでほら、組織なんてあっという間に崩壊しちゃっただろ?」
デナリを真っ直ぐ見つめ、邪悪な笑みを浮かべた。
「大勢の仲間に裏切られた気分はどうだい?デナリ、キミの大切にしてる愛や信頼なんて、こんな簡単に消えちゃう脆いものなんだよ?」
デナリの顔に激しい怒りが宿る。
「ボクはオルトーーーキミたちの言う"負の意思を持つ者"ってヤツさ!」
フィネがーーーいや、オルトが高笑いを始めた瞬間、オレが動くよりも早くデナリが動いた。
光の速度で距離を詰めると瞬時にかざした両腕をスパークさせ、それを何発も何発もオルトに叩き込む。
風が巻き起こり、雷が何発も落ちたかのような衝撃が辺り一帯に迸るーーーしかし奴は、それを顔面で平然と受け止めていた。
その表情は余裕そのもので、全く効いていないとでも言わんばかりだ。
「ま、弱り切ってる今のキミの力なんて、こんなもんだよね」
デナリを突き飛ばしたその手に紫の不気味な光が集まる。
「危ねぇ!!」
オレの叫びは間に合わなかった。
「じゃ、バイバイっ」
数十発、いや、数百発だろうか。その手から放たれた無数の光弾が次々とデナリを撃ち抜く。
傷口からまるで血のように光を噴き出し、デナリが地面に倒れ伏した。
宇宙正義の総司令官にして、宇宙最強の男ーーーその最期は、あまりにも呆気ないものだった。
「デナリぃいいいいい!!」
駆け寄ったオレに、オルトが自慢気に語る。
「さてと、これで邪魔者は消えた。他の奴らもそろそろ力尽きるだろうね。高エネルギー生命体は厄介だからさぁ、先に対策を取っておきたかったんだ。キミにいろいろ研究させた甲斐があったよ。キミはこのフィネって奴をえらく信用して、次々にいろんな道具を開発してくれた。心から感謝するよ」
「ふざけんじゃねぇ……!!!」
飛びかかったオレの身体が、見えない壁に弾かれて地面に叩きつけられる。
「ムダムダ。どうせ死ぬんだから、今くらい大人しくしてなよ。キミにはお礼として、この宇宙の最後を見届けてもらいたいからね」
「宇宙の……最後だと……!?」
高笑いするフィネの顔がボロボロと剥がれ、見慣れていたはずのスキンヘッドの中からオルトの本当の顔が露見した。
「な……!?」
その顔は、デナリに瓜二つだったーーーひとつ相違点があるとすれば、その左目が大きく抉れているところだろうか。
思わず倒れたデナリとオルトを交互に見る。
「てめぇ、今度はデナリに化けやがって……!」
「違う違う、これがボクの本当の姿だよ。ボクは別の宇宙からやって来た、いわゆるデナリと"同じ魂を持つ者"ってやつさ」
オレは激しい怒りのままにオルトを睨みつけた。
「てめぇみたいな奴が、デナリと同じだと……?ふざけんのもいい加減にしやがれ!」
しかしオルトはそんなことなど気に留める様子もなく、不敵な笑みのまま言葉を続ける。
「心星の光、星宿の地図、星のかけら……三つの正なる意思の分身はね、ひとつに集めると、宇宙を創りかえられるくらいの莫大なエネルギーを生み出すんだ。それは本来、ボクにとって天敵みたいな存在なんだけどーーーま、それだけとも限らないんだよね」
オルトはそこで一旦言葉を切り、倒れたオレを見下ろした。
「喜び、哀しみ、怒り、楽しみ、愛、希望、絆……誰も彼もが口にする正の感情なんて、どれも綺麗事ばかりだ。くだらないよね。人の心なんて、ほんのちょっとしたことですぐに負に染まるような弱いものだって言うのに」
オレから一切目を離さないまま、手にした三つの光を頭上に掲げる。
「正の意思も同じさ。恐れ、憎しみ、絶望……この宇宙に渦巻く膨大な負のエネルギーが、これを簡単にマイナスへと変換してくれる」
そう語るフィネのその顔が、狂気で悍ましく歪んだ。
「その結果どうなるか分かるかい?負の感情に蝕まれた正の意思は形を変えるんだ。いまからキミに、それを見せてあげるよ」
地図、光、かけらーーーその三つがオルトの頭上に浮かび上がり、黒く禍々しい七色の光を帯びる。
そしてその光を内側から破るようにして、恐ろしい怪物がその醜悪な姿を現した。
星を宿した赤く輝く瞳、背中に生える翼に似た装飾、全身を覆う何色ともつかない滑らかな体表には幾学模様が走り、各部に発光する器官が見受けられる。
あまりに悍ましいーーーなのに、どこか神々しく見えるその姿は、なぜか高エネルギー生命体に酷似しているようにも見えた。
「"道標"……あぁ、なんて美しいんだ。さぁ、この宇宙の黄昏を観に行こう」
音もなく舞い上がった怪物ーーー"道標"が、空高くで禍々しい光を放つ。
瞬間、空間が歪み始めた。それも一箇所だけじゃない。目に見える範囲の至る所で、次々と空間が歪んでいく。
「なんだ……?一体、何が……!?」
まるで星嵐に遭遇してしまったようだった。辺り一帯の全てのものが、歪みの中へと吸い込まれていく。
オレは身体を屈めて歪みを躱しながら、デナリの元へと駆け寄った。
「デナリ!おいしっかりしろよデナリぃ!!」
仰向けにして身体を揺すると、デナリが微かに目を開けた。
