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星巡る人   作者: しーたけ
11/54

第11話 私の居場所

「星巡る人」はエメラの視点で描かれるエメラたち三人のお話ですが、実は明確な主人公というのは決めていません。


この宇宙に生きる人たちはみんなそれぞれの物語の主役だと思っています。


エメラ、トラン、ラセスタ、ラベルト、ベリア、Mr.J、イオリ ……


みんなにそれぞれの物語があるから、毎回クロスオーバーのつもりでこのお話を書いています。


間が空きましたが、この先も色々な星を巡って様々な主人公たちと関わっていくエメラたちをこれからもよろしくお願いします。

「なになに、俺に会いに来てくれたの?」


「違いますから」


馴れ馴れしくかけられた彼の言葉に冷ややかに言い放つ。


大木の下に腰掛けた異星人ーーートラベ・ラベルトは、そんな私の態度にめげることなく話しかけてきた。


「ね、エメラって呼んでもいい?その代わりに俺のことラベルトって呼んでよ」


ーーーまったく、なんなんだこいつは。

ただでさえ人と話すのは苦手なんだから、そんなに積極的に来ないで欲しいんだけどなあ。


せっかくのんびり夜の空を見ようと思ったのに台無しだーーーそのとき、ふとラベルトの頭上で円を描く紙飛行機が目に入った。


「それ、なに?」


思わず尋ねると、ラベルトが得意げに答えた。

「これはメモリバード。情報を伝えたり、中継するための道具さ。ほら、こんな風にーーー」


メモリバードが空高く舞い上がると、ラベルトの目の前に上空から見た夜の街のホログラムが浮かび上がった。


「ーーーまあ、いまじゃ使ってる奴なんて殆どいないと思うけどね」


そう言って苦笑する 。


映像は夜の街から、夜の空へと変わっていた。

星々の瞬きがはっきりと映り、まるで自分か宇宙空間にいるかのように錯覚する。


私は自分でも気づかないうちに夢中で見入ってしまっていた。


「ラベルト…さんはこんな宇宙を旅してきたの?」


「そうさ、地上から見るほど綺麗なものばかりじゃあないけどね」


目を輝かせる私を見て、ラベルトが微笑んで続ける。


「エメラさ、もしかして旅に出たいの?」


ドキッとした。いままで誰にも話したことのないことを当てられて、動揺のあまり心臓が激しく肋骨を叩く。


ラベルトのまっすぐな瞳に、まるで心を見透かされているようだった。


「なんか、昔の俺に似てるなーって思ってさ。直感ってやつかな?」


顔が熱くなる感覚がして、悪戯っぽく笑うラベルトから顔を背ける。


「だったらなに、私を外に連れてってくれるわけ?」


ついつっけんどんな言い方をしてしまう。

心なしか、声も震えていたような気もする。




顔から熱が引いたのを確認し、ラベルトの方を見ると、意外なことにその顔は真剣そのものだった。

私を見つめ、彼が静かに言う。


「この宇宙は平和じゃないよ。遭難、事故、事件、戦争。いまも宇宙には危険が溢れてて、誰もが無事に居られる保証なんてない。みんな命がけなんだ」


脳裏に浮かぶ父の姿。

そういった宇宙の問題の幾つかの原因が自分の父なのだと、改めて思い知らされる思いだ。

そして私はその娘なのだと思うと、罪悪感といたたまれなさに心が沈む。


それに、いままでこの星で安穏と暮らして来た私が旅に出たところでどうなると言うのだろうか。むざむざ死ぬのが目に見えている。

案外、このまま何も知らないふりをして、ハリボテのような家族と生きることこそが私にとっては一番幸せなのかもしれない。


旅への憧れを捨てて、この窮屈な空の下でーーー。


「ーーーでもね、悪いことばかりじゃないよ。ここまでくるのにたくさんの辛いこともあったけど、全部が今の俺を作ってくれてる大切な思い出だ。だから今でも、この宇宙を旅するのは素晴らしいことだって胸を張って言える」


