47 ひとりごと
「お前絶対いつか死ぬ」
「当たり前でしょ、人間は死ぬもんです」
そういう事じゃなくて。
会社帰り、駅前のドーナツショップで夜食を買おうとする坂下朱美。もうちょっと栄養のあるものにしろ、と言っても聞こうとしない。
「……俺の家来いよ」
「今日はお泊りの用意持ってきてないから無理ですって」
坂下朱美のものは徐々に俺の部屋を浸食し始めていたが、俺の部屋に置いてあるものだけではまだ出社できるほど物は揃っていないらしい。
確かに化粧道具などはまだ置いていっていないしなぁ。なんて思いながら坂下朱美を見る。
「……じゃあ俺がお前の家で作ってやるからちゃんとしたの食え。本気で死ぬぞ」
だから人間いつかは死ぬんだって、なんて言葉を皮切りに宗教ちっくな言葉をつらつら並べる坂下朱美の言葉をまた受け流しながら駅の改札へ向かう。
電光掲示板を見れば、普通がやってくるのはもう少し。二人して急いで定期入れをぴっと改札にかざし、エスカレーターをずんずん歩いて行く。
ちょうどホームにやってきた電車に乗り込み、一息。
かなりすいているので、二人席にどんと二人で座り込む。
「お金かかるのにすみません」
「何が」
「電車賃」
「……いや、定期圏内だし」
俺の駅は坂下朱美の駅の次の駅である。
坂下朱美は俺のICカードに印字された駅名を見て「なるほど」と呟く。
坂下朱美の手にあるかなり使われている感が醸し出されているICカードを見る。
そのICカードに今は朱美の最寄り駅と会社の最寄り駅が印字されているが、うっすらと俺の最寄り駅が下の方に印字してあったのが見えた。
「お前、前は俺のとこの駅までの定期使ってたわけ?」
「……あー、買い物とかよく行くし……」
「いや、それで定期買うか?」
普通買わねぇよお前ほんとバカだろ。と罵るつもりが、坂下朱美はちょっと困った顔するもんだから何も言えなくなる。
「彼氏の家、あの駅の近くだから……」
だから、前にあの駅の近くで彼氏にあったのか。
何となく気まずい雰囲気になるのも嫌だったので「ふーん」と言って軽く流しておいた。
「人間ってほんと分かんねぇよな」
「……何ですか急に」
哲学くさい話の切り出し方。かなり謎めいてる。
坂下朱美は眉を寄せて「何が言いたいんだか」とため息交じりに呟く。
「お前は、クソアマ臭プンプンなのに、意外と恋愛下手だし。お前の元カレは優しそうなのに実際そうでもないようだし」
ごとんごとん、とやけに大きな音が耳につく。
そしていつものトンネルに入ったようで、さあああというトンネル特有の音が響く。
窓に映る自分の顔を見ながらそう言ってみると、坂下朱美はまた困ったような顔をした。
「お前凄いよな。高校時代から、ずっと同じ人と付き合うって凄い忍耐力」
「……ですかね」
俯きがちに、ぽつり坂下朱美がそう呟く。
長いトンネルを抜ければ雪国は無いけれども、暗い中にほんのりと町の光が揺れるそんな景色が広がっている。
「しかもさー。かなり冷たかっただろうにそれでも好きだったってお前相当だね」
「……時々、ほんの時々甘い時間くれたから。私それだけで生きてけたんです」
「ふーん。普段糖分過多生活送ってんのはそのせいか」
そう言うと、坂下朱美は「確かに」と自分の事のくせに他人事のようにけらけら笑いながらそう言った。
「私ね、思った以上にダメ人間で。……っていうかあいつがマインドコントロールが上手いのかもしれないけど。もうこいつなんか大嫌い。もう会わない。ってもう何回も思ってきたんですけど」
坂下朱美は、へへなんて笑いながら話を続ける。
