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06 その時はドンペリでよろしく

 ぽん、と糀谷さんのスマホが音を立てた。普段はサイレントモードにしているのに。

 糀谷さんは今お風呂に入っていて、私は食卓でロリックマと食後のプリンを食べていた。


 私もロリックマも少し前かがみになって食卓の上に置いてある、糀谷さんのスマホに目をやる。糀谷さんは通知をオンにしているようで液晶画面に文字が表示される。


 佐々木加奈:糀谷さんの予定にあわせます♡



 そんな文面にロリックマと顔を見合わせた。ハートマークって。

 するとまた糀谷さんのスマホが音をたてる。


 佐々木加奈がスタンプを送信しました。



 そんな表示が。それを見て、はと鼻で笑った後に勢いよく背もたれにもたれかかってまたプリンを口に放りこんだ。

 スタンプ、どうせハートマークを飛ばしたパンダだとかそんな女子力に溢れたもんなんだろうな。なんて勝手に予想。



「佐々木加奈って誰? 朱美の知り合い?」

「知らない」

「……薫の浮気相手?」

「なら嬉しい」


 そう言ってプリンを頬張ると、両手をあげて、いまにもぷんぷんという効果音が聞こえそうな表情でロリックマが私を見た。



「朱美! 薫が浮気してるかもなのになんでそんなに冷静なんだよ!」

「乙女ゲーの世界に転生したとかイミフな事実を受容した後に、こんな事くらいで取り乱せるか」


 前世の事を思い出し、そしてここが乙女ゲーの世界だとか。そんなトンデモ展開に付き合わされた身とすれば、糀谷さんが浮気してるだとか、どうとか。そんな事屁でもないのだ。



「賠償金を億単位でふんだくる作戦が実行できそうで、なにより」

「困るよ! おいらは薫と朱美をこの世界に転生させた神様の下僕の天使なのに!」

「なに衝撃の事実カミングアウトしてんの?」


 まずロリックマ、お前天使だったのか。

 とりあえずツッコミどころは満載だったが、ロリックマはぺろっと重大な事を言ってしまったらしく、私がそれ以上突っ込んでも何も言わなかった。



「……おいらは、薫と朱美に仲良くやってほしい」

「隣人を殺したくないからでしょ」


 私が肘をつきながらそう言うと、ロリックマ黙ってしまう。

 この世界は乙女ゲーの世界。早紀ちゃんと颯太君がメインである。しかし何のバグか。それともただ単に私達とあのメインカップルが学生時代に仲良くなりすぎたのか。

 私たちの仲があの二人の生死に関わるという謎の事態に。



「糀谷さんが浮気しようと、勝手でしょ。別に私と好きで結婚したわけじゃないし」


 いや、多分昔は死ぬほど好きだったから結婚したんだけれど。

 ロリックマは私と糀谷さんの仲が壊死する事で、あの二人が死んでしまう事を食い止める役なのだろう。非常に大変な役回りだ。



「私もホストクラブ行って、シャンパンタワーでもやってこようかな」


 そう言うと、頭をタオルでごしごしと拭いた糀谷さんがリビングにやってきて「風呂」と言う。

 未だなにか言いたげなロリックマを無視して、私は浴室に向かった。








 糀谷さんが浮気してるかもだとか、最強にどうでも良い。

 私と今も夫婦を続けているのは全部、隣の夫婦の為なんだし。


 何故かむかむかした気持ちで、濡れた髪を荒く拭いた後に大きく舌打ちをしてどんどんと大きな音を立てながらリビングに向かって歩く。

 ドアをぎ、と押すと食卓に座っている糀谷さんと、なぜかヤケルトという風呂上りに飲むと最高に美味しい乳酸菌飲料をピラミッド状に並べているロリックマの姿が。



「なにやってんの」


 一番下の段には四つ。二段目には三つ。三段目には二つ。そしてここまでがロリックマの身長の限界だったらしく、最後、一番上の段に糀谷さんがヤケルトを一本乗せた。



「佐々木はただの部下だから」


 糀谷さんは頬杖をつきながらそう言う。

 いや、そんな事聞いてるんじゃなくて、この謎のヤケルトピラミッドは何なのさ。という質問に答えてほしいんだけれども。



「朱美、薫に事情聴取したけど、薫は浮気してなかった」

「……そーですか、興味ないですけど」

「佐々木含めた数人で、今度企画の打ち上げがあって。それで佐々木が幹事だから……」


 だから別にどうでもいいのに。なんて思いながら、糀谷さんの顔を見ずに、ごしと頭をタオルで拭く。

 それよりその謎のヤケルトピラミッドは何なのさ。ヤケルトピラミッドをじろじろとっ見る私にロリックマが口を開く。



「薫も浮気してないから、朱美も浮気しちゃだめだよ。ほら、シャンパンタワーは無理だけど、おいらがなんか冷蔵庫に一杯余ってたヤケルトで、ヤケルトタワー作ったから……」


 ロリックマがそう言った。ヤケルトピラミッドじゃなく、ヤケルトタワーなのね。

 それにしてもシャンパンタワーの代わりにヤケルトタワーなんて安上がりな。それでもロリックマの謎の発想に少し笑えてしまった。そこまでして私に浮気させたくないのか。

 心配しなくても浮気なんかしないのに。天使さんは本当に大変なお仕事なんだな。なんて。

 私が少し笑ったのに安心したらしい、ロリックマは安堵の表情を見せた。


 私はヤケルトタワーの一番てっぺんの一つを、タワーを壊さないようにと慎重に手にする。そしてそれを糀谷さんに突き出した。



「私、ドンペリしか飲めないから糀谷さんが飲めば」

「随分リッチな舌だな」

「お風呂上りのヤケルトは最高ですよ」


 私からヤケルトを受け取ると、上のアルミの蓋を剥がして糀谷さんが一気にヤケルトを飲みほした。

 ロリックマはそんな糀谷さんを見て「美味しい?」と首を傾げる。



「ヤケルトタワーも悪くないね」


 私がそう言って、ロリックマの頭をぐしゃと撫でるとロリックマが満足気に笑った。

 ヤケルトの一気飲みをした糀谷さんがロリックマに何故か「ありがとう」と小さく呟く。そして二段目のヤケルトの蓋を丁寧にはがした後に、ロリックマに渡した。


 嬉しそうにヤケルトに口を付けるロリックマを見て、自然と眉が下がった。

 まぁそのヤケルト賞味期限切れてるやつなんだけど。

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