そう語るラベルトの目は、星空にも負けないくらいキラキラと輝いていた。


「エメラ、君が王女だろうとなんだろうと、旅に出たい気持ちは君だけのものだ。誰にも止められない。その気持ちが本物なら、俺が全力で力になるーーー約束するよ」


そう言ってにっと笑った彼の顔を、私は今でも忘れられない。






星巡る人


第11話 私の居場所







「よーお、エメラ。最近俺によく会いに来てくれるじゃん。なになに、もしかして惚れちゃった?かあ〜っ、モテる旅人は辛いなあ」


「そんなわけないでしょ。馬鹿なこと言わないでよラベルト」


あの日以来、私はラベルトに会うことが増えた。


「ったく、可愛げがねえなあ」

「悪かったわね、可愛げなくて」


「まあまあ、そう怒んなって。今日もあれだろ?」

「分かってるじゃん。聞かせてよ、ラベルトの旅の話」


月明かりに照らされた丘の上の大木の下で、私はラベルトのながい旅の話を聞かせてもらうことが好きだった。


特殊な力を持つ種族の話。

強く優しく賢い怪獣族の話。

行き倒れた宇宙大魔王を自称する変人にご飯を奢った話。


彼の話はいつも私を未知の世界へと連れて行ってくれる。

それを聞いていると、まるで自分もその場にいるかのようにドキドキワクワクが止まらなくなるのだ。



もちろん楽しい話ばかりじゃなかった。


はるか昔に起きた星間戦争のこと。

いまも星々の争いは絶えないこと。


ラベルトはそうした話も包み隠さず教えてくれてし、私もこの宇宙は平和ではないのだと何度も痛感させられた。


それでも私の憧れは揺るがなかった。



「よーし、じゃあ今日はアイテムの話だ!」


ラベルトがひっくり返した鞄からどさどさと様々な道具が転がり落ちた。

どれもこれも見たこともないようなヘンテコな形をしている。


メモリバード、コスモネット、 探知レーダー……教えてくれたたくさんのアイテムたちはラベルトの旅になくてはならないものなのだろう。その表面の細かなキズから年季が入りようが見て取れた。


「ま、いまじゃこんなの使ってる人ほとんどいないんだけどな。ずっと昔の道具だし……でも結構便利なんだぜ?」


ふと、ラベルトの後ろに黒いノートのようなものが見えた。


「ねえ、これはなに?」

私が黒いノートらしきものに手を伸ばすと、ラベルトが慌ててそれをひったくった。


「おーっとぉ、これは駄目」

そう言ってくるりと半回転し私に背を向ける。


「またこんどな」


肩越しに軽く振り向き、彼はいたずらっぽく笑うのだった。




ラベルトは自分の旅のことは話してくれるけど、自分の故郷や素性は決して明かしてくれなかった。


「俺が旅に出た理由?んー、宇宙中のいろんな女の子と仲良くしたいからかな」


嘘とも本音とも言えない言葉で、いつものらりくらりとかわされはぐらかされてしまい、まともな答えにたどり着けた試しがない。

そしていつも最後はこう言うのだ。


「俺はただの旅人さ」




ラベルトがこの星に来てから季節が幾つか巡り、丘の上の大木に幾つもの蕾が膨らむ時期になった。


「そろそろかな…」

いつになく穏やかな、それでいて真剣な面持ちでラベルトが私の方を向く。



大きな月が私たちを照らす、いつもの光景。

私が初めて幸せを感じたこの光景。


そのときふと、当たり前になっていたこの光景が終わる予感がした。


「エメラは自分の家族のことをどう思ってる?」


「え…」


脳裏に浮かぶ父の姿。

私は言葉に詰まってしまった。


「言いたくないならいいよーーーまぁ、俺は全部知ってるけど」


心臓が跳ね上がり、全身の血がさあっと引いていく感覚がした。


「宇宙政府所属、危機管理委員会文明監視員271号ーーーそれが俺のかつての名前さ」



ラベルトが黒いノートらしきものを取り出し、開いて見せた。


「これはコスモノート。使用用途は主に記憶の管理ってところかな」


ラベルトと見知らぬ人とのツーショットの立体映像が、画面の上に浮かび上がる。

切り取られた時間の中で、ふたりは心からの笑顔を見せていた。


「こいつはトビビタ。俺たちは同じ星出身の親友だったんだ。昔から旅に憧れてた俺たちは文明監視員の同期として様々な星を巡り、侵略を企てる星には時に処置を施してきた。俺たちはお互いを家族だと思っていたし、そんな毎日がずっと続くんだと信じて疑わなかったーーーあの日が来るまでは」