ーーー生きてた……。
その事実に安堵する間も無く、デナリがオレの腕を掴んだ。
「ピエロン……私は、信じていた仲間たちに裏切られた。それは間違いのない事実であり、責任の全ては私にある。だがそれでも、私は自分の正義が間違っていたとは思わない」
デナリの身体が粒子となって消えていくーーー歪みの重力圏内に捕らえられたのだ。
「頼む、これだけは忘れないでくれ。たとえ何度裏切られたとしても、最も側にいる仲間をーーー大切な家族を信じる気持ちを失くしてはいけない。誰かを想う気持ち、その普遍的な愛こそが、この宇宙で最も強い力となるのだから」
そこまで話すと、オレを見て微かに微笑んだ。
「すまないーーーあとを頼む、ピエロン」
滲む視界の中、デナリが粒子と化して溶けていく。そしてオレの身体もまたーーー。
「なんだよそれ…ワケ分かんねぇよ!そんなの託されてもオレにはまだーーーデナリぃッ!!」
縋るようなその叫びは、もはや誰にも届くことはなかった。
星巡る人
第24話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで③太陽の戦士
ーーー歪みの中で粒子化したはずの身体が、空間の海の中で再構成されていく。
オレは自分自身が再びヒトの形を得ていくのをどこか他人事のように感じていた。
ふと気がつくとオレは見知らぬ場所に倒れていた。
顔に触れる地面の冷たい感触が、ぼんやりとした意識を急速に覚醒させていく。
オレ……生きてんのか。
あの歪みに吸い込まれて、てっきり死んだものだとばかり思っていたがーーー。
「え……?」
隈なく痛む身体をなんとか起こしたオレは、そこに広がる光景に一瞬、言葉を失った。
頭の理解が追いつかない。
自分の目が信じられない。
黄金のオーロラが渦を巻き、数千万の星々が煌めく不可思議な空の下、どこまでも果てしなく地平が続いている。
そのあちこちに散乱する瓦礫ーーーそんな馬鹿な。あれはついさっき跡形もなく爆散したはずの銀河帝国の本拠地じゃないか。
それにあの遠くにうっすらと見える小高い丘はM95星のものだ。なのにオレはいま、N5星やxx星の前線基地の残骸が転がるY5星の街並みの中にいる。
それだけじゃない……他にも眼前に転がる数えきれないほどの星々の一部たちにオレは戦慄した。
ここはどこなんだ。
まるで宇宙の全てを一箇所に凝縮したかのようなこの景色ーーーこれをひとことで表すなら、墓場だ。
オレは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
……だとすれば今いるこの空間は、さしずめ墓場を漂う棺桶とでもいったところだろうか。
突然噴き出した激しい爆発と熱が、地面を照らした。
誰も気づいていないのか、それとも気に留めている余裕もないのかーーー今置かれているこの異様な状況にも関わらず、戦いは未だに続いていた。
大型母艦バラバ筆頭にした宇宙正義の艦隊の弾幕を高エネルギー生命体たちが必死で防いでいる。彼らはどうやら戦うことを躊躇っているようだ。
ついさっきまで仲間だと信じていたはずの相手に攻撃されているのだから、それも当たり前だろう。何が起きているのか理解もできていないのだ。
地上に目を移せば、様々な星の住人たちが突然のことに慌てふためき、逃げ惑っている。
怒り、憎しみ、嘆き、悔やみ……そうした様々な負の感情が空気に溢れ溶けていくその度に、黄金のオーロラの中に佇む"道標"が禍々しい光を放つ。
しかしオレにはそんなものはどうでもよかった。
"それ"を見つけた瞬間、オレは痛む身体に構いなく走り出していた。
目指す先では見慣れたはずの白い建物ーーー宇宙正義の本部が、変わり果てた姿を晒していた。スペースコロニーとしての形は既に成しておらず、すこし離れた地点に処刑地カルバリやメディカルセンターが確認できる。
崩れた本部のその瓦礫の前に倒れた男の元へと急いで駆け寄る。馴染み深い鎧姿のそいつの名を、力の限り叫んだ。
「田中ァ!!」
うつ伏せに倒れた身体を起こすと、その腹部に大きな穴がぽっかりと空いているのが見えた。傷口から出血こそしていなかったものの、それが致命傷には変わりないことは目に見えて明らかだった。
「おい……おいしっかりしろ田中!!」
鎧が僅かに音を立てて動き、兜がオレを見た。
「……よぉ、ピエロン。生きててくれて嬉しいよ」
「田中!」
掠れた声で、それでも必死に田中がいつも通り話そうとする。
「すまねぇ……地図、奪われちゃったよ……あいつらみんな、裏切り者だったんだぜ。信じられるか……?」
「もういい……それ以上喋るな!」
「まぁ、そう言うなよ。……あいつら、こんだけのことしといて自分たちを正義だって言ってやがんだ。笑えるよな……それならおれたちは……悪ってことかよ」
自嘲気味に笑う田中の姿が滲む。徐々に荒くなるその吐息が、今まさに消えようとしている生命の灯火を表していた。
やめてくれ。これ以上、オレの大切な家族を奪わないでくれ……!!
