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48 一緒に居てほしい

 夜の十一時過ぎ。コンビニで買ったものたちを広げて、たいして面白くもないバラエティをぼんやり見る。

 俺は缶ビール。朱美はただのお茶。今日は何となく飲む気分では無いらしい。


 テレビに出てくるタレントにああだこうだ言いながら、買ったお菓子をぼりぼり二人で食べる。そんないつもと変わらない日。


 CM中には今日の仕事の愚痴を。

 目が合えば、軽いキスを。




 それでもいつもと違っていたのは朱美が携帯をしきりに気にしていたという所。


 新谷とでも連絡を取っているのだろうか。さっき明日仕事帰りに新谷と遊ぶって言ってたし。

 携帯を開くたびに、朱美が少し眉を寄せたり舌打ちしたりしている。相手は誰なんだろう?なんて思う事もなく俺はテレビを見ていた。



「明日新谷と遊ぶんだってな」

「あ、そうです」

「何すんの」

「うーん、買い物? いっつも新谷ちゃんと遊ぶ時はテキトーなんです」


 ふうん、と返せば朱美がポテチに手を伸ばしてぼりぼりと音を立てて食べた。

 新谷の事脳みそゆるふわガールなんてバカにしておきながら何だかんだで仲いいよな。なんて言えば朱美は笑って頷く。


 背もたれ代わりにしているベッドにぐっともたれかかり、ふあと欠伸。

 やばいな、今日もう眠い。まぁ今日はかなり残業もあったししょうがないか。なんて思いながら隣に座る朱美を見れば、やっぱり携帯を見ていた。



 朱美は、普段あまり携帯を触ったりしない。

 俺みたいに携帯自体に興味が薄い人間なのではなく、俺といる時には触らないようにしているのだろうと思った。泊まりに来ていない日なんかにメールを送ればすぐ返事が来るし。新谷とも「新しいアプリがどうのこうの」とよく話しているし。

 まぁ良く分からないアイドル育成ゲームだけは俺の前でもやってるけど。「いまライブしないとポイントが勿体ないんです!」なんて言いながら。……アイドルってそんなポイント制だっけ。