映像が切り替わった。

画面がぶれてノイズが走り、爆発音と悲鳴が響く。


「ある日訪れた星は至って平和でね、本当に侵略を企ててるのか不安になるほどだった。

でもあの日、突然その星を何千もの戦艦が囲んだ。突然の奇襲に俺たちはなす術もなく囚われてしまったんだ」


映像が変わった。

捕らえられたラベルトたちを、見慣れた人物が勝ち誇ったような歪んだ表情で見下ろしている。


映像の中のベリア・ルリアンが冷たい声で言い放った。


『お前らが来ることは分かってたんだよ、宇宙政府の虫どもが』


よく見れば父はメモリカプセルで投影されているホログラムのようだ。

きっと本人はあの日のように自室から見ているのだろう。


『なかなかおもしろいショーだったな。まあ、65点ってところか。どっちかが死んでくれてたら最高だったんだがな』


にやにやと笑う父の姿を見ると、胃のあたりにドス黒い感情が湧き上がるのを感じる。


『どうせお前らは今から死ぬんだ。最期の瞬間まで、精々楽しませてくれよ』


高笑いする父の姿が映像の中から消え、囚われの二人だけが残された。


「ーーーこの絶体絶命の状況を一刻も早く本部に伝える必要があった。そこで俺たちは残された唯一のテレポートバッヂを使うことを思いついたんだ」


ラベルトの顔が曇る。


「だけど奴らに気づかれた。奴らが武器を放つ前に、咄嗟の判断でトビビタは俺にテレポートバッヂを託した」


『頼んだぞ!』


ーーーそう叫ぶ声がして画面は暗転した。


「本部に戻った俺はすぐに進言した。あの星に至急救援を送れば、まだ間に合うと。でも本部は頑なに動かなかった」


ラベルトが拳を固く握り締める。


「銀河警察、文明監視員、恒星観測員…宇宙政府の上層部はすでにベリア・ルリアンと繋がっていたんだ。それどころか今回の俺たちの任務は、奴によって仕組まれていたものだった……!!」


その話のあまりの壮絶さに思わず目を背けてしまう。


ラベルトはどんな思いでこの星を見ていたのだろう。どんな思いで、私と話してくれていたのだろう。


それを考えると居た堪れなさや申し訳なさに胸が痛いほどに締め付けられる。


「俺はトビビタを助けるために文明監視員としての待機命令を無視して飛び出した。でもその星にたどり着いた時にはもうーーー」


その続きは、聞かなくても分かった。


「それからはエメラも知っての通り、ひとりで旅をしてたんだ。この星を目指してずっと、あいつに復讐するためだけに。…黙っててごめんな」


「そんな…謝らなきゃいけないのは私だよ!いままでラベルトがどんな思いで……!自分があなたの人生を狂わせた奴の娘だなんて……あんなのが親で、家族だなんて私、耐えられない……!!」


とめどなく押し寄せる感情の波を、言葉にならないままに吐き出す。自分が泣いていることにも気づかず、最後の方はほとんど絶叫に近かった。


そんな私を見て、ラベルトが一瞬、驚いたような顔をし、それからすぐに優しく微笑んだ。


「…ありがとう。ねえ、エメラ。この宇宙ではさ、誰でも好きな人と家族になれるんだ。血の繋がりなんてなくてもいい。そんなのがなくても、心の奥で強く繋がっていられる自分の居場所ーーー君が願えば、それが本当の家族になる」