「でも、おれは……おれの正義を貫いたぜ。師匠たちにはテレポートバッヂを使わせたし、メモリクレイスも……お前の持ってるオリジナル以外は使えなくなるように細工した。研究室に繋がる位相ネットワークも全部閉じてやったんだ。ははは……フィネの奴、まさかおれがここまでやるとは思ってもみなかっただろうな。トドメ刺したつもりだったんだろうが……殺し損ねて……残念、だったな…」
そこまで話して、田中が弱々しい動きでゆっくりと、兜を脱いだーーーその下にあったのは、ヒトの形をした光の塊だった。
「NJ星人は、しぶといんだ…ぜ…」
田中の故郷、惑星NJの人間は光粒子情報生命体だったのかーーーオレは今初めて、田中がずっと鎧を纏っていた理由を知った。
不意にオレの腕に兜が押し付けられる。驚くオレを田中がまっすぐに見据えていた。
「ピエロン……お前は、なるべく生きろ」
震える手で兜を受け取ると、田中がふっと笑顔を見せたーーー気がした。
「おい……嘘だろおい……!!田中!田中ァ!!」
目の前で事切れたその姿が、光の粒子となって空へと消えていくーーーそして、やがてその場には、あいつが常時着用していた鎧だけが残された。
主人を失った宇宙正義前線任務用の鎧が、音を立てて転がる。オレはそれを信じられない気持ちで見つめていた。
死んだ……あいつが……田中が、死んだ?
そんな馬鹿な。信じられないーーー信じたくない。
嘘だ。何かの冗談……いや、悪い夢に違いない。
死んだーーーあまりにも呆気なく、オレの大切な家族はみんな死んでしまった。
兜を手に、呆然と虚空を見つめる。宇宙が滅びようとしているこんな状況にも関わらず、オレの思考の一切が失われてしまったようだった。
その時、背後に人の気配を感じた。
「旧体制研究班のピエロン・ピーノだな?探したよ」
オレは弾かれたように立ち上がり、振り向きざまにサムタングリップを構える。
そこにいたのは、宇宙正義の軍服を着た色白の男だった。金色の長髪の奥で緑のピアスが光っている。
この男、名前は忘れたが見覚えがある。たしか上層部の……諜報班にいた幹部だったか。
男が長髪をかき上げてオレを見下ろす。
そのいかにもナルシストな仕草に虫酸が走ったーーーいけすかねぇ野郎だ。
背後に銃を構えた覆面の三人組を従え、男がツカツカとオレに近づいてきた。
「そう警戒しないでくれ。私は君をスカウトしに来たんだ。君がまだ死んでなくて、本当によかったよ」
反射的に後退る。
ーーーなんだ。なんなんだこいつは。
「スカウトだと?お前、今のこの状況分かってんのか!」
「もちろん。新体制による高エネルギー生命体及び旧体制殲滅戦の真っ最中さ。まもなく、オルト様を中心にこの宇宙は生まれ変わる。そして我々"宇宙正義"が、新たにその支配者となるのだ」
男の顔が邪悪に歪む。
「お前……あいつがなんなのか知ってんのか!?奴はフィネを……デナリを、田中を殺して、この宇宙を滅ぼそうとしてる"負の意思"なんだぞ!」
「知ってるよ。でも彼が誰だろうと構わない。大切なのはオルト様を信じることさ。彼を信じることで、宇宙の輪廻において我々は救済されるんだ」
恍惚の表情を浮かべ、男が言葉を続ける。
「彼が我々に与えてくれる感情はどれも刺激的だった……怨み、呪い、憎しみーーー心が解き放たれるこの快感。あぁ、なんて素晴らしい……!!」
なんだこいつ、イかれてやがる。
しかしそんなオレのことなど御構い無しで、そいつはべらべらと喋り続けた。
「でもこの宇宙には邪魔者がいたーーーそれが高エネルギー生命体さ。オルト様の計画を遂行するためにも、そしていずれ我々がこの宇宙の実権を握るためにも、奴らの存在は邪魔だった。奴らの戦力を大幅に削ぐことができるであろう帝国との総力戦は、我々にとって実に都合が良かったのさ」
「……ずっとこのタイミングを待ってたってことかよ」
「そして目論見通り帝国は滅んだ。それで高エネルギー生命体のーーーデナリの役目は終わったんだ。ついでに旧・宇宙正義もね。奴らに真っ先にご退場願ったのはそういうわけさ」
「胸糞悪りぃ。結局てめぇらは全部人任せじゃねぇか!」
「歴史の中では勝者こそ正義さ。
ーーーさぁ、改めて問おう。我々宇宙正義の仲間にならないか?我々は君を高く評価している。プラズマ銃、槍状光波熱戦砲、そしてメモリクレイス……他にも数えきれない道具の数々。君のその技術力は今ここで失うには非常に惜しい」
「ふざけんじゃねぇ!」
吐き捨てる同時に怒りに任せてサムタングリップにメモリクレイスを挿し込む。
ーーーーBALKANーーーー
変形した銃口を相手に向け、引き金を引こうとしたーーーしかし、引けなかった。
理由は明白だった。
不気味なな笑みを浮かべる男のその背後で、三人組が覆面を外しているーーーどれも見覚えのある顔だ。
「お前らは……!」
それはあのY5星での任務にて、ゼノビアの部下だった三人だった。揃いに揃って死んだような暗い目でオレに銃口を向けている。
