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43 午前二時

「糀谷さんには、きっと分からないでしょうけど」


 ぼんやりと、赤に変わったばかりの信号を見ながら坂下朱美はそう言った。


 「なにが?」なんて聞こうとした時、坂下朱美は「さとるの事なんですけど」と呟く。

 俺は黙って、車内に響く鈍いワイパーの音を聞いて居た。



「私たちは、幼馴染で……って前にも話しましたっけ? これ?」

「まあ、ちょっとは」


 そう言えば、坂下朱美はどう話せばいいのだろう。と困ったような顔をした。

 まぁ、別にどこからでも良いけど。お前の好きなように話せば。と言えば、坂下朱美はより困ったような顔をした。


 何故かルームミラーを少し見た後に、また坂下朱美は口を開く。



「私、ちょうど大学進学の時に親が関東に転勤になって。それでこっちの大学来たんです」

「あーそうなんだ」

「あいつは、ただ単にあんなクソ田舎で死にたくないから。って理由でこっちに来たらしいですけど……」


 午前一時半を回るというのに、人は多いし、居酒屋の看板はぴかぴかと光っている。

 田舎じゃ、夜はこんなにうるさくないのかな。なんて思いながら俺は坂下朱美の言葉に耳を傾けていた。



「こっちに来ても、うまくやれると思ってた。でも、実際は全然上手くいかなくって」

「ふうん」

「私、結構不器用な所もあるから……」

「コピー下手くそだしな」

「そういう事じゃなくて!!!」


 ちょっとキレ気味に坂下朱美はそう言った。

 うわぁ、怖い。なんて言えば、坂下朱美は不機嫌そうな表情を見せた後に自分のカバンからタバコを取り出し、火を付けた。……運転中、吸いたくなるからやめてくんないかな……。



「大学とかでも友達できたけど、やっぱり地元の友達の方が良いし……でも、あいつは凄く上手くやってて」


 好きな人が、目の前でどんどん変わっていくのってどんな気分か分かりますか。なんて突然クイズタイムに突入。

 分かんねぇなぁ。なんて適当に答えれば、坂下朱美は勝手に「死ぬほど辛いんですよ」なんてセンチメンタル極まりない回答を。



「ふーん。悲しいねぇ。俺、泣きそうだわ」

「ウザい……」


 坂下朱美は心底嫌そうな声でそう言った。

 それでも、その横顔は少し笑っていた。



「どんなに酷い事されても。どんなにイヤな思いしても、結局許しちゃうんですよね。私、あいつ以外に頼る人がいないから」

「家族は?」

「あいつ、幼馴染ですからね? 家族にそんな事相談できませんよ」


 うちの家族は、まだ「あの時」の優しい明るいさとるきゅんだと思ってるからね。それに、家族住んでるの東京じゃないから頻繁に会えないし。なんて坂下は伏目がちに笑う。

 そして、引き出した灰皿にぐうっとタバコを押し付けた後にまた口を開く。



「それに、幼馴染だからこそ、なのかな。私の弱みに漬け込むのが上手いっていうかなんというか」

「お前の彼氏、お前相手なら何やっても良いと思ってんじゃない? 一回殴ってみれば?」


 そんな事を冗談で言ってみれば、坂下朱美がやけに真面目な表情で自分の手を見つめたので少し焦る。

 え、いや、ちょっと。なんて言えば、坂下朱美は笑う。



「前に喧嘩して殴られた時、なんて言われたと思います?」

「またクイズ?」

「答えは『俺には、朱美しかいないのに』はい、これがずっと私を放ってぷらぷら遊びまわってる男の言葉です」


 坂下朱美クイズの難易度の高さよ。

 助手席に座る坂下朱美は、窓をつうっと伝う雨粒を見ながらまた笑った。



「あの日に戻りたい。お互いしか見てなかった、あの日に。東京はね、人が多すぎるからね、だめなんですよ……」


 声が震えていた。

 少しだけ坂下朱美の事を見たが、涙は見せていなかった。



「そんな男やめて……俺にしとけば?」


 そう言えば、坂下朱美は俺を見た。

 俺はそんな坂下朱美の涙を横目に見ながら、ウインカーを出す。

 かち、かちという音が車内にただ響く。



「糀谷さん……」


 わたし、と坂下朱美が口を開いた時、てんてけてんなんて間抜けな音を立てて坂下朱美の携帯が鳴った。

 ほんとにタイミング。なんて苦笑していた時、坂下朱美は、またあの大雨の日と同じような表情で画面を見つめていた。

 相手は、簡単に予想できた。



 目を細めて画面を随分長い間見ているものだから。

 俺はもうてっきり取らないのかと思っていた。

 しかし坂下朱美は、ゆっくりと画面に指を滑らせた後に耳元にスマホをやり「はい」と呟く。



「ああ、うん……ほんと時間ね……」


 呆れたようなそんな声。

 俺はちらりと時計に目をやった。



「え? ……ああ、そう……」


 ぼそぼそ、と男っぽい声が聞こえる。

 坂下朱美は、その声に少し視線を落とす。

 今日、今から会わない?なんてあの大雨の日のように言われているのだろうか。

 俺はまた友達かな、なんて心の中で自虐ネタを披露していた時。坂下朱美は俺を見た。



「さとる」


 坂下朱美は彼の名前を呼ぶ。

 そして、俺を見て笑みを浮かべる。

 何かを決意したような、そんな瞳。少し眉を下げて笑うその姿は、今まで見てきたどの坂下朱美よりも綺麗だと、心の底から思った。



 もうね、会わない。坂下朱美がそう呟いた午前二時。

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