頭にぽんとラベルトの手が置かれる。


「俺とトビビタはいまでも家族だし、俺とエメラも家族だ」


「ラベルト……」



そのとき、冷たい声が夜の静寂を切り裂いた。




「なるほど、大したものだよ」



咄嗟に声の方を振り向いたとき、ラベルトはすでに立ち上がり身構えていた。


「ーーーお父さん…」


視線の先で、ベリア・ルリアンが冷たい笑みを浮かべている。


「おまえが夜な夜なそこの旅人に会いに行ってることを知らないとでも思っていたのか。

我が娘ながら、頭の悪い子だ」


父の後ろには見たこともない武器を持った何十人もの兵隊が構えていた。いつも穏やかな顔をしているこの星の兵士たちが、一切の感情を失ったような目で私を捉えている。


「トラベ・ラベルト、この戦力差を見ろ。抵抗しようだなんて考えないことだな」


「お父さん!やめて!!」


しかし私の抗議の声は遮られた。


「まさかとは思っていたが、やはりあのとき逃した文明監視員だったか。お前の便利な道具で、いまの話はすべて聞かせてもらったよ」


父の手から何かの残骸が捨てられる。

軽い音を立てて地面を転がるそれは、ラベルトのメモリバードだった。


「あのときの宇宙政府への根回しは完璧だっただろう?ここまで辿り着けたことは褒めてやっても良いがーーーここまでだ」


父が手を振り下ろす。

背後の兵隊が武器を向けた。


「遥々こんな星までご苦労だったな」


その言葉を合図に、一斉に武器から何本もの光の線が放たれる。

その瞬間、私の視界は揺れ、身体が冷たい地面に打ち付けられる感覚がしたーーーラベルトが私を押しのけたのだと理解したときには、何本もの光の線がすでにラベルトの身体を突き抜けた後だった。


身体中から青い血を吹き出しながら、彼の姿がまるでスローモーションのようにゆっくりと倒れていくように見えた。


目の前の光景が信じられなかった。

ついさっきまで一緒に話してた相手が、いまはもうピクリとも動かない。


私は呆然としてしまう。

こんなの、何かの冗談だ。

悪い夢だ。そうに決まってる。


ねぇ、起きて。起きてよ、ラベルト……。


動かなくなった彼の身体を踏み越えて、兵隊達が私を拘束する。

その向こうに、残忍な顔をした父が見えた。



そのとき、これが現実だと知った。


力いっぱい、彼の名前を叫んだ。


だけど、彼が起き上がることはなかった。






兵士たちに抱えられ、城の大広間に投げ入れられた。

したたかに床に体を打ちつけ、一瞬息ができなくなる。


「気分はどうだ、エメラ」


見下ろす父をまっすぐに睨み返す。



さっきラベルトが庇ってくれなかったら、お前も死んでいたんだーーー冷たい父の目がそう言っていた。



「最低の気分よ」


吐き捨てるように言葉を絞り出す。


こうなってしまったからにはもう隠し通せない。

お母さんとお姉ちゃんにこのことを伝えて、なるべく遠くに逃げなくちゃーーー!


「あら、何をしてるの?」


とっさに声の方を振り向く。


大広間の大階段の上に、母マリア・ルリアンと姉シス・ルリアンが立っていた。


足が震えて舌がもつれる。


言葉にならないかもしれない。

信じてもらえないかもしれない。


でも私が知ってることを、いま全部伝えなくちゃ。

私の大切な母と姉なんだから。


「ふたりとも逃げて!お父さんは悪い人なの!危ない武器を宇宙中に売り捌いて、人を殺すのに躊躇いがなくて、最低で最悪のーーー」




「あらあら、エメラ。なにを言ってるの?

私たちもその仲間よ?」





予想外の言葉に、目の前が暗くなる。


「……え?」


隣で姉の顔がニヤリと歪む。



信じられない。


まさか、まさか、まさかーーー。


「いままで気づかれてないと思ってたのはアンタだけよ、おバカさん?」



コツン、コツンと音を響かせ、階段を一段ずつ降りてくる。

微笑む彼女らの顔は、私の知ってる家族の顔ではなかった。



「エメラ、お前も俺の道具(かぞく)だ。俺のために働け…!」



味方は、いない。



私の味方をしてくれる人は誰もいないのだ。



もう……だめだーーー。




ーーー真っ暗な世界の中、心に彼の姿が浮かんだ。







そのとき、大きな爆発音が響き、私の目の前で大広間が吹き飛んだ。




硝煙のなか、突っ込んできた小型の飛行船のハッチが開き、中から背の高い姿が現れた。


頭の後ろで結われた長髪がふわりと揺れ、私の方を振り向く。



「よーお、迎えに来たぜ 、エメラ」



今日はどうしたというのだろう。

さっきから信じられないことの連続で、頭の処理が追いつかない。


ラベルトが生きている?