どうしてーーー驚きのあまり反応が遅れた。
しまった、と思った時には遅かった。
男の合図とともに火を噴いた三丁のプラズマ銃が、俺の足元で弾ける。
反応することもできず、オレは大きく仰け反って地面を転がった。
「今のはほんのご挨拶さ。彼らはね、大切な上司を失ったんだ。そして生き残った君をずっと恨んでた……わかるかい?でも彼らはオルト様に忠誠を誓うことで救われたんだ。より深い負の中で、その心の安定を得たんだよ」
立ち上がろうとして、身体から力が抜ける。
ーーークソっ、立てねぇ……。
諦めにも似た感情が、心を蝕む。
もういいじゃないか。
オレは精一杯やった。アイテムや兵器の開発だけじゃなく、ロゴスを倒して星のかけらを手に入れ、帝国打倒の一手を担った。
…そう。オレは自分に出来る限りのことをやったはずだったーーーだというのに、その結果はこれだ。
オルトと"道標"。崩壊した宇宙正義。人の心に蔓延り、止めどなく溢れていく負の意思……。
どうしてこんなことにーーーいや、最初からすべてが奴の思惑通りだったのだろう。オレたちはオルトの手の上で踊らされていたに過ぎなかったんだ。
オレは大の字になって倒れた。
ーーーもういい、疲れた。考えるのもやめよう。
星のかけらも、歓びの剣ももうない。
オレにはなんの力もないのだ。
ゼノビア、田中、デナリ……大切な家族を失い、ひとりぼっちになったオレに今更何もできはしないのだ。
身体の重さに比例するかのように、じわじわと心も沈み込んでいく。
ふかく、ふかく。どこまでも果てしない、絶望の底へとーーー……。
不意に、力なく伸ばした指先に何かが触れた。
「……ん?」
微かに目を開くと、そこにあったのは田中の兜。
それを見た瞬間、オレの脳裏にあいつの言葉が蘇る。
ーーーおれたちは、いまも三人で共に生きてるんだ。
田中とゼノビアの顔がフラッシュバックし、遠のいていた意識が徐々に戻ってくる。
そうだ……忘れるところだった。
オレとしたことが情けねぇ。
あいつらは死んだーーーでもその魂は、いまもオレのすぐ側で生きてるじゃないか。
オレは手にした兜とサムタングリップを交互に見た。
ーーーこんなところで挫けてたら、あいつらに笑われちまう。
確かに今の状況は絶望的だ。
傷まみれの身体は疲れ果て、心が折れそうになるほどの恐怖に晒されている。
どうせ死ぬのなら、いっそのこと大人しくここで倒れていた方がいくら楽かも知れない。
でもーーーそれでもオレは、諦めるわけにはいかないんだ。
時間を稼ぐために、丸腰にも関わらず果敢にロゴスに立ち向かっていったゼノビア。
致命傷を負いながらも、自分にできることを貫き通した田中。
こんなオレに、あいつらは全てを託してくれた。
だからオレは生きる。
たとえその先に、避けようのない"死"が待っていたとしてもーーーオレはあいつらと同じように戦って、最期の瞬間まで生き抜いてみせる!
全身にありったけの力を込めて立ち上がり、手にした兜を自らの頭に装着する。
顔がすっぽりと覆われると同時に、兜の内側に展開するモニターが起動した。サーモグラフィーやバイタルチェックなど様々な機能が視界の端に表示されているのが確認できるーーーこれが、田中の見ていた景色か。
前線任務用の鎧に田中の兜を被った今のオレは、恐らくあいつそっくりに見えているのだろうーーー違いは身長と体型だけだ。
四人が立ち上がったオレを警戒するように睨みつけている。
その先頭に立つ幹部だった男が、先ほどまでより強張った顔で静かに尋ねてきた。
「これが最後のチャンスだ。我々の仲間になるか、ここで死ぬか。君の答えを聞かせてくれ」
オレはその問いを鼻で笑い飛ばした。
「はっ、お断りだぜ。そんなの糞食らえだ」
「……残念だ」
言うや否や放たれる何発ものプラズマ銃。しかしオレはそれより一瞬早くサムタングリップを突き出してプラズマの銃弾を防いだ。
ーーーーBARRIERーーーー
「ひとつ言っとくが、オレはもう"宇宙正義のピエロン・ピーノ"じゃない」
頭をよぎるのは、あの落書き。
幼い頃に思い描いた夢のかたち。
「今からオレはーーー」
オレの頭の中に鮮明に蘇る、拙い文字で書かれた三人分のサイン。
自然と口角が上がる。それは決して無理に浮かべた笑みではなかった。
ーーーお前たちが正義なら、オレはお前たちの正義を拒む悪だ。
とびきりの"悪"であり、幼い頃に憧れた"銀河の救世主"でもある、矛盾を孕んだその名を、オレは高らかに叫んだ。
「ーーー"宇宙大魔王ピエロン田中"だぁッ!!」
そして同時にゼノビアに二本目のメモリクレイスを挿し込んだ。
ーーーーARMーーーー
「てめぇらの正義なんざ、オレが全部否定してやんよッ!!」
プラズマの銃弾を弾きながら前方に伸びたバリアが大きくしなり、一瞬にして銃を構えた敵たちををまとめて薙ぎ払った。
