09 愛をこめてないけど花束を
「朱美、頼む」
玄関先でそう言う颯太君に私は目を丸くしてしまう。
今日は休日。薫さんは会社の付き合いがなんちゃらなんちゃらと言って外へ行ってしまった。
「え、別にいいけど……」
「ほんとに! やった!」
私がそう返事をすると、颯太くんがぱぁっと明るい笑顔を見せる。
颯太くんからの申し出は「早紀にプレゼントを買いたいから、手伝ってほしい」というものだった。
「早紀ちゃんにプレゼントって、なんかの記念日なの」
「うん、今日は早紀と付き合った日」
そう言う颯太くんの笑顔が眩しい。
神様よ。どうしてもっと私に記憶を取り戻させてくれなかったんだ。本当に。
そうすれば私は乙女ゲーの知識を活かし彼を攻略したというのに。なんで薫さんと結婚してしまった後になってから思い出すのよ……。
ハッピーエンドの後の乙女ゲーの世界とか。乙女ゲーの設定なんも活かされてないから。ときめく学園生活も薫さんとの時間にほぼ費やした(故)あーたんが憎い。
ロリックマは乙女ゲーの世界とか言ってたけど、これ乙女ゲーの世界である必要なんもないからね。単なるズッ友と言う名の迷惑な隣人が居るだけだからね。
「なに買うかとか決めてる?」
「花を送ろうと思って」
「なるほどー。今からなら時間あるし良いよ」
「いやー助かる。俺、運転できないし」
そう言って颯太くんがてれてれと笑った。
待て。何で私がアッシーくんに。確かに私は車運転できるけども。
ち、と舌打ちしかけたが颯太くんのキラキラスマイルを画面越しではなく、直で見るとその破壊力にやられすんなり承諾してしまった。
「どこ行けば良い?」
「近所の花屋で良いよー」
き、近所の花屋……!?私に車出させたならせめてちょっと遠いイオソモール行くとかにしなさいよ。なんて怒りがふつふつと。これが薫さんだったら確実に首絞めてた。
「き、近所の花屋なら歩いていけば?」
「いやー、百本のバラ買おうと思ってさー。持って帰るの大変じゃん?」
「早紀喜ぶだろうなー」なんてこれまたてれてれしているので何も言えなくなった。
結婚記念日に離婚しかけた私達とは程遠い世界にお住みになっていらっしゃる。
*
百本のバラをマジ買いし、後ろの席に我が子のように大切に置いた颯太君。シートベルトまでかけようとしていたレベル。流石にそれは止めたが。
「朱美はさ、結婚記念日に薫に何かもらった?」
「えー別に……」
マンションの駐車場で、車から降り後ろの席に置いていた百本のバラを、よっこいせと取り出して抱えた颯太君がそう言う。
がちゃ、と車の鍵を閉めて曖昧な答えをすると、隣を歩いていた颯太君の足がぴたりと止まった。
「……朱美と薫、上手くいってないの?」
わ、忘れてた……。やばい、今にもポケットからカッターが出てきそうな颯太君の虚ろな表情。頼む、百本のバラを抱えて死ぬのはよして。颯太くんみたいなイケメンにはぴったりな死に方だけどさ。
「そ、そんな事ない!」
「じゃあ朱美、何貰ったの? 何も貰ってないとかありえないよね。だって高校時代から薫は記念日を凄い大事にしてたし、一回も忘れた事なんかないもんね。いっつもいっつも朱美が一番喜びそうなものをプレゼントしてたもんね。結婚記念日なんていう大切な日に、薫が何もあげてない訳ないよね」
な、なげぇ……。
ここで半端な言い訳をすればきっと颯太君は死ぬ。でも何も貰っていないのにどうやってでっちあげろと。そこで私はピンときた。愛とかいう、形のないものを貰ったなんていう適当な脳みそパッパラパーポエム系女子を気取ればいいのだ。
「か、かーくんからはいーっぱいの愛を貰ったのよー! 目には見えないけど、とっても嬉しかったわー!」
そう言うと颯太くんはぽかんとした表情に。
や、やばい……ミスったかも……。背筋が震えるのを感じた時、颯太君は意外な言葉を口にする。
「その手があったか」
「……はい?」
「やっぱ薫はすげーよ! そうだよな、こんなバラなんて目に見えるものよりも愛の方が大事だよな!」
「待って、なに言ってんの急に」
「これ、朱美にやるよ! 俺、早紀にあげるのは愛にする!」
私に百本のバラを押し付けた颯太くんはすたこらさっさとマンションに向かって走っていく。駐車場に取り残された私は、抱えるのでいっぱいいっぱいな百本のバラを見て放心状態。
……って待て待て待て。こんな大量のバラを押し付けられましても。
「おい、ロリックマ」
部屋の扉をばんと開けるなり私は、車の鍵を食卓に放り投げソファに座っていたロリックマの横に腰を下ろす。
ロリックマは流石に私が大量に持っていたバラの花に驚いたようで、びくと体を揺らした。
「あんた雑食って言ってたでしょ。食え」
花束から一本バラを取り出し、ロリックマの口元にやる。ぐりぐりと赤い花弁がロリックマの頬に食い込む。
「いや、流石に花は……というよりそんな大量の花どうしたの?」
「そんなのはどうでもいいの。とりあえず食え」
とりあえず薫さんが帰ってくるまでにこの百本全部、ロリックマに食わせる。その作戦で行こう。
あの人にこんなバラを見られればきっとゴミを見るような目で見られるに違いない。例え颯太君に押し付けられたものだと説明したとしても。
ならばロリックマ処理機にお願いするしかない。
「ほら、はやく」
「ちょ、ちょ、あけ、ほががががががががが」
後半はロリックマの口に花を突っ込んだのでロリックマが何といっているか不明に。よし、この調子でどんどんロリックマに食わせよう。そう思った時ドアが開く音と「帰った」といういつも通りの薫さんの声が。
おそるおそる後ろを振り向けばゴミを見るような目で私を見る薫さんの姿があった。
「……お前なにやってんだ」
「ロリックマに餌付け……」
ロリックマは花弁をほげええええと吐き出している。
薫さんはロリックマの横に腰を掛ける。左には大量の花束を持った私。真ん中には嘔吐しているロリックマ。右にはロリックマの背中をさすっている薫さん。もうなんなのこれ。
「お前、ロリックマをいじめるのも大概にしろよ。ロリックマは天使なんだ。お前いつか天罰くだるぞ」
第三者から聞けば脳みそ沸騰発言だが、薫さんのその言葉にぐっと押し黙ってしまう。
流石に天罰を食らうのは嫌なので、アーメンハレルヤピーナッツバター。なんて適当に祈っておく。
「それにしても何だその花束」
「朱美が薫宛てに買ってきたんだってさ」
私の方を見て、にや。とロリックマが笑う。こいつ反撃してきやがった。
誰が愛を込めてないのに花束なんか送るもんか。
「死ね」だとか返ってくると思ったが、薫さんはじとっとした目で私を見た。
「……買いすぎだろその量」
まさかのマジレス。
ちなみにその夜颯太くんは宣言通り、早紀ちゃんに溢れんばかりの愛を上げたようで昨日とは違う意味の「花崎早紀が黙ってない」という状況に、私も薫さんも寝室で頭を抱えた。