「やっぱり、会えば許しちゃうんですよね……他に頼る相手、いないから……」
って、この話前もしましたよね?なんて坂下朱美はどすと何故か俺の脇腹を突いた。
「昨日もね、きっと糀谷さんがいなかったらまた私はあいつに付いていってただろうなぁ、って」
昨日会った、さとるとやらの顔を思い出していた。
坂下朱美は、小さく「ありがとう」と謎の感謝の言葉を述べる。
俺は、前の彼女が「薫との距離が縮めば縮むほど、許せない事が増えていった」と言っていたあの時の事を思い出していた。
「……俺さ、お前の料理の能力0な所とか、全部外食で済ませようとするとことか死ぬほど嫌い」
「よーし、今からこの駅で降りてホームで殴りあいでもしますか?」
頬をぴく、と震わせた坂下朱美がそう言う。
それでもタイミングよく開いていた扉が閉まってまた次の駅に向かって電車が走り始めたため、とりあえずホームでの乱闘は数分後に持ち越される事に。
「あとはー……仕事できないところ」
「うるさいな!」
坂下朱美にどん、と脇腹を突かれる。
かなりむすっとしたご様子の坂下朱美に笑うと「笑わないでよ」とまた怒られた。
「思うんだけど、恋愛って。相手の良い所を知ったから付き合い始めるのにさ。時が経つにつれて嫌な所ばっかり見えてくじゃん」
「まぁ……そうです、かね」
坂下朱美は、あいつの事でも思い返しているのだろうか。
少し目を伏せながらぽつりと呟いた。
「俺、働いてる時はお前の嫌な所しか見てなかったのになぁ……」
そこから先は言わないでほしい、とでも言いたげな瞳で坂下朱美は俺を見た。
揺れる瞳の中には、俺が居る。
「朱美」
そう呼べば、坂下朱美もとい朱美は自分のスカートをぎゅっと握った。
俺は、何となくその表情を見る気分になれなくて、窓の外の景色に目をやりながら、口を開く。
「ここから先は、俺の一人ごとだから……別に聞こえないないふりしてても結構ですけど」
普段なら、必ず「ウザ敬語」と突っ込んでくる朱美だが、今日は何も言わなかった。
俺は、やっぱりその表情を見る気にはなれなくて暗い中にほんのりと町の光が揺れる。そんな景色を見ていた。
「俺は、お前の事が好きだよ」
誕生日に、手作りのケーキを作ってやってもいいし、
雷の鳴る夜には隣で一緒に寝てやる。
夜景に連れていってやってもいいし、
ピアスだって開けてやる。
そんな風に、俺と付き合うメリットについてぽつぽつと告げてみる。
朱美を見れば、彼女は今にも泣きだしそうな目で俺を見ていた。
「俺は、今みたいな関係のままでも構わないけど……」
「糀谷さん……」
「でもお前はどう考えても、あいつとは幸せになれないと思うから。……俺にしとけよ」
隣に座る、朱美は電車の中だというのにぼろぼろと涙を零す。
普通の電車に乗っている人は思ったよりも少なく。それでも近所の大学生が少し騒いでくれているため完全に静かな訳では無かった。
近くの大学生の、どうでもいいウェイウェイトークにまぎれながら朱美は泣く。
ただ、ハンカチで顔全体を覆うという斬新な隠し方を行ったお陰で、あまり周りは気づいていないようだが。
「わたし、別れます……」
朱美は初めてそう言った。顔面をハンカチで覆いながら。
英断英断。なんてわざとらしく笑えば、隣の朱美は大きく鼻をすする。
キスをしたかったけど、流石に電車の中なので出来なかった。
これからは、もう泣かなくていい。
これからは、もう一人にしない。
これからは、俺がずっと一緒に居る。
ゆっくり、指を絡めた後にぎゅうっと手を握りあった。
これからは、二人で一緒に居よう。そう、誓い合うように。