嫌な音と共に吹き飛び、地面に転がって伸びた四人を静かに見下ろす。全員死んではいないが、すぐに起き上がれるような軽い怪我で済んでいるわけでもない。
あの触手の重い一撃を受けたのだからそれも当然だろうーーーそう思いながらも、オレは込み上げる罪悪感を噛み殺した。
ゼノビアの部下たちがこうなったのはオレのせいだ。それは分かっていた。でもーーーだからと言って、ここでおとなしくお前らに殺されるわけにはいかねぇんだよ。
足元に転がるプラズマ銃を踏み砕き、オレはサムタンキューブを起動させて戦火の広がる空へと飛び立った。
黄金のオーロラが渦巻く空間の海に浮かぶ母艦バラバ。それを取り巻く何隻もの戦艦や戦闘機が、高エネルギー生命体たちとの戦いを続けていた。
戦闘をためらっているような高エネルギー生命体たちに対して、宇宙正義はドレインロープを使った容赦ない攻撃で攻め立てているーーーオレは最大速度でその場へ切り込んだ。
「やめろぉおおおお!!」
シールのような道具を取り出し、コックピットに貼り付けるーーーこれは簡易生体コネクタ。貼り付けたものに一時的にメモリクレイスを挿すことができるようになるのだが、これを使うことで鍵や機体そのものに凄まじい負担がかかるため、使用には十分な注意が必要になるシロモノだ。
でも今はそんなことを言ってはいられない。
オレは貼り付けたコネクタに、鍵をねじ込んだ。
ーーーーCUTTERーーーー
方形の船の四方が、瞬時に鋭利な刃物と化してドレインロープを次々と切り裂いていく。
解き放たれた高エネルギー生命体たちに、オレに通信を飛ばした。
「お前らしっかりしやがれ!デナリの意思を無駄にするつもりか!」
一人の高エネルギー生命体の兵士が戦火を避けて通信を返してきた。
「君は……?これは一体どういうことだ!?君は知っているのか……デナリ様は!?」
「オレは研究班のピエロンだ。今起こってることを簡潔に説明するから、テレパシーを全員に飛ばして共有してくれ。
この叛逆の首謀者はフィネ……いや、フィネの皮を被った奴だ。そいつが今までずっと宇宙正義に潜んで、勢力を拡大させながら密かに機会を伺ってた。そして帝国が滅び、第一部隊の高エネルギー生命体が著しく疲弊したこの時を狙って活動を始めたんだ。そいつと戦ったデナリは……」
オレはそこで一旦言葉を切った。
いろいろな感情が込み上げる。しかしオレはそれを全て飲み込んで通信を続けた。
「あいつは……致命傷を受けて歪みの中へ消えた。いまも生きているかどうかはオレには分からない」
「そんな……!?」
高エネルギー生命体の兵士の声色に絶望がよぎる。
オレはそれを吹き飛ばすように一喝した。
「……でもな、どんなに辛くてもオレたちは諦めるわけにはいかねぇ。オレたちは、勝利を望み死んでいった何百人もの仲間たちの魂をいまも背負っているんだ。その仲間たちのーーーなによりデナリの目指した平和はもうすぐそこだってのに、その目前でまだ生きてるオレたちが諦めてどうするッ!!」
オレは宇宙正義の艦隊目掛けて一気に加速した。
「戦うんだ。オレたちを信じて、この宇宙を託してくれた家族のために!!」
撃ち込まれる無数の光の束を辛うじて躱しつつ、簡易生体コネクタをもう一枚、コックピットに貼り付けた。
実質メモリクレイス三本挿しとなんら変わりのないそれは、無謀極まりないを通り越して命知らずとも言えるような所業だった。サムタンキューブやメモリクレイスにかかる負担は計り知れず、いつ限界を迎えるかもわからない。最悪の展開として空中分解も十分にあり得るのだ。
それでもこれに賭けるしかねぇ。
ーーー頼むぜ。
覚悟を決め、二本目の鍵を突き挿した。
ーーーーBARRIERーーーー
瞬間、船体を球状のバリアが包んだかと思うと、瞬時にそれが槍のような鋭い形へ変化する。
「おおおおおぉッ!!!」
無数のレーザーを弾きながら、オレは一直線に艦隊へと突っ込んだ。鋭く尖ったその船体が、次々と艦隊に風穴を開けて行く。
そのあまりに突然の反撃に対応しきれなかったらしく、次々と宇宙正義の艦隊が爆散していくのが視界の端に映った。
縦横無尽に飛び回り、破壊の限りを尽くすオレのその速度の前に、バラバもどうやら照準を定められないようだ。
ーーーよし、もう一度……!
旋回し、再び突撃しようとしたーーーそのとき、火花とともに簡易生体コネクタから二本の鍵が弾き出された。
「ーーーッ!?」
くそッ!だったら次の手だ
ーーーーVALCANーーーー
無防備となった機体の船底に幾多もの砲身を束にした兵器を生やし、再度加速して艦隊へと突っ込む。
「蜂の巣にしてやる!」
戦艦目掛けて放った数千発の弾丸だったが、それらは全て敵に届く前に防がれてしまった。
バリアかーーーそうだった、忘れてたぜ。
フラッシュプリズム・コンバーターを搭載した大型戦艦は、簡単に撃墜されないように強固なバリア発生装置を備え付けたんだった。
オレは低く舌打ちした。
それならーーー!
