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45 隠語

「今日は快速のります」

「へぇ」

「あそこの駅おっきいし、そこで買い物しようと思って」


 そう言って俺に書類を渡す坂下朱美に、俺は「ふうん」と答えておいた。

 そして書類をぱらとめくった後に「どうも」と小さく呟きモニターに目線を戻す。


 「今日快速に乗ります」という良く分からない宣言は俺と坂下朱美の間の「今日家に行く」と言う隠語だった。

 別にそんな隠語なんか作らなくても、メールなんかがある時代なのに。坂下朱美の遊び心はよく分からない。



 隠語を作るなんていう謎のチャレンジをしているくせに、坂下朱美は俺との関係がばれないように尽くしていた。

 正直言って俺も坂下朱美も社内の人間に知られようがどうでも良い。というような適当人間だったが、一つだけ問題があったのだ。


 そう、それは喫煙コーナーの事。

 喫煙コーナーの常連はほぼ決まっていて、そこの人口のほとんどはオッサンである。ほぼ紅一点の坂下朱美と、超常連の俺が付き合ったと知ればどれだけイジられるか。

 ストレス発散のための喫煙コーナーでストレスを貯めるのは嫌だから、俺と坂下朱美は黙っている事にした。本当にお互いタバコ脳だなぁなんて思いながら。














 改札を出れば、にたっと笑った坂下朱美が居る。

 ほんともっと可愛い笑みでも見せろよ。なんて思いながら俺は改札にICカードをぴたと合わせる。

 ぴ、と言う音の後に定期の期限が表示された。もうそろそろ買わないと。



「遅かったですね」

「……うるせー」

「私、ちょっと買い物してきました」

「うわーまた高そうなの買ってる」

「……別にそんなに高くないもん」



 ASULと書かれた袋を持つ坂下朱美を見て「俺そこの店の香水の匂い苦手」と言うと、朱美は笑う。

 前から坂下朱美に似合っていないなぁ、と思っていた妙に可愛い鞄を坂下朱美は使わなくなった。

 そのカバンはきっと彼氏からの貰い物だったのだろう。坂下朱美と全然ベクトルが違うブランドものだったような気しかしないが。


 きっと次の電車が駅に着いたからか多くの人が階段から降りて改札に向かってくる。そんな様子を見て、俺も坂下朱美も足を進め始めた。



「今日、寒いですね」

「晩飯なに食いたい」

「オムライス」

「……お前ほんと子供っぽいよな」


 マフラーに顔を埋めて小さく坂下朱美をディスると、坂下朱美は俺を睨んだ後に「悪かったですね」とそう言った。

 坂下朱美がリクエストするのはいつもカレーだとか、オムライスだとかそんなものばかり。良く分からないオシャンティ料理を作れと言われるよりかは、よっぽど楽でいいけれども。



 駅から家までは歩いてすぐ。

 マンションの下にあるスーパーに寄ってから部屋に帰れば、坂下朱美はまるで自分の部屋かのごとく自分の服をぽいぽいと部屋に投げ捨てていく。



「ほんとにオムライスにすっからな」

「どうぞー」


 そう適当な返事をするわりには、嬉しそうな笑みを浮かべる坂下朱美。

 やっぱりこいつ子供っぽいな。なんて思いながらキッチンに立つ。


 一人暮らし用のマンションのキッチンの狭さは異常。

 まな板は若干流し場にはみ出るし。そんな狭きキッチンでさくさくと料理をしていると、坂下朱美がテレビをつけたのだろう。やけに明るい声が聞こえてきた。

 そしてしばらく後にどんどんと歩いてくる音がして、坂下朱美が壁にもたれて腕を組みながら料理をしている俺を見た。



「テレビつまんない」

「だからカオルズキッチンの生中継現場に来たと」


 大当たり。と坂下朱美は笑う。

 切り終わった野菜をフライパンに入れると、坂下朱美が何故か少しむすっとした表情で俺の名前を呼ぶ。



「ほんと何でもできますよね? 前世()善人だったんですかね」

「オムライスくらい誰でも作れる」

「年柄年中買ってきたもの食べてますから。わたし」


 謎の倒置法を駆使した坂下朱美がぶすっとしたままそう言う。

 そんな言葉に笑いながら「それ炒めといて」とフライパンを指さすと坂下朱美はフライパンを覗いた後にそおっと木べらで野菜を炒め始めた。手が何故か震えている。料理能力低すぎ。



