44 奇数のピアス
坂下朱美の髪型はショートカットであった。
部活に青春をかけている少女のような短さではないが、肩にぎりぎりつくかつかないか。それ位の長さ。
坂下朱美はかなり目鼻立ちのハッキリとした顔立ちなので、変にゆるふわの長い髪よりもこれくらいのショートカットが一番に似合っていると思った。
「そういや、お前ピアス開いてんだな」
二人でぼんやりテレビを見ていた時そう言えば、坂下朱美は「急になんですか?」と何故か耳を手で隠した後にそう言った。
わざとらしく、坂下朱美の髪に指を通す。そして、耳に髪を掛けると、そこには少し赤くなった坂下朱美の耳が。
「いや、前から思ってたけど。今なんか急に思い出した」
「高校時代に開けたんですよ。最近そんなに付けないですけど」
「高校時代に開けるとかヤンキー……」
「うるさいな。ずっとこの髪型だから耳見えないし、学校ではばれなかったし」
むすっとして坂下朱美がそう反論する。
俺はピアスホールをぼんやりと見ながら、大学時代に同級生に穴を開けた事を思い出していた。
そういやなんか都市伝説みたいなのがあって、白い糸を切れば目が見えなくなるとかで。ビビりながら開けたんだった。
「……おそろいで、ってあいつと一緒に開けたんですよ。ほら、こう『彼氏が出来たら開ける』みたいなの、ちょっと我が田舎で流行ってて……」
なんだかばつの悪そうな表情でそう答える坂下朱美。
ふうん。と俺が貰えば、坂下朱美は自分の耳に少し触れた後に口を開いた。
「高校時代、あいつは私に三つの穴を開けたんですよ」
「突然の下ネタ」
俺は、即座に坂下朱美の言葉に突っ込んだ。
坂下朱美は「ほんとにねぇ、もうねぇ」なんて自虐的な笑みを浮かべた。
「高校時代、ずっと付けてたから。もう放置してても閉じなくって」
ふうん。言って目線を下にやれば、坂下朱美はどす、と俺の脇腹に軽く肘を入れてきた。
そっちの話してるんじゃないから。という事だろう。
「痛かった?」
「え、どっちの話です?」
「……お前に任せるよ……」
ちょっと笑いながらそう言えば、坂下朱美はわざとらしく考えるような素振りを見せる。
そして、笑みを浮かべながら「『次生まれ変わったら、お前は女で生まれてこい。私は男になって、お前を一番に見つけ出してやるから』っていうのが感想」と語尾にハートを付けながら言う。
「凄い、生まれ変わっても一緒になろうね。って事じゃないですか」
「ウザ敬語……」
坂下朱美は、そう言うくせに笑っていた。
生まれ変わってまで、バカみたいに辛い思いしたくないんですけど。なんて付け足しながら。
そして、自分でもう一度髪を耳に掛ける。
「そう言えば、ピアスの穴ってね、偶数じゃなくって奇数開けるといいらしいですよ」
「へぇ。じゃあ、今は偶数だから幸せじゃないんですかね」
坂下朱美は「でしょうねぇ」なんて言って笑う。
そして、手をぱくぱくとさせた後に「もうちょっとで三個目が開くかな」なんて笑う。
「俺、大学時代に開けたことあるから自信あるよ」
「へぇ? 彼女の開けたんですか?」
「友達の」
そう言えば、坂下朱美はふうん。と言った。
でも、この年になってまで新しく開けるのちょっと恥ずかしいかな。という坂下朱美。
……ああ、こいつあの幼馴染と以外付き合った事ないのか。なんて、改めてピアスの数を見て思い知る。
「私、……ピアスを付ける度にあいつの事思いだすんでしょうね。これからも、ずっと」
そう言って坂下朱美は軽く目を伏せた。
「じゃあ、3つめ開けたらピアス付ける度に俺の事思いだしてね」
そう言えば、坂下朱美は「ほんっとそういう恥ずかしい事言うのやめてくれません!?」とキレる。それに笑いながら、耳に唇を寄せれば、坂下朱美はぐっと俺の胸板を押した。
「ななな、なにすんですか急に」
おまじないかな。なんて言ってみれば坂下朱美はドン引きしたような目で俺を見た。
「何やってんのほんと……糀谷さん脳みそ沸騰したんじゃないんですか」
「……うん、ごめんちょっと沸騰してた」
自分でも、今さら恥ずかしさがこみ上げてきた。
キスも何回もしているし、それ以上の事だってしているというのに。
坂下朱美は、何度も何度も恥ずかしい。ほんとに恥ずかしい。なんて繰り返していた。
そう言う割には、耳が赤いね。なんて言えば怒られそうだから黙っておくけど。