前方の戦艦の、その艦首から放たれたフラッシュプリズム・コンバーターの強烈な光を辛うじて躱し、一気に接近するべく加速する。
「喰らえ!」
すれ違いざまに至近距離からバルカン砲を撃ち込まれ、エネルギー兵器を放っていたその艦首が派手に爆発炎上する。
「なぜだ……ッ!?」
「けっ、当たり前だろ。てめぇらが使ってるその戦艦や兵器を、誰が造ったと思ってやがる!」
フラッシュプリズム・コンバーターを発射する際、戦艦の前方に展開されるバリアは一時的に解除されるーーー開発者として、自分たちの造り出した兵器に関する情報はすべて頭の中に詰め込んである。これもそのひとつだった。
爆発が連鎖するその場から急上昇し、バラバの後方へと回り込んで狙いを定めた。
躊躇うことなく引き金をひくと、砲身が回転して無数の弾丸が艦底のある一点を削る。槍状光波熱戦砲の砲身にほど近いそこには、中枢機関が集まるバラバの心臓部があるのだ。
しかしその装甲はあまりにも強固だった。
これだけの弾丸を全て弾いた上に、その外装には傷ひとつ付いていない。
ーーーまぁそれも当たり前といえばそうだ。
この母艦もまたオレと田中で設計、開発したものなのだ。そんじょそこらの攻撃では壊れないとびきりの頑丈な装甲に、槍状光波熱戦砲や無数の迎撃システムを搭載した宇宙正義の切り札ーーーまさかそれが、こんな形で敵になるとは思いもよらなかった。
さすがオレたちの造った戦艦だ。ダテじゃないぜ。
……などと自惚れている場合ではない。
オレは手の中に転がる数本の鍵をちらりと見やった。
フラッシュプリズム・.コンバーターのメモリクレイスが淡い輝きを放つ。
出し惜しみしててもしょうがねぇ!
鍵を生体コネクタへと挿しこもうとしたーーーその時。
「ーーーッ!?」
不意に上空から降り注ぐ弾丸の雨。バラバの砲台から放たれたそれを反転して躱し、大きく旋回して急降下する。
体勢を立て直して再び上昇しようとしたオレの目に飛び込んできたのは、赤黒く禍々しい光だった。
しまったーーーそう思った時には既に遅かった。
バラバから放たれた槍状光波熱戦砲が、無防備となったオレの飛行船を貫くべく目の前に迫るーーー!
次の瞬間、どこからともなく割って入ってきた銀色の影が、その光を掻き消した。
銀色の影ーーー高エネルギー生命体の兵士だ。彼だけじゃない。いくつもの流星が次々と宇宙正義の艦隊へと立ち向かっていく。
オレを助けてくれた兵士が振り返って頷いた。
「君のおかげで、俺たちは戦う理由を取り戻すことができた。感謝する!」
敵艦隊へと突っ込んで行く彼らを追い、オレも再び飛行船の速度を上げる。
高エネルギー生命体の参戦により、戦況は一転した。
至る所で爆発が巻き起こり、次々に艦隊が沈んで行く。改めて、高エネルギー生命体という種族の強大さを知る思いだ。
ーーーオレも負けてらんねぇな……!
降り注ぐ砲撃を避けて母艦バラバへ一気に接近すると同時に、生体コネクタに鍵を挿し込んだ。
ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー
撃ち出した光の束がバラバの主砲に程近い部分に直撃する。しかしこの攻撃をもってしてもなお、外装が僅かに吹き飛んだだけで致命的な損傷を与えるには至らない。
くそっ、我ながらとんでもない物を創り出しちまったもんだぜ。
どうしたらーーー悩んでる場合じゃない。上手く行くかどうかなど微塵も考えないまま、オレは通信機に向けて叫んだ。
「オレの狙う一点に攻撃を集中してくれ!!」
言うや否や再度フラッシュプリズム・コンバーターを放ち、僅かに削れたバラバの弱点部を更に抉る。
そのとき、不意に飛行船の背後からも何本ものエネルギー波が伸び、フラッシュプリズム・コンバーターの光に重なるようにしてバラバへと突き刺さった。
バラバを攻撃していた高エネルギー生命体の兵士たちが、オレの通信を受けて集ってくれたのだ。
コックピットの外で光線を放つひとりの高エネルギー生命体が、オレを見て力強く頷く。
オレは合図するように頷きを返したーーーいくぞ!
