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07 かおるさん

「朱美」


 そんな声に背筋が震える。

 夕食・お風呂なんていう夜のイベントを済ませて、ソファーでしょうもないバラエティを見ていた時だった。


 私はそっとその声の方を見てみる。

 そこには、ジャージ姿で、もうコンタクトを外したのであろうオシャンティなメガネをかけた糀谷さんがいた。頭をタオルでごしごし拭きながら。



「お前もう寝んの」

「待て待て待て、いまなんて言いました?」

「……『お前もう寝んの?』って」


 なにこの人真顔でギャグ言ってんの?なんて思いながらぷつ、とチャンネルでテレビの電源を消す。

 糀谷さんは今だ私が何を言いたいのか分かっていないようで眉を少し寄せながら、首をかしげている。



「いま、私の事『朱美』とか言いませんでした?」

「ああ……言ったっけ?」


 糀谷さんはぼんやりしながらそう言った。

 「言ったっけ?」って何よ。言ってるに決まってんだろ。なんて言いかけたが糀谷さんが「俺マジで言ってた?」みたいな間抜けな表情をするものだから、大きなため息が漏れた。



「俺もお前も同じ『糀谷』なんだから。別におかしくないだろ」

「いやいやいや、マジでキモいから……」

「……じゃあ、あーたん?」

「殴っていいですか?」


 糀谷さんは私の反応を見て楽しんでいるらしく「怖い怖い」なんてわざとらしくそんな言葉を言う。



「そういや、なんで『あーたん』とかいうキモいあだ名付けたんだ?」


 糀谷さんが、タオルで髪をごしごしと拭きながらそう言った。

 知るかよ、昔の自分に問うてみろ。なんて思いながら私はただ黙って彼の顔を見ていた。

 あーほんと、顔はかっこいいし好みなんだけどな。口開かなかったらいいのに。



「……俺、暗黒時代にお前の事『朱美』って呼んだ事あったっけ?」

「知りませんね、あーたんは死んだんで」


 謎に無言で糀谷さんと見つめ合った。

 糀谷さんは、ぼふ、と音を立ててソファーに座った。もちろんしっかり私との間に人ひとり分くらいの間をあけて。



「お前、『こうじたにさん』なんて長い言葉よく言えるよな」

「じゃあ糀谷。これからこの呼び方で行きます」

「敬意」

「あんただって『朱美』とか呼び捨てした時点で、私への敬意が足りてないでしょ」


 そう言えば、ばちっと糀谷さんと目があった。

 二人して無言で見つめ合う。……見つめ合うっていうか、睨み合うの方が正しいような気もするけど。



「……『こうじたにさん』ってCO2排出し過ぎだからやめときな。俺、超エコロジー人間だから」

「何言ってるんですか急に」

「『かおる』の方が地球に優しい」


 糀谷さんは、少し笑いながらそう言った。

 ガンガンに暖房を入れるあんたが、エコロジー人間を名乗るなよ。

 何も言わない私を見て、糀谷さんは「あと、隣の夫婦に怪しまれても面倒だし」とどう考えても、エコロジー人間がどうたらより先に持ってくるべき事を付け足す。



「糀谷薫、ねぇ……」


 ぽつりとそう言ってみる。

 この人は知っているだろうか。

 私が前世の時「薫なんて女くせー名前キャープスス」と笑っていた事を。もちろん同僚たちは「薫なんて名前、糀谷さんにぴったりだわ」なんて目をハートにしていたけれども。


 糀谷薫、なんて名前からおしゃれ感がにじみ出てる。

 そしてその人自身も、黒髪がよく似合ってすっきりとした目元が印象的な名前負けしないイケてるメンズ。



「薫、なんて女くさい名前」


 ぷす、と笑いながらそう言えばなぜかロリックマが「おいらはそうは思わないよ」なんてフォロー。

 糀谷さんは、少しだけ黙った。沈黙の意味が分からない。

 彼は少しだけちらっと私を見た後に、ソファから立ち上がり寝室に足を進めた。



「まぁ、別にどう呼ぼうがお前の勝手。無理強いするつもりもないし」


 突然の突き放すような言動に少しビビってしまう。

 いや、どう考えても糀谷さんの事をバカにしまくった自分が悪いのだけど……。


 寝室に向かう糀谷さんの背中を少し目で追った後、私もリビングの電気を消して、寝室に向かう。



「糀谷さん」


 もぞもぞとベッドに潜り込む糀谷さんの名前を呼んでみる。

 いや、何で呼んだかは分からないけど。


 彼は「なんですかー」なんていうウザい敬語を披露。



 隣の夫婦の事を思い返してみる。

 そう言えば、あの二人は「颯太君」「早紀」と呼び合っている。

 今は無いにしても、近いうちに私がぽろっと「糀谷さん」なんて零してしまった時、メンヘラサポートセンターが黙っているだろうか。いや、ない。



「かおるくん」


 ベッドに腰かけてそう言ってみれば、すでにベッドに潜り込み済みな薫さんはブッと吹きだした。



「お前の中でどういう経緯でそうなった……」

「いや、早紀ちゃんって『颯太君』って呼ぶし。そのノリで……」

「アラサーかおるくんはキツイ」

「確かに」


 糀谷さんは結構ツボに入っていたようで、肩を揺らして「かおるくん」という呼び方に笑っていた。

 颯太君は、颯太君って感じなんだけどなぁ。何なんだろう。この「かおるくん」の似合わなさ。

 この人が颯太君みたいな甘い感じの顔付きをしてないからかもしれないけど。


 ……ちょっと待て。でも、早紀ちゃんは「薫君」って呼んでる。違和感なく。

 そうか、呼ぶ側。つまり私に問題があるって事か。

 ……確かに私、人の事を「くん」付けして呼ぶようなキャラじゃないしな。颯太君は、あーたん時代からの名残でそう言ってるけど。


 くん、じゃなかったら……なんて思いつつ口を開く。



「……かおるさん」


 そうぽつりと呟いてみた。

 そして、おおシックリくる。なんて言ってみれば糀谷さんもとい薫さんは「さん、付けねぇ」と何故か若干不服そう。



「でも、何か凄くシックリこないですか? あんたマジで薫さんっぽいもん!」


 そう言えば、「別にどう呼ぼうがお前の勝手」と彼はまた同じ言葉を呟く。

 でも、さっきより優し気な表情をしていた。

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