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49 涙葬

 坂下朱美は死んだ。



 これが、元彼氏に刺されていたりなんていう昼ドラくさいものならまだ良かったものを。

 朱美が死んだ理由は駅に向かう途中、飲酒運転していた車の事故に巻き込まれたなんていうものだった。


 巻き込まれて死んだのは朱美だけでは無かったので、ちょっとしたニュースにもなった。







 「坂下朱美お別れ会」での花に囲まれている写真の中の朱美は、少し前のもののようで髪が今よりも短いせいか、幼く見えた。


 俺の隣の新谷が、らしくない薄いメイクですんすんと鼻をすすりながら小さく朱美と名前を呼ぶ。



 世界の色が褪せて見えるのは、周りの皆が黒い服を着ているだからだろうか。




 俺はぼんやりと、きっと朱美の家族なんだろうなぁと思われる人たちを見ていた。

 メガネをかけた父親に、しきりに目元をハンカチで覆う母親。

 お前によく似た女性は、ただただ俯いてる。

 お前、年の離れた弟も居たんだな。高校の制服を着た男の子は茫然と黒い服で覆われたこの会場を見てるよ。




 坂下朱美は、彼氏に会いに行く途中で事故にあって亡くなった。


 俺の近くの土佐弁スピーカーがそう言っていた。

 何も間違っていないなぁ、と一人でぼんやりと思う。

 お前、悲劇のヒロイン過ぎるよ。なんて。





 お前のズッ友(笑)の喫煙コーナーフレンズのオッサンたちも、えんえん泣いてるよ。

 いい年こいたオッサンばっかりなのに。


 家族が関東に住んでいて良かった。

 もし高知にまでだったら、会社の皆はお墓に足を運ぶのが大変だろうし。



 お前、高知の高校ではきっと人気者だったんだろうな。

 いろんな所から土佐弁が聞こえる。わざわざ東京にまで足を運んでくれるなんて、お前は良い友達に恵まれてたんだな。





 さとる、は慟哭してる。

 当たり前だよな。お前が「会いたい」なんか言って、その途中で朱美は事故にあって死んだんだから。

 お前の気持ちは痛いくらいに分かるよ。

「俺があの時、会いたいなんて言わなかったら」なんて思ってんだろ。


 俺も思ってるよ。

「あの時、朱美を引き留めてたら」って。




 でもさ。さとる、お前が羨ましいよ。

 お前にかけられる土佐弁の同情の言葉たちが羨ましいよ。


 高校時代からずっと付き合っていた彼女が死んだ。


 まぁ本当はもうずっと高校の時のような甘い関係ではなくなっていたのだが。

 それを高知県の皆さんは知らない。



 皆さんからすれば、朱美とさとるは高知県を一緒に出ていって東京にきても上手くやっていた。そんな認識。





 さとるが慟哭するなか、俺はただの坂下朱美の上司でしかなかった。





 そうだな。せめて、せめて俺はあそこの立場に立ちたかった。

 さとる、の立場に居たかった。


 彼女が死んで、可哀想な彼氏になりたかった。



 もし、坂下朱美が死んだのがもっと後だったら。

 俺はあの立場に居れたのだろうか。

 俺は同情の眼差しを皆から受けていたのだろうか。

 そんな、どうしようもない事ばかり考えてしまう。




 朱美。

 好きだよ。どうしようもないくらいに。

 こんな好きで好きでたまらない時に、死ぬことない。

 ずっと一緒に居てほしい。なんて言ってたのはどこのどいつだ。 




 もう、一生訪れる事のない坂下朱美のいる日々。


 誕生日に、手作りのケーキを作ってやってもいいし、

 雷の鳴る夜には隣で一緒に寝てやる。

 夜景に連れていってやってもいいし、

 ピアスだって開けてやる。


 そんな事を言っていたのに。なに一つできていない。






 涙が出ない。

 この景色が全部ゆめみたいに思えるからか。

 胸の痛みは、ただただ止まらないのに。




 




 あの深夜アニメの最終回まで一緒に見たかった。

 料理下手くそなお前に、もう少しだけでも料理できるようになってほしかった。

 あの匂いのキツいショップで、一緒に服を見たかった。

 お前の好きなアイドル育成ゲームでUR(ウルトラレア)のキャラを一緒に引き当てたかった。

 しょうもないテレビを見ながらぐだぐだ飲みたかった。



 俺の彼女です、って自慢したかった。

 社内の皆に驚かれたかった。特に新谷とか新谷とか。

 会社の皆に冷やかされたかった。

 会社から手を繋いで家まで帰りたかった。

 誰もいないエレベーターで隠れてキスがしたかった。



 朱美の生まれ育った高知県に行きたかった。

 電車無さすぎ、ってバカにしたかった。

 朱美の故郷の友達に合って、土佐弁に埋もれてみたかった。

 何言ってるか分かんねぇって苦笑したかった。

 あと、ついでに香川県でおうどん食べたかった。



 クソ甘いラテを飲みながらゼクシィを読みたかった。

 また隣の女子高生に睨まれながらも、お互いの飲み物を交換したかった。

 悩み過ぎて長居して、店員さんに困ったような顔されたかった。

 ゼクシィの気にいったページの片隅を折りたかった。

 結婚式の金、こんなに用意できねぇよ。って二人で頭抱えたかった。



 朱美の弟に「お兄さん」って呼んでほしかった。

 俺の姪っ子の妖怪ぼっちクラスタっぷりに引きながらも、一緒にダンスを踊ってほしかった。

 姉さんに、結婚生活の秘訣を聞きたかった。

 挨拶に行く時、変な服装じゃないかな。ってハラハラしたかった。

 朱美のお母さんとお父さんをもっと違う風に泣かせたかった。



 寿退社します。って言わせたかった。

 皆から花束を送ってほしかった。

 結婚指輪をはめてやりたかった。

 誓いのキスがしたかった。

 糀谷朱美になってほしかった。




 笑えるよ。

 もう叶わない夢ばっかりが頭に浮かぶから。




 それでも、もし神様が居て。

 願いが叶うのだとしたら。


 生まれ変わっても、また君に会いたい。

 今度こそは、君を幸せにしてあげたい。

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