「相手、誰」


 未だに携帯を見る朱美にそう言うと、朱美はぱっと携帯の電源を落とした。

 俺は普段こう言うのを聞くタイプではないし、正直言って誰と連絡を取っていようとどうでも良いと思っていた。

 朱美もきっとそれを知っているので、俺の口からそんな質問が出たのに驚いたのだろう。少しばつの悪そうな顔をした。


 俺としては別に「相手が誰か」という事を言及するつもりでも何でもなくて、ただしょうもないCMの間の時間潰しのつもりだった。

 朱美がぽつりと呟いたその名前は、たぶんあの(外見は)ゆるふわ系元彼氏さとるきゅんだった。



 俺は何と答えればいいのか分からなくなってしまって、ただ黙ってチャンネルを変える。

 朱美にはそれがどうも俺が「連絡を取っている事に対して怒っている」ように見えたらしく、俯きがちに「すみません」と小さく謝った。



「いや、別に怒ってないし……」


 へら、と自分でもきっと無理やり笑った感マックスなんだろうなぁ。なんて感じるくらいの笑みを浮かべるが朱美はもう一度「すみません」と謝った。



「そんなつもりじゃないんです」


 そんなつもりってどんなつもり。と突っ込みたくなるのはもう定番。

 うん、とだけ返事をすると朱美は続けて口を開く。



「あの、会った日からちょこちょこ連絡取ってて。でも、でも会ったりはしてないですよ。ただ、お互いちゃんと会って話した方が良いよね。とは言ってますけど……」


 次第に小さくなっていく声。

 俺を見ないその目。



「いや、別に気にしてないから……高校生じゃあるまいし……」

「私って何でこんな人間なんだろう」


 突然の哲学タイム突入。

 俺はタバコをポケットから取り出したくなったが、さっきタバコが切れた事を思い出してポケットに伸ばしかけていた手を戻す。



「……まぁ、前にも言ってたように色々スッキリさせた方が良いんじゃない。とは俺も思うけど」


 そう言うと、朱美がばっと携帯の画面を俺に見せた。

 そこにはゆるふわ彼氏から「今、会って話したい」という衝撃のメッセージが。それにわざとらしく「ナイスタイミング」と返してみると、朱美はむっとした。



「……怒ったりしないんですか」

「怒る方がお好みなら怒るけど」

「……怒んないでほしい」


 俯きがちにそう言う朱美にそーですか。なんて思いながらポテチに手を伸ばす。



「私、やっぱりちゃんと話してきた方がいいですよね?」

「……まぁたぶん」


 でも、行けばまた今までみたいに言いくるめられるんじゃないか。

 それでお前何年もあいつから離れられないでいたんじゃないか。なんていう所は朱美も同じく思っていたらしい。



「でも、会えばまた流されそうで怖い」


 ぽつり、と呟くその言葉に坂下朱美という女が詰められている気がした。



「俺が一緒に行ってやろうか」

「言ったでしょ、あの人外面良子ちゃんなんだって。あんたが居たらたぶんちゃんと話できない」

「……なら一人で行けよ……」


 俺には関係ないし。と呆れたようにそう言って、缶ビールをぐっと飲んだ。

 隣の朱美を見れば傷ついた顔でもしているかと思った。

 だがしかし朱美はその予想を見事に裏切り、俺に笑顔を見せていた。



「……わたし、糀谷さんに出会えてよかった。そうじゃなかったら、私きっと……ずっと幸せになれなかった」


 遠回しに今が幸せだと言ってくれてどうもです。なんて少し笑う。



「あいつにとって、私は都合の良い女でしかないんです。何回も浮気されて。でもその度に謝られて泣かれると、私バカだから許しちゃうんです」

「……うわぁ、いま俺の頭の中にヤバい未来予想図が広がってる」


 また朱美が流されて、やっぱりこの人には私しかいない!なんていう未来予想図が。

 朱美は俺の言いたい事が分かったらしく、軽く笑った。



「部屋に帰れば一人だし。家族も関東住んでるけど違う県だから毎日会えるわけじゃないし。東京が嫌いだった。東京に居ると寂しさしかなかった。大都会で人いっぱいいるくせに、私は結局高知から一緒に出てきたあの人の所しか居場所がなかった」


 朱美が、とんと俺の胸におでこをつける。

 そしてぎゅっと着ていたシャツを握った。



「私、口悪いし幼稚だし。思った事上手く言えないけど……好きです、どうしようもないくらい」

「……俺も」

「東京に来て良かったな、って今は少し思える」


 知り合いもいない、この東京の町で朱美が頼れるのは高知のあいつだけだった。

 今までどんな気持ちでこの東京の町に朱美が居たのかと思うと胸が痛んだ。



「今まで別れられなかったのは、東京の町で一人ぼっちになりたくなかったから。でも、もう大丈夫。糀谷さんがいるみょん」

「大事な所で噛むなよ」


 うるさいな!とキレ気味の朱美。



 ずっと、一緒に居てほしい。

 そう、朱美は呟く。

 目が合えば、自然と唇が重なる。


 俺と目を合わせて少し笑った後、朱美は近くに投げ出していたマフラーを取り、くるくると首に巻いてすっと立ち上がった。



「今、もう会って言ってきます! もうお前なんかいなくても私は大丈夫だもんねーって!」

「……いやもうけっこう遅いけど」

「駅集合だから大丈夫です。すぐそこだし」


 確かにこのマンションから最寄り駅はかなり近い。

 朱美の元彼氏もどうやらこの駅の周辺に住んでいるようだし。

 まぁ普段俺も朱美も普通に深夜コンビニに行ったりするし。別に大丈夫か。なんて思って「コート着てけよ」なんていうどうでも良い気遣いしかできなかった。



「……何ですかそんなシケた面して。らしくない。大丈夫ですって、すっぱり別れてきますから」


 そんな冗談を言う朱美に、俺は立ち上がって親指で軽く頬を撫でた。

 もう化粧を落としているはずなのに、チークを落としたように赤くなる頬にお互い苦笑。



「帰りにタバコ買ってきて」

「了解です」

「俺、ヘビースモーカーだからタバコないと死ぬ」

「……知ってます」

「俺の言いたい事分かってる? 絶対帰ってこいよ。って事」


 そう言えば、朱美は「ほんとクサいセリフ言うなぁ」と笑った。

 気を付けて、という意味を込めてキスすればやっぱりタバコの味がした。

 あ、じゃあ行ってきます糀谷さん。という朱美の腕を引っ張る。



「……お前さぁ、いい加減『こうじたにさん』っていうのやめてくんない?」

「じゃあ糀谷。これからこの呼び方で行きます」

「敬意」

「あんただって『朱美』とか呼び捨てした時点で、私への敬意が足りてないでしょ」


 そう言えば、ばちっと目が合った。

 二人して、少し笑った。

 


「……『こうじたにさん』ってCO2排出し過ぎだからやめときな。俺、超エコロジー人間だから」

「何言ってるんですか急に」

「『かおる』の方が地球に優しい」


 そう言えば、朱美は声を出して笑った。

 暖房ガンガンに付ける人がエコロジー人間を名乗るなよ。なんて言いながら。



「帰ってきたら、『かおる』って呼んであげようかな。地球環境のためにも」

「地球もきっと喜ぶでしょうねぇ」


 そう言って笑った。一番喜ぶのは俺自身なんだけど。

 朱美は玄関に向かい、はあと大きく息をついた後に自分の靴に足を突っ込む。



「あ、この後の深夜アニメ録画しといてください」


 そう言って、朱美は手をぐっぱしながら部屋から出ていく。

 それが色気もクソもない、最後の言葉。




 結局、朱美が俺の事を「薫」と呼ぶ事はなかった。





 坂下朱美が死んだ。

 そんな連絡が入ったのは次の日の朝だった。

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