どうして…ついさっき私の目の前で倒れたはずなのにーーー?


ボロボロのラベルトがニッと笑う。


「悪いな、俺はまだ死ねないんだ」



その笑顔を見てホッとしてへたり込んでしまう。


なぜか自然と涙がこぼれた。


「…よかったよお、ラベルトぉ」


「ほらほら、泣くなよ。とりあえずここから出るぞ?」


ラ ベルトが私の手を取り立ち上がらせる。



「行かせると思うか?」


投げかけられる怒りに満ちた冷たい声。


飛行船を挟んだ反対側に、ベリア、マリア、シス、そしてたくさんの兵隊たちが構えていた。


「貴様、なぜ生きている…!」


「切り札は取っとくもんだろ?」


ラベルトが手のひら大の青い玉をベリアに見せつけた。


「固形型の予備生命装置…?ほぉ、面白いものを持っているじゃないか。だが所詮一度きりの使い捨て道具。もう一度貴様を殺せば済む話だ」


「ほっとけ、もう死ぬつもりはねぇよ」


あくまで挑発的なラベルトだけど、近くで見るその背中はボロボロで、考えれば考えるほど勝算なんてないような気がしてしまう。



周りは敵だらけ、しかも武装してるときてるーーーなのに私は、不思議と怖くはなかった。


ラベルトがいてくれる、ただそれだけで安心できた。



「貴様は…いったいなんなんだ?」


この状況が分かっていないのかと言わんばかりのベリアに、いつものようにニッと笑ってラベルトが言い放った。



「どこにでもいる、普通の旅人さ!」



ベリアがふんと鼻で笑う。


「そこにいる虫どもを始末しろ」


兵隊たちが一斉に武器を構えた瞬間、ラベルトが鞄の中から小箱のようなものを取り出した。


「遮断ボックス!」


掲げられた小箱からまばゆい光が迸り、飛行船の周りに立方体の壁が現れる。


兵士たちの武器から放たれる光の束も壁を突き抜けられないようで、シスとマリアのイライラしたような金切り声が大広間に響く。


ベリアがこちらを憎々しげに睨みつけてるのが見える。


一瞬、目があったような気がしたが、ラベルトが私を飛行船の中へ急がせたため確認はできなかった。


「このバリアの持続は3分が限界なんだ、時間がない」


そういってコックピットの計器類をいじりながら、私に銀色の小さなバッジを手渡した。


「それは拡大版テレポートバッヂ。いまから君を飛行船ごとこの城の外へ送る。本当はこの星の外に送りたかったんだけど、逃げられないように対策されてるみたいで設定できなかったんだ」


「え…ラベルトはどうするの⁉︎」


「俺はあいつらと決着をつける」


まるでそれが当たり前だと言わんばかりにラベルトが笑う。


「何バカなこと言ってんの、あの数見たでしょ?ひとりで向かうなんて無茶だよ!」


「なになに、心配してくれてんの?いやー、嬉しいなあ」


いつもと変わらない、呑気すぎるラベルトにイライラとしてしまう。


「あんたねぇーーー」


言いかけたその言葉はラベルトに遮られた。


「エメラ、君は信じることの難しさを知ったはずだ。血が繋がっている存在にすら裏切られ、傷つけられる…この宇宙にはそんな悪意に満ちたことが嫌になるくらいに溢れている」


