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05 ふわたま丼

 糀谷さんの収入に頼って生きていくのも難だしな、なんて思いながら私は食卓についてぺらぺらと求人誌を読んでいた。

 スーパーのレジ打ちでもしようか。それともどこかのお店で接客業でもしようか。

 そんな風に頭を悩ませていた時、糀谷さんが帰ってきたのだろう。ドアが開く音がした。


 それを聞いてロリックマがソファから飛び降り、ぽてぽてと玄関に向かって駆けていく。私はそんなロリックマをちらと見たが、また求人誌に目線を戻す。



「帰った」


 糀谷さんが、私を見てそう言う。ただいま、ならまだ分かるが「帰ってきました」なんて猿でも分かる事実を述べられましても。

 私は求人誌に目をやりつつ「ふーん」と呟いた。ロリックマが「朱美」と私を少し咎めるような声を漏らすがそんなの知るもんか。



「早紀に晩飯作ってもらったか」

「やば、忘れてた」

「お前の脳みそは鳥類かよ」


 じとっとした瞳で私を見ながら糀谷さんがそう言う。

 糀谷さんはわざとらしくため息をついた後、スーツを脱ぐ為寝室に向かう。


 それにしても夜ご飯はどうしようか。

 鬼嫁だという自負はあるが、流石に今から糀谷さんに作ってくださいなんて頼めない。まず私のプライドが許さん。


 そうなると選択肢は一つ。コンビニで弁当を買ってくる、だ。結婚して一年目の夫婦とは思えない選択肢ではあるが。

 めんどくせー、何で人間は酸素を吸ってるだけで生きれないのよ、なんて思いながら背もたれにぐてぇともたれる。


 すると、Tシャツとゆるいジャージに着替えた糀谷さんが寝室から出てきて口を開いた。



「飯、どうすんだ」

「コンビニで買ってきます」

「ロリックマの分も忘れんなよ」

「キャットフードですよね?」

「……ぺろぺろキャンディーでも買ってこい」

「ほんとあんたロリックマには優しいですよね」

「ロリックマはお前と違って可愛い」


 ……うぜぇ。

 そこまでサブくないのに「え?サブくない?サブくないんですかぁ?私凄いサブいんだけどなぁ……先輩暑がりですかぁ?」なんてわざとらしーく私を勝手に暑がり設定にすることで「寒がりでカヨワイ私」を演出してきた前世の後輩並にうざい。



「だったら糀谷さんが買ってきてくださいよ」


 そう言うと糀谷さんは無言で自分の下にはいているジャージを指さした。

 俺、もうジャージ着てるから無理です、なんていう無言のメッセージに腹が立つ。

 ロリックマの隣に腰を下ろし、チャンネルをいじっている彼に舌打ちをして、私は財布だけを持ち外に出た。












「買ってきてあげましたよー」


 ばさ、とコンビニの袋を食卓に置きそう言うとロリックマがこちらにやってくる。

 糀谷さんは見ているテレビが丁度いいところらしく、「おー」とだけ答えた。



「朱美、おいらになに買ってきてくれた」


 食卓にうんしょと上ったロリックマの口に、袋をはがしたぺろぺろキャンディーを突っ込む。

 いかの塩辛味でもあれば、なんて探したが無かったので無難にプリン味。



「おいひい、あまい」

「左様でございますか」


 口いっぱいにキャンディを頬張るロリックマに、わざとらしくそう言う。

 がさがさと自分と糀谷さんの分の食料を袋から出していると、テレビの電源を落とした糀谷さんがこちらにやってきた。



「何買ってきた」

「私には、ふわたま丼。糀谷さんには、白米」


 どん、と豪華な丼と、ちんするだけの白米のパックを食卓に置く。

 糀谷さんの目が「殺すぞ」と語っている。



「お前が白米を食え、俺がふわたま丼を食う」

「はい? ふわたま丼は私のものですから」

「……俺の金で買ってきたんだろ」


 くそ、そう言われてしまうと何も言い返せない。

 こんな謎の嫌がらせなんかするんじゃなかった。なんて今さら少し反省する。



「もう一個ふわたま丼コンビニで買って来いよ」

「ふわたま丼最後の一個だった」


 私がぼそ、とそう言うと糀谷さんは死ぬほどイヤそうな顔をした。

 そして、俺はもう疲れたやら、買いにいくのは面倒だ。なんて私がもう一度コンビニ行かなければいけないフラグを建設してくる。

 くそ、私もめんどくさいのに。なんてクズ思考でいた時、糀谷さんは思いがけない言葉を発する。



「二人で分けるか」


 なんでそうなる、と私は真剣に思った。

 だが、ふわたま丼と白米をまじまじと見ながら真剣な表情で糀谷さんがそう言うもんだから「へぇ」という間抜けな返事で、糀谷さんの提案に乗ってしまった。私ってほんとバカ。












 結局ふわたま丼ハーフに白米という狂気の炭水化物メニューを夕食とした私たち。

 明日からはちゃんと早紀ちゃんに頼もう、と思いながらソファで雑誌を読んでいた時、寝室で本を読んでいた糀谷さんが私の名前を呼んだ。

 なんです、と大声で返せばもう寝るとのこと。


 相変わらず糀谷さんとロリックマは仲良しで、ベッドの上でごろごろと転がるロリックマの頭を撫でている。

 糀谷さんは寝室に入ってきた私を見ると、ぱたんと本を閉じベッド横の棚に置いた。



「おい」

「……なんですか」

「今日は、記念日だな」

「……はぁ?」


 記念日?結婚記念日すら前世の記憶を思い出した瞬間全力スルーしたのに、今さらなにが記念日だ。

 しかも何の記念日だったかすら思い出せないし。付き合って?それとも初めてキスして?……なんも覚えてないわ。



「今日は早紀と颯太を殺しかけなかった」

「……ああ、それですか。でも記念日なんか恥ずかしいもの言いはやめてくださいよ」


 ほんと、バカ夫婦だった時を思い出すから。

 糀谷さんが真顔で確かに、と言い布団に潜った。



「……まぁ明日からも殺さないように頑張りましょうね、二人で」

「……おう」


 二人で、というポイントを少し強調してしまったのが我ながら恥ずかしい。

 背中を向けていてほんとに良かった。と私は尚更布団に潜りこんだ。











「昨日は早紀のママが突然倒れちゃって、颯太くんと二人で一日実家の方に帰ってたの! 朱美ちゃんと薫くんは特になにも無かった? 大丈夫だった?」


 次の朝、ご丁寧にもそんな報告にきてくれた早紀ちゃんと颯太くん。

 不安げに私たちを見る早紀ちゃんと颯太君の姿を見て、私たちはため息をついた。


「なんのため息!? どうしたの大丈夫!? 早紀心配で死んじゃいそう!」

 

 私たちは朝から隣人を死の淵に追い込む、ファンキーな夫婦である。






 早紀ちゃんと颯太くんの自殺を食い止め、二人はようやく自分の部屋に帰った。

 扉がばたんと閉まった瞬間に「ですよね」と二人して呟く。昨日は隣の部屋にいなかったからあの二人の自殺未遂はなかったのだ。そんな事実に、またため息が零れる。


 私と糀谷さんに「隣人を殺しかけなかった記念日」なんていう日が訪れるのは一体いつになるのであろうか。

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