「お前、外食ばっかしてたらいつか体壊すぞ」

「……でも料理できないもん」


 じゅうじゅうという音の中で坂下朱美がぽつりとそう答えた。

 俺はまな板を洗い終わった後にため息をつきながら、前にまとめて炊いておいた白ご飯を電子レンジにぶち込んだ。



「どうやって料理できるようになったんですか?」

「……いや、大学の時から下宿してたから。それで」

「私もそうですけど」


 むすっとした坂下朱美がそう言った。

 先ほどの脱ぎっぷりといい、この料理の出来なさっぷりといい。一体こいつはどうやって生きてきたんだろうか。なんて不思議に思えてしまう。



「そういやお前、元々どこ出身?」

「……四国のどっか」


 坂下朱美は何故か四国のどこか、とぼやかした言い方をする。

 四国のどこかから来たとは思えない坂下朱美の完璧標準語。

 きっとこいつは大学の四年間と会社に入ってのこの数年間で完璧標準語をマスターしたのだろう。



「四国って方言あったっけ」

「……さー」

「その言い方だと絶対あるね。なんか言ってみて」

「嫌です。関東の人絶対バカにするもん」

「バカにしない」

「もうニヤニヤ笑ってるくせに、どの口が言う」


 結局方言を披露してくれない坂下朱美にあそこは関西と近いから関西弁なんだろうか?そんな風に思っていると、後ろのレンジがチン、と音を立てた。

 あち。と謎の白ご飯の熱さに殺意を感じつつも取り出す。


 未だなお坂下朱美はもさもさと野菜を炒めていたが、この狭いキッチンで二人がフライパンの周りで料理をすることは不可能なので、がちゃと下のボタンを押して一旦火を消した。



「サンキュ、お前にしてはよくできました」

「うるさいな、これで不味かったら承知しないから」


 そう言ってむすっとする坂下朱美。「お皿でも用意しといて」と言った後に軽くおでこにキスを落とせば坂下朱美がずずと急に後退した。

 そして俺から目線を逸らして、少し赤くなる頬を一度抑えた後に口を開いた。



「……いきなり何しゆうが」


 坂下朱美の口から漏れた方言は、意図して言ったものではないようだった。きっと驚きのあまりぱっと出てしまったのだろう。丁度方言の話もしていたし。

 坂下朱美は相当恥ずかしいようで「いきなり何するんですか」とご丁寧にも標準語変換してきた。



「……それ関西弁?」

「違います!」

「じゃあ四国弁?」

「……ああ、もう方言の話終わり! どうせバカにするでしょ!」

「いや、すげーと思って。俺ずっと標準語圏内で育ってきたし」


 坂下朱美は「これだから関東人は嫌い!」と付け足した後にぷい、と俺から顔を背けた。

 四国って関西弁じゃないのか。なんて思いながら炒めたフライパンにまた火をかける。



「方言って何かやっぱ良いよな。かわいい」


 そういって笑うと、坂下朱美は「は、はぁ!?」とたじろいだ。あまりの分かりやすい反応に少し笑えてしまう。


「方言なんか別にぜんぜん可愛くないし。バカにされてばっかだし」

「そんな事ない、可愛い可愛い」


 むっすーと腕を組んだまま俺を見る坂下朱美に「可愛い可愛い」なんてまた笑いながらほめ殺しをしていると、ぶすっとした表情で腕を組んだ坂下朱美がぼそっと呟く。



「……すきやき」

「……はぁ? すき焼き? いま作ってんのオムライスだけど」


 そう言うと、坂下朱美は何故か「……もういい!恥ずかしい!」なんてキレて部屋に戻っていった。

 何で俺急に怒られてんだよ。なんて放心。





 ちなみにその次の日の出勤の電車の中で、四国の方言って何というんだろう?四国弁?なんて思ってググっていた時、「土佐弁の『好きやき』っていうの可愛いよな」という書き込みをスマホで見た。

 そしてようやく前の坂下朱美の発言の意味が分かった俺は電車の中ながら、赤くなる顔を手で抑えた。


 「すきやき」って食べ物のすき焼きの事だと思ってたけれど「好きだよ」って意味なのか。




「……俺も好きやき」


 出社後、二人しかいない喫煙コーナーでそう言ってみると、坂下朱美は「ほらやっぱり関東人は、土佐弁の事バカにしちゅう」と煙を吐きながら笑った。

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