ラベルトの背後で、低い音を立ててコックピットの計器類がチカチカと明滅するのが見える。


「それでも、人を信じる気持ちを忘れないでほしい。これから旅をしていく中で、その気持ちが必ず君を前に進ませてくれる」


彼の瞳が、まっすぐ俺を見つめる。


「だからーーー」



そしていつものように、ニッと笑って言った。



「ーーーまずは俺を信じろ!」



次の瞬間、テレポートバッヂから眩い虹色の光が溢れ、コックピットを包み込んだ。


光に照らされたラベルトの顔が、段々遠くなっていくのが分かる。



まだ伝えたいことをなにも言えていない。

こんなにお世話になったのに、なにも…。

これが今度こそ最後になってしまうかもしれないというのに……。



私は必死に彼を呼んだけど、虹の中ではもう自分の声すら聞こえなかった。





どこまでも突き抜けるような浮遊感の中、私の意識は光に溶けていった。












柔らかな風が髪を揺らし、桜の花びらを空へ運ぶ。


私は丘の上から変わり果てた我が家を見下ろしていた。



あの日、テレポートバッヂで飛行船ごと移動させられた私が見たのは、夜の空を覆ういくつもの巨大な艦隊だった。


一斉に放たれる光の束が私の見慣れた光景を焼き尽くしていく。


呆然と立ち尽くす私の眼の前で、ルリアンの城は轟音を立てて崩れ去った。





ふと気づくと、私の真上をいくつもの飛行船が飛んでいくのが目に入った。

ここ最近、ルリアンの空は宇宙中のマスコミで大いに賑わっている。


当たり前といえばその通りだろう。


平和な星を突然襲った武装戦艦。

圧倒的な武力差で星中への無差別な攻撃を行い、王族は全員行方不明ーーーマスコミが放って置くわけがない、格好のネタだ。



でも実際のところ、報道の内容は事実とはかなり違うと思う。



武装戦艦はベリアの仲間だろうということはなんとなく察しがついていた。

心中を図るようには思えないーーーラベルトごと城を破壊して証拠を隠滅し、自分たちは行方不明を装って組織に身を隠すーーー憶測だけど、そんなところだろう。


この星はこれからどうなるのだろうか。


ふとそんなことを考える。


王族は私もふくめて行方不明ということになっているし、中心国家はほぼ壊滅状態だ。おそらく今後は宇宙政府の保護のもとに統治されることになるのだろう。



ーーーお別れかな。



長い間この星から出たいと思ってたけど、いざこうして旅立ちの時が来てみると意外と寂しくて、思わぬ感情に自分でも戸惑ってしまう。


色々な思い出のあるこの丘とも、散りゆく桜ともこれで最後ーーー。



「 …ったく、なんて顔してんだ」



背後からかけられた言葉に振り向くと、トラベ・ラベルトがいつもの笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「大切な旅立ちの日だぞ?もっとシャキッとしててくれよ」




ーーーあの日、武装戦艦の攻撃で崩れ去った城の中からラベルトは帰ってきた。


「言ったろ?俺を信じろって」


ボロボロの姿だったけど、泣いてる私にニッと笑ってみせてくれた。





「俺は俺で旅に出ることにするよ」


そうラベルトに告げられたのはそれから何日か経った日のことだった。


「俺の大型戦艦はいつのまにか壊されちゃってたし、小型の飛行船もエメラに貸したやつしか残ってなかったけど、ラッキーなことにこの星にはちゃんと宇宙に出る技術があったんだ。いままでベリア・ルリアンがその技術を独占して、一般の人達に隠してたってだけでね。だからその飛行船をひとつ頂戴すれば、丁度いいかなって思ってさ」