凄まじい威力の光が束となり、まるで虹のような輝きをもって母艦を穿つ。
「いっけぇええええ!!」
光を撃ち込まれ続けた母艦が、遂に爆炎を噴き出して静かに高度を下げていく。
恐ろしいことにあれだけの攻撃を集中させたのにも関わらず、バラバを完全に破壊することはできなかった。撃墜されたと言うよりも、ただ機体の一部損傷のために緊急着陸しただけといったように見える。
それでも、機能を停止した母艦の修理に途方も無い時間と技術力が必要になることは変わりない。
破壊はできなかったが、この戦いの中でバラバが再起動することはないだろうーーーそれだけでも充分だ。
横にいた高エネルギー生命体の兵士が微笑んで親指を立ててみせる。オレはそれにニヤリと笑って応えた。
ーーーその瞬間、降り注いだ紫の光が、目の前の彼の身体を貫いた。
「え…?」
みるみるうちに銀色の身体から色が抜け落ち、恐怖に見開かれたその目から星を宿したような輝きが失われていく。
「う…うわああああァアアアア!!」
断末魔の叫びだけを残し、高エネルギー生命体は黒い粒子となって消滅してしまった。
驚きのあまり、言葉はもとより声さえ失ってしまう。
ーーーなんだ?何が起きた…高エネルギー生命体が、消滅した?そんな馬鹿な……。
それも見渡す限りあちこちで、次々と同じように高エネルギー生命体が黒く塗りつぶされて宙に溶けていくではないか。
降り注ぐ紫の光の光源は、空を覆う黄金のオーロラの中からーーーその中に佇む"道標"から放たれていた。
混乱するオレの頭に声が響く。
「驚いたかい?これが今回のメインイベントさ。高エネルギー生命体が絶滅する瞬間なんて、滅多に見られるものじゃないよ?」
どこか楽しげなその声は、オルトのものだった。どうやらオレの頭の中に直接テレパシーを送り込んでいるようだ。
「高エネルギー生命体は、たとえその肉体を失っても精神まで失うことはない。力尽きることはあっても、エネルギーさえ補充できれば再び動くことも可能だ。キミたちとは命に対する概念がまるきり違うからね。
"道標"はね、そんな彼らを完全に消し去ることのできる唯一の存在なんだよ。
分からないかい?プラスの終極である高エネルギー生命体にとって、マイナスの終極である"道標"の光を浴びることは致命傷になるってことさ。負の意思に蝕まれ、身体はおろかその存在さえも維持できなくなり、やがて跡形もなく消滅する……キミもいま、その瞬間を目の前で見ただろう?」
「ふざけんじゃねぇ!!」
オレは怒りのままに黄金のオーロラへと飛び立つ。
「これでも喰らいやがれッ!」
叫びと共にフラッシュプリズム・コンバーターを撃ち込んだ。眩い閃光と共に、莫大なエネルギーの塊が黄金のオーロラへと炸裂する。
空気が震えるほどの衝撃が走り、強烈な光がオーロラ内部の"道標"を捉えたーーーはずだった。
「な…!?」
しかしそのエネルギーの塊は"道標"に届くことはなかった。
何物かによって呆気なく弾かれ、遥か彼方の空へと消えていく光の軌跡を尻目に、信じられない思いで呆然と空に浮かぶ奴を見つめる。
黄金のオーロラの中に揺らぐ"道標"のその背中から、八本の触手が伸びていた。各々がまるで意識を持っているかのように蠢き、伸縮を繰り返している。
フラッシュプリズム・コンバーターはそのうちのたった一本の触手によって防がれてしまったのだ。
オレは舌打ちをしながら必死で頭を巡らせる。
まだ諦めるには早い。次の手をーーー!
その横を、何人もの高エネルギー生命体たちが駆け抜けていく。
幾千万の光の束が、七色の光球が、休む間も無く次々と"道標"へと撃ち込まれた。しかし自由自在にしなる八本の触手が、そのすべてを訳もなく弾き返す。
それでも仲間たちは諦めない。
「みんな、合体光線だ!」
複数の高エネルギー生命体が同時に光を放つ。それは本来なら生物が耐えられるような代物ではないのだろう。その凄まじい威力はまさに、どんな生命も一瞬で消滅させられるであろう破滅の光と呼ぶのに相応しかった。
事実それは"道標"の触手のうち一本を吹き飛ばし、がら空きとなったその本体を穿ったーーーその瞬間、誰もが勝利を確信していた。
しかし光線を受け切っても尚、"道標"は変わらずそこにいた。水面のような揺らめきのその奥で、赤く輝く瞳が邪悪に微笑む。
「バリアだ……」
オレは思わず呟いた。
間違いない、奴は身体の周囲に球状のバリアを張り巡らせているのだ。それも、あの破壊光線さえ楽に防ぐことができるほどのものが……。
こいつは、正真正銘の化け物だ。
オレは今更それを思い知った。
「まだだ!!」
オレたちの常識では計り知ることのできないその化け物に対し、それでも怯むことなく仲間たちは立ち向かっていく。
誰もが仲間の仇を討とうとしていた。
怒りに燃え、目の前の怪物を倒そうと必死だった。
そんなオレたちを嘲笑うかのように、オルトの声が響く。
「ーーーさぁ、終わりだ」
子供が無邪気に笑うような声と、頭が割れそうになるほどの鐘の音があたりに響き渡るーーー高笑いにも似たそれは"道標"の声だった。
瞬間、黄金のオーロラが弾け飛び、"道標"を中心に全方位へと向けて黒い光の波が放たれた。
その波に飲まれた高エネルギー生命体たちが、次々に光を失い、塵となって消えていく。
彼らが咄嗟に作り出したバリアも、彼らが最期の抵抗とばかりに放つ光線も、何もかもが無意味だった。
視界に映る全てが、瞬時に目前へと迫る黒い波の中で暗く塗りつぶされていくーーー。
「うぉあッ!!」
コックピットに激しい火花が散り、機体が大きく跳ねた。黒い波に飲まれたのだーーーそう理解した時にはすでに機体は錐揉みしながら地面へと落ちていく最中だった。
「うわぁあああ!!!」
情けない悲鳴をあげたのもつかの間、直ぐに激しい衝撃に襲われ、オレは宙へと放り出された。
勢いよく地面を転がったオレの近くに、小箱と二本の鍵が転がる。
おそらく限界を迎えたのだろう。サムタンキューブに貼り付けた簡易生体コネクタは黒焦げになって剥がれ落ち、小箱からも微かに白い煙が立ち込めていた。
畜生、酷使したツケが回ってきやがったか……。
オレが墜落したのはどうやらかつてM95星にあった、あの小高い丘の上らしい。眼下に破壊された前線基地や倒れた兵士たちが微かに見えた。その生々しい痕が、オレの心を更に抉る。
「ぐぅう……」
打ち付けた全身が激しく痛む。ロゴスにオルトにやられた分も相待って身体を起こすことさえ億劫なほどだった。それでも、立ち上がろうと必死にもがく。
痛みを堪えて見上げた空に浮かぶ無数の星々が歪み、その中から鐘の音が響いた。
「ーーーこの宇宙の住人たちにお知らせだ。
まずはようこそ、宇宙の墓場へ!
間も無くキミたちの宇宙は滅び、新しい宇宙が生まれる。もちろんキミたちもみんな死ぬよ。ひとり残らずね。でも心配はいらない。"道標"が、一瞬で全てを終わらせてくれるからね。キミたちにできるのはこの滅亡の前に恐怖し、絶望することだけさ。
最期まで足掻くも良し、大人しく死を受け入れて泣き叫ぶのも良しだ。残された時間を有意義に楽しんでくれ」
オルト……!
この空間全体に告げられたその言葉に、激しい憎しみと悔しさが込み上げる。
クソ……クソ………クソォ……ッ!!!
結局オレは、何も変えられないのか。
何も為すことのできないまま、ここでただ死を迎えることしかできないのか……!!
"道標"が鐘の音を鳴らしながらはるか上空へと飛んでいく。
高エネルギー生命体は皆死んだ。おそらく、あの場にいた全員が黒い波の中に消えたのだろう。
もはやこの宇宙でオルトに立ち向かっているのはオレだけではないか。
信じた仲間も、大切な家族も、何もかもを失ったオレに、果たして何ができるというのだろう。
「……そんなの、わかんねぇよな」
ぽつりと呟き、自嘲気味に笑う。
この状況で、オレに何ができるかなんてまるで分からない。
それでもやるしかないのだ。
このまま何もせずに死ぬなんて馬鹿げてる。
「……なぁオルト。悪いがこの宇宙は終わらせねぇよ」
力を振り絞り、なんとか身体を起こす。
「仲間たちと描いた理想を、オレはまだ叶えてない……だから、この宇宙をてめぇなんぞに渡すわけにはいかねぇんだ」
兜のモニター越しに、遥か彼方に浮かぶ"道標"をーーーその向こうにいるであろうオルトを睨みつけ、オレは叫んだ。
「……この宇宙はオレのーーーオレたちのもんだッ!!」
立つこともままならない状態で言い放ったその言葉は、強がりなんかじゃない。
これは意地だ。
死んでも曲げることのない、オレの正義そのものだった。
その瞬間、右手の中に光が溢れた。
何の前触れもなく唐突に、どこからともなく湧き出すその光が、手のひらの中で徐々に大きく、はっきりとした輪郭を形作っていく。
「歓びの……剣……!?」
やがて光の中から、銀色に煌めく剣がその姿を現した。その理由を考えるより先に、ゆっくりと、力を込めてその柄を握る。
「ーーーッ!?」
握りしめた柄を伝って、いくつものイメージが流れ込み、頭の中を駆け巡る。これはーーー。
ーーーこの空間のあらゆるところで、空を見上げて祈っている人たちがいた。
高エネルギー生命体が滅んでもなお、新体制の宇宙正義を相手に戦いを続けている兵士たちがいた。
空に浮かぶ"道標"に絶望することなく、未来を信じ続けている人たちがいた。
オレは、ひとりじゃない……!!
光を纏った剣が、熱い輝きを帯びる。
この剣は、最後まで諦めない人たちの心の形だ。
この熱は、絶望に屈しない愛の力そのものだ。
そしてとめどなく溢れ出すこの光はーーーこれが、"希望"か…!
高らかに笑う"道標"の声に、微かに震えが混じる。
奴が怯えているんだーーーオレの直感が告げた。
この正なる意思の光が"道標"に恐怖を与えているのなら、オレのすべきことは唯一つだ。
誰に説明された訳でもないのに、なぜかオレには、何をするべきか分かっていた。
「うぉおおおッ!!」
叫びと共に高く、天に向けて突き上げたその剣から、光の柱が立ち上る。一瞬の後に、それは空間を覆う歪みを真っ直ぐに貫き、眩い閃光と共に空一面に弾けた。
無数の光の線が、暗闇を裂いて地平線の彼方まで飛んでいく。その様はまるで星の雨のようでーーー。
幻想的な光景の中、星の降りしきる丘の上に、風が円を描いて輝きを運ぶ。
それはやがて収束を始め、徐々に人の形を現していく。
「ーーー光は遍くを照らす。光はどこにでもある。例えどんな絶望の中であったとしても、希望を捨てない者たちがいる限り、それは決して潰えはしない」
赤や青や黄色のラインが走る煌めく銀色の身体。
星を宿したその瞳。
光の中から現れたその姿。一目で高エネルギー生命体だと分かる彼が、真横に並ぶオレを見て微笑んだ。
「ありがとう。君のおかげで、俺はここに来ることができた」
剣を下ろしたオレの肩に手を置き、彼が力強く頷く。
「……キミ、誰だい?」
正なる意思の力を感じ取ったのだろう、苛立ち混じりのオルトの声が空間に響く。
「俺は"太陽の戦士"、ウルマ・アストラ」
彼はーーーウルマ・アストラは静かに"道標"を見上げ、その問いに答えた。
「ーーー友達を、助けに来た」
「オレはこれからも戦い続ける。
宇宙正義もオルトの企みも、全部蹴散らしてやるから任せとけ。この宇宙を取り戻すまで、オレは絶対に諦めたりしねぇからよ。
だから安心してくれよ、な?」
次回、星巡る人
第25話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで④この宇宙に正義の花束を