あまりにもあっけんからんと言うから呆気にとられてしまう。


「この飛行船と、俺のアイテムボックスは俺からの選別だ。大切に使えよ?」


「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな私一人でなんて…!」


「なに言ってんだ。この一年、俺がしっかり教えたろ?大丈夫、自分を信じろ」


「でも…私まだお礼もなにもしてないのに…!」


困り果ててる私の顔を見て、ラベルトが笑う。


「旅人は誰かに助けられたら、必ず恩を返すんだ。それがどんなに小さなことでも、助けてくれた人の力になれるよう自分なりに精一杯努力する必要がある」


私の髪をくしゃくしゃっと撫でる。


「だからエメラが俺に助けられたと思うなら、いつか俺に旅の中でできた君の家族を見せてくれ」


「そんなのできるかどうかもわからないのに…!」


「できるさ。言ったろ、家族に血の繋がりなんか必要ないって。きっとエメラが大切に思える居場所が見つかるって、俺が保証する」


そう言って笑う顔がすごく印象的でーーー。






ーーー目の前にいるラベルトの笑顔に、記憶の中の笑顔が重なる。


「なにぼーっとしてんだよ。俺の旅立ち、しっかり見送ってくれよ」


「…あ、うん、ごめん」


何だろう、この寂しくて切ない気持ち。

ようやく旅立てるというのに、心はまだ別れたくないと言ってるような気がする。


ラベルトが私の心を見透かしたように言う。


「誰でも踏み出すのに勇気がいる。不安になったり心配に思うこともある。平和とは程遠いこの宇宙で、自分がどうなるかなんて誰にも分からない。でもどんなときも君の旅路は君が、君自身の手で切り開いていくんだ。ーーー俺は、エメラなら大丈夫だって信じてる」


心の中に暖かい気持ちが広がる。

すこしだけ、不安がほぐれた気がした。


「さあ、出発だ」


ラベルトの背後に小型の飛行船がふわりと浮かび上がる。


私はそのとき、どんな顔をしていたのだろう。

ラベルトが私をみて吹き出した。


「なんて時化た顔してんだよ。こういう時は笑顔で見送るもんだぞ」


「だって…」


「二度と会えない訳じゃないさ。前に言ったろ、いつか俺にエメラの家族を見せてくれって」


いつもとは違う、満面の笑みのラベルトがそこにいた。



「いつかこの宇宙のどこかでまた会おうーーー約束だ」




ラベルトを乗せた飛行船が遠く遠く離れていく。

舞い落ちる花びらが、風に乗って再び舞い上がる。


桜の降る丘の上から、私はいつまでも空の彼方を見ていた。



そして大切な家族の言葉を胸に、私もまたQQ星を旅立った。








ーーーふと、目が覚めた。


目の前にはコスモノートとメモリバードが設置されたコックピット。

計器類がいつものようにちかちかと明滅を繰り返している。


イオリとラベルトの話をしたからだろうか、ずいぶんと懐かしい夢を見た。


口の端のよだれを袖で拭い、大きく伸びをする。


トランとラセスタはきっと今頃飛行船内の自室で寝ているのだろう。


この小型飛行船は意外と中が広く、持て余していた空き部屋をいまはそれぞれの自室として使ってもらっている。


ーーー私もちゃんとベットで寝るかなあ。


立ち上がったとき、背後の扉が開いた。


目の前に見えたのは、いくつもの大きなおにぎり。


まだ寝ぼけているのかと思わず目を見開くと、なんのことはない、トランとラセスタがおにぎりの乗ったお皿を持って扉の前に立っていた。


「ふたりとも、どうしたの…?」


顔を見合わせ、ふたりが笑う。


「ほら、エメラ疲れてるかなって思ってさ」

「最近ずっと運転してたでしょ?」



そう言われるとおなかが空いている。

思えば今日は一度もご飯を食べていない。


「ほら、みんなで食べよ!」


ラセスタが机の上にお皿をのせる。


「俺も作ったんだ」


得意げに言うトランを見てラセスタが笑う。


「この変な形のやつがトランのだよ!」

「それは言わないで欲しかったなあ」


そんなふたりを見てると、思わず笑みがこぼれる。


ラセスタとトランがこちらを不思議そうに見た。

「どうしたの、エメラ」

「このおにぎり、そんなに変かな?」」


私は首を横に振った。


「なんでもないよ。ふたりともありがとう」




ーーーねえ、ラベルト。





私は宇宙のどこかで旅をしているであろう大切な人に想いを馳せた。




ーーーこれが私の家族。



大切な、私の居場所だよ。

「ぬわははははは!今日こそ俺様がお宝をいただくぞ!」


「強いて言うなら、君に興味があるんだ」



「君たちは…だれ?」



次回、星巡る人

第12話 ひとりぼっちの戦場

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